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学校の道徳の時間は退屈でしたか

2014年2月28日


 

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイトこんにちは、バラ十字会日本本部の本庄です。

東京板橋では、昨日降っていた霧雨も上がり、日中とても暖かく、いよいよ春の気配が強くなってきました。

そちらは、いかがでしょうか。いかがお過ごしでしょうか。

 

 

今回は、多少固い話題ですが、善悪とはそもそも何かということについての、神秘学の考えをご紹介したいと思います。

しかし、学校の道徳の時間によくありがちな、あえて言ってしまえば、常識的すぎて眠たいような話はしません。

多少意外な、興味深い視点をご提供できることと思いますので、おつきあいくだされば、とても嬉しく思います。

 

 

さて、あなたのお考えでは、日々考えたり、行なったりしていることを、善と悪と、そのどちらでもないことの3つに分けるのは、簡単なことでしょうか。

ちょっと考えると、簡単なようにも思えます。しかし、次のような事柄では、何が善で何が悪か、人によって大きく意見が分かれ、ずいぶんと激しい議論が交わされたりします。

たとえば、闘牛、捕鯨、死刑、妊娠中絶、安楽死、動物の生体解剖のようなテーマです。

また、金儲けやギャンブルや借金も、意見が分かれるところです。これらが悪なのかそうでないのか、あなたはどうお考えになるでしょうか。

 

一方で、ほとんどの人の意見が一致する事柄もないわけではありません。

たとえば、忍耐強いこと、寛大であること、人助けをすること、利他的であることが善であるということに異論を唱える人は、それほど多くはありません。

 

また、殺人、盗み、嘘が悪であるということでも、ほとんどすべての文化、宗教、哲学で、大多数の人の意見が一致するようです。

この3つは、人と人との間に打ち立てられている信頼や尊敬という、真に価値あるものを壊す行ないなので、悪と考えられているのでしょう。

 

 

さて、ここまではある意味で常識的なことですが、善と悪についての、常識を超えた根本的なとらえ方が神秘学にはあります。

 

あなたが初めて耳にするのであれば、多少分かりにくいと感じられるかもしれませんので、ていねいにご説明させていただきます。それは、〈宇宙〉の法則に合致するものが善で、合致しないものが悪だという考え方です。

カッコで囲んで示しましたが、この場合の〈宇宙〉とは、地球や太陽や、多数のさまざまな星と、それを含む空間のことだけを意味しているのではありません。

〈宇宙〉(Κοσμος:コスモス)とは、物質の世界と心の世界の両方を含んだまるごと全体のことを指しています。そして、この全体は、秩序と健全性と美しさを合わせ持っているとされます。

この言葉を作ったのは、数学の定理で有名なギリシャの哲学者ピタゴラスだとされています。このコスモスの反対語にあたるのはカオス(無秩序)です。

 

さて、〈宇宙〉の法則と善悪の関連についてご理解いただくためには、先ほどの悪のうち、殺人と盗みを例にとるのが分かりやすいでしょう。

 

ここから先の説明には、どうしても言葉で説明しきれないところがありますので、多少、論理の飛躍をお感じになられたとしても、どうかご容赦ください。

 

神秘学では、生命のことを、〈宇宙〉の根本的なエネルギーのひとつであると考えます。エネルギーというものは、形は変えることはあっても、決して失われることはないということが、物理学によって明らかにされています。

それと同じように、絶対的な見地から見ると、生命というエネルギーは、状態が変化することはあっても失われることはありません。

ですから、人の命を奪うという行ないは、宇宙的な見地、つまり人間という狭い視野を超えた絶対的な立場から見ると、エネルギーが不滅であるという法則への無知から、できるはずのないことを行なっている愚かな行ないにあたるとされます。

通常の見方をすると、確かに人の命を奪うことはできるのですが、今述べたように、その行ないは〈宇宙〉の法則に反しているので悪の行為にあたります。

 

 

では、盗みについてはどうでしょうか。

私たちは、文明社会に生きていて、あるものをある人の所有物とし、別のものは別の人の所有物としています。

このような所有は、そもそも論で言えば、人と人の間になされている取り決めにあたります。この取り決めがなければ、たとえば、お札も登記簿謄本も借用書も単なる紙とインクになります。

また、自然界では、ある土地と別の所有者の土地の間に境界線があるわけではありませんし、国境という線があるわけでもありません。

太陽の光も雨の恵みも、地球上のすべての生き物に平等に降り注いでいます。

共産主義について述べているわけではありませんが、このように絶対的見地から見れば、そもそも物を所有するということは、できないことになります。

 

ですから、人の物を盗んで、所有権を他の人から自分に移そうとすることは、このような道理に対する無知から、できるはずのないことを行なっている愚かな行為だと言うことができます。

通常の見方をすると、確かに人の所有物を盗んで手に入れることができます。しかしそれは、今述べたように〈宇宙〉の法則に反しているので悪の行為にあたります。

 

 

ご説明したのは、たった2つの例ですが、悪ということを、〈宇宙〉の法則に反する行ないだととらえる神秘学の見方について、ある程度ご理解をいただけたのではないでしょうか。

 

さまざまな法則に従って活動している〈宇宙〉を、川の流れにたとえてみましょう。

〈宇宙〉の法則に反した行ないをすることは、流れている川を逆行して進むことにあたります。

ですから、一時的にはそのようなことはできるかもしれませんが、最終的には、〈宇宙〉の力によって進路を正されることになります。

 

また、〈宇宙〉の法則を舗装道路にたとえることもできます。

私たちは、道に沿って、快適にドライブをすることもできます。多少道を外れて、でこぼこしたところを苦労して進むこともできます。さらに道を外れて、崖から落ちる危険を冒すこともできます。そして、これらのことが悪にあたります。

一方、〈宇宙〉の法則に沿って生きることが善にあたります。先ほどの例のひとつを取り上げれば、利他的であるということを、神秘学の研究家の多くは、〈宇宙〉の性質に沿った行ないであると考えます。

 

 

人間には自由意志が与えられています。ですから善にあたることも、悪にあたることも、どちらでもないことでも、何でも考え、語り、行なうことができます。

そして、善を行ない、悪を行なわない。このことは〈宇宙〉の流れとひとつになって生きることにあたり、長期的には、人生を好転させるためのもっとも確実な方法であると神秘学では考えています。

 

 

いかがでしょうか。興味深くお感じいただければ、心より嬉しく思います。

 

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