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神秘学って、グノーシスって何ですか

2014年8月8日


 

バラ十字会日本本部の本庄です。こんにちは。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

四国や他の地域の水害のニュースに心が痛みます。またまた、今度は台風11号が来ています。くれぐれもお気を付けください。

 

ある人から、「このメルマガのタイトルの『神秘学』って何ですか」と聞かれました。

待ってました! というのも、「神秘学」は誤解されることが多い言葉だからです。英語の「ミスティシズム」(mysticism)の訳語であり、神秘主義とか、神秘哲学と訳されることもあります。

誤解の一例としては、たとえば、神秘学と聞くと、非科学的な心霊術や占いや、あるいは、何か呪文やまじないのような方法を使って、よからぬ望みを実現するような行ないを思い浮かべる人もいるようです。

また、多少事情をご存知の方々の中にも、現実を逃避して、神秘体験という恍惚状態を追い求めることだと勘違いされている方がいるようです。

 

しかし、実際には、このどちらでもありません。ソクラテス、プラトン、アリストテレスは西洋の古代哲学のおおもとを作った人々ですが、いずれも神秘学の研究家なのです。ですから、まさに神秘学は、西洋の哲学の由緒ある源流だということができます。

その内容は、おおざっぱに言ってしまえば、人がより良く生きるにはどうしたら良いかという研究です。しかしこの説明では、あまり具体的なイメージが浮かばないのではないでしょうか。

パルテノン神殿

 

もっとよく実感していただくためには、手始めに、神秘学とほとんど同じ意味を持つ「エソテリシズム」(esotericism)という言葉を調べるのが良いと思います。この言葉は、「秘伝思想」などと訳されますが、あまりいい訳ではありません。ごく少数の人たちだけが知っていた事柄だと言うことが分かるだけで、具体的な内容を思い浮かべることができないからです。

「エソテリシズム」の語源はギリシャ語の「エソテリコス」(esoterikos)であり、内部を意味する「エソ」(eso)と「…へと向かう」を意味する「エイス」(eis)からなります。何の内部かというと、心の内部のことで、「エソテリシズム」とは、自分の心の内部を探っていくことを意味します。

「深く井戸を掘れば掘るほど、水は清くなる」というたとえがあります。心の内側を深く探っていくと、そこには「グノーシス」と呼ばれる英知が見つかります。

このグノーシス(gnosis)も耳慣れない言葉かもしれません。次から次へとこのような言葉ばかりが出てきて申し訳ないのですが、それほど難しいことではありません。グノーシスとは、頭で考えただけではある程度までしかつかむことができない英知のことです。

具体例でご説明させてください。

かなり前のあるテレビ番組で、104歳という高齢の禅師のことが紹介されていました。曹洞宗の本山のひとつである永平寺の第78世の貫首であった宮崎奕保(えきほ)禅師です。

以下は、この禅師の言葉です。

「自然は、立派やね、…規則正しい、そういうのが法だ、法にかなったのが大自然だ、法にかなっておる。だから、自然の法則をまねて人間が暮らす、人間の欲望に従っては迷いの世界だ、真理を黙って実行するというのが大自然だ。」

 

福井の自然に囲まれて、長年、厳しい修行をして、この禅師は、人としてあるべき生き方を自然界に学ぶという「英知」を得られたのでしょう。そしてこのような方の言葉を聞くと、私たちは心が洗われるような思いがします。

しかし、この禅師が修行によってたどり着かれた境地を太陽にたとえるならば、その言葉を聞いて、頭で考えて私たちが得る感動は、おそらく、クレヨンで画用紙に書いた太陽の絵のようなものでしかないのです。

 

神秘学を研究し実践する人のことを神秘家(mystic)と呼びます。神秘家の多くは、この宇宙には普遍的な知性が充満していて、この知性そのものは知ることができないけれども、物質的な法則や非物質的な法則に、この知性が表れていると考えます。

そして、先ほどの禅師と同じように、この法則について良く知り、この法則に沿って生きる努力をしたり、この法則を応用したりすることが、人間が人間らしく生きる、あるべき姿であると考えています。

 

残念なことに、現在のところ、この地球上に暮らしている大部分の人は、この法則に大きく反した生き方をしています。このことこそが、毎日ニュースとして飛び込んでくる、この世界の不幸の多くの原因だと思われるのです。

なぜこのようなことが起こるのでしょうか。ひとつには、宗教の責任が大きいのではないかと思います。大部分の宗教は、その開祖や指導者が得た、啓示や悟りと呼ばれる体験から生じています。しかし、その人が残したとされる言葉や、その生涯のできごとが教訓として伝えられるだけで、ほとんどの場合、その体験に信者が自力で達する方法を教えることはしないのです(禅宗の一部は数少ない例外のひとつです)。

 

啓示と悟りと神秘体験の3つは、言葉こそ違うものの指しているものは同じです。神秘学では、個人個人が自分の力で心の内側を目覚めさせる、つまり、神秘体験を得るためのテクニックと理論を扱います。そして神秘家は、この体験を自力で得るために、特定の信仰に頼ることもなければ、聖職者に仲介してもらうことも必要としません。

ある人が神秘体験から得る英知にあたるグノーシスは、その本人の生き方の理想としての役割を果たすことができます。

 

自分で築いた、ある高い理想に合わせて、人がみずからの生き方を変えること。そのための手段は、神秘学や禅に限られるわけではありませんが、個人個人が自分の力で、この変化をなし遂げていくことで、世界は少しずつ進歩し改善していきます。

そして、この世界の状況の改善のためには、これ以外には実際のところ有効な方法がないようなのです。

ヒンドゥー教の神秘家マハトマ・ガンジーは、このことを実感されていたに違いありません。次のように言っています。

「世界に変化を望むのであれば、自身がその変化になりなさい。」

マハトマ・ガンジー

マハトマ・ガンジー

 

さて、ご説明させていただいてきたことを、まとめたいと思います。

神秘家、つまり神秘学を研究し実践する人が目指しているのは、自分の心の奥底にグノーシスという英知、つまり自身が真に望んでいる生き方の理想を見いだすことと、自身の心を磨いて、自分の思考、発言、行動がその生き方の理想に沿うようにすることです。

 

この記事をお読みになったことをきっかけに、もしあなたが、このことを実践したいと思われた場合、神秘学以外にも、禅やその他の方法を選ぶことができますが、重要なことが2つあります。

ひとつは、ある人や団体が道案内をしてくれるにしても、結局のところその道は、自分自身で、自分の力で歩くのだということを、忘れてはならないということです。

もうひとつは、健全な批判精神を失うことなく、良い指導者を見つけると言うことです。

 

最後に、バラ十字会員であった20世紀初頭の女性詩人、エラ・ウィーラー・ウィルコックスの言葉を引用します。

「人は、あらゆる国を隈なく探検し、この地、かの地の秘密を手中に収めた…。だが、探査すべき領域が、ひとつだけ残されている。行け、汝自身を知れ、おお、人間よ! 手つかずの地へ、汝の魂という未知の世界へ!」

エラ・ウィーラー・ウィルコックス

エラ・ウィーラー・ウィルコックス

 

いかがでしたでしょうか。軽い話題ではありませんでしたが、少しでもあなたのご参考になれば嬉しく思います。

 

それでは、また。

 

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