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心の構造について

2015年10月30日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、昨日の小雨が上がり、すがすがしい一日になりました。この数日、朝晩の涼しい時間が少しずつ長くなり、冬の近いことが感じられます。

そちらはいかがでしょうか。

 

さて、人の行動は、通常意識されている心の部分だけではなく、無意識と呼ばれる心の深い部分に影響されているということが知られています。ヨーロッパでは今から120年ほど前に、フロイトという学者がヒステリーやノイローゼや、言い間違い、書き違いの研究からこのことを立証しました。

一方、仏教では1800年ほど前から深層意識についての研究が行なわれ、唯識思想として伝えられています。日本では興福寺や薬師寺に代表される法相宗という宗派でこの考え方が扱われています。

 

これらの研究は人類の大切な宝です。たとえば、戦争はフロイトによれば、個人個人の無意識に潜んでいる攻撃性が外に表れたものです。ですから、心理学の研究が今後さらに進むと、戦争を根本からなくすための有力な方法が発見されるかも知れません。

しかし一方で、現代では、物理学のような科学の応用が産業技術の分野で著しく成功した影響により、物質についての情報が極端に重視されるようになりました。そのため、人間の心にまつわる情報は、物質についての情報よりも確実ではなく、価値が低いと見られる傾向が残念ながらあります。

 

しかし、先ほどの戦争というような大きな問題は別にしても、心の構造や働きについて正しい知識を持ち合わせていれば、さまざまなトラブルが心に起こっても、適切に対処することができます。

 

ある読者の方から、バラ十字会では人の心の構造をどのようにとらえているのか、分かりやすく説明してくださいというリクエストをいただきました。

人の心には、性質の異なるいくつもの働きがあります。この働きを、言葉がやや難しくなりますが、客観的意識、下意識、宇宙意識の3つに分けてご説明していきたいと思います。

 

一例として、リンゴを食べるときのことを考えてみます。

りんごを食べる子供

 

まず、鮮やかな赤色のリンゴを手にしているときのことを思い浮かべていただきたいのです。美味しそうな色と香りと手触りを、私たちは視覚、嗅覚、触覚を通して感じ取ります。これらの五感は、「客観的意識」(objective consciousness)という心の働きに分類されます。

「客観的」という言葉は、日常では「自分の個人的感情を交えていない」という意味で使われるのですが、この場合はそうではなく、ある対象(object:オブジェクト)について働いている意識だという意味で使われています。

つまり、私たちは五感を使ってリンゴを知覚するときに、それが外界にある、自分とは別の対象としてとらえています。リンゴと自分が別々であることは、あたりまえであり、それ以外ではあり得ないとお感じになるでしょうか。しかしこれからご説明しますが、私たちの心の中には、そう感じていない意識も実際にあります。

 

さて、リンゴを食べようとして、リンゴを持った手を口に近づけたり、あごの筋肉を動かしたりするとき、それらの動作は、意図的に行なわれます。このような活動は、意図に随(したが)った活動という意味で、随意活動と呼ばれます。客観的意識という心の働きには、五感を使って外界を知ることに加えて、随意活動をコントロールするという役割があります。

「私の手」、「私の口」というように、私たちは自分の手や口を、ある対象と考えているので、心理学者はこれらの活動を客観的意識に分類しているのです。

リンゴを食べるときに使われるのは五感と随意活動だけではありません。たとえば、赤い皮の内側には、うすい黄色の果肉があることや、どのような味がするかを、私たちは予想しています。それは、いままでにリンゴを食べたことがあり、それを覚えているからです。

もしリンゴを噛んだときに、中身が紫色だったり、突然ウニの味がしたとしたら、驚いて吐き出してしまうことでしょう。

 

また、ある方はリンゴを食べているときに、聖書に書かれていた物語を思い出して、リンゴは知恵を象徴し、人は知恵を得ることと引き替えに楽園を追放されたことを思い起こすかも知れません。

記憶を思い出したり、想像したり、思考したりするようなこれらの心の働きも、先ほどの客観的意識に含まれます。その理由は、人が「私の思い出」、「私の経験」、「私の想定」、「私の考え」などと言うように、記憶や想像、思考の内容を、自分自身があつかう対象であると感じているからです。

つまり、客観的意識があつかう対象には、外界にある物体、自分の体だけでなく、それに加えて、心の中にある記憶や想像や観念も含まれます。そして五感でとらえられた対象についての情報が、これらの記憶や想像や思考によって解釈されます。

 

ちなみに、人間にとって過去が存在するのは、客観的意識に記憶という働きがあるからです。未来が存在するのは、客観的意識に想像という働きがあるからです。ですから、客観的意識がなければ時間は存在しません。

 

さて、話を戻します。リンゴを飲み込むと、食道、胃、小腸、大腸というように順々に運ばれて消化が進んでいきます。

このとき消化管は、私たちが意識しなくても、適切に活動して、リンゴという食べ物を先へ先へと運んでいきます。また、リンゴが胃に入ると、自動的に消化液が分泌されます。

手やあごを動かすときには、そのように意図することが必要ですが、消化管の動きや消化液の分泌のような体の活動は自動的に起こります。意志を必要としないこのような体の働きは不随意活動と呼ばれます。

 

人の体では、無数に多くの不随意活動が同時に営まれています。たとえば、心臓は自動的にポンプの役割をして血液を循環させていますし、腎臓は命令されなくても血液をろ過してきれいにしています。暑ければ自然に汗をかき、寒ければ毛穴が閉じ、体温が一定になるように自動的に調整されます。

そして消化されたリンゴの栄養は、小腸から血管を通して、全身の細胞に自動的に運ばれます。

そして、これらすべての不随意活動が正しく行なわれるようにコントロールしている心の働きを、バラ十字会では下意識(sub-consciousness)と呼んでいます。

 

体で行なわれている不随意活動は、おびただしい数にのぼります。そして、そのすべてが絶妙なバランスとタイミングで行なわれることによって、人の命が保たれています。素晴らしいオーケストラの演奏を聴けば、そこには、素晴らしい指揮者がいると誰もが想像することでしょう。人体のさまざまな器官が奏でている素晴らしいハーモニーのことを考えると、その背後には並外れた知性が働き、それらの活動を指揮していると考えるのは、それほど不自然なことではないように思われます。バラ十字会の神秘学では、下意識は宇宙意識と呼ばれる心の働きによって指揮されていると考えています。

 

以前にご説明させていただいたことがありますが、錬金術の研究家たちが尊重していたヘルメスのエメラルド・タブレットには、次のように書かれた部分があります(http://www.amorc.jp/blog/201507031618_759.html)。

「下にあるすべてのものは、上にあるものに似ており、上にあるすべてのものは、下にあるものに似ている。」

この文が意味しているは、宇宙(マクロコズム)と人間(ミクロコズム)は、多くの点で対応しているということです。

 

まず、人の体には個々に魂が宿っていますが、宇宙にも同じように魂があります。そして人の魂は、ひとつひとつが完全に独立しているわけではなく、全てが絆(きずな)を保って宇宙の魂の一部になっています。

人は体に魂が宿っているために、感じたり考えたりすることができます。つまり、意識を持っています。同じように、宇宙の魂にも意識があり、宇宙意識と呼ばれています。この宇宙意識が、先ほどご説明したように、下意識の指揮を執り、人の命を支えています。

宇宙意識(イメージ)

 

さらにご紹介すると、人には個人的な記憶があるのに対応して、宇宙にも記憶があり、完全記憶もしくはアカシックレコードと呼ばれています。この完全記憶には、宇宙が始まってから今までのすべての記憶が含まれています。瞑想に熟練した人は、その程度に応じて、この完全記憶から情報を取り出すことができます。

 

宇宙意識には、客観的意識とまったく反対の性質があります。今までご説明してきたように、客観的意識は、その名の通り自分と対象を別のものと見なします。別の言い方をすれば、自分という視点からこの世界という対象を観察する意識なのです。そこで客観的意識には、どうしても自己中心的だという傾向がつきまといます。一方、宇宙意識は、すべてをひとつのシステムと見なします。つまり宇宙意識は、人の内部で働いている場合にも、自己中心的なエゴとは無関係な性質の意識だと言うことができます。

 

現代人には、客観的意識だけを過度に使い、他の意識の働きを軽視してしまう傾向があります。このことによって、自己中心的なエゴの働きが強められてしまい、そこからあらゆる問題が生じています。そこで神秘学では、宇宙意識の働きを無視しないように気をつけて生活することが勧められています。

しかし、宇宙意識は、個人の中にどのような形で表れているのでしょうか。その最もよく見られる働きは直感です。直感とは、宇宙意識から、下意識を通じて客観的意識に送られたメッセージです。「直感は誤らない、誤るのは判断である」という言葉をゲーテが残しているそうです。この言葉は、客観的意識よりも宇宙意識の方が、判断に優れているということを意味しています。それは、宇宙意識の性質のためですので、ゲーテのような天才にだけ当てはまることではなく、誰にも当てはまります。

 

お勧めがあります。とても重大で複雑な決断をしなければならない状況に、あなたが直面しているとしましょう。ある事業の向かう方向を決断するとか、家のような大きな買い物をするとか、結婚相手を決めるとかです。そのような場合は時間を取って、関連するあらゆる要素について、じっくりと考えてみることでしょう。

しかし、大切なのはその後です。静かで、ひとりになれる場所に行きます。深呼吸をして気持ちを静め、客観的意識の行なった思考を、いったん棚上げにします。そして、心の奥から直感がわき上がってくるのを待ってください。このようにして、宇宙意識の働きを活用したとき、私たちは、もっとも優れた判断をすることができます。

 

いかがでしたでしょうか。最後までお付き合いくださりありがとうございます。何らかの形で、この話があなたのご参考になれば、心から嬉しく思います。

それでは、また。

 

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