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人類と子供の心の進歩の段階

2016年9月9日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、数日ぶりに晴れ間がのぞいていますが、道東と東北はまだ雨でたいへんなようです。くれぐれもお気を付けてください。

 

前回は、人間の胎児が受精してから誕生するまでの38週間に、38億年の生命の進化の歴史をおおむね繰り返すという話題を紹介させていただきました。

参考記事:『アゲハチョウの幼虫と進化』

 

そして、体の進化でなく心の進歩でも、ほぼ同じことが起きているらしいという心理学の発見についてもご紹介しました。

つまり、人は生まれてから成人になるまでの数十年の間に、人類の数十万年の歴史で起こった精神の進歩の様子を、おおむね繰り返しているようなのです。

 

米国の心理学者ケン・ウィルバーによれば、人類のこの進歩の様子は世界中で共通しており、それは6~8段階のレベルに分けて考えることができます。(“Integral Meditation”, Ken Wilber, Shambhala Publications, Inc., 2016)

今日は、特にそのうちのレベル4と5についてご紹介させていただきたいのです。この2つには次のような名前が付けられています。

レベル4:「神話的伝統主義」(Mythic Tradition)

レベル5:「理性的現代」(Rational Modern)

 

ちなみにレベル1~3は、「原始的状態」(Archaic)、「呪術的部族主義」(Magic Tribal)、「呪術・神話主義」(Magic-Mythic)です。

ケン・ウィルバーによれば、人類は全体として、17~18世紀にレベル4からレベル5に移りました。そして21世紀の今では、平均的な子供の精神は、7歳から12歳の間にレベル4からレベル5へと移ります。

 

それぞれのレベルでは、世界が異なって見えます。つまり、そのレベルに特有の見方で、世界を解釈、理解します。

この見方は文法にたとえることができます。私たちは言葉を話したり書いたりしているときに文法を意識しているわけではありません。知らず知らずのうちに、文法という制約(この場合は役に立つ制約)に支配されています。

 

これと同じように、レベル4にいる人は、レベル4を支配している制約を意識することができません。レベル5に進んで始めて、自分が縛られていた制約に気づくことができます。

それは、魚が水から出るまで、自分がその中にいる水に気づかないことによく似ています。

 

レベル4に「神話的伝統主義」という名が付けられているのは、このレベルの人は、ある神話を枠組みとして受け入れる傾向が強いからです。ギリシャ神話を思い浮かべてください。太陽が昇ったり沈んだりするのはなぜだろうかとか、冬に作物が実らないのはなぜだろうかなどということを、当時の人々は、この神話をもとに理解しました。子供はといえば、親や絵本から与えられる話をもとに世界を解釈します。

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そして、同じ神話を共有している人たちが集団を作り、その神話を元にして社会のルール、伝統ができます。人の生きがいは主として、その集団に属することにあります。人々は、集団の慣習、信念、規則を決して疑うことなく、伝統を重視し、その集団に従順に生きていきます。

 

ギリシャ・ローマだけでなく、日本にも、他のあらゆる文化にも神話があります。心理学のこの理論は、これらの神話のことを害悪だと言っているわけではありません。

心の歴史から考えると、これらの神話は、原始的な呪術信仰のレベル(レベル2とレベル3)から人が抜け出すために大きな役割を果たしました。そしてその後のレベルでは、芸術を豊かにする基礎として働いています。

しかし一方で、「神話的伝統主義」は、精神の進歩の歴史で人類がすでに乗り越えた段階だということもできます。

 

中世のヨーロッパは、レベル4の分かりやすい一例です。理性の暗黒時代と呼ばれることがあります。

この当時は、教会の権威によって、聖書の文字通りの解釈と、スコラ哲学という固定化した考え方が、神話としての役割を果たしていました。その結果、当時の人たちは神中心の世界観に制約されていて、自分の力で考えることはあまりしませんでした。

神が今ある通りに生き物を作ったと伝統的に考えられていれば、それに対して批判は許されませんでした。たとえ化石が発見されたとしても、神がそのように化石を創造し埋めたのだとされるのです。「何のために神は?」と考えることはしないのです。

 

古代ギリシャの学者アリストテレスは、教会が認める権威のひとつでした。そしてアリストテレスの本には、「重い物体は軽い物体よりも速く落下する」と書かれていました。

このことが正しいかどうかは実験によって簡単に確かめることができます。しかし実際に確かめることはされず、人々は二千年近く、この誤った意見を事実だと信じていました。

ピサの斜塔

ピサの斜塔

 

また、すべての星は地球の周りを回っていることになっていました。イタリアの学者ガリレオ・ガリレイは自作の望遠鏡で、木星の周りを回る星を発見します。しかし、それが認められることはなく、望遠鏡は悪魔の道具と見なされました。コペルニクスの太陽中心説(地動説)が認められるまでには長い歳月がかかりました。

参考記事:『科学的なことと非科学的なこと -アインシュタインと神秘学

 

キリスト教の名誉のために付け加えておきますと、今ではもちろん、ほとんどのキリスト教徒の方々が、生物の進化のことを事実だと考えていますし、カトリック教会は、ガリレオ裁判が誤りであったことを認めています。

 

人類がレベル4に入ったのは紀元前4000年ごろであり、その影響がもっとも強かったのは紀元前1000年ごろの古代ギリシャ文化の時代だとされます。そして、ヨーロッパでは17~18世紀に啓蒙思想が出現して、時代の先端を歩む人たちの意識がレベル5に移行したとされています。

啓蒙思想とは、おおまかにいえば、正しく理性を用いることによって人は真実を知ることができ、人類は幸せを得ることができるという考え方です。

啓蒙思想の影響で18世紀には近代科学が発達し、それを応用した技術によって、人々の生活はどんどんと豊かになっていきました。

 

しかし、レベル4からレベル5への移行は、今から300年ほど前という、ごく最近に起こった進歩であるため、レベル4が完全に乗り越えられたわけではありません。私たち現代人は誰もが、何らかの点でレベル4に縛られており、レベル5からレベル4に逆戻りしたりすることも珍しくありません。

極端な集団主義、極右思想や極左思想、体制順応主義、宗教原理主義は、世界のいたるところに見られますが、レベル4の考え方に強く影響されていると考えられています。

 

科学も例外ではありません。ケン・ウィルバーは先ほどの本の中でこのように書いています。

「とても理性的で客観的な科学についての見方からスタートした多くの科学者が、徐々に科学を“宗教”(しばしばサイエンティズム(scientism)と呼ばれています)に変えてしまっています。そして、ついには、実際には神話のように根拠のないあらゆる種類の考え方を、それ以外は理性的な、自分たちの一連の信念の中に取り入れています(中略)。典型的な科学者が絶対に正しいと信じている数多くの考え方の中には、根拠となる証拠が実際にはない、神話のようなものが多数あります。科学者たちは、自分たちにとって絶対的な現実である科学と首尾一貫しているように思えるということだけが理由で、それらのことを信じているのです。『宇宙には、創造力も意識も存在しない』。『生命とは、目的も方向性も持たない、まったく偶然に生じた過程である』。『世界に現実に存在しているすべては、単に物質原子や素粒子が配列したものに過ぎない』などです。これらのいずれにも、わずかな証拠すらありません。」

 

私はこの文章を本で読んだときから、テレビニュースなどで、「科学的には」というような言葉が使われるたびに、それがどちらのレベルの科学なのかが気にかかるようになりました。

 

形態形成場理論で有名なイギリスの生物学者ルパート・シェルドレイクは、『科学を硬直から解き放つ』(“Science Set Free: 10 Paths to New Discovery”, Deepak Chopra Books, 2012)という本の前書きに、多くの科学者が持っている独断的な信念として、次の10項目を挙げています。

1.すべてのものは、基本的には機械である。たとえば犬は、自身の目的をもつ生物というよりは、複雑な機械である。人間でさえ機械であり、リチャード・ドーキンスの生き生きとした表現を借りれば「材木でできたロボット」であり、脳は遺伝的にプログラムされたコンピュータである。

2.すべての物質には意識がない。物質には、生命が内在しているわけではなく、主観となる能力も、意見を持つ能力もない。人間の意識でさえ、脳という物質の活動が作りだした幻想である。

3.物質とエネルギーの総和は常に一定である(しかしビッグバンは例外であり、このときは宇宙に突然、物質とエネルギーが現れたとされる)。

4.自然のさまざまな法則は変わることがない。それらは、時の初めから今も変わらず、永遠に同じままである。

5.自然界には目的というようなものはなく、進化は何かを目指しているわけでもなく、何かに指揮されているわけでもない。

6.生物に起こる遺伝は、すべて物質的な現象であり、DNAという遺伝物質や、物質で構成された他の何かによってなし遂げられている。

7.心は頭の中に存在していて、脳の活動以外の何ものでもない。あなたが木を見ているとき、見えているその木のイメージは、それが見えている「外のそこ」にあるのではなく、あなたの脳の中にある。

8.記憶とは、脳の中に物質として残されている痕跡であり、死によって完全に消滅する。

9.テレパシーなどのような説明のつかない現象は幻想である。

10.物質的な医療だけが、真に有効なただひとつの医療である。

 

さて、あなたはこの10個の信念のどれに、確かな根拠があると考えるでしょうか。どれが正しい信念であり、どれが間違った思い込みだと思うでしょうか。

また、科学に関わらないことであっても、多くの人が信じているということだけが理由で、あなたが受け入れている思い込みはないでしょうか。それはレベル4の考え方の影響でしょうか。

この機会に、時間をとって考えていただけると、きっと興味深い思索のひとときになると思います。

 

さて、少し長くなりましたが、前回のお約束でもありますし、未来に深く関わるかもしれない情報についても書き添えておきます。

前置きとして話しておかなければなりませんが、今回ご紹介している内容は、心理学のごく最近の発見であり、確実な事実だと無条件に考えるには、期が熟していないように思われます。まだまだ検証が必要な部分もあれば、今後修正される部分も出てくることと思います。

このことをご承知の上で読み続けていただきたいのですが、レベル5の「理性的現代」には、他者に優越すること、他者に認められることを重視し過ぎるという欠点があるとされます。

そして人類は1960年代後半に、レベル5から次の段階に入ったとされます。ケン・ウィルバーはこのレベルに次のような名前を付けました。

レベル6:「多元論的ポストモダン」(Pluralistic Postmodern)

 

このレベルの特徴は、絶対的真実を認めないということです。つまり、どのような場合にも万人に当てはまる真実というものはなく、真実とはすべて、文化的な背景の中で正しいとされているだけの地域的、相対的なものだと考える傾向があります。

具体的には、たとえば、現代人の生き方が、世界中の先住民族の生き方よりも優越しているとは言えないとする考え方があります。地球上で、人間の存在が他の生物の存在よりも特別に優先されるべきではないという考え方もあります。先ほどの進化論で言えば、生物が進化するという考え方と、神が生物を現在ある通りに創造したという考え方は、どちらも正しいと考える人さえいます。

 

これらの考え方は、まだ成熟しておらず、今後どのような形に落ち着くかも、まだ見えていないところがあります。しかし、あらゆる人、あらゆる意見を尊重する精神や、異文化・他の宗教への寛容さ、環境保護に対する鋭い意識が、このレベルから生じてくるということには間違いがないようです。

 

バラ十字会は2014年に出したマニフェスト(宣言書)で、現代に生きるすべての人に、精神性の重視(Spirituality)、人間の尊重(Humanism)、環境保護(Ecology)の3つを訴えています。バラ十字思想は多元論的ポストモダンではなく、その考えのすべてに同意しているわけではありません。しかし、このマニフェストで私たちが訴えていることと、多元論的ポストモダンの考え方には共通点がいくつもあります。

参考記事:バラ十字会AMORCのマニフェスト(Manifesto):宣言書のご紹介
(2014年版は、このページの中ほどにあります。)

 

今回は以上です。ちょっと立ち入った難しい話題になってしまいましたが、次回もお付き合いくだされば嬉しく思います。

それでは、また。

 

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