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閻魔大王と天秤とカバラ

2016年11月18日


こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日の東京板橋は晴天に恵まれています。日に日に寒くなりますね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、次のような言い伝えを、お母さんやお父さんは、今でも子供に向かって話しているのでしょうか。嘘をつくと閻魔大王に舌を抜かれるという話です。私は小さいころに、祖母や母からときどき諭されました。あなたにも、そのようなご経験がおありではないでしょうか。

調べてみると閻魔大王のもとになったのは、インドのヤマという名の古い神だそうです。この神は最初に死んだ人間であり、死者が向かう楽園を見つけだして、その楽園の王になったのだそうです。

古代のインドには、死者が地獄に行くという考え方は、元々はなかったようです。

参考記事:「天国と地獄

 

ところが時代が下ると、ヤマ神は、死者の生前の行いを裁いて罰する恐ろしい神に変わっていきました。

そして、この神をモデルにした閻魔大王も、あの世を治め、浄玻璃鏡(じょうはりきょう)という鏡で死者の生前の行いを映し出し、悪行を重ねた者を地獄に落とし罰を与えるとされています。

 

死者が何かに裁かれるという言い伝えは、古代エジプトでも知られていました。

古代エジプトの『死者の書』は、葬儀に使われた書物ですが、死者の魂が体を離れてから、死後の楽園にたどり着くまでの様子が書かれていて、その途中で、オシリス神が天秤によって裁きを行ないます。

このとき、天秤の右の皿には女神マアト(Ma’at)の真実の羽根が一枚置かれ、左の皿には、壺に入れられた死者の心臓が置かれます。

生前に悪事を重ねると、心臓は重くなるとされています。心臓が羽根より軽ければ、死者は死後の世界に進むことが許されますが、もし重いと、頭がワニ、上半身がライオン、下半身がカバである幻獣アメミットに魂を喰われてしまうことになっています。

羽根一枚との重さ比べですから厳しい裁きですね。私などは、とても合格する気がしません。

 

Weighing of the heart3

中央の左がアヌビス神で、その右が幻獣アメミット。天秤の左右の皿には心臓と羽根が置かれている。 By National Geographic, Ancient Egyptians (Book of the Dead) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

 

カバラにも、この天秤が登場します。

カバラとは、古代ヘブライ人の秘伝哲学にあたります。エジプトなどの古代の思想の核心の部分が、かなり忠実な形で伝えられていると考えられるため、過去のバラ十字会員の多くがカバラを研究していました。現在のバラ十字会の通信講座のカリキュラムにもカバラの学習が含まれています。

参考記事:『カバラについて

 

カバラの極めて重要だとされる書物に、『セーフェル・イェツィラー』(形成の書)、『ゾーハル』(光輝の書)があります。

『セーフェル・イェツィラー』は短い文章です。A4の紙6枚ほどにすべてが納まります。しかし、後で実例を示しますが、ヘブライ語のアルファベットや単語には何重もの意味があり、『セーフェル・イェツィラー』には、表面的な意味だけでなく、隠されたいくつもの意味が込められていて、その全容を理解するためには一生がかかるとさえ言われています。

 

天秤の話は、『セーフェル・イェツィラー』では次のように書かれています。

「アレフ、メム、シンが置かれているのは、恩恵を乗せる皿と、義務を乗せる皿と、その間にある、決定をくだす指針である。」

 

アレフ(Aleph)、メム(Mem)、シン(Shin)というのは、ヘブライ語のアルファベットの中でも母字と呼ばれる、最も基本的な3文字です。その中でもアレフは、他のすべての文字がそこから生じたとされています。

アレフという文字には、それ単独で空気・バランスという意味があり、メムという字には、水・賞賛という意味、シンという字には火・非難という意味があります。

 

つまり、天秤の一方の皿には賞賛されるべき行為(善行)が置かれていて、他方の皿には非難されるべき行為(悪行)が置かれていて、この2つの間のバランスが、針によって保たれているわけです。そして、もし善行の方の皿が下がれば、水によって象徴される幸せが生じ、悪行の皿が下がれば、火によって象徴される試練が生じるということになります。

さらに、幸せは恩恵として与えられるものであり、試練は、何らかの義務を果たすためのものであるということがほのめかされています。

たった一行あまりの文に、これだけ豊かな内容が詰め込まれていることに驚きます。

 

さまざまな証拠から、古代エジプトでも、天秤がもともと表わしていたのは、犯した罪は必ず償わなければならず、一方、善行には必ず報酬がともなうという考え方だったと推測されています。

しかし、このような概念はやや抽象的で、古代エジプトの多くの人々には理解が難しかったか、人気がなかったのでしょう。そこで、死者が裁かれて、その行き先が天国と地獄のいずれかに定められるというような分かりやすい話に変化したのだと思われます。

 

ところで、天秤の針を表わすヘブライ語の「ラッション」には、舌という別の意味もあります。

最初の閻魔大王の言い伝えとの奇妙な一致にはっとさせられます。

 

『セーフェル・イェツェラー』には、他にも興味深い部分がたくさんあります。たとえば、生命の樹が登場します。この樹は、聖書の『創世記』でエデンの園に植えられていたとされていますが、カバラでは神が物質世界を創った際に経た10の段階を表わすと言われています。

カバラの樹(生命の樹)

生命の樹(カバラの樹)

 

そして、先ほどの3つの母字、アレフ、メム、シンは、この樹の中央と右と左にあたります。

 

生命の樹などのことも、いずれご紹介できる機会もあると思いますが、今日はここまでにします。

ではまた。

 

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