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笛の世界(番外編)

2017年7月14日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋ではこの数日、夏らしい暑い日が続いています。

いかがお過ごしでしょうか。

 

少し前のことになりますが、私の親しい友人で山形県にお住まいの山下さんから寄稿いただいた、『笛の世界』についての文章を、2回にわたりご紹介しました。

 

三度の飯よりもお祭りが好きだという山下さんは、平成7年に、故郷の村山市に新しい祭りができたことをきっかけに祭り笛を吹くようになったのですが、その6年後に、『和太鼓教室開校-横笛・津軽三味線・日舞の教室も同時開校』というポスターをふと見かけます。そして、その教室でプロの指導を受けるようになります。

今回は番外編として、そのときの体験談を届けていただきました。

 

過去記事:

『笛の世界』(その1): http://www.amorc.jp/blog/?p=1430

『笛の世界』(その2): http://www.amorc.jp/blog/?p=1454

 

▽ ▽ ▽

『笛の世界』(番外編)

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

さて、時は平成十三年の秋、横笛教室の初日、緊張の面持ちで入り口のドアを開け建物の中に。すると和太鼓教室のオーナーがひょっこり現れ『山下さ~ん。先生、今ご飯食べてますから、食べ終わったら始めますからね、しばらく待ってて下さい』。

そこで私『おじゃましま~す』と入って行きました、すると和太鼓教室のロゴマークの入ったTシャツを着た若い方(二十代位に見えました)がご飯食べてます。私は単純に和太鼓教室のスタッフの方だろうな、と勝手に解釈。

そのすぐ隣で二人のオバチャンが荷物を送る段ボール箱がどうのこうのと、にぎやかにしゃべっています。先生はどこ? と思って周りを見れば隣にも部屋があります。私は、そうか先生は隣の部屋か……。

 

待つことしばし。スタッフとおぼしき方、ご飯食べ終ると私の顔を見て『ど~れ、それでは始めますか……』。『えっ~!?この方が……』。

後で知ったのですが、先生この時、四十一歳でした。ちなみに、にぎやかな二人のオバチャンは日舞の先生でした(この道ではかなりの著名人と後から聞きました)。

 

教室は隣の部屋でマンツーマンで始まりました。何しろ横笛教室の生徒は私一人だけでしたので(津軽三味線の生徒さんは複数人数おられましたが)。

初日は笛の説明から始まりました。篠笛(しのぶえ)の名前の由来(篠竹を材料としているからとか)、音の出る原理、笛の持ち方、構え方、笛特有の楽譜の読み方、効率良く音を出す方法。これらのことを論理的にきっちりと分かりやすい言葉で説明してくれました。

私はその時まで和楽器とは勘と経験だけの世界と思っていましたが、とんでもない認識不足でした。

 

さて翌日(教室は月に一回、二日間)。『昨日はお世話になりました、今日もよろしくお願いしま~す』と部屋に入って行きました。すると先生『ど~れ、んだば、はずめっか~!!』。

この瞬間から先生の喋りは全て津軽弁に……(笑)。ちなみに、こんな具合でした。『はい、そごだば、そげふいだら、あじっこ、でねはんげの、もすこす、やさすぐ、ふがねば』。お分かりでしょうか?

翻訳(?)します。『そこは、そう吹いたのでは、感情が入らない、一本調子になってしまう、もう少し、優しく吹くように』と。まあ、こんな意味合いになります。ならば、ということで私は山形弁で対応です(笑)。

秋田の昼竿灯祭りで篠笛を吹く女性

 

二日目から本格的に音を出しての稽古が始まりました。最初の練習曲は山形県を代表する民謡、花笠音頭でした。山形県人の私に気を使ってのことだったのでしょうか。

花笠音頭は私も子供の頃から聞き慣れた曲です。簡単だろうなと、その時は思いました。すると先生『先ずは一回吹いてみるから聞いてくれ』とのこと。ところが先生が吹き始めて直ぐに頭の中が真っ白になってしまいました。

確かに曲は聞き慣れた花笠音頭なのですが、テンポもノリもまったくの別物、呆気にとられて声が出ませんでした。すると『津軽三味線バージョンの花笠音頭だよ……』といった説明が。

 

何はともあれ練習開始です。笛は民謡の伴奏等で普通に使われているものよりちょっと長めの篠笛です。

六本調子と言って音程がちょっと低め、音は出しやすいよ…と聞いてはいました…が。やはり思ったように音が出ません。

祭りで使っている笛、明笛(みんてき)とは全く別物です。悪戦苦闘が始まりました(その年の夏祭りが終わっていたのは幸いでした)。

 

それからしばらくして何とか格好が付き始めた頃のことです。何時ものように『よろしくお願いしま~す』とドアを開けますと目の前に三味線を抱えた女性が立っています。

それからしばらく後、この方通称『よっちゃん』が先生の提案で三味線の稽古も兼ねて私の笛の稽古に付き合ってくれることに。

 

ところで、よっちゃんのオヤジさんは東京の浅草の生まれ。当然の事ながら、よっちゃんの喋りは『バリッバリの江戸弁』。

そんな訳で、三人が顔を揃えての会話は津軽弁・江戸弁・山形弁の三ヶ国語(?)の飛びかう摩訶不思議な空間に……。

とにかくにぎやかでした、楽しかったです(笑)。

 

ところが平成十五年の秋、先生の仕事の都合で教室は惜しくも終了。夢を見ていたような二年間でした。

それから二年後、よっちゃんは和楽器奏者としてプロデビュー。今も東京で頑張っています。

私はと言えば、相変わらず亀の歩み……いやいや、マイペースと読み替えましょうか(笑)。

祭りでの太鼓と笛の演奏

 

そんな私に忘れられない思い出があります。

いつでしたか、私がよっちゃんに『歳のせいかな、いくら頑張っても中々上達しないよ、曲、憶えられなくってね』と愚痴をこぼしたことがあったのです。

すると、返って来た言葉が。『山下さん…努力は人を裏切らないよ…』。(完)

△ △ △

 

津軽弁・江戸弁・山形弁が飛びかっている場面、想像しただけでクラクラしそうですね。方言には、その土地の温かさが感じられるように思います。私は東京の西部の武蔵野で生まれ育ったので、しゃべる言葉はほぼ標準語です。方言がある人たちをうらやましく感じることがあります。

 

今回は、この辺りで。

では、また。

 

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