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謎の遺物

2017年10月27日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、昨日から秋の気持ちの良い晴れ間が広がっていますが、それも今日までのようです。寒くなってきましたね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

先日、北海道の支笏湖で仕事があり、その帰途に、千歳市埋蔵文化財センターという施設を見学することができました。

最近、縄文時代に興味を持ち、この展示館に目を付けていたのです。

千歳市では、新空港の建設にともなって大規模な発掘調査が行われたことで、市内だけでおよそ300カ所もの遺跡が見つかっており、その多くが縄文時代の遺跡です。

 

皆さんは、縄文時代というと何を思い浮かべるでしょうか。

土器でしょうか土偶でしょうか。竪穴住居でしょうか。

 

縄文土器の代表例に、まるで炎が広がるような装飾が上部に施された火焔型と呼ばれる土器があります。新潟県長岡市で発見されたものが特に有名です。

 

Jomon Vessel with Flame-like Ornamentation, attributed provenance Umataka, Nagaoka-shi, Niigata, Jomon period, 3000-2000 BC - Tokyo National Museum - DSC05620

火焔型土器

 

芸術家の岡本太郎さんは、上野の国立博物館でこの土器に出会って、縄文文化の魅力に取り付かれ、生涯研究を続けていたそうです。

 

北海道の南茅部町(現在の函館市)からは中が空洞になった土偶が見つかり、茅空(カックウ)という愛称で呼ばれ、愛らしいとも怪しいとも感じられるその奇妙な形から、縄文文化のシンボル的存在になっています。

Hollow Dogu Kakku

カックウという愛称で呼ばれている土偶

 

縄文時代は謎だらけです。火焔型土器も土偶も、いったい何に使われたのかが分かっていません。

しかも、他にはまったく見られない独特のデザインをしていて、岡本太郎さんのような芸術家ではなくても、いつまで見ていても見飽きないと語る人たちが多数いますし、私もそう感じます。

 

話を千歳市の埋蔵文化財センターに戻します。

千歳線のサッポロビール庭園駅から、携帯電話でタクシーを呼んで15分ほど走ったところに、建物がありました。

元は小中学校の校舎だったところを改装して作られた展示館なのですが、とても落ち着いた雰囲気の展示室でした。他にはほとんど参観者がいなかったので、じっくりと見て回ることができました。

 

この展示館には、旧石器時代の文化や、地元地域の変遷の説明もあったのですが、何といっても目を引いたのは、千歳市美々4遺跡というところから出土した「動物型土製品」と呼ばれる遺物と、千歳市ママチ遺跡から出土した「土面」でした。

 

次の写真をご覧ください。

「ビビちゃん」という愛称の動物型土製品(写真はクリックすると拡大できます)

 

この動物型土製品は、出土した遺跡の名前と愛らしさから「ビビちゃん」と呼ばれています。

まさに、謎だらけ、謎そのもののような遺物ではないでしょうか。写真を見れば、これが大げさな言い方でないことがお分かりいただけることと思います。

 

ふっくらと膨らんだ中空の胴体には、三角形の股のような部分を介して、3本指(?)の両足のような部分があり、5本の指のようなものがついた2つのヒレ(耳?)と、前後にならぶ角と鼻先が突き出た小さな頭のようなものがついています。

 

しかし、胴体の部分には口のように見える大きな穴が空いていて、くっきりと描かれた文様と合わせて考えると、ここが顔のようにも見えます。

すると、先ほどの頭のような部分は、一風変わった、ちょんまげのようにも思えてきます。

 

いったい、これは何なのでしょうか。

 

専門家の間でも、意見がまったく定まっていないようで、「動物型土製品」という命名にも、そのことが表れています。

水鳥、ムササビ、亀だという人も、トド、オットセイ、アザラシのような海獣だという人も、立ち上がったクマだという人も、人間だという人も、空想上の動物だという人もいます。

 

用途についてもさっぱり分かっておらず、香炉、笛、狩猟の成功を祈るための儀式用具などの説があります。

この遺物を発掘した考古学者の大島直行さんは、「月の水」を溜める容器だとしています(『月と蛇と縄文人』、寿郎社、2014年)。

 

土面の方も、見れば見るほど実に怪しい遺物です。先ほどの動物型土製品もそうですが、夢に、しかも悪夢に出てきそうです。

(写真はクリックすると拡大できます)

 

展示室の解説には、縄文晩期のお墓のそばで見つかった出土品で、墓に立てられた柱に付けられていたと想像されると書かれていました。

 

いったいどのような思いで何のために、ビビちゃんやこのお面を、縄文人は作り、用いたのでしょうか。

 

このような遺物を見ていると、古代人は、現代人の私たちとは、まったく異なる物の見方、考え方をしていたのではないかと感じます。

私にはまだ十分に理解できていないのですが、幾人かの民俗学者は、その際のキーワードは、「シンボリズム」と「レトリック」だとしています。

 

参考記事:『花という象徴

 

この視点から、たとえばネリー・ナウマンというドイツの民俗学者は、縄文時代の精神文化と、環太平洋の他の文化との関連を探究しています。

 

千歳市の埋蔵文化財センターで、展示品に感じた縄文文化への驚きをお伝えしたく思い、今日は、ややまとまりのない話をさせていただきました。

古代人の文化、特に縄文文化については、これからも調べて、もし面白いことが分かったら、またお伝えさせていただきたく思います。

 

では、今日はこの辺で。

 

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