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武器軟膏について

2018年5月18日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日の東京板橋は、梅雨前のさわやかな一日になっています。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

今日は、ある人から聞いた奇妙な話題を取り上げたいと思います。

それは、中世に流行した「武器軟膏」(weapon-salve)と呼ばれている傷の治療法です。

現代の私たちから見ると、あまりにも奇怪な方法なのですが、17世紀のヨーロッパでは実際に使われていましたし、この治療法になぜ効果があるかが真剣に議論されていました。

 

この治療法に用いられる軟膏の多くには、「共感の粉」と呼ばれていた薬が含まれていました。この粉は緑礬(りょくばん)という鉱物から作られていました。

緑礬は錬金術でもよく用いられていました。この当時は、医学と錬金術がそれほど明確に別々の分野ではなかったのです。

中世の錬金術師の実験テーブル(イメージ)

 

面白いのは、この軟膏を用いる方法です。誰かが剣などの武器によって傷を負ったときに、それを治療するために、傷口ではなく、傷を負わせた武器のほうに軟膏を塗るのです!

「何と非科学的な」とお思いになるでしょうか。私もそう思います。しかし、具体的にはどこが非科学的なのでしょうか。

 

すぐに思いつくのは、傷口から離れたところに塗られた薬が、傷を治す作用を及ぼすはずがないということでしょう。

そして、当時もそのように武器軟膏を批判する人がいました。武器軟膏を用いている人たちのこの批判に対する反論は、たとえば磁石が発する力は、離れたところに及ぶではないかということでした。

 

さらに面白いことに、武器軟膏の効力を確かめるための、“科学的”だと思われる検証実験が行われていました。

傷を負った人とその傷を負わせた武器を、多数集めて(そのようなことができたのは驚きですが、当時は戦争が多かったのでしょう)、それらを半分に分けて、一方のグループには傷口に軟膏を塗り、もう一方のグループには武器に軟膏を塗ったのです。

その結果、武器に軟膏を塗った人たちの方が、治りがはるかに良かったのです。

中世の武器

 

なぜこのようなことが起こったのでしょうか。当時は消毒という考え方がなく、軟膏が不衛生な作られ方をしていたので、それを患部に塗るよりも、むしろ何もしないほうが傷の回復が良かったのではないかと思われます。

 

この話がなぜ面白いかというと、“科学的”であるということが実際にはどういうことであるかを深く考えさせてくれる一例だからです。

現代に暮らす私たちは、「それは科学的でない」とか、「それは科学的な考え方ではない」という言葉をよく使ったりしますし、さまざまな機会に耳にしたり、文章で読んだりもします。

そして、「科学的だ」という言葉が、「正しい」という言葉とほとんど同義語として用いられていることが多いようです。

 

しかし、改めて考えてみると、科学者を含む多くの人が現在信じている常識が、単に「科学的」と呼ばれていることが多いのではないでしょうか。

何が科学的で何がそうではないかと言うことは、単純な問題ではありません。

 

もう何十年も前のことになりますが、私は大学で、科学の基礎になっている枠組み(パラダイム)を研究する学部に所属していました。

今でも覚えているのですが、その学部の授業で、ある教師が「タイムマシンを作ることはできると思うか」と学生たちに質問したのです。

この質問には多くの学生が驚きました。熱力学という物理の分野ではエントロピーの法則というものが知られていて、タイムマシンはこの法則に反しているので、“科学的”に作れるはずがないというのが常識だったからです。

 

ひとりの学生がそのように述べると、その教師は言いました。

「私はその意見に賛成できない。それは考えの道筋が反対だからだ。現実をよく観察して、その現実を説明することのできる数学を発見するのが物理学だ。もしタイムマシンができたなら、その現実に合うように、物理学のほうを修正しなければならない。」

 

これと似た話をもうひとつ紹介させていただきます。以前にもこのブログで採りあげたことがあるのですが、南部陽一郎さんは、2008年にノーベル物理学賞を受賞した素粒子研究の第一人者でした。彼の業績を紹介したある番組で、ゲストの西田敏行さんがこう尋ねたのです。

「そうですか、世の中のすべての物は素粒子でできているのですね。」「それでは、命も素粒子でできているのですね。」

間髪を入れずに、南部さんはこう答えていました。

「あっ、それは私には分かりません。」

 

先ほどのタイムマシンの話もそうですが、このような言葉を聞くと、そこに表れている謙虚さに心を打たれます。

 

科学の歴史の研究家には次のことが知られています。ある時代のある地域には、物の見方や考え方を支配している特定の枠組みがあります。この枠組みはパラダイムと呼ばれています。

パラダイムの面白いところは、特殊な制約であるにもかかわらず、それに支配されている人たちの大部分が、そのパラダイムに気づかないとことです。

このことは、水面から出たことのない魚が水に気づかないことや(ほんとうでしょうか)、文法を知らなくても私たちが日本語を話せることにたとえられます。

 

先ほどの武器軟膏の場合も、その当時のその地域の人たちは、現代人とは異なる自分たちのパラダイムで、ものごとを見たり考えたりしたのであり、そのため、少なくない人が、武器軟膏のことを決して奇怪な方法ではなく “科学的”だと感じていたのです。

 

そして、現代の私たちが持っているパラダイムの多くも、未来になれば、時代遅れの“非科学的”な見方、考え方になるというのは、おおむね確実なことです。

実際に、現在の科学には多くの“非科学的”な点があるということが、21世紀に入ってからたびたび指摘されるようになり、今後のパラダイムがどのようなものになるかが研究されています。

 

このように考えると、現実をよく観察してそこから出発すること。現在主流になっているものの見方、考え方は決して絶対的でなく、時代や地域に限定されたものであり、将来も正しいかどうかは保証されていないということを意識しておくこと。

突き詰めて言うとこの2つ、特に後者が、21世紀後半に科学的だと言われる態度になるのではないかと私は考えています。

 

参考記事:「科学的なことと非科学的なこと

 

さて、先ほどの武器軟膏は、人類学という観点から見ると、接触魔術という行ないにあたります。

この行ないは、一度接触していたものは、接触しなくなった後にも互いに影響しあっているという迷信に基づいています。

 

原始的な宗教さえまだ出現していないほどの昔、原始人は、接触魔術と共感魔術という2つの魔術を行っていました。

接触魔術は先ほど説明しましたが、共感魔術とは、形が似ている2つのものは互いに影響するという迷信に基づく魔術です。

たとえば原始人は、日照りが続いたときには、小さな穴を空けた容器に水を満たして振るという魔術を行いました。それによって雨をもたらすことができると信じていたのです。皆さんも、敵の姿に似せた、木や藁(わら)でできた人形が、何に使われるかをご存じのことと思います。

 

この当時の人類は、狩猟、漁労、採集によって食物を得ていました。自然に対する正しい知識もとぼしく、農業技術も、しっかりとした住居も、協力体制を可能にする組織的社会もなく、飢餓、天候の変化、天災、肉食獣の危険に常にさらされ、嵐の中の木の葉のように無力な存在でした。

このような原始人の、恐れに満ちた心の状態と無力感を想像してみてください。

そして、彼らのパラダイムだったのが魔術的思考であり、彼らが主に頼っていたのが先ほどの2つの魔術でした。

人類がこのような暗闇の状態、背負わされていた恐怖から抜け出すことができたのは驚くべきことです。

 

私たち現在の人類はホモ・サピエンスと呼ばれ、およそ30万年前に出現しました。それに対して、人類の多くが魔術的思考から脱け出せるようになったのは、数万年前です。

つまり、私たちがホモ・サピエンスに進化した後だけを考慮に入れても、魔術的な思考をしていた時代のほうが、その後の時代よりもずっと長かったのです。

 

ですから、私たちの潜在意識には、魔術の時代の迷信が今でも影響を与えています。(それに加えて、今回お話しする余裕はありませんが、私たちの心の中には神話の時代の迷信もあります。)

 

参考記事:「人類と子供の心の進歩の段階

 

私たちは自分がどのような迷信に影響されているかを学び、心の奥底にある不要なガラクタを捨て去らなくてはなりません。

当会の提供している通信講座では、学習を始めてから12ヵ月後にこのことが詳しく解説されます。

 

今回は、このあたりで。

話題が行ったり来たりしましたが、興味深い、参考になったと、少しでもお感じになった点があれば、嬉しく思います。

次回もまたお付き合いください。

 

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