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猫の恩返し

2018年6月1日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋は今日、さわやかな一日になっています。天気予報によれば、来週にも梅雨入りだそうです。

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

今回は、山形県に住む私の友人の山下さんから寄稿していただいた文章をお届けします。

 

▽ ▽ ▽

 

記事:『猫の恩返し』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

『犬は人に就く、猫は家に就く』ということわざがあるのだとか。だとすれば、猫の立場からすれば、飼い主とは『ご飯を食べさせてくれる“同居人”』と言うことになるのでしょうか?

こんなことを言えば猫好きの方々から『何言ってるんだ(怒)』と、お叱りを受けそうですが、まずはご容赦を。この話は猫の嫌いな方から聞いた話ですので…(それでもやっぱり猫好きの方々は腹が立ちますよね…)。

さて、今回は我が家で飼っていた……というよりは家族の一員として暮らしていたトラ猫、付いた呼び名が三代目茶々丸、通称『茶々』の話です。

 

ある日の夜のことです。私が会合から帰ってくると玄関の近くで猫の鳴き声が聞こえます。声のする場所に目をやるとトラ毛の子猫がいます。

どうやら親にはぐれた野良の子猫のようです。私を見ても逃げようともしません、それどころか、ニャーニャーと鳴きながら私の足元に擦り寄ってきました。

なんとか助けて上げたいとは思ったのですが、実は我が家では飼い猫に関して辛く悲しい思いを、ここ数年間で二回も経験していたのです。そこで『我が家では、何があっても猫は絶対に飼わない!!』。これが我が家での暗黙の了解となっていたのです。

可哀想でしたが、今回はなんとか、お引き取り願いました(早い話しが追い払ったのです)。ところが、翌日も、翌々日もやって来ました。

とうとう根負けして我が家で面倒を見ることに。そこで改めて良く見ると、全身が見事な虎毛、俗にいうキジトラでした(左目の上に二本だけ白い毛がありましたが)。

トラ毛の子猫

 

さて、我が家で暮らすには、先ずは決まった場所でのトイレです。早速にトイレ砂を購入、手頃な箱も準備。次にカミサンと『さて、どうやってトイレを教えたら良いものか…』などと話しながらトイレ砂を箱の中に。

すると私の横にちょこんと座り、私のすることをじっと見ていた茶々、おもむろに立ち上がり、何をするかと思えば、なんと!? 自分からトイレ砂に。そして『これで良いんでしょう』と言った顔(?)で用を足し始めました。

これには驚きました、と同時に『この猫は半端でなく賢いのでは』と思いました。実際そうでした。

 

我が家で暮らし始めてすぐのことです。朝方早くに、私の耳元でニャーニャーと激しく鳴くのです、時計を見るとピッタリの六時半です。私が『ハイハイ、分かりましたよ、起きれば良いんでしょう』。

すると、今度は私の方を振り返りながら台所に置いてある自分の食器の前に直行です。なんと、朝ご飯の催促でした。翌日からこの行動は恒例行事となりました(笑)。

私はこのことを不思議に思い、猫の生態に詳しい知人に聞いてみました。すると『山下さん、朝の六時半にご飯食べさせたでしょ……』。なるほど…納得…です。

それ以来、目覚まし時計代わりに毎朝活躍してくれることに(笑)。

 

茶々はその後、次々とユニークな行動を見せてくれました。私が座ると、待ってましたとばかりに膝の上に。さらに気が向くとポーンと肩に跳び乗り、ちょこんと座って澄まし顔(爪も立てずに上手なものでした)。

これを目にした、茶々が我が家に来た経緯を知る客人は『きっと命を助けて貰った恩返しのつもりで、一生懸命に甘えているんだろうね、可愛いね~』。と言ってくれました。

 

縁あって我が家の一員となった茶々、少しずつ環境にも慣れ、私以外の家族にも親しく接する様になり、ユニークな行動も次第に増えていきました。

まずは、毎朝の恒例行事となった目覚まし時計に始まり、朝ご飯を食べ終わるとお昼まで二階の部屋で爆睡。午後はカミサンと一緒に事務所に移動、机や書類棚の上に鎮座し、招き猫よろしく家業の手伝い(?)です。

 

さて、夕方になり一日の仕事が終わり、私がウイスキーのボトルとグラスを出して茶の間に座るや否や、私の目の前に座り込み、私の顔をじっと見るのです。

もうお分かりですよね…。『お酒呑むんでしょ、何か食べるんでしょ、茶々にも頂戴…』。いわゆる、催促の仕草です(笑)。そこで茶々の好物だった笹蒲鉾をちぎって食べさせるのですが、食べ終えると右の前足を私の膝の上にひょいと乗せ、私の顔を見るのです。

もっと頂戴の合図です。これには、思わず『茶々、こんなこと誰から教えて貰った?』。もちろん、茶々は知らん顔でしたが…。

 

茶々はボール遊びも得意でした。私がスーパーボール(合成樹脂の良く跳ねる小さなボール)を見せると台所に直行、私がボールをポンと落とすと一生懸命追いかけ回します。

ところが築ン十年の傾き掛けた我が家の悲しさ、ボールは傾いた床を転がり冷蔵庫の下に。すると、急いで私に駆け寄り、目を真ん丸にして『ニャーニャー』と大騒ぎです。

そこで私が物指しを持って床に腹這いになりボールを探すことに。すると茶々も、私の直ぐ横で一緒に腹這いになり『ボールは何処じゃ~!!』。

これには母とカミサン『自分も一緒に探している積もりなんだろうね~』と感心したり呆れかえったり(笑)。

 

こんなことが数回続いた後のことです。今度は自分でボールをくわえて台所の真ん中に行き、そこで首を伸ばし背伸びをしてボールを口から落として追いかけるという、一人遊びを始めました。

もちろん、ボールが冷蔵庫に隠れてしまうと私に駆け寄り『ニャーニャー』でしたが。

トラ毛の子猫

 

そういった平和で楽しい時間が一年と数ヶ月過ぎたある日のことです。その頃、茶々は夜になると必ず外に出て行っていました。猫の習性として、縄張りの見回りだったと思います。

いつもは一時間位で帰ってきていたのですが、その日に限って中々帰ってきませんでした。心配でしたが、こんな日もあるだろうと、構わず寝てしまいました。

 

ところが翌日の朝、自宅前のJR奥羽線をまたぐ陸橋の車道で冷たくなって死んでいるのが見つかりました。車の通る場所には絶対に近づかなかったのですが、恐らく街路燈の灯りに集まる蛾を追い掛けて車道に飛び出し、車に跳ねられたのだと思われます。

ところが不思議なことに、かすり傷はおろか、一滴の血も流していませんでした。まるで、眠っているような姿でした。

あれから、もう三十年近い時間が過ぎてしまいました。今になって思えば、不慮の事故で命を落とすこととなっても、私と最初に出会った時のままの可愛い姿でいてくれたのは、私に対しての『茶々なりの最後の恩返し』だったのかも知れません。

 

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下記は前回の山下さんの記事です。よろしければ、こちらもどうぞ。

参考記事:『松尾芭蕉の本音と建前

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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