公式ブログ

冬至と古代文化

2017年12月15日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

寒いですね。とうとう今日から、首にマフラーを巻き始めました。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、ちょうど一週間後、来週の金曜日は冬至の日にあたります。

ご存じのことと思いますが、冬至とは、一年のうちで昼の長さが一番短い日です。古代から、太陽の力(陽気、陽のエネルギー)が最も弱くなる日だと考えられてきました。

日本では、ゆず湯に入ったり、カボチャや、小豆の入った冬至粥(とうじがゆ)を食べる風習があります。

ゆず湯

 

一方、先日ニュースで報じられていたのですが、今年の世相を表す漢字として「北」が選ばれたそうです。

その理由は、九州北部豪雨や、北朝鮮問題という暗いできごとだけでなく、競走馬キタサンブラックの活躍や、北海道日本ハムファイターズがたびたび話題になったことや、葛飾北斎展覧会の盛況だそうです。

 

この2つ、「冬至」と「北」には、古代中国で深い関連があると考えられていました。冬至の日には太陽が、空で最も北寄りのコースをたどるのですが、それだけではありません。

 

古代中国には陰陽思想という考え方がありました。

この思想では、宇宙の根源のことを、混沌もしくは太極と呼びます。太極からは、まず陰と陽という2つのエネルギー(二元)が生じます。そして、陰と陽から四象(太陽、小陰、小陽、太陰)が生じ、八卦が生じます。これは、自然現象を説明する古代哲学の理論ですが、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉があるように、占いにも用いられます。

陰陽思想では、陰と陽という2つのエネルギーがさまざまに組み合わされることによって、この世にあるすべてのものが存在しているとされます。

 

一方で古代中国では当時から、暦に十二支が用いられていました。年賀状の準備のために最近チェックされた方も多いと思いますが、今年は酉(とり)年で、来年は戌(いぬ)年というように、十二支は12年のサイクルを表すのに用いられています。

また十二支は、一日の時刻を表すためにも、方角を表すためにも用いられていました。

日本でもごく最近まで使われていたので、怪談の冒頭のお決まりの文句、「草木も眠る丑三つ時」とか、風水で鬼門とされる丑寅(北東)の方角のことをご存じの方も多いと思います。

 

中国の当時の天文学者は、宇宙の根源である太極を象徴する星が北極星だと考えていました。そう考えられていたのは、中国だけでありません。他の多くの古代文化で、北極星が宇宙の中心だとされ崇拝されています。

天空の他のすべての星がその周りを回るのですから、当然のことでしょうか。

 

皆さんもご存じの通り、十二支は子(ねずみ)から始まります。そして、十二支が陰陽思想と結びつくと、「子」は始まりにあたることから、陰と陽の始まり、つまり太極を象徴するようになります。

そして、「太極」と「北の方角」と「子」が同一視され、北は神聖な方角とみなされるようになります。中国の皇帝や古代日本の天皇が天子と呼ばれ、都の北にある建物に住んでいたのはそのためです。

 

古代中国では、月の満ち欠けを元にした暦が使われていました。新月から次の新月までの29日または30日が一ヵ月になります。しかし、一年の基準となる最初の月がいつかを定めなければなりません。冬至は、太陽が力を取り戻し始める日だと考えられたため、一年のスタートの基準にされました。

そして、冬至の日が存在する月が子(ね)月と呼ばれました。その次の月が丑(うし)月、そのまた次が寅(とら)月となります。

 

「一陽来復」という言葉は、悪いことばかりだった状況がようやく変化して、良いことが起こり始めたときという意味で使われますが、元々は冬至を意味していました。

しかし、一年のこの時点では陽のエネルギーはまだまだ弱く、陰のエネルギーに打ち勝つことができません。陽が陰に打ち勝って春をもたらすことができるのは、3ヵ月目の寅月からだと、古代中国の人は考えました。そこで後の時代に、寅月が新春の始まり、つまり旧暦の一月(正月)とされるようになります。

ちなみに、それから6ヵ月が経つと、陰が陽に打ち勝って秋がもたらされるとされます。エネルギーのこの入れ替わりの際には、この世とあの世が最も近くなるとされています。旧暦の7月にあたり、お盆の起源になっています。

 

ここで、古代の人たちの生活を想像して、その悩みは何であったかを思い浮かべてみていただきたいのです。

農業がまだ盛んでなかった時代、人々は、狩猟や採集や漁労によって食物を得ていました。

きっとこの時代の人にとって最も恐怖だったのは、獲物がいなかったり、きのこや木の実が採れなかったりして、飢えることだったのではないでしょうか。

 

農業が行われるようになった後も、一般の人たちの暮らしは、それほど余裕のあるものにはならなかったと言われています。

ですから、冷害などの天候不順によって収穫が減り、食料が不足することが、何よりも避けたい事柄だったことでしょう。また、多くの人々が集まって暮らしていたので、伝染病も極めて恐ろしい出来事だったに違いありません。

 

古代中国の人々は、季節が滞りなく循環し、次の年が豊作であるように、また自分たちが健康でいられるように、太陽の再生(生まれ変わり)がスタートする冬至の月(子月)、後の時代の旧暦11月に祭りを行うことが必要だと考えました。

そして、神々に獲物や収穫への感謝をささげ、陽のエネルギーが再生し、病気の原因とされた邪気を追い払ってくれるように祈願しました。

 

民俗学者の吉野裕子さんによれば、この風習が日本に伝わり、新嘗(にいなめ)祭になります。新嘗祭では、天皇が新米を神にささげ、翌年の豊作を祈願します。国民の祝日の勤労感謝の日の起源はこの新嘗祭です。

ですから、勤労感謝の日は現在は11月23日ですが、その起源は古代中国で冬至に行われていた祭りだったことになります。

 

調べていて、びっくりしたのですが、世界中の古代文化で、冬至は、同じような意味に捉えられています。

言い伝えによれば、古代エジプトの天空と太陽の神ホルス、ペルシャの神ミトラ、フェニキアの神アドニス、ギリシャの神ディオニュソスはいずれも、冬至の日の前後に生まれたとされています。

つまり、冬至という時期は、太陽と同等の存在とされた神が生まれ変わり、ふたたび力を得る時期だとされたわけです。

そして、これらの神々のための祝祭が、現在の暦の12月21日~28日にあたる日に行われていました。

 

以前にもご紹介させていただいたことがありますが、ブルガリアでは今でも冬に、クケリという奇祭が行われています。

この祭りでは男性が、顔に仮面をつけたり墨を塗ったりして、体には羊・ヤギ・シカの皮から作った毛が垂れ下がった衣装を着け、腰にぶら下げたベルを鳴らしたり、奇声を発しながら、村を練り歩きます。

この祭りは、ぶどう酒の神ディオニソスに収穫を感謝し、家と村から邪気を追い払う祭りです。

参考記事:『なまはげとクケリについて

 

クリスマスは一般には、イエス・キリストの誕生日を祝うお祭りだと思われていますが、この日がキリストの誕生日だとされたのは、専門家の研究によれば西暦4世紀のことだそうです。古代ローマやケルトの冬至の祭りをローマ教会が取り入れ、クリスマス祭が成立したということが、多くの人類学者に知られています。

 

アメリカのアリゾナ州北部に住む先住民のホピ族は、ソーヤルと呼ばれる冬至の祭りを昔から行っています。カチーナと呼ばれる鬼のようなものに、ホピ族の人たちは仮装します。村を浄化し、自然界に命が戻ってくることを祝う再生の式典です。

カチーナ人形

カチーナ人形

参考記事:『ソーヤル』(バラ十字会日本本部AMORC資料室)

 

以上のように、世界中で冬至は同じような意味にとらえられて、同じような意図の祭りが行われています。

ほんとうに不思議なことです。

ちなみにバラ十字会では、古代ヨーロッパの神秘学派の伝統にならって、冬至の日に世界中で「光の祭典」(Festival of Light)を行っています。この「光」とは、人間の心の深奥に存在する、インスピレーションと良心と啓示の源を意味します。

 

古代の人々は誰もが、私たち現代人には理解できなくなってしまった何か重要な事実を、肌で感じるように把握していたのではないかと私は想像しています。

それが何なのかは、まだ良く分かりません。新たなことが分かったら、またご紹介させていただこうと思います。

何か情報をお持ちでしたら、ぜひ教えてください。

 

では、今日はこのあたりで。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。

 


青い鳥-文芸作品を神秘学的に読み解く8

2017年12月8日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

寒くなりましたね。朝、自転車のハンドルを握る手が、かじかみます。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

早いもので、クリスマスまであと2週間ほどです。

 

札幌で当会の公認インストラクターをされている、私の友人から、この時期にふさわしい文章をお寄せいただいたので、ご紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

文芸作品を神秘学的に読み解く(8)

『青い鳥』(L’Oiseau bleu)

モーリス・メーテルリンク

 

森和久のポートレート

森 和久

 

「幸せ」と言えば「青い鳥」が引き合いに出されるように世界的に有名な戯曲作品です。「幸せの象徴である青い鳥を探しに行きますが、実は自分の部屋に元々あったんだ」というたとえとして語られたりします。

 

では、物語の内容を見てみましょう。主人公は貧しいきこりを父に持つ子どもたちで、兄のチルチル(Tyltyl)と妹のミチル(Mytyl)です。

クリスマスの夜(※1)に突然部屋にやってきた仙女(魔法使い)ベリリュネに「青い鳥を探している」と言われます。娘のために必要だと言うのです。チルチルの飼っている鳥を見て「全然青くないからこの鳥ではだめ」と仙女に言われ、彼女の頼みで二人は、幸せを求める娘のために青い鳥を探しに行くことになります。

 

その時にダイヤモンドの付いた緑の帽子をもらいます。これを使うと普段は見えなかったものが見えるようになるというものです。たとえばパンの魂、ワインの魂、砂糖の魂…すべての魂が見えるようになります。さらにダイヤモンドを回すと過去にも未来にも行けます。

こうしてチルチルとミチルは、光、犬、猫、火、水、パン、ミルク、砂糖を連れて旅に出ます。ただし、お供をするものは皆、旅が終わったら死んでしまいます。

 

Maurice Maeterlinck 2

モーリス・メーテルリンク (See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons)

 

一行が訪れるのは、次の7つの世界です。『思い出の国』、『夜の宮殿』と『森』、『幸せの宮殿』、『墓地』と『未来の王国』、そして7番目に『チルチルとミチルの元の部屋』。出かけてから戻ってくるまで丸1年かかりました。

でも、元の部屋は出かけた時よりもずっと新鮮で幸せそうに見えるのでした。いくつかの世界では青い鳥を見つけられたのですが、色が変わったり、死んでしまったり、逃げられたりしてしまいます。しかし、チルチルとミチルはしっかりと知恵と知識を身につけていました。そして、すべてものが大切で愛おしいものに感じられるようになりました。

 

翌朝(現実世界では一夜の出来事なのです)、仙女ベリリュネに似た隣のベルランゴおばさんがやってきます。そして「病気の娘がチルチルの飼っている鳥をどうしても欲しがっているの」と語ります。

チルチルは自分の鳥が以前に比べて、ちょっと青く変わっているのに気づきます。旅の途中で見た真っ青な鳥ほどではないのですが、確かに青い鳥になっています。チルチルは躊躇なく、その鳥を隣のおばさんに渡します。

その日しばらくして、隣のベルランゴおばさんと、その娘である可愛い女の子が、青い鳥を抱いてやってきます。娘はすっかり元気になっていました。この娘は、チルチルが一緒に旅をした「光」にそっくりです。

 

鳥の頭をなでながらチルチルは言います「このくらい青ければ良いかな?」

娘は答えます「十分よ。嬉しいわ」

チルチル「僕はもっと青いのを見たんだ、でも真っ青なのは掴まえられなかったんだ」

娘「大丈夫よ。この鳥はとても綺麗だわ」

 

そして、チルチルが餌の与え方を教えてあげようとした時、娘は本能的に渡すまいとしてしまい、二人がためらっている隙に青い鳥は飛び去ってしまいます。

娘が悲嘆に泣き崩れると、チルチルは言葉をかけます、「大丈夫だよ、泣かないで。僕がまた掴まえてあげるよ」と。

そして観客に向かって語りかけます、「どなたかあの鳥を見つけたら僕たちに返してください。今後僕らが幸せになるためには、あの鳥が必要なんです…」。そして幕が下ります。

木の枝に止まっている青い鳥のイラスト

 

そうです、何もしなくても自分の元に幸せがあったわけではありません。6つの世界を巡り、多くの出会いや別れを経験し、7つめに元の部屋に戻ってきたことでこの兄妹は内面的に成長し、鳥を少しだけ青くすることができたのです。その鳥を隣の娘にあげることで、娘は健康を取り戻し幸せになりました。

飛び去った青い鳥があなたの元へ舞い降りるかもしれません。そうしてあなたが幸せになったら、このチルチルと隣の娘のようにさらなる幸せを求める誰かに渡してあげてください。

 

『幸福論』で有名なアランは述べています、「『幸せ』というものはあるものではない。あるのは『幸せ』であろうとする意志である」。つまり、『幸せ』とは帰着するゴール(目標)ではなく、それを求める行為、求め続ける行動です。

『幸せ』の基準というものが存在しているわけではなく、大切なのは、そうあろうとする自分自身です。

 

さて、この作品を象徴劇として見たとき、一種の入門儀式と読み取ることができます。何らかの入門儀式を経験なさったことのある方は、以前読んだにしても、この作品をもう一度手に取ってみてください。より深い感銘を呼び起こすことでしょう。

 

この作品は、日本ではもっぱら子供向けとされており、多くの翻訳が抄訳であったり意訳だったりしています。今回、何種類か確認してみましたが、「これだ」というものには出会えませんでした。そこで、フランス語原文と英語訳のサイトをお知らせしておきます。

 

フランス語版 http://www.gutenberg.org/files/38849/38849-h/38849-h.htm

英語版 http://www.gutenberg.org/ebooks/8606

 

※1 本来、クリスマスは12月24日の夕方(日没)に始まり、25日の夕方(日没)に終わります。ですからこの物語はクリスマスの一日の間に起こった出来事です。

 

△ △ △

 

ふたたび本庄です。「入門儀式」という言葉が出てきました。ちょっと耳慣れない言葉かもしれませんので補足します。

 

入門儀式は人類学の用語で、ある段階から次の段階へと進むということを象徴する式典です。通過儀礼と呼ばれることもあり、古代文化では特に、世界中で盛んに行われていました。日本でも、七五三、入学式、成人式、還暦祝いなどに、その名残がみられます。

 

西洋の古代の神秘学派は、この慣習に新たな内容を付け加えました。集団に加わって学ぶことを望んでいる人がいると、儀式に参加させて、誠実さや動機の純粋さを確かめる試験を行ない、それに合格した人だけを受け入れました。

加わったメンバーは、この式典によって学ぶことへの決意を新たにすることができました。

 

では、今日はこのあたりで。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。

参考記事(前回の寄稿):

怒りの葡萄 -文芸作品を神秘学的に読み解く7

 


常識が崩れた瞬間

2017年12月1日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、冷たい小雨の降る日が続いています。

そちらはいかがでしょうか。

 

つい先日、ウィキペディアのパロディー版のアンサイクロペディアの「1=2」という記事を見ていたのです。

この記事には、1=2であることが、100通り以上の方法で証明されています。

 

書かれている証明の多くは単なるパロディーです。そしてそれ以外は、もちろんすべてが誤りです(だと、私は思います)。

どこが間違っているかを見つけるのが、よい頭の体操になるようなものもありますし、私には理解できない高等な数学を使っている証明もあります。

ご興味があれば、検索してみてください。

 

ともあれ、夢中になってこの記事を読んでいた翌日に、山形県に住む私の友人の山下さんから、このブログのために、以下の寄稿記事をいただきました。

冒頭を読んで、びっくりしました。1=2と1+1=2の違いはありますが、偶然というのはあるものですね。

 

▽ ▽ ▽

記事:『常識が崩れた瞬間』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

私が誰かに「1+1はどうして2になるのでしょうか?」と質問したとします。

すると、返って来る答えは「1+1が2は常識でしょう。当たり前のことでしょう。決まったことでしょう。学校で教わったでしょう(笑)」等々……となるのではないでしょうか。

では常識とは一体、何なのでしょうか? 手持ちの辞典で調べて見ました。すると「一般に知られている当たり前の知識、見識」と記されています。つまり、常識とは万人が認めている真実、ということでしょうね。

黒板に書かれた1+1=2の文字

 

ところが、私はこの常識が完全にひっくり返った場面に居合わせたことがあります。もう、ン十年も前のことです。

その当時、私が所属していた地元消防団の仲間と日本海沿岸に一泊二日の旅行に行った時のことです。海沿いのホテルに一泊した翌日の朝、皆で海を見に行こうと近くの海岸に。そこで私は岩場に登り水平線を眺めていました。

何気なく下に目をやると岩の間に蟹がいます。「おっ!!蟹がいる」と思った次の瞬間。この蟹が歩き始めたのです。しかも横方向にではなく前方に向かって…(つまり縦方向に)!!

 

蟹は横方向にしか歩けない生き物、これが一般の常識です。驚いた私は思わず「蟹が縦に歩いている!!」と叫んでいました。すると近くに居た仲間達が「おいおい、何を寝呆けたことを言ってるんだい、夕べの酒がまだ残ってるのか(笑)」。

しかし私の指差す方向を見ると全員が「え~!? 何だあれは……!? 本当に縦に歩いてる!?」。大騒ぎとなりました。ところが、当の蟹はそんな私たちの騒ぎなど、どこ吹く風と云った顔(?)で悠然と前進を続けそのまま海中に…。

カニ

 

その後、どうにも納得できないままに数ヶ月が過ぎたある日のことです。新聞で面白い記事を見つけました。

タイトルは忘れましたが「常識に囚われてはならない」と言った内容でした。その記事の中で一例として書かれていたことが…「蟹は横方向にしか歩くことが出来ない生きものと思われています。しかしそんなことはありません。縦方向、即ち前方に向かって歩くことのできる種類の蟹も存在します。常識と言われていることが全て事実とは限りません」と。驚きました。でも、疑問の解決に加え素晴らしい教訓もいただきました。

 

余談になりますが、ある数学者の言葉です。「数学理論を究極まで突き詰めて行くと1+1=2と云う概念を棄てなければならなくなる時がある……」とか。もちろんこれは抽象的な表現と思われますが。凡人の私には「う~ん!?」と唸るのが精一杯です(笑)。

△ △ △

 

蛇足ですがひとこと。

 

『至福の超現実数―純粋数学に魅せられた男と女の物語』(旧題『超現実数』)という本があります。この本には、1+1=2が証明されています。

あたりまえのことですが、1+1=2を証明するためには、1とは何かを決め(定義し)、2とは何かを決め、「足す」とは何かを決め、「同じ」とは何かを決め、その上で取りかからなければなりません。

 

読むのに予備知識はほとんど必要ないのですが、数学を“無”から作るので、取り組むにはかなりの覚悟が必要です。

神秘学では “無”からは何も作られないと語られることがありますが、この理論では、ゼロが“無”(空集合)から作られます。

大学生のときに、読み終えるのに、まるまる2ヵ月ほどかかった覚えがあります。

 

最後は、寄稿いただいた山下さんとは打って変わって、無粋な話になってしまいました。

 

下記は、科学の歴史の中で打ち破られてきた常識についての記事です。

参考記事:『常識を乗り越えること

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。


シートンの自己実現

2017年11月24日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

寒くなりましたね。北海道などの最高気温がマイナスなのをニュースで聴くと、東京に長年暮らしている私は、思わず身震いしてしまいます。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、私ごとですが、コンラート・ローレンツというオーストリアの動物学者の書いた『ソロモンの指輪』という本を中学生のときに読んだことがあります。

肩ひじの張らない本で、読むと著者の動物に対する愛が伝わってきて、ほのぼのとすることができます。この本に私は、水槽で魚を飼う楽しさを教えてもらいました。

 

この本のまえがきでローレンツは、イギリス出身の動物学者シートンのことを紹介し、「動物の研究に全生涯をかけてしまった大馬鹿者」だと絶賛しています。

私の友人から、この動物学者シートンの生涯についての文章を寄稿いただきましたので、ご紹介します。

 

▽ ▽ ▽

 

記事「シートンの自己実現」

可児明美

可児 明美

 

『シートン動物記』は、小学校時代に読んだことがある人も多いかと思います。

子どもの頃、オオカミ王ロボを読んだとき、シートンが嫌いになりました。ロボを捕まえるやり方がとてもずるい、ひどいと感じたからです。

それ以来、シートンの本をあえて読む機会がなかったのですが、人間と動物との関わりについていろいろと考えさせられていたこともあり、オオカミという動物に個人的にとても惹かれるものもあり、子どもたちに本を紹介する折に、シートンについての本をいろいろと読む機会がありました。

 

シートンは1860年に生まれ、1946年に85歳でなくなっています。1900年を挟む時代を、シートンは生きたわけです。

 

Ernest Thompson Seton

アーネスト・トンプソン・シートン By Bain News Service; cropped and uploaded by JGHowes [Public domain], via Wikimedia Commons

 

詳しくは、『子どもに愛されたナチュラリスト シートン』(今泉吉晴著、福音館書店)などに書かれていますが、当時は今の私たちとは、職業に関する考え方が全くちがうことに驚かされます。

現代の日本で暮らしていると、義務教育を終えたら、その後進学もしくは就職、という進路が一般的でしょう。就職は、どの「会社」に就職するかが大きな関心事になっているように感じます。

中には、どの業界で働くか、もしくはどの職種で働きたいかという観点で就職を考えている人もいるでしょう。

自分もそうでしたし、まわりの就職する年頃の人たちを見てもそう感じます。

 

一方、シートンの場合は、生家は海運で繁栄していましたが、ある時大打撃を受けて、父親が決断し、カナダに移住することになります。カナダでは大自然の中で、資金は十分にある中で、原野に大きな屋敷を建て、必要なものは自給自足で賄うような生活でした。

もともと小さいころから自然や動物が大好きだったシートンは、大自然に育まれ、成長していきますが、シートンの子ども時代には、いくら動物について深い知識と理解を持っていたとしても、動物に関することで専門の職業として成立することはまずなかったそうです。

カナダ・オンタリオ州の池とスイレン

シートンが幼いころに出会ったカナダ・オンタリオ州の自然

 

つまり、シートンがやりたかったことが、「職業」としては存在していなかったのでした。

後に動物物語やその他たくさんの本を書き、精力的に講演活動をして、「ナチュラリスト、作家、そして画家としての仕事を一つにした自立した人生」を実現したシートンは、既存の「職業」に自分をあてはめるのではなく、自分のできることで、着実に仕事を作りだしていったのでした。

 

そのシートンの自己実現の過程を見ていくと、人とのつながりでいろいろな所に行ったり、いろいろな仕事をしたりしています。

画家をしたり、オオカミ猟師をしたり……。ネイティブ・アメリカンの文化にも強い関心をよせ、それについての本を書くほど、ネイティブ・アメリカンの人たちを理解し、深く交流しています。

 

また、自分が観察したことを克明に記録しています。膨大な観察日記から、あの動物物語の数々が生まれています。

物事をありのままにみて、正確に記録することができたこと、プロの画家でもあったということからも、シートンが優れた観察眼と豊かな表現力を持っていたことがわかります。

また、シートンは講演で、野生動物の鳴き声を本物そっくりに再現することができ、人々はたいそう感心し、喜んだそうです。

カナダ・オンタリオ州の湖と森の紅葉

 

そしてシートンが書いたネイティブ・アメリカンの本には、ネイティブ・アメリカンたちがよりどころとしている、生きる指針を見ることができます。

それには、自身の資質を育んで、属する社会のために役立つこと、自身に与えられたものを使って最善をつくし、死に向かっては「死の歌」を高らかに口ずさみながら赴くがよい、といったことが書かれています。

シートン自身も、自身の能力や才能を育み、惜しみなく発揮し、多くの人から喜ばれ、また反対勢力にも遭いながら、一貫してナチュラリストとしての人生を全うしました。シートンがナチュラリストでなかった瞬間は、一度たりともなかったはずです。

 

シートンが生きた85年間は、書かれたいろいろな本をあたってみても、多様にして多彩で、とても豊かで、簡単に述べるようなことはできませんが、もちろん苦難も数々ありますが、彼が様々な状況において「楽しんでいた」こと、彼の活動を支えてくれる人々が確実に存在していたことがうかがえます。

今なお多くの人々に影響を与え続けている、120年ほど前に活躍した、偉大なナチュラリストの偉業に触れる機会に巡り合えたことに感謝します。

おわり

 

参考文献

『子どもに愛されたナチュラリスト シートン』(今泉吉晴著、福音館書店)

『シートン動物記 オオカミ王ロボ』(アーネスト・T・シートン著、今泉吉晴訳、童心社)

『シートン自叙伝』(シートン動物記別巻、アーネスト・T・シートン著、集英社)

『レッドマンのこころ』(アーネスト・・シートン著、北沢図書出版)

 

△ △ △

 

ふたたび、本庄です。

今回の著者の可児さんの前回記事はこちらです。彼女がシートンについて、小学生に行った楽しいブックトークを書き起こしていただいたものです。

参考記事:『オオカミは悪者?

 

今日はこの辺で、

では、また。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。

 


ゼロ・エネルギーについて

2017年11月17日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

すっかり寒くなりました。朝、自転車に乗っていて手がかじかみます。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、ジオスペース(Geospace)という言葉をご存じでしょうか。

カーナビ用のGPSや天気の予報には、いまや人工衛星が欠かせなくなっています。そのため、地球の近くの宇宙空間には、多くの人工衛星が回っています。

このような、人類の活動の影響が強く及んでいる範囲のことがジオスペースと呼ばれます。

 

方位磁石の針が北を指すことからも分かるように、地球は大きな磁石です。この磁石の磁場によって、地球上の生きものは、太陽からの放射線や他の宇宙線から守られています。

地球の磁場の様子を示すイラストをご覧になったことがあるでしょうか。

その様子を見ると、まるで生き物の細胞のような形だと、私はいつも感じます。

地球という核が、ジオスペースという細胞質によって守られ、全体として細胞を構成しているかのようです。

ジオスペースの地球磁場と太陽風

ジオスペースの地球磁場と太陽風

 

「母なる大地」、「マザー・アース」(Mother Earth)という言葉があります。この言葉は、原始的で根拠のない、単なる擬人化なのでしょうか。

私はそのようには思いません。

 

往々にして、形は性質を表していると思うのです。地球とジオスペースの形が、細胞に似ているのですから、地球も生きものであり、動物や人間などの生きものと同じように、ある種の意識があると考えることは、それほど不自然ではないのではないでしょうか。

ちなみに、過去の神秘家の多くが、動物や人間と同じように地球にも、ある種の意識があると考えていました。

 

このような意識は、きっと、私たちの想像をはるかに超えていることでしょう。

しかし、私はときどき、思いを巡らせます。地球で暮らす生きものたちのことを、地球は、深く愛しているのでしょうか。それとも淡々と育んでいるのでしょうか。

人類が、地球と自然環境に敬意を払うことなく、自分勝手な行いを今後も続けていくとしたら、どこまで寛容さを保っていてくれるのでしょうか。

草原に捨てられたドラム缶

 

先週の月曜日から、南太平洋のフィジーをホスト国にして、ドイツで国連気候変動会議(COP23)が開かれています。今日が、その閉会の日にあたります。

南太平洋のキリバスやツバルのような小国は、海面上昇によって国家消滅の危機にあります。そしてフィジーは、これらの国に援助の手を差し伸べています。海面上昇の原因は、地球の温暖化だと考えられています。

 

COP 23 Fidschi Bonn LOGO

国連気候変動会議(COP23)のロゴ(See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons)

 

地球温暖化を抑えるための国際的な取り決めであるパリ協定から、米国は離脱することを宣言しました。しかし、この動きに反対している14の州とプエルトリコ自治連邦区が米国気候同盟を組織し、国とは独立してパリ協定の実現に取り組もうとしています。

カリフォルニア州は、この米国気候同盟を発案し加盟している州のひとつです。かなり以前から、とても環境保護に熱心な州です。

 

十年ほど前に、カリフォルニアに行ったことがあります。そのときに見たのですが、州のいたる所に特別なレーン(車線)がありました。このレーンでは、2人以上の人が乗っている車だけしか走ることが許されていません。ガソリンの消費と排気ガスの量を減らすためです。

他のレーンが渋滞しているときも、このレーンでは比較的スムーズに走ることができます。今ではこのレーンには、2人以上の人が乗っている車とEV車などのエコカーが走ることができるそうです。

 

余談ですが、屋根に太陽電池パネルを張ったEV車が出てこないことが、私には不思議でしかたありません。

 

カリフォルニア州が環境保護に熱心な理由には、先ほどの南太平洋の国々と同じように、気候変動の影響をまともに受けているからかもしれません。

この州では干ばつの影響で水が不足しています。先月には、極端な乾燥のために大規模な山火事が起こり、亡くなられた方も出ていました。

 

バラ十字会AMORCの米国本部はカリフォルニア州のサンノゼ市というところにあります。シリコンバレーのあるところです。そして、自治体の方針に沿って、環境保護のための積極的な取り組みを行っています。

 

サンノゼ市にあるバラ十字公園では、以前は、広大な敷地に芝生が植えられていました。芝生を保つためには大量の水やりが必要とされます。2005年に始められたプロジェクトによって、この芝生は自生種の植物に植え替えられました。

この植え替えにより、年間4000万リットルの水を節約することができました。2017年の水道代に換算すると、年間630万円の節約だそうです。すごいですね。水不足のためカリフォルニア州では水道代がとても高いのです。

 

またバラ十字公園では、使用するエネルギーのすべてを太陽光発電でまかなうという、ネット・ゼロ・エネルギーと呼ばれるプロジェクトが成功しました。

公園の建物の屋根は、クール・ルーフと呼ばれる太陽光をよく反射する素材に取り替えられ、太陽光発電のパネルが設置されました。

バラ十字公園の建物に設置された太陽電池パネル

バラ十字公園の建物に設置された太陽電池パネル

 

また、冷暖房設備は、エネルギー効率の高いシステムに交換されました。

バラ十字公園にある建物の多くは1930年代に建てられたものです。ネット・ゼロ・エネルギーは、これまでは、このような古い建物では無理だとされていたのです。このプロジェクトの総費用は、電気代の削減によって、13年で取り戻すことができるそうです。

 

先ほどの水資源の節約と、このネット・ゼロ・エネルギー・プロジェクトは、極めて大きな成果を上げたことから、サンノゼ市のモデル事業に認められています。

 

これも余談ですが、もしサンノゼ市を訪れる機会があったときには、ぜひバラ十字公園を訪れてみてください。

植物でいっぱいの落ち着きのある庭と、古代エジプト博物館を楽しむことができます。博物館では、古代エジプトの多数の遺物のほか、錬金術についての展示も行われています。

「イージプシャン・ミュージアム」と言えば、地元タクシーの運転手さんの誰もが知っています。

古代エジプト博物館

古代エジプト博物館

 

さて、バラ十字会AMORCの日本本部は、米国本部に比べればとても小さな活動拠点です。しかし、環境保護への取り組みとして、ささやかですが、次のような自分たちができることに、誇りをもって取り組んでいます。

1.私も含め従業員は、夏は薄着、冬は厚着をして、冷暖房を控えめにしています(今、私の懐には、ハクキンカイロが入っています)。

2.内部文書とメモには、裏紙を用いています。

3.紙ゴミは、再生用のゴミに必ず分類しています。

4.スイッチの付いた延長コードを用いて、パソコン、共用ドライブ、プリンター、ハブなどの待機電力を必要最小限に抑えています。

 

先ほどのパリ協定の話に戻りますが、この協定では、世界の国々だけではなく、非国家アクター(自治体、都市、大学、企業)の取り組みが重視されています。

最近のNHKのニュースで紹介されていたのですが、融資や投資や株式の購入の際に、その企業の環境保護への取り組みが判断要素のひとつとされることが、世界中で一般的になっています。

ある企業の経営陣や働く人たちの、意欲が高く創造的であるかどうかということと、その企業の環境保護の意識の高さには、強い相関があるのだそうです。

 

バラ十字会AMORCは世界の約87ヵ国で活動している大きな組織です。団体として積極的に環境保護に取り組んでいかなければなりません。また、教育団体として多くの方々に環境保護の大切さを実感していただくという責務もあります。

 

そこで、神秘学(mysticism:神秘哲学)という立場から見たとき、なぜ環境保護が大切なのかをマニフェスト(宣言書)で訴え、多くの人に読んでいただく努力をしています。

日本語版はこちらになりますので、ご興味のある方はご一読ください。

マニフェスト(宣言書):『バラ十字友愛組織からあなたへの訴え

 

このマニフェストに書かれているのですが、人類が明るい未来にたどり着くために、次の3つの要素が重要だと当会は考えています。精神性の重視(spirituality:スピリチュアリティ)、人間の尊重(humanism:ヒューマニズム)、環境の保護(ecology:エコロジー)です。

 

個人的には、これに人工知能の倫理的な利用を付け加えるべきだと最近思うようになりました。自律型殺人兵器の開発を禁止するなどです。

この話は深刻な話題です。またいつか、取り上げさせていただくかもしれません。

 

以上、やや長くなりました。

今日はこの辺で。

 

また、お付き合いください。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。

 


過去の記事一覧

このページのTOPへ