資料室

アイヌ-日本の北方先住民族

Ainu The Indigenous People of Northern Japan

本庄 敦
バラ十字会日本本部代表

by Atsushi Honjo
Grand Master of the Japanese Grand Lodge

米国でのAMORCの100周年(1915-2015)を記念するバラ十字世界大会での講演
Presented at the Rosicrucian World Convention,
Centennial Celebration of AMORC in America(1915-2015)

日本本部代表 本庄 敦

 ご存知のように札幌は、ビールの産地として世界的に有名ですが、この札幌という地名は、「広い、乾いた川」を意味するアイヌ語「サツ・ポロ・ベツ」に由来します。このように、北海道の地名の大部分は、アイヌ語が元になっています。アイヌは、北海道、千島、樺太、カムチャッカ半島南部に住んでいる先住民族です。現在の人口は20万人ほどであり、大部分の人の生活様式は、すでに現代化していますが、動植物、生活用具、自然現象、病気などを表わす多数の神々を崇拝する特有の宗教と文化を今も継承しています。この講演では、アイヌの方々の世界観のいくつかをご紹介し、特に、人間と動物の魂についての考え方には、バラ十字会と良く似た点がいくつもあることをご説明したいと思います

 アイヌもその一例ですが、北方民族とは極めて寒い地域に暮らす人々のことです。ナナーイ族やイヌイット、エスキモー、アイヌなど、世界全体には現在、38種族ほどの北方民族が暮らしています。骨の形やミトコンドリアDNAの研究から、アイヌの方々の主な祖先は、4万年ほど前にインドから東アジアに移住してきた人たちであると推測されています。この人たちは、北アメリカ大陸に渡って、南北アメリカ大陸のいずれでも最古の住民になりましたが、それより以前に、東アジアから日本列島の南に渡り、その後、日本全体に広がったと推測されています。それは、縄文時代より以前の約2万5千年前のことです。

 北方民族に限られたことではありませんが、他の民族の文化を知ることは、自分たちの文化を客観的に見るために役立ちます。しかし、一般的に言えることですが、異文化を深く理解するために、私たちは自分の先入観を取り除かなければなりません。たとえば、北方民族の方々の一部は、動物の血をそのまま飲んだり生肉を食べたりするため、不衛生で野蛮な人たちだと見なされてしまうことがあります。しかしこのことは、とても寒い地域では衛生的に問題はありませんし、実際のところ、ビタミンを補給し健康に暮らすために、長い歳月にわたって育まれてきた知恵の一部です。

 また、アイヌの「イオマンテ」と呼ばれる大規模な祭りでは、小熊の命を奪うのですが、それが野蛮な動物虐待だと見なされ、差別の一因になったことがあります。しかし、アイヌの方々の精神文化を理解すると、そこに表されているのは、自然界と動物に対する限りなく深い敬意だということが分かります。

 北方民族の方々の文化の特徴を理解するためには、人類の歴史をさかのぼって考えることが有効です。ホモ・サピエンスと呼ばれる現在の人類が生じたのはアフリカ大陸ですが、ホモ・サピエンスがアフリカ大陸の外に進出するのに初めて成功したのは、およそ6万5千年から6万年前だとされています。それ以降、ホモ・サピエンスは人口を急激に増やし、世界中に広まっていきました。

 ホモ・サピエンスが生じて以降、人はほとんどの期間、狩猟と漁業と採集によって食料を得てきました。しかし、1万年ほど前のことですが、中東の肥沃な三日月地帯と呼ばれる地域で、農業革命と呼ばれる変化が最初に起こったとされています。それは狩猟と採集によって食べ物を得ていた生活から、主に農業によって食べ物を得るようになったという変化です。このできごとは、火を使うようになったときと同じくらい、人類の歴史に根本的な変化をもたらしました。

口承伝承ユーカラの語り部であり、アイヌ文化の継承保存活動に尽力した上野サダさん
(「先住民アイヌ民族」(別冊太陽)、株式会社平凡社、2004 年)

 この農業革命が起こった時期は、地域によって異なりますが、一万年前~数千年前であり、人類の歴史から見ればごく最近のことです。そして、農業革命の直前にあたる後期旧石器時代の末期、およそ1万3千年前には、氷河期もほぼ終わり、人々は道具を作る高い技術を用いて、従来考えられていたよりもかなり幸せに暮らしていたことが分かってきています。この時代の人は、果物や獲物がなくなると住む場所を変えました。ですから土地を所有するという考え方はありませんでした。放浪生活で所持していたのは、石器や火打ち石や少量の共有の品物だけでした。そのため、個人が物を所有するという考えもほとんどなかったようです。

 自然の恵みに感謝し、獲物が得られることや災いを避けることを願って日常的に祈りが行なわれていましたが、そのほとんどは個人や小規模な集まりでの行ないであり、組織的な宗教はまだ発生していませんでした。人口はあまり増えず、皆が協力し合って運営しやすい小さな集団として暮らしていたので、支配者はおらず国家もありませんでしたし、法律も必要ありませんでした。狩猟では、獲物がどこにいるかを鋭く察知することが求められます。そのため、狩猟採集生活時代の人たちは、天候のきざしや動植物の変化の細かなところを観察することに長けていましたし、直観も現代人よりもはるかに鋭かったようです。薬草などについても、とても豊かな知識を蓄えて、子孫に受け継いでいました。

 その後、先ほどご説明した農業革命が起こり、狩猟採集生活から農耕牧畜生活へ移行したことによって、人類は人口を大幅に増やすことができました。この変化は、大規模な社会システムや数多くの文明が生じた最大の要因だとされています。しかし、農業革命にはマイナス面も多くありました。地球全体で62億ヘクタールあった森林は、農業のために40億ヘクタールにまで減少しました。そして現在でも、毎年800万ヘクタール、スイスの2倍ほどの面積の森林が、地球から消滅し続けています。また、狩猟採集生活時代に人類は1000種類ほどの植物を食べていました。それが農耕によって激減しました。現代では、一般の人々が日常的に食べている植物は20種類以下となり、健康に悪い影響を与えています。また、土地の所有、私有財産、国家という観念が生じた後の人類の歴史は、常にむごたらしい、悲しい戦争に彩られています。しかし、北方民族の人々は、住んでいる寒冷地が大規模な農業に適さないため、狩猟採集が中心の、平和な生活を比較的最近まで続けてきました。そのため、アイヌなどの北方民族の文化には、人類が狩猟採集生活の時代に築き上げた英知の一部が現在でも、比較的よく残されています

 さて、これからアイヌの方々の世界観と信仰を見ていくことにします。アイヌの方々は、この世界のすべての魂を3つのカテゴリーに分類して考えています。まず、第1のカテゴリーは神々の魂であり、第2は人間の魂、そして、第3のグループは、道具に宿る魂です。

正装をしてイクパスイ(捧酒箸)で神に酒を捧げるアイヌ
(「シラオイコタン」木下清蔵遺作写真集、白老民族文化伝承保存財団、1988 年)

 神々はアイヌ語でカムイと呼ばれ、最もランクの高い魂だとされます。アイヌの人たちの信仰は、単なるアニミズムとはやや異なります。アイヌの人たちにとって神々とは、人間にはない能力をもつ存在のことです。たとえば、強い力を持つクマ、オオカミ、シャチ、トド、毒で人を殺すことのできるヘビ、闇を見通すことのできるフクロウなどが神々とされます。鹿やクマやシャケについていえば、これらは、仮に肉体をかぶっている神々であり、後に詳しく説明しますが、この神々が、体である肉や皮や骨などを、人間に送り届けてくれているのだとアイヌの人たちは考えています。火は、ものを燃やすという、人にはない能力があるので、やはり神であるとされています。火はアイヌの人たちのもっとも身近な神です。

 先ほど述べたように、人間の魂は、神々に次ぐ、中間のランクに位置します。

 神々と人間の間には相互依存関係があります。人間は、神々によって守られなければ幸せになれない一方、神が尊いのは人間にあがめられるからであり、神々は人に礼拝され感謝されることによって、神としての格を向上させることができるとアイヌの人たちは考えています。

 魂の第3のカテゴリーは、人間が木や石や、植物の線維や動物の皮などで作ったもの、舟、ナイフ、食器、弓矢、ぬい針などの道具です。道具には魂が宿ると考えられています。しかし、道具に宿る魂は、全体としては、人間よりも低いランクの魂だとされます。

 人間が道具を作ることにより、これらの魂はこの世界で役割を果たすことができるようになります。一方人間は、道具がなければ日々の生活を送ることができないばかりか、神々に感謝し敬うための儀式を行なうことができません。この依存関係を大切に考え、アイヌの人たちは道具を粗末に扱うことをしません。使えなくなった道具や縫い針や食器などは取っておいて、年に2回、春と秋に、道具の魂を解き放つために、わざとその一部を壊し、感謝の祈りをささげ、土の中に埋めます。

 アイヌの人たちが家を建てると、その中には火の神が宿ることになります。この神をなかだちにして、様々な神を礼拝することになるため、アイヌの家は神殿であるといえます。家の中心には、家を暖めたり、料理を行なったりするための炉が作られます。炉に初めて火を入れる儀式が行なわれると、その炉には、家を守る火の神が宿ることになり、その後はどんなときでも決して火種を絶やしてはいけないことになっています。新築の家の火の神は、火の娘さんを意味する「アベカケマッ」と呼ばれますが、1日から2日が経つと、火のおばあさんを意味する「アベフチ」と呼ばれるようになります。

 さきほどご説明したように、弓や矢などの道具は人間によって作られるため、そこに宿っている魂は、人の魂より位が低いとアイヌの人々は考えています。一方で神々は、人を超える能力を持つため、人の魂よりも位が高いと考えられています。そこで、人間が狩りを行うときに、たとえばクマを射るときには弓と矢を使いますが、クマの神が自ら望まなければ、クマの体に矢が当たることはないと考えられています。クマという神は、クマの体にいる魂であり、この魂が肉や毛皮や薬となる内臓や他の役に立つさまざまな部分を、人間のために体として携えているのであり、人間として立派な生き方をしている人が、狩人として山で弓を射たときにだけ、クマの神は自ら矢に当たり、その体を人に分け与えるのだとアイヌの人は考えています。

アイヌの夫婦(「シラオイコタン」木下清蔵遺作写真集、白老民族文化伝承保存財団、1988 年)

 クマを狩ったときに、アイヌの人は、肉や内臓や骨と一緒に、皮や頭も大切に持ち帰ります。そして、仕留めた人の家の炉端の最も上座にあたる北東の位置に、皮をたたんで置き、その上にクマの頭を置きます。そのようにすると、体から離れたクマの魂は、しばらくの間、自分の頭の上に座り、炉にいる火の神様とゆっくりと語り合うことができ、そして、アイヌの人々の手厚いもてなしも受けることができると考えられています。男たちは、カムイノミと呼ばれる礼拝を行ない、神が訪れてくださったことを感謝し、その後に、サケチッカと呼ばれる、クマの魂を神々の国に送り返す儀式を行ないます。さまざまな捧げ物が供えられ、儀式用のお椀に入れた神聖なお酒を儀式用のイクバスイと呼ばれる木べらの先につけて、火の神とクマの神に捧げて、神を、カムイモシリと呼ばれる神々の国に送り返すための言葉を述べます。

 クマなどのさまざまな動物や、魚などは、この世では、肉と皮をかぶった仮の姿をしていますが、神々の国での姿は人間と同じであり、人間と同じように考えしゃべるとされています。人間が供えた贈り物は神々の国に着くと6倍に増え、クマの魂は、他のクマや他の動物の魂を招いて、宴会を開くことができます。そして、その宴会でクマの魂は、人間の国で受けた素晴らしい接待、感謝、捧げ物について、他の魂に語ります。その話を聞いた他の魂は、自分もその村の猟師の鉄砲や弓の前に体を差しだそうと考えることになります。そして、神の国から、この世の東にある、山や森や、高い木がある神聖な場所に降りてきて、そこで肉体をまとって、動物としてアイヌの村の近くを訪れることになります。ですから、狩猟で得た動物の魂をていねいに送り返すことによって、今後の森での狩りの成功が保証されることになります。

 しかし、魂を送り返す儀式を自分たちの利益だけのためにおこなっているという意識は、アイヌの人たちにはないようです。魂を迎え、感謝し、魂を送る。この宇宙を順調に魂がめぐりめぐっていくことを、祈りと祭りを行って確実にする。アイヌの人たちは、このことを、宇宙における人間の重要な役割だと考えています。

 アイヌの人たちは、人間のことを肉体に魂が宿った存在だと考えています。そして、この魂は心臓に宿っていると考えています。人が死ぬと、その体から魂が離れ、その魂はボクナシリと呼ばれる死者の国に行きます。この国はアイヌモシリと呼ばれる人間の国の西にあるとされます。死んで間もない人の魂は、死者の国の東側に住み、死んで年数が経った魂は、徐々に西へ移っていくとされます。そして、死んだ人の魂は、死者の国で一定期間を過ごした後、死者の国の西から、ふたたび、人間の国の東に現れそこから母親の胎内に入るか、神の国の東の土地に神として生まれるとされます。

 神の国に生まれた人間は、神の国にとどまっている人間同士で集まって、あの世とこの世のことを語り合ったり、誰をこの世のどこに誕生させるかを話し合ったり、人間を見守り育てたり、死者の国で、死んで間もない魂を導いたりしているとされています。

 アイヌ語には文字がありません。そこで、伝統的な世界観や、誕生や死についての考え方を伝える物語は、先祖代々、口から耳へと伝えられてきました。神の言葉にはメロディーがついているとアイヌの方々は、考えています。そのため、神々と英雄についての言い伝えには、メロディーがつけられていて、ユーカラと呼ばれる歌になっています。年老いた女性が、このような物語を子供たちに語ることによって、アイヌの人たちは、神々と自然界への、感謝と敬いを、古くから継承してきました。たとえば、薪は、木を切り倒して作るのではなく、枯れ木と枯れ枝を利用します。川の神を敬い、川に汚水を流したり、川で洗濯したりすることは決してありません。

 ほとんどのアイヌの人たちが、今では現代的なライフスタイルの生活をしています。しかし、多くのアイヌの方々は、今でも、薪や食べ物を手に入れるために森に入るときには、まず森の神に、挨拶の祈りを捧げます。そして、野草やきのこを見つけたときは、すべてを取ってしまうことは恥ずべきことだと考え、間引くように、必要な分だけを採集します。集めたきのこは目の粗いかごに入れて、歩くにつれて、胞子が森に散らばるようにします。

 動物や植物など、他の生き物が体を与えてくれることで、私たち人間は、食物を得て自分の体にすることができます。生き物は、その体も魂も、大いなるサイクルを巡っているのであり、人間ももちろん、この大いなるサイクルの一部であり、その恵みによって生かされているということを、日頃からアイヌの人たちは強く意識しています。

噴火湾沿岸地方の伝統衣装・ルウンペを着用した白老町のアイヌ民族博物館の職員
http://commons.wikimedia.org/wiki/FileAinuSan.jpg By Torbenbrinker (Own work) [CC BY-SA 3.0
(http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons

 今日の講演では、アイヌ文化のうちのほんの一部、世界観と魂にまつわる考え方をご紹介しました。時間の関係でご紹介できなかったことがたくさんあります。それでも、この講演をお聴きくださって、アイヌの人たちの古くからの信仰と世界観には、現代に生きる私たちが、とても懐かしく健全であり自然だと感じる考え方が、無数に含まれていることをご理解いただけたのではないかと思います。また、魂についてのアイヌの言い伝えには、バラ十字会の考え方と類似する点もいくつもあります。

 アイヌには、工芸、服飾、音楽、舞踊、文学などの分野でも、すばらしい文化があります。アイヌの方々のこれらの文化は今でも活動的です。そして、現代のアイヌの方々は、自分たちに伝えられてきた技能と英知を、人類全体のために役立てる最善の方法を探し続けています。この講演をお聴きくださったみなさんに、いつか、アイヌ文化を扱っている博物館か、アイヌの方々の村を訪れることをお勧めしたいと思います。アイヌの方々のおかげで、北海道のさまざまな場所には、清らかで美しい森、湖、海岸が今でも残されています。そして、長い歳月にわたって、そのような自然に寄り添い、自然を友として発達してきた、この美しい伝統文化を、あなたの感覚のすべてを使ってお感じいただければと思います。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラ十字」(No.142)の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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