投稿日: 2014/03/28
最終更新日: 2024/04/19

ハリー・ポッターシリーズの映画を、皆さんの多くがご存じのことと思います。当時私も何年にもわたり、新作が公開されるたびに渋谷や池袋の映画館に出かけていき、美しい幻想的な風景とストーリーを楽しみました。とても優れたファンタジーだったと思います。

ご存知のことと思いますが、原作はJ・K・ローリングの小説で、第一巻は「ハリーポッターと賢者の石」です。

賢者の石」という言葉は、それまでは、精神世界の中でも特殊な分野に興味をお持ちの方以外にはあまりなじみのない言葉だったようですが、この映画の流行がきっかけで少し状況が変わりました。

今回は、この「賢者の石」を話題にしようと思います。

賢者の石とは、錬金術を成功させるために必要だとされる“石”です。ギリシャ語では「lithos tes philosophias」であり、直訳すると「哲学者の石」となります。

しかし、錬金術には2つの種類があることが知られており、それが「賢者の石とは何か」という疑問に答えることを難しくしています。錬金術の2つの種類とは、物質の錬金術と心の錬金術です。

そして、物質の錬金術について残されている中世の文書は、実は心の錬金術に関する内容を、物質をたとえに用いて書かれているという場合があります。

ですから賢者の石が実在したのかを考えるためには、2つの面から検討する必要があります。

物質の錬金術(alchemy)とは、鉛などの卑金属を原料にして、貴金属の金を作り出すことを目的とした技法であり、エジプトで発祥しアラブ世界に伝えられました。この英単語の語源はアラビア語の「al-kimia」であり、「kimia」の部分は、古代エジプト語で黒い土を意味する「kemet」に由来するという説が有力です。毎年夏期に起こるナイル川の氾濫によって運ばれてくる黒い土が、農耕にとって極めて重要であったことから、万物がそこから生じる源の「黒いもの」があるという考えが生じました。

錬金術の最後の段階では、つまり黄金を創り出すためには、卑金属を原料に作られた中間生成物である「黒いもの」、「黒の段階のもの」に賢者の石を作用させることが必要だとされています。そして、賢者の石だとされる物質に辰砂(しんしゃ)があります。辰砂とは硫化水銀(HgS)の鉱物で、赤色の物質です。

中国貴州省の銅仁鉱山から出土した辰砂
中国貴州省の銅仁鉱山から出土した辰砂

興味深いことに、古代から硫化水銀には不思議な効力があるとされてきました。日本ではそこから作られた丹(に)と呼ばれる朱色の顔料が、古墳時代の石室にまかれたり、縄文土器に塗られたりしており、魔除けの効果があるとされていたか、永遠の命の象徴だったと推測されています。硫化水銀にある防腐作用が関係しているのかもしれません。神社の柱や鳥居に塗られているのも丹だそうです。

また、古代中国の錬丹術では、辰砂と金から不老不死の霊薬を作ろうとする試みがなされていました。

鳥居と柱が朱に塗られている厳島神社(広島県廿日市)
鳥居と柱が朱に塗られている厳島神社(広島県廿日市)

残念なことに日本では、「スピリチュアル」という言葉が、「非科学的」という言葉と似たような意味で雑多な分野に用いられるようになってしまいました。しかし英語の「spiritual」という言葉は本来、人の心の深奥にある崇高さに深く関連した美しい意味を持っています。

参考記事:「スピリチュアルとは?本当の意味を簡単に解説、4つの実際の例、「感じる」というキーワード

「心の錬金術」(spiritual alchemy:スピリチュアル・アルケミー)は、心の中にある卑しい性質を、崇高な貴い性質に変換することを意味しています。

心の錬金術に取り組むということは、自身の内面的な進歩を求めて、伝統的な知識を学ぶとともに、内省や瞑想などのさまざまな実践を行うことを意味します。このような取り組みは、最初は特に、とても楽しく感じられる、やりがいのある行いです。

しかし内面の進歩がある段階に達すると、実践者の多くに、何を行ってもうまくいかない、人生に悪いことばかりが起きる、まるで絶望的な時期が訪れます。自分に価値が感じられなくなり、奈落の底に突き落とされたように感じます。この時期は「魂の暗黒の夜」(dark night of the soul)として知られています。

そしてこのときに“硫黄”と“水銀”が結びつくと、「錬金術の結婚」もしくは「化学の結婚」と呼ばれるというできごとが起こり賢者の石が得られるとされます。この場合、硫黄は人の心の男性原理を象徴し、水銀は女性原理を象徴しています。

やや難しい説明になりますが、賢者の石はこの2つが統合されたときに生じる英知と直観を象徴しており、英知と直観を通して個人の心の中に「スピリトゥス・ムンディ」(spiritus mundi:世界の魂)が作用し、「魂の暗黒の夜」、すなわち黒の段階を乗り越えるために必要な飛躍的な変容が起こるとされます。

先ほどの「物質的な賢者の石」の項目に出てきた「硫化水銀」と「黒の段階のもの」は、まさにこのことの比喩であると考えている多くの研究家がいます。

スピリトゥス・ムンディについては、この記事の後半でもう少し説明を加えます。最初の問いに戻れば、賢者の石は「スピリトゥス・ムンディ」として実在します。

参考記事:『魂の暗黒の夜

話をハリー・ポッターシリーズに戻しましょう。最初の小説には、主人公のポッターの通う魔法魔術学校の校長ダンブルドアの友人として、錬金術師のニコラス・フラメルが登場します。

ニコラス・フラメルの持ち物である賢者の石は、卑金属を純金に変えることができ、飲めば永遠の命が得られるとされる不思議な物質で、学校に隠されたこの秘宝をめぐって、物語が進んでいきます。

フラメルは、14世紀の実在した人物です。彼が住んでいた家はパリ市によって復元され、現在その一階はレストランになっています。

パリ市にあるニコラス・フラメルの住居跡、現在はレストランになっている
パリ市にあるニコラス・フラメルの住居跡、現在はレストランになっている

このレストランから20メートルほど離れた所には、バラ十字会AMORCのフランス本部が経営し活動している大規模な文化センター(Espace Saint Martin)があります。ニコラス・フラメルと当会のご縁を嬉しく感じます。

ニコラス・フラメルには、ある謎の書物のことを夢で見て、それを手に入れ、ユダヤ教の秘伝哲学であるカバラの専門家の手引きでその書の解読に成功し、卑金属から黄金に変えるという〈偉大な作業〉に成功したという言い伝えがあります。

そして、その錬金術の最終段階では、溶かされた金属に粉末にした賢者の石が加えられ、純金が合成されたとされます。

このような逸話の根拠とされているものに『象形寓意の書』という錬金術の著作があります。この書はニコラス・フラメルのものだとされていたのですが、現代の研究によれば著者は別人です。ニコラス・フラメルは写字生兼書籍販売人であり、彼が賢者の石を作った証拠は残っていないようです。

写字生兼書籍販売人とは、貴重な本を書き写して販売する仕事で、多くの人から尊敬され高額の報酬が得られる職業だったとのことです。夫人のペレネレともに多額のお金を教会や病院、礼拝堂に寄付したり、慈善事業を行ったことが伝えられています。

19世紀に描かれたニコラス・フラメルの肖像画
19世紀に描かれたニコラス・フラメルの肖像画、Balthasar Moncornet, Public domain, via Wikimedia Commons

さらに詳しくは、下記の参考記事をご覧ください。

参考記事:『錬金術師ニコラス・フラメル? 写字生・書籍販売人・慈善家としての真の姿

中世の錬金術師たちが、秘密の実験室で、るつぼや炉や蒸留器や、他のさまざまな器具を使って作業に取り組んでいる光景を思い浮かべると、実に怪しい、不思議な感じがします。

錬金術のイラスト

しかし先ほど述べたように、卑金属から貴金属を作るというのは、実は単なる比喩である場合が多く、錬金術師たちの大部分が取り組んでいたのは、特にルネサンス期以降は心の錬金術でした。バラ十字会にその知識とテクニックが受け継がれていて、当会の通信講座で学習するテーマのひとつになっています。

折々に私も痛感していますし、あなたもきっとそうお考えになられることと思いますが、心の卑しい部分を高貴な部分に変えることは決して容易なことではありません。そして賢者の石がこの作業のために必要であるとされています。

もちろんこの場合「石」というのは比喩であり、物質のことではなく、すべての人の心の奥に潜んでいる高貴な性質の自己のことを意味しています。それは「スピリトゥス・ムンディ」(spiritus mundi:世界の魂)の性質にほかなりません。

当会の学習教本の第一号の裏表紙には、錬金術の大原則を表した次の言葉が掲載されています。

「……下にあるすべてのものは、上にあるものに似ており、上にあるすべてのものは、下にあるものに似ている。」

この言葉の通り、下(ミクロコズム:人間)と上(マクロコズム:世界)は常に対応しており、個人の魂の性質は、世界の魂の性質に対応しています。

参考記事:『エメラルドタブレットとは

高貴な性質のこの自己は、貴重な宝石にたとえられることがあります。そしてこの自己には、真理、善、美を愛する傾向があると考えられています。

表面的なエゴとは異なる高貴な性質の自己が心の奥深くに存在するという考え方は、バラ十字会だけのものではなく、多くの思想、哲学、宗教にも共通していますので、あなたも耳にされたことがあるのではないでしょうか。

例をひとつ挙げます。チベット仏教で極めて重要だとされている真言(呪文)に「オン・マニ・パドメ・フン」(Om Mani Padme Hum)があります。

蓮の花

この真言を唱えれば、さまざまな災害や病気、盗賊などから護られるという言い伝えがありますが、この語句は、「蓮の花の中にある宝珠」を意味しています。この美しい比喩が、内的な自己の高貴な性質を表わしていることはほぼ確実です。

瞑想や他のテクニックを使って、この真の自己からの影響を積極的に外面的な自己に及ぼすことによって、心の変容を進めていくことができ、それが心の錬金術の実際の作業にあたります。

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バラ十字会では、心のこのような変容をとても重要であると考えています。自身の幸せや進歩のためだけでなく、豊かな人生を過ごす基礎であるばかりか、周囲の人や社会のために、自身をより良く役立てるための鍵だとされます。

さらに、現在の世界に起きているさまざまな問題の原因は、世界を物質面だけから把握したために起こった道徳意識の衰えにあり、多くの人が自身の心を変容させる作業に取り組むことが、人類の明るい未来を実現するための重要な手段だと考えています。

マハトマ・ガンディーの次の言葉も、同じことを言っているように私には感じられます。

世界に変化を望むのであれば、自身がその変化になりなさい。

自身の心を変容させることの大切さについて、あなたはどのようなご意見をお持ちでしょうか。

今回の話題は、やや難解でしたでしょうか。また、後半が多少固くなりましたが、興味深く感じていただけた点がありましたら、とても嬉しく思います。

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執筆者プロフィール

本庄 敦

本庄 敦

1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら:https://www.amorc.jp/profile/

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