投稿日: 2014/04/04
最終更新日: 2024/08/13

ご存じの通りピラミッドは、おおむね四角錐の形をした古代エジプトの記念建造物です。エジプトの首都カイロ(2024年現在)の南西数キロのところにあるギザ台地の三大ピラミッドは、規模が壮大なことから特に有名です。この3つのピラミッドは、古王国時代のクフ王、カフラー王、メンカウラー王のものだとされています。また、三大ピラミッドのすぐ近くにあるスフィンクスは大スフィンクスと呼ばれ、数多くの反論がありますが、カフラー王の命令により、この王に顔を似せて作られたものだとされています。

ギザ台地の三大ピラミッドとスフィンクス
ギザ台地の三大ピラミッドとスフィンクス(右から、クフ王、カフラー王、メンカウラー王のものとされる)

ある説によれば、ピラミッド(pyramid)の語源は古代ギリシャのパンの一種「ピラミス」(pyramis)であり、紀元前5世紀頃にエジプトを訪れたギリシャ人が、この食物と形が似ていることからそう名づけたとされています。また、火または光を意味するギリシャ語の「pyra」と尺度を表わす「midos」からなり、その源はフェニキア語の「光の尺度」を意味する「purimmiddoh」だという説もあります。この説では「ピラミッド」という語は、「測定を通して明かされたもの」というような意味を表わすことになり、ピラミッドの寸法には何か重要なことがある(後述)ことを示しているように思われます。

ノンフィクションライターとして有名な井沢元彦さんの著書『逆説の世界史1-古代エジプトと中華帝国の興廃』には、ピラミッドがファラオ(古代エジプトの王)の墓ではないという説が書かれています。このことは、以前からバラ十字会の専門家たちも主張していました。

三大ピラミッドの地下でファラオのミイラが今後発見される可能性はありますが、この建築物の地上部が本来作られた目的は、墓として用いられることではなく、後述のような「宗教装置」であったというのが井沢さんの説です。「宗教装置」とは井沢さんの造語で、「その宗教の教義を実現ないし体感するために必要な施設および道具」のことです(同書)。

しかし多くの人が、今だにピラミッドをファラオの墓だと確信しています。このことは、人はいったん何かを思い込んでしまうとそれに強くとらわれてしまうという、特に教訓的な一例だと私は感じます。

ピラミッド王墓説の発端は、紀元前5世紀のギリシャの歴史家ヘロドトスだとされています。ヘロドトスが生きていた時代は、ピラミッドが作られてからすでに2000年以上が経っているのですが、王の墓らしいという当時の人の言い伝えを彼は記録しました。

そしてこの話と、ピラミッドに玄室(棺を納める部屋)と思われるような場所が見つかったということが、その後の歴史家の先入観を作り上げることになります。

そしてそれからは、矛盾があっても、無理につじつまが合わせられるようなことが起こりました。

たとえば、ピラミッドが建設される以前のエジプトでは、遺体は必ず地下に葬られています。ですから、地上の建設物が墓であるという説は、そもそも自然ではないのだそうです。

また、ピラミッドからは、ファラオのミイラや副葬品が発見されたことは一度もありません。しかし、墓泥棒の痕跡がない場合でもそれは盗掘のためだと説明されました。

ある王の時代にピラミッドが2つ作られた例もあります。この場合には、墓が作り直されたのだという理由がつけられました。

最大のピラミッドであるクフ王のピラミッドは、もしこのファラオが即位してから製作されたとすると、製作期間が20年ほどになります。そして、この期間内に完成させるためには、平均2.5トンほどの重さの200万個以上の石を、2分30秒に1個の速さで積んでいかなければならないのだそうです。

このことから、氷河期以前の超古代文明とか地球外生命体とかからもたらされた、たとえば反重力を発生する技術でピラミッドが作られたというような荒唐無稽な説が唱えられてきました。

しかし、もしピラミッドのことをファラオの墓だと考えなければ、ファラオの在位期間に工期は限られるわけではないので、そのような説を想定する必要はなくなります。

前述の井沢元彦さんの著書『逆説の世界史1』によれば、階段ピラミッド、屈折ピラミッド、傾斜の緩い真正ピラミッド、三大ピラミッドと、建設の技術的進歩をたどることができます。

しかしそれでも、三大ピラミッドがあまりにも壮大で、精密な驚異的な建築物であることに変わりはなく、製作に用いられた技術のほとんどは今も知られていません。

ちなみに、石を上方に運ぶ方法については、遠方から緩い傾斜路を作った、あるいは、できあがった層の部分を巻くように傾斜路を作ったなど、さまざまな仮説があります。

カフラー王のピラミッド
カフラー王のピラミッド

常識が大きく覆されるという話は、歴史上に何度も起こっています。

たとえば、地球が宇宙の中心であるという天動説が世の常識になっていた当時、地球は太陽の周りをまわっているという地動説に賛同したイタリア人、ジョルダーノ・ブルーノは火刑になりました。

古生物の化石から、地球の長い歴史の中で植物も動物も徐々に進化し、形を変えてきたことが立証されますが、現在もそれを認めない人たちがいます。

このことに関連していますが、中世のヨーロッパでは、正しいということはキリスト教神学に合致していることを意味していました。現代では科学、特に自然科学と数学が正しさの代名詞になっています。そして22世紀頃になると、過去に宗教、科学が順に果たし続けてきた役割を、次は神秘学(mysticism:神秘哲学)が果たすようになると、進化心理学を研究している思想家、たとえばケン・ウィルバーなどが予想しています。

参考記事:『胎児と子供は、人類の歴史を繰り返す(前編)

私たちは、いったん固定的な考え方にとらわれると、なかなかその常識から抜け出すことができず、自分と異なる考えの人を許すことさえできなくなってしまうことがある。このことはほんとうに、決して忘れてはいけないことだと思います。

この機会にぜひ考えていただきたいのです。あなたがとらわれている最大の先入観は何でしょう。それは、どのようにしたら分かるでしょうか。

私も、じっくりと考えてみることにします。

さて、脇にそれてしまいましたので、話を戻しましょう。ピラミッドの建設目的は何だと考えられるのでしょう。

井沢さんは、古代エジプト研究で有名な早稲田大学の吉村作治博士の説を踏襲して、ファラオが再生もしくは復活するための儀式に用いられたのだとしています。

バラ十字国際大学のエジプト学の研究者の多くは、当時の神秘学派の人たちが「入門儀式」(initiation)に用いた舞台装置ではないかと考えています。

「入門儀式」が耳慣れない言葉だという皆さんも多いことでしょう。それは神秘学派に入門することを希望(志願)する人がいたとき、それを許可(もしくは拒絶)するための儀式です。

当時の古代エジプトの聖職者と支配者たちから構成されていた神秘学派は、天文、自然科学、工芸、医学、人生の神秘についての知識を独占していました。そして、これらの知識を手に入れたいという人は、ときには遠方から旅をして、当時の神秘学派に入門し学ぶことを希望しました。

彼らは、まずスフィンクスの近くにある神殿で事前の儀式に参加し、その後スフィンクスの前に集められます。

大スフィンクスと両脚の間にある石碑
大スフィンクスと両脚の間にある石碑

そして、スフィンクスの両脚の間にある石碑の前で、これから見聞きすることについては一切口外しないという誓いを行います。

スフィンクスの両脚の間には今も石碑があります。この石碑は新王国第18王朝のトトメス4世が建てたものであるとされ、そこには興味深い逸話があります。

ファラオの息子であったトトメス4世が、スフィンクスのそばで昼寝をしたときに、夢に太陽神が現れ、自分が白の王冠と赤の王冠を戴くことになる、つまり上エジプトと下エジプトの両方の王になると告げられたのだそうです。

このことを記念してトトメス4世はこの石碑を建てたのだとされています。またトトメス4世は、当時のエジプトの神秘学派を統一したファラオだとされています。

参考記事:『スフィンクスについて

話を戻します。入門志願者たちは次に石碑のある場所から地下に降り、地下通路を通って三大ピラミッドのいずれかに向かったのだそうです。そしてピラミッドの内部では秘密の儀式が行われました。

その儀式では、入門志願者がその神秘学派に入門するのにふさわしい人であるかどうかが試験され、この試験を通過した人には、秘密の知識が伝授されたのだと伝えられています。

クフ王のピラミッドの「王の間」には花崗岩でできた石棺のようなものがありますが、発見されたとき、そこでファラオのミイラは発見されず、他にも何も入っていなかったそうです。

この花崗岩の容器は、遺体のための棺ではなく、入門儀式で用いられた道具だと考えられます。

「王の間」と石棺だとされた遺物
「王の間」と石棺だとされた遺物
石棺だとされた遺物(拡大)
石棺だとされた遺物(拡大)

クフ王のピラミッドは、慎重に考慮された寸法で作られており、その寸法にはさまざまな象徴的意味が込められているという説があります。

古代エジプトの単位キュビットは約0.5236メートルであり、この単位を用いると、5000年の間に受けた損傷を復元したとすると、本来のピラミッドの寸法はこのようになると推測されています。

底面の正方形の四辺=440キュビット

斜面の中心線の長さ=356キュビット

高さ=280キュビット

クフ王のピラミッドの垂直断面を中心線で2つに分割したときにできる直角三角形は、黄金比(golden number)をΦ(=(1+√5)/2=1.618・・・)を用いて表記すると、

底辺:高さ:斜辺=1:√Φ:Φ になります。

長くなりすぎますので、ここで説明することはできませんが、この事実は、1.2*Φ*Φが円周率の良い近似だということを古代エジプト人が知っているなど数学に高度な知識を所有していた証拠のひとつであると考えられています。さらに詳しく知りたい方はバラ十字国際大学の公認講師を長年務めていたルイ・グロース氏の下記の著作をお読みください。

図形と数が表わす宇宙の秩序』(現代書林刊):https://amzn.asia/d/08AbxEXV

ターレスやピタゴラスやプラトンは、エジプトで学んでいたことが知られています。古代エジプトの天文学や数学や神秘学(mysticism:神秘哲学)についての高度な知識はこれらの人たちによってヨーロッパに伝えられたのだと考えられています。

クフ王の大ピラミッド
クフ王の大ピラミッド

2015年にスキャン・ピラミッドという国際プロジェクトが立ち上げられました。ピラミッドの内部をスキャン(透視)技術によって調べることが目的です。スキャンに用いられるのは、宇宙線と大気の衝突によってできるミューオンという素粒子で、調査チームとして日本から名古屋大学と高エネルギー加速器研究機構が参加しています。

活動を開始して2年後の2017年に、クフ王のピラミッドに2つの未知の空間があることが発見されました。

ひとつは北側の斜面の凹部の奥にある、2x2x9メートルの通路のような空間であり、もうひとつは、「王の間」の上方、地上約60メートルにある、長さ約30メートルで、体積が「王の間」の約1.3倍の空間です。

このうち通路のような空間には、2023年3月に北側斜面のすきまから工業用内視鏡が入れられ、切妻構造の天井を持つ通路が実際に確認され大々的に報道されました。

「王の間」の上方にある空間は、ピラミッドの奥まった場所であり、おそらくさらに興味深い発見ですが、まだその詳細はわかっていません。

今回、この記事を作成するにあたって、当会の所有する資料のいくつかを見直してみました。

20世紀の初頭にフランスのツールーズを中心に活動していた薔薇十字団の活動を受け継ぎ、当会すなわちバラ十字会AMORCという形で再興したのは米国人のハーベイ・スペンサー・ルイスという人ですが、彼の著作に『The Symbolic Prophecy of the Great Pyramid』(邦題『大ピラミッドの象徴的予言』)という題名のものがあります。

この本の93ページには、下の図版が掲載されており、そこには王の間(Kings Chamber、図中K)の上方に「?」と書かれた空間が存在するとされています。図に添えられた解説には「?-偉大なる部屋、ピラミッドの上部にあると考えられている。天上の象徴。」(? – Grand Chamber, thought to exist in upper part of the Pyramid, symbolic of heaven)とあります。

『The Symbolic Prophecy of the Great Pyramid』の図版1
『The Symbolic Prophecy of the Great Pyramid』の図版1

いったいどこからスペンサー・ルイスがこの図版を入手したのかと驚き調べてみたのですが、出典については何も書かれていませんでした。

また、「スキャン・ピラミッド」プロジェクトで発見された先ほどの空間がこの図版の「?」にあたるのかどうかも、よく分かりません。

いずれにせよ、今後さらに、ピラミッドの内部がさらに詳しく調査されていくことでしょう。

私個人としては、クフ王のピラミッドの「王の間」と同じような部屋が、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドでも見つかり、それがファラオのミイラの安置所ではなく儀式に用いられたということになれば興味深い展開だと思っています。また、スフィンクスと三大ピラミッドをつなぐ地下通路が発見されないだろうかと期待しています。

22世紀の歴史学者はピラミッドについて何を語るでしょうか。古代エジプト人の知識は、私たちに何を教えてくれるでしょうか。

このことを想像すると、とてもワクワクします。

追伸:今までご説明してきたように、古代エジプトの知識の一部は、ギリシャに伝えられました。その後この知識は古代ローマ、ペルシャ・アラブの人々を経て、中世の錬金術師や神秘家に伝えられ、さらに近代ヨーロッパの薔薇十字運動を通して当会に伝わっています。

参考動画:バラ十字会の過去と現在(The Rosicrucians of the Past and Present)

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執筆者プロフィール

本庄 敦

本庄 敦

1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら:https://www.amorc.jp/profile/

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