こんにちは。バラ十字会の本庄です。

さて、古代ギリシャの哲学者プラトンは、西洋哲学の源流のひとりとされています。あまりにも偉大なため、「西洋哲学の歴史とは、プラトンの哲学への膨大な注釈である」とさえ言われることがあります。
今回の話題は、プラトンが『国家』という本の第7巻に書いている「洞窟の比喩」という奇妙なたとえ話です。
前回のブログでは、当会のフランス本部代表の文章を紹介して、「宇宙の愛」が神秘学(mysticism:神秘哲学)の核心と関わっていることをご紹介しました。人気記事になり、多くの人に呼んでいただくことができました。
参考記事:『宇宙の愛』
「洞窟の比喩」も同じように、神秘学の核心と「愛」に深く関係しています。
このたとえ話は演劇のような構成をしており、プロローグ、第1幕、第2幕、第3幕に分けることができます。
プラトンの著作の大部分は対話形式で書かれていますが、この話も、プラトンの兄であるグラウコンとプラトンの師にあたる哲学者ソクラテスの対話として進んでいきます。ソクラテスはこう語り始めます。
「地下の洞窟に住んでいる人々を想像してみよう。明かりに向かって洞窟の幅いっぱいの通路が入口まで達している。人々は、子どもの頃から手足も首も縛られていて動くことができず、ずっと洞窟の奥を見ながら、振り返ることもできない。入口のはるか上方に火が燃えていて、人々を後から照らしている。火と人々のあいだには道があり、道に沿って低い壁が作られている。……壁に沿って、いろいろな種類の道具、木や石などで作られた人間や動物の像が、壁の上に差し上げられながら運ばれていく。運んでいく人々のなかには、声を出すものもいれば、黙っているものもいる。」

縛られ壁に向き合った人々は、影だけを見てそれを実体だと思い込んでいる。 by Liquidian [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/)]
分かりやすいのでイラストを見てほしいのですが、青色や緑色の服を着た人たちが、人間や動物の模型を上にかざしていて、その影が影絵のように洞窟の奥の壁に映っています。縛られて壁の方向だけしか見ることができない薄茶色の服を着ている人は、子供のときからこの影絵だけしか見ていないわけです。
そして、洞窟の中で囚人のように暮らしている人たちは、壁に映っている影のことを世界のすべてだと思っています。これは何の比喩かというと、五感によって知覚している世界が、世界のすべてだと勘違いしている人のたとえです。
ピンとくるでしょうか。たとえば、私の目の前には今、事務机があり、その上にはパソコンのモニター画面があり、その向こうには薄茶色のカーテンが見えています。事務所の外は中山道で、車が通る音が聞こえています。
今、あなたの周囲には何が見え、どのような音が聞こえているでしょうか。プラトンは、それらすべてが、薄暗い洞窟の壁に映った影絵のようなものであると言っているわけです。
哲学の用語では、私たちが日常見て知っている世界のことを「現実」、誰かに目撃されている目撃されていないに関わらずそこにある世界のことを「実在」と呼んでいます(別の定義もあります)。
では、現実と実在はどのように違うのでしょうか。まず、私たち人間の感覚器官には、紫外線を見たり、超音波を聴いたりすることができないという能力上の制約があります。
第2に、少し難しくなりますが、空間と時間というのは、人間が世界を理解するために用いている枠組みであり、実在にはないということが言えます。つまり、実在は時のない永遠であり、空間のない遍在(へんざい)です。
第3に、私たちは世界を、自分自身と外界に分けて考える習慣があります。つまり心と物の2つが世界にあると感じています。これが自分中心に世界を解釈する傾向の原因になっています。しかし世界は本来、そのような2つに分裂しているわけではありません。
これらを踏まえたとき、実在とはどのようなものかを想像してみていただきたいのです。
日常見ている世界が、ほんとうの世界ではないのではないかと感じること。それは、神秘学だけでなく哲学の根本だと言われることがあります。
極端に言えば、この疑問を持たなければ、哲学という道の第一歩を踏み出すことができないというか、第一歩を踏み出すことすら思いつかないのです。
そして、神秘学は実在探求の道だと言われることがあります。
学生時代に読んだ、ある哲学の入門書の冒頭には、次のようなアドバイスが書かれていました(とても素晴らしい、確か新書版の本でしたが、題名を忘れてしまいました。この本の題名が分かる人はぜひ教えてください)。
「朝、まだ太陽が昇る前の朝露に濡れた野原を訪ねてください。そして、まだ誰にも目撃されていない自然をそっと盗み見てください。自然はあなたにその秘密を明かしてくれることでしょう。」
私もこの本に感化されて、このアドバイスに従ったことがあります。しかし、自然が秘密を明かしてくれること、つまり実在を感じることはありませんでした。
謎めいた言い方をするならば、私が自然の秘密を見破る前に、自然が私の軽薄さを見破ったのです。
今思えば、準備が必要だったのです。リラックスと集中を同時にできるようにする準備と、とらわれを捨てる、つまりエゴをそぎ落とす準備です。
そのような練習を行った上で、子供のような目で朝露に濡れた野原を見ることができれば、自然はその秘密を明かしてくれることでしょう。

話を戻します。
「洞窟の比喩」の第一幕にあたる部分では、先ほどの囚人のひとりが縛(いまし)めを解かれます。彼は立ち上がって、首を巡らし、洞窟の入り口にある火の光を仰ぎ見ることを強制されます。強い光に目がくらむので、それはたいへんな苦痛です。
「おまえが以前に見ていたのは、愚にもつかぬものだった。しかしいまは、おまえは以前よりも実物に近づいて、もっと実在性のあるもののほうに向かっているのだから、前よりも正しく、ものを見ているのだ」(『国家(下)』、プラトン、岩波文庫)とある人が彼に語っても、彼は困惑して、以前見ていた影の方が真実であると考えます。

次の第2幕にあたる部分では、その囚人は少しずつ明るい光に馴れていきます。手を引かれ強制されて、いやいやながら、とうとう洞窟を出ます。そして、洞窟の外の自然の風景を見て、最後には、大空に輝いている太陽さえ見られるようになります。彼はここでこそ、人間は満ち足りた幸せな人生が過ごせることを確信します。洞窟の外の自然は、先ほどご説明した実在の比喩にあたり、人間は実在を認識したときにだけ、本来の生き方ができるという考えを表しています。
第3幕では、洞窟の外の自然を見た人が、仲間の囚人のところに戻ります。それは、自分が見て理解したことを仲間に説明して、彼らを外に連れ出し解放するためです。ところが、彼の仲間の囚人は、常識を外れた奇っ怪なことを言う彼を相手にせず、彼が仲間の一部を上の方に連れて行こうと企てると、彼を捕らえて殺そうとします。
プラトンの師であり、このたとえ話の語り手にされているソクラテスは、アテナイの人たちに哲学を教えたのですが、国の青年たちを堕落させたという罪状で死刑になりました。
「洞窟の比喩」のこの部分は、おそらくこのことも暗に語っています。
それはともかくとして、プラトンは紀元前4世紀という古代の哲学者であったにもかかわらず、この「洞窟の比喩」によって、驚くべきことを指摘しています。
それは、神秘哲学のような精神探究は、必ず2つの過程をたどらなければならないということです。
ひとつは、自分が上昇して実在を知るところにまで達する道であり、もうひとつは下降して日常に戻り、仲間のために尽くすという道です。
世界的な神秘学の研究家であった井筒俊彦さんは、古代ギリシャを扱った下記の名著を残していますが、その中で次のように書いています。
「創造的で健全な神秘主義は、常に必ず二面的である。神秘道は向上道と向下道の二面をそなえて初めて完成する。それは常に『往って還る』ものでなければならぬ。(中略)ただ往くだけで、もはや絶対に還って来ることがなければ、神秘主義は有害無益な独善主義にすぎないであろう。しかしながら、プラトンの衣鉢を継承した西洋神秘主義は、不幸にしてしばしばこの偉大な先師の遺訓に背き、その精神を裏切ったのであった。」(井筒俊彦著作集第一巻、『神秘哲学』、中央公論社)
プラトンは、エジプトに数年間滞在した後に、ギリシャのアカデメイアという土地に、その土地の名前を付けた自分の学校を作りました。この学校は「アカデミー」の語源になっています。
そこでは、実在探求はどのように行われていたのでしょうか。詳しくは分かっていないようですが、算術、幾何学、天文学などの学問を学ぶことが予備的な訓練であり、その後に哲学が教授され、実在を見るための実習が指導されたようです。
幾何学は、感覚ではなく思考と集中によって把握することができる世界を知る訓練になるとされました。
学校の広間の天井には、「幾何学を熟知していない者は、何人たりともこの場所に入ってはならない」という文が彫られていたそうです。
では、今日はこの辺で。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
また、お付き合いください。
付記:朝露に濡れた野原を訪れ、自然と世界の秘密を見破ることができるようになるための予備訓練に、もしあなたが興味をお持ちであれば、そして、明かされた秘密を自分だけでなく、他の人のためにも役立てたいとお考えであれば、バラ十字会AMORCが会員に提供している通信講座「人生を支配する」で、これらを効率的に練習することができます。下記のリンクから1ヵ月の無料体験をお申し込みください。
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