投稿日: 2020/01/17
最終更新日: 2022/08/08

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

いかがお過ごしでしょうか。

 

明日と明後日は、大学入試センターの試験日だそうです。40年ほど前に私が受験した頃は「共通一次試験」と呼ばれていましたが、当時から東京では、この試験の日が雪の特異日でした。

明日の早朝も東京は雪が予想されているようですが、交通が乱れないと良いですね。

 

さて、札幌で当会のインストラクターをされている私の友人から、この時期にふさわしい題の美しい小説についての寄稿をいただきましたので、ご紹介します。

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(19)

森和久のポートレート
森 和久

『雪のひとひら』 ポール・ギャリコ

 

「雪のひとひらは、ある寒い冬の日、地上を何マイルも離れたはるかな空の高みで生まれました」(矢川澄子訳より引用。以下の「」内も同様)と、この物語は始まります。

そう、この物語の主人公は「雪のひとひら」そのものです。誰かの事を投影したわけでも一般的な擬人化でもありません。無機質な自然現象の一つである『雪』、それの一片の物語です。名前も「雪のひとひら」(snowflake)そのままです。

白い雪片と青い背景(イラスト)

 

「灰色の雲が、凍てつくような風に追われて陸地の上を流れていました。その雲の只中で、このむすめのいのちは芽生えたのでした。」

しかし、雪のひとひらは「いのち」を与えられ、さらに女性ということです。命あるものは成長し、少なくとも何らかの変化を経て、命の終焉を迎えるはずです。雪のひとひらもそうなることを物語の冒頭で暗示されます。

 

「自分はいったいいつ生まれたのか。またどのようにして生まれたのか」、「どこからきて、どこへ行くつもりなのだろう。このわたしとあたりいちめんのおびただしい兄弟姉妹をつくったのは、はたして何者だろう」と雪のひとひらは疑問に思います。何もかもが判らず不安になり、兄弟たちがいっぱいいるはずなのに、孤独感に苛まれます。

 

そんな時です。雪のひとひらは誰かが自分を優しく包み込んでくれているのを感じ、幸福感に満たされます。雪のひとひらはこの誰かの存在を確信し、『その人』の事を知りたいと思い続けます。

雪のひとひらは、人の人生のように雪片としての人生を生きます。山裾の野原、山の村、小川を旅し、水車小屋で優しくたくましい男性、「雨のしずく」と出会い結婚し、4人の子どもをもうけ、満足のいく家庭を作り、妻として母として生きていきます。

Gallico.paul

ポール・ギャリコ(カール・ヴァン・ヴェクテン撮影、1937年、Wikimedia Commons, Public domain)

 

誰の人生にも困難は訪れます。雪のひとひら一家にも災難が降り掛かります。火事によって焼かれ、死に直面したのです。雪のひとひらと夫は全力を尽くし、火によって蒸発してしまう状況に立ち向かいます。そして『その人』に助けを求め、「それだけいうと、彼女はすべてを天に委ね、全身全霊をあげて敵にとびかかって行きました。」

彼女は打ち勝ち、家族も無事でした。このシーンはまるでAMORCで教わる『視覚化の方法』に通じるものがあります。

ところが、この火災がもとで夫は体調を崩し、ついには、消えてしまいます。「いずれは取り上げられるものならば、何ゆえに彼はわざわざ彼女に与えたのか」。何者がそれを為すのか。雪のひとひらは、この疑問を追い払うことができません。しかし、誰も答えてはくれません、もちろん『その人』さえも。

 

でも彼女は子どもたちのために頑張ります。そして立派に成長した子供たちは、各々の未来に向かって旅立って行きます。子どもたちと別れ、雪のひとひらは一人海に飲み込まれていきます。大海原は彼女にとって巨大すぎます。抗うことはできません。そして、その日はやってきます。雪のひとひらは海から上空へ、さらに太陽のもとへ引き上げられていきます。

この時、雪のひとひらは、また答えられなかった疑問を思い浮かべます。「はたしてこれは何者のしわざなのか? いかなる理由があって、この身は生まれ、地上におくられ(たのか?)」 最後にはこうして無に還ることになるものを? 「感覚とは、正義とは、また美とは、はたして何ほどの意味をもつのか?」

『その人』は何者で、何のために私を地上にもたらしたのか? と雪のひとひらは悩み苦しみます。目的はあったのか、それともただの気まぐれだったのかと。

雪の中で食事をするリス

 

それから、今まさに雪のひとひらは、故郷である雲の中に入ろうとしています。すると、自分の全生涯の出来事が走馬灯のように思い起こされ、慎ましかった自分の一生を懐かしみ、受け入れます。ついには、すべてのものの創造主である『その人』の美しい壮大なデザインを認識することになります。翻ってみれば、雪のひとひらが必要とされるところ、そこに彼女はいたわけです。「雪のひとひらは自分の全生涯が奉仕を目ざしてなされていたことを悟りました。」

「いまにして彼女は知りました。この身は片時も造り主にわすれられたり見放されたりしてはいなかったのです。」

「雪のひとひらはこの宇宙の素晴らしい調和を思い、この身もその中で一役果たすべく世におくられたことを思いました。」

 

1人の女性の一生を描こうとしたとき、余計な感情移入を極力抑えて、真髄を述べるには、この無機質な雪のひとひらを題材にするのが最良と著者は判断したのでしょう。姿かたちや表情、しぐさを排除することで本質をとらえ、読者の眼前に普遍性を立ち上がらせるためではないでしょうか。

横山大観の水墨画に水の一生を描いた大作『生々流転』があります。山に降った雨が小川になり、大地を流れ川幅を増して大河となり、ついには海に注ぎ、そして水蒸気になって空に還っていくというものです。この雪のひとひらも同じような旅をするわけです。雨や雪もあまつさえ人間も普遍的に同じなのでしょう。すべては宇宙の法則のもとで繰り返されるものごとなのですから。

 

天に召されようとしても雪のひとひらには究極の神秘である『その人』のことを解ることができません。しかし、あえて解る必要はないと悟ります。「なぜなら、誰のしわざにせよ何者のゆえにせよ、まもなく雪のひとひら自身がその何者かの一部に帰するさだめであったのです。」

雪のひとひらが最後の最後に聞いたのは、天空に響き渡る優しいことばです。「ごくろうさまだった、小さな雪のひとひら。さあ、ようこそお帰り。」

 

引用も含めてこれらのことは常にAMORCの会報や論文教本で触れられている事柄です。普遍的本質(Nature)なのではないでしょうか。

* * *

この物語には、CD化された音楽+朗読作品『雪のひとひら』があります。曲間に抜粋された物語の朗読が入っています。2枚組の1枚目は、歌手の矢野顕子による日本語ナレーション、2枚目はイギリスのロック・ミュージシャン、ピーター・ガブリエルによる原語ナレーションが収められています。音楽担当は井上鑑とデヴィッド・ローズです。なかなかユニークな作品なので興味のある方は聴いてみてください。

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ふたたび本庄です。

 

「雪のひとひら」の作者ポール・ギャリコは、1897年にニューヨークに生まれた小説家で、他の代表作には『スノーグース』、『ポセイドン・アドベンチャー』などがあります。

小説『ポセイドン・アドベンチャー』(1969年)は、津波で転覆して真っ逆さまになった豪華客船から、異色の牧師に導かれて乗客が脱出する話で、1972年に映画化されました。

この映画は大ヒットとなり、やはり同年のヒット作『ゴッドファーザー』との2作によって、20世紀フォックス社は当時の経営難を脱出したとのことです。

 

下記は、森さんの前回の記事です。

秋日子かく語りき

 

では、今日はこのあたりで。

 

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