こんにちは。バラ十字会の本庄です。
すっかり寒くなりましたね。東京板橋でもカエデの葉が緑から濃い赤に変わってきました。
いかがお過ごしでしょうか。
今回のテーマは「数とは何か」というシリーズで、特に古代のシンボル(象徴)主義についてです。大阪で当会の役員をされている作編曲家の渡辺さんから寄稿をいただきました。
古代エジプトや古代ギリシャの哲学者、特にピタゴラスが、数をどうとらえていたかが良く分かります。
このシリーズの以前の記事はこちらです。
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数とは何か?(その4)
~形而上学における数の概念~
皆さんは「シンボル主義」という言葉をご存じでしょうか?
芸術の世界では「象徴主義(Symbolisme)」とも言われていますが、私の理解するところでは、絵画を例にすると、まず「理念」があり、それを「表現」するものとして「絵」がある、というものです。
例えば、何かしらの十字を示す図などをキリスト教徒が見た場合、十字架として、そして「イエス・キリストを示す象徴」などと理解するはずです。
また、神秘家が見た場合は、「1と2が交わり、3を象徴するもの」として理解することもできます。
「シンボル主義」とは、このように何かしらの形、言語などで表される象徴は、何らかの思想に基づいているという考え方です。
そして、このような考え方(シンボル主義)を基に、旧来のエジプト考古学の解釈に異を唱えた「シュヴァレ・ド・ルービッチ」という考古学者の考察を基に、数というものが持つシンボリックな側面について考察してみたいと思います。
主な引用元は、ジョン・アントニー・ウェスト著(訳:大地舜)の『天空の蛇』という、シュヴァレ・ド・ルービッチのシンボル主義を詳細に解説した本からです。
この本には、神秘学・形而上学などについて、示唆に富む様々な内容が書かれているので、ご興味のある方は是非、ご一読することをお勧めします。
■「一」
“「一」は「絶対」あるいは「統一体」であり、そこから「多様性」が生み出された。「一」は「二」になる。”
(ジョン・アントニー・ウェスト著(訳:大地舜)『天空の蛇』より。以下、“”内は同様)
シンボル主義的な立場から「一」を解釈すると、それは「全体」であり「極性のないエネルギー」であると言え、「点」または「円」で表現することができます。
■「二」
“「絶対」、つまり統一体が意識を持つと、多様性、すなわち極性が生まれる。すなわち「一」が「二」になる。”
神秘学的な観点から言うと、「一」+「一」が「二」になるのではありません。
「二」は「一」から分裂したもの、多様性の始まりであり、「極性」を象徴しています。
例えば、「男性/女性」「能動/受動」「陰/陽」などの極性の異なる対となるものを象徴しています。
しかし、「二」は正反対のものを表しているのにもかかわらず、それは「静的」なものでもあります。
なぜでしょうか?
なぜなら、それは、二つのものが均衡を保って存在しているからです。
それゆえに、「二」だけでは何かを生産することはできないとも考えられます。
■「三」
“二つの対立する力の間には「関係」が確立されなければならない。この「関係」を確立するのが第三の力だ。「一」が「二」になるとき、同時に「三」になる。”
上記の静的な「二」が多様性を得るためには、同時に「三」になる必要があることが説明されていますが、この関係性を日常に当てはめてみると中々面白いことが考察されます。
例えば、「男性/女性」という「二」を象徴する実在があったとしても、それだけでは「関係」は生まれず、何も生まれることはありません。
「関係」が生じるためには、この「男性/女性」の間に「愛」か、少なくとも「欲望」が必要となります。
また、「彫刻家」と「木片」、「音楽家」と「楽器」だけでも何も生まれません。
それらの間において「彫像」や「音楽」が生まれるためには、その間をつなぐ「関係」、例えば「インスピレーション」などが生じなければ、お互いに別々に存在する二者以上のものになることはできません。
しかし、「二」で表される対称的な存在とは異なり、この「三」というものは、「愛」、「欲望」、「インスピレーション」などの、人間の心でしか理解できないもののようにも思えます。
たとえ、それを「親和力」、「相互影響」などの上記よりも科学的な言葉に置き換えたとしても、その実態はまさに「ミステリー」であり、逆説的に言うと、その物質的な実態を伴わない「三」というものの理解度によって、その人がどのような思想を持っているのかがわかるかも知れません。
■「四」
“「二」と「三」だけでは「物質」という考えを説明するには不十分だが、比喩で示すことができる。愛する人+愛される人+欲望では、まだ家庭どころか情事にさえなっていない。彫刻家+木片+インスピレーションでもまだ彫像にはならない。(中略)”
“物質を説明するには、原則として四つの項目が必要となる。彫刻家+木片+インスピレーション+彫像。”
上記では、対称的な存在である「二」とその関係性である「三」を通して、再び実体的なものである「四」が生まれることが、比喩的に語られています。
そして、古代からこの世界を構成する象徴として、「地」「水」「火」「風」の四大元素が使用されてきましたが、これらは気まぐれに選ばれたわけではなく、活動、受容、媒介、合成などの性質を象徴的に、また冗長にならないように選ばれたシンボルでもありました。
また、平面上に書かれた三角形は、その平面上以外の場所に一点が与えられた場合、それらの線を結ぶと四面体となり、最初の立体となります。
端的に言うと、「四」を「地」「水」「火」「風」などの象徴と結びつける「理念」。
このような考え方が「シンボル主義」の神髄であると言えるかもしれません。
■「五」
“ピタゴラス学派にとって「五」は「愛」を意味する数である。なぜなら最初の男性数「三」と最初の女性数「二」が結びついたものだからだ。”
「四」という実態を伴ったものが生まれ、そして創造が生まれるのは「二」と「三」の結合である「五」からである、と象徴的に考えることができます。
「彫刻家」は「木片」に働きかけ、「インスピレーション」を受ける。
そして「木片」はノミを受け入れ、「彫刻家」の「インスピレーション」を刺激する。
このような繰り返しによって彫像が出来上がります。
そして、古代から様々な場所で「五」という数を見ることができます。
陰陽五行説、五芒星(ペンタグラム)、五輪塔(地水火風空)などがその代表的なものです。
あくまで私の考えではありますが、
「一」は点もしくは円で全体を表し、「二」は直線を表し、「三」は三角形を表し、「四」は四角形を表すとすると、上記の四つのものは、ある意味でバランスのとれた、動きのないものとして見ることができます。
しかし、「五」では、そのバランスが「二」と「三」どちらかに傾いて不安定なものとなりますが、この不安定さこそが、新たな創造の源であるとも言えます。
しかし、「六」では「三」が二つ合わさったものとして、再びバランスのとれたものとなります。
その均衡のとれた美しさは、自然界においては、ハチの巣、結晶などで見ることができます。
しかし「七」では再び「三」と「四」の間で不均衡が生じ、創造的なものが生まれる余地が生じます。
■シンボル主義
ざっと「一」~「七」までの神秘学的な解釈、あるいはシンボル主義的な解釈をご紹介しました。
さて、ではシンボル主義的な解釈とは、一体どういうものなのでしょうか?
例えば、神社にある狛犬が二体で対になっているのは、どういうことなのでしょうか?
それは、「二」というものについて考察することによって、その意味が導かれるかもしれません。
そして、様々な場所で見られる「円」「十字」「三角形」「五芒星」「六芒星」などの象徴も、それらの数が表す象徴によって様々な意味を持ち、また様々に解釈することができます。
言い換えると、古代に何かを作った人々は、その思想に基づいてある数を選び、それが「象徴として何らかの意味」をなしていたと言うことができます。
身の回りにある太古から伝わるものの本当の姿を知るには、このような考察が必要であることを、シュヴァレ・ド・ルービッチの「シンボル主義」は教えてくれます。
さて、今、私が気になっているのは、囲碁の碁盤の目の数についてです。
19路盤は縦横に19本の線を持ち、交点は19×19で361です。
これが何を意味しているのか、不思議でたまりません。
皆さんの周りに、気になる数や象徴はありますか?
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ふたたび本庄です。
今回渡辺さんが紹介してくれたような数の象徴的意味が西洋に広まったのは、ピタゴラスがエジプトで学んでギリシャの人たちに教えたのが最大のきっかけのようです。
このような象徴的意味は、世界のさまざまな場所で共通点が見られます。たとえば古代中国の書物『易経』でも、特に二と四について、今回の文章とそっくりの象徴的意味が解説されています。
また紹介されていたように、古代インドの「五大」という考え方では、宇宙を構成しているのは、地、水、火、風に虚空を加えた5つだとされていました。
一方で古代ギリシャでは、火、空気、水、土という四大元素によって地上の万物が作られており、星々はエーテルという第五元素によって作られていると考えられていました。
世界の成り立ちについて、なぜこのように独立して、まるで同じ理論が生じ、多くの人に信奉されるのでしょうか。とても不思議なことに感じます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
またお付き合いください。
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