投稿日: 2021/07/02
最終更新日: 2022/08/08

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、やや強い雨が何日も続いています。梅雨明けが待ち遠しいですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターを務めている私の友人が、まさに7月の今の時期のイタリアが舞台になっている、有名な戯曲についての文章を寄せてくれました。

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(28)

『ロミオとジュリエット』 ウィリアム・シェイクスピア

森和久のポートレート
森 和久

 

時代は14世紀(史実では1302年)、ところはイタリアのヴェロナ市。

イタリア・ヴェロナ市の夕暮れ
イタリア・ヴェロナ市の夕暮れ

 

時は7月15日の日曜日、朝8時頃。ヴェロナの広場でモンタギュー家とキャピュレット家の召使い同士が喧嘩を始めるシーンで開幕します。そこにモンタギューの甥(ロミオの従兄弟)ベンヴォーリオとキャピュレット夫人の甥(ジュリエットの従兄弟)ティバルトもそれぞれ参戦し、大乱闘になります。そこへ領主のエスカラス大公が駆けつけ、その場を納めます。

この物語は対立と二極の構図で成り立っています。11~12世紀から教皇派と皇帝派が対立しており、モンタギュー家は教皇派、キャピュレット家は皇帝派です。そして物語自体も抗争と恋愛の二極構造になっています。そしてそれぞれが歩み寄ることなく怒濤の人間関係を紡いでいきます。波乱含みであることが最初に乱闘シーンを置くことで観客に提示されます。

ロミオとジュリエット-相関図
ロミオとジュリエット-相関図(クリックすると拡大されます)

 

この戯曲は僅(わず)か一週間足らずの出来事を述べています。そのスピード感はシェイクスピアの真骨頂でもありましょう。「ロミオとジュリエット」の物語は史実を元にしており、現在も「ジュリエットの家」が残っており、訪れる人も多く、ジュリエットの家にある「ジュリエット・クラブ」を題材にした『ジュリエットからの手紙』という映画もヒットしました。ちなみに日本語での手紙も受け付けているようです。

実際にあった事柄なので、シェイクスピア以前にもダンテやアーサー・ブルックはじめ多くの作家がこの出来事を取り上げています。シェイクスピアは特にブルック版を下敷きに、6日ほどの時間軸に凝縮してこの戯曲を書いたように思われます。

イギリス南部ストラトフォード=アポン=エイヴォンにあるシェイクスピアの生家
イギリス南部ストラトフォード=アポン=エイヴォンにあるシェイクスピアの生家

 

では時系列に沿って物語の続きを見ていきましょう。

日曜日、ロミオはキャピュレットの姪(ジュリエットの従姉妹)ロザラインへの片想いに悩み、いつものように早朝の森の散歩に出ていました。9時頃、散歩から自宅のモンタギュー家へ帰り、従兄弟で友人のベンヴォーリオへ恋の苦悩を打ち明けます。

その日の午後、エスカラス大公の親戚の貴族パリスがジュリエットとの結婚をキャピュレットに申し出ます。キャピュレットは、ジュリエットがまだ14歳にもなっていないけれど、娘の気持ち次第だと、パリスを今夜の舞踏会に招待します。

ロミオはロザラインがその舞踏会に招待されたのを知り、巡礼の仮装をして会場に乗り込みます。ジュリエットは舞踏会でパリスと踊りますが、彼のことを気に入りません。ロザラインは舞踏会を欠席しました。ティバルトは会場でロミオを見つけ、侮辱しに来たと思いロミオをやっつけようと思いますが、キャピュレットに止められ家に帰り、ロミオに果たし状を送ります。

 

舞踏会でロミオがジュリエットを見初(みそ)め、ジュリエットも一目惚れします。その時のシーンがこちら。この時2人はお互いの素性を知りません。

ロミオ:(ジュリエットの手を取り)「この私の賤しい手が聖なる社を穢したならば、その甘い罪の償ひは、この脣(くちびる)に、それこそ、赤面する二人の巡礼さながら、優しき口づけを以て、手の穢れを拭ひ取りませう。」

ジュリエット:「巡礼のお方、それはそのお手に対して余りにすげないお仕打ち、それ、そのやうに恭しくすべてを捧げてをりますものを、聖者の御手にさへ巡礼の手は触れませう、それに手と手の触合ひこそ巡礼同士の口づけ。」

ロミオ:「聖者にも脣がありませう、そして巡礼達にも?」

ジュリエット:「ええ、お祈りに用ゐねばならぬ脣が。」

ロミオ:「おお、それなら優しき聖者、手に許されることを脣にも、脣にも祈りを、お願ひです、信仰が絶望に変らぬやうに。」

ジュリエット:「聖者の心は動きませぬ、よし祈りを聴届けようとも。」(Saints do not move, though grant for prayers’ sake.)

ロミオ:「では、そのまま動かずに、祈りの効目(ききめ)がこの身に現れるまで。かうしてあなたの脣が、私の脣から罪を拭ひ去る。」(接吻する)

ジュリエット:「それなら、その罪が私の脣に移る筈。」

ロミオ:「この脣の罪が? おお、なんと優しいお咎めを! その私の罪を返して頂きませう。」(接吻する)

ジュリエット:「口づけの儀式を楽んでおいでのやう。」(You kiss by the book.)

この直後ロミオは会場を後にしますが、2人は互いが敵同士の子息と子女であることを知らされ衝撃を受けます。ロミオは引き返してキャピュレット邸に忍び込み、ジュリエットとバルコニーで恋を語り合い結婚の約束をします。

ジュリエットの家のバルコニー
ジュリエットの家のバルコニー

 

月曜日、未明。ジュリエットの許を去ったロミオはそのままロレンス神父に会うため教会へ行き、朝まで待ちます。神父は2人の結婚式を引き受けます。その後ロミオはティバルトからの果たし状を読みます。そして、ロミオとジュリエットはロレンス神父により2人だけで結婚式を挙げます。これを知っているのは、他にはジュリエットの乳母だけです。

ロミオはティバルトと和解しようと広場へ。ティバルトはロミオが決闘するつもりで来たと思います。ロミオの友人でエスカラス大公の甥のマキューシオとベンヴォーリオはロミオに加勢しようと広場に来ていました。マキューシオとティバルトが戦い始め、ロミオは止めようとしますが、ティバルトがマキューシオを殺害します。これに激高したロミオはティバルトを刺殺してしまいます。その罰としてロミオはエスカラス大公より追放を言い渡され、ロレンス神父の教会に匿われます。ジュリエットはティバルトの死とロミオの追放を知り、泣き暮れます。

その夜、ロミオはジュリエットの寝室に忍び込み、夜明けまで過ごします。ジュリエットがロミオと結婚したことを知らないキャピュレット夫妻とパリスは、木曜日にジュリエットとパリスの結婚式を行うことを勝手に決めてしまいます。

 

火曜日。キャピュレットがジュリエットにパリスとの結婚を命じます。ジュリエットは断り、言い争いになります。ロミオと結婚していることを知っているはずの乳母もパリスとの結婚を勧めます。

教会でジュリエットはロレンス神父から、死んだふりをしてそのままロミオと駆け落ちをするという計画を持ちかけられ、42時間仮死状態になる薬を受け取ります。ジュリエットは父キャピュレットにパリスとの結婚を承諾すると嘘をつきます。キャピュレットは喜び結婚式を水曜日に繰り上げます。

水曜日、朝。薬を飲んで仮死状態のジュリエットを乳母が発見します。死んだものと思われ結婚式は取りやめ、ジュリエットの葬式が行われ、そして埋葬されます。

 

木曜日、朝。追放の地でロミオはジュリエットが死んだことを知らされます。ロミオはジュリエットの側で死のうと毒薬を買い、ヴェロナへ戻ります。夜、計画がロミオに伝わっていないことをロレンス神父が知ります。

ジュリエットの墓でロミオとパリスがかち合います。ロミオとジュリエットが結婚したことを知らないパリスはロミオがジュリエットの亡骸を辱めに来たと思い、斬りかかります。斬り合いの末、ロミオがパリスを刺殺してしまいます。

ロミオは仮死状態のジュリエットを見て、死んでいるものと思い、毒薬を飲んで自殺します。その後、ジュリエットは墓の中で目覚め、死んでいるロミオを見て自分も同じ毒で死のうとロミオに口づけしますが適わず、ロミオの短剣で胸を刺し自害します。

金曜日、夜明け前。ロレンス神父が皆に顛末(てんまつ)を説明し、モンタギュー家とキャピュレット家が和解します。終演。

ロミオとジュリエットの脚本と金の指輪

 

見ていただきましたように、多くの場面ですれ違いや誤解がゆえに物事が悪い方へ悪い方へと展開していきます。幾つかの場面でハッピーエンドへつながるモチーフが垣間見えますが、ことごとく悲劇へと転落していきます。それはなぜでしょうか。運命なのでしょうか、それとも宿命なのでしょうか。

物語の初めから対立している名家のいさかいが描かれています。それも召使い同士です。いつの世も上に立つ者の姿勢や行動規範が部下や社員に伝わるものです。一見、純粋そうなロミオとジュリエットにしてもいなめません。よこしまゆえに人生の歯車がかみ合わなくなってしまいました。

 

ロミオを見てみましょう。まず、片思いのロザラインに会おうという思惑で、仮装して舞踏会に入り込み、ジュリエットに出会います。そして、キャピュレット邸に2度も忍び込みます。ジュリエットにしてもロレンス神父の奸計(かんけい)に乗せられ死んだふりをして、ロミオに誤解ゆえの服毒自殺をさせてしまいます。理に適っていないためにこの計画はロミオに伝わらず悲しい結末へと誘(いざな)われたのではないでしょうか。

別の視点から見れば、シェイクスピアの構成のうまさとも言えます。時代を超えて世界中で読まれるゆえんでしょう。人間の持つ心の変わりやすさ、意志の弱さ、ずる賢さを剥(む)き出しで見せてくれるシェイクスピアの巧みさです。その悲劇性の演出が卓越しています。一例を見てみましょう。ジュリエットがロミオの服毒を知ったシーンです。

ジュリエット:「その脣に口附けを。そこにまだ毒が残つてゐるかもしれない、その効目できつと私も死ねるだらう。」(接吻する)「温い脣!」

舞踏会で初めて会ったときの初々しい可憐な口づけと最期の別れの口づけが明暗となってコントラストな効果を醸(かも)し出しています。死者の唇がまだ温かいということが悲壮感をあおり、さらにそれでは死ねずにジュリエットはロミオの短剣で自刃するという絶望感が切なさの極致です。

 

引用部分は福田恆存訳によります。リズムも良く、シェイクスピアにはよく合っていると思います。翻訳の分かりづらい部分には英語原文も付けてみました。もちろん各人の好みもありますので、自分に合った翻訳で読むことで真髄に触れることも出来るでしょう。最初の出会いのラストを比較してみましょう。

・ 「You kiss by the book.」(原文)

・ 「口づけの儀式を楽んでおいでのやう。」(福田恆存訳)

・ 「ずいぶん型どおり接吻なさいますこと!」(大山敏子訳)

・ 「接吻一つにずいぶん難しいことを仰いますのね。」(中野好夫訳)

・ 「ても、まア、御均等な。」(坪内逍遥訳)

 

なお、福田恆存は著作『私の國語教室』などで歴史的仮名遣のすすめを説き、そのために論壇を追われたと言えるかも知れません。しかし、自分の信念を貫いたわけで、それが理に適っていれば、立派なことだと思います。

BGMはミッシェル・ポルナレフの『ロミオとジュリエットのように』(Comme Juliette Et Romeo)をどうぞ。

△ △ △

ふたたび本庄です。2点、補足しておきます。

 

ジュリエット・クラブとは、今も残っているジュリエットの家をオフィスにして活動しているボランティア団体で、世界中から寄せられる恋の悩みに答える仕事を50人ほどの人がしているそうです。

また年に一回バレンタインの日の前後に、寄せられたラブレターの中から、最も優れたものを選んで表彰しているそうです。

 

歴史的仮名遣は旧仮名遣(きゅうかなづかい)とも呼ばれます。「現代かなづかい」と当用漢字の推奨は、戦後間もなく米国の勧告をきっかけに進められたようで、福田恆存はそれに強く反対していました。

 

話は変わりますが、私も翻訳を行っていて、話し言葉にはいつも苦労させられます。

本文中に紹介されていた「ずいぶん型どおり接吻なさいますこと!」という訳が、とても気に入りました。この言葉ひとつで、ジュリエットとはどんな女性かが思い浮かんでくるようではないでしょうか。

 

下記は森さんの前回の文章です。

記事:『坊っちゃんと清

 

では、今日はこのあたりで。

また、お付き合いください。

 

追伸:メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」に、こちらから登録すると、このブログに掲載される記事を、無料で定期購読することができます(いつでも配信解除できます)。

コメントは受け付けていません。

無料体験のご案内資料請求