投稿日: 2026/04/09
最終更新日: 2026/04/21

以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

区切り

アルブレヒト・デューラーの三大銅版画の最高峰
-Albrecht Durer’s Melencolia

ニュルンベルクにあるアルブレヒト・デューラーの像
ニュルンベルクにあるアルブレヒト・デューラーの像。1828 年に没後300 年を記念して建てられた(撮影:AMORC)

アルブレヒト・デューラー(Albrecht Durer)は、ドイツの美術史上最も偉大な芸術家の一人で、画家、版画家、素描家であるばかりか、数学者、言語学者、美術理論の大家でした。デューラーはまさにミケランジェロ(Michelangelo)やレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)と並ぶ、ルネサンス期の博学の芸術家でした。イタリア・ルネサンスの精神が北ヨーロッパにもたらされたのはデューラーの功績であると多くの人が考えています。また彼は、版画制作技術に革命をもたらし、版画を独立した芸術分野へと高めた芸術家です。

版画印刷というと現在では時代遅れな技術のように思えますが、アルブレヒト・デューラーが生まれた1471年の当時は、活版印刷が誕生してからわずか35年ほどしか経っていませんでした。ヨハネス・グーテンベルク(Johannes Gutenberg)の発明は当時の革新的な技術でした。書物を写字室で手作業で書き写す代わりに、印刷機によって、一枚の組版や銅板から必要なだけ複製を作成できるようになりました。デューラーは若いころから印刷の可能性に着目していました。彼の素晴らしい木版と銅販の作品に助けられて、その後の数世紀の芸術の方向が明確になりました。この記事では、彼の三大銅版画(訳注)の中でも最も謎めいた作品、『メランコリアⅠ』(1514年)を分析します。

(訳注:デューラーの三大銅版画(three Meisterstich):『騎士と死と悪魔』(1513年)、『書斎のヒエロニムス』(1514年)、『メランコリアⅠ』。)

画中に秘められたテーマと錬金術の象徴的表現

アルブレヒト・デューラーの銅版画『メランコリアⅠ』の全体像
アルブレヒト・デューラーの『メランコリアⅠ』(全体図)

この短編記事では、『メランコリアⅠ』という作品の驚くべき複雑さと、そこに描き出されている繊細に重なり合う象徴性、それぞれの象徴が持つ意味と解釈をご紹介することに範囲を限ります。まず、『メランコリアⅠ』という題名についてですが、この作品は、デューラーの版画の中で画中に題名が記されている唯一のものです。多くの人が真っ先に気づくことは、題名の綴りが間違っているのではないかということですが(訳注)、デューラー自身の残している文章から、時期によって彼が綴り方を変えていたことが分かっています。それ以上に重要なのは、版画の上部に刻まれているこの題名が「CAELO LIMEN」のアナグラム(文字の並べ替え)であることです。これはラテン語で、そのまま読めば「天国への入り口」という意味ですが、「私は壁に刻む」あるいは「私は境界に刻む」と解釈することも可能(訳注)で、いずれの意味もこの版画の光景にあてはまるように思われます。ですから、この版画はデューラーの世界観と哲学にまつわるものだということがわかります。彼は内面的で知的な進歩への希望を、謎めいた、鑑賞者の感情を揺さぶる形で提示しています。混沌とした版画のイメージの中にも、解読の糸口、秩序、潜在的なバランス、さらには超越の兆しが見いだせます。しかし象徴的な絵や記号には、必ず複数の解釈が存在することを忘れてはなりません。では、この版画に描かれた対象や象徴について考察してみましょう。

(訳注:憂鬱を意味する現代英語は「Melancolia」であるのに対して、ラテン語は「Melencolia」と綴る。その語源はギリシャ語で「黒い」を意味する「melas」と「胆汁」を意味する「khole」である。)

(訳注:ラテン語の「Caelo」という語は、「天」を意味する中性名詞(caelum)の与格もしくは奪格だと解釈することも、「刻む」を意味する動詞(caelare)の一人称単数現在だと解釈することもできる。)

(原注:当時、ラテン語には様々な綴り方が存在していたことに私たちは留意しなければならない。)

憂鬱に沈む両性具有の天使:「憂鬱気質」(Melancholic)は四気質(訳注)の一つで、ふさぎ込み、無感情、さらには狂気の原因だとさえ考えられるため、最も望ましくない気質だとされていました。その一方でこの気質は、高度に創造的で知的な個人によく見られるという肯定的な側面があり、大工、数学者、芸術家、文法学者は誰もが、憂鬱気質の傾向があると考えられていました。おそらくデューラーにとって憂鬱気質とは、あらゆる人間に備わっている高次の自己が、日常的な自己に一時的に「閉じ込め」られている姿の象徴なのでしょう。

(訳注:四気質(four temperaments):古代ギリシャの医学理論である、四体液説(人間の体は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の4種の体液で構成されており、これらのバランスが健康状態や気質を決定するという考え方)に基づき、人間の性格を4つの気質に分類したもの。それぞれの体液に、多血気質、黄胆汁質(胆汁質)、黒胆汁質(憂鬱気質)、粘液質という4つの気質が対応し、多血気質は快活で社交的、黄胆汁質は攻撃的で荒っぽく、黒胆汁質は寡黙で神経質、粘液質は冷静で公平といった特徴があるとされた。)

ニュルンベルクにあるアルブレヒト・デューラーの家
ニュルンベルク、アルブレヒト・デューラー通り39番地にあるアルブレヒト・デューラーの家。デューラーは1509年から1528 年に亡くなるまでここで暮らした(撮影:AMORC)

ハンマー:大工。目的を達成するために、エネルギーや思考を集中させるという原理。

コンパス:数学者。計算、測定、論理の原理。

手帳を抱えたプットー(Putto:幼児の天使):文法学者。プットーが握っているのは彫刻刀です。インスピレーションを与えてくれる善霊もしくは悪霊の象徴。彗星あるいはラピス・エクシリス(訳注)がプットーに向かってまっすぐ進んでいます。

(訳注:ラピス・エクシリス(lapis Exilis):13世紀のドイツの詩人、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハが書いた叙事詩『パルツィヴァール』(Parzival)に登場する言葉。「取るに足らない石」を意味するラテン語。「聖杯」、「賢者の石」を意味するという説がある。)

:人生と人間の意識に、より高度な状態を開示する力。

財布:富。蓄えと様々なものを混ぜ合わせるという原理。

:永遠。鐘の音は、変化とインスピレーションを意味します。振動というヘルメス学の原理。

砂時計:人間が死から逃れられないことと時間の象徴。リズムという錬金術の原理。

コウモリ:暗闇。心理学的なシャドー(訳注)の象徴。古代には、茹でたコウモリが憂鬱症の治療薬として推奨されていました。

(訳注:シャドー(shadow):顕在意識が否定したり無視してきた人格の側面。無意識に押し込められて、気づかれずに行動に影響を与える。)

:忠誠の象徴。憂鬱がもたらす買い主の無気力のせいで放置されやつれていますが、忠誠心をまだ失っていません。また、真実への忠誠と自然の法則への従順さ、さらには至高の存在とのつながりを支える信仰の象徴である可能性もあります。この犬は地球儀と菱形多面体の間に寝そべっており、まるで信仰が、物質世界と精神世界をつなぐ架け橋であることを示しているかのようです。

石うす:現実世界でも精神世界でも、真の進歩を獲得するために不可欠な努力の象徴。また、小麦を粉に挽くように、一つの状態を別の状態へと変えるために必要な作業の象徴。

リース:過度の憂鬱を癒すと考えられていた植物から作られたもの。

彗星:憂鬱を司る神であるサターン(土星)の象徴。また、天から落ちてくる錬金術の変容の石「ラピス・エクシリス」の象徴。

:希望、完成、そして成就の象徴。錬金術で試料に見られるさまざまな色彩。海(背景)は魂、無意識、これから創造されるものの象徴。また、ヘルメス学すなわち錬金術における「水」の象徴。

梯子:上昇と入門儀式のシステムにおける段階の象徴、はしごの横棒(踏ざん)は錬金術における7つの金属、操作、そして7つの金属に対応する天体を表す。また、進歩と進化という原理。

天秤:聡明さへと至るための、判断と理解におけるバランス(中庸)の原理。また、錬金術における極性とリズムという原理。

背後で燃え盛っている錬金術の炎:変容の原理。

上下が切り落とされた菱形六面体と、その表面にうっすらと描かれた人間の頭蓋骨:この多面体の形状は現在では「デューラーの立体」と呼ばれています。正確な形状をめぐって、長年にわたり多くの論文が発表され、議論が交わされてきました。

球体:完璧な宇宙の秩序と幾何学の象徴。哲学者の卵(philosopher’s egg)の象徴とも考えられます。

数学と幾何学の知識:コンパス、幾何学的な立体、魔方陣、天秤、砂時計など、論理や測定を象徴する器具によって表現されています。

魔方陣:整然と並んだ数字は、各列(縦・横・斜め)の合計がいずれも34になります。魔方陣は、土星(サターン)のもたらす憂鬱を癒すとされている木星(ジュピター)を引き寄せる護符だと考えられていました。この魔方陣には、1514という「隠された」日付が組み込まれています。

1514:デューラーの母の没年。『メランコリアⅠ』の制作年。

『メランコリアⅠ』には、デューラーの生涯におけるこの時期の創造的で知的な努力が反映されています。同時に、母親の死をきっかけに彼が、死を定めとする人間の運命について熟考を重ねていた証拠にもなっています。

一部の学者は、『メランコリアⅠ』に描かれている象徴には、ヘルメス学すなわち錬金術的な性質があると解釈しています。ジョン・リード(John Reed)はこの版画に描かれている象徴の全体を、精神の錬金術と実際(物質)の錬金術の両方の過程について、彼が豊かな知識を持っていた証拠だと解釈しています。コンパス、天秤、目盛の付いた砂時計といった品々は、『ソロモンの知恵』に由来する次の錬金術の格言を思い起こさせます:「あなた(神)は万物を、量と数と重さによって秩序づけられた」。

デューラーが描いた憂いに沈む天使は、落胆と挫折を示す姿勢を取っていますが、これは手に入れがたい「賢者の石」を追い求める錬金術師か、より広い意味では英知を求めて、一時的な敗北を味わっている探求者を表しているという解釈することができます。錬金術的な象徴の意味は、あまりにも広範囲に及ぶため、ここで詳細を説明することができません。ご興味をお持ちの方は、以下のサイトをご覧ください。
https://www.alchemylab.com/melancholia.htm

『メランコリアⅠ』には明白な象徴と隠された象徴が500以上存在すると考える研究家がおり、エリザベス・ガーナー(Elizabeth Garner)はその一人です。彼女はまた、デューラーの絵画や版画には密かな企ての証拠が埋め込まれていると主張しており、自身の理論の一例として、『メランコリアⅠ』に描かれている魔方陣の数字が明らかに改変されていると述べています。今後の研究によって、彼女の説が正しいことが明らかになるかもしれません。一方でフィリップ・ボール(Philip Ball)は、「デューラーの時代には、彼が想定していた知的な鑑識眼を持った愛好家たちにとって、この絵に難解な点は何一つなかったであろう」と主張しています。

デューラーの自画像(部分)
デューラーの自画像(部分、1500年)

『メランコリアⅠ』の心理的および精神的解釈

『メランコリアⅠ』に描かれた憂いに沈む両性具有の天使と手帳を抱えた幼児の天使
憂いに沈む両性具有の天使と手帳を抱えたプットー(幼児の天使)

『メランコリアⅠ』の構成には、豊かな意味を持つ多くの象徴が含まれており、美術史上最も多くの解釈がなされてきた作品の一つです。デューラーの銅版画『メランコリアⅠ』ほど、苦悩を抱えた人間を深く鋭く研究した作品も、永続的な評価を受け続けている作品も他にないと、多くの美術史家、哲学者、心理学者たちが主張しています。ボニー・ノーブル医師は、デューラーの知性、内省、そして妥協を許さぬ完璧主義が、憂鬱の状態、現代ではうつ病として知られている状態に彼を追い込んだのではないかという説を提唱しており、『メランコリアⅠ』をデューラーの心理的な自画像であると考えています。確かにこの光景は、過度の内省によって想像力が麻痺したときに生じる、高い期待と衰弱による無気力の間の壮絶な闘いを伝えています。デューラーは紛れもない自信家でしたが、イヴァン・フェニーはこの版画を「自信喪失に苛まれている芸術家の姿を表している」と考え、次のように指摘しています。「デューラーは『メランコリアⅠ』を描く直前に『何が美しいのか、それが私には分からない』と書き残している。(中略)『メランコリアⅠ』は叙情的な告白であり、ルネサンス期の芸術家による自意識的な内省である。こうした表現は、北ヨーロッパの美術には前例がない」。偉大な美術史家エルヴィン・パノフスキー(Erwin Panofsky)もまた、この作品をデューラーの精神的な自画像とみなしています。しばしば見過ごされがちですが、1514年はデューラーの母が亡くなった年であり、それが彼の感情や精神状態に影響を与えているのでしょう。

デューラーは、中世の四気質説(憂鬱気質、多血気質、胆汁質、粘液質)に基づいて、それぞれに1点ずつ、合計4点の版画を制作しようとしたのではないかと推測されてきました。しかし、この説はもはや一般的に受け入れられてはいません。

多くの学者は、タイトルの「Ⅰ」は、ドイツの人文主義者コルネリウス・アグリッパ(訳注)が定義した3種の憂鬱気質のタイプのうち、最初のものを指していると考えています。このタイプは「想像力のメランコリー」(Melencholia Imaginativa)と呼ばれ、「想像力」が「思考力」や「判断力」よりも優勢であるこの状態に芸術家はなりやすいとアグリッパは考えました。また、メランコリーは土星の影響下にあるとアグリッパは考えていました。

(訳注:コルネリウス・アグリッパ(1486ー1535):16世紀ルネサンス期ドイツの魔術師、人文主義者、神学者、法律家、軍人、医師。ヨーロッパ各地を遍歴し、新プラトン主義やカバラなどの神秘思想の影響を受けた思索を展開した。著書『隠秘哲学について』の中で、メランコリーを想像力、思考力、判断力の3つのグループに分けた。)

デューラーは読書家であり、当時ヨーロッパの知識人の間では活字本が爆発的に広まっていたことから、フィチーノ(訳注)やコルネリウス・アグリッパの著作を知っていたと思われます。こうした書物から着想を得てこの版画を製作したことが十分に考えられます。彼は心理学や錬金術を参考にして、古典的なプラトン哲学やピタゴラスの象徴学を重層的に表現したこの作品を制作するための知識、洞察力、そして芸術的な技量を十分に持ち合わせていました。

(訳注:マルシリオ・フィチーノ(Marsilio Ficino, 1433-1499):イタリア・ルネサンス期の人文主義者、哲学者、神学者。プラトンの哲学を復興させ、プラトンアカデミーを開いた。キリスト教の神学とプラトンの哲学を融合させる彼の試みは、ルネサンス期の新プラトン主義隆盛の元を作った。近年はルネサンスの芸術思想をはじめ、魔術思想、神秘思想の面など多方面で注目されている。主著『プラトン神学』、『愛について』など。)

ジョナサン・ジョーンズ(Jonathan Jones)は次のように述べています。「多血気質、胆汁質、粘液質の人なら、中世の四気質説に示されたような各々の人生を送るが、憂鬱気質の人は、座ってただ考えごとに耽るのみだ。的外れで希望もない思いをめぐらし。想像力は暴走し、空想は支離滅裂に雲散する」。しかし憂鬱気質には、前述のように、高度に創造的で知的な個人によく見られるというプラスの側面があります。大工、数学者、芸術家、文法学者は誰もが、憂鬱気質の傾向があると考えられていました。前節で述べたように、「憂いに沈む天使」の周りには、こうした職業の象徴が散りばめられています。両性具有の天使は、物思いと憂鬱が行動という天賦の才によって克服されない限り、飛び立つことができません。

ルネサンス期についての研究者の中には、デューラーが憂鬱という概念に新たな解釈を加え、現代的な意味での「天才」という新たな第5の気質として位置付けたと主張する者もいます。また魔方陣は、それを生み出すために必要とされる複雑な論理的思考という意味で、抑うつ状態からの励ましに満ちた脱出を象徴しているという見解も唱えられてきました。もしかすると『メランコリアⅠ』は、一介の人間が神のごとき存在になれるという危険な思い上がり、すなわち傲慢さをめぐる寓話であるのかもしれません。

この版画は、憂鬱状態の超越を表しているという説もあります。一部の学者は、表題の「Ⅰ」は数字の1ではなく、ラテン語の動詞「ire」の命令形である「I」であり、「行け」または「離れろ」という意味を持つのではないかと指摘しています。この解釈によれば、刻まれた文字は表題ではなく、単に「憂鬱よ、消え去れ!」という命令になります。そして、文字が刻まれている板をよく見ると、まさしくその通りに、コウモリのような生き物が絵の左側に向かって飛び去っています。この明白な象徴に加えて、憂鬱の状態を錬金術的に克服する手がかりも、それを理解できる人たちのために存在します。

もしデューラーが憂鬱に悩まされていたとしたら、ジョナサン・ジョーンズが「憂鬱から奇跡を生み出した」と彼を評した言葉に私たちは同意せずにはいられません。『メランコリアⅠ』は、魂の神秘的で曖昧な性質、そして自己を見つめ続ける英雄的な苦悩について語った革命的な宣言なのです。深く考えることが憂鬱であるならば、憂鬱であることは考えることです。広く知られているこの作品は、人を鼓舞する創造的な憂鬱、解き放たれた内省的な想像という新たな元型(訳注)を生み出したのです。デューラーは心理学や錬金術を参考にして、古典的なプラトン哲学やピタゴラスの象徴学を重層的に表現したこの作品を制作するための知識、洞察力、そして芸術的な技量を十分に持ち合わせていました。この作品のメッセージは、それを認識する準備ができている人の、心の奥と創造力を再生させます。しかし、あらゆる研究、調査、推測が行われているにもかかわらず、美術史家のキース・モクシー(Keith Moxe)は、「『メランコリアⅠ』の持つ現代的意義は、結局のところ、私たちが定義できる範囲を超えていると言わざるを得ない」と述べています。

(訳注:元型(archetype):ユングの心理学で人間の集合的無意識の中に存在し、夢のイメージや象徴を生じさせる源になる。)

おそらくデューラーは、人類が抱える創造のジレンマ(dilemma:苦境)という大問題を描き出そうとしていたのだと考えられます。それは限界と無限の可能性というジレンマであり、個々の人間の精神的、知的、人道的な努力のジレンマであり、人間が死という運命から逃れられないことに向き合ったときの芸術家の創造的努力のジレンマです。だからこそこの「巨匠の傑作」(Meistergravur)は、何世紀にもわたって共感を得、影響を与え続けているのです。私たちは皆、各々の経験を通して、この豊かで複雑な版画を解釈し、それによって自身の感情的、知的、精神的な営みを豊かにすることができます。

油彩画『バラの冠の祭典』(デューラー作、1506 年)
『バラの冠の祭典』(アルブレヒト・デューラー作、1506 年、油彩画、プラハ国立美術館内シュテルンベルク宮殿所蔵)。15 世紀後半のゴシック(中世)様式から16 世紀初頭のルネサンスへの移行期における画期的な作品であると考えられている

作中の魔方陣に見られる数学的な驚異

『メランコリアⅠ』に描かれている魔方陣、鐘、砂時計
作中に描かれている魔方陣、鐘、砂時計

『メランコリアⅠ』に描かれている要素の中でも極めて興味深いものに「魔方陣」があります。それは、版画の右上隅に描かれており、鐘の下で、翼のある憂いの天使の上に位置します。魔方陣とは、正方形のマス目に数字を並べ、縦、横、斜め(対角線)のいずれの列についてもその合計が同じになるように、1から一連の数を配置したものです。この合計の値は魔方陣の「定和」(Magic Constant)と呼ばれます。

この魔方陣では、それを4つの区画(右上、左上、左下、右下)に分けた場合の各4マス、4隅、および中央の4マスの数字も、合計するといずれも、定和と同じ34になります。この数を、錬金術における魔法の数だと考える研究者もいます。

魔方陣は、さらに2種類に分類されます。

1.「奇数型」魔方陣:各列のマス目が奇数個ある魔方陣。

2.「偶数型」魔方陣:各列のマス目が偶数個ある魔方陣。「偶数型」魔方陣はさらに2つの種類に分類されます。

Ⅰ.「単偶数」魔方陣:各列のマスの数が2で割り切れるが、4では割り切れない魔方陣(例:タテ×ヨコが6×6マス、10×10マス)

Ⅱ.「複偶数」魔方陣:各列のマスの数が2と4の両方で割り切れる魔方陣(例:タテ×ヨコが4×4マス、8×8マス)

デューラーの魔方陣は、4×4マスの複偶数魔方陣で、その定和は34です。デューラーの魔方陣にはそれに加えて、右上、左上、左下、右下の4マスの数の和も、中央の4マスの数の和もすべて34になるという性質があります。この性質を持つ魔方陣は、グノモン型魔方陣(a gnomon magic square)と呼ばれます。さらに、魔方陣の中心に対して対称の位置にある任意の2つ数の和が17という素数になるという性質も合わせ持っており、それがこの魔方陣をいっそう魅惑的なものにしています。

最下段の中央の2つの数字(15と14)は、彫刻の制作年である1514年を示しています。日付の両側にある数字の1と4は、ドイツ語でも英語でも「A」と「D」の文字に対応しており(アルファベットの1番目と4番目)、これはデューラーのイニシャルにあたります。また、デューラーが1と4を配したのは偶然ではなく、『メランコリアⅠ』の制作年に「Anno Domini」(西暦)を加える意図だという解釈もあります。

魔方陣は中世において広く愛好され、多くの人が手元に置いていました。ヨーロッパでは魔方陣のことを、当時蔓延していた疫病除けのお守りだと考える人もいました。

デューラーが用いた魅力的な数学について詳しく知りたい方は、以下のリンクが興味深い出発点になることでしょう。
https://numerical.recipes/whp/notes/DurerSquare.pdf

魔方陣の例1
魔方陣の例1
魔方陣の例2
魔方陣の例2

人類の創造的苦境を描いた傑作版画が伝えるビジョン

『メランコリアⅠ』に描かれているデューラーの立体と梯子
デューラーの立体と梯子と錬金術の炎(背後)

デューラーが版画製作を始めた当初、彼の作品の評論が書かれることはほとんどありませんでしたが、時を経て、この作品は美術史上最も頻繁に論じられるものの一つになりました。1568年、イタリア美術史の研究の先駆者であるジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasar)は、デューラーのことを次のように評しています。「その後、自身の作品が高い評価を得ていると知ったアルブレヒトは、次第に力と勇気を取り戻し、世界を驚愕させるいくつかの銅版画を制作した。彼はまた、半紙大(訳注)の紙に刷るための版画制作に取り組み、そこに物憂げな人物像と、諸々の器具を描きこんだ。これらの器具はそれを使用する人を、いやむしろ全人類を憂鬱な気分に陥れる。この作品は見事な仕上がりであり、ビュラン(burin:金属彫刻刀)ではそれ以上繊細に彫ることなど不可能だと思われるほどである」。

(訳注:半紙大:人物を描くのに適しているとされるF1号(約22cm×16cm)の半分の大きさのことだと思われる。)

カール・ガレ(訳注)の指摘によると、デューラーは『メランコリアⅠ』に取り掛かる以前に、人間の知識に関する一連の哲学的思考を行い、草稿の作成を繰り返していました。その草稿には「何かを語ること、それは悲しみをもたらさない」という言葉で始まっています。デューラーは未発表の文章の中で、そこには数学の共同研究者であったシュタビウス(訳注)のスケッチの裏に書かれた文章も含まれていましたが、次のように記しています。「万物の絶対的な知識を望むことは人間の本性だが、我々には、真実の探求、芸術、英知において、そのような完璧さに到達することはできない」。しかし、彼はこう付け加えています。「それでもなお、何らかの英知を得ることが、我々から完全に絶たれているわけではない。なぜなら、理性を通して学びを磨き、それを実践することによって、正しい方法で探求し、学び、理解し、それによって、様々な真実に至ることが可能だからである」。まさにこの言葉の通り、限られているけれども偉大さを備えた人間の能力を自覚することで、知的で創造的な探求から悲しみを追い払うことができます。

(訳注:カール・ガレ(Karl Galle):現代の科学史・美術史研究者。数学・天文学・美術の融合に光を当て、デューラー研究でも深い見識を示す。)

(訳注:シュタビウス:ヨハン・シュタビウス(Johannes Stabius)は、15世紀末~16世紀初頭のドイツ・オーストリアの数学者、天文学者、地図製作者であり、デューラーとの共同作業で知られる。彼の業績は、ルネサンス時代の科学と芸術の融合を象徴するものとして今日でも高く評価されている。)

一生という限られた時間の中であっても、知識、理解、英知に個人的な尺度を構築しようとする行為そのものによって、私たちは不滅なるものに関わることができます。デューラーは、「憂いに沈む天使」の背後にそびえ立つ記念塔によって、「不滅なるもの」を象徴しました。この塔には、砂時計、鐘、審判の天秤という有限なる時の象徴が吊るされています。この版画が表す意味のすべてを知る日が、私たちに訪れることは決してないでしょう。しかしそれは間違いなく、創造者としての芸術家の役割、物質の領域と知性の領域と魂の領域の間の関係、自然界の研究、数学、秘伝的知識、自己認識というデューラーの主要な関心の多くと深く結びついています。宗教改革、科学の探究、芸術の革新が特徴であった時代にデューラーはどっぷりと浸かり、当時の激動を映し出す版画を制作しました。カール・ガレは「知り得ないものを知り、作り得ないものを作る」と語りましたが、『メランコリアⅠ』は、それをデューラーが具体化した彼の宣言書でした。デューラーの想像力の広大さと豊かさのため、後の各世代の人たちは、この作品に新たな解釈を行い続けています。

References:
• Ball, Philip. 2014. Culture: Artistic Alchemy. Nature. 512, 26–27. 7th August 2014
• Garner, Elizabeth. There’s No Melancholy in Melencolia. http://www.albrechtdurerblog.com/theres-no-melancholy-in-melencolia-one-secret-of-greatest-ar t-fraud-in-art-history/
• Bartrum, Guilia. 2002. Albrecht Dürer and his Legacy. British Museum Press.
• Galle, Karl. 2014. The Triumph of Melancholy: 500 Years of Dürer’s Most Enigmatic Print. https://www.theguardian.com/science/the-h-word/2014/may/16/-triumph-melancholy-anniversary-durer-history-science
• Isenberg, Robert. 2015. Albrecht Dürer Exhibit Sheds Light on Art, the Renaissance and the Occult? http://www.ticotimes.net/2015/02/04/albrecht-durerexhibit-sheds-light-on-art-renaissance-and-the-occult
• Jones, Jonathan. 2002. Divine Inspiration – Albrecht Dürer. https://www.theguardian.com/artanddesign/2002/ nov/30/art.artsfeatures1
• Moxey, Keith. 1994. The Practice of Theory, p.93. Cornell University Press. Ithaca.
• Noble, Dr. Bonnie. Dürer – Melencolia https://www.khanacademy.org/humanities/renaissance-reformation/northern/durer/a/durer-melancholia
• Press, William H. 2009. Did Dürer Intentionally Show Only His Second-Best Magic Square? Mathematics paper dated 25th December 2009. University of Texas (Austin) http://numerical.

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