最終更新日: 2026/08/14

渡辺篤紀
バラ十字会日本本部AMORC下部組織(大阪)役員 渡辺篤紀

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

お守りの起源

神社や寺院で授与されるお守りは、古代日本の「霊力のあるものを身につける習慣」と、大陸から伝わった仏教・道教系の護符文化が合流して生まれました。

お守りは日本だけのものではありません。海外にもアミュレット、タリスマン、チャームなどと呼ばれるものがあり、一般に、厄除け・魔除け・開運・加護など人々の願いを形にしたものです。

また古代には、世界各地で動物の骨や歯、爪などを護身具として身につける例がありました。それらを身につけることで、その動物の力や加護を得られると考えられていたためです。

植物を護符として用いる文化も世界各地に見られ、ハーブなども、その一種として用いられてきました。

よく知られている例としては、吸血鬼を退けるとされるニンニクがあります。

東アジアでは、ヨモギなども邪気を払う植物と信じられてきました。

ヒスイの勾玉の首飾り
ヒスイの勾玉(まがたま)の首飾り

古代人が身につけた玉や石

古代のお守り:霊力のある物を身につける

縄文・弥生・古墳時代には、石や玉、動物の牙などに穴を開け、身につける習慣がありました。

勾玉も祭祀や権威と深く関係する装身具でしたが、現代のお守りの直接の原型であるかどうかは分かっていません。

これらの習慣に明確な教義や統一された体系があったわけではありませんが、古代人も現代人と同様に、石や玉に特別な力を感じていた可能性があります。

平安貴族が首から下げていた懸守

仏教伝来とお守りの変化:文字や仏像を持ち歩く

仏教が伝わると、経文や陀羅尼、仏像などを身につけ、病気や災難から身を守ろうとする文化が広がりました。

特に疫病や怨霊が恐れられた奈良・平安時代には、「見えない災いを、見えない力で防ぐ」という発想が強くなっていきました。

現存する重要な例の一つが、大阪・四天王寺に伝わる平安時代の懸守(かけまもり)です。

これは、首から掛けて胸元に垂らす携帯用のお守りです。

錦や木で作られた美しい容器の内部に、「小さな仏像」などが納められていて、現在の袋型のお守りの先駆けともいえるものです。

お守りの歴史を「純粋な神道文化」として説明すると、こうした仏教との関わりが抜け落ちてしまいますが、実は、現存する日本最古級の「お守り袋」の中身は、神社の御札ではなく仏像でした。

国宝「懸守」平安時代、四天王寺蔵
国宝「懸守」平安時代、四天王寺蔵 出典:Imperial Japanese Commission to the Panama-Pacific International Exposition, Public domain, via Wikimedia Commons, https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AShitennoji_Monastery_Amulet_%28393%29.jpg

神道と仏教が混ざり合った日本

神仏習合とお守り:曖昧だった神社と寺院の境界

中世までの日本では、神道と仏教は、現在ほど明確に分かれていませんでした。

「日本の神々は、仏が人々を救うために仮の姿で現れたものである」という本地垂迹(ほんちすいじゃく)の考え方も広まり、神社と寺院の信仰が混ざり合っていきました。

そのため、お守りも「これは神道由来、こちらは仏教由来」ときれいに分けることはできません。

現在でも、お守りは神社だけでなく寺院でも授与されています。

お守り文化そのものは、神道系の御札と仏教系の護符が融合して成立したものと考えられています。

紙片や木片に寺社名や神仏の名などを記し、それを袋に納めて携帯しますが、厳密には、刺繍された外側の袋がお守りなのではなく、中に納められた御札が中心であり、それを収める袋が「お守り袋」です。

このことが、袋を開けないほうがよいとされる習慣にもつながっています。

さまざまなデザインのお守り。お守り袋の中に御札が入っている

江戸時代に庶民へ広まった御利益文化

江戸時代:お守りが庶民の暮らしへ、全国へ

江戸時代になると、伊勢参りや熊野詣(もう)でなどの参詣・巡礼が庶民にも広まり、神社や寺院の御札・護符が全国へ持ち帰られるようになりました。

伊勢神宮の御札も、御師(おし、おんし)と呼ばれる宗教者によって各地に配布されました。

このころから、厄除け、安産、病気平癒、商売繁盛など、願い事別のお守りが庶民の生活に深く入り込んでいき、現在に近いお守り文化が広く定着したのは、近世、特に江戸時代と考えられています。

神社に絵馬を納める女性

現代のお守りは信仰か、安心を買う商品か

お守りの初穂料:「販売」「購入」と言わない理由

神社では、お守りについて「販売する」「購入する」とはあまり言いません。

「授与する」「お頒(わか)ちする」と表現し、納める金銭も「代金」ではなく「初穂料」と呼びます。

神社では、お守りを「常に身につけ、神の加護をいただくもの」と説明し、お神札やお守りを神と人とを結ぶ大切な絆と位置づけています。

つまり、布や紙そのものを売るのではなく、神とのつながりを象徴するものを授けていると言うことができます。

しかし、外から見れば、経済的な取引であることも否定できません。

授与所には、交通安全、学業成就、縁結び、病気平癒、商売繁盛など、目的別のお守りが並び、それぞれに一定の初穂料が定められています。

現代のお守りには、信仰に基づく授与品としての側面と、対価を納めて選び取る消費財としての側面とが共存しています。

しかし、お守りを通して受け取るのは、「奇跡」の保証ではありません。

お守りを受けたからといって、試験の合格や病気の回復、事故の回避が保証されるわけではなく、保証書や返金制度もなく、効果を客観的に検証する基準もありません。

では、なぜ人は「お守り」を求めるのでしょうか。

一つには、不確実な未来に対する祈りの形であると考えられます。

受験、出産、手術、旅行、就職などは、努力しても結果を完全には支配できませんが、お守りは、そうした不確実さに向き合う自分自身や、大切な人への祈りを形にしたものとも言えます。

「やるべきことはやった。あとは見守ってもらおう」

お守りに込められているのは、神秘的な霊力への期待だけではありません。

「心配している」

「無事でいてほしい」

「離れていても応援している」

こうした言葉にしにくい感情を、小さなものに託して手渡しているのです。

したがって、お守りは「神から人への加護」を表すだけでなく、人から人への思いやりを形にして残す媒体にもなっています。

そして、おそらくお守りの本当の価値は、「奇跡を起こす力」よりも、何も確実ではないこの世界で、人が前へ進むための「小さな支え」となることにあるのかもしれません。

※上記の文章は、バラ十字会日本本部が発行しているメルマガ「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の記事のひとつです。このメルマガの購読をこちらから登録すると、毎週、配信記事が読めるほか、季刊雑誌「バラのこころ」(神秘・科学・芸術)のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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執筆者プロフィール

渡辺 篤紀

1972年9月30日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部下部組織(大阪)役員。ベーシスト。 TV番組のBGM、ゲーム音楽の作編曲のほか、関西を中心にゴスペルやライブハウスでの演奏活動を行っている。

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