
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。
先日テレビで、産業技術総合研究所(AIST)が開発した「至高の黒」という可視光吸収率99.98%の黒色の「暗黒シート」というものが取り上げられていました。
一口に黒色と言っても様々なレベルの黒色があるのですが、可視光吸収率99.98%の黒色とはどういうものかというと、ほとんどの光を吸収してしまい、光を当ててもその光がシートの上には映らないというレベルの黒色です。
産業技術総合研究所のHPより
色とは?
そもそも、色とはどういうものなのでしょうか?
大雑把に言うと、「可視光」が「物体」に当たり、その「物体」が「反射」した光を網膜で色に変換し、人間はそれを「色」として認識しています。
なかなか想像しにくいのですが、たとえば赤い物体は、実際には赤色をしているのではなく、赤色以外の光を吸収して赤色を反射し、さらにそれが人間の網膜に写り、それを人間が赤色であると認識することによって「色」が生じます。
そして、黒という色は、物体が可視光のエネルギーをほとんど吸収して反射が起こらないことによって生じます。
逆に白色は、可視光をほとんど吸収せずに均等に反射することによって生じます。
少しややこしい言い方になりますが、人間にとって黒色に見える理由は、光の反射が起こらず、光の刺激が網膜に届かないからです。
言い方を変えれば、「光の不在」によって黒という色が生じます。
光の一切入らない部屋などでは暗くて何も見えないのと、本質的には同じことになります。
また、目を閉じてアイマスクなどをすると網膜に光の刺激が届かないため、目の前が真っ暗になりますが、これが「人間の認識における黒色」の本質(光の不在)であると思われます。

物体における黒色とは?
人間の認識における「黒色」とは別に、物体の持つ特性としての「黒色」がありますが、これは、その物体があらゆる可視光を吸収してしまうために生じます。
たとえば、ブラックホールの暗黒色や、クロアゲハの黒い羽や、最初に紹介した「至高の黒」という暗黒シートなどがそうです。
これらは可視光のエネルギーをほとんど吸収(散乱)してしまうことによって生じますが、言い方を変えると、すべての色彩の源を閉じ込めているとも考えられます。
ニュートンは、白色の可視光をプリズムで分光することによって色が生じることを発見しましたが、黒に関しては「光の不在」として考えていました。
しかし、作家のゲーテは、「色彩論」において、色彩は黒と白の間の「曇りの中」に生じると考えていました。
全体として見れば、ニュートンは色そのものを純粋に物理的なものとして捉えていましたが、ゲーテは人間の認識によって色が生じると考え、人間の意識を通して色彩を論じたのだと考えられます。
そして、黒色がすべての可視光を吸収し、また、すべての色を内包していると考えた場合、ゲーテの考えの方が、私には妙に納得がいく気がします。

神秘学における黒色とは?
神秘学的な観点からは、白は純粋性や貴さなどを表わしますが、その対極の黒とは何を表わすのでしょうか?
俗っぽい観点では、黒というと、黒魔術などの単語が思い浮かぶかもしれませんが、そもそもそういったものは本当には存在せず、後世に作られた幻想です。
また、黒はしばしば「無」を象徴しますが、これは単に「何もない」状態を表わすのではなく、すべてが潜んでいる、前存在の段階を象徴していたりもします。
たとえば、現代理論物理学者のデビット・ボームの言葉を借りれば、白が「明在系」で、黒は「暗在系」と言えるかもしれません。
言い換えると、黒は、存在が顕わになる以前の、すべての存在の源が混ざり合った状態でもあるとも言えるかもしれません。

事実、絵の具の色をすべて混ぜ合わせると黒色になりますが、これは、黒を分解するとすべての色の源になると考えることもできます。
そして、旧約聖書の創世記において、最初の言葉として登場する「fiat lux(フィアット・ルクス)」は、ラテン語で「光あれ」「生まれよ」という意味ですが、これは、原初の「闇の淵」から光が生まれたとも考えることができます。
これは、神秘学な観点からは、「白」は完成や完全性の象徴でもありますが、ある意味、「黒」は全てを内包する子宮的な空間を象徴し、または、新たな始まりの前兆であるとも言えるかもしれません。
また、錬金術的な観点からは、
- 第一段階「黒化(ニグレド)」…腐敗(不純物の燃焼)
- 第二段階「白化(アルベド)」…再結晶(精神的浄化)
- 第三段階「赤化(ルベド)」…黄金(変容、完成)
という三段階、もしくは四段階の過程がありますが、ここでも原初の物質としては黒が象徴として用いられています。
さて、話は変わりますが、真っ白な白磁器などとは対照的な、私は漆黒の黒漆塗りなどにも不思議な魅力を感じますが、人間が感じる美という感覚も、ゲーテの言うように黒と白の狭間に存在しているのかもしれませんね。

バラ十字会の本庄です。
文章中で話題になった錬金術について補足します。
通常錬金術と言えば、鉛などの卑金属を、金などの貴金属に変換する、物質に対して行なわれる化学的な操作を意味します。そして、結局のところこの試みは成功しなかったと考えられています。

しかしバラ十字会の専門家によれば、錬金術の歴史の後期には、別の種類の錬金術があったことが知られています。
それは、傲慢さや利己心などの心の卑しい性質を、その反対の貴い性質に変換する実践で、「心の錬金術」と呼ばれることもあります。
そして、多くの謎めいた言葉からなる難解な錬金術の文書の多くが、この実践の方法を象徴的に表したものだということが知られています。
また当会が提供している神秘学の通信講座では、この「心の錬金術」が大きな柱のひとつになっています。
このあたりの事情についてさらに詳しく知りたい方は、初回教材をオンラインで無料提供していますので、下のボタンを押して申し込み、手に入れてください。
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執筆者プロフィール
渡辺 篤紀
1972年9月30日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部下部組織(大阪)役員。ベーシスト。 TV番組のBGM、ゲーム音楽の作編曲のほか、関西を中心にゴスペルやライブハウスでの演奏活動を行っている。
本庄 敦
1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら↓
https://www.amorc.jp/profile/