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野菊とりんどう

2021年11月26日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

もう師走も間近になり、暖かい地方からも紅葉の便りが届くようになりました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

先日道を歩いていると、近所の家の庭に菊の鉢植えがいくつか置かれていて、今にも開きそうなつぼみを付けていました。開いたときには25センチほどになろうかという大きなつぼみでした。数日後に見るのが楽しみです。

札幌で当会のインストラクターを務めている私の友人が、菊にまつわる小説についての文章を寄稿してくれましたので、ご紹介します。

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文芸作品を神秘学的に読み解く(31)

『野菊の墓』 伊藤左千夫 著

森和久のポートレート

森 和久

 

これは無垢で可憐な少女の純愛と報いてあげられなかった少年の物語です。

 

幼少の頃から姉弟同然に育てられた従姉の民子と政夫がある日突然、恋心に目覚めます。最初は小さな「卵のような恋」が膨らみ始め、それ故、2人の仲は引き裂かれてしまう悲恋となります。

旧制小学校を卒業したばかりの政夫が数え15歳(満で13歳と数ヶ月)、民子が数え17歳(満で15歳と少し)になった年の10月中旬のこと。政夫の母は、そろそろ年頃になった二人が仲良くしすぎるのは世間体も悪いので、自重するようにと注意します。この話が終わって、母は政夫に仏壇へ供えるよう、「菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑(付記)でも切ってくれよ」と言いつけます。

(付記:紫苑(しおん)は薄紫色の小さな花を付けるキク科の草です。菊の花言葉は「高貴」「高潔」「高尚」。紫苑の花言葉は、「君を忘れない」、「追憶」、「遠方にある人を思う」です。)

 

それから二人はよそよそしい振る舞いをするようになります。10日ほど経って、政夫が背戸の畑でナスをもいでいると、そこへ民子もナスもぎを言いつけられてやって来ます。ナス畑で二人きりになり、以前のように笑い合いおしゃべりします。しかし政夫は、「この日初めて民子を女として思った」のです。そして「今さらのように民子の美しく可愛らしさに気がついた」のです。「しなやかに光沢のある鬢(びん)の毛につつまれた耳たぼ、豊かな頬の白く鮮かな、顎のくくしめの愛らしさ、頸のあたり如何にも清げなる、藤色の半襟や花染の襷(たすき)や、それらが悉(ことごと)く優美に眼にとまった」と政夫は民子の美しさに戸惑い、気軽に話せなくなってしまいます。ぎこちない口調になり思わず言い合いになってしまいます。だけれども、心は通じている二人なのですぐに愉快に溢(あふ)れ、「宇宙間にただ二人きり居るような心持にお互になった」わけで、「恋の卵」はますます成長するのでした。

黄色の野菊の群生。画像提供:shutterstock

 

それに相まって兄や嫂(あによめ)や使用人のお増たちは、陰口を言い、嘲笑するのでした。さらに村中の評判になり、2つも年上を嫁にするつもりなのかなどと言われるようになります。そうするとまだ年端もいかない二人は、あまり逢わないようにしようということになり、気まずい間柄になってしまいました。

 

陰暦の9月13日、別名(後(のち)の月)、明日は政夫たちの住む矢切村の宵祭りです。家中手分けして畑仕事のけりを付ける必要となり、政夫と民子は二人で遠い山畑の綿摘みの役目を言いつかります。嬉しさこの上ない二人ですが、口さがない人たちに本心を知られまいと、表面上は何食わぬ態度を貫きます。誰かに見られると噂になると思い、別々に家を出て綿畑へ向かいます。村はずれで二人は落ち合い、和気あいあいと連れ立ちます。

道すがら、路傍に咲く野菊を摘み、政夫は民子に渡します。『私ほんとうに野菊が好き』『僕はもとから野菊がだい好き』『私なんでも野菊の生れ返りよ』『道理でどうやら民さんは野菊のような人だ』『それで政夫さんは野菊が好きだって……』『僕大好きさ』。美しい三段論法の使い方ですね。

 

政夫は述べます。「真に民子は野菊の様な児であった。民子は全くの田舎風ではあったが、決して粗野ではなかった。可憐で優しくてそうして品格もあった。厭味とか憎気とかいう所は爪の垢ほどもなかった。どう見ても野菊の風だった」。しかし、恋にのめり込む二人には「女の方が2歳上」という壁が、どんどん高く感じられるのでした。

二人で綿を摘み、二人で弁当を食べ、二人で野葡萄を頬張り、二人の時間は過ぎていきます。民子は政夫の手折ってきた竜胆を手に取り言います、『りんどうはほんとによい花ですね。わたしりんどうがこんなに美しいとは知らなかったわ。わたし急にりんどうが好きになった。おオえエ花……』『民さん、なんです、そんなにひとりで笑って』『政夫さんはりんどうの様な人だ』

(野菊の花言葉は「清爽」。竜胆の花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」「正義」です。)

伊藤左千夫

伊藤左千夫、Sammu-shi Rekishi Minzoku Shiryokan, Japan, Public domain, via Wikimedia Commons

 

二人だけの楽しい綿摘みデートもいつか終わりが来てしまいます。晩秋の日暮れは早く、二人が家に帰り着く頃には、すっかり暗くなっていました。母親にこっぴどく叱られ、それでもう二人の運命は決まってしまったのです。

 

政夫は11月になったら中学校へ行く予定だったのが、繰り上げて10月17日に行かせられることになりました。14、15、16日と政夫は民子とろくに話しもせず、無為に過ごし、17日を迎えます。17日の朝、矢切の渡しから船に乗り、政夫は旅立って行きました。その時民子は見送りに来たのですが、二人は一言も交わさず、これが永久(とわ)の別れとなったのです。「物も言い得ないで、しょんぼりと悄(しお)れていた不憫な民さんの俤(おもかげ)」を政夫は生涯忘れ得ないでしょう。

 

ここからは時系列で見ていきましょう。

同年11月初め:民子は筵(むしろ)を仕舞い忘れ雨に濡らしてしまいます。政夫のことなど考え事をしているからだと政夫の母に大きく叱られます。

同年12月23日:民子は市川にある実家に帰されます。

同年12月25日:政夫が学校から戻ってきます。民子には会えませんでした。

翌年1月2日:政夫は学校へ戻ります。気兼ねして民子の所へは行きませんでした。

翌年:政夫の母は、度々民子に言います、「政夫と夫婦にすることはこの母が不承知だからおまえは外へ嫁に往け」。

翌年11月:民子が市川の某氏へ嫁ぎます。その後妊娠し、6ヵ月後流産します。

翌年12月31日:政夫が学校から帰省します。民子のことは誰も口にしません。

翌々年1月2日:政夫が学校へ戻る間際、民子が既に嫁に行ったと知らされます。政夫は学校へ戻ります。

翌々年6月19日:流産後の肥立ちが悪く、民子は息を引き取ります。

翌々年6月22日:政夫の所へ「スグカエレ」の電報が届き、政夫は家に帰り、民子が死んだことを告げられます。

 

政夫が家を出てから民子は日に日に元気がなくなり、目に見えて憔悴していきました。そんな民子は人前で政夫のことを一言も口に出しませんでした。でも死の床にあった民子は、政夫の写真と手紙を握りしめ胸の上へのせていたのです。

政夫は民子の元へ7日間墓参りし、墓の周りに野菊を植えました。そして次の日、学校へ戻っていきました。物語の最後は10数年経った政夫の言葉で、こう締めくくられます、「幽明(付記)遙(はる)けく隔(へだ)つとも僕の心は一日も民子の上を去らぬ。」

(付記:幽明とは、ここでは死後の世界と現在の世界を意味します。)

川岸の白い野菊の群生

 

この作品は1906年(明治39年)に発表された、伊藤左千夫の処女作です。民子と政夫の二人が結ばれなかったのは、昔の因習のせいだという向きもありますが、今でもそれは形や程度を変えて存在します。人は防衛本能のなせる技なのか、誰か自分より立場の弱い人に攻撃を加えてしまいがちです。または、自分に優位な関係性を作り上げるため、誰かを貶(おとし)めようとしたりします。自分が努力して高みを目指すより、他の人を蹴落とす方が一見楽ではありますから。この物語では「2歳年上」が問題視されているように思われますが、実際は民子を攻撃するための口実です。言葉の暴力は、実際の物理的暴力と同じダメージを脳に与えることが解っています。そしてそれは自分にも返ってくるのです。さらには言葉による暴力を見ただけで、脳は確実に良くない影響を受けてしまいます。

政夫の母は、自分が消えることのない罪をいつまでも持ち続けることになると、慚愧(ざんき)の涙を流し続けます。しかし、政夫は、「お母さんとて精神(こころ)はただ民子のため政夫のためと一筋に思ってくれた事ですから、よしそれが思う様にならなかったとて、民子や私等が何とてお母さんを恨みましょう。お母さんの精神はどこまでも情心(なさけごころ)でしたものを、民子も決して恨んではいやしまい。何もかもこうなる運命であったのでしょう。」と母を慰め、母の苦しみを解きほぐすことに身を尽くすのでした。

野菊は庭を彩る最後の花と言われます。界隈で目にしたら民子の心に思いを馳せてみてください。

△ △ △

ふたたび本庄です。

調べてみたところ、著者の出身地は千葉県の松戸市で、そこには、伊藤左千夫記念公園があり、政夫と民子の銅像が置かれているとのことです。

写真(下)を見ると二人ともかごを持っています。綿摘みの場面でしょうか。

政夫と民子の銅像(伊藤左千夫記念公園)

政夫と民子の銅像(伊藤左千夫記念公園)、S1951023, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

 

下記は森さんの前回の文章です。

記事:『少年の日の思い出

 

では、今日はこのあたりで。

また、お付き合いください。

 

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復元性について

2021年11月19日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

いよいよ寒くなり、雪の便りもあちこちから聞かれるようになりました。今週末は、押し入れから、毛布を引っ張り出すことにします。

 

皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。

 

今回は、当会のフランス代表が自身の人気のブログに掲載した「復元性」(résilience:レジリエンス)についての記事をご紹介します。

インターネットで「復元性」という言葉を検索すると、一例として、ヨットなどの船舶が旋回の遠心力などで傾いたときに、どこまで倒れずにいられるかを意味すると書いてありました。

高校の物理で習った、バネの復元力のことを思い起こす方もいらっしゃることでしょう。

 

▽ ▽ ▽

記事:「復元性について」(Á propos de la résilience)

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

セルジュ・トゥーサン、バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表

 

哲学者や心理学者、社会学者が、個人や社会、集団や国家に関して、復元性ということをテーマに議論しているのを、たびたび耳にすることがあります。

復元性という言葉は、これらの人にとってなじみ深い用語であり、明確に定義された意味を持っていますが、おそらく多くの皆さんは、それほど深くご存知ではないことでしょう。

ですから、復元性という言葉について簡潔に解説して、バラ十字哲学の立場から、それについてどのようなことが言えるのかをご紹介したいと思います。

 

復元性
la résilience

復元性という言葉は、使用される文脈によって異なる意味を持ちます。

たとえば生態学(écologie:エコロジー)では、「生態系や、ある生物種の全体、または個体に異常が生じた際に、正常な機能を取り戻す性質」を、経済学では「経済システムが打撃を受けた後に、成長軌道に戻る働き」を、心理学では「心的外傷後ストレス障害(PTSD)から、以前の状態に戻る能力」を意味するなどです。

ですから、一般的な意味で復元性とは、「人間や他の生物、組織やシステムにある変化が生じた後に、元の性質を取り戻す力」だと言うことができます。また、もう少し広くとらえるならば、ある人や集団が試練を乗り越え、立ち直り、調和や幸せを再び手に入れる能力だと言うことができます。

コロラドの森林火災の後に生えた若木

コロラドの森林火災の後に生えた若木

 

ですから、人間の個人や集団に復元性という言葉が用いられた場合、それは、美点とまでは言えないとしても、人間が持つ好ましい性質を意味します。実際のところ、それは人間の能力の中でも最高のものとさえ言えるかもしれません。

復元性は「内面的な強さ」と言われるものにあたり、バラ十字哲学の観点から言うと、復元性の源泉は、私たち人間の心の最も深い、崇高な部分に存在します。

何らかの試練に出くわし立ち直りたいと望むときに、私たちは必ずこの源泉から力を得て、望ましい行動を取るための意志と勇気を手に入れます。

重さに耐えるウズラの卵

 

倫理
l’éthique

復元性(résilience)について語るときには、それと深い関連を持つ動詞である「終わらせる」(résilier)のことを取り上げるべきでしょう。

この2つの語の関連から考えると、復元性とは、「望ましくない振る舞いを終わらせる」、つまり「望ましい行動を採用する」ことに関係すると言うことができます。

ですから復元性は、バラ十字哲学の重要な要素である「心の錬金術」(訳注)、つまり人間の弱さや欠点をその反対のものに変換することと類似する観念です。

(訳注:心の錬金術(alchimie spirituelle):物質の錬金術が卑金属を貴金属に変化させることであるのに対して、心の卑しい要素を貴い要素に変容させる実践。)

四大元素(土、水、火、空気)と地球

 

この変換によって、人はより高いレベルに到達し、もし多くの人がそれを達成するならば、その結果として世界の状況が改善します。

自然界の復元性について考えた場合、それは現在では、自然を尊重し、自然と調和して生きる人間の能力に大きく左右されるようになっています。

日の光を浴びている発芽したばかりの木

 

人類が悪い方向に向かっていると考え、絶滅する可能性さえあると感じている人が多くいます。

私たち自身を救い、明るい未来を迎えることができるようにするためには、復元性のための行動を取らなければ、つまり、現在広まっている誤った価値観を打破しなければなりません。

そのためにはある道徳観を採用しなければならないと私は考えています。

あらゆる時代の賢人が、寛容、非暴力、謙虚さ、誠実さ、思いやり、寛大さなどの、人間の行動に表れる美点を賞賛してきました。人類の未来のために採用すべき道徳観は、これらの美点を、個人としても集団としても自分の行動に表したいという欲求に基づくべきだと私は思います。

言い換えるならば、自身の選択と行動が、倫理的であるようにすることが、かつてないほど私たちに求められています。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

さて、滋賀県の郷土料理の鮒(フナ)寿司のことを、皆さんもご存知のことと思います。最高に美味しいお酒のつまみです。

以前調べたことがあるのですが、驚いたことに鮒寿司は古代から作られていました。縄文人の保存食だったのです。

 

縄文人は、琵琶湖の周辺の湿地帯を細心の注意を払って守っていたのだそうです。それが、湖の生態系の復元性のために、決定的に重要であることを知っていたからです。

これはほんの一例ですが、私たちには歴史から学ばなければならないことが、山ほどあるように思います。

参考記事:「縄文文化の精神性

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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プシューケーとエロース

2021年11月12日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

立冬も過ぎ、東京板橋でも朝晩の寒さがいよいよ厳しくなってきました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、ギリシャ神話に登場する人物のひとりにプシューケーがいます。英語読みではサイキ(Psyche)で魂の象徴とされ、心理学(サイコロジー:psychology)、精神的(サイキック:psychic)などの英単語の語源になっています。

プシューケーについてのギリシャ神話の逸話を調べたところ、豊かな内容を持ち、さまざまな部分で、神秘学(神秘哲学:mysticism)と関連していました。この逸話には、細部の異なるいくつかのバージョンがあるのですが、そのひとつを、かいつまんでご紹介させていただきたいと思います。

黄金の箱を開けるプシューケー

黄金の箱を開けるプシューケー。ジョン・W・ウォーターハウス画、John William Waterhouse, Public domain, via Wikimedia Commons

 

プシューケーは元々は神ではなく、人間の夫婦に生まれた三人姉妹の末娘でした。あまりにも美しく、人々が美の女神アプロディーテー(ウェヌス)を賛美せずに彼女を讃えるようになってしまったため、嫉妬深いアプロディーテーの怒りを買います。アプロディーテーは息子のエロース(クピードー、キューピッド:恋の神)に、2つの呪いをプシューケーにかけるように命じます。ひとつは、美しいにもかかわらず求婚者がひとりも現れないようにするという呪いで、もうひとつは、この世で最も醜い男に恋をするという呪いです。

ご存知の通り、いたずら者のエロース(キューピッド)は弓矢を持っており、自由に空を飛ぶことができ、その矢に傷つけられたものは、そのときに目の前にいる者と恋に落ちてしまいます。エロースはひとつ目の呪いをかけることには成功するのですが、矢を射ようとしたときに誤って自分の指を傷つけ、プシューケーに恋をしてしまいます。

エロース、ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1875年作)

エロース、ウィリアム・アドルフ・ブグロー(1875年作)、William-Adolphe Bouguereau, Public domain, via Wikimedia Commons

 

娘のプシューケーに求婚者が表れないことを心配した両親は、アポロの神殿に神託を聞きに行きます。すると神託は、「山の頂上に、プシューケーを運ばなければならぬ。そこで彼女は、神々も人間も逆らうことのできぬ怪物と結婚することになる」というものでした。

プシューケーはみずからこの神託に従い、村人によって山に運ばれ、そこにひとりだけ置き去りにされます。西風の神ゼピュロスが、この世のものとは思えない美しい宮殿にプシューケーを運びます。その宮殿には、目には見ることのできない召使いたちがいて、彼女は何不自由のない快適な生活を送ることになります。しかし、宮殿の持ち主である夫は、彼女に自分の姿を見ないことを約束させ、夜にだけ寝室に現れるので、プシューケーは夫の姿を知ることができません。

やがて、家族が恋しくなったプシューケーは、二人の姉を宮殿に招きます。姉たちは、姿を見せない夫はきっと大蛇であり、プシューケーを太らせてから食べるつもりに違いないと言います。そしてプシューケーに、夫が眠っている間にランプの光で姿を確認して、蛇であることが分ったら、ナイフで首を落としてしまいなさいと言います。

 

夫の優しい声を知っているプシューケーは、最初は姉たちの言葉を相手にしないのですが、やがて好奇心と疑念がつのるようになり、ランプとナイフを用意して、寝ている夫の姿を見てしまいます。

すると見えたのは、背中に羽を生やした、神々の中でも最も美しいとされるエロースの姿でした。さらに近づいてその顔を見ようとしたとき、ランプの油が夫のエロースの肩に垂れ、エロースは火傷を負って目を覚まします。そして、「愛は疑いとは一緒に暮らしていけないから」という言葉を残して、彼女のもとを飛び去っていきます。

彼女はエロースを探して、あちこちを放浪します。そしてある地で、穀物を大切に取り扱ったことがきっかけで、豊穣の女神デーメーテールの助力を得ます。デーメーテールの取りなしで、女神アプロディーテーの神殿で下働きをしながら、アプロディーテーの怒りをなだめる機会が得られます。

絵画『プシューケーと玉座の上のアプロディーテー』

エドワード・マシュー・ヘイルの1883年の絵画『プシューケーと玉座の上のアプロディーテー』。ラッセル=コーツ美術館(英語版)所蔵、Edward Matthew Hale, Public domain, via Wikimedia Commons

 

女神アプロディーテーは、人間であり下女となったプシューケーに、次々と無理難題を出します。凶暴な金の羊の毛を集めてくるようにとか、龍の住む泉から水を汲(く)んでくるようにとかです。

そのたびに、神々からの不思議な助けがあり、それらを乗り越えるのですが、最後の極めつけの難題は、冥界に降り、そこにいる女王ペルセポネー(プロセルピナ)から化粧品を分けてもらい、アプロディーテーに届けるというものでした。

しかしこの難題も。火傷の癒えたエロースが助けに駆けつけ、乗り越えることができます。そしてエロースは、神々の中の神ゼウス(ユーピテル、ジュピター)に、アプロディーテーとプシューケーの仲裁を頼みます。

 

ゼウスは、エロースが弓矢を用いて、絶世の美女ひとりが自分に恋をするようにするということを条件に、アプロディーテーの怒りをなだめることに同意します。プシューケーは、神々の食物であるアンブローシアを食べて不死になり、神々の夫婦としてユーピテルと永遠に暮らすことになります。

後にこの二体の神の間には、「喜び」、「若さ」という名の双子の女神が生まれます。

プシューケーとエロースの像

プシューケーとエロースの像(サンクト・ペテルブルグのサマーガーデンにて、提供:shutterstock)

 

以上、駆け足でのあらすじの紹介でしたが、この逸話は、詩情にあふれている楽しい読み物です。またそれだけでなく、さまざまな象徴的な意味が込められていて、謎解きを楽しむことができます。ご興味のある方は、インターネットで調べたり、本をお求めになったりしてみてください。

 

さて、この逸話のさまざまな部分が、神秘学と関連しているということを、最初にお話しました。

第1の関連は、プシューケーの両親が神託を聞きに行ったアポロの神殿です。皆さんは、この神託の予言が見事に当たっていたことにお気づきでしょうか。神々も人間も逆らうことのできない恋(の神)とプシューケーが結婚したからです。

この神殿があるデルポイは、紀元前17世紀頃から2000年以上にわたり、デルポイの密儀と呼ばれる神秘学の学派の中心地でした。アポロの神殿の入り口には「汝自身を知れ」という言葉が刻まれていたとされます。

この言葉は「身のほどをわきまえろ」という意味だと誤解されることがありますが、真の意味は、表面的な自己ではなく自身の本質を探究しなさいということです。神秘学派のほとんどが、このことを人生の中心課題だとしています。

 

神秘学との第2の関連は、豊穣の女神デーメーテールと冥界の女王ペルセポネーです。ペルセポネーはデーメーテールの娘にあたり、ギリシャ神話には、この2人についても興味深い逸話があります。野原で花を摘んでいたペルセポネーを、冥界の王ハーデースがさらい、その後に起った様々なできごとの結果として、ペルセポネーは、冬は冥界の王ハーデースのもとで暮らし、春と夏と秋は地上のデーメーテールのもとで暮らします。

絵画『ゼウスに抗議するデーメーテール』

アントワーヌ=フランソワ・カレの1777年の絵画『ゼウスに抗議するデーメーテール』。ボストン美術館所蔵、Antoine-François Callet, Public domain, via Wikimedia Commons

 

ペルセポネーが冬にあの世で暮らすことは、表面的には、穀物や草花が冬に枯れることの説明になっています。しかし、隠された意味としては、人間の生まれ変わりの周期を表しています。古代の神秘学では、人間の生まれ変わりは当然の事柄として扱われていました。

このことに関連していますが、ギリシャ語の「プシューケー」は「魂」を意味していると同時に「蝶」も意味しています。青虫がさなぎになり蝶になる様子が、人間が死を経て、肉体を離れた自由な魂になる様子の象徴だと見なされているのだと思われます。

イシス・ペルセポネー像

イシス・ペルセポネー像、イラクリオンにある考古学博物館所蔵、Wolfgang Sauber, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

ギリシャの首都アテネの近郊には、古代ギリシャ時代に栄えたエレウシスという名の小さな都市があり、ここでは、デーメーテールとペルセポネーを崇拝するエレウシス神秘学(エレウシスの密儀)が、紀元前1800年ごろから、やはり2000年以上にわたって栄えていました。

この地で秋に行われる収穫の祝祭は、エレウシス神秘学派の入門儀式の機会にもなっていました。この祭りは古代ギリシャでとても重要視され、開催期間中の55日間は、ギリシャ全土で休戦が守られていました。

英語で神秘を意味する「ミステリー」(mystery)という語の語源は、ギリシャ語の「ミステリア」(mysteria)です。ある研究家によれば、この語は「口を閉(と)ざす」(秘密にする)などというときに用いられる「閉ざす」を意味する動詞「ムオ」(muo)と祝祭を意味する「テリア」(teria)からなります。「ミステリア」という言葉の元々の意味は、「そこで秘密が伝えられた祝祭」だったと推測されています。

 

さて、ご紹介した逸話でプシューケーは、最初は人間ですが、さまざまな試練を経た後に、神々と同等の完全な存在になります(ギリシャ神話には、嫉妬深かったりして、完全さが感じられない神々も多数いますが)。

ですから、今回ご紹介したこの話の全体は、人の魂が、人生に存在するさまざまな試練を乗り越え、何度も生まれ変わりを繰り返しながら、やがて完全な存在になるという、古代の神秘学派の考え方を象徴していると考えることができます。

このことは山登りにたとえられます。人間はスピリチュアリティという山を少しずつらせん状に登りながら、さまざまな景色を体験し、学びを得て、意識のレベルを向上させ、人格を洗練させていきます。

 

宣伝になりますが、この考え方は、現代の神秘学派であるバラ十字会にも受け継がれています。

比喩的な意味で言えば、神秘学派が昔も今も行っているのは、この登山道の整備と紹介だと言うことができます。

具体的に言えばこの登山は、バラ十字会では、イメージを心の中に形成する練習や、瞑想の実習や、人間の潜在意識と世界の関連について学んだりすることからスタートします。

体験してみたい方は、このページの一番下にあるバナーをクリックして、神秘学の通信講座「人生を支配する」の1ヵ月の無料体験を申し込んでください。

 

今回は、魂の女神プシューケーと恋の神エロースについての神話と、それが神秘学とどのように関連しているかをご紹介しました。

では、この辺りで。

またお付き合いください。

 

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迷言?それとも名言?

2021年11月5日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

昨日に続いて今朝も東京板橋は快晴でした。窓の外に、気持ちの良い青い空が広がっていました。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

山形県に住んでいる三度の飯よりもお祭りが好きだという私の友人から、名言についての寄稿が届きました。「名言について」というと何か固い感じがしてしまいますが、肩肘の張らない文章です。どうぞ気楽にお読みください。

▽ ▽ ▽

記事:『迷言?それとも名言?』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

この世は名言だけが主役で動いている訳ではありません。主役がいれば脇役も存在します。

少し前に『名言?それとも迷言?』のタイトルで書かせていただいたことがありましたが、今回は前回の続編…のような話…と思ってください(笑)。

それでは早速、行ってみましょう。

 

先ずは本田技研工業株式会社の創業者でもあり初代社長でもあった本田宗一郎氏の言葉です。

『仕事は遊びと思え、遊びは仕事と思え、そして、どちらも真剣に取り組め!!』。

これは本田技研工業の社員の方から直接に聞いた話です。

 

宗一郎氏の言葉をもう一つご紹介しましょう。

1969年(昭和44年)本田技研工業が750ccのオートバイ、通称ナナハンの販売を開始したのですが、その頃の軽自動車のエンジン排気量の規格は360ccでした。ナナハンがいかに凄いオートバイだったのかを理解してもらえるのではないでしょうか。

そのナナハンの試作車のテスト走行を行った時のことと聞きました。

テスト走行に立ち会った宗一郎氏がこう言ったのだそうです。『オレにも乗させろ!!』。

ホンダ・ドリームCB750FOUR

ホンダ・ドリームCB750FOUR(画像提供:ピクスタ)

 

その時、宗一郎氏は還暦を過ぎていたはずです。年寄りの冷や水とは言われなかったらしいですが『止めて下さい!!』の声は掛かったそうです(笑)。

『仕事は遊びと思え、遊びは仕事と思え、そして、どちらも真剣に取り組め』の精神を宗一郎氏は人生の最後まで貫いた方だったのですね。

本田宗一郎(1964年)

本田宗一郎(1964年)、財界研究社、撮影者不明, Public domain, via Wikimedia Commons

 

それでは、次に行きましょう。

『真剣にやれ!!仕事じゃないんだ!!』。

タレントのタモリさんの言葉です。宗一郎氏の言葉をパワーアップしてさらにひとひねりしたような表現ですよね(笑)。私は気に入ってます。皆さんはどう思われますか?

 

タモリさん、今は主に司会者の分野で仕事をされておられますが、大学時代には早稲田大学のジャズバンド、ハイソサエティ・オーケストラのトランペット奏者だったことをご存知でしょうか? 基本的にタモリさんはミュージシャンなのです。

そのタモリさんが大学時代に先輩から『話があるから』と呼び出されたのだそうです。すると『森田(タモリさんの本名)マイルス・デイヴィス(帝王と呼ばれたトランペット奏者)は好きか?』と聞かれたのだそうです。

そこで『はい、好きです』と答えると『そうか、それじゃ良く聞け。マイルスのペット(トランペット)は泣いているだろう。お前のペットは笑っている!!』。

マイルス・デイヴィス

マイルス・デイヴィス(中央、1947年)、William P. Gottlieb, Public domain, via Wikimedia Commons

 

この『一言』がきっかけとなり、その後はハイソサエティ・オーケストラの専属司会者となったのだそうです。

その件に関してタモリさん本人の弁によると、「確かに俺は笑っているような音を出していたよ。でも、それからしばらくしてマイルスが俺とそっくりな音を出す演奏をやりだしたんだよ(笑)」。

これは仮定の話ですが。『笑っている』の一言がなかったならば、現在のタレント・タモリの存在はなかったのではないでしょうか。

 

最後は青森生まれのタレント、伊奈かっぺいさんの『迷言?』です。

『座り心地の良い椅子は人間を駄目にします。そんな椅子が好きです』。

座り心地のいい椅子に座る女の子

(画像提供:shutterstock)

 

分かりますよね~(笑)。

言われてみれば私も若い頃はそういった椅子に座りっぱなしだったような記憶があります(反省)。

 

え?、今…ですか?

え~っと。今は柔らかいソファーに座ってこの文章を書いてます……

はい!! 次回からは座り心地の悪い椅子に座って書くことにします!!

△ △ △

ふたたび本庄です。

ふと思いました。タモリさんが司会をしていた超長寿番組「笑っていいとも」のネーミングは、もしかして、トランペットの音色についてのこの逸話と関係があるのでしょうか。

 

冒頭に書かれていた、今回と似た題名の下記の記事は、昨年の夏にご紹介させていただいたものです。

記事:『名言?それとも迷言?

 

では、今日はこのあたりで

また、お付き合いください。

 

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人間は本当に自由か

2021年10月29日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

朝晩がすっかり寒くなり、紅葉の便りもあちこちから聞かれるようになりました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

私の友人で作編曲家をしている渡辺さんから、人間の自由意志についての文章が届きましたのでご紹介します。

▽ ▽ ▽

『人間は本当に自由か』

渡辺篤紀

渡辺篤紀

 

■人間の自由意志とは

「人間には自由意志があり、様々なことを自由に選択することができる」

おそらく、このことに異論を唱える方は、ほとんどおられないと思います。

では、人間の「自由意志」とは実際にはどのようなものなのでしょうか?

何事も、自分で自由に選択していると思っていたとしても、本当にそうなのでしょうか?

 

■選択するということ

例えば、自分の好みのコップとして、「赤いコップ」と「青いコップ」のどちらかを選ぶとき、そのような場合でも、何らかの思考によって選択を行っています。

そして、自身の思考によってどちらかのコップを手に取るのですが、このときの判断を論理的に説明することはできません。

「赤が好きだから」という理由で選んだ場合、「なぜ赤が好きなのか」ということについて、その根本の理由は、論理的に説明することができません。

さまざまな色のコップを掲げる人たち

 

「よくわからないが赤が好きだから」や「直感で赤がいいと思ったから」などという答えはできますが、「なぜ赤を選んだのか」という本当の理由は、答えることができません。

これは、どのような理由によって、どちらかのコップを選んだとしても同じことが言えます。

たとえ、自身の「論理的な判断」によって選択したとしても、「なぜ、それが論理的なのか?」、「そもそも論理的な判断をしたときの基準を選んだ理由は?」などと突き詰めて考えると、それを選択した理由を論理的に説明し尽くすことはできません。

 

■機械的な思考回路

では、コンピューターなどのプログラムではどうでしょうか?

この場合、「Aの場合は赤」、「Bの場合は青」というように、様々なパターン(ロジック)によってどちらかを選択するようにプログラムされます。

そして、その判断結果は、同じシチュエーションの場合、異なることはありません。

例えば、「1+1=2」とプログラムした場合、「1+1=0」や「1+1=3」となることはありません。

計算式をスクリーンに表示させるアンドロイド

 

■人間の思考回路

このような機械的な思考回路の場合、最初にプログラムされたならば、それが変更されることがなければ、何度でも同じ答えが出てきます。

言い換えれば、最初に規定された「論理」に沿って、同一の答えが導かれます。

しかし、人間の自由意志(自由な思考)は、論理的には「1+1=2」であるとわかっていても、「1+1=0」を選択することができます。

 

正誤の判断ではなくても、「Aを買おうと思っていたのに、Bを買ってしまった」、「いつも決まった時間の電車に乗っているが、今日は一本後の電車に乗った」など、毎日のルーチンが決まっている(決めている)ことさえも、その日の気分によって変えることができます。

これは機械と人間の決定的な違いであり、機械は論理的に導き出した答えを自分自身で覆すことはありません。

しかし人間は、論理的に導き出したはずの答えであっても、自分自身の判断により最終的に覆すことができます。

 

しかし、そうではあっても、先ほどご説明したように、「なぜ変えたのか?」、「なぜ変えなかったのか?」ということについて、「直感」という言葉を持ち出すことはできても、その根本原因を説明し尽くすことはできません。

論理と直感と書かれた道路標識

 

■論理的な思考回路=機械的な思考回路

では、この説明することができない「ブラックボックス」のような自由意志(自由な思考)を論理的に説明できたとしたら、どうなるでしょうか?

もしそのようなことができるとすれば、私たちの意識は「論理的な思考回路」を超える働きができないことになり、「機械的な思考回路」と同じ働きだけができることになり、本当の自由意志はなくなってしまいます。

普段、私たちは、意識という領域(意識下)において自由に物事を選択しているように思っていますが、実際には、その一段上にある「ブラックボックス」のようなものの促しによって、意識を利用して行動しているとも考えられます。

 

しかし、もしもこの「ブラックボックス」の回路が論理的に解明されたとしたら、それはもう自由意志とは呼べず、プログラムに沿って判断するのと同じになってしまいます。

ですから自由意志とは、この「ブラックボックス」が、論理的な意味で完全に「ブラックボックス」でなければ、自由であるとは言えないことになってしまいます。

 

■ブラックボックスの正体

では、意識の一段上にある、この「ブラックボックス」のようなものは、一体何なのでしょうか?

私は、「魂」や「ソウル」(soul)と一般的に言い表されているものの働きではないかと思います。

ただ、これはまだ科学的に立証されている存在や働きではありません。

 

しかし、人間の意識を考えた場合、唯物論的な考え方ではどうしても説明のつかない領域(ブラックボックス)が存在するような気がします。

そして、もしもこの領域を否定してしまった場合、人間の自由意志とは、まったくの幻であるというような逆説が生じるように思われます。

人間は、この「ブラックボックス」のような「魂」の領域を、昔から直観的に理解していたようにも思われます。

 

脳と心(イメージ)

 

例えば、

・魂が震える

・魂の琴線に触れる

・魂が呼び合う

などの表現は、慣用的にも使われ、皆さんもよく実感されると思いますが、この「魂」を「日常意識」に置き換えたとしたらどうでしょうか?

 

・日常意識が震える

・日常意識の琴線に触れる

・日常意識が呼び合う

どうにも、しっくりきません。(笑)

 

ですから、私たちは、普段から「日常意識(顕在意識、客観的意識)」というものの一段上にある「魂(ソウル)」というものの存在を、認める、認めないにかかわらず、経験的に知っているのではないかと思われます。

 

最後に、魂に関する、有名な詩をご紹介したいと思います。

 

『完全なるもの』

   ただそれら自体だけが、それら自体を、

   そして、それら自体の同類を理解する、

   ちょうど魂だけが魂を理解するように

(ウォルト・ホイットマン『草の葉』より)

(原文)

“Perfections”

Only themselves understand themselves and the like of themselves,

As souls only understand souls.

ウォルト・ホイットマン(1887年)

ウォルト・ホイットマン(1887年)、George C. Cox (1851–1903, photo)Adam Cuerden (1979-, restoration), Public domain, via Wikimedia Commons

 

△ △ △

ふたたび本庄です。

前回、スピリチュアルという言葉が、かなりあいまいな意味に用いられていることがあるということを下記の参考記事でご紹介しましたが、「科学的」という言葉もまた、あいまいな意味や、さまざまに異なる意味で用いられていることがあります。

参考記事:『スピリチュアルとスピリチュアリティ

 

そのひとつとして、最もよく用いられているであろう「科学的」の意味は、「再現することのできる実験で、確かめることのできる事柄」というような内容だと思います。

 

これはおそらく、19~20世紀に急速に発展した物理学を応用した産業技術によって、私たちの生活が豊かで便利になったことの影響でしょう。

この意味で「科学的」であるということは、とても限定的であり、ほんのわずかな分野にしかあてはまりません。

歴史学や考古学などのほとんどの人文科学も、経済学なども、条件を統一した実験ができないため、この意味では科学的でないことになります。

 

また、人間の心は生まれたときから多様であり、周囲の状況も個人個人で異なり、統一した実験を行うことができず、厳密に言えば、先ほどの意味で科学的に研究することはできません。

21世紀前半の現時点においては、「科学的である」ということと「真実である」ということが、ほとんど同じ意味だと多くの人が思っていますが、よくよく考えて見ると、このことにはさまざまな問題が含まれています。

今回の渡辺さんの文章には、この問題が間接的に指摘されていたように私には思えます。

参考記事:『科学的なことと非科学的なこと- アインシュタインと神秘学

 

下記は前回の渡辺さんの文章です。

参考記事:『意識と魂はどこにあるか

 

それでは、今日はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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