公式ブログ

世界の外側と世界の中心

2018年7月13日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日、東京は朝からとても暑い日になっています。豪雨被害に遭われて避難所で暮らしている方々のことが気にかかります。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、唐突ですが、「世界の外側」と聞くと、どんなイメージが湧いてくるでしょうか。私たち現代人にとって、世界とはおおむね地球のことですので、世界の外側というと宇宙空間を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

人類最後のフロンティアだという、ワクワクした思いを持たれる方もいらっしゃることでしょうし、まばらに天体が浮いている寂しい空間だと感じる方もいらっしゃることでしょう。

一方で、世界の中心はというと、五大大陸のすべてに人が住んでいるので、中心なんか特にないのではと考える方が多いのではないでしょうか。

 

この2つについて、古代人の多くは私たちと全く異なるイメージを持っていました。

原始社会では、よく知っている仲間が住んでいて、整えられていて、親しみ深く安全な範囲が世界であり、その外側には、自分たちを襲うかもしれないよそ者、怨霊、死者、怪物が住んでいるとされていました。

つまり、世界の外側は、まだ秩序が整えられていない危険な混沌であり、そこに住む外敵は人の姿をしていても人間ではないと考えられていました。また世界の外側は、悪神、悪魔もしくは死に神や、伝説上の怪獣がたくさんいて、世界を無秩序の状態に戻そうと狙っていると見なされていました。

まるで、人気漫画『進撃の巨人』の舞台設定のようですね。

 

たとえば、古代エジプトの神話では、外の混沌の世界には、アポピスと呼ばれる大蛇が住んでおり、この蛇を征服しエジプトの地に秩序をもたらしたのが、王のファラオだとされています。

ちなみにアポピスとは、天空で太陽を運んでいる舟を、朝と晩にひっくり返そうとする大蛇です。このたくらみは失敗し、太陽神ラーにアポピスはそのたびに殺されるのですが、毎回復活してこの試みを繰り返します。アポピスは舟をひっくり返すことにたまに成功し、そのときには日食が起こります。

 

古代人の考えによれば、自分たちが住む秩序ある世界と、外の混沌の世界を隔てているのは、城壁、道、壕(ほり)などでした。

道という漢字の由来が、古代の中国の人々のこの考えをよく表しています。東洋学者の白川静さんの説によれば、「道」のしんにょう(しんにゅう)の部分は十字路と足跡の形を表す象形文字であり「歩く」ことを意味しますが、首の部分は何と、まさに生首を表しています。

古代の中国の人たちにとって、道は外敵や外部の邪悪な霊と接触する場所だったので、捕らえた異族の首を手に携えて行進するという呪術を行い、道が持っている守護の力を高めようとしたのだそうです。

 

このような考え方はヨーロッパにも共通していて、時代が下って中世になっても、悪魔、疫病、死から内部の人を守るために、都市の外壁には呪術的な儀式が行われていました。

 

以前にこのブログで取り上げましたが、世界の多くの地域で、冬至は、世界の外側の暗黒の力が一年のうちで最も強くなる時期だと考えられていました。

そして現在でも、悪霊、疫病を追い払う儀式が年中行事として行われています。クケリという悪鬼が登場するブルガリアのディオニソスの祭り、米国アリゾナ州の先住民ホピ族が行うソーヤル祭、そして秋田県のなまはげの祭など、驚くほど類似する多くの祭りが世界の各地に残っています。

クリスマスの起源になったのも古代のそのような祭りであったと、多くの専門家が考えています。

参考記事:『なまはげとクケリについて

ブルガリアの奇祭クケリ

ブルガリアの奇祭クケリ

 

一方で、世界の中心には神聖な場所があり、この場所が天上界、地上界、冥界をつないでいるという言い伝えも世界のあらゆるところにあります。

世界の中心は、文化によって、山の頂上であるとされたり、柱のような石を立てて表わされたり、巨石があったり置かれたり、巨木の生えている場所であるとされました。地理的な中心でなくても構わず、複数ある場合もあります。

 

須弥山(しゅみせん)は、古代インドの人々が世界の中心にそびえたっていると考えた聖なる山です。この言い伝えは後に仏教に取り入れられました。

『倶舎論』(ぐしゃろん)というインドの仏教経典によれば、宇宙の最も底部にあるのは風からなる円盤である風輪であり、その上に水輪、さらにその上に金輪(こんりん)があります。金輪の上には円周状をした鉄でできた鉄囲山(てっちせん)があり、その中を塩水が満たし海になっています。

この海の中央には壮大な高さの須弥山があり、そこに神々が住んでいます。須弥山の四方には4つの大陸がありますが、南方の大陸である贍部洲(せんぶしゅう)に住んでいるのが人間です。

 

ちなみに、「金輪際、あいつには金を貸さない」などというときに使われる「金輪際」は、水輪と金輪の境目のことを指します。

新潟県には妙高山がありますが、この名前は須弥山の別名です。インドネシアのジャワ島にある仏教遺跡のボロブドゥールも須弥山を象徴して造られています。

参考記事:『ボロブドゥール

ボロブドゥール

ボロブドゥール

 

秋田県鹿角市には、大湯環状列石と呼ばれる縄文時代後期のストーンサークルが2つ(野中堂列石、万座列石)あります。そのいずれにも、日時計状組石と呼ばれる遺物があります。

野中堂の日時計状組石では、地面に円形に石が敷き詰められ、四方位を示す丸い石が配置され、その中央に高さ1メートルほどの石の柱が建てられています(写真参照)。四方位を示す丸い石からは、先ほどの須弥山の周囲の四大陸が思い起こされないでしょうか。この列石は縄文人の共同墓地だと考えられており、ドイツの研究家ネリー・ナウマンによれば、日時計状組石は、天上界と地上界と冥界をつなぐ象徴です。

野中堂の日時計状組石(クリックすると拡大されます)

野中堂の日時計状組石

 

以前に、このブログで「生命の樹」のことを取り上げました。旧約聖書の『創世記』には、この樹が世界の中心であるエデンの園に生えていると書かれています。おそらく、文字が発明される以前の時代の言い伝えを、ユダヤ人が自分たちの宗教に取り入れたのでしょう。

そして、ユダヤ教の秘伝思想であるカバラでは、この思想の精密な哲学的世界観を表わす象徴として、この生命の樹(カバラの樹)を用いています。

参考記事:『カバラと生命の樹について

 

サウジアラビアのメッカにあるカアバ神殿は、イスラム教の最高の聖地ですが、言い伝えによれば地上で最も高い場所にあるとされます。つまり、山の頂上にあるとされています。そして、カアバ神殿にはイスラム教の聖なる宝である黒石が置かれています。

一説によればこの黒石は、神と通じるための手段です。

Kaaba2
カアバ神殿 By Aiman titi [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], from Wikimedia Commons

 

マレー半島の先住民セマング族の言い伝えでは、世界の中心には、一個の巨大な岩があり、その岩の上には一本の巨木が生えています。そして、その幹は天界への通路となり、岩の下には冥界が広がっているとされます。

 

世界の外側と世界の中心についての、さまざまな文化の言い伝えを見てきました。18~19世紀の人類学者、たとえばイギリスのジェームズ・フレイザーのような人は、原始人や古代人のこのような象徴や世界観、呪術的生活を、幼稚な迷信の集まりだと見なしていたようです。

しかし、世界中の異なる文化で、あまりにも共通点が多いことから、そこに何らかの真実が隠されていると考える人類学者、宗教学者が増えてきました。

 

ルーマニア出身の宗教学者のミルチャ・エリアーデは、こう語っています。

「(セマング族によれば)冥界、大地の中心、そして天界への“入口”は同一軸上に見いだされる。そして、宇宙のひとつの領域から別の領域へと移行することができるのは、この軸に沿ってである。もしこれと同じ理論が、すでに先史時代にその概略を表していたということを認めることを(世界中のさまざまな証拠によって)強いられていなかったとしたら、セマング族のこの宇宙理論を正統であると考えることに、ためらいを感じていたかもしれない。」(”Images and Symbols”, Mircha Eliade, 1952)

 

もちろん、太古の時代に行われていた呪術は迷信であり、暗示以外の効力はないと考えられます。

しかし、世界の外側と世界の中心についての、今までご紹介してきたようなイメージと象徴は、いったいどのような現実世界の構造を表わしているのでしょうか。それは、私たち人間の本質や、生き方や死にどのように関わっているのでしょうか。

 

皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

私はまだ考えがまとまっていないのですが、古代の遺跡や遺物に見られる象徴、表わされている世界観に、現代では忘れられてしまった、学ぶべき重大な何かがあるということを直観的に確信しています。

 

さて、今回の話題はいかがでしたでしょうか。興味深いと感じていただける点が少しでもあったとしたら、嬉しく思います。

では、この辺りで。

また、お付き合いください。

(来週の金曜日は都合により、投稿をお休みさせていただきます。)

 

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ダイヤモンドと他の宝石について

2018年7月6日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

明日は七夕(たなばた)だというのに、各地で大雨が降って、たいへんなことになっているようです。

そちらには被害などありませんでしょうか。どうかお気を付けてください。

 

さて、当会のフランス本部の代表が、何を思ったか、宝石についての文章を自身のブログに書いていました。

ちょっと面白い文章でしたので、以下に翻訳を紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

記事「ダイヤモンドと他の宝石について」

 

ダイヤモンドなどの宝石を、価値あるものだと人間が考え始め、手に入れようとしたのがいつからであるかを正確に言うことは誰にもできません。それは、文字が発明される以前でしょうか、それとも文明の夜明けの頃なのでしょうか。

一方で、極めて古い時代の文明(メソポタミア、インド、エジプト、イスラエル、メキシコなど)において、すでに“宝石”という観念が存在していたことが知られています。たとえば一例ですが、旧約聖書の「天空のエルサレム」についての描写には次のように書かれています。

「その城壁は碧玉で作られ、その都は黄金で作られ水晶のように清らかであった。都の壁の礎石には、あらゆる種類の宝石が散りばめられていた。第1の礎石には碧玉、第2の礎石にはサファイア、第3には玉髄、第4にはエメラルド、第5には紅縞めのう、第6には紅玉髄、第7には貴かんらん石、第8には緑柱石、第9にはトパーズ、第10には緑玉髄、第11には青サファイア、第12にはアメジスト。」

ピンク色の布地の上に置かれたブレスレット

 

宗教に関するさまざまな著書に示されていることですが、あらゆる時代の宗教建築、つまり神殿、教会、シナゴーク、モスクなどの大部分において、宝石は欠かすことのできない装飾手段であり続けてきました。

また、聖職者が身につける衣装や、式典で用いる道具は、ダイヤモンドやエメラルドやサファイアなどによって派手に飾られていました。テーブルクロスやマット、カーテンなどの布には、金や銀の刺繍が施されたものが無数にあります。

一方で、裕福であることの価値を認めず、貧しい人たちへの同情を訴える傾向が多くの宗教にはあるので、このような派手な装飾を好まない宗教信者もいます。

 

しかし、さまざまな国の王族や、より広く言えば政治的な権力者の多くは、宝石の魅力にあからさまに惹きつけられてきました。

なぜでしょうか。これらの支配者や統治者の大部分の心の中では、宝石は富を意味し、富は世俗的な権力を意味したからでしょう。他の人の持ち物よりも高価な指輪、ネックレス、ブレスレットなどが、権力者を飾り付けてきましたし、シャンデリアなどが彼らの住居を飾り立ててきました。

このような高価な装身具や装飾品を用いることは、現代にも受け継がれています。

 

しかし、絶対的な意味で言うと、ある石に価値を与えているのは何なのでしょうか。純粋さでしょうか。美しさでしょうか。それとも希少さでしょうか。

現代では過去の時代よりも、宝石が途方もない額で売買されることが、よく見られるのではないでしょうか。おそらくお気づきのことと思いますが、ダイヤモンドや他の宝石が持つ価値は、多くの場合、売却するときに得られるであろう価値です。つまり、宝石が持つのは投機的な価値です。しかしこの種の価値は、確かな根拠を持たない主観的なものです。

このようなことが起きている根本的な理由について考えると、自然界が何かを売ることは決してないという事実に思い至ります。

さらにいえば、本物の宝石と偽物の宝石を見分けることが、ほとんどの人にはできないことからも、宝石の価値が美しさだけにあるわけではないことが分かります。

黒い背景に輝く大小のダイヤモンド

 

人が宝石に与えている投機的な価値が、もし、戦争や紛争や腐敗や、不法な取引などの原因になることがないのであれば、このような事態を笑って済ませることもできるでしょう。

レオナルド・ディカプリオが主演した「ブラッド・ダイヤモンド」という映画を、ご覧になったことがおありでしょうか。

この映画の訴えには、現実的で重大な意味があります。さまざまな国の“生産者”が採掘したダイヤモンドは、しばしば犯罪組織を通して売買され、武器などの資金源になるため、多くの人の命(血:ブラッド)が失われる原因になっています。

 

それはそれとして、この世界に存在するものの中で、最高に美しい宝石であると言うことができ、最大限の配慮を払って扱わなければならないものが、ひとつあるように思われます。

私の考えでは、それは人の心に他なりません。自身の心に純粋さと美しさを与え、英知の輝きで満たすことは、その人に任されていることであり、その人自身にしかできないことです。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

△ △ △

再び本庄です。

どうでもいいことなのですが、仕事場の私の机のひきだしに、通信販売で手に入れたアメジストの原石が入っています。

安物なのですが、息抜きの時間に透き通った紫色を眺めながら、地球の歴史に思いを馳せることがあります。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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江戸の話

2018年6月29日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

関東甲信は今日が梅雨明けだそうです。あまりの早さにびっくりしました。

東京板橋ではこの数日、暑かったり大風だったり、天気が目まぐるしく変わっていました。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、小中学生に本を紹介するブックトークというお仕事をされている、岐阜に住んでいる私の親しい友人から寄稿をいただきましたので、ご紹介させていただきます。

この文章で取り上げられているのですが、『ベロ出しチョンマ』をお読みになったことはおありでしょうか。涙腺がゆるい方は厳重注意です。

 

▽ ▽ ▽

 

記事『江戸の話』

可児 明美

可児 明美

 

皆さんは、江戸時代というとどんなイメージがありますか? 徳川家康、ちょんまげ、刀、着物を着ている……、時代劇もいろいろありますね。江戸時代は、今からおよそ400年前に始まり、約260年間続きました。江戸時代の日本の中心地は、ご存じのとおり江戸、今の東京のあるところでした。実は、江戸の町はとてもエコだったんですよ。

 

エコでござる江戸に学ぶシリーズ ~『江戸のびっくり省エネ生活』、『江戸のおどろきリサイクル生活』、『江戸のゆったりスローライフ』石川英輔監修、すずき出版

この本には、江戸の街に住んでいた人たちのエコなくらしぶりが紹介されています。

 

今のくらしとどんな風に違っていたのでしょう?

1.電気もガスもなかった ―暗くなったら寝て、明るくなったら活動していた。昼間が長い夏と短い冬では一刻(いっとき)(当時の時間の区切り)の長さも違っていた。

2.スーパーも冷蔵庫もなかった ―地産地消、江戸の人々の食べる野菜は、江戸の近くの農村(現在の東京23区内の地域)でとれたものが毎日運ばれてきた。魚介類も江戸湾(今の東京湾)でとれた。

3.道具は? ―余分なものは買わずに借りた。竹や紙、木や藁(わら)からいろいろな道具がつくられた。ぞうり、かご、みの(今のレインコート)、むしろ、なわ、ほうきなど。

4.江戸時代の子どもたちは? -「手習い」と呼ばれる学校に通い、「読み、書き、そろばん」を習った。江戸の市中では、ほとんどの子どもが手習いにいき、当時の世界の中でも、日本の首都である江戸の就学率はトップクラスだった。また、家の手伝いや子守りなどをした。「丁稚奉公」(でっちぼうこう)といって、お店や職人のところで住み込みで働いた。

 

この本は、江戸の街中ではないですが、幼い時に奉公にでた男の子の話です。

『建具職人の千太郎』岩崎京子著、くもん出版

江戸時代の終わりごろ、農村に生まれた千太郎は、今の小学1年生くらいの歳で建具屋に奉公にだされます。千太郎には建具職人になろうという気持ちはまったくありませんでした。

けれども、建具屋で毎日くらしていくうちに、いろいろな出来事が起きて……。千太郎の気持ちもかわっていきます。どんなふうに変わっていったのでしょうか?

千太郎の毎日は、今の小学生とはまったく違っています。そんなところも、読んでみてください。

江戸の職人、葛飾北斎

 

さて、江戸の子どもたちの様子や暮らしぶりはエコで、なんだかすてきでしたね。でも、江戸時代の中頃あたりから、幕府や藩の財政難、飢饉がおきるなど、地方の農村ではなかなかたいへんなことになっていました。

このお話の中に出てくるのは、江戸の街で暮らして手習いをしたり奉公したりしていた子どもたちとは違って、千葉の農村に生まれ育った12歳の男の子です。

『ベロ出しチョンマ』斎藤隆介作、理論社

 

千葉の花和村に「ベロ出しチョンマ」というおもちゃがあります。そのおもちゃは、どのようにしてできたのでしょうか……。

チョンマは、長松の呼び名です。長松にはウメと言いう妹がいました。ウメの世話は長松の仕事です。ウメはしもやけがひどくて、巻いてある布を取りかえる時には膿(うみ)がたくさん出てとても痛がります。そこで長松は布を取りかえる時、ウメの気をそらすために、眉毛をカタッとハの字に下げ、舌をベロッとだして笑わせます。そのすきに布を取りかえるのでした……。

 

長松の家には、夜な夜な大人たちが集まって年貢の相談をしています。

洪水や地震や日照りで米も麦もとれないのに、殿様は年貢を前よりもっと出せと言ってくるのです。困った大人たちは、とうとう直訴を決行します。長松の父ちゃんたちは罰せられるのを覚悟で、まさに命がけで直訴するしかなかったのですね……。

そして何日かすると役人がやってきて、長松たち家族を捕まえます。長松たちは、いったいどうなってしまったのでしょうか……。

「ベロ出しチョンマ」の人形が縁日で売られるようになったいきさつを、ぜひ読んでみてください。

 

『人物日本の歴史 農民一揆』横山十四男(監修)、小学館

ここには、直訴せずにはいられなかった農民たちの厳しい状況が書かれています。漫画で描かれています。ここに紹介されている農民一揆は、今から250年くらい前、1770年ころのお話です。

こうした一揆がおきている一方で、様々な改革も行われました。

 

それから50年後、今から200年くらい前の1822年ごろ、武士ではなく、農村で生まれた人が、荒れてしまった農村をいくつもみごとに復活させました。それはいったい誰でしょうか? 二宮金次郎さんです。

名前を聞いたことがある人、いますか? 今では、学校の怪談話にでてきたりもしていますね。この金次郎さん、いったい、ほんとうのところ、何をしたんでしょうか?

『洪水に挑んだ金次郎』、『国を耕した金次郎』、『よみがえる金次郎』漆原智良(文)、同友館

『二宮金次郎』打木村治著、講談社火の鳥伝記文庫

 

二宮金次郎さんは、農民の生まれでしたが、各地の藩主から依頼されて、農村の復興や財政改革に取り組み、みごとに成功させました。金次郎さんがたてなおした村は、600以上にのぼります。

金次郎さんが少年の頃勉強していたのは、何だったと思いますか? 算数? 国語? 理科? 社会? 『大学』という、中国の儒教の書物です。

 

『大学の道は、明徳を明らかにするに在り。民に親しむに在り。至善に留まるに在り。』

(知徳を兼ね備えて世によい影響を及ぼすような人物、すなわち大人となる学問の道筋は、先ず生まれながら与えられている明徳を発現(明らかに)するところにある)

という書き出しで始まっています。立派な人物となり、世の中のために役立つにはどうすればいいか、どんな気構え、考え方が必要なのかなどが、中国の古典が紹介されたりして述べられています。これを金次郎さんは「素読」しました。つまり、繰り返し繰り返し声に出して読んだのでした。薪を背負って歩きながら素読したのが、この「大学」という書物です。

 

経済界で活躍した有名な人、トヨタ自動車の豊田佐吉、パナソニックの松下幸之助、安田財閥の安田善次郎などが、二宮金次郎さんの考え方に影響を受けたと言われています。

金次郎さんは、こんな言葉を残しているそうです。

「道徳なき経済は犯罪である」

経済活動には道徳がなくてはならない、ということですね。

 

多くの人で組合をつくり、お金を出し合い、仲間の中の必要とする人にお金を利用してもらう仕組みを、金次郎さんは江戸時代に考え出して、実際におこなっていました。現在の信用組合がこのしくみにあたります。

こういった仕組みも、仁(思いやりの心)、義(正義を重んじる心)、礼(礼儀を大切にし人を尊重する心)、智(物事をより良くしようと働かせる知恵)、信(人から信頼される誠実さ)といった道徳の心がなくては、うまくはたらきません。

 

江戸時代、今とは全く生活も価値観も違っていましたね。でも、私たちのご先祖が間違いなく生きていたこの時代のことを、もっと探ってみるのも、面白いかもしれませんね。

歌川広重 東海道五十三次「日本橋」

おわり

 

紹介した本

エコでござる江戸に学ぶシリーズ ~『江戸のびっくり省エネ生活』、『江戸のおどろきリサイクル生活』、『江戸のゆったりスローライフ』石川英輔監修、すずき出版

『建具職人の千太郎』岩崎京子著、くもん出版

『ベロ出しチョンマ』斎藤隆介作、理論社

『人物日本の歴史 農民一揆』横山十四男(監修)、小学館

『洪水に挑んだ金次郎』、『国を耕した金次郎』、『よみがえる金次郎』漆原智良(文)、同友館

『二宮金次郎』打木村治著、講談社火の鳥伝記文庫

 

△ △ △

 

こちらは可児さんの前回の記事です。

『約束の話』: https://www.amorc.jp/blog/?p=1751

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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コミュニケーションについて

2018年6月15日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋は本格的に梅雨です。特に今日は、朝からずっと雨が続いていて肌寒いほどです。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

私たちの事務所のすぐ近くには旧中山道が走っていて、仲宿という商店街になっています。一日中、多くの歩行者と自転車と軽自動車が行き交っています。

最近ではその中に、スマートフォンなどのイヤホーンで耳をふさいでいる人が多くいます。

周囲の音が聞こえないため、これらの人が危うく交通事故を起こしそうになっている場面を何回か見たことがあります。

 

当会のフランス本部の代表が、最近のコミュニケーション事情について書いた文章でこのことを取り上げています。

以下に、この文章の翻訳を紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサンのブログ

記事「コミュニケーションについて」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

Serge Toussaint

 

最近、コミュニケーションに関して多くのことが語られています。

文字通りの意味ではコミュニケーションは伝達、つまり情報を交換することを目的に行われます。しかし現在ではコミュニケーションの目的が、できるだけ多数の人の注目を集めることである場合も多くなっています。

この傾向は、伝統的なメディア(雑誌、ラジオ、テレビ)にもインターネットにも見られ、その結果、大きな混乱が生じています。事実と虚偽、情報収集と情報中毒、コミュニケーションと宣伝を区別することが、必ずしも簡単ではなくなっているからです。

目利きの人たち、特にジャーナリストたちでさえ、これらの境界線があいまいであるため、ものごとを見抜くのに困難を感じています。

情報端末機器を手にした外国人の若い男女

 

一部のテレビ番組で同じ“情報”が一日中繰り返されていることによく表れていますが、人間の活動のほとんどすべての分野で、あらゆる手段を用いてコミュニケーションが間断なく行われています。

そして、伝えられている内容が興味深いものであっても、そうでなくても、役立つものであってもなくても、根拠があってもなくても、確認がされていてもいなくても、地球上のある部分から他の部分に瞬時に伝えられるような“コミュニケーション手段”の助けを借りて、できるだけ多くの人が情報に触れるようにされています。

その結果、コミュニケーションに関して技術的な制約はほとんどなくなり、ある人が個人として自分に制約を課さない限り、ほとんど限界なく情報が伝達されるようになりました。

 

インターネットなどのさまざまな手段で、私たちはますます頻繁に他人とコミュニケーションを取るようになった一方、家族や近所の人たちや、電車や地下鉄や飛行機でたまたま隣に座った人と会話を交わす時間は、ますます減っています。

家族と食事をしていても、同じテーブルを囲んでいる人ではなくSNS上の受信や発信に気を取られている多くの人がいるのに、あなたもお気づきのことと思います。

食卓の団らん

 

路上でも、スマートフォンやタブレット端末のイヤホーンを着けている人や、画面をちらちらと見ながら歩いている人の、何と多いことでしょうか。事故を避けるために、“スマホ中毒者”専用の通路さえ作られています。しかしそれは、賢明な対策なのでしょうか。

このような“コミュニケーション”の行き過ぎによって、次は何が起こるのでしょうか。

 

 

極めて気がかりなもう一つの点は、インターネットによって匿名のコミュニケーションができるようになったことです。このことが、安易な悪口、中傷に道を開きました。

いわれなく名誉を毀損された人が、それに反論して打ち勝つことは、従来のメディアにおいてさえかなり困難になっていますが、インターネット上ではそのようなことはほぼ不可能です。

この分野におけるテクノロジーの進歩は、人間の良心や法律の進歩よりも速い勢いで進んでいるようです。さらに、さまざまな国で活動している、悪事を行うことを何とも思わない人たちが作った多くのサイトが、事態をさらに悪化させています。

インターネット利用者のすべてに、自身の責任に向き合うことを強いる国際的な法律の枠組みは、いつになったらできるのでしょうか。もちろん、規制よりもすべての人が高い倫理感を持つことが理想ですが、そのようなことは空想的な理想社会でしか実現しないことでしょう。

 

次のようなことわざがあります。「何かを口に出そうと思ったとき、それが沈黙より美しくなければ、やめておきなさい」。少し言い換えて、つぎのように付け加えることもできます。「何かを書こうと思ったとき、それが真に興味深いものであり、事実に沿っているのでなければ、やめておきなさい」。

コミュニケーションにおいて、私たちはこの理想から遠く隔たっています。

私たちが知恵と節度を示すことができるようになり、インターネットやスマートフォンなどを通した意見の交換が、調和に満ちた、有益で建設的なものになる日が訪れることを、私は心から願っています。

 

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

本稿はそのブログからの一記事。

 

△ △ △

 

再び本庄です。

高校生ぐらいの年ごろの人たちが、ファストフードの店でテーブルを囲んで、ひとこともしゃべらずにスマートフォンを操作しているのを、ときおり見ることがあります。

余計なおせっかいかもしれませんが、彼らは本当に楽しいのでしょうか。

 

間違っているかもしれませんが私は、社会の危機なのではとさえ感じることがあります。

皆さんは、どのようにお考えになるでしょうか。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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月とヘビとウサギ

2018年6月8日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

昨晩の東京板橋は、金星と火星がさんさんと輝く、澄んだ夜空となっていました。本格的な梅雨の前の最後のごほうびでしょうか。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、私ごとですが、最近、縄文文化について調べていました。

縄文時代は今から約12,000年前に始まり、約2,000年前まで続いています。直後の弥生時代から現在までの5倍も長いのです。

ですから縄文時代は、私たちの文化や深層意識にきっと大きな影響を与えているはずだと考えたのです。

 

ご存じのことと思いますが、この文化の特に印象的な遺物に、土器と土偶があります。人の形をかたどっているように見えるのが土偶ですが、中央が落ちくぼんでいる顔をしている土偶が、かなりの数見うけられます。

またそのような土偶の一部は、顔が多少上向きになっていたり、完全に上を向いていたりする、人間とは思えない不自然な形をしています。

さらに奇妙なことに、涙を流していたり、鼻水やよだれを流していたりするように見える線が描かれていることがあります。

 

Dogu (clay figurine) with heart-shaped face, Jomon period, 2000-1000 BC, from Gobara, Higashi Agatsuma-machi, Gunma - Tokyo National Museum - DSC06322

群馬県吾妻郡出土の通称「ハート形土偶」。顔の中央が落ちくぼみ、上を向いている。ネリー・ナウマン(後述)によればハート型やいちょうの葉の形は、月が欠け、再生し、満ちることを象徴している。 By Daderot [CC0], from Wikimedia Commons

 

ウィーン大学の教授ネリー・ナウマンは、日本の古代文化の専門家であり縄文研究の第一人者でした。ちなみに、ナウマン象の名前の由来になった地質学者のナウマンは男性であり、彼女とは別人です。

ネリー・ナウマンの縄文研究の集大成と言われるのが、邦訳で『生の緒』(いきのを)という題の本で、その中で彼女は、顔の中央が落ちくぼんだこの種の土偶が月の神を表わしているという説を唱えています。

 

長野県藤内遺跡出土の土偶

長野県藤内遺跡出土の土偶。顔の中央が落ちくぼみ、後頭部はとぐろを巻いた蛇に飾られている。額はイチョウの葉形をしており、左目の下には涙のような線が刻まれている。クリックすると拡大されます。(ネリー・ナウマン、『生の緒』、言叢社、p.152)

 

そして、この説の裏付けとして、月に関する世界中の言い伝えを紹介して、古代人にとって月は何を意味していたのかを説明しています。

このブログでたびたび話題にしていることですが、世界各地の古代の象徴や言い伝えには、驚くほど多くの共通点が見られます。月にまつわる言い伝えもまさにその一例です。

以下の話題は、『生の緒』に紹介されている言い伝えと、私が他の本やインターネットから得た情報です。

 

月を記号で表わすとしたら、あなたはどのような図形を描くでしょうか。きっと三日月を書くのではないでしょうか。実際に、占星術やタロットに使われている象徴でもそうですし、ほとんどの場合、国旗や紋章に描かれる場合もそうです。

三日月形のこの記号は、古くから世界の多くの場所で同じであったようです。そして、ペンシルヴェニア大学のシュメール文化の研究家マーク・G・ホールの説によれば、元々それは新月から数日後の月相(月の形)を描いたのではなく、月の神のための儀式に用いられたボウルのような容器を横から見た断面でした。

シュメール文化の初期の碑文には、月神の祭りで用いられる、飲むと不死になる液体が入った容器のことが書かれているそうです。

 

さらには、月そのもののことを液体の入った容器だと見なす言い伝えもあります。

アメリカの古い言い伝えでは、月は、雨期に降る雨を溜めている容器だとされています。次のような言葉が残されています。「月は太陽ほど輝かない。泣くことで自らを空にする天体だからである。月は液体を放つ。光や叫び、雨がそれである。」

 

新月の時期が近くなり、月が欠けて空から失われてしまうように見えることは、死を連想させます。しかし3日ほど経つと、月は再び現れて日が経つとともに満ちていきます。このため、古代人は月のことを、生命、再生をつかさどる神だと考えました。

 

円錐形土偶、鋳物師屋遺跡

鋳物師屋遺跡出土の円錐形土偶。顔の中央が落ちくぼんでいる。ナウマンによれば、いちょうの葉形の額と三本指の手も月を示す象徴的表現である。クリックすると拡大されます。(国際縄文学協会、『Jomon Vol.6』、半田晴久、p.49)

 

また、今では忘れかけられている知識になっていますが、動植物の成長、生殖に月は大きな影響を与えています。

よく知られている例が2つあります。

 

ひとつは、珊瑚(サンゴ)の多くが、夏の満月の夜に一斉に産卵するということです。

もうひとつは、俗に10月10日(とつきとおか)と言われますが、人間の受胎から出産までの平均の日数は、月の満ち欠けの周期(朔望月、29.5日)の9倍(265.5日)に、ちょうど一致するということです。

月が生命や再生に結びつけられたのは、これらのことも理由の一端になっているのでしょう。

 

動植物の成長や生殖と月の関係についての他の例にご興味がある方は、以下の電子書籍の第10章を見てください。

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ライフ・マップ表紙

 

翻訳文の言葉づかいはやや古いですが、他の章にも、人生の7年周期など、周期にまつわる興味深い話題が掲載されています。

 

話を戻します。不死や若返りと月を結びつけて考えることは世界中で見られます。

日本ではたとえば、万葉集の歌や竹取物語が例として挙げられます。

「天橋文 長雲鴨 高山文 高雲鴨 月夜見乃 持有越水 伊取来而 公奉而 越得之早物」(集歌3245番)

(天上への橋が、長くあってくれたら。高山が、高くあってくれたら。月の神が持っている変若水(若返りの水)を取って来て、貴きあなたに差し上げて、若返っていただくのだが。)

 

竹取物語では、かぐや姫が「月の都の人は老いることがない」と語り、別れの際に、自分に恋い焦がれる帝に「不老不死の薬」を渡します。

帝は、かぐや姫が月に去った後に、彼女がいない世では不死であっても意味がないと語り、日本で一番高い山で不老不死の薬を燃やすように命じます。このことが富士山(不死山)の名前の由来だという説があります。

 

古代インドの宗教では、月はソーマで満たされたお椀だとされています。ソーマとは神々が不死であるために飲む液体で、後には月そのものがソーマと呼ばれるようになりました。

 

沖縄の宮古島にも、月と不死にまつわる民話が伝わっています。人間に寿命があることを月の神が気の毒に思って、不死の水を人間に飲ませようと考えました。

そして、不死の水と死の水の2つを別々の桶に入れて使いの者に担がせて地上に送ったところ、男が疲れて休んでいる間に、一匹のヘビが不死の水を浴びてしまいました。そこで人間は死の水を飲むしかなくなり、ヘビは毎年脱皮して長生きをし、人間には死が定めとなったのだそうです。

 

大英博物館が所蔵している、土地の境界を示す古代バビロニアの石(kudurru)には、太陽神シャマシュ、金星神イシュタル、月神シンが描かれています。月神シンは三日月型の断面をした皿として表わされ、蛇がその皿の中の液体を飲んでいます。この液体も、不死であるための飲み物だと考えられています。

 

古代バビロニアの境界石の彫刻の一部

古代バビロニアの境界石の彫刻の一部。クリックすると拡大されます。(ネリー・ナウマン、『生の緒』、言叢社、p.158)

 

ヘビは成長とともに脱皮を繰り返しますが、脱皮の直前には死んだように動かなくなります。そして、皮を脱ぐと、柔らかい若々しい姿を取り戻します。

そのため、ヘビも月と同じように再生の象徴になったと考えられます。そして、ヘビが脱皮によって若さを蘇らせることができるのは、月の神が放出する液体を飲んでいるからだとされたのです。

月とヘビという組み合わせと象徴としての意味が、宮古島と古代バビロニアの言い伝えで全く同じであることに驚かされます。

 

日本では正月に鏡餅を飾りますが、民族学者の吉野裕子さんの説によれば、ヘビは古語では「カガ」であり、「カガミモチ」はヘビの体の形をした餅を意味します。

2つ重ねにされた丸餅とその上のミカンは、とぐろを巻いたヘビの姿とヘビの目の象徴だと考えられます。

正装した家長が鏡餅を見ながら酒を飲むことで歳神を祭るのが、この年中行事であり、その背後にあるのは、生命力や再生を象徴するヘビへの古代からの信仰です。

 

最初にご紹介した、土偶に描かれている涙や鼻水やよだれですが、月の神が放出する生命力に満ちた不死の液体を象徴しているとナウマンは考えています。

 

笛吹市・一の沢遺跡出土の土偶

笛吹市・一の沢遺跡出土の土偶。両目の下に涙を表すような線が刻まれている。クリックすると拡大されます。(国際縄文学協会、『Jomon Vol.6』、半田晴久、p.27)

 

月といえば、すぐに連想されるのはウサギでしょうか。

中国では、月にはウサギがいて、臼と杵(きね)を用いて不老不死の薬を粉にしているとされています。

ここでも月と不老不死が関連しています。

この伝説が日本に伝わって、満月が望月(もちづき)と呼ばれることから、ウサギが月で餅をついているという伝承になったのだと思われます。

 

メキシコでは、月にウサギがいて、リュウゼツランの液から造るプルケという白い酒と関連しているとされています。

同じような言い伝えはテキーラにもあります。ある日、ウサギ狩りをしていた人に二匹のウサギが突進してきたのだそうです。

狩人がそのウサギの後をつけると、リュウゼツランの根が巣穴まで伸びており、そこにたまった樹液をウサギが飲んでいました。これがテキーラの発明されたいきさつだとされています。

ですからテキーラを飲み過ぎると、人もウサギのように目が赤くなるのだそうです。

 

酒は、古くは不老不死の薬を意味していたので、ここにも象徴の一致が見られます。

 

日本、中国、台湾では口噛み酒という風習が知られています。神事に用いられる特に神聖な酒は、巫女が米やサトウキビを噛んで作るというものです。

2016年に大ヒットしたアニメーション映画『君の名は』でもこの風習が取り上げられました。そのモデルになったのは、長野県佐久市にある新海三社神社で、年一回行われる口噛み酒の奉納行事だそうです。

 

今までの情報から推測すると、巫女は月の神の代理であり、月の神の唾液によって不死の飲み物を作ることを象徴していると考えられます。

 

 

今回は、世界各地に知られている、月、ヘビ、ウサギ、不死、酒にまつわる言い伝え、象徴としての意味の一致を見てきました。

最初にお話しさせていただいたように、一万年も続いた縄文時代は、私たちの心に深い影響を与えているはずです。ですから、私と同じように、このような伝承に、奇妙な納得感や懐かしさを感じた方もいらっしゃることと思います。

 

では、今日はこの辺りで。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

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