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四大元素とブリューゲル

2018年8月17日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

残暑のお見舞いを申し上げます。いかがお過ごしでしょうか。

今朝の東京板橋は雲の少ない青空で、秋の気配が感じられるかのように涼しかったです。

 

先週末に札幌で仕事があり、その後に、同市の「芸術の森美術館」で開かれていた展覧会「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」を見ることができました。

100点あまりの、独特な作品が展示された興味深い催しで、その中には「四大元素」に関連する絵画もありましたので、ご紹介させていただきます。

 

まず、この展覧会で取り上げられているブリューゲルですが、フランドル地方の一族で、4代にもわたって多くの有名な画家を輩出しました。

フランドル地方は、ごく大雑把に言うと、今のベルギーにあたります。日本では、アニメ化された『フランダースの犬』が有名でしたので(古いでしょうか)、フランダースという名の方が、よく知られているかもしれません。

修道院で作られる美味しい地ビールが、たくさんあるところだそうです。

 

大ブリューゲルとも呼ばれるピーテル・ブリューゲルが生まれたのは16世紀の前半のことでした。イタリアで15世紀に始まったルネサンスは、この頃には、ヨーロッパ中に広まっていました。

 

そして、それまではカトリック教会の教義にまつわることが、芸術や思想、哲学の中心テーマというか大部分を占めていたのに対して、古典や他の文化や人間の実際の生活を重視しようとする機運が盛り上がりました。特に、ギリシャやローマの芸術や文化が、多くの人に注目されるようになりました。

 

ヨーロッパの絵画を例にとると、ルネッサンス期以前に描かれた題材の多くは、支配者や貴族や聖人の人物画か、聖書の逸話の一場面でした。

ところが大ブリューゲルは、自然の風景を描くことに力を注いだり、農家の人たちの祭りをテーマにしました。そしてその作風は一族の画家に受け継がれたばかりか、ヨーロッパの風景画の伝統の先駆けにもなりました。

 

大ブリューゲルの長男で同名のブリューゲル2世は、地獄を描いた絵が得意で、『地獄のブリューゲル』と呼ばれています。また、父と同じモチーフの作品も多数描いています。

この写真は彼の代表作である『野外での婚礼の踊り』です。

婚礼の踊り

婚礼の踊り(クリックで拡大)

 

 

この展覧会では一部の絵の撮影が許可されていたのですが、三脚やフラッシュは使うことができませんでした。そのため写真は少しぼけているのですが、大目に見てください。

踊っているたくさんの人たちの楽しげな様子や、酔った様子や、花嫁の、なぜかつまらなそうな表情がよく描かれていますね。配色がとてもにぎやかです。

 

大ブリューゲルの次男のヤン・ブリューゲル(1世)は好んで花を描きました。その細かい描写は質感がとても見事なので、彼は「花のブリューゲル」とか「ビロードのブリューゲル」と呼ばれます。

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵2

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵(クリックで拡大)

 

当時は、寓意画というものも描かれました。物語のある場面でも、風景や静物でもなく、ある観念を表す絵です。

たとえば先ほどのヤン・ブリューゲル1世の子供であるヤン・ブリューゲル2世の描いた次の4枚の絵は、愛、争い、嗅覚(きゅうかく)、聴覚を表しています。

特に聴覚の絵に描かれている古楽器などの小物などは、まるでそこにあるかのようで、これが400年ほど前の絵だとは信じられないほどです。

愛の寓意画

愛の寓意画(クリックで拡大)

 

争いの寓意画

争いの寓意画(クリックして拡大)

 

嗅覚の寓意画

嗅覚の寓意画(クリックで拡大)

 

聴覚の寓意画

聴覚の寓意画(クリックで拡大)

 

また、ヤン・ブリューゲル1世の子供であるアンブロシウス・ブリューゲルの次の4枚の寓意画は、土、水、空気、火という四大元素を表しています。それぞれの絵に登場している女性は、デメテル(豊穣の女神)、アンフィトリテ(海の女神)、ウラニア(占星術と天文の女神)、ヴィーナス(愛の女神)だそうです。

土の寓意画(クリックで拡大)

土の寓意画(クリックで拡大)

 

水の寓意画

水の寓意画(クリックで拡大)

 

空気の寓意画(クリックで拡大)

空気の寓意画(クリックで拡大)

 

火の寓意画(クリックで拡大)

火の寓意画(クリックで拡大)

 

四大元素とは、ギリシャの哲学者たち、特にエンペドクレスが、自然界のさまざまな現象の根本にある原理だと考えたものです。先ほどヤン・ブリューゲル2世の「愛」と「争い」の寓意画を紹介しましたが、四大元素は愛と争いという原理によって、結合したり分離したりして、自然界のさまざまな現象を引き起こすと考えられました。

 

現代科学ではもちろん、物質の根本は、水素、酸素、炭素、窒素などの、現在は100種類以上発見されている化学元素であり、主に電子の働きによって結合しているということが知られています。

しかし、バラ十字会の通信講座では、化学元素のことも古代の四大元素のことも扱われています。

手短にご紹介するならば、四大元素は物質の根本要素ではなく、むしろ、生命の基礎的な原理だと捉えることができます。そして、この考えを応用して、興味深い瞑想や実習を行うことができます。

 

また、まったく別の視点ですが、四大元素のことを、秘伝的知識が伝授される4つの段階だと考えることもできます。

以下の記事では、当会のフランス代表が以上のことについて解説しています。

参考記事:「四大元素と古代哲学と錬金術

 

では、今回はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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意味と知識と英知の探究について(後半)

2018年8月9日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、「バラ十字哲学って何ですか」という質問への答えとして、当会のフランス本部代表が書いた文章を、前回に引き続きご紹介します。

この文章は、フランスの有名な雑誌『思索のための材料』(Matières à pensee)の2018年夏号に掲載されたものです。

 

前回の文章をまだお読みなっていない方は、こちらを先にご覧ください。

バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究(前半)

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バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究(後半)

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

3.知識の探究

知識の探究とは、どのようなものでしょうか。バラ十字会員の多くは、実際にそれを行っています。この探究の基礎になっているのは会が提供している教本です。会員は、郵送もしくはインターネット経由で、12の段位に分かれた教本を月に4冊受け取ります。

この教本で扱われているテーマのすべてを列挙することは不可能ですが、いくつか例を挙げるならば、宇宙の起源、物質の構造、時間と空間、生命を支配している法則、意識の階層構造、サイキック現象、夢の本質、神の概念、宇宙の魂、人間の魂とその性質、進化の目的、自由意志、カルマ、死の神秘と死後の世界、生まれ変わり、古代から用いられている象徴とその意味、数の形而上学などです。

これらのテーマに加えて、神秘学のテクニックを練習するためのさまざまな実習が教本には含まれています。リラックス法、集中法、視覚像の形成法、精神による創造、瞑想、祈り、身体に活力を与える方法、サイキック能力を目覚めさせる方法、心の錬金術などです。

このように、バラ十字会で扱われている知識は、理論的というよりは、実用的なものだと言うことができます。

室内で読書する女性

 

提供されるこれらの教本に加えて、バラ十字国際大学によって行われている研究作業からも会員は恩恵を受けています。

会員でない方も入手することができる雑誌『ローズ・クロワ』(Rose-Croix、訳注)の記事とマニフェスト(Manifesto)を通して、この研究作業の成果が分かち合われています。

マニフェストとは、教材の中に定期的に含まれる特別な冊子に付けられた名前であり、医学、心理学、物理学、音楽などの特定の分野の専門家であるバラ十字会員によって書かれています。

マニフェストで主に扱われているテーマは、電磁気学、精神分析学、神聖幾何学、夢の錬金術、リラックスの効用、音楽の精神深部への効用、硫黄・塩・水銀という世界の3分類、世界の創造、健康の原理、占星術の起源などです。

大まかに言えば、マニフェストでは、これらのテーマに対して、神秘学という見地からのアプローチが行われています。バラ十字国際大学がモットーとしているのは「スピリチュアリティに奉仕する文化」です。

 

訳注:日本版の雑誌は『バラのこころ』です。ECサイトのアマゾン(amazon.co.jp)で電子書籍版を入手することができます(一冊180円)。

雑誌バラのこころ表紙

 

バラ十字会員には、知識の探究のためのさらに別の方法もあります。それは、講演が行われる下部組織の会員専用の集会に参加することです。

集会では講演が終了すると、20分程度の時間が設けられ、参加者は誰でも質問をしたり、自分の意見を述べたりすることができ、他の会員はその質疑応答を聴くことができます。

 

下部組織で取り上げられ議論されるテーマは、人生の周期、誕生の神秘、死の神秘、生理学的なバランス、病気の予防、人間のオーラの性質、肯定的思考、象徴の意味、四大元素、笑いの効用、啓示とは何か、幸せの基礎などです。

参加者が集まって共同で実習を行う場合もあり、精神による創造、瞑想、サイキック能力の開発、身体の活力を高める方法、惑星との同調、音声による治療などが取り上げられています。

これらの知識に加えて、下部組織では他の会員と出会い交流することによって、豊かな時を過ごすことができますし、多くのバラ十字会員が大切にしている友愛という理想を実感することができます。

 

しかし、理論的な知識と実際的な知識が含まれているとしても、知識の探究ということを、単に新たな知識を入手することだけだと考えることはできません。

知識の探究には「自身を知る」ということが含まれます。このことは古代ギリシャの哲学者、特に倫理学の“父”と呼ばれたソクラテスが教えていたことです。しかし、「自身を知る」とは一体何を意味するのでしょう。

 

この質問に対しては、たとえばこのように答えることができます。それは、自分の望ましい長所だけでなく、自分が持っている弱さや欠点を知ることにあたります。そのためには、内省を習慣的に行うことが必要とされます。

最も高度なレベルで言えば、それは自身の非物質的な本質にあたるソウル(魂)を知ることにあたります。自己の内面の深奥を探究する作業、つまり内なる自己と意図的に交流することによってだけ、この種の知識を手に入れることができます。

この交流を実現するテクニックは、バラ十字会AMORCの学習課程で扱われる神秘学の実習の一部であり、バラ十字会の入門儀式の基礎になっています。

 

入門儀式に関していえば、それは一般的には、ある団体に入門しようとしている人に、その儀式を主宰する人が、何らかの知識を伝えたり、額に聖油を塗ったりするような式典だと、考えられています。この場合、知識の伝授は声や身振りで行われます。

それはそれとして、私の考えでは、さらに繊細で微妙なタイプの入門儀式が存在し、通常の入門儀式を超えるとまでは言いませんが、それと同等に有益です。それは、ある個人が自身の「内なる師」(心の中の教師)から授けられる入門儀式です。

実際のところ、内なる師とは、人間の内部に存在する神にほかなりません。ですから、最も重要な秘儀を授けることができるのは内なる師です。絶対的な意味では、内なる師から伝授されることこそが、私たち人間が手に入れることのできる最高レベルの知識と英知です。

神秘学の過去の達人たちは誰もが、内なる師のことを重要視し、まさにこのことを教えてきました。

 

 

4.英知の探究

それでは、英知の探究とは、どのようなものでしょうか。

この問いへの答えを出す前に、英知は過去に「ソフィア」という名前で呼ばれていたことを思い起こしましょう。古代ギリシャの哲学者は、ソフィアの源が〈世界の魂〉(訳注)の中に存在すると考えていました。

英知を持っている人つまり賢者は、称賛したり崇拝されたりします。また、大部分の人は他の人に、自分の内面的な美点をできる限り示そうと努力します。なぜでしょうか。

ある人が人間関係において、自分の内面的な美点を実際に表現する能力が、その人の真価を決める要因であると、人は直観的に感じているからです。

この傾向、この感情の原因は人の魂にあります。なぜなら、人の魂には崇高で貴い性質があり、それ自体が英知を熱望しているからです。

 

訳注:世界の魂(Anima Mundi):バラ十字会では、普遍的ソウル(Universal Soul)と呼ばれる。宇宙は、全体としてひとつの生きものであると考え、それに命を与えている要素をこのように呼ぶ。

 

ピュタゴラスは人類の歴史に出現した極めて偉大な思想家だと考えられます。彼は、すべての人にとって英知とは、向かわなければならない目標にあたるということを確信し、「英知(sophia)を愛する(phil-)」ということを、人間の最高の指針であると主張しました。

『アテナイの学堂』(ラファエロ作)

『アテナイの学堂』(ラファエロ作):古代ギリシャの哲学者たちが描かれているフレスコ画。中央左がプラトン、中央右がアリストテレス。左下の書物を見ている禿頭の人物がピュタゴラス。

 

このことから「哲学」(philosophy)という言葉が誕生しました。ですから、哲学者とは、この語の最も崇高な意味において、英知を愛し探し求める人のことです。

まさにこのことは、バラ十字会の哲学にあてはまり、この哲学に沿って生きている人の多くは、英知に達することにあこがれ、それをひとつになることと、自分のためでなく他者のために自分の振る舞いに英知を表現することを望みます。

実際のところ、英知の探究に役立てるのでなければ、意味の探究にも知識の探究にも、何の価値もありません。それは、「英知とは、人間の魂が持つ最高の美徳である」と語った哲学者スピノザと同じ意見にあたります。

古いバラ十字会の文章では、英知という人間の美徳が「スムム・ボーヌム」(summum bonum)と呼ばれていますが、それは、「最高の善」(sovereign good)を意味します。

 

しかし、英知とはそもそも何なのでしょう。バラ十字哲学の見方でいうと、それは、意識の状態の一種です。より具体的に言えば、人間の魂にある尊い美徳を目覚めさせることができた人が、その行動に表わすことのできる意識の状態です。

そのような意識の状態に達した人は、謙虚さ、誠実さ、正直さ、心の広さ、善意、非暴力を、あらゆる状況で発揮できるほど聡明であることができます。

このような目標には、一度の人生だけで達することはできないことから、先ほど申し上げたように、大部分のバラ十字会員は、人間が生まれ変わりを繰り返すと考えています。

誰もが、折々の人生で進歩していくように導かれ、いずれは完成に達し、自分の最も内面に存在する、本来の性質を表わすことができるようになります。このときその人は、バラ十字会の哲学で古くから、「バラと十字の状態」と呼ばれている英知の状態に達したことになります。

この状態に達すると、その人は、もはや生まれ変わりを繰り返す必要がなくなります。

 

どのようにしたら英知を手に入れることができるのでしょうか。

第1に、そのことを目標に据えなくてはなくてはなりません。第2に、信頼に値する方法を用いて、進めていく必要があります。

バラ十字会では、その方法として心の錬金術が知られています。錬金術というと、物質の錬金術のことがよく知られていて、それは卑金属を黄金に変容させることですが、心の錬金術とは、自分の欠点をそれと反対の性質に変容させることです。

たとえば、うぬぼれを謙虚さに、利己心を利他心に、暴力を非暴力に変容させることです。それは簡単な取り組みではなく、時間を必要とします。しかし、心の錬金術というテクニックが効果的であり、それに取り組むことが心に満足をもたらしてくれることが経験的に知られています。

おそらく心の錬金術は、私たち人間の内面を変容させ、徐々に英知に近づき、将来の人生において、英知に達するために用いることのできる唯一の方法だと思われます。

フランスの思想家ルネ・ゲノンはこう述べています。「入門儀式のプロセスと、ヘルメス学の偉大な作業は、実際のところ同一のものである。それは、心の深奥に存在するすべての美徳の唯一の本質である〈神聖な光〉を勝ち取ることである」。

 

ここで、もうひとつの別の疑問が浮かんできます。何のために英知の探究を行なうのでしょうか。

この疑問には、一言で答えることができます。進歩するためです。しかし、進歩するのは何のためなのでしょうか。

第1にそれは、自分自身とうまくやっていくためです。というのも、性格上の重大な欠点は、いかなるものであっても、体の不調や不幸の原因になり、健康や幸せから自分を遠ざけてしまうので、自分自身の敵だと言うことができるからです。

第2に、自分を進歩させるのは、愛する人たちや、友人や、同僚や、近所の人や、毎日道ですれ違うまだ知り合いでない人をも含む他の人たちと、うまくやっていくためです。

第3に、より良い地球の市民になって、すべての人の利益のために、社会の進歩に役立つためです。

明らかなことですが、さまざまな分野で、現在、世界はもがき苦しんでいます。そして、世界をより望ましい方向に変化させる唯一の手段は、自分自身を進歩させることと、他の人が、自身を進歩させることを望むように促すことです。

進歩を望むかどうかということは、究極の意味で言えば、英知を基礎とする文化を人類の歴史に出現させることを望むかどうかということだと私は思います。

 

まさにこのことが理由で、バラ十字会AMORCは、社会の進歩に貢献することを心から望み、多くの人たちの意識の目覚めに寄与するために、インターネットで文章を公表したり、定期的に本や雑誌の出版を行なったりしています。

すでに公開されている文章の中でも、特に、多くの方に注目していただきたい文章に、『人類と地球を愛するあなたへのお手紙』、『人間の義務に関するバラ十字宣言』、『スピリチュアリティが支える環境保護への取り組み』、『平和への貢献』があります。

また3つの宣言書『バラ十字友愛組織の姿勢』(2001年)、『バラ十字友愛組織からあなたへの訴え』(2014年)、『新クリスチャン・ローゼンクロイツの科学の結婚』(2016年)のことは言うまでもありません。

この3つの宣言書は、フランスでも、ヨーロッパ全体でも、世界的にも大きな反響を呼びました。

2014年に書かれた第2の宣言書の最後にはこう書かれています。

「人類が、スピリチュアリティ(精神性)の重視と人間尊重と環境保護という方向に舵を切ってほしいと、私たちはかつてないほど強く願っています。そして、この方向へと向かうことで、人類は再生を果たし、あらゆる面で生まれ変わった『新しい人類』への道が開けることでしょう」。

この数行には、バラ十字会の理想と哲学がまとめられています。

 

意味と知識と英知の探究こそが、バラ十字哲学だということについて、今まで述べてきました。

バラ十字会員は時として、理想主義者だと言われることがあります。疑いなく、過去と現在のバラ十字会員の多くを、そのように呼ぶことができます。

しかし、プラトンの次の言葉を思い起こしていただきたいのです。

「ユートピアとは、社会の理想の姿である。おそらく、この地上でそれが実現することはないであろう。しかし賢者は、ユートピアにこそ、自身のすべての望みを託さなければならない」。

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

本文中に紹介されていた文章のうち、日本語に訳されているものを下記URLで読むことができます。

 

『人類と地球を愛するあなたへのお手紙』

www.amorc.or.jp/misc/world_citizen.html

 

『スピリチュアリティが支える環境保護への取り組み』

www.amorc.jp/reference/material_001.html

 

『平和への貢献』

www.facebook.com/amorc.jp/?business_id=956654201091832

 

3つの宣言書

www.amorc.jp/about_us/manifesto.html

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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意味と知識と英知の探究について(前半)

2018年8月3日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

 

かつてないほど暑い日が続いています。

いかがお過ごしでしょうか。どうか熱中症にお気を付けてください。

 

このブログをお読みくださっている読者の方から、よくいただくご質問のひとつに、「バラ十字哲学って何ですか、どんな内容ですか。宗教とは違うのですか」というものがあります。

このご質問に適切かつ手短に答えるのは、それほど簡単なことではありません。当会のフランス本部代表のセルジュ・ツーサンが、フランスの有名な雑誌『思索のための材料』(Matières à pensee)の2018年夏号に書いた記事があり、その答えとして、まさにうってつけです。そこで、この記事の翻訳を今回と次回の2回に分けてご紹介させていただきたいと思います。

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記事「バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

「バラ十字哲学」、そして「意味と知識と英知の探究」とは何かということをご説明する前に、17世紀の初めに出現したバラ十字会という組織を、歴史的な側面から振り返って見ることが役に立つことと思います。

今ほど「出現した」と言いましたが、より正確に述べると、この組織は以下の3つの宣言書を出版することによって、自体の存在を社会に公表しました。

それは『バラ十字友愛組織の声明』、『バラ十字友愛組織の信条告白』、『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』の3つであり、それぞれ1614年、1615年、1616年に出版されました。

 

その数年後の1623年に、バラ十字会はパリの町中の通りに謎めいたポスターを貼り、人生について探究しようとする人たちを自分たちの友愛組織に誘ったので、この組織はさらに多くの人に知られるようになりました。

そのポスターにはこう書かれていました。「我々、バラ十字高等学院の評議員は、最も高貴なるお方の好意によって、公然と、また密かに、この町に滞在している(後略)」。

このポスターが貼られた後の短い期間に、バラ十字会について何百もの本が書かれましたが、その中には、この組織に好意的なものと批判的なものの両方がありました。

 

1.バラ十字哲学の源流

言い伝えによれば、バラ十字哲学の源流は17世紀よりもはるかに古く、古代エジプトのいくつかの神秘学派にまでさかのぼることができます。

これらの学派の存在は、今では大部分のエジプト学者に認められています。進歩した神秘家たちが日々集まり、「神秘の学校」(ミステリー・スクール、神秘学派)という名の通り、宇宙と自然界と人間自体の神秘について研究していました。

 

徐々にこの研究から「グノーシス」(gnosis:神秘的直観)と呼ばれる知識が生じ、公開されることなく師から弟子へと直接伝えるということが行われました。

この知識はエジプトの外にも広まっていきました。ヘラクリトス、ターレス、ピュタゴラスのようなギリシャの哲学者がエジプトで学んだからです。特にピュタゴラスは20年以上もエジプトで学んでいました。

 

彼らはギリシャに戻ると、それぞれに独自の神秘学派を創設しました。そのおかげで、古代ローマの思索家たちは、エジプトの神秘学に触発されて生じたギリシャの神秘学を学ぶことができ、自分たちもまたローマにさまざまな学派を作りました。

中世の錬金術師や、その後の17世紀初頭のバラ十字会員は、秘伝哲学(神秘学)のこの伝統遺産を収集し体系化しました。

このことについて、当時のバラ十字友愛組織の一員であったミヒャエル・マイヤーは『拍手の後の沈黙』(Silencium Post Clamores)という本に次のように書いています。

「我々の起源はエジプトでありバラモン教であり、かつ、エレウシス神秘学とサモトラキ神秘学であり、さらに、ペルシャの賢者、ピタゴラス学派、アラブの民である。」

 

中世以降、バラ十字会は継続して活動していましたが、その活動にはさまざまな系統の集団があり、そのそれぞれが活動期と休眠期を繰り返していました。

18世紀になると、古代組織黄金バラ十字会として知られている特に重要な組織が出現しました。このときに『16世紀と17世紀のバラ十字の秘密の象徴』が出版されましたが、それはヘルメス思想や錬金術やグノーシス思想の多くの図版を収集した見事な本です(付記)。

付記:英語版のPDFを以下のサイトから入手できます。

https://www.rosicrucian.org/secret-symbols-of-the-rosicrucians

 

19世紀には、スタニスラス・ド・ガイタ(1861-1897)とジョセファン・ペラダン(1858-1918)がバラ十字カバラ団を創設し多くの人の注目を集めました。

ジョゼファン・ペラダン

ジョゼファン・ペラダン

 

この組織は、パリで開催した展覧会によって広く知られるようになりました。この展覧会には、その当時の有名な象徴主義の画家たちが参加しています。(フェルナンド・クノップフ、エミール・ベルナール、ジョルジュ・ド・フュール、ジャン・デルヴィル、シャルル・フィリジエ、ウジェーヌ・グラッセなど)

参考記事:『エリック・サティとバラ十字サロン

第1回バラ十字展覧会のポスター

第1回バラ十字展覧会のポスター

 

20世紀の初めには、バラ十字会AMORCという、バラ十字哲学の歴史の中でも最も重要な組織が、ハーヴェイ・スペンサー・ルイス(1883-1939)によって創設されました。

彼は1909年にフランスのツールーズで、当時のバラ十字会への入会を認められ、休眠直前の状態にあった会の再興を託されます。

今日ではバラ十字会AMORCは世界中に広まり、フランス語、英語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、スカンジナビア諸国語、日本語、ロシア語などの言語圏本部が活動を続けています(付記)。

付記:下記のWebページに一覧表があります。

https://www.amorc.org/

 

これらの活動は、文化、教育、平和に貢献しており、多数の国でバラ十字会AMORCは公益団体だと認められています。

バラ十字会AMORCは、いかなる宗教団体、政治団体とも独立して活動しており、国籍、社会的な地位、宗教にかかわらず、男性も女性も入会することができます。

 

次のような疑問が生じることでしょう。はるかな古代から、伝統的な意味で「神秘」と呼ばれている事柄を探究しようと、なぜ人々は駆り立てられてきたのでしょうか。

それは、〈意味〉と〈知識〉と〈英知〉を探し、手に入れたいと心から願っていたからであり、またそのことを必要だと感じていたからです。

古い図書館の脇の木の机

 

このことは、正統派の神秘家、つまり物事がなぜどのようにして起きているのかを理解しようとするすべての人に見られる特徴です。多くのバラ十字会員はこのような神秘家であり、そのことが理由でバラ十字会に属しています。

「神秘家」(mystic)という言葉が、夢想ばかりにふける現実離れした人たちのことをひんぱんに指し、軽蔑的な意味に誤用されていることを私は残念に思っています。

実際にはこの語は、人生の神秘を意味するギリシャ語の「ミスティコス」(mystikos)に由来します。ですから神秘学とは人生の神秘を研究することであり、それはまさに、先ほどお話しした古代のさまざまな神秘学派が行っていたことです。

 

2.意味の探究

「意味の探究」とは何を意味するのでしょうか。おおまかにいえば、それは人生には目的があると考え、その目的とはどのようなものであるかを理解しようとする行ないを意味します。

意味の探究を行っている人たちの多くは、人生を心という側面から理解しようとし、宇宙、地球、そして人間自体は、何らかの超越的な計画の一部として役割を果たしていると考えます。

それと対照的な態度として、無神論と唯物論が挙げられます。無神論と唯物論を信奉する人の多くは、人生を無意味なものだと考え、偶然の結果生じているもの、つまりある状況がたまたま寄せ集められて生じているものだと考えます。

このような人たちによれば、人間とは単なる物質からなる肉体であり、生と死の間だけに限定されるつかの間の存在です。そしてこの信念によれば、人を構成しているすべての要素(経験、技能、記憶、思考、人格など)は、死によってすべて無に帰し、完全に消滅することになります。

 

バラ十字会の哲学は、明確に唯物論とは反対の立場を採っていて、人生に目的があると考え、その意味を探究しています。

紙面の制約がありますので、バラ十字会AMORCの通信講座の教材でこのテーマについて説明されている内容のすべてを、ここで詳細にお伝えすることはできませんが、バラ十字哲学の存在論は、次のような考えに基づいています。

つまり、人間は誰もが事実上完全な魂を持っていて、地上で生活することによって、徐々にこの秘められた完全さに気づき、可能な限り幸せな人生を過ごしながら、その完全さを自身の行動に反映することができるようになります。

このことが人生の目的だと考えることができます。しかし、このような目的は一度だけの人生ではなし遂げることができないので、バラ十字会員の多くは、生まれ変わりという原理が働いていて、この原理もしくは法則によって、人間は生まれ変わりを繰り返していくと考えています。

 

おそらく、人生に意味があるということに関して、それに反対する誰かを完全に論破することはできないでしょう。

しかしたとえば、地球という星の上に生命が存在するためには、多くのパラメータがまさに現在の通りである必要があり、その確率を10のマイナス30乗程度、つまりほとんどゼロであると多数の科学者が見積もっています。

もし地球が今よりも太陽に近かったり遠かったり、自転が今よりも速かったり遅かったり、直径が大きかったり小さかったり、地軸がより傾いていたりいなかったりすれば、太陽系にある兄弟の惑星と同じように、地球に生命が誕生することはなかったのです。

天文学的なこれらのパラメータが適切であることに加え、人類の誕生のためには、無数に多くの物理的な条件や化学的な条件が適切であったことが必要とされます。ですから、私たちがここに存在しているのは、さまざまな条件が偶然組み合わさった結果だと、いったいどのようにしたら考えられるのだろうかと私はいぶかしく思います。

アルバート・アインシュタインは、このことに関する自分の見解を、とても短い言葉で表わしています。「神は無意味なことは何も行わないし、サイコロを振らない。」

 

バラ十字哲学の存在論では、神とは正確には何のことを指しているのでしょう。明らかなことですが、神とは、天上界のどこかに鎮座していて、人間の死の時期や状況を含むすべての運命を決めているスーパーマンに似た何かではありません。

バラ十字会員の多くにとって、神とは絶対的な非人格的な(impersonal:人格という性質を持たず、何に対しても完璧に公平な)知性のようなものであり、この知性が、物質の世界と非物質の世界が創造された原因です。

この絶対的な知性は、宇宙に内在しながら宇宙を超越しており、私たちには知ることができません。しかし、宇宙や自然界や人間自体の中に、神はさまざまな法則として表われていて、私たちはこの法則を研究し、理解し、活用することができます。

バラ十字哲学が何にも増して目標としているのは、これらの法則をよく知り、これらと調和して生きることです。この法則と調和して生きることは、誰もが望んでいる幸せのために必要な条件にあたります。神についてのこの考え方と取り組みは、宗教よりも科学的だということにご注目ください。

 

宇宙と自然界と人間は“崇高な”法則によって支配されています。それらの法則が崇高だと感じられるということに、多くの科学者が同意しています。

このことから考えると、私たち人間を含む、生きとし生けるものの存在には目的があるという見解にたどり着くのではないでしょうか。

バラ十字哲学の観点から言うと、生物は物質的な存在として、宇宙の進歩を支えるという役割を果たしています。つまり、先ほど定義したような意味での“神”には普遍的な意識という性質がありますが、生物が存在することによって、この普遍的な意識の進歩が起こっています。

ヒューバート・リーヴスは、スピリチュアルな傾向を持つ天体物理学者のひとりですが、興味深いことに、「宇宙の最も主な働きは、さまざまな種類の生物の中に、さまざまなレベルの意識を生み出すことである」と主張しています。

地球ではこの働きが絶え間なく作用することによって、鉱物界、植物界、動物界、人間界のそれぞれに、異なるレベルの意識が生じています。(次回に続く)

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

 

△ △ △

再び本庄です。

今回の記事の以降の2章、「知識の探究」と「英知の探究」の翻訳は、来週の投稿でお届けします。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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赤い蝋燭と人魚-文芸作品を神秘学的に読み解く11

2018年7月27日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

暑い日が続きますね。いかがお過ごしでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターをされている私の友人から、大正時代の童話についての寄稿をいただきました。お読みになったことのある方は、きっと懐かしく感じることと思います。

 

▽ ▽ ▽

 

文芸作品を神秘学的に読み解く(11)

『赤い蝋燭(ロウソク)と人魚』 - 小川未明

 

森和久のポートレート

森 和久

 

北の海に棲む人魚がいました。北の海はとても寂しく、生まれてくる子どもには、こんなところではなく、もっと明るく楽しいところで生きてほしいと願うのでした。

そこで、人間はこの世界の中で一番優しいものなので、我が子を人間に託そうと考えました。人魚と人間は、上半身は同じなので、子どもも人間の仲間として受け入れられ、幸福に生きていけるだろうと考えたのです。

 

一方、海沿いのある町に老夫婦の営む小さな蝋燭屋がありました。近くのお宮へ漁師がお参りするときに納めるための蝋燭をここで買うので繁盛していました。

ある日、蝋燭屋のおばあさんが商売繁盛のお礼にこのお宮へお参りに行くと、赤ん坊の捨て子を見つけました。これも神様が授けてくれたのだろうと家に連れ帰って育てることにしました。これが人魚の子どもでした。

 

成長した人魚の子どもは美しい娘になり、蝋燭に絵を描くことで家の手伝いをするようになり、この蝋燭は評判になり、ますます商売繁盛となりました。しかし、蝋燭が売れれば売れるほど、絵を描く娘はヘトヘトに疲れる毎日でした。

そんなある日、香具師(やし)がやってきて、人魚の娘を売ってくれと頼み込みました。老夫婦も最初は神様からの授かりだからと断っていたのですが、大金に目がくらみ、娘を売ってしまいました。娘は真っ赤に塗った蝋燭を家に残して連れて行かれてしまいました。

白と赤の和ロウソク

 

それからというもの、赤い蝋燭がお宮に灯った晩は必ず大嵐になり、赤い蝋燭を見た者は、溺れ死ぬようになりました。蝋燭屋の老夫婦は神様の罰があたったと言って、商売をやめてしまいました。

海は毎日のように大荒れで、不気味に高波がうねるようになりました。そして数年もしないうちに、この町は滅びてなくなりました。

 

これは小川未明による1921年(大正10年)の作品です。彼の代表作の一つですが、私はこの物語を小学生の頃に読んでとても怖い印象を持ちました。イラストで載っていた「赤い蝋燭」というのが、気持ち悪さを増幅させていて、忌み嫌うようになりました。

そして長年忘れていたのですが、先日、同級会に出席し、小学生当時の懐かしい級友たちと会った数日後、突然この物語を思い出したのです。きっと何か意味があったのでしょう。

Ogawa Mimei

小川 未明 By 朝日新聞社 (『アサヒグラフ』 1953年12月2日号) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

元々、蝋燭屋の老夫婦は実直に生き、感謝の気持ちも忘れない人たちでした。ですからある法則により、報われた人生を送ってきました。多くの人々もこのような生き方を夢見たりします。そのために現世利益的な教えやテクニックも世間には多々見受けられます。

しかし、最も重要なことは、自分が手に入れた後の処し方です。この物語も人間の心の弱さを描いており、老夫婦は3つの過ちを犯してしまいました。

 

それは人魚の娘に大量の絵を描かせることで重労働を強い、ついには娘を売ってしまったことです。その結果、ある法則が発動され、老夫婦はすでに持っていたものまでもすべて失ってしまったのです。

人魚の娘は育てて貰った恩に報いるため、精一杯頑張り続けました。老夫婦の一番の過ちは、人間を信頼してくれた人魚の気持ちを裏切ったことです。

 

このような普遍的法則は誰にでも同じように働きます。逃れることは出来ませんし、むしろ活用すべきものです。私がこの物語を思い出したのもこれらの法則を再認識するためなのかもしれません。

 

△ △ △

 

ふたたび本庄です。

この文章で話題になっている普遍的法則は、カルマの法則と呼ばれることがあります。

この法則は、不運や不幸との関連で話題にされることが多いのですが、ある人の行動や発言や思考が善である場合、その人の将来には幸運と幸福が必ずもたらされるという反対の側面も、この法則の一部です。

 

善悪とはそもそも何かという問題がありますが、そのことはとりあえず置いておくことにして、あなたは、このような法則が実際に働いているとお考えになるでしょうか。それとも迷信だとお考えになるでしょうか。

バラ十字会の通信講座では、学習を始めてから14か月目にこのことが取り上げられます。慎重に検討することが有益なテーマです。

 

では、今日はこのあたりで。

またおつきあいください。

 

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世界の外側と世界の中心

2018年7月13日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日、東京は朝からとても暑い日になっています。豪雨被害に遭われて避難所で暮らしている方々のことが気にかかります。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

 

さて、唐突ですが、「世界の外側」と聞くと、どんなイメージが湧いてくるでしょうか。私たち現代人にとって、世界とはおおむね地球のことですので、世界の外側というと宇宙空間を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

人類最後のフロンティアだという、ワクワクした思いを持たれる方もいらっしゃることでしょうし、まばらに天体が浮いている寂しい空間だと感じる方もいらっしゃることでしょう。

一方で、世界の中心はというと、五大大陸のすべてに人が住んでいるので、中心なんか特にないのではと考える方が多いのではないでしょうか。

 

この2つについて、古代人の多くは私たちと全く異なるイメージを持っていました。

原始社会では、よく知っている仲間が住んでいて、整えられていて、親しみ深く安全な範囲が世界であり、その外側には、自分たちを襲うかもしれないよそ者、怨霊、死者、怪物が住んでいるとされていました。

つまり、世界の外側は、まだ秩序が整えられていない危険な混沌であり、そこに住む外敵は人の姿をしていても人間ではないと考えられていました。また世界の外側は、悪神、悪魔もしくは死に神や、伝説上の怪獣がたくさんいて、世界を無秩序の状態に戻そうと狙っていると見なされていました。

まるで、人気漫画『進撃の巨人』の舞台設定のようですね。

 

たとえば、古代エジプトの神話では、外の混沌の世界には、アポピスと呼ばれる大蛇が住んでおり、この蛇を征服しエジプトの地に秩序をもたらしたのが、王のファラオだとされています。

ちなみにアポピスとは、天空で太陽を運んでいる舟を、朝と晩にひっくり返そうとする大蛇です。このたくらみは失敗し、太陽神ラーにアポピスはそのたびに殺されるのですが、毎回復活してこの試みを繰り返します。アポピスは舟をひっくり返すことにたまに成功し、そのときには日食が起こります。

 

古代人の考えによれば、自分たちが住む秩序ある世界と、外の混沌の世界を隔てているのは、城壁、道、壕(ほり)などでした。

道という漢字の由来が、古代の中国の人々のこの考えをよく表しています。東洋学者の白川静さんの説によれば、「道」のしんにょう(しんにゅう)の部分は十字路と足跡の形を表す象形文字であり「歩く」ことを意味しますが、首の部分は何と、まさに生首を表しています。

古代の中国の人たちにとって、道は外敵や外部の邪悪な霊と接触する場所だったので、捕らえた異族の首を手に携えて行進するという呪術を行い、道が持っている守護の力を高めようとしたのだそうです。

 

このような考え方はヨーロッパにも共通していて、時代が下って中世になっても、悪魔、疫病、死から内部の人を守るために、都市の外壁には呪術的な儀式が行われていました。

 

以前にこのブログで取り上げましたが、世界の多くの地域で、冬至は、世界の外側の暗黒の力が一年のうちで最も強くなる時期だと考えられていました。

そして現在でも、悪霊、疫病を追い払う儀式が年中行事として行われています。クケリという悪鬼が登場するブルガリアのディオニソスの祭り、米国アリゾナ州の先住民ホピ族が行うソーヤル祭、そして秋田県のなまはげの祭など、驚くほど類似する多くの祭りが世界の各地に残っています。

クリスマスの起源になったのも古代のそのような祭りであったと、多くの専門家が考えています。

参考記事:『なまはげとクケリについて

ブルガリアの奇祭クケリ

ブルガリアの奇祭クケリ

 

一方で、世界の中心には神聖な場所があり、この場所が天上界、地上界、冥界をつないでいるという言い伝えも世界のあらゆるところにあります。

世界の中心は、文化によって、山の頂上であるとされたり、柱のような石を立てて表わされたり、巨石があったり置かれたり、巨木の生えている場所であるとされました。地理的な中心でなくても構わず、複数ある場合もあります。

 

須弥山(しゅみせん)は、古代インドの人々が世界の中心にそびえたっていると考えた聖なる山です。この言い伝えは後に仏教に取り入れられました。

『倶舎論』(ぐしゃろん)というインドの仏教経典によれば、宇宙の最も底部にあるのは風からなる円盤である風輪であり、その上に水輪、さらにその上に金輪(こんりん)があります。金輪の上には円周状をした鉄でできた鉄囲山(てっちせん)があり、その中を塩水が満たし海になっています。

この海の中央には壮大な高さの須弥山があり、そこに神々が住んでいます。須弥山の四方には4つの大陸がありますが、南方の大陸である贍部洲(せんぶしゅう)に住んでいるのが人間です。

 

ちなみに、「金輪際、あいつには金を貸さない」などというときに使われる「金輪際」は、水輪と金輪の境目のことを指します。

新潟県には妙高山がありますが、この名前は須弥山の別名です。インドネシアのジャワ島にある仏教遺跡のボロブドゥールも須弥山を象徴して造られています。

参考記事:『ボロブドゥール

ボロブドゥール

ボロブドゥール

 

秋田県鹿角市には、大湯環状列石と呼ばれる縄文時代後期のストーンサークルが2つ(野中堂列石、万座列石)あります。そのいずれにも、日時計状組石と呼ばれる遺物があります。

野中堂の日時計状組石では、地面に円形に石が敷き詰められ、四方位を示す丸い石が配置され、その中央に高さ1メートルほどの石の柱が建てられています(写真参照)。四方位を示す丸い石からは、先ほどの須弥山の周囲の四大陸が思い起こされないでしょうか。この列石は縄文人の共同墓地だと考えられており、ドイツの研究家ネリー・ナウマンによれば、日時計状組石は、天上界と地上界と冥界をつなぐ象徴です。

野中堂の日時計状組石(クリックすると拡大されます)

野中堂の日時計状組石

 

以前に、このブログで「生命の樹」のことを取り上げました。旧約聖書の『創世記』には、この樹が世界の中心であるエデンの園に生えていると書かれています。おそらく、文字が発明される以前の時代の言い伝えを、ユダヤ人が自分たちの宗教に取り入れたのでしょう。

そして、ユダヤ教の秘伝思想であるカバラでは、この思想の精密な哲学的世界観を表わす象徴として、この生命の樹(カバラの樹)を用いています。

参考記事:『カバラと生命の樹について

 

サウジアラビアのメッカにあるカアバ神殿は、イスラム教の最高の聖地ですが、言い伝えによれば地上で最も高い場所にあるとされます。つまり、山の頂上にあるとされています。そして、カアバ神殿にはイスラム教の聖なる宝である黒石が置かれています。

一説によればこの黒石は、神と通じるための手段です。

Kaaba2
カアバ神殿 By Aiman titi [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0) or GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html)], from Wikimedia Commons

 

マレー半島の先住民セマング族の言い伝えでは、世界の中心には、一個の巨大な岩があり、その岩の上には一本の巨木が生えています。そして、その幹は天界への通路となり、岩の下には冥界が広がっているとされます。

 

世界の外側と世界の中心についての、さまざまな文化の言い伝えを見てきました。18~19世紀の人類学者、たとえばイギリスのジェームズ・フレイザーのような人は、原始人や古代人のこのような象徴や世界観、呪術的生活を、幼稚な迷信の集まりだと見なしていたようです。

しかし、世界中の異なる文化で、あまりにも共通点が多いことから、そこに何らかの真実が隠されていると考える人類学者、宗教学者が増えてきました。

 

ルーマニア出身の宗教学者のミルチャ・エリアーデは、こう語っています。

「(セマング族によれば)冥界、大地の中心、そして天界への“入口”は同一軸上に見いだされる。そして、宇宙のひとつの領域から別の領域へと移行することができるのは、この軸に沿ってである。もしこれと同じ理論が、すでに先史時代にその概略を表していたということを認めることを(世界中のさまざまな証拠によって)強いられていなかったとしたら、セマング族のこの宇宙理論を正統であると考えることに、ためらいを感じていたかもしれない。」(”Images and Symbols”, Mircha Eliade, 1952)

 

もちろん、太古の時代に行われていた呪術は迷信であり、暗示以外の効力はないと考えられます。

しかし、世界の外側と世界の中心についての、今までご紹介してきたようなイメージと象徴は、いったいどのような現実世界の構造を表わしているのでしょうか。それは、私たち人間の本質や、生き方や死にどのように関わっているのでしょうか。

 

皆さんはどのようにお考えになるでしょうか。

私はまだ考えがまとまっていないのですが、古代の遺跡や遺物に見られる象徴、表わされている世界観に、現代では忘れられてしまった、学ぶべき重大な何かがあるということを直観的に確信しています。

 

さて、今回の話題はいかがでしたでしょうか。興味深いと感じていただける点が少しでもあったとしたら、嬉しく思います。

では、この辺りで。

また、お付き合いください。

(来週の金曜日は都合により、投稿をお休みさせていただきます。)

 

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