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意識と魂はどこにあるか

2021年9月10日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では今日は暑さが戻っていますが、この数日、涼しい日が続きました。外では虫の音が聞こえています。本格的な秋ももうすぐですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

私の友人で作編曲家をしている渡辺さんから、人間の意識と魂(soul)についての文章が届きましたのでご紹介します。

▽ ▽ ▽

魂の宿る場所

渡辺篤紀

渡辺篤紀

皆さんも「意識」や「魂」について、特に、その実体は何であるかということについて、少なからず、あるいは、一度は考えたことがあると思います。

意識や魂というテーマは、生物学、科学、哲学、宗教などの様々な面から考察することができるため、中々その実態に迫ることは難しいと思いますし、実際に私もそうです。

しかし、人間の本質に関わる興味深い話題ですので、この機会に、少し角度を変えて、「意識」や「魂」について皆さんと考えてみたいと思います。

人間の「意識」とは何なのでしょうか?

そして、人間の「意識」を含め、「魂」というものは存在するのでしょうか?

それらは、人間の脳が作り出した「幻想」なのでしょうか?

仕事の合間に瞑想をするビジネスマン

 

■ 人間の意識

人間の意識は、脳内の「物理的・化学的・電気的な反応」によって作り出される一種の「錯覚」のようなものであるという考え方がありますが、もしそのように仮定した場合、私たちが感じている「意識」というものは、一体何なのでしょうか?

たとえば、人間の体の動きなどは、脳からの電気的な信号の伝達によって説明することができます。

そして、人間の外部から感覚器官に入ってきた刺激も電気的な信号にして脳に送ることができます。

しかし、このような電気的な信号の伝達だけで人間の「意識」を説明することは、とても困難です。

たとえば、2つコップが並んでいるとして、そのどちらかを手に取る場合、脳からの電気的な信号によって腕を動かし、どちらかを手に取ります。

しかし、この場合、脳からの命令によってどちらかのコップを手に取ることは説明できますが、その脳からの「コップを手に取る」という命令以前の、「どちらを選ぶか」というプロセスについては、この場合、説明することが難しくなります。

そして、なぜそのコップを選んだのかと尋ねた場合、大抵、「何となく」や「デザインが美しいと思ったから」などという返答が返ってきますが、この「何となく」や「美しいと思った」という、人間の「意識」の一部であると思われるこの感覚は、一体どこから生じるのでしょうか?

たとえば、この「美しい」などと感じる感覚を哲学的には「クオリア」と呼んだりしますが、この「美しい」と感じる感覚などは、全人類で統一される必要もなく、個人の意識の中だけで感じられるものです。

たとえば、私の見ている「赤色」と、あなたの見ている「赤色」は、必ずしも同じものではないかもしれません。

南の島の海の夕焼け

 

■ 脳の分割

人間の「意識」を脳内の活動によって生じる「錯覚」のようなものであると考えた場合、脳を分割、分離すると、人間の「意識」はどうなるのでしょうか?

人間には、右脳と左脳、そしてその二つをつなぐ脳梁という部分がありますが、これを一つの脳として考えた場合、右目で見たものと左目で見たものが脳内で一つになり、それを両方の脳が連繋して認識し、その結果、「一つ」の意識のようなものが形成されることは、何となく理解できると思います。

では、この右脳と左脳をつなぐ脳梁を切断した場合、人間の「意識」はどうなるのでしょうか?

簡単に言うと、右脳と左脳をつなぐ部分がなくなることにより、2つの脳を連携させることができなくなります。

では、その場合、人間の「意識」はどちらの脳に存在することになるのでしょうか?

意識と心(イメージ)

 

■ 実際の脳の分離

実は、脳のある種の機能障害によって発生する発作を抑えるために、「脳梁離断術」という「右脳と左脳を分離」する手術が実際に行われています。

これらの発作は、右脳と左脳の情報が入り混じることによって引き起こされるため、左右の脳をつなぐ脳梁を部分的に遮断したり、完全に遮断するというものです。

では、この場合、人間の「意識」は二つに分かれるのでしょうか?

しかし、実際には「一つ」の意識だけが存在し、意識が「二つ」に分割されたり、「半分」になったように感じたりすることもないようです。

しかし、そうすると、「意識」はどちらか一方の脳に存在することになるのでしょうか?

そして、もう片方の脳は、「意識」のない状態になるのでしょうか?

たとえば、人間は片方の脳しか機能していなくても生きることができますが、この場合も脳によって「意識」が作られるのであるとすると、もしかすると、「意識」のない方の脳で生きていると考えることもできます。

そして、もしも、人間の「意識」が脳内の活動によってのみ生じるものであれば、極端に言えば、人間は、「物理的・化学的・電気的な反応」によって活動するオートマチックな存在であるとも言え、前で説明した「クオリア」という、個人の持つ「質感」を感じる意識は、「物理的・化学的・電気的な反応」によって生命を維持することができているのであれば、その生命において、「意識」とは、ある種の余計なものであると言えるかもしれません。

そして、もしも「意識」がどちらか一方の脳に存在しているとして、「意識」の存在する方の脳を摘出した場合、人間は「物理的・化学的・電気的な反応」によって生命を維持するだけのオートマチックな存在となり、それは「哲学的ゾンビ」と言われるようなものかもしれません。

 哲学的ゾンビ(Philosophical zombie):心の哲学の分野における純粋な理論的なアイデアであって、単なる議論の道具であり、「外面的には普通の人間と全く同じように振る舞うが、その際に内面的な経験(意識やクオリア)を持たない人間」という形で定義された仮想の存在である。(「哲学的ゾンビ」(2021年9月10日10時(日本時間)の版)『ウィキペディア日本語版』より。)

壁面のディスプレイで作業をするアンドロイド

 

しかし、そもそも、人間が「物理的・化学的・電気的な反応」によって生命を維持し、それを達成できているのであれば、進化の過程において、人間をはじめとする高等生物が「意識」を獲得する必要はまったくなく、人間が「意識」を持っているということは、また別の意味があるようにも思われます。

さて、堂々巡りのようになってきましたが、人間の「意識」が脳内で生み出される「錯覚」のようなものであり、「魂」なども存在しないものであるとすると、左右の脳の情報の遮断などによって生じる結果と整合性をつけることが難しくなるような気がします。

 

では、他に、「意識」や「魂」をどのように考えることができるのか?

今後も引き続き考察してみたいと思います。

枯山水の庭園を前にして瞑想している女性

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ふたたび本庄です。

この文章に登場した哲学的ゾンビについて補足しておきます。これは、オーストラリアの哲学者デイビッド・チャーマーズが、唯物論は間違いであるということを論証するために考え出した概念です。

唯物論(materialism)とは、世界の根本は物質や物理的なエネルギーであり、生命や意識や心はこれらから生じている現象だという考え方です。

つまり、原子が組み合わされて分子ができ、分子が複雑に組み合わされて細胞ができ、細胞が集まったのが生命であり、神経の細胞が集まったのが脳であり、脳の中で移動する電気や化学物質こそが心の正体なのだという考え方です。物理主義(physicalism)とも言います。

ちょうど2年前に、小職は『あなたは物ですか心ですか』という記事で、物理主義と哲学的ゾンビについて紹介しました。

興味をお持ちの方は、こちらをお読みください。

参考記事:『あなたは物ですか心ですか

 

下記は前回の渡辺さんの文章です。

トゥトアンクアモン-黄金のファラオ

 

それでは、今日はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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人間について

2021年9月3日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では雨が降り続き、この数日、涼しい日になっています。

そちらはいかがでしょうか。

 

今回は、当会のフランス代表セルジュ・ツーサンが自身の人気のブログに掲載した、記事『人間について』をご紹介します。どうぞ、お楽しみください。

 

彼の前回の記事はこちらで読むことができます。

不行動について

 

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記事:「人間について」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

セルジュ・トゥーサン、バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表

 

私たちは誰もが、人間とは何かを知っていると思っています。しかし人間の起源など、多くの点に謎が残されています。私たち現生人類であるホモ・サピエンス・サピエンスは、自然界もしくは神によって創造されたのではないことが、21世紀前半の今では明らかになっています。

科学的な調査によれば、人間は、とても長期にわたる、とてもゆっくりとした進化の結果として成立したのであり、この進化をさかのぼると、約700万年前にアフリカに出現した最古の人間(サヘラントロプスだと推測されている)にたどり着きます。

しかし、これですべての疑問が解決したわけではありません。ではこの最古の人間はどのようにして生じたのでしょうか。それは動物から、さらに具体的に言えば大型の類人猿から進化したのだと考えられています。

ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図

ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図

 

人間

進化の現在の段階において、人間はどのようなものでしょうか。最も特徴的なのは、極めて洗練された効率的な肉体です。人体のメカニズムは、研究者の誰もが驚嘆するほど、ほぼ完璧なものです。

人体は解剖学的にも生理学的にも、鉱物界、植物界、動物界が作り出した最良のものが、自然界の指導と指示のもとに統合され構成されていると考えることができます。

運動機能(歩いたり走ったりする働き)から生理機能(消化や呼吸の働き)に至るまで、人間の身体は、簡潔さと複雑さを兼ね備えた“高性能装置”であり、最高に洗練されたヒューマノイド(ヒト型ロボット)ですら、身体機能だけを考えたとしても人間にははるかに及びません。

ヒューマノイド

 

しかし人間は、多数の生理化学的なプロセスによって維持されている単なる肉体ではありません。人間には精神の働きがあり、推論、記憶、想像を行うことができます。この3つの働きそれぞれによって、人間は現在、過去、未来を把握することができます。

科学的な見解によれば、この働きを司(つかさど)っているのは脳という中枢であり、脳を構成している数百億個の神経細胞の働きによって、この働きが実現されています。しかしそうであるとしても、物質である身体によって、思考などの非物質的な現象がどのようにして生じるのでしょうか。

現在に至るまで、この問いに答えることのできた科学者はひとりもいません。もちろん、脳波にはいくつかの種類があり、それが、精神の活動の種類と対応していることは知られています。

 

人間の魂(soul:ソウル)

「意識」は、思考よりもさらに深い謎に包まれています。私たちは意識の働きによって、自分自身と他の人たちと外界を同時に把握することができます。通常「個性」と呼ばれているものを私たちの一人一人に与えているのも意識の働きです。

デカルトの肖像画

デカルトの肖像画、After Frans Hals, Public domain, via Wikimedia Commons

 

17世紀当時のバラ十字会員と密接に交流していたフランスの哲学者ルネ・デカルトは、ご存知のように「我思う、ゆえに我あり」と語りました。この言葉は、おそらく次のように言い換えることができるでしょう。「私には意識がある。それゆえに、私は(人間として)存在する」。

自己意識(自分のことを自己だと感じる意識)があるため、私たちは自分のことを、他の人とは異なる独立した個人だと考えます。

そして自己意識が知性と一緒に働くことで私たちは判断を行うことができ、いわゆる「自由意志」を行使することができ、周囲に影響を及ぼして、自分自身の未来を変化させることができます。

世界各国の子供たち

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

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ふたたび本庄です。

前回ご紹介し、とても好評だった記事『錬金術師になる』にもご紹介した考え方ですが、宇宙(macrocosm:マクロコズム)は物質的な世界と非物質的な世界からなると考えることができます。

今回の記事には、人間(microcosm:ミクロコズム)は物質的な身体と非物質的な魂から構成されているという考え方が紹介されていました。

この2つは対応しており、エメラルドタブレットに書かれているとされる錬金術の根本原理「下にあるすべてのものは、上にあるものに似ており、上にあるすべてのものは、下にあるものに似ている」のひとつの実例になっています。

参考記事:『錬金術師になる

参考記事:『エメラルドタブレットとは

 

そして、多くの伝統思想でも近代思想でも、物質的なものと非物質的なものを統一する、ひとつの原理があると考えられています。

そうでなければ、物は心に認識されることができず、心は物に影響を与えることができないからです。

 

たとえば仏教の唯識派では、それは「八識」であるとしました。20世紀の日本の哲学者大森荘蔵は「立ち現れ」だと考えました。

バラ十字会の通信講座の教材では、この統一がある意味で2段階になっているという古代哲学の考え方が紹介されます。皆さんも、「ヌース」(Nous)や「エーテル」(Ether)という言葉を、聞いたことがおありではないでしょうか。

このことはとても興味深いテーマですので、いずれこのブログでも話題に取り上げたいと考えています。

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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風立ちぬ

2021年8月27日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋でも、きびしい残暑が続いています。

いかがお過ごしでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターを務めている私の友人が、堀辰雄の小説「風立ちぬ」についての文章を寄稿してくれました。同名の松田聖子さんの歌もこの小説からインスピレーションを得て作られています。

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(29)

『風立ちぬ』 堀辰雄

森和久のポートレート

森 和久

 

 「それらの日々に於ける唯一の出来事と云えば、彼女がときおり熱を出すこと位だった。それは彼女の体をじりじり衰えさせて行くものにちがいなかった。(略)私達のいくぶん死の味のする生の幸福はその時は一そう完全に保たれた程だった。」 「私」と節子が出会った頃、二人はこうして日々を過ごしました。

 秋近くになったそんなある日の午後、一陣の風が吹き節子の描きかけの絵がイーゼルごと倒れ落ちました。「すぐ立ち上って行こうとするお前を、私は、いまの一瞬の何物をも失うまいとするかのように無理に引き留めて、私のそばから離さないでいた。お前は私のするがままにさせていた。」 『風立ちぬ、いざ生きめやも。』(風が吹いた、さあ生きていこう。) 「私」はこのフランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節をリフレインしていました。

 

 以上はこの物語の最初の章『序曲』の冒頭部分です。『序曲』では「私」と節子の婚約前の事柄が述べられています。そこでは節子の父の存在が精神的に大きく、「私」にも節子にものしかかっているのがわかります。節子と父の家族としての絆の強さが「私」と節子の危うい関係性を凌駕しているようです。これは最後まで続き、二人の関係は結婚まで至らず婚約状態のままです。

 「私」は節子の従順さに愛おしさを感じ、経済的に自立し立ち行くようになり「どうしたってお前を貰いに行く」と、自分自身だけに言い聞かせます。

 

 続く『春』の章では、すでに二人は婚約しており、節子の父の勧めもあり、二人はF(※1)のサナトリウムで、転地療養することになります。

 節子は「私、なんだか急に生きたくなったのね…」「あなたのお陰で…」と小声で言います。しかし、これは本心ではありましょうが、体調の悪化ゆえの反動なのでしょう。サナトリウムへ行く事前検査では、節子の結核はかなり悪くなっていました。当時の結核はかなりの難病で、致死率も高く、結核菌により感染も多かったのです。日本で結核による年間死亡数が最も多かったのは1918年の人口10万対257.1人で,死亡順位も第1位でした。その後,第2次大戦の終りまで結核は30年近くも他の病気に比べて圧倒的に高い死亡率を示していました。(※2)

富士見高原-花の里

富士見高原-花の里

 『風立ちぬ』の章。二人はそろってサナトリウムで闘病生活を始めます。初めての二人だけの食事はサナトリウムの病院食です。侘しさに耐えきれず「私」が節子に「ねぇお前、何だってこんな…」と言い出しかけると節子は「ベッドに寝たまま、私の顔を訴えるように見上げて、それを私に言わせまいとするように、口へ指をあてた。」のでした。

 作中二人は幾度か言葉を飲み込んだり、押しとどめたりします。それはわかりきっているし、言葉にすることでもう取り返しがつかなくなると思ったのかもしれません。

 節子が飲み込んだある言葉を後に聞かされたとき、「私」は「あのとき自然なんぞをあんなに美しいと思ったのはおれじゃないのだ。それはおれ達だったのだ。まあ言って見れば、節子の魂がおれの眼を通して、そしてただおれの流儀で、夢みていただけなのだ。……それだのに、節子が自分の最後の瞬間のことを夢みているとも知らないで、おれはおれで、勝手におれ達の長生きした時のことなんぞ考えていたなんて……」と思い当たります。

 節子は医者にこのサナトリウムで2番目に重症と言われていました。9月のある日、一番の重症患者が病死しました。次はどうなるかと考えてしまいます。そして9月の末に別の精神を病んだ患者が林の栗の木で縊死しました。「私」は順番じゃないんだと自分に言い聞かせ安心しようとします。

 それから何日かが過ぎて、節子の父がやって来て、節子は父の滞在中、楽しく過ごしましたが、はしゃぎすぎたのか、父が帰ると一気に病状は悪化します。

 数日後、いくらか回復した節子に「私」は自分の心の迷いを伝えます。「私が此処でもって、こんなに満足しているのが、あなたにはおわかりにならないの?」と節子は答えます。その言葉を聞いた「私」は、「秋の午前の光、もっと冷たい、もっと深味のある光を帯びた、あたり一帯の風景をしみじみと見入りだしていた。あのとき(二人が幸福を感じた初夏の夕方)の幸福に似た、しかしもっともっと胸のしめつけられるような見知らない感動で自分が一ぱいになっているのを感じながら……」

堀辰雄(30歳当時)

堀辰雄(30歳当時)、詳細不詳, Public domain, via Wikimedia Commons

『冬』の章になると日記のような体裁になり、まず1935年10月20日の日付が書き込まれ、まるでカウントダウンのように読者には感じられます。

 ある早朝、近くで起こったような異様な音に驚いて「私」は目を覚ましました。何か判らないでいると節子は、それは栗の実が落ちた音だと教えてくれました。それから節子は激しい咳をし続け、「私」は不安に陥ります。

 12月に入って節子は窓から山襞を見て、父親の横顔が浮かび上がっていると言います。節子は心細くなり、父親の元へ帰りたくなったようです。「私」は節子を失う恐怖におびえます。

矢野綾子

矢野綾子、詳細不詳、Public domain, via Wikimedia Commons

最終章『死のかげの谷』。この章も日記形式で書かれています。翌年の1936年12月1日、「私」は一人で節子と出会ったK村(※3)に来ました。今は亡き節子のことを回想します。そうすると「お前をこれまでになく生き生きと――まるでお前の手が私の肩にさわっていはしまいかと思われる位、生き生きと感じ」るのです。注文していたリルケの『レクイエム』が届き、「私」は日々読み続けます。

 さて、この物語は〈愛〉(Love)と〈生命〉(Life)と、そして〈光〉(Light)がテーマの一つとなっています。バラ十字会でも重要な言葉として取り上げられています。

 最終章の12月24日のシーンを見てみましょう。「私」は村のある家でさみしいクリスマスをすごし、自分の宿に向かって林の中を歩いていました。すると「何処からともなく小さな光が幽(ほの)かにぽつんと落ちているのに気がついた。」のです。こんな所にどうしてこんな光が差しているのだろうと、あたりを見回すと、谷の上の方に一つだけ明かりが見えます。それは「私」の小屋の明かりでした。このことをこのときまで気づくことはありませんでした。「殆どこの谷じゅうを掩(おお)うように、雪の上に点々と小さな光の散らばっているのは、どれもみんなおれの小屋の明りなのだからな。……」と自分に言います。

 やっと自分の小屋に帰り着き、この小屋の明かりがどれほどの広さで外界を照らしているのかを「私」は逆に見てみようとします。するとその明かりは、小屋の周りをほんの少し照らしているに過ぎませんでした。そして私は思います。「なあんだ、あれほどたんとに見えていた光が、此処で見ると、たったこれっきりなのか」(略)「──だが、この明りの影の工合なんか、まるでおれの人生にそっくりじゃあないか。おれは、おれの人生のまわりの明るさなんぞ、たったこれっ許(ばか)りだと思っているが、本当はこのおれの小屋の明りと同様に、おれの思っているよりかもっともっと沢山あるのだ。そうしてそいつ達がおれの意識なんぞ意識しないで、こうやって何気なくおれを生かして置いてくれているのかも知れないのだ……」

 12月30日(最後の日付)「私」は自分がこうして1人で生きていられるのは節子のおかげだと納得します。「それ程、お前はおれには何んにも求めずに、おれを愛していて呉れたのだろうか? ……」 遠くでは風がしきりにざわめいています。

矢野綾子の油彩画

矢野綾子の油彩画、Public domain, via Wikimedia Commons

 この物語は堀辰雄の実体験を元にしています。節子のモデルとなったのは矢野綾子という20代前半の女性で、彼女との出会いについては、堀辰雄がこの作品の5年前に発表した『美しい村』の中で取り上げています。また、実際の矢野綾子については、『昭和史の秘話を追う』(秦郁彦 著、PHP研究所 刊)で割と詳しく紹介されています。

 なお、松本隆の作詞、大瀧詠一の作曲で松田聖子が歌った同名曲や宮崎駿監督による同名アニメ映画も堀辰雄のこの作品をモチーフにし、インスパイアされたようですが、もちろん別ものです。

(※1:富士見高原、※2:『世界大百科事典』より、※3:軽井沢)

 

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

松田聖子さんの「風立ちぬ」は失恋についての歌だと思っていたのですが、そのもとになった小説が、人間の生と死を描いた物語だということに驚かされました。

しかも、その題名の由来であるポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』は、インターネットで少し調べてみたところ、哲学的な傾向がとても強い作品のようです。

 

森さんが話題にした〈愛〉(Love)、〈生命〉(Life)、〈光〉(Light)ですが、この3つは、バラ十字会の哲学の核心に深く関わっている3要素です。

人生と世界にはこの3つが、いたるところに溢れているということが、堀辰雄さんの「風立ちぬ」によって表されていることのひとつだと私には感じられます。

 

下記は森さんの前回の文章です。

記事:『ロミオとジュリエット

 

では、今日はこのあたりで。

また、お付き合いください。

 

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錬金術師になる

2021年8月20日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋は、この一週間ほどはっきりしない天気が続いていましたが、昨日から青空が見えるようになりました。

そちらは、いかがでしょうか。

 

さて、前回のクイズでも取り上げましたが、歴史上、錬金術師であったとされる有名な人には、ニコラ・フラメル、カリオストロ、パラケルススなどがいます。

皆さんは錬金術師に、どのようなイメージをお持ちでしょうか。

カリオストロ伯爵

カリオストロ伯爵, Smithsonian Institution Libraries, Public domain, via Wikimedia Commons

 

ご存知のように中世の錬金術から、近代の化学と薬学が生じました。バーゼル大学はスイスの最も古い大学ですが、薬学歴史博物館があり、カリオストロの功績が讃えられているそうです。

参考記事:「カリオストロ」

https://www.amorc.jp/reference/material_045.html

 

錬金術がどこで始まったのかということは、はっきりとは分かっていません。

錬金術はアラビア語では「エル・キミア」(el-kimia)ですが、このキミアの語根は黒い土地を意味する「ケム」(Khem)であり、古代のエジプトを意味しているという説があります。

古代ギリシャのプラトンは、人類史上最も偉大であるとさえ言われている神秘学(mysticism:神秘哲学)の哲学者ですが、アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)はプラトンの指導で優れた王になり、ギリシャの領土をエジプトにまで拡大しました。

そして、ナイル川の河口の近くに、自分の名前を付けたアレクサンドリアという都市を作りました。

 

この地ではギリシャとエジプトの当時の優れた文化が混じり合い、後に巨大な図書館が作られたこともあり、アレクサンドリアは広大な地域から学者が集まる国際都市になりました。

この地には、エジプトだけでなく中近東全域の錬金術師たちも集まっていたということが知られています。おそらく、初期の錬金術の発展に重要な役割を果たしたのでしょう。

その後錬金術は中近東からヨーロッパ、特にギリシャとビザンチン帝国に広まっていきます。中世では、テンプル騎士団が錬金術の伝統の継承に重要な役割を果しました。

ユネスコとエジプト政府によって再建されたアレクサンドリア図書館

ユネスコとエジプト政府によって再建されたアレクサンドリア図書館

 

この図は、ハインリッヒ・クンラートというドイツの錬金術師の『永遠なる叡智の円形劇場』(1609年)という本に描かれている錬金術師の部屋の様子です。

錬金術師の部屋の様子

錬金術師の部屋の様子(クリックすると拡大されます), Public domain, via Wikimedia Commons

 

部屋の中央には大きなテーブルがあり、リュートのような作りかけの楽器、工具、ベルやチャイムのようなものが乱雑に並べられています。

部屋の左には、テントのようなものが張られていて、その中に置かれた机には書物と図版のようなものと額が立てかけられています。この場所は「オラトリウム」(oratorium)と呼ばれています。この語の語源は、「発話」、「雄弁」、「祈り」を意味するラテン語の「オラチオ」(oratio)です。

オラトリウムの前の床には敷物が敷かれていて、ひざまづいた人が両手を広げて、祈っているか大声を上げているかのようです。左手前の壺のようなものからは、煙がもくもくと上がっています。

 

部屋の右には、やはり幕によって区切ることのできる一角があり、炉のようなものが据え付けられ、いろいろな道具が散乱しています。この場所はラボラトリウム(laboratorium)と呼ばれています。この語は、「実験室」を意味する英語のラボラトリー(laboratory)の語源になりました。

 

錬金術師たちは、社会から離れてキリスト教の修道士のような生活を送っていたと想像されてしまうことがあります。

しかし実際には、錬金術師たちの多くが結婚して子供をもうけ、通常の人と同じ生活を送っていました。危険がない作業を家族の人に手伝ってもらうことも多かったと伝えられています。

錬金術という名前の通り、彼らは金を作ろうとしていました。より具体的に言えば、卑金属(通常は鉛)を金もしくは銀に変えようとしていました。

このうち金を作る過程は「赤へと向かう作業」、銀を作る過程は「白へと向かう作業」と呼ばれていました。

錬金術師の部屋を再現した展示(バラ十字会AMORC古代エジプト博物館の特別展より)

錬金術師の部屋を再現した展示(バラ十字会AMORC古代エジプト博物館の特別展より)

 

しかし貴金属を作ることは、特に後期の錬金術師たちには、最も重要な目的ではありませんでした。

それは、私の考えではとても納得のできることで、爆発や火災の危険を冒して少量の貴金属を得ることが目的ならば、そのような研究に多大な労力を注ぎ込むことには、常識を持つ人は誰もが疑問を持つように思います。

それでは、錬金術師たちは一体何をしようとしていたのでしょうか。この謎を解く鍵のひとつは、先ほどの、錬金術師の部屋のオラトリウムにあります。

 

人間とはどのような存在なのかという錬金術師たちの考え方(存在論)を、バラ十字会は受け継いでいます。

その考えは普遍的なものなので、皆さんの多くにも同意いただけることと思いますが、人間とは、肉体という物質に魂という非物質的な(精神的な)エネルギーが宿ったものだと考えることができます。

 

この宇宙は、物質的なもの(物)と非物質的なもの(心)から構成されていると見なすことができます。そして、物質に働く法則を研究することは、心の世界に働く法則を突きとめるために役立つと錬金術師たちは考えたようです。

 

時代が下るにつれて、錬金術師たちは、徐々に物質の錬金術から、心の錬金術を目標として重視するようになっていきました。

物質の錬金術とは、先ほど説明したように卑金属を金や銀に変えることでした。それに対して心の錬金術とは、人間の性質にある心の不完全さ(卑しさ)を、それとは正反対の性質(貴さ)へと変えることを意味します。

つまり、傲慢さを謙虚さに変え、利己心を分け与える心に、狭い心を親切な心に変えることなどを意味しています。

皆さんも実感されていることと思いますが、私たちはエゴに強く捉えられているため、このような性格の改善は、望ましいということは分かっていても、決して簡単なことではありません。

後期の錬金術師たちは、心の錬金術という自分の人格を洗練していく実践方法の専門家でした。

そして心の錬金術のためには、オラトリウムが用いられました。オラトリウムで行われていたことは主に「瞑想」と「母音の詠唱」と「祈り」であったと推測されています。

 

このうち瞑想は、ストレスの緩和の方法として多くの人に取り組まれているので、すでに皆さんにもお馴染みのことでしょう。

「母音の詠唱」は、きっと耳慣れない言葉でしょう。ご説明します。

世界中の多くの神話で、世界が創られたときに神が「ある言葉」を発したと語られています。錬金術師たちは、人間は聖なる源(神)から生じたのであり、神が行うことは人間にも模倣ができると考えました。

そして、この世のすべてのものが振動であると考え、その振動を変えることが物や心の性質を変えることにつながると考えていました。

 

実は、先ほどの錬金術師のテーブルにはリュートのような楽器やベルやチャイムが置かれていましたが、卑金属を貴金属に変える物質の錬金術では、物質の振動の性質を変えるために、楽器やベルやチャイムを用いることが試みられていたのです。

一方で心の振動の性質を変えるためには、「母音」と呼ばれるいくつかの音節を発声するという方法が用いられました。それらの秘伝の音節は、神が創世のときに発した「ある言葉」の性質を受け継いだものだと考えられていました。

この音節には「ア・イ・ウ・エ・オ」だけではなく子音も含まれるのですが、人間が発声する(vowel)ことから「母音」(vowel sound)と呼ばれています。

 

次は「祈り」です。現代では祈りは、宗教に強く結びつけられて連想されてしまうことが多いのですが、錬金術師たちは、キリスト教の特定の宗派の祈りを唱えていたのではなく、より普遍的な性質の祈りを行っていたようです。

実際に、17世紀の終わりごろから錬金術はローマカトリックに敵視されるようになり、休止状態になりました。

 

さて、この文章をここまでお読みになってきた方のうち、バラ十字会の通信講座の学習に取り組まれている方は、きっとこう思ったのではないでしょうか。自分たちが行っていることの多くは、錬金術師たちがオラトリウムで行ってきたことに似ているのでは。

はい、その通りです。バラ十字会は、錬金術師の伝統の多くを、進歩させつつ受け継いでいます。

あなたがもし現代の錬金術師になることを望むのであれば、このページの一番下にあるバナーをクリックして、通信講座「人生を支配する」の無料体験を申し込んでください。最初の一ヵ月は何をすれば良いかを知ることができます。

 

では、今回はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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神秘学のクイズ2

2021年8月13日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、はっきりしない天候が数日続いています。すでに大雨のところも、これから危険度が増すところもあるようです。

どうかお気を付けてお過ごしください。

 

一ヵ月ほど前に、当会のフランス代表が作成した、神秘学(mysticism:神秘哲学)と秘伝思想(esotericism)についてのクイズをご紹介しました。面白かったとの感想を何人かの方からいただいたので、今回はその第2弾です。

全部で20問あります。解答を後ろに付け加えました。フランスのブログの読者の今までの平均では、正答率は75%だとのことです。

どうぞ、お楽しみください。

 

下記は、前回のクイズです

神秘学のクイズ」(その1)

 

▽ ▽ ▽

1.「ゾーハル」(Zohar)は、何語で書かれているでしょうか

   A:ギリシャ語 B:エジプト語 C:ヘブライ語

ゾーハルの表紙

ゾーハルの表紙(1558年、マントヴァ出版)、Possibly Simeon bar Yochai, Public domain, via Wikimedia Commons

 

2.カバラ(Kabbalah)とは何でしょうか

   A:占いの技法 B:古代ヘブライの英知 C:ある宗教の聖典

3.フルカネリ(Fulcanelli)とはどのような人物だったでしょうか

   A:画家 B:占星術師 C:錬金術師

4.テンプル騎士団が出現したのはいつでしょうか

   A:15世紀 B:8世紀 C:12世紀

ポルトガルのトマールにあるテンプル騎士団の修道院

ポルトガルのトマールにあるテンプル騎士団の修道院

 

5.次の中で、東洋の英知はどれでしょうか

   A:タロット(Tarot) B:トーラー(Torah) C:タオ(Tao)

6.原始キリスト教の象徴だったのは、次のうちどれでしょうか

   A:十字 B:魚 C:雄牛

7.宣言書「バラ十字友愛団の声明」の中で、バラ十字団の創始者とされているのは誰でしょうか

   A:レオナルド・ダ・ビンチ B:ヨハン・ヴァレンティン・アンドレーエ C:クリスチャン・ローゼンクロイツ

「バラ十字友愛団の声明」の表紙

「バラ十字友愛団の声明」の表紙

 

8.パラケルスス(Paracelsus)は何の研究家でしたか

   A:数学者 B:錬金術師 C:哲学者

9.錬金術にはいくつの段階があるでしょうか

   A:3段階 B:7段階 C:5段階

10.原初の伝統(Primordial Tradition)と呼ばれているものに、最も関係の深い国はどれでしょうか

   A:インド B:エジプト C:イスラエル

11.古代エジプトで、国の宗教として一神教を唱えたファラオは誰でしょうか

   A:ラムセス2世 B:アクナトン C:セティ1世

12.バラ十字会の宣言書は次のうちどれでしょうか

   A:ロザリウム・フィロソフィクム(Rosarium philosophicum) B:フィロソフィア・ペレニス(Philosophia perrenis)C:コンフェッシオ・フラテルニタティス(Confessio Fraternitatis)

13.デルファイのアポロの神殿に刻まれていた言葉は次のうちのどれでしょうか

   A:汝自身を知れ B:祈り、瞑想せよ C:上にあるすべてのものは、下にあるものに似ている

広島市平和記念公園の鐘に記されているギリシャ大使の銘文

広島市平和記念公園の鐘に記されているギリシャ大使の銘文

 

14.物質は原子でできていると唱えた古代ギリシャの哲学者は誰でしょうか

   A:デモクリトス(Democritus) B:プラトン(Plato) C:ルクレティア(Lucretia)

15.ペンタグラムとは、いくつの先端がある星形でしょうか

   A:7つ B:5つ C:6つ

16.「ニュー・アトランティス」(The New Atlantis)の著者である17世紀の英国の哲学者は誰でしょうか

   A:フランシス・ベーコン(Francis Bacon) B:ジョン・ディー(John Dee) C:トマス・モア(Thomas More)

17.18世紀にカリオストロ(Cagliostro)がフランス高等法院で演説を行ったときに、どこにバラの花が咲いたときに私は旅を終えると述べたでしょう

   A:庭の中に B:十字の上に C:森の中に

18.西洋の秘伝思想で四大元素(四大要素)とされているのは、土と水と火と、もうひとつは何でしょうか

   A:空気 B:木 C:金

19.錬金術は、鉛を何に変成しようとする技法だったでしょうか

   A:金 B:鉄 C:銅

バラ十字公園(カリフォルニア州サンノゼ)で行われた錬金術の展示

バラ十字公園(カリフォルニア州サンノゼ)で行われた錬金術の展示

 

20.18世紀の哲学者ルイ・クロード・ド・サンマルタン(Louis Claude de Saint Martin)は、当時、次のどの名前で呼ばれていたでしょうか

   A:光の哲学者 B:神秘の哲学者 C:知られざる哲学者

* * *

答え

1-C.「ゾーハル」はヘブライ語で書かれています

2-B.カバラは古代ヘブライの英知にあたります

3-C.フルカネリは20世紀のフランスの錬金術師でした

4-C.テンプル騎士団は12世紀に出現しました

5-C.タオ(道)は東洋の英知です

6-B.魚が原始キリスト教の象徴でした

7-C.宣言書「バラ十字友愛団の声明」では、クリスチャン・ローゼンクロイツがバラ十字団の創始者とされていました

8-B.バラケルススは、錬金術の研究家でした

9-B.錬金術には7つの段階があります

10-B.古代エジプトには、原初の伝統と呼ばれているものと深い関係があります

11-B.古代エジプトで国の宗教として一神教を唱えたファラオはアクナトン(アクナテン、アクエンアテンなどとも表記)です

12-C.コンフェッシオ・フラテルニタティスがバラ十字会の宣言書のひとつです

13-A.デルファイのアポロの神殿には「汝自身を知れ」と刻まれていました

14―A.物質は原子でできていると唱えた古代ギリシャの哲学者はデモクリトスです

15―B.ペンタグラムとは5つの先端がある星形のことです

16-A.17世紀の英国の哲学者フランシス・ベーコンが「ニュー・アトランティス」を書いています

17-B.18世紀にカリオストロは、フランス高等法院で演説を行ったときに、「十字の上にバラの花が咲いたときに私は旅を終える」と述べています

18-A.西洋の秘伝思想で四大元素(四大要素)とされているのは、土、水、火、空気です

19-A.錬金術は、鉛を金に変成しようとしていました

20-C.18世紀の哲学者ルイ・クロード・ド・サンマルタンは、当時、「知られざる哲学者」という名前で呼ばれていました

 

著者(出題者)セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

いかがでしたでしょうか。

このクイズの問いの多くは、当会の通信講座の本科課程や専門課程で扱われている内容に関連しています。

前回もお勧めしましたが、興味を感じられたいくつかの事柄について、インターネットで検索なさってみてください。神秘学と秘伝思想に、あらゆる時代に多くの人が興味を示してきたのをお感じになることでしょう。

その背後にあったのは、人生の謎を解明したいという熱い思いだと私は考えています。

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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