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大空を飛ぶ

2018年9月14日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

暑さ寒さも彼岸までという言葉の通り、朝夕が涼しくなってきましたね。今日の東京板橋は、はっきりしない空模様で、朝から雨がぱらついています。

いかがお過ごしでしょうか。

 

小中学生に読書の楽しさを紹介するブックトークというお仕事をされている、岐阜に住んでいる私の親しい友人から「飛ぶ!」という題の寄稿がありましたので紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

記事『飛ぶ!』

可児明美

可児 明美

 

皆さんは、空を飛んでみたいって思ったことありますか? 今なら、飛行機に乗って空を飛べますね。鳥や昆虫は気持ちよさそうに空を飛んでいますね。でも、昔は飛行機もなかったので、人は空を飛ぶことができませんでした。

 

大昔から、人は空を飛んでみたいと考えていたようです。ギリシア神話の中にも、「太陽に近づきすぎたイカロス」というお話があります(集英社みらい文庫『ギリシア神話』小沢章友著、集英社)。

父親と一緒に高い塔に閉じ込められてしまったイカロス。イカロスのお父さんはいろいろなものを上手に作ることができたので、塔から逃げるために空を飛ぶつばさを作ります。つばさが出来上がり、お父さんとイカロスは空を飛んで逃げ出します。

お父さんは、イカロスに何度も言い聞かせていました…。「あまり高く飛んではいけないよ、低く飛びすぎてもいけないよ」と。ところが空を飛ぶことに夢中になってしまったイカロスは……。

 

ギリシア神話には、他にもたくさんのお話があります。ヒアシンスやスイセンが出てくるお話や、今ではコンピュータウイルスの名前になっている「トロイの木馬」のお話など。

どれも短いお話なので、気軽に読んでみてください。

青空を飛ぶタンチョウヅル

 

さて、イカロスは飛ぶことに夢中になってしまいましたが、飛行機を作ることに夢中になった人たちがいます(学習漫画世界の伝記「ライト兄弟」、集英社)。

ライト兄弟が「フライヤー1号」という飛行機で人類初の動力飛行に成功しました。けれども、そこまでの道のりは、けっして簡単なものではありませんでした。

ライト兄弟はどのようにして、人類初の飛行機を作ることができたのでしょうか?

 

飛行機は鉄のかたまりですが、その鉄のかたまりがいったいどうやって空を飛ぶのでしょうか?

「飛ぶしくみ大研究」(秋本俊二監修、PHP研究所)には、飛行機が空を飛ぶために必要な力の説明や、飛行機の飛ぶしくみ、生き物が飛ぶしくみなどがくわしく書いてあります。

飛行機と生き物の飛び方の違いなど、比べてみてください。スイスイ飛ぶおりがみ飛行機の作り方ものっていますよ。

 

人が空を飛ぶには、飛行機や気球などの乗り物を利用しないとできない…、のですが、この物語に出てくるスウェーデンのニルスという少年は、ガチョウの背中に乗って、スウェーデンを旅してまわりました(「ニルスのふしぎな旅」1~4巻、ラーゲルレーヴ作、偕成社文庫)。

14歳のニルスは、背が高くやせっぽち。寝ることと食べることが何よりの楽しみで、いたずら好きでした。

あるとき留守番をしていると、トムテというスウェーデンの昔話に出てくる小人を見かけました。いたずら心を起こして、ニルスはトムテをつかまえます。そしてニルスは、逆にトムテに魔法をかけられてしまい、小人にされてしまいます。

 

小人にされてしまったニルスは、飼っていた白いガチョウのモルテンと、旅をするガンの群れに加わり、スウェーデン中を旅することになります。旅を始めたころのニルスは、なんかいやな奴でした。

けれども、旅をしていくうちに、ニルスに変化がおきます。ニルスはどんな風に変わっていったのでしょうか? また、この本ではスウェーデンの大自然の美しさも味わうことができます。

 

「ニルスのふしぎな旅」にでてきたガンたちは、群れで空を飛んで、とても長い距離を移動するわたり鳥ですね。この絵本(「わたり鳥」鈴木まもる作・絵、童心社)には、さまざまな渡り鳥がでてきます。

日本の田園風景に欠かせないツバメや、カモやコウノトリもわたり鳥です。何種類もの鳥たちが、空を飛んで遠く旅をしていることがわかります。わたりをする鳥たちが命がけであることも書かれています。

人間に鉄砲で撃たれたり、渡りの途中で休む浅瀬がコンクリートで埋め立てられてしまったり、ガラス張りのビルにまちがってぶつかってしまうこともあるそうです。鳥たちは、いつも大変な目にあいながら、旅をしているのですね。

 

この物語に出てくる男の子、「星の王子さま」は、自分の星から出ていくときに、わたり鳥を利用したらしいですよ! そして星から星へと旅をして、とうとう地球にやってきました(「星の王子さま」サン=テグジュペリ作、新潮文庫)。

The B 612 Asteroid, Hakone, Japan
『星の王子さま』の像(星の王子さまミュージアム・神奈川県箱根町)By Arnaud Malon from Paris, France [CC BY 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons

 

そして砂漠の真ん中で飛行機が不時着してしまったパイロットの「僕」と出会います。王子さまはこれまでの旅のことを「僕」に話してくれます。「僕」は飛行機を修理しながら王子さまと過ごします。

 

王子さまはどんな星を訪れ、どんなことを思ったのでしょうか。また、王子さまは地球に来てから、キツネと出会います。キツネが教えてくれる、友達になる(なつく)方法は、心にしみます。

また、わかれ際にキツネは秘密をひとつ、王子さまに教えてくれます。それはどんな秘密でしょうか……。

そして飛行機の修理が終わり、王子さまも自分の星に帰る時がやってきました。王子さまはどういう方法で自分の星に帰っていったのでしょうか?

 

不思議なお話ですが、ところどころにすてきな言葉やせりふがたくさんあるので、味わってみてください。

おわり

紹介した本

集英社みらい文庫『ギリシア神話』小沢章友著、集英社

学習漫画世界の伝記「ライト兄弟」、集英社

「飛ぶしくみ大研究」秋本俊二監修、PHP研究所

「ニルスのふしぎな旅」1~4巻、ラーゲルレーヴ作、偕成社文庫

「星の王子さま」サン=テグジュペリ作、新潮文庫

 

△ △ △

 

可児さんのブックトークの文章を読むと、買いたい本がたまり過ぎて困ります。

 

こちらは前回のブックトークの記事です。

江戸の話

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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あなたは物ですか心ですか

2018年9月7日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

昨日の朝に北海道で起こった地震の被害に遭われた皆さまに、心からお見舞いを申し上げます。

私も、北海道の各地に親類と知人がいるので、気が気ではありません。停電や断水、電車のストップで、さぞやたいへんなことと思います。余震も多いとのこと、なにとぞお気をつけください。

 

さて、「近代哲学の父」と呼ばれることもあるフランスのデカルト(1596-1650)は、バラ十字思想について深い知識を持っていたため、当時のバラ十字会員であったか、会員と親しく交流していたと推測されています。

Frans Hals - Portret van René Descartes
デカルトの肖像  After Frans Hals [Public domain], via Wikimedia Commons

このブログで以前にご紹介したことがありますが、バラ十字という象徴の中の十字は、人の体(物)を意味し、バラは人の魂(心)を意味しています。また、開きつつあるバラの花から放たれる薫りは、人生経験を経て洗練されていく人格を表わしています。

 

バラ十字という象徴から影響を受けたことが理由かどうかは分かりませんが、デカルトは、こう考えました。物質というものは空間の中に広がっているが、人の心はそうではないので物質とは異なる実体である。

簡単に言えば、人は物と心という2つの実体からなるという考え方であり、心身二元論(mind-body dualism)と呼ばれています。

 

世界には、性質の完全に異なる2つの実体(物と心)があると考えるのが二元論です。二元論を最初に本格的に唱えたのは、古代ギシリャの哲学者プラトンだとされていますが、歴史的に見ると、二元論にはおおむね人気がありません。

その理由は、性質の異なる2つの実体が世界にあるとすると、その一方が、どのようにしてもう一方に影響を及ぼすのかということを突き詰めたときに、どうしても矛盾が起きてしまうと考えられるからです。

 

そこで、世界にはひとつの実体しかないという一元論(monism)が唱えられてきました。一元論には、世界には物質(物)しかないという唯物論(materialism)と、心しかないという唯心論(idialism)と、その中間的な立場の中立的一元論(neatral monism)があります。

 

唯物論では、デカルトの考えた人の心のようなものは、機械の中に幽霊がいるというような思い違いであるか、物質によって説明されるべきものだと考えられます。

ここから物理主義(physicalism)という考え方が出てきます。原子が組み合わされて分子ができ、分子が複雑に組み合わされて細胞ができ、細胞が集まったのが生命であり、神経の細胞が集まったのが脳であり、脳の中で移動する電気や化学物質こそが、人の心の正体なのだという考え方です。

脳と脳波

 

ほんとうでしょうか。興味深いことに、一流の物理学者の多くは物理主義に賛成していないようです。

参考記事:「科学的なことと非科学的なこと

 

一方で唯心論は、なかなか説明が難しい考え方です。そこで、私たち人間の心の働きを、建物でたとえることにしましょう。この建物を作っているブロックは、心の働きのうちの何にあたるでしょうか。

感覚によって得られた知覚と、記憶と想像ではないでしょうか。これらはすべて、自分の心の中にあります。現在とは実際には知覚であり、過去とは記憶であり、未来とは想像なので、世界のすべては自分の心の中にあるように思えます。

 

今、あなたの目の前には何が見えるでしょうか。パソコンの画面でしょうか、机でしょうか。それらは、あなたの心の中にある知覚像です。触ったとしてもこの事情は変わりません。触覚という知覚像が心の中に得られるだけで、自分の心の外に何があるのかは、決して知ることができません。

このことは自分の体についても同じです。知ることのできるのは、自分の体の知覚像だけであり、自分の体自体が何であるのかは、決して知ることができません。

 

このことから水槽の脳という有名なパラドックスが生じます。

「実はあなたは、培養液に満たされている水槽に浮かんでいる、むきだしの脳なのです。そしてこの脳には、脳波を正確に操作することのできる電極が精密に取り付けられていて、高性能のコンピュータから、ヴァーチャル・リアリティを構成するデータの電気信号が送られています」と言われても、私たちはそれに反論できないというパラドックスです。

参考記事:「水槽の脳

 

ちなみにこのパラドックスは、映画「マトリックス」制作のヒントになったとのことです。

 

中立的一元論とは、物でも心でもない別のひとつの実体が、世界の根本だと考える立場です。

たとえば、日本の哲学者大森荘蔵(1921-1997)は、認識という現象そのものが世界であり、物質も心も、この現象から人間が考え出した観念であり、実体ではないと考えています。

別の例としては、唯識論が挙げられます。観光の名所として有名な、薬師寺、興福寺、清水寺は、法相宗という宗派の仏教のお寺で、そこでは唯識論が教えられています。

ちなみに孫悟空に登場する三蔵法師(玄奘)は、この宗派の経典をインドから中国に伝えました。唯識論も、認識が世界であるという考え方を採用しており、「心内の影像を心外の実境とみるな」という有名な言葉があります。

薬師寺とハス

 

唯物論と唯心論と中立的一元論は、どちらが優勢であるかが、時代と場所によって、さまざまに変化しました。たとえば、マルクス主義の影響で、1970年代の日本では唯物論が有利でした。

20年ほど前に、オーストラリアの哲学者デイヴィッド・チャーマーズ(1966-)は、意識が物質で説明できないということを示す「ゾンビ論法」を発表しました。この論法はそれほど難しいものではなく、インターネットで検索しただけでも理解することができます。

ゾンビ論法の影響で、心もしくは意識こそが世界の実体だとする唯心論が現在は世界的にやや優勢のようですが、この議論はまだまだ尽きることがなさそうです。

David Chalmers TASC2008
デイヴィッド・チャーマーズ By Zereshk [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC BY 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], from Wikimedia Commons

 

バラ十字会の哲学では、物質を構成しているエネルギーはスピリット、意識を生じさせているエネルギーはソウルと呼ばれています。ですからデカルトの二元論に近いように思われますが、この2つを統一するさらに根本的なエネルギーがあり、スピリットとソウルは、この根本的なエネルギーの、振動数の違う別の現れだと考えられています。

それはちょうど、光と音という現象に似ています。光も音もエネルギーですが、振動数が違うために、電磁波の振動と空気の振動という異なる現象として現れています。

 

皆さんは、唯物論と唯心論と中立的一元論のどれが正しいと考えるでしょうか。あるいは、この3つとは別の考えをお持ちでしょうか。

世界は根本から謎に満ちていて実に面白いと、そう感じていただければ嬉しく思います。

 

では、今回はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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物質至上主義について

2018年8月31日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

今日で8月も終わりですが、まだまだ暑いですね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、今回の文章は、当会のフランス代表が、現代の先進国の人たちの間に広まっている物質至上主義を批判した文章です。見方によってはかなり過激です。

しかし、言葉をオブラートに包んでしまうと、論点がぼけることもありますので、あえてご紹介させていただくことにしました。

気を悪くされる方もいらっしゃるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。

▽ ▽ ▽

記事『物質至上主義について』

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

いくつかの調査によれば、宗教に関心を持たない人が、世界中で、特に西洋の国々で増え続けています。さまざまな宗教を信じている人をすべて加えたとしても、その数は減り続けています。

西洋ではキリスト教が特に、この影響を強く受けています。実際に、キリスト教会に通う人はあまりいなくなり、キリスト教の年中行事を意図して自発的に祝う人は少なくなり、聖職者になる人が不足し、大部分の子供は「カテキズム」(訳注)などという言葉を聞いたことさえありません。

訳注:カテキズム(catechism):キリスト教の信仰について教えるために使われる、質問と答えを集めた文書。教理問答書。

このようなことを、キリスト教徒の人たちが嘆く一方、宗教に関心を持たない人の多くが喜んでいます。なぜなら、宗教信仰を拒絶している人たちの多くは、宗教というものが全般的に言えば、心を堕落させる偽(いつわ)りであり、人生を十分に楽しむことを妨げるものだと考えているからです。

 

なぜ、宗教はますます無視されるようになったのでしょうか。私の考えでは、第一の理由は宗教の信仰内容そのものにあります。

宗教が出現したころよりも、人類の知性ははるかに進歩しました。多くの人が高いレベルの教育を受けるようになり、批判精神を身に着けた結果、宗教の固定的教義を信奉する人がますます少なくなりました。

そのような教義とは具体的には、世界が7日間で作られたとか、アダムとイブという一組の夫婦が人類の祖先であるとか、悪魔が存在するとか、天国と地獄とか、小罪と永遠の死に至る罪とか、時の終わりの肉体の蘇(よみがえ)りとかです。

これらの教義は、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教に共通していますが、多くの人、特に若い人たちの心に響くことが、ほとんどなくなっています。

 

宗教が現在衰退しているもうひとつの理由は、科学と技術の発展によって、生活の水準が大いに改善したことにあります。このこと自体は望ましいことだと私は思います。物質的な面で、より豊かな暮しをしたいと望むことは、人にとって自然で正当なことだからです。

しかし、それと同時に多くの人が、物質面を過度に重視する傾向を身に着け、さまざまな物を所有することに貪欲になってしまいました。そのため、人間自身の内部にある最も貴い要素、つまり、心が本来持つ純粋さ、素朴さ、力強さ、美しさから遠ざかることになってしまいました。

言い換えれば、宗教心だけでなくスピリチュアリティも、徐々に多くの人が拒絶するようになってしまいました。つまり、時とともに多くの人が、神どころか、心自体や魂などというものさえ存在しないと考えるようになっています。

枯山水、石と砂紋

 

無神論と物質至上主義(訳注)は本質的に同じものだと考えられがちですが、私はこの2つを区別することが重要だと思います。

訳注:物質至上主義(materialism):精神的な価値よりも、お金や財産や身体的な快適さの方が重要だとする信念。マテリアリズム。

無神論とは、神や魂の存在を信じないことだと定義され、無神論者の多くは、人生には目的などないと考えます。しかし、このような人のすべてが、物を所有すること自体を目的として生きているわけではないので、必ずしも物質至上主義者だと言うことはできません。

さらに付け加えれば、多くの無神論者は、最初から無神論者であったわけではなく、さまざまな理由で無神論者になったのです。それは、信仰を失わせるような辛い人生の試練だった場合もありますし、世界の“狂気のような”現状に心をかき乱されたことが理由だったり、かつて信仰していた宗教から拒絶されたというような体験だったりします。

無神論者の一部は、自身の心のあこがれにスピリチュアリティが合致することを見いだした場合には、スピリチュアリティを尊重する人生観に立ち戻ることが、しばしばあります。

 

矛盾しているように思われるかもしれませんが、物質至上主義には、実際のところ宗教によく似た性質があり、20世紀の初期に流行し始めた宗教の一種だとさえ言うことができます。

お金がこの宗教の神であり、銀行と証券取引所がこの宗教の寺院であり、機関投資家と個人投資家がこの宗教の信者であり、成長と収益率と投機がこの宗教の教義だと考えることもできます。

お金を追って深淵に落ちようとしている人

 

この物質的宗教はますます多くの信者を獲得していますが、所有欲、権力欲、支配欲などの低俗な欲求が、この宗教によって刺激されているということだけが理由だとしても、悲しいことに、そこから世界には望ましいことは一つももたらされないということが、今や私には明らかに思われます。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

この文章には、異論がある方もおられること思いますが、少なくとも、人類の未来と地球環境を心配する彼の気持ちが、ひしひしと伝わってきたのではないでしょうか。

 

常々私は思っているのですが、先進国に住み豊かさを享受している私たちが、地球環境に与えるダメージが少ないライフスタイルを率先して作り上げて行かなければ、子供たちの世代が、この地球で幸せに暮らすことはできなくなることでしょう。物質至上主義、金融資本主義、大量消費社会はおそらく、このことに対する頑固で深刻な妨げになります。

参考記事:『作られた現実という罠-消費社会について

海を飛ぶように泳ぐイルカ

 

しかし一方で、日本国内では報道が少ないような気がするのですが、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は国連のキーワードになり、それを実現しようとする動きや国際協力も世界中で活発になっています。

ですから、読者の皆さん、未来への希望を失わないでいるようにしましょう。未来というものには、私たちが思っている通りのものになる傾向があるのですから。

 

下記は、前回紹介したセルジュ・ツーサンの文章です。ご参考まで。

バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究(後半)

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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立ち食いそば屋のおばちゃん

2018年8月24日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

東京板橋は、昨晩から台風の影響で突風が吹いていましたが、昼過ぎから落ち着いてきました。

そちらは、被害はありませんでしたでしょうか。

 

 

今回は、山形県に住む私の友人の山下さんから寄稿していただいた文章をお届けします。

 

▽ ▽ ▽

 

記事:『立ち食いそば屋のおばちゃん』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

「いらっ…しゃい…ませ~」、「ありが…とう…ござい…ました~」。文字で表現しようとすれば、こんな感じになるのでしょうか(笑)。

 

今回は東北地方の某駅構内にある……、正確には……あった、立ち食いそば屋さんでの話です。その頃、その町で定期的に開催されていた会合に参加するためにJR線を利用、この駅に降りていました。駅に着くのがお昼少し前、会合の開始時刻までにはあまり余裕がありません。そこで、偶然見つけた「早い・安い・〇〇い(?)」だろうと思われる(失礼)、立ち食いそば屋さんに入ることに。店内に一歩足を踏み入れると、女性の声で、冒頭で紹介した間延びした声が……。

立ち食いそば屋の暖簾

 

これには私「おいおい、ここは一分一秒でも時間を惜しむ人たちが来る店だろう? こんな伸びソバのような挨拶するおばちゃんのいる店はごめんだよ(笑)…別の店行こうか?」。一瞬考えたのですが、「ん…まてよ、もしかすると、ここは面白いかも…」。早速、おばちゃんと客人の観察開始です(今さらながらですが、ごめんなさい)。

 

さて、この“おばちゃん”の風体ですが、長い髪を頭上高くにきれいに結い上げ、上品な和服に真っ白な割烹着。もし割烹着を身に着けていなければ、一見どこぞの社長夫人? といった雰囲気(もしかすると、だったかも…?)の上品なおばちゃん(この場合、ご婦人…か)。さらに、のんびりしたしゃべりとは裏腹に、一連の動作に無駄な動きが全くありません。注文の受け応え、ソバを茹でる手際の良さ、来る客、帰る客に絶妙のタイミングでの「いらっしゃいませ・ありがとうございました」の声掛け。

さて、私もでしたが、店に入って来るほとんどの客は、皆さん一分一秒を惜しむような険しい表情で入ってきます。ところが、店に入るやいなや、おばちゃんの声にいきなりペースを乱され(笑)、一瞬にして穏やかな表情に……。さらに、店の中では時間がゆっくりと流れている様な気が……。ちなみにソバは……、大変美味しうございました(感謝)。

コロッケ蕎麦

 

私はその後もこの駅に来るたびに通っていたのですが、会合の終了と共に行くことがなくなってしまいました。それから数年後、この町に来る用事ができました。駅に着きホームに出ると、それっとばかりに件の店に直行、ところが構内は完全に様変わり、店の場所が分かりません(私、方向音痴なものですから)。

やっとたどり着いて見れば、なんと店は撤去され、ガランとした空間に。その時ふと思いました「あれ…こんなに狭かったの?」。一瞬後「そうか…、あの“おばちゃん”の声が店内を広くしてくれてたんだろうな~」。

 

それにしても、あの“おばちゃん”は何者だったんでしょうか…? もしかすると、私らの住んでいる地球よりもゆったりと時間の流れる平和な暮らしの惑星から来た異星人だった……のかも(笑)。

 

△ △ △

 

再び本庄です。

 

かなり昔のことになりますが、川崎駅の西口にある工場に勤めていたことがあります。その工場から100メートルほど離れたところに、同僚とよく立ち寄った飲み屋さんがありました。数十年ぶりに訪ねてみると、再開発で、道ごと姿を消していました。

この文章を読んで、そのときの喪失感を思い出しました。

 

下記は前回の山下さんの記事です。よろしければ、こちらもどうぞ。

参考記事:『猫の恩返し

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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四大元素とブリューゲル

2018年8月17日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

残暑のお見舞いを申し上げます。いかがお過ごしでしょうか。

今朝の東京板橋は雲の少ない青空で、秋の気配が感じられるかのように涼しかったです。

 

先週末に札幌で仕事があり、その後に、同市の「芸術の森美術館」で開かれていた展覧会「ブリューゲル展 画家一族 150年の系譜」を見ることができました。

100点あまりの、独特な作品が展示された興味深い催しで、その中には「四大元素」に関連する絵画もありましたので、ご紹介させていただきます。

 

まず、この展覧会で取り上げられているブリューゲルですが、フランドル地方の一族で、4代にもわたって多くの有名な画家を輩出しました。

フランドル地方は、ごく大雑把に言うと、今のベルギーにあたります。日本では、アニメ化された『フランダースの犬』が有名でしたので(古いでしょうか)、フランダースという名の方が、よく知られているかもしれません。

修道院で作られる美味しい地ビールが、たくさんあるところだそうです。

 

大ブリューゲルとも呼ばれるピーテル・ブリューゲルが生まれたのは16世紀の前半のことでした。イタリアで15世紀に始まったルネサンスは、この頃には、ヨーロッパ中に広まっていました。

 

そして、それまではカトリック教会の教義にまつわることが、芸術や思想、哲学の中心テーマというか大部分を占めていたのに対して、古典や他の文化や人間の実際の生活を重視しようとする機運が盛り上がりました。特に、ギリシャやローマの芸術や文化が、多くの人に注目されるようになりました。

 

ヨーロッパの絵画を例にとると、ルネッサンス期以前に描かれた題材の多くは、支配者や貴族や聖人の人物画か、聖書の逸話の一場面でした。

ところが大ブリューゲルは、自然の風景を描くことに力を注いだり、農家の人たちの祭りをテーマにしました。そしてその作風は一族の画家に受け継がれたばかりか、ヨーロッパの風景画の伝統の先駆けにもなりました。

 

大ブリューゲルの長男で同名のブリューゲル2世は、地獄を描いた絵が得意で、『地獄のブリューゲル』と呼ばれています。また、父と同じモチーフの作品も多数描いています。

この写真は彼の代表作である『野外での婚礼の踊り』です。

婚礼の踊り

婚礼の踊り(クリックで拡大)

 

 

この展覧会では一部の絵の撮影が許可されていたのですが、三脚やフラッシュは使うことができませんでした。そのため写真は少しぼけているのですが、大目に見てください。

踊っているたくさんの人たちの楽しげな様子や、酔った様子や、花嫁の、なぜかつまらなそうな表情がよく描かれていますね。配色がとてもにぎやかです。

 

大ブリューゲルの次男のヤン・ブリューゲル(1世)は好んで花を描きました。その細かい描写は質感がとても見事なので、彼は「花のブリューゲル」とか「ビロードのブリューゲル」と呼ばれます。

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵2

ヤン・ブリューゲル1世の花の絵(クリックで拡大)

 

当時は、寓意画というものも描かれました。物語のある場面でも、風景や静物でもなく、ある観念を表す絵です。

たとえば先ほどのヤン・ブリューゲル1世の子供であるヤン・ブリューゲル2世の描いた次の4枚の絵は、愛、争い、嗅覚(きゅうかく)、聴覚を表しています。

特に聴覚の絵に描かれている古楽器などの小物などは、まるでそこにあるかのようで、これが400年ほど前の絵だとは信じられないほどです。

愛の寓意画

愛の寓意画(クリックで拡大)

 

争いの寓意画

争いの寓意画(クリックして拡大)

 

嗅覚の寓意画

嗅覚の寓意画(クリックで拡大)

 

聴覚の寓意画

聴覚の寓意画(クリックで拡大)

 

また、ヤン・ブリューゲル1世の子供であるアンブロシウス・ブリューゲルの次の4枚の寓意画は、土、水、空気、火という四大元素を表しています。それぞれの絵に登場している女性は、デメテル(豊穣の女神)、アンフィトリテ(海の女神)、ウラニア(占星術と天文の女神)、ヴィーナス(愛の女神)だそうです。

土の寓意画(クリックで拡大)

土の寓意画(クリックで拡大)

 

水の寓意画

水の寓意画(クリックで拡大)

 

空気の寓意画(クリックで拡大)

空気の寓意画(クリックで拡大)

 

火の寓意画(クリックで拡大)

火の寓意画(クリックで拡大)

 

四大元素とは、ギリシャの哲学者たち、特にエンペドクレスが、自然界のさまざまな現象の根本にある原理だと考えたものです。先ほどヤン・ブリューゲル2世の「愛」と「争い」の寓意画を紹介しましたが、四大元素は愛と争いという原理によって、結合したり分離したりして、自然界のさまざまな現象を引き起こすと考えられました。

 

現代科学ではもちろん、物質の根本は、水素、酸素、炭素、窒素などの、現在は100種類以上発見されている化学元素であり、主に電子の働きによって結合しているということが知られています。

しかし、バラ十字会の通信講座では、化学元素のことも古代の四大元素のことも扱われています。

手短にご紹介するならば、四大元素は物質の根本要素ではなく、むしろ、生命の基礎的な原理だと捉えることができます。そして、この考えを応用して、興味深い瞑想や実習を行うことができます。

 

また、まったく別の視点ですが、四大元素のことを、秘伝的知識が伝授される4つの段階だと考えることもできます。

以下の記事では、当会のフランス代表が以上のことについて解説しています。

参考記事:「四大元素と古代哲学と錬金術

 

では、今回はこの辺りで。

また、お付き合いください。

 

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