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エソテリシズムとは

2019年10月18日

 

こんにちは。本庄です。

 

先週はバラ十字会の世界総本部の理事会があり、出席のためにカナダに行っていたのですが、台風の影響で予約していた飛行機が2度もキャンセルになり、モントリオールで3日も足止めされ、今週の水曜日にやっと帰国できました。

 

そちらはいかがでしょうか。台風の被害はありませんでしょうか。週末も全国的に雨とのことです。くれぐれもお気を付けください。

 

神秘学(mysticism:神秘哲学)の通信講座の教材や雑誌用の記事を翻訳していて、日本語にするのにとても苦労する言葉がいくつかあります。

エソテリシズム(esotericism)という語もそのひとつです。しかもこの分野では、かなり重要な単語なのです。

ちなみに、「エソテリシズムの」という意味の形容詞は「エソテリック」(esoteric)です。

 

エソテリシズムを辞書で引くと、秘教、秘伝、秘伝哲学、秘伝思想などという訳語が載っています。

そして、宗教には通常、エソテリシズム(秘教)と呼ばれる少数の人たちだけが研究している教えと、多くの人に公開されている教え(エクソテリズム)があると説明されることがあります。

 

しかしこれでは、エソテリシズムというものが多くの人に伝えられていないと言っているだけで、それが何なのかという説明になっていません。

また、バラ十字思想が一例ですが、宗教ではないエソテリシズムもあります。

 

エソテリシズムとは実際には何なのかということについて、当会のフランス代表が自身のブログに、2日前に記事を書きましたので、その日本語訳をご紹介いたします。

▽ ▽ ▽

『エソテリシズムについて』

“A propos de l’esoterisme”

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

バラ十字会は、エソテリシズムの団体だと説明されることがあります。この説明は適切なのですが、時として、混乱や誤解の生じる原因になることがあります。

というのも、「エソテリック」という語が多くの場合、「隠された」、「秘密にされた」、「秘術の」、「神秘的な」というような意味だけに理解され、さらにひどい場合には、不信感とともに、否定的に見られたり差別的に扱われたりすることがあるからです。

そして、エソテリシズムとは、奥義を会得したと自称するような人たちだけのための“特殊な”の探究分野だと見なす人も少なくありませんし、陰謀論と結びつけて考えられることさえあります。

カバラの生命の樹と幾何学曲線

(クリックして拡大表示することができます)

 

エソテリシズムという語の正確な意味を理解するためには、その反対語の「エクソテリズム」(exoterism)について考えてみるのが最良の方法のように思われます。

エクソテリズムとは、さまざまな宗教で、その信者に伝えられる教えのことを意味します。それは、「多数」の信者向けの教えであり、信条(creed)に基づいて作られていますが、信条とは多くの場合、その宗教の教義がまとめられて固定化したものです。

キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教、精霊信仰などのすべてを合わせると、現在世界には数十億人の信者がおり、その中にはその宗教を実践している人、つまり、定期的にその宗教の式典に参加している人や、その宗教が勧めている日常の慣行にできるだけ沿った生活をしている人がいます。

一方で、宗教を毎日の生活では実践していないキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒などの人たちもいます。

 

バラ十字会AMORCは、このような宗教とは対照的であり、まさにエソテリックと呼ばれるのにふさわしい団体です。

エソテリシズムとは、聡明であることと、人生の深い意味をより良く理解することを望んでいる人たちのための知識です。このような人たちは、宗教を実践している信者や実践していない信者よりもはるかに少数です。

宗教を信仰している人たちの大部分は、神や魂や来世が存在することを単に信じており、そこから一歩進んで、なぜそうなのか、その理由は何なのか、どのようにしてそうなっているのかを探究しようとはしません。

別の言い方をすれば、宗教の信者の多くは、信仰と信条だけで満足しています。しかし、このような取り組みが否定されるべきではなく、それはそれで尊敬に値するものです。

 

エソテリシズムを探究している人は、信仰だけでは満足しません。このような人は、自分自身とは何かを知ろうと努め、この“宇宙”において、人間が占めている立場を理解しようとします。

 

さらにこのような人の大部分は、宗教信者の多くとは異なり運命論者ではありません。つまり、生まれてから死ぬまでのひとりひとりの人の運命を神が決めているとは考えていません。また、神が特定の人を選んで、他の人よりもそちらの人に恩恵を与えるとも思っていません。

エソテリシズムやミスティシズム(mysticism:神秘学)の見解では、あらゆる人には自由意志があり、何を行うかを自身で選択することによって、自分の運命が向かう先を決めています。

別の言い方をすれば、ひとりひとりの人が自発的に知識を求め、聡明になろうとする努力をすることを選択し、神の恩恵ではなくその努力によって、人間は完全な状態にいつの日か到達するのだと、エソテリシズムを信奉する人の多くは考えています。この完全な状態とは、啓示、悟り、賢人、達人などと伝統的に呼ばれているものに他なりません。

枯山水、石と砂紋

 

宗教が通常は、性質としてエクソテリズムだということは事実ですが、その宗教の基本的な信仰を支えている知識を知ろうと望む信者のために、一部の人によって、エソテリックな探究の道が、多くの宗教に組み入れられています。

たとえば、キリスト教のグノーシス主義、イスラム教のスーフィズム、ユダヤ教のカバラがそれにあたります。これらの探究を行っている人は、自分たちが信仰している宗教の固定的な教義を超えた知識を手に入れることができます。

そのような人たちは多くの場合、“コアな信者”よりもはるかに開かれた精神を持ち、宗教間に対話が行われることに賛同します。

バラ十字会の会員の多くも、エソテリックな探究者として、さまざまな宗教を信仰する人たちと宗教信仰を持たない人たちの両方に敬意を払い、寛容の精神をもって接し、異なる立場の人たちの間に前向きな対話が行われることを望んでいます。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

いかがでしたでしょうか

もしあなたが、人生の深い意味をより良く理解することを望んでいて、自分自身とは何かを知りたいと感じているのであれば、次のページから当会の学習教材のサンプルを取り寄せることができます。

参考ページ:『1ヶ月無料体験プログラムのご案内

 

前回のセルジュ・ツーサンの記事は次のURLで読むことができます。

参考記事:『世界の終わりについて

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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古代ローマのバシリカと音楽の聖人

2019年10月4日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

秋がずいぶんと深まってきました。私たちの事務所のすぐ近くには石神井川が流れていますが、川沿いにたくさんのトンボが飛んでいます。

いかがお過ごしでしょうか。

 

数年前にカナダのモントリオールを仕事で訪れたときに、この地のノートルダム大聖堂を見学して、教会に備え付けられているパイプオルガンの生の演奏を聴いたことがあります。それ以来、私はキリスト教の信仰を持っているわけではないのですが、教会を見学するのがとても好きになりました。

先月やはり仕事でローマに行く機会があり、その時にも何ヵ所か訪れることができました。その中でも特に最も興味深かったのがトラステヴェレ地区のサンタ・チェチリア教会で、先週からこのブログの話題にさせていただいています。

サンタ・チェチリア教会の外観

サンタ・チェチリア教会の外観

 

前回の記事をまだお読みになっていない方は、こちらで読むことができます。

参考記事:「音楽の聖人チェチリア」(前半)

 

さて、この教会の名前は、イタリア語では『Basilica di Santa Cecilia in Trastevere』です。

最初のバシリカ(Basilica)という語は、今では教会の格付けを表しますが、もともとはそうではありませんでした。

ラテン語の辞書を引いてみると、こう書かれていました。

Basilica:(古代ギリシャ、ローマの)裁判および商品取引・陳列用の公共の建物

 

西暦4世紀にキリスト教がローマ帝国から公認されたとき、それでは立派な聖堂を作ろうということになりますが、キリスト教徒の建築家たちはとても困りました。

それまでは、信者の中でも裕福だった人の家に集まって、秘密の部屋で礼拝をしていたので、どのようなものを建てたら良いかが分からなかったのです(チェチリア自身も裕福なローマの貴族であり、家がそのように用いられていたと言い伝えられています)。

そこで彼らは、ローマの公共の建物にならって初期の教会の建設を行いました。

 

ローマ市の有名な観光名所にフォロ・ロマーノがあります。古代ローマの公共の広場が発掘されたもので、とても大規模な遺構であり、その内部を散策することができます。

気温が40度という中だったのですが、この場所を見学する素晴らしい体験をすることができました。写真1は、その時に撮影したもので、中央に見えているのがバシリカの列柱(4列)の跡です。写真の端には、神殿(右)と凱旋門(左)の柱も見えています。(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)

フォロ・ロマーノにあるバシリカの列柱の遺構

写真1:フォロ・ロマーノにあるバシリカの列柱の遺構

 

古代ローマのバシリカの中心にあったのは、巨大な長方形をした身廊(nave)と呼ばれる広間でした。そこには長辺に沿って2列に柱が並び、その間が集会や商品取引などに使われました。列柱の両方の外側は側廊(aisle)と呼ばれ、古代ローマの人たちは広間と側廊の間を自由に通り抜けすることもできましたし、広間の混雑を避けて側廊を歩くことができました。広間の一方の短辺と建物の入り口の間には、アトリウム(前廊)という部屋が設けられていました。ちなみにアトリウムという名前は、バラ十字会の学習課程のひとつに、その名をとどめています。

広間のもう一方の短辺の向こう側には、裁判が行われる場所があり、その場所も列柱で囲まれ、その中に裁判官たちが座りました。

図1は、サンタ・チェチリア教会の平面図です。古代ローマの公共の建物と構造が同じであることが分かります。商品取引の行われていた身廊は信者が座る場所になり、裁判官の座る場所が、教会では後陣(apse)と呼ばれる聖歌隊の位置する場所になりました。身廊と後陣の間には主祭壇が置かれています。

図1:サンタ・チェチリア教会の平面図

図1:サンタ・チェチリア教会の平面図(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)

 

写真2は、入り口側から見たサンタ・チェチリア教会の内部の様子です。中央に白い美しい天蓋があり、その下が主祭壇になっています。主祭壇の後ろには、半円形になっている後陣(聖歌隊席)を見ることができます。広い身廊の両脇にはアーチが掛け渡された美しい列柱があり、その外側の側廊には、この教会の場合、さまざまな聖人の祀(ルビ:まつ)られている祭壇があります。

サンタ・チェチリア教会の内部の様子

写真2:サンタ・チェチリア教会の内部の様子

 

ところで、バシリカと関係しているので話題にしたいのですが、皆さんは「幾何学」と聞くとどのようなイメージをお感じになるでしょうか。

中学校で、ピュタゴラスの定理とか、二辺夾角による三角形の合同とかに苦労し、何でこんなことを勉強しなければならないのだろうと思った方も、いらっしゃるのではないでしょうか。

「幾何学」(Geometry)は語源からいうと、「土地を測ること」を意味しますが、古代では、実用的な意味よりもむしろ、図形の象徴的な意味を理解することが重視されました。哲学者が世界の真の姿を見抜くためには、基礎としてこの知識が欠かせないと考えられていました。

ですから、古代ギリシャの哲学者プラトンの創設した学校の入り口には「幾何学を学んでいないものは入るべからず」と書かれていました。

 

象徴としての図形の意味の一例ですが、たとえば円という図形は、天上の世界の神聖な調和を象徴していました。一方で正方形は、人間が暮らしている地上の世界を象徴しています。

そして、ある円と同じ周囲の長さ(もしくは同じ面積)を持つ正方形を、定規とコンパスだけを用いて作図するという問題は円積問題と呼ばれていました。

この問題を解くことは天上の調和を地上にもたらすことを象徴しているため、人類が解くべき崇高な課題だとされてきました。この問題には、千年以上にわたって多くの人が挑戦し、1882年に原理的に不可能であることが証明されました。

 

このような象徴的な意味は、キリスト教の聖堂(basilica)や大聖堂(cathedral)の建築に深く関連しています。象徴的な意味が建物の神聖さに影響すると考えられており、慎重な幾何学的な設計が施されています。

 

たとえば、フランスのトロワの大聖堂の平面図(図2)を調べると、周囲の長さが同じ黄金長方形と円と正方形が含まれているのを見ることができます。黄金長方形とは、長辺と短辺の長さが黄金比(おおむね1.618:1)になっている長方形のことで、最も美しい長方形だとされ、数多くの絵画の構図に使われています。

フランスのトロワの大聖堂の平面図

図2:フランスのトロワの大聖堂の平面図

 

中世ヨーロッパの物語が好きな方はご存知かもしれませんが、周囲の長さが同じこの3つの図形は、アーサー王と円卓の騎士たちの物語にも登場します。

(付記:これらのことは、雑誌『バラのこころ』の145号~147号の記事『図形と数が表す宇宙の秩序』(第17章)に詳しく解説されています。この雑誌の電子書籍(kindle)版を https://amzn.to/2IsAktn で購入することができます。147号はキャンペーン中で、10月8日の午後4時59分まで無料ですので、ご興味のある方はそれまでに手に入れてください。)

 

サンタ・チェチリア教会に話を戻します。

写真3は、主祭壇にある聖チェチリアの大理石像です。首にむごたらしい傷跡を見ることができますが、それは彼女の聖人伝に関連しています。

聖チェチリアの大理石像

写真3:聖チェチリアの大理石像

 

彼女は、ゼウスを主神とする古代ローマの神々を崇拝することを法廷で拒絶し、死刑を言い渡されます。聖チェチリアに溺死の刑が執行されますが、彼女は溺れることがありませんでした。

そこで斬首刑が行われ斧が3回振り下ろされるのですが、それでも彼女は死ぬことがなく、しきたりにより4度目の斧は振り下ろされなかったのだとされています。言い伝えによれば、彼女はその後3日の間生き続け、多くの人をキリスト教に改宗させたということです。

そして彼女は、当時の教皇ウルバンを自分の遺産の相続人に指名し、自分の家を教会にしてくれるように頼んだのだそうです。この望みがかない建設されたのがセント・チェチリア教会だと言い伝えられています。

 

写真4は天蓋の上のドーム型の天井を飾っているモザイク画です。描かれているのは、向かって右から順に聖アガタ、聖ヴァレリアヌス、聖ペテロ、キリスト(中央)、聖パウロ、聖チェチリア、パスカリス1世で、その下に描かれている羊は十二使徒を表すとのことです。

写真4:サンタ・チェチリア教会のドーム型の天井を飾っているモザイク画

 

さて、長いことイタリアのセント・チェチリア教会についてご紹介してきました。最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。

訪れてからすでに一月以上が経ち、何か遠い昔の思い出のような感じがしますが、歴史の重みと静けさが特に印象に残った観光でした。

皆さんにも、少しでもお楽しみいただけたなら、嬉しく思います。

 

来週はこのブログはお休みさせていただきますが、再来週は、バラ十字会フランス本部代表のブログの記事をご紹介する予定です。

また、お付き合いください。

 

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音楽の聖人チェチリア(前半)

2019年9月27日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

湿度が下がって、すっかり過ごしやすくなりました。東京板橋ではヒガンバナも咲き始めました。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、先月ローマに出張したのですが、そのときに少しだけ市内観光ができました。特に目を惹いたのは、壮麗な教会の多さでした。私はキリスト教徒ではないのですが、教会見学をして、その歴史を感じるのが好きです。

今回も何ヵ所か訪れることができたのですが、その中でも特に興味深かったトラステヴェレ地区のサンタ・チェチリア教会を、撮影した写真と一緒に紹介させていただきたいと思います。

 

ご存じの方も多いと思いますが、ローマにはテヴェレという名の川が、おおむね北から南に蛇行しながら流れ、最後には地中海(ティレニア海)に注いでいます。この川がバチカン市国の横を通り過ぎて、ほんの1キロほど先の西側にトラステヴェレがあります。

ローマの中心地はこの川の東側にあたり、トラステヴェレは「テヴェレ川の向こう側」を意味します。

この事情は、浅草で隅田川の東側が「川向こう」と言われるのとまったく同じで、ローマの下町を指しています。

 

ここにはパラティーノという大きな橋がかかっていて、トラステヴェレの対岸には、映画『ローマの休日』で有名になった、「真実の口」があります。嘘つきが手を入れると噛(か)み切られるという言い伝えのある、口を開けた怖い顔の石の彫刻です。また、やはり対岸には、マルタ騎士団の団長の館があります(写真1)。(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)

テヴェレ川から見たマルタ騎士団長の館

写真1:テヴェレ川から見たマルタ騎士団長の館。末広十字が見えている

 

トラステヴェレを訪れた最大の理由は、サンタ・チェチリア教会を見学することでした。この教会のあるあたりは、最寄りの駅からも大通りからも少し離れていて静かです。着いたのは平日のお昼前頃で、観光客も少なく、ゆっくりと見ることができました。

 

現地に着くとまず、落ち着いた統一感のあるデザインの中庭が目に飛び込んできました。芝生が美しく手入れされ、薄紫色のブーゲンビリアと、やはり紫色のムクゲの花が咲いていました。教会の正面は改装され現代的ですが、右手にそびえている鐘楼は12世紀に建てられたものとのことです(写真2)。

サンタ・チェチリア教会

写真2:サンタ・チェチリア教会(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)

 

しかし、12世紀どころか、この教会にはとても古い歴史があります…

 

サンタ・チェチリア教会は、その名の通り、聖チェチリアという聖人を称える教会です。聖チェチリア(イタリア語ではSanta Cecilia、ラテン語ではSancta Caecilia)は、英語読みでは聖セシリア(Saint Cecilia)となります。彼女は自身の婚礼で、楽器を奏でながらイエス・キリストへの思いを歌ったという言い伝えがあり、音楽の守護聖人とされています。世界的に有名な聖人で、この名の付けられた学校がイタリア、米国、日本などにあります。彼女の祝日(11月22日)のミサのための音楽や彼女を讃える音楽を、ヘンデルやリストなどの名だたる音楽家が作っています。

 

チェチリアの聖人伝によれば、彼女は西暦2世紀ごろのローマ帝国の貴族でしたが、キリスト教を信仰していました。キリスト教がローマ帝国に公認されるのは、西暦4世紀の初めなので、この当時は異端の宗教でした。

ですからもちろん、当時教会のような表立った建物はなく、信者は、仲間の中でも裕福な人の家に集まり、通常はその家の地下の一室で密かにキリストと神を崇拝していました。

このサンタ・チェチリア教会の地下にあるローマ時代の遺構は、そのような初期キリスト教徒の家のひとつです。一説には、ここにチェチリアが住んでいたのだとされています。

 

教会に入ってすぐ左手には売店があり、そこの脇にある入り口から、地下にあるローマ時代の遺構とクリプト(納体堂)に入ることができます。

まず遺構に入ってみました。かび臭い土の臭いが少ししますが、1700年も前の初期キリスト教の人たちの家の遺構だと思うと、神妙な気分になります。(写真3)

ローマ時代の遺構

写真3:ローマ時代の遺構

 

銘板が展示されていて、その下部にギリシャ文字で「ΙΘ」と刻まれていました(写真4)。初期キリスト教は、「魚」を意味するギリシャ語の「イクトュス」(ΙΧΘΥΣ)を、秘密のシンボルとして用いていたそうです。この語の中の「Ι」は「イエス」(ΙΗΣΟΥΣ)、「Θ」は神(ΘΕΟΣ)を意味しています。イタリア語の解説が読めなかったので確実ではないのですが、銘板の2文字は「イエス」と「神」を表し、キリスト教の信仰を示す暗号だったようです。

もうひとつの板には、太陽のような図形と、草花のような文様が描かれていました(写真5)。

初期キリスト教徒の残した銘板

写真4:初期キリスト教徒の残した銘板

 

初期キリスト教徒の残した文様

写真5:初期キリスト教徒の残した文様

 

クリプトは、教会の地上部分にある祭壇の真下に位置しており、聖チェチリア(聖セシリア)と夫である聖ワレリアヌスの聖遺物が納められている場所です。また、聖チェチリアと聖アガタと聖アグネスの美しいモザイク画があります(写真6)。

聖チェチリア(聖セシリア)のモザイク画

写真6:聖チェチリア(聖セシリア)のモザイク画

 

写真を見ていただければお分かりになることと思いますが、この場所の柱とアーチと床はモザイクで装飾された大理石で、息を呑むほど素晴らしいものです(写真7)。この装飾はコスマーティ様式(cosmatesque)と呼ばれる、ビザンチン様式から派生した、主に中世ローマで用いられた室内装飾です。このクリプトは20世紀の初めに造り直されたものだとのことです。

教会地下のクリプト(納体堂)

写真7:教会地下のクリプト(記事中の画像はいずれもクリックで拡大できます)

 

そのときクリプトを見学していたのは、私たちの他には研究家だと思われる2人だけで(ルーペで熱心にモザイクを調査していました)、静かにこの場所の雰囲気を味わうことができました。

 

この教会の玄関の上には、13世紀末に作られたという、古いフレスコ画『最後の審判』が残されています。このフレスコ画は残念ながら撮影禁止だったので写真をお見せすることはできないのですが、見学していると幸運なことに、ミサの準備でしょうか、本堂のパイプオルガンの試し弾きが始まりました。

運良く録音することができました。音質はそれほど良くなく、機械音が混じってしまっているのですが、何と言っても、音楽の守護聖人の教会のパイプオルガンです! ご興味のある方は聴いてみてください。

 

この教会の名前は、イタリア語では『Basilica di Santa Cecilia in Trastevere』となります。最初のバシリカ(Basilica:聖堂)という語は、今でこそ教会の格付けを表しますが、もともとは古代ローマの集会所のことでした。

 

バシリカには興味深い話があるのですが、少し長くなりましたので、今回はこの辺りにして、次回はこのバシリカの話と、サンタ・チェチリア教会の本堂の様子を、やはり写真を交えながらお伝えしたいと思います。

 

私にはキリスト教の信仰はありませんが、ローマの町はずれにある、歴史と多くの人々の思いが積み重なったこの場所には、不思議な安らぎと静けさを感じました。

その雰囲気を、皆さんにも少しでもお感じいただけたなら、嬉しく思います。

 

また、お付き合いください。

(この記事の後半は、こちら古代ローマのバシリカと音楽の聖人』で読むことができます。)

 

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伝統こけしと暮らした日々

2019年9月12日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

千葉にお住いの方々は、台風でたいへんな思いをなさっていることと思います。

どうか、体調など崩されないように、くれぐれもお気を付けください。

 

山形県にお住まいの、私の友人の山下さんに寄稿をお願いしたところ、40年以上にわたる思い出についてのエッセーをお届けくださいました。

▽ ▽ ▽

記事:『伝統こけしと暮らした日々』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

こけ女(じょ)という言葉をご存知でしょうか? 女性のこけしマニアの方々をこう呼ぶのだそうです。実は私もこけしマニアと呼ばれる輩(やから)の一員なのです。ところで…、男性の場合はなんと呼ぶのでしょうか…?(笑)。

 

さて、私が伝統こけしの世界に足を踏み入れたのはもう四十数年も前のことになります。カミさんと二人で美味いと評判の蕎麦屋さんに行った時のことがきっかけとなりました。

店の壁に『全日本こけし祭り』と印刷されたポスターが貼られていました。見ると開催日は当日です、場所は宮城県の鳴子温泉。車でおよそ二時間ぐらいの距離です。楽しそうなイベントだね、行ってみようとなりました。

 

会場は学校の体育館でした。

会場内にはコンクールに出展されたこけしが多数展示されており、フロアに設置された仮設のテーブルの上には数えきれない程のこけしが所狭しと並べられ、そのすべてが即売品とのこと。

そこでカミさんと相談して『めったにない機会だから一本だけ買っていこう』ということになりました。実は、この『一本だけ』が大正解だったのですが、私のそれからの人生を変える事になってしまったのです(詳しい話は後ほど)。

さて、いざ買おうとはしたものの、伝統こけしに関しては二人ともまったくのド素人です。どのこけしを購入してよいのやら全く見当が付きません。そこで私は何も考えずに一本、一本のこけしと御対面と云う手段に出ました。すると大量のこけしの中の一本が私に向かって「連れてって…」と小さな声でささやいた様な…気が…。

色白でふっくら顔の鳴子系のこけしでした。直感的に『このこけしだ!!』と思いました。直ぐに手に取り即購入。その瞬間『こけしマニア』と呼ばれる人種がまた一人誕生したのです(笑)。

古品こけし―伊藤松三郎作(昭和14年)

古品こけし―伊藤松三郎作(昭和14年)

 

それから数日後、伝統こけしとそれに関しての資料集めに夢中になっている自分がいました。

物事は深入りすればする程に疑問が湧いてくるのだとか。私の場合もそうでした。こけしの美とは一体何? 名品・美品・名工・名人と云った基準は? いくら考えても答えは出てきません。評論家と称する方々の論評も読みまくりました。しかし、ただ単に「これが名品・美品。この方が名人・名工」とあるだけです。

感覚的には理解出来るのですが、まるで雲を掴(つか)んでいる様な感じです。それからの私は何かに取り付かれたかの様に伝統こけしの美の追求に没頭して行きました。休日ともなると各地のこけし資料館や伝統こけしを販売している店舗等に足繁(しげ)く通いまくりました。

そうした時に興味深い話しに出くわしました。伝統こけしに対してそれほどには興味を持っていない方の前に、複数のこけしを並べ、『気に入ったこけしを一本差し上げます、選んでください』と言うのだそうです。

するとその方は無意識の内に一番出来の良いこけしを選ぶのだそうです。ところが『もう一本差し上げます』と言うと、今度は一番出来の悪いこけしを選んでしまうのだそうです。

このことを知って以来、こけしの購入は一回につき一本だけにする事にしました。それでも二本以上の購入の時には(贈答品などを購入の際)ちょっと時間を空け、気持ちをリセットしてから選ぶことにしました。

木目の美しい夫婦のこけし

 

そんなある日のことです。宮城県の遠刈田(とうかった)温泉に工房を兼ねて店を開いている某伝統こけし工人の元を訪ねた時のことです。私が初めての客にも関わらず仕事の手を休め、「いらっしゃい。ゆっくり選んで下さい」と笑顔で声をかけてくれました。

棚に飾られているこけしは、六寸物・八寸物・尺物(一尺サイズ)が主で大きなこけしも何本かありました。でも私は八寸物だけを凝視していました。十数本はあったでしょうか。いずれも見事な出来です。

どう頑張っても最良の一本の判定ができません。思い余って、ここは工人の方の意見も聞いて見ようか…。ひょいと後ろを振り向いた瞬間、ドキッとしました。こけしを選んでいる私の後ろ姿を先程の笑顔とは裏腹の厳しい表情で見つめていたのです。私は一瞬にして悟りました。私のこけしを選ぶ目利きの度合いを試しているのだと。

同じ様なことはその後も各地で何回も経験しました。この頃のこけし工人の方たちは、こけしの美を理解出来ないと判断した客には絶対に心を開いてくれませんでした(通り一辺の応対はしてくれましたが)。この時、これは大変なことになってしまった、何が何でも最良の一本を選ばねばと思いました。

 

気を取り直してもう一度、全てのこけしを見渡してみました。すると上の棚の端にポツンと一本、忘れられた様な風情のこけしを見つけました。良く見ると、店内に飾られたどのこけしよりも強力な存在感を発揮しています。いわゆる、オーラが違うのです。

そこで私は「オヤジさん、このこけしは非売品ですか?」と声をかけました、すると今度は急に寂しげな表情になり『非売品ではないんですけれどね…』

さらに続けて『お客さん、やっぱりそれを選ばれましたか…実はそのこけし、頭の上の所に節が入っているんですよ、木取りの段階では見つからなくって、ある程度ろくろ作業が進んだ段階で見えてきたんですよ。それでも最後まで造り上げたんですけど、こういった物に限って特に良いのが出来るんですよ』。

聞けば、節が入っている場合その箇所からひび割れが起こる可能性があるのだとか。欲しいと言った常連客は何名かいたとのことでしたが『節が入ってます』の一言で皆さん購入を渋ったのだとか。しかし、必ずひび割れが起こるとは限らないとのこと。『だったら買います!!後々、ひび割れが起きたとしてもかまいません!!』。

あれから四十と数年。あの時のこけしは、今も我が家で微笑んでくれています、もちろんひび割れも起こっていません。

右が最初に購入した鳴子のこけし。左が頭の上に節のあるこけし。

右が最初に購入した鳴子のこけし。左が頭の上に節のあるこけし。

 

実は私、ここ数年間こけしの世界から遠ざかっていました。今回、エッセーの依頼を受けた瞬間、なぜかこけしの美を追いかけていた頃のことが次々と思い出されてきたのです。そこで久しぶりにこけし達との御対面を行いました。するとこけし達が私に言うんです。「連れて来てくれて有り難うございました、これからもよろしく」って。

△ △ △

ふたたび本庄です。

上の文章からも、山下さんとお話をしたりしていても感じるのですが、東北には何とも言えない、決して他の場所では感じられない奥の深い独特さを感じます。今まで駆け足で通り過ぎたことしかないので、今度、じっくりと旅ができたらなと考えています。

 

下記は前回の山下さんの記事です。こちらもどうぞ。打って変わって奈良県にまつわる話です。

記事:『居場所はどこ

 

では、今日はこのあたりで。

 

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弥勒

2019年9月6日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

台風シーズンに入ったせいでしょうか、大雨が多いですね。各地の土砂崩れや浸水のニュースを見ると心が痛みます。

週明けに、またひとつ台風が来るそうです。くれぐれもお気を付けください。

 

さて、札幌で当会のインストラクターをされている私の友人に寄稿をお願いしたところ、実に本格的な文章をお寄せいただきました。

小説の中には、作者が自分の命を削るようにして創作されたものがあることが思い起こされます。

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(17)

森和久のポートレート

森 和久

 

『弥勒』-稲垣足穂(たるほ)

物語の始まりは、「江美留には、或る連続冒険活劇映画の最初に現れる字幕が念頭を去らなかった。明るいショーウインドウの前をダダイズム張りの影絵になって交錯している群衆を見る時、また夏の夜風に胸先のネクタイが頬を打つ終電車の吊革の下で、そのアートタイトルは──襟元にただよう淡いヴァイオレットの香りといっしょに──なかなかに忘れがたかった。」と述べられます。

この部分では映画の大画面に映し出されたであろうカリグラフィーなタイトル文字を描写しています。

映画のタイトル画一つを説明するのに視覚や触覚を細かに陳述し、あまつさえ嗅覚をも呼び起こします。読者は一気に作品世界へ取り込まれていくことになります。

京都市 八坂の塔の夜景

 

物語は短編の連なりのように紡がれていき、それらがひとつの体系となるセル(胞)群であることに気付いていきます。

あたかも巨視的には人間の魂(ソウル)の遍歴のように、それぞれの人生も一生という単独のようでありながら、ひとつの書物のページのように繰られることで輪廻転生が続いていくのです。

 

全編に散りばめられた未来都市と孤独な飛行機乗りを夢見た主人公の幻想譚。そしてフランスの神秘家ギュイヨン夫人とモンテクリスト伯、さらにベルグソンへの憧憬などがゼンマイ仕掛けのように、星々の軌跡とポン彗星(ポンス・ヴィネッケ彗星)の周期のように訪れます。

我々読者は鼻の奥がつんと来るような想い出に襲われながら、ノスタルジーに埋没するのではなく、そこから飛翔するビジョンを顕現させるのです。

 

主人公の江美留は自身の幻想が幾多の登場人物と入れ替わっていきます。

「イリュージョンが過ぎ去ろうとして彼は彼女の胸に倚(よ)りかかって、静かなハートの音を聴いていた。それは恰(あたか)も新世界の偉大な呼吸に通じているのかと訝(いぶか)しまれた。『や!』と彼は叫ぶ。『貴女の胸の中でプロペラーが唸っている』」

こんなゾクゾクする描写を提示されて読者としては抗えるはずもありません。

Inagaki Taruho

稲垣足穂(1948年)、朝日新聞社 [Public domain]

 

江美留は菩薩の写真を見せてくれた夫人にこう伝えるべきだったと気づきます、「(前略)弥陀の声が筬(おさ)のように行き交うている虚空の只中で、この銀河系は何十回も廻転しました。地球なんか勿論とっくの昔に消えてしまった。(後略)」と。

 

ここまでが物語の第一部です。この作品は二部構成になっており、第一部はいわばマクロコズム(宇宙)的想像で、第二部はミクロコズム(人間・個人)的思索です。そして神秘学的に言われる「上のように下にも(as above, so below)」に相通じる作りになっています。

マクロコズム世界とミクロコズム世界が二元的に存在していますが、時々マクロコズム世界の裂け目からミクロコズムの世界が覗けたり、飛び込んできたりします。さらにそれは逆の立場でも起こり得ています。

なんとなれば主人公の江美留は著者の足穂でもあるからです。たとえば作中のH・S氏は作家の佐藤春夫であり、実際の足穂とのエピソードが盛り込まれています。

 

作品冒頭には次の文章が置かれています。

「この未来の宇宙的出来事が間違いなく起こるということは、哲学にとっても将又(はたまた)自然科学にとっても疑問の余地がない。何故なら、如何なる進化も、進化としてはその概念の性質上、一つの終局を有(う)たなければならない。即ち、その目標に、その目的に到達しなければならないからだ。」

これは人類の存在証明の定理となりうるのではないでしょうか。

Maitreya Koryuji

木造弥勒菩薩半跏像(国宝・広隆寺)、小川晴暘・上野直昭 [Public domain]

 

第二部において、絵美留は古びたアパートの二階の一室、それも墓地のほとりに暮らしています。暮らしぶりは赤貧洗うがごとしです。いや清貧です。

文中では「(前略)そしていまや身辺皆無という処だが、しかし実際は、身につけている筒袖の単衣と、腰に巻き付けた布製バンドと、他にタオルと洗面器と枕と、傷んだ字引と、下駄、これだけが彼の所有品であった。」と説明されます。

彼はもはや死ねないから生きている、死を迎えるためだけに生きているというような胸中になっています。救いは微塵もないかのようです。

終盤、彼の所有物はさらに無くなっていきます。我々読者は怒濤のごとく繰り出される極貧ぶりに精神的苦痛までも沸き起こります。

ところが江美留は、自死は言語道断とばかり退けます。「自殺者は途中で放棄したのだから、却って出発点まで自分を引戻してしまう」と喝破します。

 

彼は清貧ゆえに何度も何日間も断食状態に陥り、幻覚を体験します。

私の妻も体調がすぐれず落ち込んで引きこもって寝ていたとき、視界に入る天井の火災報知器に貼られたラベルが天然色の『生命の木』に見えてくる、いやそれにしか見えないと言っていました。

 

文中では、「魂は苦悩と悲哀とによって鍛錬されねばならない。われわれは魂の向上の妨げになるものに対しては戦い続けねばならぬのであるが、これも、より上位な霊の加護がなくては為し能(あた)わない。」と述べられています。

そして「『それが即ち汝』(Tat-tvam-asi)」という言葉が彼の心に響き続けたのです。

彼は1920年のドイツ表現主義映画『カリガリ博士』(Das Cabinet des Doktor Caligari)を何度目かに観たあと、「これは出来すぎている、ここに在るのは映画ではなくて一つの自然である」という思いに駆られます。

そしてショーペンハウエルにインスパイアされて、「既に意志に隷属するのではない。人間とは認識にまで到達すべきである」、つまり認識する主体に到達すべきという考えに至ります。

 

情念の為すがままでは悲観主義に落ちて行ってしまいます。困難も幸福への道程たり得ます。人生を能動的に見つめ『自分の人生を支配する』という解に至るのです。

江美留はいみじくも思い見ます、「目指す人間とは何であるか? それは自分自身である」。これらの結果、ついに彼は、菩薩は「そうしてまたこう考えている自分の大脳の中にも、おそらく数ミクロンの光束となって納まっている?」と自分の使命を悟ります。

五十六億七千万年後に訪れるのは自分自身でなければならないと。

△ △ △

ふたたび本庄です。

蛇足かもしれませんが補足しますと、仏教の説話では、ゴータマ・ブッダの入滅後56億7千万年が経つと弥勒菩薩が地上に現れ、悟りを得て、人々を救うとされています。

 

下記は、森さんの前回の記事です。

親友に勧める酒-文芸作品を神秘学的に読み解く16

 

では、今日はこのあたりで。

 

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