投稿日: 2015/10/16
最終更新日: 2024/01/30

こんにちは。バラ十字会の本庄です。グノーシス主義(Gnosticism)、グノーシス(gnosis)って何なのかを分かりやすく説明してくださいと、ある読者の方からリクエストをいただきました。やや複雑な事柄なのですが、バラ十字会の考え方の一部には、グノーシス主義と深い関連があるので、お断りするわけにはいかないと思いました。そこで、この文章を用意させていただきました。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

まず手短に、概要からお伝えしましょう。古代ギリシャのアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)がペルシャ帝国を滅ぼして広大な地域を統一すると、バビロニアの天文学、ゾロアスター教、古代エジプト・ギリシャの思想が混じり合い、グノーシス主義が成立しました。「グノーシス」(gnosis)とは、ギリシャ語で「知識」のことですが、通常の思考による知識ではなく、直観、ひらめき、啓示などによって得る知識のことを指しています。グノーシス主義では、物質からなる世界は絶対的な悪であり、人間はグノーシスによって救われると考えます。

中東の国イラクにはチグリスとユーフラテスという2つの大河が流れています。時代を思いっきり遡(さかのぼ)りますが、この2つの川の間にあるバビロニアと呼ばれる豊かな土地に、紀元前3500年頃にメソポタミア文明が生まれました。世界最古の文明だとされています。

古代バビロニアでは天文学が特に発達しました。星々の中でも、明るく輝き複雑な動きをする惑星が、深く研究されました。そのころは宗教と科学には区別がなかったので、これらの惑星は神々であるとされました。

ペルガモン博物館(ベルリン)に復元された古代バビロニアの女神イシュタルの門
ペルガモン博物館(ベルリン)に復元された古代バビロニアの女神イシュタルの門

それからしばらく経つと、古代ペルシャ(現在のイラン)にゾロアスター教という宗教が起こります。当時の人々はきっとこう考えたのです。この世界を創ったのは、想像もできないほどの聡明さと強力なパワーを持った神であるに違いないけれども、一方で、この世に苦しみや病気や悪が存在するのはなぜだろうか。

このことを、善神(アフラ・マズタ)と悪神(アーリマン)という2つの神がいるとして、ゾロアスター教は説明しました。世界の根本に2つの原理を想定する考え方は二元論と呼ばれています。

最初にご説明したように、西暦紀元前後に、バビロニアの天文学とゾロアスター教が、古代エジプト・ギリシャの神秘学派の思想と混じり合って、グノーシス主義と呼ばれる思想と実践が成立しました。この思想と実践が具体的にはどのようなものかを、順序を追ってご説明させていただきます。

この当時、世界的な都市として有名だった場所が3つあります。古代ローマと、古代シリアのアンティオキア(現在のトルコ南部のアンタキヤ)と、ナイル川の河口にあるエジプトのアレクサンドリアです。

「ミュージアム」(museum)という言葉は今では博物館や美術館を意味しますが、元々は、ギリシャ神話の、文芸をつかさどる9人の女神たち「ミューズ」をまつった高等学問所のことでした。アレクサンドリアには大図書館と数々のミュージアムがあり、その魅力に惹かれて世界中から有名な思想家や研究者が多数集まっていました。

海と港と船と建物(現在のアレクサンドリア)
現在のアレクサンドリア

アレクサンドリアにいた教師の多くは、「折衷主義」(eclecticism)という考え方を採ります。主義と言っても特定の思想のことではありません。この当時のアレクサンドリアには、世界中のさまざまな宗教、哲学、思想が集まっていたので、それらの中から正しいと思うものを取捨選択して、矛盾のないように組み立てて、他の人に教えるのが自分の使命だと多くの教師が考えていたのです。

そして、これらの教師によってグノーシス主義には、さらに新プラトン主義の考え方が付け加えられ、全盛期を迎えることになります。新プラトン主義では、この物質世界は、「完全なる一者」とされる神が段階的に流出してできたと考えます。そしてこの段階を逆にたどれば、人は完全なる一者に帰還できると考えます。

また、アレクサンドリアにいた教師の中には、キリスト教をこのグノーシス主義に基づいて解釈しようとした人たちがいました。そして、主流派のキリスト教徒から後に異端と見なされる、キリスト教グノーシス派が生じました。

「グノーシス」とは、ギリシャ語で「知識」を意味する語です。しかし、考えることによって得られる通常の知識ではなく、直観・ひらめきによって、あるいは啓示などと呼ばれる体験で個人が直接得る、より優れた知識のことを指しています。

日本の江戸時代の国学では、理屈をこねくり回したような知識を「こちたきさかしら」と呼んで、まごころと区別しました。仏教の禅宗では、禅の修行、特に座禅を組むことによって体験を得て、個人個人が真実を見抜くことを重視します。グノーシスという言葉には、これらの考え方とよく似たところがあります。

アレクサンドリアのクレメンス(Clemens、150-215)は、キリスト教グノーシス派の思想家ですが、グノーシスとは次のようなことに関する直観的知識だと書いています。

「我々は誰なのか。我々は何になったのか。我々はどこにいたのか。我々はどこに投げ込まれてしまっているのか。我々はどこに向かって急いでいるのか。我々はいつ救助されるのか。生まれるということは何を意味しているのか。生まれ変わるということは何を意味するのか。」

アレクサンドリア図書館
ユネスコとエジプト政府によって再建されたアレクサンドリア図書館

直観による知識であるグノーシスは、何もしないで得られるわけではありません。グノーシス主義では、深い思索と瞑想という準備の後に、ある儀式に従ったときにグノーシスが得られるとされています。そしてこの儀式には、さまざまな象徴、せりふ、身振り、音声、音楽、聖餐(せいさん:式典に従って行なわれる聖なる食事)などが含まれていて、儀式に参加した人に複合的な影響を与え、新しい知識を開くための鍵として作用するのでした。

ご存じの方もいらっしゃることと思いますが、古代ギリシャは悲劇と喜劇で有名です。これらの演劇は元々、単なる楽しみのために行なわれていたのではありません。知識を得たり伝えたりするために、神秘学派で用いられていた儀式だったのです。

参考記事:『イシスとオシリス、セトの謀略 - 古代エジプト神話と密儀の関係について

グノーシス主義では、この世界の元々の状態であり、この世界を創造した存在でもある神のことを〈プレーローマ〉(Pleroma:充満した状態)と呼んでいました。しかし、名前が付けられるということは何らかの性質を持つということを意味し、何らかの性質を持つということは限定的であるということを意味します。

たとえば、赤色電球という名前は、赤いという性質を持つことを意味し、赤いという性質を持つことは、青や緑の光を発することができないということを意味します。神はあらゆる意味で完全であると考えられていたので、知ることも、名付けることも、呼ぶことも本来はできないとされていました。

〈プレーローマ〉は完全でした。しかしグノーシス主義の神話によれば、あるとき〈プレーローマ〉の一部である〈ソフィア〉(Sophia:知恵)が、至高の光に達しようとして、自分に指定されていた位置を去ったのだそうです。そして〈ソフィア〉は完全であった理想の世界から下降し、〈プレーローマ〉は元々の完全さを失いました。

ゾロアスター教の影響だと考えられますが、グノーシス主義では物質の世界のことを、絶対的に悪であるという性質を持つ世界だと考えます。〈ソフィア〉の下降の話は、物質世界という悪が存在する理由の説明になっていますが、一方で、〈ソフィア〉が理想の世界からの光を物質の世界に持ち込んだため、この世界は、理想の世界〈プレーローマ〉と、わずかですが、つながりを保っているとされます。

そして、〈ソフィア〉の下降の後に、「アイオーン」(aion:永遠に続くもの)と呼ばれる、神の性質が段階的に流出して、この世界が今ある様子に形作られたとされています。そして、アイオーンは惑星の神々と同一視されています。ですから、この考え方には、古代バビロニアの天文学と新プラトン主義の両方の影響が見られます。アイオーンは、惑星を通して人間にさまざまな影響を与えていると考えられていました。

ケルスス図書館のソフィア像
古代都市エフェソスのケルスス図書館のソフィア像(西暦2世紀)

グノーシス主義が全盛期を迎えると、キリスト教教会はその存在に驚異を感じるようになります。その当時のキリスト教はとても原始的で、グノーシス主義のような立派な教義も哲学もなかったので、自分たちがグノーシス主義に吸収されてしまうのではないかと恐れたのです。

また、キリスト教グノーシス派と、本流のキリスト教はさまざまな点で対立していました。たとえば、アダムに蛇が知恵の木の実を食べるように誘惑したことを、グノーシス派は賢い助言だったと解釈しています。グノーシス派は、物質である肉体のことを悪だと考えていたため、イエス・キリストは実は肉体を持っていなかったと唱えていました。

また、瞑想や神秘体験によって、真理やより良い生き方に個人個人が達することができるという考え方は、神と人々の間を仲介するとされていた教会組織や聖職者にとって、とても都合の悪いものだったのです。

しかし、広い視野から見ると、キリスト教はグノーシス派によって恩恵を受けています。グノーシス派と対立することによって、キリスト教に、高度な神学が発達するための刺激が与えられたのでした。

バラ十字会の神秘学には、グノーシス主義と似通った考え方が含まれています。たとえば、深い思索と瞑想という準備の後に、直観によって知識を得るという方法を、多くのバラ十字会員が日常的に練習しています。

グノーシス主義の多くの思想家と同じように、バラ十字会の神秘学を作り上げた思想家の多くも折衷主義でした。つまり、より良く生きるために役に立つと考えられる伝統や思想は、何でも積極的に取り入れ、そこから矛盾のないシステムを組み上げようとする傾向がありました。

しかし、バラ十字会の考え方とグノーシス主義には、異なる点も多くあります。

ひとつは悪の存在についてです。バラ十字会の神秘学では悪のことを、善と並び立つ世界の根本原理だとは考えていません。悪とは、善が存在しないことにあたります。このことは、暗闇とは単に、光が届いていない場所であるのとよく似ています。

また、そもそもバラ十字会の哲学では、物質の世界のことを悪だとは考えていません。私たちが内面的に進歩し、自身の心を完全な状態に近づけていくためには、この物質世界で人生経験を積むことが必要です。このことが物質の世界が存在する理由であり、私たちがこの地球で暮らしている最大の理由だと考えられています。

グノーシス主義ではアイオーンとは、何らかの神々か、その性質や影響力のようなものであると考えられていますが、そのようなものは実際の存在ではないとバラ十字会員の多くが考えています。アイオーンとは、自然界の法則との調和を深めていくために通過することになるひとつひとつの段階であり、人の意識の高次のレベルを象徴していると考えられます。

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執筆者プロフィール

本庄 敦

本庄 敦

1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら:https://www.amorc.jp/profile/

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