投稿日: 2023/10/20
最終更新日: 2023/12/25

◆ ゲーテの経歴と生涯

ゲーテは1749年に神聖ローマ帝国のフランクフルトで生まれました。

大学では法律を学び、弁護士の仕事をしていたのですが、哲学者ヘルダーと出会います。

ヘルダーはシュトゥルム・ウント・ドラング(嵐と衝動)という文学運動をゲーテに紹介し、彼はそれをきっかけに小説を書くことに目覚めます。

そして25歳のときに『若きウェルテルの悩み』という恋愛小説を発表します。この小説が大当たりをして、ゲーテは一流の作家として知られるようになります。

彼は科学者としての業績も残しています。たとえば、虹などに見られるような色がどのようにして生じるのかを研究し、『色彩論』(1810年)という本を書いています。

また、人が胎児のときにしか持っていない前あごの骨を発見したり、植物の形を研究したりして、進化論のさきがけとなる「形態学」という分野でも業績をあげています。

彼がさまざまな学問の分野で研究を始めたきっかけは、弁護士だった祖父の持っていた膨大な蔵書に子供のころに触れて、夢中になったことだと言われています。

ゲーテの作家としてのライフワークは、何といっても戯曲『ファウスト』です。ゲーテはこの作品を60年かけて書き上げました。第一部は1883年に発表され、第二部は彼が亡くなる数ヵ月前に完成し、死の翌年に発表されています。

フランクフルト・アム・マインにあるゲーテの生家
フランクフルト・アム・マインにあるゲーテの生家

◆ 『若きウェルテルの悩み』のあらすじ

この著書は、登場人物たちの手紙のやりとりで進んでいく小説です。

青年ウェルテルは、美しく感性豊かなロッテに舞踏会で知り合い、婚約者がいると知りつつ、交友を重ねるうちに恋に落ちてしまいます。

ウェルテルは、自分の思いを断ち切ろうと彼女から離れ、新しい土地で外交関係の仕事に携わります。

しかし、職場で官僚や貴族の卑俗さと形式主義に絶望し、仕事を辞め、恋愛の思いも諦めきれず、ピストル自殺をしてしまいます。

『若きウェルテルの悩み』は出版されるとヨーロッパ中でベストセラーになり、ウェルテルと同じ青い服と黄色のチョッキを着て自殺する若者が相次いだとのことです。

この本の元になっているのは、シャルロッテ・ブッフという女性と恋に落ちたゲーテ自身の体験だと言われています。

ゲーテは、彼女が友人の婚約者であることをしばらく後に知るのですが、この恋を諦めきれず自殺まで考えたことが知られています。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ像 – ベルリン・ティエルガルテン公園
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ像 – ベルリン・ティエルガルテン公園

◆ 戯曲『ファウスト』のモデルになった錬金術師、あらすじ

戯曲『ファウスト』の主人公のモデルになったのは、16世紀にドイツに住んでいたとされる占星術師で錬金術師のヨハン・ゲオルク・ファウストだとされています。

彼には、自分の望みをかなえるために悪魔に魂を売り渡し、最後には体をバラバラにされたという言い伝えがありますが、実際には、錬金術の実験中に爆死したようです。

さて、ゲーテの戯曲の主人公のファウスト博士は、当時の大学で扱われていた全ての学問を極め尽くした大学者でした。しかし、それでも自分の心を満足させることができずに失望し、最高に充実した人生を体験することを望んでいます。

そこに悪魔メフィストーフェレスが登場し、自分と契約を結べば、悪魔の技のすべてを尽くして、この世のすべての享楽と充実した時間を体験させること、しかしそれが実現したあかつきには、ファウストの魂をもらい受けたいと申し出ます。

ファウストは次の契約に同意します。自分が「この瞬間よ、止まれ! おまえはあまりに美しい」(Verweile doch! Du bist so schön.)と言ったときには、自分の魂が悪魔メフィストーフェレスのものになるという契約です。

戯曲『ファウスト』のポスター
戯曲『ファウスト』のポスター

参考記事:「ゲーテと戯曲『ファウスト』」(バラ十字会の専門家による記事です)

◆ ゲーテの名言10選

ゲーテは数多くの名言を残しています。「ゲーテはすべてのことを言った」というジョークさえあります。

ゲーテの3つめの作品を紹介する前に、そのいくつかを以下に挙げてみます。

考えさせられる言葉もあれば、ユーモアに富んだものも、生きる知恵にあふれているものもあります。

* * *

「人間は努力している間は、迷うものだ。」

「有能な人が恩知らずだというのを、私はまだ一度も見たことがない。」

「気分がどうのこうのと言って、なんになりますか。ぐずぐずしている人間に気分なんかわきゃしません……。きょうできないようなら。あすもだめです。一日だって、むだに過ごしてはいけません。」

「思い上がる心には友情が芽生えず、礼を欠くと卑しい人が仲間になり、人を頼らなければ大きなことがなし遂げられず、ねたむ人は他人の弱点に同情することができず、嘘を言う人は誠実さと信頼を望むことができません。」

「今日と明日の間には、長い期間が存在しています。君がまだ元気なうちに、早く処理することを学びなさい。」

「好ましいものはといえば、まばたきする少女の目、飲む前の酒飲みの目、命令する立場の人の会釈、暖かい秋の陽射し。」

「光の強いところでは、影も濃い。」

「雷雨の来る前、やがて長い間一掃されてしまうほこりが最後に猛烈にまきあがる。」

「個人が何かに達するためには、自己を諦めなければならないということを、だれも理解しません。」

「最も古いものを忠実に保持し、快く新しいものをとらえ、心は朗らかに、目的は清く。」

ゲーテ。70歳の時の肖像
ゲーテ。70歳の時の肖像。Joseph Karl Stieler, Public domain, via Wikimedia Commons

◆ ゲーテと神秘学派「薔薇十字団」(バラ十字会)

『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』(1616年)のあらすじ

『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』とは、17世紀の初頭に当時の薔薇十字団が公表した3つの宣言書のうちの最後のものです。宣言書と呼ばれていますが実際には、次のように始まる奇妙な物語です。

(英語訳を https://www.amorc.jp/pdf/chymical_wedding.pdf で読むことができます。日本語書籍には『化学の結婚』(紀伊國屋書店、種村季弘訳)があります。)

『化学の結婚』(1616)の表紙
『化学の結婚』(1616年)の表紙、Andreä, Johann Valentin, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons

ある神秘家(主人公)が机に向かって瞑想に沈んでいると、一陣の風が巻き起こり、彼の前に天使が現れます。

彼女は金色の星がちりばめられた青一色の服を着ており、大きな美しい翼は、いたるところが眼で覆われています。右手には金色のラッパを持ち、左手には世界中の言葉で書かれた手紙の大きな束を持っています。

そのうちの一通を彼に渡すのですが、それは結婚式への招待状でした。これから7日間にわたって謎めいた城で、ある王と女王の結婚式が行われるというのです。

主人公はその招待状を見て、全身の毛が逆立ち、毛穴から冷や汗が吹き出ます。

というのも7年前に行った瞑想中のビジョンでこの招待を予感し、永らくそれを待っていたのですが、心に少しでも不純なところがあるまま結婚式に出席しても、招待を断っても、そこからは大きな災いが生じることが知らされていたからです。

奇っ怪で不明な文言が混じっている招待状を読み終えると主人公は眠りにつきます。そして、自分が塔に幽閉されている囚人になった夢を見ます。

それは耐えがたいほどの悪夢でした。しかし主人公はこの悪夢により、この機会が限りない恩恵にあたるということを理解し、結婚式に出席するための旅の支度を始めます。

『化学の結婚』の象徴的意味

以上のあらすじからも分かる通り、「クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚」は象徴的な意味、難解な含みにあふれた物語です。まず、題名の「化学」とは何なのでしょうか。多くの研究家の見解によれば、「化学」というのは「心の錬金術」(spiritual alchemy:スピリチュアル・アルケミー)、つまり心の卑しさを貴さに変容させる技法のことです。

そして「化学の結婚」という言葉が比喩的に表しているのは、内面を向上させるために神秘家がたどる道です。花嫁は魂の比喩であり、宇宙の知性という花婿とひとつに結ばれるように、この道で導かれます。

「化学の結婚」の挿絵、手を取り合っている王と王女
「化学の結婚」の挿絵

『化学の結婚』とゲーテ

ゲーテは、バラ十字会の神秘学(mysticism:神秘哲学)に深い関心を持っていました。「秘密」(Die Geheimnisse, 1784-1785)という題の未完の詩には、そのことがよく表れています。

「明るい銀色の雲が、十字とバラとともに上方に浮き、その中央の一点から、神聖な命の3本の光線が発している。この光景に意味をもたらし、その神秘を解き明かすためには、いかなる言葉も必要ではない。」(*1)

1786年にゲーテは、ある女性への手紙に次のように書いています。

「『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』を読み終えました。そこには、機会があれば書き改めてお伝えしたい良いおとぎ話があります。この話は、古い革袋の中に入れたままでは、価値が分からないのです。」(*2)

ゲーテはおとぎ話の形式をしているこの宣言書が気に入ったのですが、自分が書き直せばさらに良くなって、その真価が多くの人に分かるようになると言っているわけです。

◆ 『メールヒェン』(緑の蛇と百合姫の物語)について

あらすじ

そして実際に書き直して、1795年に『メールヒェン』という題で発表しました。単に「メールヒェン」(物語)では内容が分からないので、「緑の蛇と百合姫の物語」と呼ばれることもあります。

この物語の冒頭のあらすじは、このようになっています。

ある年寄りの渡し守のところに、2つの大きな鬼火が尋ねてきます。鬼火たちは向こう岸に渡してもらいたいと言います。川は激しい雨によって水かさが増しているのですが、老人は頼みを承諾します。

舟が向こう岸に着くと、鬼火たちは体を揺さぶります。すると小舟の中にたくさんの金貨が落ちてきます。ところが渡し賃として老人は金貨を受け取るわけにはいかないのです。

というのも、この川は金属が大嫌いで、もしそうすれば大氾濫を起こしてしまうからです。老人は自分の帽子の中に金貨を入れ、水が届かない高い山に登り、岩の間の裂け目に金貨を捨てます。

この裂け目には「美しい緑色の蛇」がいました。そして、金貨をすべて飲み込んでしまいます。すると蛇の体は透明になって光輝くようになります。

自分の体から発する光によって、周囲のすべてが美しくなり、蛇は有頂天になります。蛇が山を下り沼地に這っていくと、そこで鬼火たちに会います。

鬼火たちに金貨のでどころを質問すると、鬼火たちは体を震わせて蛇にさらに金貨を与えます。鬼火たちはその引き換えとして、「美しい百合姫」の宮殿の場所を教えてくれるように蛇に頼みます。

“結婚”の象徴的意味

あらすじのご紹介はここまでにしますが、薔薇十字団の『化学の結婚』と同じように、『緑の蛇と百合姫の物語』でも“結婚”が起こります。

物語の解釈は、もちろん読者の自由です。しかし思想史や文学の専門家の多くが、「メールヒェン」のこの“結婚”は、人間が自身の男性的な要素と女性的な要素を統合して、より完全な存在になることの比喩だと考えています。

カール・グスタフ・ユングの『結合の神秘』を思い起こされる方もいらっしゃることでしょう。

ルドルフ・シュタイナーと『メールヒェン』(緑の蛇と百合姫の物語)

1889年にルドルフ・シュタイナーは、この物語を読み深く感動します。そして神智学協会という団体の会員に行なった講演で、次のように語っています。

「この作品(緑の蛇と百合姫の物語)を正しく解釈できれば、薔薇十字の英知(Rosicrucian wisdom)について多くを知ることができます。」(*3)

また、ある論文で、『緑の蛇と百合姫の物語』に登場する「地下の聖堂(temple)」は、テンプル騎士団を示すものだと述べています。

神秘学派としてのテンプル騎士団

テンプル騎士団とは、12世紀の初めにキリスト教の修道士が結成した騎士団です。彼らは極めて進んだ精神的な考え方を持つ人たちでした。異文化に深い理解を示し、キリスト教とイスラム教の間の戦いが収まり、あらゆる宗教が和解することを望んでいました。

テンプル騎士団には神秘学派としての性質もありました。

フランスの社会学、哲学、宗教史の専門家であるフレデリック・ルノアーはこう語っています。「ソロモンの神殿、あるいは古代エジプトにさえ遡ることのできる秘伝哲学の知識が、テンプル騎士団を通してバラ十字会に伝わったのであろう」。

テンプル騎士団については、さらに詳しいことは、こちらの記事をお読みください。

参考記事:『テンプル騎士団とは? 十字軍との違い、フリーメイソンとの関係を解説

時が熟したら再び地上に出現する理想

話を「メールヒェン」に戻します。比較文学の研究家である新田義之さんはこう述べています。

「修道会(テンプル騎士団)のかかげていた理想はこうして一時地上から消え去ったかに見えたが、しかしそれは決して死滅したのではなく、地下にかくれて『時が熟する』のをじっと待っていたのである。『時が熟したら』地上に再び出現するであろうものとは一体何であるのか。これがゲーテの『メールヒェン』が語ろうとする主題である。」(*4)

そして、シュタイナーは「ファウスト」と「メールヒェン」から得たインスピレーションをもとに4部作の『神秘劇』を作成し、その第一部に「認識の関門(秘儀への参入)-薔薇十字神秘劇」という題を付けています。

また、この『神秘劇』を理想的な環境で上演するための建物を作り、その建物にゲーテの名にちなんだ「ゲーテアヌム」という名前をつけています。

建物ゲーテヌアムの夜景
ゲーテヌアム

◆ まとめ

ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの生涯と、3つの作品『若きウェルテルの悩み』、『ファウスト』、『メールヒェン』(緑の蛇と百合姫の物語)の冒頭のあらすじをご紹介しました。

ゲーテの『メールヒェン』は、1616年に当時の薔薇十字団(バラ十字会)が発表した宣言書『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』に触発されて書かれました。

そして『メールヒェン』には、時が熟したら地上に再び出現するであろうテンプル騎士団の理想、つまりゲーテが予感していた、人類の未来に起こる内面的進歩が示されていると考えられます。

ルドルフ・シュタイナーは『ファウスト』と『メールヒェン』からインスピレーションを得て4部作の『神秘劇』を創作しましたが、それはシュタイナーが心酔していたバラ十字思想に深く関連しています。

* * *

今回私は、この記事を書くにあたって、ゲーテの『メールヒェン』とシュタイナーの『神秘劇』について調べていくうちに、この2つは単に娯楽を目的にしているのではないと考えるようになりました。

これらは、読者・聴衆の心の奥を刺激することによって、人類の未来の内面的進歩に寄与しようとしていたのではないかと思われます。

そして、ゲーテとシュタイナーのこの努力に、改めて襟を正される思いを感じています。

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参考文献:

*1: Christopher McIntosh, “The Rosicrucians”, Weiser Books, 1997, chapter 11.

*2: 同上

*3:Rudolf Steiner, “Rosicrucian Wisdom – An Introduction”, Rudolf Steiner Press, 2012, lecture 1. (邦訳書名『薔薇十字会の神智学』、平河出版社、1985)

*4:J・W・V・ゲーテ、ルドルフ・シュタイナー著『メールヒェン&『緑の蛇と百合姫のメールヒェン』に開示されたゲーテの精神』(1983、イザラ書房)「訳者あとがき」

執筆者プロフィール

本庄 敦

本庄 敦

1960年6月17日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部代表。東京大学教養学部卒。
スピリチュアリティに関する科学的な情報の発信と神秘学(mysticism:神秘哲学)の普及に尽力している。
詳しいプロフィールはこちら:https://www.amorc.jp/profile/

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