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意味と知識と英知の探究について(前半)

2018年8月3日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

 

 

かつてないほど暑い日が続いています。

いかがお過ごしでしょうか。どうか熱中症にお気を付けてください。

 

このブログをお読みくださっている読者の方から、よくいただくご質問のひとつに、「バラ十字哲学って何ですか、どんな内容ですか。宗教とは違うのですか」というものがあります。

このご質問に適切かつ手短に答えるのは、それほど簡単なことではありません。当会のフランス本部代表のセルジュ・ツーサンが、フランスの有名な雑誌『思索のための材料』(Matières à pensee)の2018年夏号に書いた記事があり、その答えとして、まさにうってつけです。そこで、この記事の翻訳を今回と次回の2回に分けてご紹介させていただきたいと思います。

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記事「バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

「バラ十字哲学」、そして「意味と知識と英知の探究」とは何かということをご説明する前に、17世紀の初めに出現したバラ十字会という組織を、歴史的な側面から振り返って見ることが役に立つことと思います。

今ほど「出現した」と言いましたが、より正確に述べると、この組織は以下の3つの宣言書を出版することによって、自体の存在を社会に公表しました。

それは『バラ十字友愛組織の声明』、『バラ十字友愛組織の信条告白』、『クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』の3つであり、それぞれ1614年、1615年、1616年に出版されました。

 

その数年後の1623年に、バラ十字会はパリの町中の通りに謎めいたポスターを貼り、人生について探究しようとする人たちを自分たちの友愛組織に誘ったので、この組織はさらに多くの人に知られるようになりました。

そのポスターにはこう書かれていました。「我々、バラ十字高等学院の評議員は、最も高貴なるお方の好意によって、公然と、また密かに、この町に滞在している(後略)」。

このポスターが貼られた後の短い期間に、バラ十字会について何百もの本が書かれましたが、その中には、この組織に好意的なものと批判的なものの両方がありました。

 

1.バラ十字哲学の源流

言い伝えによれば、バラ十字哲学の源流は17世紀よりもはるかに古く、古代エジプトのいくつかの神秘学派にまでさかのぼることができます。

これらの学派の存在は、今では大部分のエジプト学者に認められています。進歩した神秘家たちが日々集まり、「神秘の学校」(ミステリー・スクール、神秘学派)という名の通り、宇宙と自然界と人間自体の神秘について研究していました。

 

徐々にこの研究から「グノーシス」(gnosis:神秘的直観)と呼ばれる知識が生じ、公開されることなく師から弟子へと直接伝えるということが行われました。

この知識はエジプトの外にも広まっていきました。ヘラクリトス、ターレス、ピュタゴラスのようなギリシャの哲学者がエジプトで学んだからです。特にピュタゴラスは20年以上もエジプトで学んでいました。

 

彼らはギリシャに戻ると、それぞれに独自の神秘学派を創設しました。そのおかげで、古代ローマの思索家たちは、エジプトの神秘学に触発されて生じたギリシャの神秘学を学ぶことができ、自分たちもまたローマにさまざまな学派を作りました。

中世の錬金術師や、その後の17世紀初頭のバラ十字会員は、秘伝哲学(神秘学)のこの伝統遺産を収集し体系化しました。

このことについて、当時のバラ十字友愛組織の一員であったミヒャエル・マイヤーは『拍手の後の沈黙』(Silencium Post Clamores)という本に次のように書いています。

「我々の起源はエジプトでありバラモン教であり、かつ、エレウシス神秘学とサモトラキ神秘学であり、さらに、ペルシャの賢者、ピタゴラス学派、アラブの民である。」

 

中世以降、バラ十字会は継続して活動していましたが、その活動にはさまざまな系統の集団があり、そのそれぞれが活動期と休眠期を繰り返していました。

18世紀になると、古代組織黄金バラ十字会として知られている特に重要な組織が出現しました。このときに『16世紀と17世紀のバラ十字の秘密の象徴』が出版されましたが、それはヘルメス思想や錬金術やグノーシス思想の多くの図版を収集した見事な本です(付記)。

付記:英語版のPDFを以下のサイトから入手できます。

https://www.rosicrucian.org/secret-symbols-of-the-rosicrucians

 

19世紀には、スタニスラス・ド・ガイタ(1861-1897)とジョセファン・ペラダン(1858-1918)がバラ十字カバラ団を創設し多くの人の注目を集めました。

ジョゼファン・ペラダン

ジョゼファン・ペラダン

 

この組織は、パリで開催した展覧会によって広く知られるようになりました。この展覧会には、その当時の有名な象徴主義の画家たちが参加しています。(フェルナンド・クノップフ、エミール・ベルナール、ジョルジュ・ド・フュール、ジャン・デルヴィル、シャルル・フィリジエ、ウジェーヌ・グラッセなど)

参考記事:『エリック・サティとバラ十字サロン

第1回バラ十字展覧会のポスター

第1回バラ十字展覧会のポスター

 

20世紀の初めには、バラ十字会AMORCという、バラ十字哲学の歴史の中でも最も重要な組織が、ハーヴェイ・スペンサー・ルイス(1883-1939)によって創設されました。

彼は1909年にフランスのツールーズで、当時のバラ十字会への入会を認められ、休眠直前の状態にあった会の再興を託されます。

今日ではバラ十字会AMORCは世界中に広まり、フランス語、英語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語、スカンジナビア諸国語、日本語、ロシア語などの言語圏本部が活動を続けています(付記)。

付記:下記のWebページに一覧表があります。

https://www.amorc.org/

 

これらの活動は、文化、教育、平和に貢献しており、多数の国でバラ十字会AMORCは公益団体だと認められています。

バラ十字会AMORCは、いかなる宗教団体、政治団体とも独立して活動しており、国籍、社会的な地位、宗教にかかわらず、男性も女性も入会することができます。

 

次のような疑問が生じることでしょう。はるかな古代から、伝統的な意味で「神秘」と呼ばれている事柄を探究しようと、なぜ人々は駆り立てられてきたのでしょうか。

それは、〈意味〉と〈知識〉と〈英知〉を探し、手に入れたいと心から願っていたからであり、またそのことを必要だと感じていたからです。

古い図書館の脇の木の机

 

このことは、正統派の神秘家、つまり物事がなぜどのようにして起きているのかを理解しようとするすべての人に見られる特徴です。多くのバラ十字会員はこのような神秘家であり、そのことが理由でバラ十字会に属しています。

「神秘家」(mystic)という言葉が、夢想ばかりにふける現実離れした人たちのことをひんぱんに指し、軽蔑的な意味に誤用されていることを私は残念に思っています。

実際にはこの語は、人生の神秘を意味するギリシャ語の「ミスティコス」(mystikos)に由来します。ですから神秘学とは人生の神秘を研究することであり、それはまさに、先ほどお話しした古代のさまざまな神秘学派が行っていたことです。

 

2.意味の探究

「意味の探究」とは何を意味するのでしょうか。おおまかにいえば、それは人生には目的があると考え、その目的とはどのようなものであるかを理解しようとする行ないを意味します。

意味の探究を行っている人たちの多くは、人生を心という側面から理解しようとし、宇宙、地球、そして人間自体は、何らかの超越的な計画の一部として役割を果たしていると考えます。

それと対照的な態度として、無神論と唯物論が挙げられます。無神論と唯物論を信奉する人の多くは、人生を無意味なものだと考え、偶然の結果生じているもの、つまりある状況がたまたま寄せ集められて生じているものだと考えます。

このような人たちによれば、人間とは単なる物質からなる肉体であり、生と死の間だけに限定されるつかの間の存在です。そしてこの信念によれば、人を構成しているすべての要素(経験、技能、記憶、思考、人格など)は、死によってすべて無に帰し、完全に消滅することになります。

 

バラ十字会の哲学は、明確に唯物論とは反対の立場を採っていて、人生に目的があると考え、その意味を探究しています。

紙面の制約がありますので、バラ十字会AMORCの通信講座の教材でこのテーマについて説明されている内容のすべてを、ここで詳細にお伝えすることはできませんが、バラ十字哲学の存在論は、次のような考えに基づいています。

つまり、人間は誰もが事実上完全な魂を持っていて、地上で生活することによって、徐々にこの秘められた完全さに気づき、可能な限り幸せな人生を過ごしながら、その完全さを自身の行動に反映することができるようになります。

このことが人生の目的だと考えることができます。しかし、このような目的は一度だけの人生ではなし遂げることができないので、バラ十字会員の多くは、生まれ変わりという原理が働いていて、この原理もしくは法則によって、人間は生まれ変わりを繰り返していくと考えています。

 

おそらく、人生に意味があるということに関して、それに反対する誰かを完全に論破することはできないでしょう。

しかしたとえば、地球という星の上に生命が存在するためには、多くのパラメータがまさに現在の通りである必要があり、その確率を10のマイナス30乗程度、つまりほとんどゼロであると多数の科学者が見積もっています。

もし地球が今よりも太陽に近かったり遠かったり、自転が今よりも速かったり遅かったり、直径が大きかったり小さかったり、地軸がより傾いていたりいなかったりすれば、太陽系にある兄弟の惑星と同じように、地球に生命が誕生することはなかったのです。

天文学的なこれらのパラメータが適切であることに加え、人類の誕生のためには、無数に多くの物理的な条件や化学的な条件が適切であったことが必要とされます。ですから、私たちがここに存在しているのは、さまざまな条件が偶然組み合わさった結果だと、いったいどのようにしたら考えられるのだろうかと私はいぶかしく思います。

アルバート・アインシュタインは、このことに関する自分の見解を、とても短い言葉で表わしています。「神は無意味なことは何も行わないし、サイコロを振らない。」

 

バラ十字哲学の存在論では、神とは正確には何のことを指しているのでしょう。明らかなことですが、神とは、天上界のどこかに鎮座していて、人間の死の時期や状況を含むすべての運命を決めているスーパーマンに似た何かではありません。

バラ十字会員の多くにとって、神とは絶対的な非人格的な(impersonal:人格という性質を持たず、何に対しても完璧に公平な)知性のようなものであり、この知性が、物質の世界と非物質の世界が創造された原因です。

この絶対的な知性は、宇宙に内在しながら宇宙を超越しており、私たちには知ることができません。しかし、宇宙や自然界や人間自体の中に、神はさまざまな法則として表われていて、私たちはこの法則を研究し、理解し、活用することができます。

バラ十字哲学が何にも増して目標としているのは、これらの法則をよく知り、これらと調和して生きることです。この法則と調和して生きることは、誰もが望んでいる幸せのために必要な条件にあたります。神についてのこの考え方と取り組みは、宗教よりも科学的だということにご注目ください。

 

宇宙と自然界と人間は“崇高な”法則によって支配されています。それらの法則が崇高だと感じられるということに、多くの科学者が同意しています。

このことから考えると、私たち人間を含む、生きとし生けるものの存在には目的があるという見解にたどり着くのではないでしょうか。

バラ十字哲学の観点から言うと、生物は物質的な存在として、宇宙の進歩を支えるという役割を果たしています。つまり、先ほど定義したような意味での“神”には普遍的な意識という性質がありますが、生物が存在することによって、この普遍的な意識の進歩が起こっています。

ヒューバート・リーヴスは、スピリチュアルな傾向を持つ天体物理学者のひとりですが、興味深いことに、「宇宙の最も主な働きは、さまざまな種類の生物の中に、さまざまなレベルの意識を生み出すことである」と主張しています。

地球ではこの働きが絶え間なく作用することによって、鉱物界、植物界、動物界、人間界のそれぞれに、異なるレベルの意識が生じています。(次回に続く)

 

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

 

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再び本庄です。

今回の記事の以降の2章、「知識の探究」と「英知の探究」の翻訳は、来週の投稿でお届けします。

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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