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物質至上主義について

2018年8月31日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

今日で8月も終わりですが、まだまだ暑いですね。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、今回の文章は、当会のフランス代表が、現代の先進国の人たちの間に広まっている物質至上主義を批判した文章です。見方によってはかなり過激です。

しかし、言葉をオブラートに包んでしまうと、論点がぼけることもありますので、あえてご紹介させていただくことにしました。

気を悪くされる方もいらっしゃるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。

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記事『物質至上主義について』

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

いくつかの調査によれば、宗教に関心を持たない人が、世界中で、特に西洋の国々で増え続けています。さまざまな宗教を信じている人をすべて加えたとしても、その数は減り続けています。

西洋ではキリスト教が特に、この影響を強く受けています。実際に、キリスト教会に通う人はあまりいなくなり、キリスト教の年中行事を意図して自発的に祝う人は少なくなり、聖職者になる人が不足し、大部分の子供は「カテキズム」(訳注)などという言葉を聞いたことさえありません。

訳注:カテキズム(catechism):キリスト教の信仰について教えるために使われる、質問と答えを集めた文書。教理問答書。

このようなことを、キリスト教徒の人たちが嘆く一方、宗教に関心を持たない人の多くが喜んでいます。なぜなら、宗教信仰を拒絶している人たちの多くは、宗教というものが全般的に言えば、心を堕落させる偽(いつわ)りであり、人生を十分に楽しむことを妨げるものだと考えているからです。

 

なぜ、宗教はますます無視されるようになったのでしょうか。私の考えでは、第一の理由は宗教の信仰内容そのものにあります。

宗教が出現したころよりも、人類の知性ははるかに進歩しました。多くの人が高いレベルの教育を受けるようになり、批判精神を身に着けた結果、宗教の固定的教義を信奉する人がますます少なくなりました。

そのような教義とは具体的には、世界が7日間で作られたとか、アダムとイブという一組の夫婦が人類の祖先であるとか、悪魔が存在するとか、天国と地獄とか、小罪と永遠の死に至る罪とか、時の終わりの肉体の蘇(よみがえ)りとかです。

これらの教義は、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教に共通していますが、多くの人、特に若い人たちの心に響くことが、ほとんどなくなっています。

 

宗教が現在衰退しているもうひとつの理由は、科学と技術の発展によって、生活の水準が大いに改善したことにあります。このこと自体は望ましいことだと私は思います。物質的な面で、より豊かな暮しをしたいと望むことは、人にとって自然で正当なことだからです。

しかし、それと同時に多くの人が、物質面を過度に重視する傾向を身に着け、さまざまな物を所有することに貪欲になってしまいました。そのため、人間自身の内部にある最も貴い要素、つまり、心が本来持つ純粋さ、素朴さ、力強さ、美しさから遠ざかることになってしまいました。

言い換えれば、宗教心だけでなくスピリチュアリティも、徐々に多くの人が拒絶するようになってしまいました。つまり、時とともに多くの人が、神どころか、心自体や魂などというものさえ存在しないと考えるようになっています。

枯山水、石と砂紋

 

無神論と物質至上主義(訳注)は本質的に同じものだと考えられがちですが、私はこの2つを区別することが重要だと思います。

訳注:物質至上主義(materialism):精神的な価値よりも、お金や財産や身体的な快適さの方が重要だとする信念。マテリアリズム。

無神論とは、神や魂の存在を信じないことだと定義され、無神論者の多くは、人生には目的などないと考えます。しかし、このような人のすべてが、物を所有すること自体を目的として生きているわけではないので、必ずしも物質至上主義者だと言うことはできません。

さらに付け加えれば、多くの無神論者は、最初から無神論者であったわけではなく、さまざまな理由で無神論者になったのです。それは、信仰を失わせるような辛い人生の試練だった場合もありますし、世界の“狂気のような”現状に心をかき乱されたことが理由だったり、かつて信仰していた宗教から拒絶されたというような体験だったりします。

無神論者の一部は、自身の心のあこがれにスピリチュアリティが合致することを見いだした場合には、スピリチュアリティを尊重する人生観に立ち戻ることが、しばしばあります。

 

矛盾しているように思われるかもしれませんが、物質至上主義には、実際のところ宗教によく似た性質があり、20世紀の初期に流行し始めた宗教の一種だとさえ言うことができます。

お金がこの宗教の神であり、銀行と証券取引所がこの宗教の寺院であり、機関投資家と個人投資家がこの宗教の信者であり、成長と収益率と投機がこの宗教の教義だと考えることもできます。

お金を追って深淵に落ちようとしている人

 

この物質的宗教はますます多くの信者を獲得していますが、所有欲、権力欲、支配欲などの低俗な欲求が、この宗教によって刺激されているということだけが理由だとしても、悲しいことに、そこから世界には望ましいことは一つももたらされないということが、今や私には明らかに思われます。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

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再び本庄です。

この文章には、異論がある方もおられること思いますが、少なくとも、人類の未来と地球環境を心配する彼の気持ちが、ひしひしと伝わってきたのではないでしょうか。

 

常々私は思っているのですが、先進国に住み豊かさを享受している私たちが、地球環境に与えるダメージが少ないライフスタイルを率先して作り上げて行かなければ、子供たちの世代が、この地球で幸せに暮らすことはできなくなることでしょう。物質至上主義、金融資本主義、大量消費社会はおそらく、このことに対する頑固で深刻な妨げになります。

参考記事:『作られた現実という罠-消費社会について

海を飛ぶように泳ぐイルカ

 

しかし一方で、日本国内では報道が少ないような気がするのですが、持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)は国連のキーワードになり、それを実現しようとする動きや国際協力も世界中で活発になっています。

ですから、読者の皆さん、未来への希望を失わないでいるようにしましょう。未来というものには、私たちが思っている通りのものになる傾向があるのですから。

 

下記は、前回紹介したセルジュ・ツーサンの文章です。ご参考まで。

バラ十字哲学-意味と知識と英知の探究(後半)

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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