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人生の学習 - 自己超越について

2019年2月8日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

北海道を中心に、史上最強の寒波がきているとのことです。東京でも風が強まってきました。

どうかお気を付けて、お過ごしください。

 

ツイッターの投稿で知ったのですが、一昨日発表があり、探査機「はやぶさ2」がとうとう2月22日の朝に、小惑星リュウグウへの着陸(タッチダウン)に挑戦するそうです。

打ち上げのときから応援していましたが、それから4年2ヵ月が経ちました。ほんとうにワクワクしますし、心から成功を祈っています。

 

調べてみて分かったのですが、このプロジェクトは、あらゆる面で国際協力のもとに成り立っています。

たとえば、はやぶさ2と地球との間の通信は、NASA(アメリカ航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)や、スペイン、オーストラリア、アルゼンチンに支援されています。

はやぶさ2から投下されて小惑星に先行して着陸した超小型着陸機MASCOTは、ドイツとフランスと日本のチームで共同開発されたものです。

 

初号機のはやぶさの時もそうでしたが、小惑星の岩石のサンプルは、世界中の研究者に配られて分析が進められ、太陽系の成り立ちや生命の起源についての貴重な情報が、多くの人たちの協力によって得られることでしょう。

 

このことはほんの一例ですが、宇宙探査、天文学、物理学などの分野で、国籍にかかわらず世界中の研究者が、あたり前のようにインターネットで情報を交換し合いながら協力をしています。

インターネットによる情報交換(イメージ)

 

一方で不思議に思うのですが、国際ニュースを見ると、軍備や戦争のために資金と資源と人の労力が大量に浪費されています。

状況は少しずつ改善されているようですが、世界にはまだ飢餓に苦しんでいる人が8億人います。もし、世界全体の年間軍事費の10分の1を充てることができれば、この飢餓はゼロにすることができるという試算があるそうです。

 

このように両面性のある事態を見ると感じるのですが、おそらく人類は現在、歴史的にも意識レベルという面でも過渡期にあり、過渡期特有の混乱と苦しみを味わっているのでしょう。

 

2014年に当会が発行した宣言書(下記で読むことができます)では、この過渡期のことが「人類の思春期」と表現されています。

宣言書『バラ十字友愛組織からあなたへの訴え』(2014年)

 

私たち人類がこの過渡期を無事に乗り越えるためには、集団として今よりも「聡明」(wise)にならなければならないと、お感じになったことはありませんでしょうか。

 

最近の数十年の間に、特に先進国に住む私たちの生活は、見違えるほど豊かになりました。

テレビ、洗濯機、掃除機の普及、自動車の進歩に始まり、コンピュータの進歩、インターネット、スマートフォンの普及。文書作成ソフト、表計算ソフト、論文検索。ツイッターやフェイスブック、ユーチューブ。ラインやおサイフケータイなど便利なスマホアプリの数々。

もう、50年前の生活など、想像すらできないほどです。

 

そして、このような生活の変化の多くの背後にあるのは産業技術と情報技術の進歩であり、それを支えてきたのは科学、特に物理学の進歩です。

物理学とは何でしょうか。それは数学という方法を用いて、物質からできている世界がどのように変化していくかを書き表して、それが正しいかどうかを確かめることです。

 

物理学の進歩はとても素晴らしいことですが、この学問は、直接には人の心を研究するものではありませんし、私たちを「聡明」にしてくれる、つまり、何を目標にして、どのように生きるかという指針を提供することを目的にはしていません。

 

人の心を研究する学問は、もちろん心理学です。

人生そのものを扱い、生きる目標と指針を与えてくれる分野は何でしょうか。それは哲学です。

 

人類は今まで、少なくとも2000年以上にわたって哲学を探究してきました。語源から言うと、哲学(philosophy)とは、「聡明さ」(sophia, wisdom)を愛する(philo-)ことにあたります。

そして、「神秘学」(神秘哲学:mysticism)という言葉を聞くと、何か特殊な分野だとお考えになる方が多いのですが、古代ギリシャのころは哲学と言えば、それは神秘学のことでした。

参考記事:『神秘学について

 

なぜかといえば、当時の哲学者が、この世界の正体という「神秘」を見破ることと、より良く生きる方法を探究することの両方に、並行して取り組んでいたからです。

興味深いことに現在でも、たとえば当会の通信講座を学んでみると分かりますが、この2つには、互いに他を補う深い関係があります。

 

私が神秘学の普及という仕事に携わってから、もう15年になります。最初のころは、宗教と同一視されることも多く、きちんと理解してくださる方はあまりいなかったのですが、最近は少しずつ事情が変わってきています。

 

創造性や生産性の向上のために、社員研修に瞑想を取り入れる企業が増えています。

瞑想は、心身をリラックスさせてストレスを解消する練習だと見なされているようですが、神秘学という立場から言うと、効用はそれだけではなく、実は本来の目的もそうではありません。

瞑想とは、マクロコズムの「聡明さ」を自分の意識に取り込むことであり、究極の実在、つまり世界の正体(神秘)を見破るための練習にもあたります。

枯山水 瞑想のイメージ

 

最近では、心理学も急速に進歩し、後ほど一例をお示ししますが、このあたりの主張が神秘学に近づいてきました。

 

フロイトやユングという名前を、多くの皆さんがご存知のことと思います。彼らが手掛けた西洋の心理学の初期の課題は、心の病気の人たちを研究して、その病気から救う方法を見つけることでした。

ところが、20世紀の初めにアメリカの心理学者アブラハム・マズローは、健康な人たちの心を調べるということを心理学に取り入れます。それは、進歩と呼ばれている事柄の本質と、人間の心の本質を探るためです。

 

そして彼は、次のことを発見しました。人間の欲求は、ピラミッドのような階層構造をしています。彼の説では、人間の欲求を下から順番に並べると次のようになります。

1.生理的欲求

2.安全の欲求

3.社会的欲求、所属と愛の欲求

4.承認の欲求

5.自己実現の欲求

6.自己超越の欲求

 

参考記事:『人生の学習 ― マズローの心理学

 

子供は生まれたときに、生理的な欲求を満たすことから始めて内面的な進歩の道を、この階層に沿うように進んでいきます。そして、下位の欲求が満たされたときに初めて、それより高次の欲求の実現を望むようになります。

この欲求の階層構造を登っていくにつれて、興味深いことが起こります。生まれたばかりのとき、私たちは、自分の生存以外には関心を持っていません。

その後、自分と親のことが大切になり、自分と親族のことが大切になるというように、愛する対象の範囲が広がっていきます。

そして、内面の発達が順調に進めば、自分の属する社会(部族)のことを愛するようになり、自国のことを愛するようになり、人類全体を愛するようになり、生きとし生けるものを愛するようになると考えられます。

森の階段を歩く女の子

 

米国の心理学者ケン・ウィルバーによれば、この進歩は、個人が生まれてから年を重ねるにつれてたどる進歩であると同時に、歴史的に、世界の各地で社会がたどってきた進歩にもあたります。

そして、どのレベルにあるかということは、その社会に属する人がどのように世界を解釈するかを、知らず知らずのうちに規定し支配しています。それはまるで、私たちが日本語を使っていて、知らず知らずのうちに、その文法のルールに支配されているようなものです。

ケン・ウィルバーによれば、今現在、世界には主に、レベル4からレベル6にあたる見方で世界を解釈する集団が混在していて、互いの考え方や規範(文法のルールのようなもの)を理解することができずに衝突しています。これが、先ほど話題にした人類の過渡期、人類が直面している混乱と苦しみの大きな原因のひとつだと思われます。

参考記事:『人類と子供の心の進歩の段階

 

今の日本では、自己超越の欲求(レベル6)を満たそうとする人たちの多くは、書店の「精神世界のコーナー」で選んだ本を読んだり、ヨガや瞑想の教室に通ったり、禅宗のお寺の門を叩いたり、当会の神秘学のような研究をしているのかもしれません。

日没の空に向かってヨガを行う女性

 

一方で、ヨーロッパの中世において、自己超越の欲求を満たそうとした人たちの多くは、心の錬金術ということに携わっていました。当時のバラ十字会員の多くもそうだったと言われています。

心の錬金術とは、心の不完全さを、それとは反対の性質へと変えること、つまり、傲慢さや利己心などの卑しい性質を、謙虚さや分け与える心などの、高貴な性質に変換することを意味しています。そしてこのことは、どのように世界を解釈するかという自分の認識の枠組みを変容することにもあたります。

 

ケン・ウィルバーは、最新の著書『The Religion of Tomorrow』(Shambhala, Boulder, 2017)に、こう書いています。

「承知していていただきたいのですが、究極の実在、つまり、あらゆる存在の根底にある基礎は、外界だけでなく、自身の内部にも発見することができます。」

「それは、最も心の奥深くにある正真正銘のあなた自身であり、あなたの本質です。それは、まさにあなたという存在の最も中心にある、最も生き生きとした実在であり、それを発見することは、あなた自身が覚醒すること、啓示を得ること、変容することにあたります。」

「驚きと美しさにあふれているこの世界を、もしくは、今以上に驚きと美しさにあふれている世界を、常に見ていられるかどうかということは、あなた自身の内面の問題なのだという主張があります。そして中世の錬金術師たちの実験は、実は金属を変容させることではなく、宇宙全体をそのように変容させることでした。」

「この方法、もしくは技法、科学、あるいは、あなたの選んだいかなる名前で呼んでもかまわないのですが(それが存在する、もしくは存在していたと仮定して)、それがまさに目的としていたのは、人を(その人が望むならば)、喜びと輝きに満ちた世界の住人にすることでした。おそらく、このような実験は存在しますし、それをなし遂げた人もいます。」

 

つまりケン・ウィルバーによれば、世界の驚きに満ちた美しい正体を私たちが見ることを妨げているのは、私たち自身の認識の枠組みであり、それを変容させることは十分に可能であり、それを実際になし遂げ、「聡明さ」を手に入れ、この世界に生きる喜びとこの世界の驚異を十分に味わえるようになった人が、過去にも現在も存在します。

源光庵の悟りの窓と迷いの窓

 

そしてこの変容を、私たち人類が過渡期を脱するためのキーポイントだと考える人が多数いますし、私もそう思います。

 

今回は、ややまとまりのない話になってしまいました。

少しでもご参考になる点があったとお感じいただけたなら、嬉しく思います。

 

また、お付き合いください。

 

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