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自分を認めること

2019年5月10日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

今週の5月6日は立夏だったそうです。とうとう初夏ですね。

連休は、いかがお過ごしだったでしょうか。

 

私ごとですが、18歳のときにバドミントンを始め、趣味としてずっと取り組んでいます。奥の深いスポーツで、40年以上も続けているにもかかわらず、練習のたびに新しい発見があります。

 

たとえば、今までとは違うやり方でラケットを握り、こんな風に打ったらどうなるだろうかなどと試してみたりします。

 

最近、面白い実験をしています。

新しいことを試しているときには、「ちょっと練習すれば、できそうだな」と感じる場合と、「これは難しくてできそうもないな」と感じる場合があります。

当然のことですが、難しい(と自分で思っている)ことをやっているときには、「できそうもないな」と感じます。しかしその場合でも、無理やり自分に言い聞かせて、「できそうだな」と思い込み、自信たっぷりのふりをしながら取り組みます。

 

すると、もちろんすべての場合にうまくいくわけではありませんが、結構、できなかったことがすぐにできたりします。

私だけかもしれませんが、自分の思い込みで限界を作ってしまっていることが、意外に多いのかもしれません。

 

バラ十字会の通信講座で学んでいる方々は、「自己暗示の活用」とか、「視覚化(ビジュアリゼーション)と思念体」とか、「自己評価」という、関連する用語を思い起こされることでしょう。

 

当会のフランス代表が自身の人気のブログに、自己評価についての文章を書いていますので、今回はその翻訳をご紹介させていただきます。

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『自分を認めることについて』

“A propos de l’estime de soi”

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

例外はありますが、家族、友人、同僚、世間一般の人たちなど、他の人から好ましい評価を受けることを誰もが望んでいます。このような評価は、その人の親切さ、誠実さ、勇気、聡明さ、謙虚さ、独創性などの資質にまつわる場合が多いことでしょう。

しかし、人が誰かを高く評価するとき、ほとんどの場合は、その人が完璧であると考えているわけではなく、短所や性格上の欠点があったとしても、その人を認め、あるがままのその人を愛するということを意味しています。

試合を待つ女性ボクサー

 

「例外はありますが」と言ったのは、どんな他人のことも尊重せず、他人の評価など気にもかけないという人が、ごく少数ですがいるからです。

このような態度に対して容赦のない批判を加えることが私の意図ではありませんが、通常そのような人は、自己中心的であったり、うぬぼれ屋であったり、例外なく他を批判する傾向に陥っていたりします。

このような態度は優越意識と結びついていることもあり、時としてそのような優越意識は劣等感の裏返しです。

 

他の人を高く評価するのは好ましいことですが、忘れずに述べておかなければならないのは、自分自身を肯定的に認めることも重要だということです。

どんな人にも、さまざまな長所や美点があるということは事実です。ですから、自分には明らかに短所や性格上の欠点があるけれども、さまざまな長所や美点もあるということもまた事実であり、それを良く承知していることが重要です。

あまりにも多くの人が、望ましくないと感じる自分の性質と欠点ばかりを気にしすぎていて、罪悪感さえ持つ場合もあります。

そういうときには、あまり幸せを感じることができず、さまざまな点で自分に不利益しかもたらさないような心の状態になってしまいます。

 

幸せであるために必要な条件は何かということに、多くの人が心を悩ませています。

健康であること、誰かを愛し、誰かに愛されていること、情熱を傾けられる仕事をしていて、そこから快適な生活をする収入が得られていることなど、もちろんさまざまな条件があることでしょう。

しかしその中でも絶対に必要であり、しかもほとんど指摘されることがない条件は、自分自身のことを好ましく感じているということではないでしょうか。

それは、自分を肯定していなければできません。つまり、自分の長所や短所、美点や欠点、ひとことで言えば「自分の個性」を、あるがままに愛していなければできません。

鏡の中の自分の姿を見つめる男の赤ちゃん

 

当然のことですが、この場合、自分自身を愛するということは、自分自身だけを愛することではありません。もし自分自身だけを愛するならば、先ほど述べたような、他の誰のことも尊重しない人になってしまうことでしょう。

また自分自身を愛することは、自分の短所や欠点をそのままにしておくことでもありません。それは個人として自分を高める必要があるということを否定することになります。

そうではなく、自分を愛するとは、自分を肯定したうえで、自身の判断や振る舞いをより良くしていく努力を怠らないようにすることです。

そのような努力を行う気力は、自分自身を肯定することによってもたらされ、その努力は、新しい内的満足がもたらされる源泉になります。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

 

昔通っていた小学校の標語を思い出しました。

それは、「人にやさしく、じぶんにきびしく、よく考える子」でした。

この文章を読んで、改めてこの標語について考えさせられています。

 

下記は、セルジュ・ツーサンの前回の文章です。

エソテリックとは

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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