投稿日: 2019/05/24
最終更新日: 2022/08/08

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋は、昨日から暖かい日が続き、今日は何と真夏日です。ですが、からっとしていて、心地よい陽気です。

 

そちらはいかがでしょうか。

 

最近、ある新聞社から取材を受けたことがきっかけで、考えていることがあります。

それは、言葉にすると何となく難しく感じられるかもしれませんが、神秘学には、この現代に、どんな役割があるのだろうかということです。

 

もちろん、たとえばバラ十字会の通信講座で神秘学を学習されている方々が、充実した豊かな生き方をするお手伝いをするということはあるのですが、それはそれとして、21世紀というこの極めて特殊な状況に関連して、神秘学は何の役に立つのだろうかということを考えていました。

 

まだ考えが十分に固まっているわけではないのですが、結論を言ってしまえば、現代の常識のいくつかを打ち破るために果たす役割があるように思います。

 

私たちは、歴史からたくさんのことを学ぶことができます。

 

ヨーロッパの中世では、人間に、万物を支配する正当な権利があると考えられていました。地球は人間のために創られたものであり、宇宙の中心にあり動かず、人間は「神」のお気に入りであり、神の第一の関心事であるということが常識でした。

キリスト教を批判することが私の意図ではないのですが、このような考え方は、『創世記』に書かれている「神はご自分をかたどって人を創造された」とか、「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」などの言葉に影響されて発展してきたものであることはおおむね確実です。この時代の科学には、神学の当時の常識に合わないことを研究することは許されませんでした。

繰り返しますが、私は当時のキリスト教も現在のキリスト教も批判しているわけではありません。これは人間全般にある弱さを表している一例です。後にもう一度述べることになりますが、人には、ある常識が一度できあがると、そこに安住し、その範囲外にある事柄をひどく拒絶してしまう傾向が誰にもあります。そして、その常識の枠内では説明できない事柄や不都合が十分に増えてくるまでは、その常識が保たれている時代が続くことになります。

 

中世の常識のひとつに、すべての星は地球を中心にしてその周りを回っているという天動説がありました。天動説とは正反対の、地球や他の惑星は太陽の周りを回っているという地動説は、ポーランドの天文学者コペルニクスによって唱えられました。地動説を唱えた人たちは、カトリック教会からひどく弾圧されました。たとえば、イタリアのジョルダーノ・ブルーノは地動説を支持したことが理由で、火あぶりの刑に処されました。

ここで、とても興味深いことは、地動説が天体観測の結果だけから出てきたものではないということです。コペルニクスは古代ギリシャの思想を研究し、そこから着想を得たのでした。

コペルニクス

 

コペルニクス以降にも、中世の常識を打ち破った人たちとして、以下はほんのわずかな例ですが、フランシス・ベーコンや、ガリレオや、ニュートンが登場しました。

 

英国のフランシス・ベーコンは、神学の学者の意見や聖典の言葉ではなく、実験を繰り返すことによって自然を調べることを提唱しました。彼が書いた「ニュー・アトランティス」という本によく表れているのですが、彼は古代ギリシャや古代ローマの英知に深い関心を持っていました。ちなみに彼は、当時の英国のバラ十字会の活動に深く関わっていた神秘家でした。

フランシス・ベーコン

 

 

イタリアのガリレオは、学者だけからなる集団の枠内に留まることなく、技術者や職人の知識を科学に取り入れた人です。その努力から望遠鏡が生まれ、実際に地球ではなく木星の周囲を回っている衛星が発見されました。それは天動説を否定する明らかな実例でした。しかし、ブレヒトという作家の劇に描かれているのですが、当時の聖職者は、望遠鏡を悪魔の道具だとして、のぞくことを拒んだそうです。

参考記事:『科学的なことと非科学的なこと -アインシュタインと神秘学

 

ピサの斜塔
ピサの斜塔

 

中世では、天上と地上は全く別種の世界だと考えられていました。天上は神が住む世界で完全であり神聖な素材からできていて、星々は、完璧な図形である円に沿って運動するとされていました。地上は不完全な人間が暮らす世界であり、卑しい物質からできていて、物体は、直線に沿って運動するとされていました。

ニュートンはこの常識を打ち破り、宇宙空間にも地球にも同じ運動の法則が働いていることを示しました。彼は興味深いことに、古代の神殿や錬金術を熱心に研究していました。

参考記事:『アイザック・ニュートンと太古の神殿

 

これらの人たちの例から良く分かることは、ある時代の常識を打ち破るためには、その常識の範囲外にある何かを研究したり、まったく別の分野の人たちと交流したりすることが必要だということです。

 

これらの人を含む多くの人たちの努力によって発達した近代科学は、18世紀にイギリスで工業に活用されるようになり、商品の大量生産ができるようになります。産業革命です。

その後も、発展を続ける科学の産業技術への応用は続き、そのことによって、社会全体の貧富の差は拡大しましたが、平均的には、以前よりもはるかに豊かな生活ができるようになりました。

ちなみに、産業技術に応用された科学は、自然科学の中でも特に物理学と化学と数学でした。

そして、物理学と化学の産業や社会全般への影響があまりにも大きかったことから、徐々にマテリアリズム(materialism)という考え方が、先進国の多くの人々の主流の考え方になってきます。

 

マテリアリズムを辞書で引いてみると、2つの意味があります。

ひとつは、世界に存在するのは物質だけであるという考え方で、唯物論とも訳されます。もうひとつは、お金、財産、物質的な快適さが、精神的な価値よりも重要であるという考え方で、物質主義、あるいは物質偏重主義と訳されます。

 

どうでしょうか。唯物論について、あなたはどう考えるでしょうか。唯物論では、人間の心(意識)の正体は、脳の中に生じている電気信号や化学物質の活動に過ぎないと考えます。

最近では、人工知能(AI)が急速に進歩し、将棋や囲碁でも人間を打ち負かすようになったことから、人の心が物質で説明できるという唯物論は、さらに勢いを増しているようです。

 

唯物論では、人間の意識は、人体という物質の活動に過ぎないので、死んだときに完全に失われることになります。魂の存在を認めないので、生まれ変わりなどあり得ないことになります。

ですから、魂という不滅の要素が人の体に宿っており、人は生まれ変わりを繰り返すと考える人に比べて、唯物論を信奉する人の多くは、どうしても、自分が死んだ後のことをあまり重視せず、過去や将来のことを考えない刹那(せつな)的な傾向になることがあります。

精神的な価値というものは、実は思い込みに過ぎず、単なるきれいごとだと考える人もいます。ですから、英語ではそもそも同じ語ですが、唯物論と物質偏重主義は密接に関わっています。

 

歴史的に見ると、マテリアリズムはかなり特殊な考え方です。近代以前では、古代ギリシャの哲学者のレウキッポスとデモクリトスを除いては、ほとんど信奉者がいないようです。

 

先ほどは近代科学の重要人物を4人だけ紹介しましたが、その後の20世紀にも、特に物理学の分野には、常識を打ち破る理論がいくつも登場しました。

アインシュタインの特殊相対性理論は、時間と空間が、止まっている人と動いている人では異なることを示しました。一般相対性理論は、物質の質量によって時空が曲がることを示しました。ブラックホールが直接撮影されたことが、最近のニュースで話題になりましたので、ご存知の方も多いことでしょう。

 

量子力学は、現象の観測には、観測行為からの影響に原因する限界があり、世界を完全に知ることは原理的にできないことを示しました。また、日常の論理が、微小な世界には通用しないことも示しました。

たとえば、AとBという部屋が2つの通路CとDでつながっているとき、ある人がAからBに移動したとすると、通路Cか通路Dのいずれかを通ったことになりますが、素粒子の微細な世界では、どちらの通路を通ったとも言えない場合が生じます。

 

これらのすべては、当時の物理学の常識を打ち破る革命的な理論でした。ですから、物理学の歴史の研究者の中には、今後も常識破りの理論が現れるだろうと考え、現在の物理学が「知」の最終的な形だと考えない人が少なからずいます。

 

話をマテリアリズムに戻します。私の知る限りでは、唯物論には特に有力な根拠もありませんし、動物が好奇心を抱くことも、人間の希望や向上心も生きがいも、科学者自身の研究に対する情熱も、それどころか、人間の自由意志、つまり、私たちにじゃんけんができることすら説明できません。

しかし私たち人間には、ある常識が一度できあがると、そこに安住し、その常識の範囲外にある事柄をひどく拒絶してしまう傾向があります。マテリアリズムという常識にとっては、神秘学も、そのような範囲外の分野の一例です。

 

そして物質偏重主義は、無害ならまだしも、現代人の極端な利己主義、刹那主義の一因になっています。また、今回詳しく説明はしませんが、現代人の健康にもかなりの悪影響を及ぼしています。

物質主義(イメージ)

 

神秘学は唯物論を採っていません。その一例ですが、バラ十字会の神秘学では、「十字」に象徴される物質的な身体と、「バラ」に象徴される非物質的な魂が、人間の構成要素だと考えています。

参考記事:『人の姿を表す十字

 

そして、バラ十字会の神秘学の考え方には、古代エジプトの知識、プラトン、ピュタゴラス学派の思想、カバラ、ネオプラトニズム、錬金術などが厳選された形で盛り込まれています。

中世の読書家(イメージ)

 

やっと結論にたどり着きました。神秘学には広い範囲の「知」が結集されていることから、現代の科学が陥っているマテリアリズムという常識を打ち破るという役割を今後果たし、将来の科学の進歩に寄与するのではないかと私は思っています。

近い将来か遠い将来か分かりませんが、自然科学は「物」の研究、神秘学は「心」の研究という大枠の役割分担ができて、2つの分野が協力して、この世界の謎を解明する時代が訪れるのではないでしょうか。

あるいは、徹底的な変革の結果として、どちらかの分野がもう一方を吸収してしまうかもしれません。それはそれで、人類にとって素晴らしい進歩であることでしょう。

 

今回は、ずいぶんと長々と自説をお話しさせていただきました。荒削りで未熟な部分、至らない議論も多々あることと思いますがご容赦ください。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

また、お付き合いくだされば幸いです。

 

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