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地道なAIと革新的なAI

2019年6月7日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

今日は、日本の各地で大雨になっているようです。東京板橋でも先ほどから降り始めてきました。

どうかお気を付けください。

 

先日、あるテレビ番組で取り上げられていたのですが、ビジネスマン向けのアートセミナーがはやっているそうです。固定観念を捨てて発想力を高め、新商品の開発や、企業が進出する新分野の開拓に生かすためだとのことです。

このようなことの背景には、AI(人工知能)の進歩に対応しなければならないということがあるようです。AIが発達すると、機械的な仕事の多くは人に代わってAIが果たすようになるので、人間にしかできないことを探さなければならないという問題意識です。

また、大量のデータをAI技術で処理して、ある製品の機能を改善するという取り組みが社会全体で行われると、多くの企業の商品がどれも同じようなものになっていくので、他社に対して優位に立つためには、AIにはない人間の直感や感性を、商品の開発に生かさなければならないという危機感があるようです。

触れ合うアンドロイドの手と人間の手

 

この話を聞いて、現在実用化されようとしているAIの多くは、ずいぶんと「地道」なのだなあという感想を持ちました。そして、私ごとですが、昔趣味で作った競馬の予想プログラムのことを思い出しました。

もう20年以上前のことになりますが、ある企業でエンジニアをしていたときに、仕事のために多変量解析という数学のテクニックを使う必要が生じました。そこで、どうせなら楽しんで学ぼうと思い、競馬の予想をやってみようと思ったのです。

多変量解析というと難しく感じますが、要するにこの場合は、ある競走馬の前回の成績とか、前々回の成績とか、その馬に乗る騎手の過去の成績とか、前回とのレース間隔とかが、次のレースの結果にどの程度、どのように影響するのかということを、過去のデータから算出して予想に使うわけです。

今でも覚えていますが、実際にやってみると、多くの種類のデータを集めて、プログラムに取り込めば取り込むほど、予想が的中する率が高くなっていきます。しかし、正直に申し上げれば、出てくる結果は常識的な平凡なもので、そこに意外性はほとんど含まれません。

 

しかし、この解析プログラムと同じような地道さを持つ「地道なAI」が役に立たないわけではありません。それどころか、とても役に立ちます。

たとえば、あるプロ野球の試合が行われるときに、その日の気温や、対戦チームの人気等々の多数のデータから、ビールの売り上げが正確に予想できれば、売れ残ってしまう無駄なビールを仕入れる必要がなくなります。

手書きの帳票から必要なデータをコンピュータに自動的に入力できれば、人件費を削減することに役立ちます。

高速道路の料金所を通過する大量の車のナンバーを処理して、渋滞の状況を把握したり予測したりして公表することにより、ドライバーの方々に役立てていただくことができます。

 

しかし一方で、AIの応用にはずいぶんと異なるイメージのものもあります。

以前に、このブログでも話題にしたことがありますが、2016年に「アルファ碁」(AlphaGo)という名の囲碁の人工知能が世界のトッププロと対戦して勝利を収めました。

参考記事:『人工知能と人間

囲碁の盤面

 

囲碁では、過去の常識を破るような素晴らしい指し手のことを「妙手」と呼びます。妙手を生み出す能力は、人間に特有の創造力だと考えられていたのですが、AIの「アルファ碁」が妙手を連発しました。このようなことから、AIには、人間と同じような発想力、創造性、ひらめきがあるのではないかと考える人が増えました。

そして人工知能を、会社の経営、医療診断、裁判、国際政治などに広く活用することで、人類には明るい未来が訪れるのではと考える人がいます。

一方で、現在のペースでコンピュータの性能と人工知能の技術が発達し、人工知能の製造と改良自体も人工知能に任せるならば、2045年以降は、人類に変わって人工知能が地球を支配してしまうという暗い予測もあります。

参考記事:『アンドロイドと2045年問題

 

さらには、私もびっくりしたのですが、将来人間は、電極を脳に埋め込んでAIと一体になることにより、人間自身の知能を今の何千倍にも高め、神のような存在になるのではと考える人がいます。

以上のようなAIの応用分野を「革新的なAI」と呼ぶことができるように思います。

「地道なAI」と「革新的なAI」というイメージは、どちらが実際の未来の姿に近いのでしょうか。

世界を支配するAI(イメージ)

 

人間の心の性質を探究したり、人工知能には心が存在するのかを考えたりする哲学は「心の哲学」と呼ばれています。米国の心の哲学の研究者ジョン・サールは、心や自己意識を持つAIのことを「強いAI」(strong AI)と呼び、そこまで達していないAIのことを「弱いAI」(weak AI)と名付けました。

心の哲学という分野には、「心身問題」という哲学上の問題が深く関わっています。「心」と「体」は同じものなのだろうか、別のものなのだろうか、一方がもう一方を説明するのだろうかという疑問です。

フランスの哲学者デカルトは、当時のバラ十字会員だったと言われていますが、自分の著書で心身問題について詳しい考察を行っています。

 

「強いAI」と呼ばれるもの、つまり、人間と同じ心や意識を持つAIは、将来作ることができるのでしょうか。

私には分かりません。しかし、バラ十字会の神秘学(神秘哲学:mysticism)にはこのことを考えるひとつのヒントがあるように感じています。それは、少し言葉使いが難しくなりますが、「意識はソウル(魂)の特質である」という考え方です。

つまり、ある生きものに意識(心)が生じるためには、体や脳があるだけでは不十分であり、そこにソウル(魂)が宿ることが必要だという考え方です。

 

これは、心身問題に対する多くのバラ十字会員の伝統的立場にあたり、意識(心)を物質に還元すること、つまり、意識(心)を物質だけで説明することはできないと考えています。

参考記事:『人の姿を表す十字

 

この考えによれば、人工知能は、単に脳細胞という物質のしくみをまねたものなので、複雑ではあるけれども、単なる問題解決機械であり、心や意識を持つこともなければ、思考しているわけでもないということになります。

 

さらにこの立場では、直感、芸術的なセンス、創造性、自由意志、道徳意識なども、ソウル(魂)だけが持つ性質だと考えられています。

ですから、もしそれが事実であり、コンピュータにソウル(魂)が宿ることがないとすれば、先ほどの「地道なAI」というイメージが実際の姿に近いように思われます。そして、政治的な判断や裁判をAIに委ねることは疑問に思えてきますし、AIが作った画像を真の芸術だと考えることなどはナンセンスなことに感じられます。

 

以上、何らかの結論を出すことができたわけではないのですが、参考になる点、興味深い点があったと感じていただけたなら、とても嬉しく思います。

また、お付き合いください。

 

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