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もったいないお化け

2019年8月30日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、今週はやや過ごしやすい日がありました。暑さのピークは過ぎたようです。

そちらはいかがでしょうか。豪雨に見舞われている地域の皆さん、くれぐれもお気を付けください。

 

さて、今回の表題についてですが、「もったいないお化け」とは、公共広告機構が1982年に作った広告に登場するオバケで、食べ物を粗末にした子供たちの前に、夜に現れて驚かします。この広告では物を粗末にすることが戒められています。

これは一例ですが、「もったいない」という言葉に表されているのは、持続可能な社会を実現するために必要な、素晴らしい観念だと私は思います。

 

一方で対照的に、日本を含む現代の先進国の多くでは、物を粗末にすることが社会システムによって意図的に助長されています。

マスメディアの大部分は、立場上このことを積極的に取り上げることがあまりありません。しかし、「大量消費社会」などのキーワードで検索すると分かりますが、このことは検証された事実です。

環境保護に携わっている人だけでなく、多くの社会学者が以前から警鐘を鳴らしています。

 

当会のフランス代表がブログに掲載した、以下の説明をお読みいただければと思います。

▽ ▽ ▽

『消費について』

“A propos de la consommation”

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

世界中のほとんどすべての国で、経済というものは成長するべきものだ、あるいは成長しなければならないということが前提にされ、この原則のもとに、あるいは、あえて言うならばこの先入観のもとに、より多くの物を消費することが奨励され、より多くの物が生産されています。

そして、このような経済の成長こそが、失業を減らし、新たな雇用を生み出すために必要な好ましい状態だと、当然のように考えられています。ほとんどの経済評論家や政治家や政党が、消費こそが経済の原動力だと考えています。

私はこの分野の専門家ではありませんが、より多くのものが消費されるように生産を増やしたり、ほぼ同じことですが、より多くのものを生産するために消費を増やしたりするという意味の経済成長は、魅惑的な落とし穴のようなものであり、いずれ行き詰まってどうにもならなくなると考えています。

買い物袋5つを持った女性

 

物質的な満足のために必要とされるものを、社会が住民のために確保し提供するということは正常なことでしょうか。私はそうだと思いますし、それは社会が負っている義務だとさえ言うことができると思います。

しかし、真に必要とされる範囲を超えた消費を奨励し、コンシューマリズム(訳注)を支持するのは聡明なことでしょうか。私の考えではそうではありません。

現代では、“あらゆる手段を用いて”消費が奨励され、本来必要でない商品を含む多くのものを消費者が購入するように誘導されています。

魅惑的なキャッチコピー、あらゆる種類の宣伝、ほとんど偽りとさえ言える広告など、使えるものは何でも使われます。そして、幸せとは望む品物を所有することだと考えるように仕向けられ、妥当な範囲を超えた借金を抱え込む人も少なくありません。

他方では、所有という欲求が際限なく駆り立てられて、消費者の心は満たされることがありません。

訳注:コンシューマリズム(consumerism):商品の消費が常に拡大することが、国民のために有益だとする考え方。

 

大まかに言うと、多くの国で人々が2つの集団に分断されています。大量に物を消費するための十分な収入を得ている人たちと、そうでない人たちです。

十分な収入を得ている人たちについて言えば、今以上に物を消費することを奨励するのではなく、好ましい生活とはどのようなものであるかという規範を持つことが必要でしょう。そのためには、道理をわきまえた消費や、節度ある生活の美しさが実例として示されなければなりませんし、生活の一部を簡素化することが想定されることでしょう。

十分な収入を得ていない人たちについて言えば、そのような人たちが生活必需品を確実に手に入れ、物質的に快適な生活を過ごすことができるようにすることが必須です。私の考えでは、このことこそが、経済の真の役割にあたります。

廃棄された山積みの家電

 

また、生産ということの意味を、徹底的に見直さなければならないと私は考えています。

現代社会では、雇用を確保するために生産が行われています。多くの商品が過剰に生産され、生産ラインで作られたものの全てが購入されるわけではなく、在庫が増え続けていることが知られています。

このことは特に、白物家電、家具、衣類などで顕著で、食品に関しては言うまでもありません。食品の生産と消費の状況は実にひどいもので、毎年、賞味期限を過ぎた何百万トンもの食べ物が廃棄、焼却されています。

このような過剰生産の方針が、もし世界中に広がったとしたら、必要な原材料を得るだけでも、地球と同じような星がいくつも必要になることは確実です。

廃棄された食品を集める回収車

 

生産量を減らして望ましい方法で生産を行う、つまり生産という活動の中心に人間を据えることが今すぐに必要だと私は考えます。このことは、自然を尊重することにもつながります。

また、発展途上国に先んじているとされるいわゆる“先進国”での行き過ぎた機械化を終わらすことも意味します。生産の一部を機械から人間の手に取り戻すことによって、さまざまな分野で多くの雇用を生み出すことができるということは私には明らかなことに思えますし、また環境保護関連の分野で多くの雇用を創出することもできます。

多くの人が、逆戻りすることはできないと言うことでしょう。しかし私はそうは思いませんし、選択のための時間はあまり残されていないと考えています。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

 

上の文章でも指摘されていましたが、多くの社会学者の意見によれば、マスメディアが多数の人たちの欲望をあおりたてることによって、現代の消費社会は支えられています。

このことは20世紀の初めに起きた世界大恐慌をきっかけに本格化しました。以前にブログ記事で、この経緯についてご説明したことがありますので、ご興味があれば下記の記事をお読みください。

 

参考記事:『作られた現実という罠-消費社会について

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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