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秋日子かく語りき

2019年11月15日


 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

寒さがいよいよ本格的になってきましたね。北海道は、今日は雪のようです。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、札幌で当会のインストラクターをされている私の友人に寄稿をお願いしたところ、このブログで初の、少女マンガがテーマの文章をお寄せいただきました。

連想が連想を呼ぶ、考えさせられる文章です。

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(18)

森和久のポートレート

森 和久

『秋日子かく語りき』 大島弓子

 

ある日、女子高生の秋日子(あきひこ)と54歳の主婦、竜子は交通事故に遭い、あの世の岸にたどり着きます。しかし神様の使いによると秋日子は軽傷なので現世へ戻れますが、竜子は重傷で死亡したとのこと。

ところが、「あんな人生なんにも納得していない」と竜子は死を受け入れません。そこで、人のために尽くす生き方をしてきた秋日子は、自分の肉体を竜子に貸してあげることにします。

そして1週間だけ竜子は秋日子の肉体を借りて現世にとどまることができることになります。1週間、つまり7日間、これは神秘学では地上的数字ですね。

竜子は秋日子として生き、やり残したことをやり遂げようとします。

 

まず残された家族、つまり夫・大学生の息子・小学6年生の娘のことが気がかりで、自宅を訪問します。ところが家族たちは新たな家庭像を作り上げようとしており、竜子の存在はもう顧みられない状態となっていました。

そんな竜子の心は秋日子の代わりに高校の授業で聞いた『方丈記』の一節に同調します。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。

Hojyoki codex Maeda

『方丈記』前田家本(鎌倉末期 – 室町初期写)岩波書店、Wikimedia commons [CC0]

 

さらに竜子は夫と育ててきた想い出のベンジャミンという観葉植物の鉢植えが枯れそうになっているのを見つけ衝撃を受けます。このベンジャミンを助けようと級友の茂多をそそのかし、盗み出そうとします。

茂多は元々秋日子に心惹かれていたようです。盗んでいる現場を見つかり警察も呼ばれますが、竜子の娘があげることを承諾しているとすんなり認めたことで結果的には譲り受けます。

ベンジャミンの鉢植え

ベンジャミンの鉢植え

 

竜子の想いは全く空回りしていたのでしょうか。これまでの人生で、青春と呼べるような日々はなく、親の決めた相手と結婚し、54歳になるまで家族に尽くしてきた竜子は、ふと気づきます。

最後のおまけの1週間の方が、今までの人生の54年間より大きくて青春だったと。だから私たち読者は秋日子という女子高生の姿を通して竜子の最後の1週間を見ることになるのです。

茂多にだけ自分は竜子だと打ち明けますが、茂多は、「竜子である今の君も好きだよ」と告げます。竜子の初コクられです。青春に実際の年齢は関係ありません。

 

ベンジャミンを持ち出された夜、竜子の夫は、「あれがなくなってみると家が家でなくなるのであります。わたしとわたしの亡き妻が育てた木でありまして」と返却を懇願しに秋日子宅を訪れます。もちろん竜子は2つ返事で返します。

 

もうすぐあの世へ帰るという時、竜子はもう一つやり残したことに気付きます。「青春の象徴、フォーク・ダンス」です。

級友たちに連絡し真夜中の校庭でフォーク・ダンスを決行です。ダンス・ミュージックはヨハン・シュトラウス2世の『美しき青きドナウ』で。

 

ダンスが始まると同時に日付が変わり、竜子と秋日子は入れ替わります。戻ってきた秋日子はこう語ります、

人は死んだら好きなものに生まれ変わることができる。

一つのものに大勢の希望が集中したらどうなる?

そしたらみんなで一人の人になる。

すてきでしょ。

 

タイトルの『秋日子かく語りき』というのは、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』からのものでしょう。そしてこのタイトルの曲をリヒャルト・シュトラウスが作曲しました。

この曲は、映画『2001年宇宙の旅』(2001: A Space Odyssey)の印象的なオープニングにも使われ、猿=ヒトが武器を手にするシーンでも流れます。宇宙ステーションから月面へ向かう宇宙船のシーンでは、ヨハン・シュトラウス2世の『美しき青きドナウ』が流れます。

この映画はまさに人類を含めた宇宙のオデッセイ(叙事詩・知的探求)的作品なわけですが、超人の誕生を思わせる「スター・チャイルド」のシーンでラストを迎えます。そして、ここでもリヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』が流れます。

そしてエンド・クレジットではヨハン・シュトラウス2世の『美しき青きドナウ』がまた流れます。

ドナウ川(オーストリア・ウィーン)

ドナウ川(オーストリア・ウィーン)

 

ゾロアスター教の教祖ゾロアスター(ドイツ語読みでツァラトゥストラ)と『ツァラトゥストラはかく語りき』、リヒァルト・シュトラウスとヨハン・シュトラウス2世は直接の関連性が特にはありません。

しかし、『秋日子かく語りき』は漫画(コミック)作品でありながら、この映画がモチーフの一つであるかのように、さらに連想ゲームのようにイメージが提示され繋がっていきます。最後にはギリシャ神話の転生譚も述べられます。

 

ストーリー・テラーである秋日子の親友、薬子は最後にこう言います、

「しかしわたしは、我々はとってもちかい今生のうちにそれぞれの夢をかなえることができる」。

 

私たちは今生をこの地上で生きるために、ここに生を得たのです。来生を視野に入れることは、当然ありえるべきですが、今生を精一杯生きることが最重要なのではないでしょうか。

私はこの物語を読み返し、神秘学で学んでいることは、悉(ことごと)くこのようなことのさらに深奥を知ることに繋がるのだと思うのでした。

△ △ △

ふたたび本庄です。

文章の冒頭で話題になった、7という数について補足します。

 

古代ギリシャの神秘学(mysticism:神秘哲学)では、宇宙(森羅万象)のことがマクロコズム、人間のことがミクロコズムと呼ばれていました。

そして、マクロコズムの進行は12の段階に、ミクロコズム(人間)の進歩は7つの段階に分けることができるとされていました。いずれの段階にも、それぞれの特徴があります。

 

このことは、古代ギリシャで文明が栄える以前に、古代エジプトや古代メソポタミアでも伝えられ、それをもとに古代メソポタミアで、一週間が7日間に定められたようです。

 

下記は、森さんの前回の記事です。

弥勒(みろく)-文芸作品を神秘学的に読み解く17

 

では、今日はこのあたりで。

 

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