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知を求める人たちへの公開書簡(その3)

2021年4月23日


こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、ツツジ、バラなどの花が咲いています。昨日、今日と良い天気で、半袖のシャツではまだ少し寒いですが、初夏が近いことが感じられます。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

当会のフランス代表が自身の人気のブログで公開した『知を求める人たちへの公開書簡』の最終回をお届けします。

前回と前々回の記事はこちらで読むことができます。

 

知識を求める人たちへの公開書簡」(その1)

知を求める人たちへの公開書簡」(その2)

 

話のつながりの都合上、前回の文章の一部を再掲載しています。

どうぞ、お楽しみください。

▽ ▽ ▽

記事:「知を求める人たちへの公開書簡」(その3、最終回)

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

セルジュ・トゥーサン、バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表

 

(ここから再掲載)「知」とは何なのでしょうか。大まかに言えば、それは、観察と研究を通して人間が手に入れる知識(savoirs)とノウハウ(savoir-faire)です。

ですから知は、産業技術、科学、医学、心理学、歴史、地理、文学、哲学など広い分野に関わります。実際のところ、世界には限りなく多くの種類の知があり、それらを学びたい理解したいと望むことは、人間にある偉大な性質です。

 

先ほど述べたように、人間は地球上に出現したときから、世界、自然界、自分自身の神秘について知ろうと常に努力を続けてきました。

そしてこの探究から、さまざまな信念と多種多様な知が生じ、今日ではその数は、まるで天上に輝く星ほど多くなりました。(ここまで再掲載)

花の咲く野原に置かれた一冊の本

 

それでは、誤った知というものがあるでしょうか。私はそうは思いません。というのも、誤った知とは実際のところ誤った信念だからです。

一方で、いかなる知も、肯定的にも否定的にも、建設的な目的のためにも否定的な目的のためにも用いることができます。

 

たとえば、空が飛べるようにするために行われたあらゆる研究と技術開発によって飛行機が作られましたが、それは人をある国から別の国に運ぶために使うこともできますし、市街地に爆弾を投下するために使うこともできます。

まったく別の例ですが、民法についての詳細な知識を用いて、人や社会に損害を与える悪辣な人たちがいます。

 

知識とノウハウからなる「知」を所有していることは、その人が道徳的に高潔であることを意味しません。なぜなら知は、善いことを行うためにも悪いことを行うためにも用いることができるからです。

信念は、信仰という形で宗教と深く関連していますが、知の多くは科学と関連しています。科学は「信じるのではなく調べよ」という指針を採用しています。

竹林、水、石、蓮の花、ロウソク

 

科学の取り組みは、自分たちが研究しているものを理解し、可能な限りそこに働いている法則、原理、理論、原則を突き止めたいという望みに基づいています。

そうするために科学者は、取り組む分野によって異なるさまざまな手法を用います。観察、抽象化、推定、分析、総合、演繹、帰納、実験、モデル化などです。

 

さらに付け加えるとすれば、科学者は既知のものから始めて未知のものを理解しようとする、つまり、形あるものから始めて形なきものへ、可視のものから始めて不可視のものへ進もうとすると言うことができます。

このやり方が、有名なエメラルド・タブレットに書かれている「下にあるすべてのものは、上にあるものに似ている」という言葉に沿っていることは、とても印象的なことです。

 

明らかに、知への科学の貢献は計り知れないほど大きなものです。科学がなければ、人類はいまだに原始的な生活を続け、互いに異なるさまざまな信念からなる迷宮をさまよい歩いていたことでしょう。

しかし、科学は完全ではなく真実を所有しているわけでもありません。さらに、科学には主に2つの欠点があります。

第一の欠点は、科学の大部分が、ものごとの「どのようにして」(how)にだけ関心があり、「なぜ」(why)に無関心だということです。第二の欠点は、科学は思考を重視するあまり、直観を軽視することです。

そのため科学には、どちらかというと物質主義的(唯物論的)な傾向があり、それが一因となり、現代社会にも同じ傾向があります。

 

しかし最近では、観念論や神秘学(神秘哲学:mysticism)の取り組みを採用する科学者が現れていることが見受けられます。

これらの人たちの一部は、神という言葉までは使わないとしても、世界には少なくとも普遍的な知性が働いていると考えることをためらいません。

この動向を私はとても喜ばしく思っています。科学と神秘学には、知に貢献するために世界を理解したいという共通の動機があるからです。

 

しかし、科学的な知よりも高度な知があります。それは、「普遍的な知」(Connaissance)と呼ぶことができるものです。絶対的な意味で言えば、それは自然界、宇宙、精神の世界に働いている崇高な法則を理解することです。

そのような法則を研究したり学習したりするということは、たとえばバラ十字会員の多くが、自分たちに伝えられてきた知識を用いて行っている作業です。

広く言えば、普遍的な知に近づこうとすることは、さまざまな神秘家が行っている探求の一部であり、この探求には、人間の幸せに寄与する肯定的な側面だけが含まれます。

大ピラミッドとスフィンクス

 

さらに、この探求が主に働きかける対象は、人間の表面的な知性ではなく深層意識です。

ですから、神秘家の探求は、現在の人生という範囲に限られる知性を育むことを目的にしているのではなく、ソウル(âme:魂)と自己との一体性をもたらすことが目的です。

ソウルは不滅であり、精神的な進歩に役立つ記憶を保持しており、その記憶は、現在の人生でも今後の人生でも有益だと言うことができます。

 

ご存知かもしれませんが、「知る」(connaître)という言葉は、「一緒に」を意味する「co」と「生まれる」を意味する「noscere」からなります。ですから語源的には、「知る」ということは「それとともに生まれる」ということを意味します。

このことは、すべての人が「自分の内部にある知とともに」生まれてくるということを示しているように思われます。

 

古代ギリシャの哲学者プラトンは、まさにそのように主張しました。

肉体に宿り人に命を与えるのはソウル(魂)ですが、地上で幸福に生き、宇宙と自然界と自分自身の神秘を理解するために人が知っていなければならないすべての知が、ソウルには決して失われることのない形で含まれているとプラトンは考えていました。

このことを彼は確信しており、人間が地上でなさなければならないことは、あれやこれやの分野でまだ知らないことを学ぶことではなく、自分自身の心の奥深くにすでにある記憶を呼び覚ますことだと考えていました。

 

このプラトンの考えからは、普遍的な知の最も重要な側面が思い起こされます。それはまさに、デルファイに建てられていたアポロンの神殿に刻まれていた警句「汝自身を知れ」が意味していることです。

しかし、「自身を知る」とは何を意味しているのでしょう。それは、ひとりの人間としての自分の真の性質を知るということです。

 

そのためには、それを望まなければなりません。しかし、多くの人はこのことを望んでいません。その重要さを理解していないことが理由の場合もありますし、自分自身に向き合うことを恐れている場合もあります。

確かに、自分自身の心のスクリーンの上で自分を見つめることにはある種の勇気が必要であり、特に妥協のない内省を行う場合にはそうです。このような内省によって、自分の性格の美しい部分とともに、生まれ持った望ましくない部分が明らかになるからです。

しかし、人間の行為として、この内省以上に気高い行ないはありませんし、自身を進歩させて人間としての最良の性質を表わすことができるようにするために、この内省以上に役立つことはありません。

地球儀を見て学ぶ子供たちと先生

 

「自身を知る」ということは、最高のレベルで実現された場合、それは、個人としての自分の性格を知るということにはとどまらず、自分に命を与えている魂自体の性質さえをも知ることになります。

自分の中に非物質的な何かが宿っていて、何度も人生を体験して進歩を続けていくということを承知しているのは望ましいことです。

しかし、自分の魂について、その性質が確認できるほどにまで「自身を知る」ということは、魂が存在するという知識を持つこととは、まったく別のことです。

 

バラ十字哲学の目標はまさに、この点に関して少しずつ目覚め、気づくことができるようになり、最終的には「私は自身を知っています」と自分に言うことができるレベルに達することです。

このとき私たち人間は、単なる生物としてだけでなく、自身の魂の持つすべての善良さと完全性とともに地上に生きる魂として、考え、発言し、行動することができるようになります。

このことからは、フランスの思想家テイヤール・ド・シャルダンの次の言葉が思い起こされます。「私たちは、魂に響く経験を積んでいる人間ではなく、人間としての経験を積んでいる魂である」。

本棚に並べられた多くの本

 

17世紀の初めに薔薇十字団が世間に姿を表したときから、彼らは「普遍的な知を探し求める人たち」でした。このことは、彼らが1623年にパリ市のいたるところに張ったポスター(訳注)に特に良く表れています。

数世紀が経ち、その理念を継承する団体として創設されたバラ十字会AMORCにも、このことがあてはまります。

 

訳注:このポスターの内容は次の宣言書の冒頭に紹介されています。

宣言書『バラ十字友愛組織の姿勢』(2001年)

https://www.amorc.jp/pdf/amorc_positio_jp_111018.pdf

 

さまざまな形で無知が、そこから生じた誤った信念や迷信とともにいまだに存在していて、多くの人が自分自身や他の人や自然界を傷つける原因になっています。

それに加えて、多くの知識が望ましくないやり方で用いられ、不当な利益を得るために役立っています。

 

明るい未来が到来し、すべての人が幸せになることをもし人類が望むならば、普遍的な知を探し求めること以外に選択肢はありません。

もしあなたも私と同じ意見でしたら、この公開書簡のことを、興味を持っていただけるであろうあなたの知人に知らせて、熟考と瞑想の役に立ててもらってください。

 

友人としての思いとともに、皆さんのご多幸をお祈り申し上げます。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

本文中で、エメラルド・タブレットからの引用が話題になりました。

エメラルド・タブレットにはさまざまなバージョンがありますが、6年ほど前に、『バラ十字会員の秘密の象徴』という18世紀の本に掲載されていた文章の翻訳を、このブログで紹介したことがあります。

解説、図版を加えたこの記事はとても好評で、ある雑誌のエメラルド・タブレットに関する特集でも取り上げられました。ご興味のある方は下記でお読みください。

 

参考記事:「エメラルド・タブレットとは

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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