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エルの物語

2021年5月21日


こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では3日ほど雨が続いています。梅雨入りの前に、初夏のさわやかな陽気がもう一度戻ってくることを願っています。

いかがお過ごしでしょか。

 

さて、3日ほど前から「エルの物語」について調べています。ある文書を翻訳していてこの物語のことを知ったのですが、興味深い点が数々あります。

「エルの物語」は、『国家』という古代ギリシャの哲学者プラトンの著作(対話篇)に出てくる逸話です。『国家』は10巻にわたる大作なのですが、その10巻の締めくくりになっているのがこの物語で、プラトンがこの話をどれだけ重要だと考えていたかが分かります。

アテネアカデミーのプラトンとアテナの像

アテネアカデミーのプラトンとアテナの像

 

こう書かれています。当時ギリシャにエルという名前の勇敢な戦士がいました。彼は戦場で命を落とし、家まで運んで連れて帰られ野辺送りにされようとしていたのですが、薪(たきぎ)の上で生き返って、あの世で見てきたことを語ります。

彼の体験によれば、魂になった自分が体から離れると、数多くの他の魂と一緒になり、道を進んで牧場のように見える不思議な場所に着いたのだそうです。

この牧場の地面には2つの穴が空いています。ひとつは生前に悪行を行った魂が、罰を受けるために地下に行くための穴で、もうひとつはそこから帰ってくるための穴です。

牧場の上方の空にも2つの穴が空いています。ひとつは生前に善行を行った魂が、報酬として幸せな生活を過ごす天上に行くための穴で、もうひとつはそこから帰ってくるための穴です。

 

天の穴と地の穴の間には裁判官たちが座っていて、やってくる魂をつぎつぎに裁いて、地下に行くか天上にいくかを決めます。

エルの物語には、これらの穴を行き来する魂についての話が生き生きと描かれています。

古代エジプトのマアトと天秤による審判、閻魔という仏教説話など、さまざまな文化にこれと類似の話があるのは興味深いことです。

 

さて、地上から到着した魂と、2つの穴から帰ってきた魂は、牧場に到着して7日が経つと旅に出発します。そして4日後に、天と地を光が貫いている場所に到着します。

この光は天空を縛る綱の役割を果している光で、光の上方は「女神アナンケの紡錘(ぼうすい)」と呼ばれるものにつながっています。

ご存知の方も多いと思いますが、紡錘とはこの写真に見られるような細長いコマの形をした道具で、生糸に縒(よ)りをかけて一本の糸にする作業のために使われます。

糸を縒るのに用いられる紡錘

糸を縒るのに用いられる紡錘

 

紡錘の中央に取り付けられている車ははずみ車とよばれますが、巨大な「アナンケの紡錘」のはずみ車は8つの天球からなり、その中心に地球があります。

外側から順に、恒星天、土星天、木星天、火星天、水星天、金星天、太陽天、月天であり、この天球が別々の速さで回転することによってそれぞれの星が天空を巡ります。

つまり、ここで説明されているのは古代の宇宙理論(天動説)です。

 

それぞれの天球にはセイレーンが座っていて、それぞれの音の高さで歌を歌っています。セイレーンとは歌声で聞くものの心を惑わせる妖女たちです。セイレーンの歌声によって、天の音楽が奏でられています。人間の中でも心の最も澄んだものにしか、この音楽は聞くことができません。

これは『国家』のある版に載せられている「アナンケの紡錘」の挿絵です。上方にいるのがアナンケで、下方にいる3人はモイラと呼ばれる運命の女神たちです。3人のそれぞれの名前はラケシス(過去)、クロト(現在)、アトロポス(未来)です。

『国家』のアナンケの紡錘の挿絵

『国家』のアナンケの紡錘の挿絵、Plato, Public domain, via Wikimedia Commons

 

さて、旅をして女神たちのところにたどりついた魂たちは、そこにいる神官の指示に従って、まず、順番を決めるくじを引きます。そして、くじで決まった順番に、ラケシスの膝の上に置かれたさまざまな「生涯の見本」の中から次の自分の人生を選びます。

神官はこのように言います。「最後に選びにやって来る者でも、よく心して選ぶならば、彼が真剣に努力して生きるかぎり、満足のできる、けっして悪くない生涯が残されている。最初に選ぶ者も、おろそかに選んではならぬ。最後に選ぶ者も、気を落してはならぬ」(プラトン『国家』(下)、岩波文庫)

 

この直後には面白いことが書かれています。天上からやってきた魂は、苦悩によって教えられることが少ないので、自分の次の生涯を軽率に選ぶ傾向があり、地下からやってきたものは、自分もさんざん苦しんできたし、他の人の苦しみも目の当たりにしてきたので、次の生涯を慎重に選ぶ傾向があるというのです。

そのため人間には、良い生涯と悪い生涯を入れ替わりに過ごすことが多いと書かれています。

 

魂たちが人生を選び終えると、それは、クロトとアトロポスによって変更ができないものにされます。そして魂は旅を続け、忘却(レーテ)の野にある放念(アメレース)の河の水を飲み、前世とあの世でのできごとを忘れます。

そして、雷鳴とともに、新たな誕生のために地上に流星のように運ばれていくことになります。

 

以上の話を皆さんは、どう読み解くでしょうか。

 

天体の運行を定めている「女神アナンケの紡錘」について考えてみましょう。アナンケはギリシャ語で「必然」を意味する語です。またアナンケの別名はアドラステイアで、この名は「逃れることができない」を意味します。

このことから考えると、アナンケは〈法則〉を設定するものを表しています。〈法則〉とは、定義から言って、何ものも逃れることができない事柄を意味しています。

 

皆さんは〈法則〉という言葉から何を連想するでしょうか。ひとつは万有引力の法則などの物理学の法則ではないでしょうか。

現代人の私たちは、天体の運行が、何ものも逃れることのできない物理学の法則によって定められていることを知っていますが、これと対応するかのようにアナンケの紡錘は、古代人が考えていた天体の運行の法則を表しています。

 

ところで、〈法則〉には、物理学の法則のような物質の法則だけではなく、非物質的な法則があります。現代の神秘学と同様に古代の神秘学でもそう考えられていました。

そのような非物質的な法則のひとつに「カルマの法則」と言われるものがあります。この法則は、善を行ったものには幸せがもたらされ、悪を行ったものには不幸がもたらされるということを意味しています。

日本では「因果応報」と表現されることもありますが、皆さんは、カルマの法則というものが、実際に存在すると考えるでしょうか。それとも、善行を促すために誰かが考えた作り話だと考えるでしょうか。

 

上の話の例では、前世で善行を行った魂は裁判官によって天上に送られ、悪行を行った魂は地下に送られるという形でこのことが表現されていました。

正直に申し上げれば、「エルの物語」というこの素晴らしい逸話の中で、この個所だけは、かなり誤解を招きやすい部分ではないかと私は感じています。

 

具体的に説明しましょう。たとえば私が誰かを思いやる優しい言葉をかけたとします。

これは、ささやかですが善の一例と言えることでしょう。そして、それに対応する幸せは、死後天国に行けることではありません。対応する幸せは、笑顔が帰ってくることで、この世に現れます。

もちろん別の例では、幸せは即座に現れることもありますし、後になって遅れて現れることもあります。

しかし、天国や地獄とは、実際にどこかに存在する特別な場所ではなく、天国も地獄も、目の前のこの世に人間が時々刻々と作り出している状態だと考えることができます。

 

「エルの物語」のような非物質的な世界の話は、言葉では本来語れないものを語ることになるので、必然的に比喩的なものにしかなりません。

この逸話に登場する天国や地獄と裁判官は、とても生き生きとした比喩ですが、それがこの世とは別のどこか特別な場所だと考えたり、裁判官のような存在が実際にいると考えたりすることからは、さまざまな問題が生じる可能性があります。

ラファエロのアテナイの学童(部分)

ラファエロのアテナイの学童(部分、中央左がプラトン)

 

次のような大雑把なまとめは、プラトンの研究家には怒られるかもしれませんが、彼が『国家』で語ったことは、国家は哲学者によって統治されるべきだということであり、広く言えば、人はすべて哲学者であるべきだということでした。

そしてプラトンにとって哲学者とは、心が善に目覚めた人を意味していました。

そのため『国家』では、人が善に目覚めるためには、どのような教育が行われるべきかということが熱心に議論されています。

ですから、偉大な哲学者プラトンのこの大作が、善を行うことと聡明に生きることの大切さを生き生きと描いたこの「エルの物語」という逸話で締めくくられているのは、とても自然なことだと私には思えます。

 

私たちは永遠なる魂であり、魂は生まれ変わりを繰り返して、善に目覚めるための道を歩み続けている。そして、善を行ったものには幸せがもたらされ、悪を行ったものには不幸がもたらされるということが法則である。聡明に生き、善を知り、善を行いなさい。

このことが「エルの物語」に込められている教訓だと私は考えます。何と実践的な哲学でしょうか!

 

エルの物語はこう締めくくられています。

「もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう…。つねに向上の道をはずれることなく、あらゆる努力をつくして正義と思慮にいそしむようになるだろう…。そしてこの世においても、われわれが物語ったかの千年の旅路においても、われわれは幸せであることができるだろう」(プラトン『国家』(下)、岩波文庫)

 

では、今回はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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