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スピリチュアルとスピリチュアリティ

2021年10月22日


こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

この数日、東京板橋もすっかり寒くなりました。今日もどんよりと曇っています。そろそろ、鍋が美味しい季節ですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、もう10年以上前からだと思いますが、ヨーロッパや米国などで、「スピリチュアル、しかし宗教的ではなく」(SBNR: spiritual but not religious)というフレーズがたびたび使われています。

これは、「宗教的なことや宗教組織に所属することはどうも好みではないのだけれども、スピリチュアルな事柄には興味と関心があります」ということを表しています。このような人たちが社会に増えるという現象が、多くの国、特にイタリアなどで顕著に起きています。

ご存知の通り、日本でも状況はよく似ています。大きな書店に「精神世界」のコーナーが必ず設置されるようになってから、もう30年以上が経つでしょうか。

お花畑と日の出

 

一方で、海外と日本で大きく異なる事情もあります。それは、スピリチュアルという言葉が持つ意味です。

英語の辞書を引くとわかりますが「スピリチュアル」(spiritual)という形容詞は、もともとは宗教や霊(spirit)に関することを指していました。しかしその後、より広い意味で「精神的な崇高さの」というような意味でこの語が用いられるようになりました。

ですから「スピリチュアリティ」という名詞は広い意味では、「精神的な崇高さ」というような意味になります。

 

しかし日本では、「スピリチュアリティ」という言葉は英語と同じような意味で使われることが多いのですが、「スピリチュアル」という言葉は、とても大雑把な使い方がされています。

科学でまだ認められていないような事柄すべてが、スピリチュアルという言葉でひとまとめに表されているような場合さえあります。

また、スピリチュアルという言葉とサイキックという言葉が混同されている場合もあります。英語ではこの2つの言葉は、多くの場合、むしろ対比される意味で用いられています。

もちろん、外来語としての日本語と、その元になっている言葉の意味が必ず同じでなければいけないという訳ではありませんが、このあたりの事情を見ていくと、はっきりとすることが少なからずあります。

 

実例でご説明します。

たとえば、美しい南の島の海岸で夏の休暇を過ごしていて、燃えるような夕焼けと水平線に沈む太陽を見たとします。

きっと皆さんも、このような自然の風景に深い感動を味わったことが何度もあるのではないでしょうか。

翻訳の仕事をしていてよく見かけるのですが、それは、英語でスピリチュアルと形容される典型的な感動のひとつです。

スピリット(spirit)には「魂」という意味もありますが、興味深いことに、これらの感動は日本語で「魂が震えるような」と表現されることがよくあります。

南の島の海岸の日没

 

まったく別の例を挙げます。皆さんは数学や物理学はお好きでしょうか。

数学で最も基本的な演算と言えば、足し算(+)とかけ算(×)とべき乗(^)の3つです。思い起こしてください。3+4=7、3×4=12、3^4=81ですね。

そして、数学の最も基本的な数としては、0、1、π(円周率)=3.1415…、e(ネイピア数)=2.71828…、i(虚数単位)の5つを挙げることができます。

eとiは、もしかしたらご存じない方もいらっしゃるかもしれません。eは微積分学に登場する「自然対数の底」とも言われる数で、iは二乗するとマイナス1になる数です。

eやiが発明(発見?)されなければ、誰もがコンピュータを使える現代のような時代は、決して到来しなかったことでしょう。

レオンハルト・オイラーの肖像画

レオンハルト・オイラーの肖像画、Jakob Emanuel Handmann, Public domain, via Wikimedia Commons

 

さて、この3つの演算と5つの数には、「オイラーの等式」と呼ばれる次の関係が成り立ちます。

e^(i×π)+1=0

もうずいぶんと以前のことになりますが、この式に初めて出会ったとき、何か宇宙の深い謎の一端を明かされたような思いを感じたことがあります。

 

これは物理学の例ですが、相対論的量子力学にはディラック方程式という数式が登場します。物理学の研究者の多くは、ディラック方程式を理解したときに、その意味の深遠さと美しさに涙を流すのだそうです。

数学や物理学は、宇宙に秘められている秩序や調和を明らかにする活動です。そして、このような成果に対する感動は、スピリチュアルな感動の一種だと言うことができます。

ディラック方程式

ディラック方程式

 

次の例もまた、ずいぶんと性質が異なります。苦労してある技芸の最高レベルに達した人とか、人類のために一生を尽くした人の伝記を読んだとします。

このようなときに得られる感動も、スピリチュアルとしばしば形容されています。日本語への翻訳としては「高い精神性に対する」感動というような語が当てはまることでしょう。

そして、このような達人、偉人の持つ謙虚さ、寛容さ、克己心、忍耐、思いやり、誠実さ、正義を重んじる心、利他的な傾向などは、その人のスピリチュアリティ(精神的な崇高さ)と呼ばれることがあります。

 

スピリチュアルな感動の例をいくつか挙げましたが、全体的な感じをつかんでいただけたでしょうか。

きっと多くの人に同意していただけるのではと思うのですが、これらの事柄には何か共通する要素、「貴い」、「時間を超越している」、「すがすがしい」というような要素が感じられます。

日本語には「真・善・美」という言葉がありますが、これまで列挙したスピリチュアルな感動は、この3つに対する感動だと言い換えることができます。

 

では、スピリチュアルと意味が対照的でもあるにもかかわらず、日本ではスピリチュアルと混同されがちなサイキックには、どのような実例があるでしょうか。

第一次世界大戦の戦時中には、当然のことですが、今とは異なりスマートフォンのようなものはありませんでした。そのため、戦地にいる兵士の方々が故郷の家族と通信する物理的な手段はまったくありませんでした。

ところが、ある人が戦死したまさにその時刻に、親しい人が夢や白日夢で、起きた出来事を知ったという数多くの報告が残されています。

別の例ですが、ある人がいつも持ち歩いていた宝石や時計などを手にすると、その持ち主の性格や、その人が体験したことについて知ることができる人たちがいます。

また、いずれも長い歴史を持つ技法なのですが、クライアントの未来にどのような出来事が起るかを、タロットカードやホロスコープや筮竹(ぜいちく)を用いて知ることのできる方々がいます。

これらの現象はサイキック知覚と呼ばれ、その能力はサイキック能力と呼ばれています。

黄道十二宮を表した装飾品

 

さて、スピリチュアルに話を戻しましょう。

最近は大企業の多くで社員研修に、瞑想が取り入れられるようになりました。瞑想が多くの人にとってなじみ深いものになり、ストレスの緩和や仕事の効率向上のために役立てられています。

しかし私の考えでは、瞑想には、それよりも重要な効用があります。

瞑想に取り組んでいる方々の多くが体験することですが、先ほど例を挙げたようなスピリチュアルな感動は、ある種の瞑想の最中に感じることとそっくりなのです。

また、定期的に瞑想に取り組んでいると、日常のスピリチュアルな感動が、より強いものになります。

野原で瞑想を行う女性

 

なぜでしょうか。それは、正統派の瞑想が「宇宙意識」(Cosmic Consciousness)との同調だからです。

多少難しい説明になりますが、深層心理についての研究の発達によって、人間の潜在意識の奥には、個人を超越した集合的無意識というものがあることが知られてきました。

そして、この集合的無意識のさらに奥には、宇宙全体で唯一の意識である宇宙意識があります。

瞑想とは、宇宙意識と同調して、自分と宇宙意識の間で情報をやりとりすることにあたります。

 

米国の神秘家エマーソン(1803-1882)はこのことを、「君の荷馬車を星につなげ」(Hitch your wagon to a star.)と表しています。

エマーソン(1857年)

エマーソン(1857年)、User:Scewingderivative work: 2009, Public domain, via Wikimedia Commons

 

スピリチュアリティ、つまり真・善・美は、宇宙意識そのものが持つ性質であり、そのため、宇宙意識との同調である瞑想によって、スピリチュアルな感動への感受性が高まります。

また、瞑想によって、ゆっくりとですが、達人や偉人を例にして先ほど話題にしたスピリチュアリティという性質を自分に取り込むことができます。

言い方を変えれば、瞑想によって、人格の洗練というスピリチュアルな進歩をなし遂げることができます。

 

当会の考えでは、サイキックな能力の開発とスピリチュアルな進歩の両方に、どのような人でも取り組むことができ、向上のために要する期間には個人差がありますが、誰もがそれをなし遂げることができます。

しかし、これらに取り組むときには、この2つのうち、スピリチュアルな進歩に優先して取り組まなければなりません。

 

というのもサイキックな能力は、自身の潜在意識から情報を取り入れる能力であり、一方で、スピリチュアルな発達とは、人格の成熟にあたるからです。

スピリチュアリティが低いレベル、つまり人格の成熟が十分でない状態で大量の情報が意識に流れ込んでしまうと、心がそれに耐えられずに不安定になってしまう場合があります。

一方で、高いスピリチュアリティ、つまり成熟した人格を、ある程度実現することさえできれば、サイキック能力がなくても、多くの人から尊敬され有意義な人生を送る条件が整います。

歴史上の偉人や優れた神秘家の中にも、サイキック能力を全く持ち合わせていなかった人が多数います。

 

しかし、サイキック能力が重要でないわけではありません。成熟した人格と人生に対する優れた理解を持ち合わせている人は、自身のサイキック能力を他の人たちのために有効に生かすことできるからです。

ですから、人間の心の発達について、スピリチュアルな発達とサイキック能力について注目すると、次のようにまとめることができます。

(A)サイキック能力:低、スピリチュアルな発達:低   出発点

(B)サイキック能力:高、スピリチュアルな発達:低   危険な経路

(C)サイキック能力:低、スピリチュアルな発達:高   安全な経路

(D)サイキック能力:高、スピリチュアルな発達:高   到達点

 

宣伝になりますが、当会の神秘学通信講座「人生を支配する」のカリキュラムは、当然のことですが、この安全な経路をたどるように構成されています。

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今回は、スピリチュアル・スピリチュアリティと、サイキックとの違いについてご紹介しました。

いかがでしたでしょうか。ご参考になる点が少しでもあったと感じていただけたなら、とても嬉しく思います。

 

では、今回はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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