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おやじバンド奮戦記

2020年5月29日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

新型コロナウイルスの緊急事態が解除されましたが、早くも第2波ではないかという報道もあり、皆さんも落ち着かない日を過ごしているのではないでしょうか。

 

日常の活動をどのぐらい再開していくかを考えるとき、お仕事に比べて趣味は、今すぐ行わなければならないというものでもないので、判断が特に悩ましいのではないでしょうか。

私も、趣味のバドミントンがいつから再開できるだろうかと思いを巡らしていますが、スポーツだけでなく、合唱や合奏、囲碁や将棋などが趣味の皆さんも、悩みが深いのではないでしょうか。

 

今回は、山形県にお住まいの私の友人から届けていただいた、新型コロナ流行以前の、趣味のバンドのお話しです。

▽ ▽ ▽

記事:「おやじバンド奮戦記」

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

近所のスーパーに買い物に行った時のことです。古くからの友人、Hさんから声を掛けられました『今、バンドメンバー募集しているんだけど、どうかな?』。今から四年前のことです。実はHさんとは若い頃のバンド仲間。今は解散していますが、当時のメンバーとは今でも友達付き合いは続いています。ちなみにHさんは今でも色々な場面で音楽活動をやっているドラム奏者です。詳しい話を聞けば、ほとんどのメンバーは昔からの知り合いばかりでした。

ということは当時のメンバーの平均年齢は六十ン歳。おやじバンドならぬ爺(じじい)バンドでした(笑)。

おやじバンド

 

でも、その時はちょっと返事を待ってもらいました(実はその時体調不良で、後日ピロリ菌が原因と判明)。しかし、残りの人生を考えると迷っている余裕などありません。アルト・サックス奏者としてメンバーの一員に加えてもらうことになりました。

その後、バンドリーダーのEさんから聞いた話によれば、Eさんが卒業した学校が廃校となる記念行事の際に楽器演奏のできる卒業生仲間でバンドを編成し校歌を演奏したのだそうです。すると、それが縁となりポツリ・ポツリと演奏の依頼が入るようになったのだそうです。それではメンバーを増やそうではないかという話になり、私に声を掛けてくれたのだそうです。

アルト・サックス

 

さて、差し当たりの演奏依頼は市主催で毎年恒例となっている “そば祭り”の会場での演奏とのこと。演奏するのは演歌と民謡、各一曲です。練習会場と練習日の連絡案内、それと楽譜を受け取った瞬間、私は一瞬にして目が点に……

なんと、曲のアレンジはしっかりとジャズ・バージョン。複雑なリズムのオンパレードです。ちょと後悔もしましたがもう後には引けません。すぐに猛練習の開始です。

その後の時間の流れることの速いこと、速いこと。あっという間にそば祭りの当日になってしまいました。それまで必死になって練習を重ねて来たつもりですが古希間近の身体と脳ミソはそうやすやすとは反応してくれませんでした(笑)。それでも何とか本番は無事終了。その後に食べた蕎麦(そば)の味は……いまだ緊張冷めやらず……さっぱり分かりませんでした(笑)。

その後も、様々な団体さんや町内会さんから依頼が入り、忙しくも楽しい日が続きました。

 

思ってもみなかったことに出会ったのは一昨年の初夏の頃です。ある町内会のお年寄りの会合の席で演奏を披露した時のことです。演奏が終了し後片付けを行っていると『山下さんですよね?』。会合の手伝いに来ていた女性の方から声を掛けられました。私が『はい』と応えると。『ほらほら私、小学校で同級だっ○□』。そういえば昔の面影があります。そこで私は『しばらくですね~。今日はありがとうございました』。すると『M先生も来てますよ』。私は思わず『え~~!!』と叫んでいました。M先生とは私達が小学校五・六年生の時に担任だった女の先生です。

『先生、先生、山下さんだよ……』。

私は、またもや驚きました。御髪は少し薄くはなってはいたものの、背筋をピンと伸ばし、明るく可愛い柄のワンピースに身を包み、しっかりとした足取りで私の前に。次に、昔と全く変わらぬ笑顔で『おやおや久しぶり。今日はホントに良かったですよ、ありがとうございました』。私は『先生、私、わかりますか?』。すると『しっかり覚えてますよ。五年生と六年生の時に担任だったでしょう』。次に、失礼とは思いましたが、お歳を伺(うかが)ったところ。笑顔で『もう九十歳になったのよ』。『え~!!お元気ですね~!!』。またもや驚きです。

花束と手紙

 

そして、もしもM先生に会う機会があったならば、ぜひとも聞いて貰いたいと思っていたことを話しました。あれは確か、私らが六年生の時のことです。クラス全員で全校の先生方に大変な迷惑を掛けたことがあったのです。何をやったのかは記憶が定かで無いんですが、何かをやらかしたということだけはしっかりと覚えているんです。その時は思いっきり叱られました。悪いことをやったからと叱られたのではなく。人様に迷惑を掛ける行為がいかに悪いことか、と言ったことをしっかりと教えてくれたのです。この時のことは今でも私の人生訓となっています。

 

先生にこの時のことを話しました。するとまたも笑顔で『えっ? そんなことがあった? みんな良い子だったから、怒る必要なんか無かったよ』。

いいえ、確かにあったんです……(笑)。

『先生、あの節はホントに御迷惑おかけしました。ホントにごめんなさい』。

もっと色々と話したいことがあったのですが、時間が来てしまいました。

それでは先生、しっかりと長生きしてくださいね。

 

これからも楽器を抱えながらの七転八倒のバンド活動が続くことと思っています。これもまた、楽しい第二の人生と思ってます。

ピアノの鍵盤と手

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

半年ほど前に、私も、40年以上前に担任だった恩師の方と再会しました。

お目にかかると、いまだに何か、守られているような諭(さと)されているような感じがします。子供の頃の感覚というのはいつまでも変らないものですね。

 

下記は前回の山下さんの記事です。

記事:『楽器の話あれこれ

 

では、今日はこのあたりで。

 

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偶然について

2020年5月22日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、この数日はっきりしない天気が続いています。アジサイが咲き始め、梅雨が近いことが感じられます。

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、唐突ですが、今まであなたの人生に起った、不思議な偶然と感じられるできごとを思い起こしていただきたいのです。

当会のフランス代表が自身のブログに、「偶然」をテーマにした文章を投稿していますので、ご紹介します。

▽ ▽ ▽

記事:「偶然について」

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

偶然についての疑問

偶然という事柄に関して、主に生じる疑問は次のようなことではないでしょうか。偶然は、そもそも存在するのでしょうか。宇宙が誕生したことや、地球上に生命が誕生したことは偶然なのでしょうか。私たちの生活や人類全体の将来に何が起こるかということには、運・不運というような偶然が影響するのでしょうか。

多くの科学者は偶然と因果関係の両方が、あらゆる物事を決定する要因だと見なし、偶然はいたるところに存在すると考えています。反対に、神秘家の多くには、偶然というものが存在しないと考える傾向があります。一体、偶然とは正確には何なのでしょうか。

 

宇宙的な規模での偶然

多くのバラ十字会員と同じように、私は偶然というものが存在しないと考えています。あらゆる結果は、ある原因から生じるからです。

宇宙を例に取るならば、それは、何にも増して感嘆の念を起こさせるような、ある一連のプロセスを経て現在の姿になりました。そしてそのプロセスの根本にあるのは、科学者、特に天体物理学者たちを驚嘆させるような数々の法則です。だとすれば、宇宙の創造や地球上の生きものの誕生のことを、偶然の結果であるとか、たまたま起きたできごとの組み合わせであると考えることができるでしょうか。

「木は、果実によって知られる」(The tree is known by the fruit.)ということわざに従えば、宇宙の創造と地球上の生きものの誕生は両方とも、人知がはるかに及ばない優れた原因によってなされた結果であることが明らかであるように思われます。この原因はいわば超越的な知性であり、宗教を信仰している人の多くがこの知性のことを神と呼んでいるのではないでしょうか。

多数のサイコロ

 

人の誕生と偶然

人の誕生との関連では、偶然とはどのようなことでしょうか。バラ十字哲学の見解では、人の魂(soul:ソウル)は、どの国のどの家庭に生まれるかをあらかじめ選択して、この世に誕生してきます。そしてこの選択は、その国や家庭の全般的な状況が、その魂の進歩のために最も適しているという観点から行われます。

また、成長するにつれて、人はますます自分の自由意志を行使するようになり、自分自身の運命を形作っていきます。

ですから、そのようには思われないかもしれませんし、現在主流の考え方とも異なりますが、誰かが、ある時代のある場所に、ある母親のもとに生まれるのは偶然ではありません。しかしもちろんこのことは、その人が生まれたその国で最後まで暮らすことを、運命づけられていることを意味する訳ではありません。

 

人生と偶然

人生のあらゆる場面で、私たちはさまざまな選択を行っていて、それが、家族、社会、職業など、さまざまなレベルでの状況を左右しています。

時々刻々、日ごと年ごとに自分に起こるすべての出来事を偶然の結果であると見なすならば、自分には自由意志などないと認めることになり、自分の未来に望ましい影響を及ぼすことができなくなってしまいます。そうではなく、日々何を考え、何を話し、何を行うかは大部分が自分の責任であり、これらのことによって、良かれ悪しかれ、自分の人生に何が起こるかの多くが決まっています。

もし、カルマの法則(訳注)と生まれ変わりを事実だと考えるならば、現在の人生で起こっている出来事の一部、幸福や不幸の一部は、以前の人生に原因があるという可能性を理解することができます。

 

訳注:カルマの法則(the law of Karma):望ましくない思考、発言、行ないからは望ましくない状況がもたらされ、望ましい思考、発言、行ないからは望ましい状況がもたらされるという法則。

 

私たち一人一人の人生が、自身の選択によって主に左右されているということが事実であるとしても、私たちが「偶然」と呼ぶものの一部が人生には含まれているように感じられます。

突然出くわす事態、自然界のできごと、誰かとの出会いなどです。それらには、私たちが何を考え、何を語り、何を行ったかとは直接の関連がないように思われます。それが望ましくないものに感じられるとき、私たちは「宿命」と呼ぶでしょうし、望ましいと感じるときは「天の恵み」などと呼ぶことでしょう。

しかしいずれの場合も、それらが偶然に生じている訳ではありません。なぜならそこにも、私たちには見通すことができないとしても、必然的な原因・発端・理由など、そのできごとが起った説明となるものがあるからです。

バックギャモンボードと宙を舞うサイコロ

 

私の意見では、偶然というものが存在するように人間の目に映るのは、私たち人間の理解不足のためです。私たちは、自分たちの生活を特徴づける出来事のすべての原因を理解できるわけではありませんし、自然界で起こる現象のすべての原因を理解できるわけでもありません。さらに、広い世界や宇宙で起こる事柄については、なおさらです。

ですから、私たちが偶然とは何かを理解するときには、アルバート・アインシュタインが述べた次の言葉が参考になります。「偶然とは、神が匿名であることを望んだときに用いる方法である」。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

ふたたび本庄です。

偶然と聞いて私がすぐに思い浮かべるのは、バックギャモンという、サイコロを振って2人で行うゲームです。ご存知ない方も多いと思いますが、日本では「盤すごろく」と呼ばれ、奈良時代にはすでに行われていました。

偶然性と戦略の両方を楽しむことのできる奥深いゲームです。

 

しかし、顔と顔を突き合せて行う対戦は、今はほとんどが自粛されています。愛好家の方々は寂しい思いをしていることでしょう。

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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ふしぎ・ふしぎ

2020年5月15日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

コロナ騒ぎが続いていますが、季節はすっかり初夏ですね。台風一号も発生したようです。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

名古屋市の図書館でお仕事をされている私の親しい友人から、ブックトークの寄稿をいただきましたので、紹介させていただきます。

ブックトークとは、子供たちに読書の楽しさを知ってもらうために、図書館や学校で行われている活動です。

▽ ▽ ▽

ブックトーク「ふしぎ・ふしぎ」

可児明美

可児 明美

 

ジャイアントパンダはどうしてあんな模様なの? シマウマの縞模様は、どうして白黒なの? 太陽はどうやってできたの? 宇宙人っているのかなあ? どうして夢を見るのかなあ……。

世の中にはいろいろ不思議なことがたくさんありますね……。

 

『謎の図鑑』(松下清・編集、学研教育出版)には、みなさんが疑問に思う謎のことがいろいろ書かれています。

シマウマの白黒模様は、シマウマが群れでいると、天敵のライオンからは、一頭ずつではなく、大きな風景のように見えてしまうからだと考えられています。

つまり、天敵から身を守るために白黒の縞模様になっているのですね。

 

太陽は、宇宙に漂うガスが集まった星間雲で生まれたと考えられているそうです。

では、宇宙人はいるのでしょうか? じつは、地球のような惑星が見つかっているそうですよ……。

太陽と太陽系の惑星

 

日本の平安時代にも、不思議な世界へ迷い込んでしまったお話があります。『滝のむこうの国』(ほりかわ りまこ・文・絵、偕成社)

今は昔、京の都に住んでいた貴族の権代納言が、友だちの陰陽師の別荘に出かけました。閉じられた木戸から出てしまった権代納言は、いい香りにひきつけられて、山の奥深くへと入り込み……。

権代納言が迷いこんだ世界は、いったいどんな不思議な世界だったのでしょうか……。

 

次は、フランスのいたずら好きの男の子のお話しです。『なんでもただ会社』(ニコラ・ド・イルシング・作、日本標準)

ティエリーは、パパとママが出かけている間に電話でいたずらをして遊んでいました(電話機は今のようにスマホではなく、家のリビングなどに置いてありました)。

 

でたらめに番号を回していると、なんと知らない相手につながってしまいました。それは、ほしいものをなんでもただでくれる会社でした!

ティエリーはどんどん好きなものを注文しますが……

なんでもただでくれる会社って、皆さんはどう思いますか?

 

権代納言も、ティエリーも、不思議な世界に出会ってしまいますが、こんな不思議な友だちもいます。『ふしぎなともだち』(サイモン・ジェームズ・作、評論社)

レオンはママとこの街に引っ越してきました。パパは軍隊に入って遠くに行ってしまいました。

でも、レオンにはボブという友だちがいます。ボブは新しくできた友だちで、レオンと一緒に暮らしています。でも、ボブはだれにもみえないのです……。

短い絵本ですが、不思議ですてきなお話です。ぜひ味わってみてください。

 

謎の図鑑で、この世界のいろいろな不思議を探索しましたが、最後にこの二冊をご紹介しましょう。『ミツバチのふしぎ』(栗林 慧・写真、七尾純・文、あかね書房)と、『花の色のふしぎ』(佐藤有恒・著、あかね書房)

どちらも「科学のアルバム」シリーズの中に入っています。『ミツバチのふしぎ』には、ミツバチのことがとても詳しく書かれています。

花とミツバチ

 

はたらきバチは、生まれて一日め二日めには、もう仕事が待っています。自分より後に生まれてくる卵や幼虫たちを寒い風から守るために、巣一面におおいかぶさる仕事です。

三日めには、ねえさんバチのすることをまねて、幼虫の世話をはじめます。

六日めには、頭の中にある咽頭腺から不思議なミルクがわいてきます。そのミルクを幼虫たちに飲ませて世話をします。

十二、三日めには不思議なことに、ミルクが出なくなります。すると次の仕事が始まります。巣の外へ出て、初めて空を飛ぶのです。この後は、巣を作ったり、蜜や花粉を集めたり、スムシという蛾の幼虫やスズメバチに襲われた時に戦ったり……。

花とクマバチ

 

『花の色のふしぎ』には、花の色がみえるしくみが科学的に説明されています。

赤色や青色はアントシアン類、黄色はカロチン類の色素であることがわかっているそうです。でも、青い色には謎が多く、まだ研究が続けられているそうです。

では、白色はどうでしょうか?

白い花には、白い色素があるわけではありません。花びらの中の色素を含まない空気の入った層が、光をはね返して、それが私たちの目には白く見えるのだそうです。

そのほか、黒色についてもわかりやすく説明されています。

 

また、人間の見ている色と昆虫の見ている色は、違うそうです。はたして昆虫からは、どんなふうに見えているのでしょうか?

花とキリギリス

 

いろいろな不思議を見てきました。すべての謎がすっかり解けることはないのかもしれません……。でも、「不思議だなぁ……。」と思う心は、大切にしたいですね……。

おわり

 

紹介した本

『謎の図鑑』(松下清・編集、学研教育出版)

『滝のむこうの国』(ほりかわ りまこ・文・絵、偕成社)

『なんでもただ会社』(ニコラ・ド・イルシング・作、日本標準)

『ふしぎなともだち』(サイモン・ジェームズ・作、評論社)

『ミツバチのふしぎ』(栗林 慧・写真、七尾純・文、あかね書房)

『花の色のふしぎ』(佐藤有恒・著、あかね書房)

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

実は、上の文章で私が衝撃を受けたのは、「電話機は今のようにスマホではなく、家のリビングなどに置いてありました」の部分でした。

もう、子供たちの多くは固定電話を知らない!

知らない間に、時代が変っているのですね。

 

下記は可児さんの、前回のブックトークの記事です。

参考記事:『君も名探偵

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

また、お付き合いください。

 

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ゴールデンウィークのごあいさつ

2020年5月1日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

早くも5月になりましたね。大型連休の最中の方も多いことと思います。今日は、全国の多くの場所が晴天のようです。

東京ではバラも咲き始め、新緑もまぶしいほどです。例年なら華やいだ気分で自然の美しさを満喫できる時期でしょうが、新型コロナウイルス対策で、今は忍耐の時期ですね。

新緑の森と道

 

当会の公式ブログには、新型コロナウイルスに関連して、3週間前は私が記事を書き、先週はフランス代表の記事の翻訳を紹介させていただきました。いずれも、普段よりもかなり多くの方々に読んでいただくことができました。

参考記事:『新しい夜明けが来たら

参考記事:『新型コロナウイルスについて

 

この2つの記事に共通する考えは、新型コロナウイルス感染症の流行が、おそらく、時代が大きく変化する兆しのひとつとして捉えられるのではないかということでした。

バラ十字会員だけでなく、インターネット上で多くの専門家の方が同じことを書いておられます。

そこでこの一週間、いったいどのように時代が変るのだろうかということについて、調査と考察を行っていました。

カタクリの花

 

私は社会学の専門家でも経済の専門家でもないので、国家や経済システムがどのように変わるのかということについては、自信ある答えはそもそもできません。

しかし、神秘学(神秘哲学:mysticism)という人間の心の深奥に関する知識と技法に長年関わってきて、その通信講座を提供している立場から、これから起る人間の意識の進歩については、ある程度の見通しを立てることができるように思います。

タンポポのタネ

 

おそらくキーワードは、「自己中心性の減少」と「非二元性」(non-duality:ノンデュアリティ)なのですが、まだ今の時点では、皆さまにお伝えできるほど、はっきりと考えが固まっていません。

しかし、このことに関連する不思議な文書がありますので、皆さんにご紹介させていただきたいと思います。ステイホームを、この文書をお読みいただく良い機会にしてくださればと思います。

参考記事:『新クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚

『新クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』表紙

『新クリスチャン・ローゼンクロイツの化学の結婚』の表紙

 

このブログは、来週の5月8日はお休みさせていただきますが、ゴールデンウィーク中に、以上のことについての考えがまとまるようでしたら、改めてこの話題を取り上げさせていただきたいと思います。

 

どうかくれぐれも感染防止に注意を払ってお過ごしください。できるだけ家で過ごしてください。買い物は店が混雑していないときにマスクを着けて出かけてください。手をこまめに洗ってください。

そうすることで、自分や周囲の人たちの命を守るだけでなく、最前線で命を賭けて働いている医療関係者の方々の負担を減らすことにもなります。

 

では、今日はこのあたりで。

よい休暇をお過ごしください。

 

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平行植物

2020年4月17日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

いかがお過ごしでしょうか。新型コロナウイルスのニュースが続き、気が滅入りがちではないでしょうか。

今は感染防止への協力と忍耐の時ですが、気分転換のために、しばらく空想の世界で遊ぶというのはいかがでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターを務めている私の友人から、そのためにうってつけの本を教えていただきました。

(平行植物の写真は残念ながら手に入らなかったので、以下には、以前に撮影した、やや珍しい植物の写真を載せています。)

▽ ▽ ▽

文芸作品を神秘学的に読み解く(21)

『平行植物』 レオ・レオーニ

森和久のポートレート

森 和久

 

北アメリカのインディアンの伝説、アフリカ諸部族の神話、さらにはシベリアの古い物語にも取り上げられていたという平行植物「ツキノヒカリバナ」をご存じでしょうか?

名前を知っているとしても実際に見たことがある人はいないでしょう。本文にはこうあります、「自然環境において、暗闇で交差する明滅する光と空っぽな空間の不明確な相互作用としか認めることができず、漠然として概略がどこにあるかも判らない」というのです。さらに月光の中にO(オー)因子というものが存在し、これによってのみツキノヒカリバナの存在は明らかにされるというのです。

本文ではこう続きます、「日の光は物体を照らしだし、世界中でがらくたに至るすべてのものにくだらない意味を与える。しかし、夜は黒い光、透明な暗闇のような我々が知覚できない秘密の魂(soul)そのもの以外は、すべてを取り去ってしまう」。

ダース・ベイダーに似た花を咲かせるアリストロキア・サルバドレンシス

ダース・ベイダーに似た花を咲かせるアリストロキア・サルバドレンシス

本書でも言及されているように、太陽が世界の万物を支配する絶対的力を持つことは、古代エジプト時代において、太陽をラー神として崇めていたことからも知られています。また古代エジプト第18王朝のファラオ・アクナトン(アクエンアテン)は『アトン(太陽)賛歌』を著しました。

これは旧約聖書詩編104章にも取り込まれています。アトン賛歌は万物の神である太陽神への揺るぎない崇拝を高らかに歌い上げています。

それに対して、「夜は、すぐさま1日を翌日に繋いでいる暗い通路でしかなく、幻想(visions)と記憶の場所、言葉とイメージの倉庫になってしまった」と著者のレオ・レオーニは述べています。

しかし同時に、消滅した植物がもう一度その花冠を月に向かって捧げる秘密の隠れ家にもなったというのです。その後数千年を経て過去の夜に咲き誇った黒き花々が、再び地上に生まれ出ました。それがこのツキノヒカリバナということです。

スジヒトツバ

スジヒトツバ

同書に収められた著者自身によるツキノヒカリバナの明瞭なスケッチを見ていると、その幻想的な美しさに見とれてしまいます。図に添えられたキャプションによると「銀色に輝く金属状の種子をのせた花冠を月に向かって捧げる、通称『夢の女王』。月の隕石とともに地球へやってきた植物」とのことです。

さらに日本製のカメラで撮影された高さ3メートルにも及ぶ大型の種(シュ)である「オオツキヒカリ」の写真は、畏敬の念を感じさせるものです。

この写真のキャプションにはこうあります、「アンドラパティ谷の闇の中に忽然と現れた幻のような姿は、詳細に記録されたのちかき消え、二度と再び戻っては来なかった。」

また古代シュメール人がツキノヒカリバナを求めて、満月の砂漠を歩き回る様子を描いた浮き彫りも本書には収録されています。そのキャプションによりますと、「当時の人々が巨大な月の破片と考えていた隕石の陰に、ツキノヒカリバナが大量に自生していた」ということです。

本書によれば、かつてのツキノヒカリバナは地面からは完全に離れて存在していたのではないかということです。それはつまり、「生存という問題は平行植物には当てはまらず、したがってこれらの植物は地面との接触を維持する必要はまったくない」ということです。

子供が乗ることのできるパラグアイオニバスの葉

子供が乗ることのできるパラグアイオニバスの葉

この本には平行植物の仲間として、とても魅力的な数々が取り上げられています。遠くから見ても近くに寄っても同じ大きさに見えるという「フシギネ」。対称性の美しい姿に魅せられる「森の角砂糖バサミ」。その迷路状の葉脈でアリアリマキ(antaphid ants)を絶滅させたという「アリジゴク」。

自然が芸術を感化するのか、芸術が自然を感化するのかどうか考えさせられる「マネモネ」。アンダルシア地方のジプシーが踊るフラメンコのリズムを表す螺旋状のこぶを持つ「夢見の杖」。他にも様々な平行植物が掲載されています。

ヒスイカズラ

ヒスイカズラ

では平行植物とは一体何なのでしょうか? 本書によると、「遠くから見るとそれらの印象的な「植物性」は、ありふれた植物群に見かける奇形の1つであるように我々を欺くかもしれない。しかし、目の前の植物は実際には完全に別の領域に属しているに違いないことにすぐに気付く。

架空の空間に隔離された動きのない、不滅の植物たちは、それらを取り巻く生態学的な渦に挑戦を投げかけているようだ。それらについて主に我々を襲うのは、具体的で見慣れた物質がないことである。

この平行植物の「無意味さ」は、それら特有の現象であり、主に周囲の通常の植物と区別されているものであろう。」と説明されます。

食虫植物ウツボカズラ

食虫植物ウツボカズラ

平行植物は、「2つのグループに分類されるが、高次と低次に分けられる通常の植物の場合のような区別は、異なる進化レベルを意味しないのだ。それどころか、平行植物に割り当てられた2つのカテゴリーは、植物が我々に知覚される2つの方法から派生している。

最初のグループのものは感覚によって直接認識でき、科学的手段によって間接的に認識できる。しかし、2番目のグループのものははるかに神秘的でとらえどころのないもので、イメージ、言葉、またはその他の象徴的な記号を通じて間接的にのみ我々の知覚に行き着く。」ということです。

また、平行植物の研究に伝統的な研究方法を適用することの困難さは、主に平行植物の無実体性に起因します。実際の器官または組織を持たないため、平行植物が植物であるという幾つかの事実がなかったらば、その特性はまったく定義できないでしょう。

さらに、当然のことながら、平行植物には成長による変動はありません。成長は平行植物では発生せず、その平行植物は時間の永久停止の結果なのです。

 

さらなる詳細は本書をお読みいただきたいと思いますが、著者によれば「植物である前に言葉であった植物群のフィクション」であり、この本の主題は幻想の植物ではなく、幻想そのものということです。

 

私たちは時として目で見えるもの、さらに目に見える形状に真実を見いだそうとしてしまいます。しかし、神秘学では、不可視の存在や錯覚による誤謬の有無の認識を重要と捉えています。

全てのものは震動しており、それぞれの違いはその振動数の違いでしかないということを理解しなくてはならないということです。

また振動数は違ってもオクターブ毎に同調し、例えば不可視のものも、ある可視光の振動数と同調していれば、色彩を持つものとして認識できることも解き明かされています。

 

この『平行植物』は知的好奇心を湧き起こしてくれる上に、現実と幻想の境界の不透明性、さらには、それらの併存可能性を示唆してくれます。

 

元々この作品は、学術研究書の体裁を借りた(幻想)文学です。その本格的装丁も作品の一部なのです。日本語版で名付けられた平行植物のそれぞれの和名は的を射たセンスの良さを感じます。

なお、日本語版では原書にある幾つかの図版が省略されています。加えて図版の配置がまとめられてしまっています。そうではあってもきっと探究心を満たしてくれるはずです。幻想の庭への冒険をあなたもいかがでしょうか。

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

レオ・レオーニさんは、オランダ生まれのイラストレータで、多くの絵本も書いているとのことです。

『平行植物』という本のことを私は初めて知りましたが、同じジャンルの『鼻行類』という本を読んだことがあります。

南洋ハイアイアイ群島で発見された鼻で歩く動物たちについて知りたい人は、こちらもいかがでしょうか。

 

では、今日はこのあたりで。

下記は、森さんの前回の記事です。

桜の園

 

また、お付き合いください。

 

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過去の記事一覧

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