公式ブログ

人生の学習 - 自己超越について

2019年2月8日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

北海道を中心に、史上最強の寒波がきているとのことです。東京でも風が強まってきました。

どうかお気を付けて、お過ごしください。

 

ツイッターの投稿で知ったのですが、一昨日発表があり、探査機「はやぶさ2」がとうとう2月22日の朝に、小惑星リュウグウへの着陸(タッチダウン)に挑戦するそうです。

打ち上げのときから応援していましたが、それから4年2ヵ月が経ちました。ほんとうにワクワクしますし、心から成功を祈っています。

 

調べてみて分かったのですが、このプロジェクトは、あらゆる面で国際協力のもとに成り立っています。

たとえば、はやぶさ2と地球との間の通信は、NASA(アメリカ航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)や、スペイン、オーストラリア、アルゼンチンに支援されています。

はやぶさ2から投下されて小惑星に先行して着陸した超小型着陸機MASCOTは、ドイツとフランスと日本のチームで共同開発されたものです。

 

初号機のはやぶさの時もそうでしたが、小惑星の岩石のサンプルは、世界中の研究者に配られて分析が進められ、太陽系の成り立ちや生命の起源についての貴重な情報が、多くの人たちの協力によって得られることでしょう。

 

このことはほんの一例ですが、宇宙探査、天文学、物理学などの分野で、国籍にかかわらず世界中の研究者が、あたり前のようにインターネットで情報を交換し合いながら協力をしています。

インターネットによる情報交換(イメージ)

 

一方で不思議に思うのですが、国際ニュースを見ると、軍備や戦争のために資金と資源と人の労力が大量に浪費されています。

状況は少しずつ改善されているようですが、世界にはまだ飢餓に苦しんでいる人が8億人います。もし、世界全体の年間軍事費の10分の1を充てることができれば、この飢餓はゼロにすることができるという試算があるそうです。

 

このように両面性のある事態を見ると感じるのですが、おそらく人類は現在、歴史的にも意識レベルという面でも過渡期にあり、過渡期特有の混乱と苦しみを味わっているのでしょう。

 

2014年に当会が発行した宣言書(下記で読むことができます)では、この過渡期のことが「人類の思春期」と表現されています。

宣言書『バラ十字友愛組織からあなたへの訴え』(2014年)

 

私たち人類がこの過渡期を無事に乗り越えるためには、集団として今よりも「聡明」(wise)にならなければならないと、お感じになったことはありませんでしょうか。

 

最近の数十年の間に、特に先進国に住む私たちの生活は、見違えるほど豊かになりました。

テレビ、洗濯機、掃除機の普及、自動車の進歩に始まり、コンピュータの進歩、インターネット、スマートフォンの普及。文書作成ソフト、表計算ソフト、論文検索。ツイッターやフェイスブック、ユーチューブ。ラインやおサイフケータイなど便利なスマホアプリの数々。

もう、50年前の生活など、想像すらできないほどです。

 

そして、このような生活の変化の多くの背後にあるのは産業技術と情報技術の進歩であり、それを支えてきたのは科学、特に物理学の進歩です。

物理学とは何でしょうか。それは数学という方法を用いて、物質からできている世界がどのように変化していくかを書き表して、それが正しいかどうかを確かめることです。

 

物理学の進歩はとても素晴らしいことですが、この学問は、直接には人の心を研究するものではありませんし、私たちを「聡明」にしてくれる、つまり、何を目標にして、どのように生きるかという指針を提供することを目的にはしていません。

 

人の心を研究する学問は、もちろん心理学です。

人生そのものを扱い、生きる目標と指針を与えてくれる分野は何でしょうか。それは哲学です。

 

人類は今まで、少なくとも2000年以上にわたって哲学を探究してきました。語源から言うと、哲学(philosophy)とは、「聡明さ」(sophia, wisdom)を愛する(philo-)ことにあたります。

そして、「神秘学」(神秘哲学:mysticism)という言葉を聞くと、何か特殊な分野だとお考えになる方が多いのですが、古代ギリシャのころは哲学と言えば、それは神秘学のことでした。

参考記事:『神秘学について

 

なぜかといえば、当時の哲学者が、この世界の正体という「神秘」を見破ることと、より良く生きる方法を探究することの両方に、並行して取り組んでいたからです。

興味深いことに現在でも、たとえば当会の通信講座を学んでみると分かりますが、この2つには、互いに他を補う深い関係があります。

 

私が神秘学の普及という仕事に携わってから、もう15年になります。最初のころは、宗教と同一視されることも多く、きちんと理解してくださる方はあまりいなかったのですが、最近は少しずつ事情が変わってきています。

 

創造性や生産性の向上のために、社員研修に瞑想を取り入れる企業が増えています。

瞑想は、心身をリラックスさせてストレスを解消する練習だと見なされているようですが、神秘学という立場から言うと、効用はそれだけではなく、実は本来の目的もそうではありません。

瞑想とは、マクロコズムの「聡明さ」を自分の意識に取り込むことであり、究極の実在、つまり世界の正体(神秘)を見破るための練習にもあたります。

枯山水 瞑想のイメージ

 

最近では、心理学も急速に進歩し、後ほど一例をお示ししますが、このあたりの主張が神秘学に近づいてきました。

 

フロイトやユングという名前を、多くの皆さんがご存知のことと思います。彼らが手掛けた西洋の心理学の初期の課題は、心の病気の人たちを研究して、その病気から救う方法を見つけることでした。

ところが、20世紀の初めにアメリカの心理学者アブラハム・マズローは、健康な人たちの心を調べるということを心理学に取り入れます。それは、進歩と呼ばれている事柄の本質と、人間の心の本質を探るためです。

 

そして彼は、次のことを発見しました。人間の欲求は、ピラミッドのような階層構造をしています。彼の説では、人間の欲求を下から順番に並べると次のようになります。

1.生理的欲求

2.安全の欲求

3.社会的欲求、所属と愛の欲求

4.承認の欲求

5.自己実現の欲求

6.自己超越の欲求

 

参考記事:『人生の学習 ― マズローの心理学

 

子供は生まれたときに、生理的な欲求を満たすことから始めて内面的な進歩の道を、この階層に沿うように進んでいきます。そして、下位の欲求が満たされたときに初めて、それより高次の欲求の実現を望むようになります。

この欲求の階層構造を登っていくにつれて、興味深いことが起こります。生まれたばかりのとき、私たちは、自分の生存以外には関心を持っていません。

その後、自分と親のことが大切になり、自分と親族のことが大切になるというように、愛する対象の範囲が広がっていきます。

そして、内面の発達が順調に進めば、自分の属する社会(部族)のことを愛するようになり、自国のことを愛するようになり、人類全体を愛するようになり、生きとし生けるものを愛するようになると考えられます。

森の階段を歩く女の子

 

米国の心理学者ケン・ウィルバーによれば、この進歩は、個人が生まれてから年を重ねるにつれてたどる進歩であると同時に、歴史的に、世界の各地で社会がたどってきた進歩にもあたります。

そして、どのレベルにあるかということは、その社会に属する人がどのように世界を解釈するかを、知らず知らずのうちに規定し支配しています。それはまるで、私たちが日本語を使っていて、知らず知らずのうちに、その文法のルールに支配されているようなものです。

ケン・ウィルバーによれば、今現在、世界には主に、レベル4からレベル6にあたる見方で世界を解釈する集団が混在していて、互いの考え方や規範(文法のルールのようなもの)を理解することができずに衝突しています。これが、先ほど話題にした人類の過渡期、人類が直面している混乱と苦しみの大きな原因のひとつだと思われます。

参考記事:『人類と子供の心の進歩の段階

 

今の日本では、自己超越の欲求(レベル6)を満たそうとする人たちの多くは、書店の「精神世界のコーナー」で選んだ本を読んだり、ヨガや瞑想の教室に通ったり、禅宗のお寺の門を叩いたり、当会の神秘学のような研究をしているのかもしれません。

日没の空に向かってヨガを行う女性

 

一方で、ヨーロッパの中世において、自己超越の欲求を満たそうとした人たちの多くは、心の錬金術ということに携わっていました。当時のバラ十字会員の多くもそうだったと言われています。

心の錬金術とは、心の不完全さを、それとは反対の性質へと変えること、つまり、傲慢さや利己心などの卑しい性質を、謙虚さや分け与える心などの、高貴な性質に変換することを意味しています。そしてこのことは、どのように世界を解釈するかという自分の認識の枠組みを変容することにもあたります。

 

ケン・ウィルバーは、最新の著書『The Religion of Tomorrow』(Shambhala, Boulder, 2017)に、こう書いています。

「承知していていただきたいのですが、究極の実在、つまり、あらゆる存在の根底にある基礎は、外界だけでなく、自身の内部にも発見することができます。」

「それは、最も心の奥深くにある正真正銘のあなた自身であり、あなたの本質です。それは、まさにあなたという存在の最も中心にある、最も生き生きとした実在であり、それを発見することは、あなた自身が覚醒すること、啓示を得ること、変容することにあたります。」

「驚きと美しさにあふれているこの世界を、もしくは、今以上に驚きと美しさにあふれている世界を、常に見ていられるかどうかということは、あなた自身の内面の問題なのだという主張があります。そして中世の錬金術師たちの実験は、実は金属を変容させることではなく、宇宙全体をそのように変容させることでした。」

「この方法、もしくは技法、科学、あるいは、あなたの選んだいかなる名前で呼んでもかまわないのですが(それが存在する、もしくは存在していたと仮定して)、それがまさに目的としていたのは、人を(その人が望むならば)、喜びと輝きに満ちた世界の住人にすることでした。おそらく、このような実験は存在しますし、それをなし遂げた人もいます。」

 

つまりケン・ウィルバーによれば、世界の驚きに満ちた美しい正体を私たちが見ることを妨げているのは、私たち自身の認識の枠組みであり、それを変容させることは十分に可能であり、それを実際になし遂げ、「聡明さ」を手に入れ、この世界に生きる喜びとこの世界の驚異を十分に味わえるようになった人が、過去にも現在も存在します。

源光庵の悟りの窓と迷いの窓

 

そしてこの変容を、私たち人類が過渡期を脱するためのキーポイントだと考える人が多数いますし、私もそう思います。

 

今回は、ややまとまりのない話になってしまいました。

少しでもご参考になる点があったとお感じいただけたなら、嬉しく思います。

 

また、お付き合いください。

 

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ブックトーク「雪」

2019年2月1日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

昨晩遅くに、東京板橋では冷たいみぞれが降っていました。北関東では雪が積もったようです。

 

寒いですね。いかがお過ごしでしょうか。

 

小中学生に読書の楽しさを紹介するブックトークというお仕事をされている、岐阜に住んでいる私の親しい友人から、この季節にふさわしい寄稿がありました。

▽ ▽ ▽

ブックトーク「雪」

可児明美

可児 明美

 

日本列島の北の方では、雪がたくさん降っているとニュースで言っていました。今回は、雪にまつわる本をご紹介します。

 

みなさんは、降ってきたばかりの雪を間近でじっくり見たことはありますか? とてもきれいな形をしているはずです。

じつは雪の正体は、氷の結晶です。気温や湿度のちがいでいろいろな形に成長します。六角形が基本になっていますが、じつにさまざまな形があります。

『雪の一生』には、雪がどのようにしてできるのか、樹氷や雪の結晶のひみつなど、雪についていろいろなことが書かれています。

雪の中のエゾリス

 

そんな雪の結晶の美しさに夢中になってしまった人がいます。『雪の写真家ベントレー』

農村に生まれ育ったウィリーは、雪が大好きでした。とうとう、手に入れたカメラと顕微鏡を使って、雪の結晶の写真を撮ることに成功します。

けれども、雪の写真に興味を持つ人はいませんでした。写真なんかいらないよ、と村の人たちは笑っていいました。

けれどもウィリーはいつかきっと、世界中の人が、自分の写真を喜んでくれる日が来ると思っていたのでした。そうして、ウィリーは雪についての研究をずっと続けていました。

 

撮った雪の結晶の写真は、人にあげたり安く分けてあげたりしていました。そのうち雪について書いた文章や写真を雑誌で発表するようになりました。そしてとうとう、ウィリーは専門家として認められるようになっていきます。

1926年までにウィリーが写真のために使ったお金は15000ドル、そして写真やスライドを売って得たお金は、4000ドルだったそうです。

ウィリーは、お金儲けや名声のために雪の研究をしていたのではないのですね。雪と共に歩いたウィルソン・アルウィン・ベントレーの人生、あなたはどう思いますか?

 

ベントレーは美しい雪の結晶の写真をたくさん撮りましたが、『しもばしら』には、しもばしらの写真がいろいろ載っています。

しもばしらは、どこにでもできるものではなく、ある一定の条件でできるのですが、いったいどんな条件のときに、しもばしらができるのでしょうか?

しもばしらを作る実験ものっていますよ。

しもばしら

 

雪の結晶も、しもばしらも、じっくりと自然を観察することから始まりますね。ロシアの森をじっくり観察した人がいます。

『北の森の十二か月』には、森で起きる様々なできごとが書かれています。

冬のある時、凍った湖の上をすべっていたら、スキーの下から歌が聞こえてきました。歌の主を探してみると……。歌の主は、いったい誰だったのでしょうか?

 

雪と言えば、……寒い吹雪の夜にやってくる、ゆきおんなのお話があります。『怪談 小泉八雲怪奇短編集』

 

武蔵の国のある村に、茂作、巳之吉という二人の木こりが住んでいました。

……ある寒い夕暮れのこと、二人は山から帰るとちゅうで、ひどい吹雪にあいました。二人は小屋に逃げ込みました。年寄りの茂作はすぐに眠ってしまいましたが、年若い巳之吉(みのきち)は、なかなかねつかれずにいました。けれどもやがて巳之吉も眠り込んでしまいました。

顔にサラサラと雪があたったのにおどろいて、巳之吉は目を覚ましました。そこにいたのは……。ゆきおんなは、茂作の顔に冷たい風を吹きつけて殺してしまいます。けれども巳之吉の命は助けます。そして「今夜見たことをだれにも言ってはいけない。誰かに言ったらおまえを殺す。」といって去っていきます。

何年かたって、ゆきおんなは大人になった巳之吉のところへやってきます。二人は仲良く暮らします。子どももたくさん授かりました。そして雪の降るある夜のこと、巳之吉はふと、昔のことを思い出します……。寒い冬の夜に、味わってみてください。他にも不思議なこわいお話がたくさんのっています。

Lafcadio Hearn portrait  

小泉八雲(1889年頃) Frederick Gutekunst [Public domain]

 

日本には、ゆきおんながいましたが、イギリスにも、雪の魔女がでてくるお話があります。『ナルニア国物語 ライオンと魔女』

第一次世界大戦の頃のイギリスに暮らす四兄弟が、疎開先のお屋敷の衣装だんすの中を通って、冒険するお話です。

衣装だんすの向こうは、雪の世界でした。白い魔女がナルニアを永遠の冬にしてしまったのでした。兄弟たちは、アスランとともに、魔女の力をくだきます。

ナルニア国物語は全部で七冊あります。それぞれつながっているのですが、一冊一冊がまったく違うお話になっています。兄弟たちと一緒に、冒険の旅にでてみませんか?

 

寒い冬、雪に関する本をご紹介しました。暖かい部屋で、楽しんでみてください。

おわり

紹介した本

『雪の一生』科学のアルバム  片平孝 著、あかね書房

『雪の写真家 ベントレー』ジャクリーン・ブリッグズ・マーティン作、BL出版

『しもばしら』細島雅代 写真、伊地知英信 文、岩崎書店

『北の森の十二か月』福音館文庫 ニコライ・スラトコフ作、福音館書店

『怪談 小泉八雲怪奇短編集』偕成社文庫 小泉八雲作、平井呈一訳、偕成社

『ナルニア国物語 ライオンと魔女』C.S,ルイス作、瀬田貞二訳、岩波書店

△ △ △

ふたたび本庄です。

今まで一度だけしか経験したことはないのですが、スキー場で、服に着いた雪が枝付きの見事な六角形をしていて、何か不思議なものを見た気分になったことがあります。

 

下記は可児さんの、前回のブックトークの記事です。

一本のクリの木から

 

今日はこの辺りで。

また、お付き合いください(^^)/~

 

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バラ十字会と政治について

2019年1月25日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

寒い日が続きますね。東京は晴天が続き、空気がカラカラに乾いています。

 

いかがお過ごしでしょうか。

当会のフランス代表が新年に自身のブログに、政治についての文章を書いていました。今回はその翻訳をご紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

バラ十字会と政治について

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

バラ十字会は、どのような政治団体と関連があるのでしょうか。現在は、社会のあらゆる分野に政治的な利害関係が存在しているので、このように質問されることが最近ますます増えたのは、私にとって不思議なことではありません。

政治にまつわるニュースに触れずに、一時間以上を過ごすことはまれですし、政治専門の新聞、雑誌、放送番組が数限りなくあります。地元の政治だけでなく、自治体や国や国際レベルの政治も、世界中のほとんどすべての人の生活に関わっています。世を捨てて生きることを選ばない限り、政治から逃れることはできません。

国際連合安全保障理事会会議場

 

さらに、確固たるものではないとしても、すべての人が政治についての何らかの意見を持っています。社会生活をしている以上、そうでないことはあり得ません。

 

経験から知られていることですが、意見の相違や衝突、不和、対立、緊張関係がもたらされることがあるという意味で、政治は微妙な領域に属します。その結果、政治は不寛容さがはびこる駆け引きの舞台となってしまっており、この不寛容さが原因で、数多くの紛争や戦争が生じています。

このことが理由で、バラ十字会AMORCは政治に関わらない立場を常に保ち続けており、当会の会員には、全く反対の意見を含むさまざまな政治的立場の人が含まれています。

当会の集会には、希望する会員は誰でも参加することができますが、そこでは、自分の政治的な意見を表明したり、特定の政治団体への勧誘を行ったりすることが厳格に禁じられています。このルールは、世界のすべての国で当会の集会に適用されています。

 

しかし、バラ十字会は政治に関与していないということは、社会生活や社会に関わるテーマに当会が無関心であるということを意味してはいません。当会は人類社会のことを深く案じており、今世紀に入って「バラ十字友愛組織の姿勢」(*1)、「バラ十字友愛組織からあなたへの訴え」(*2)などの宣言書を公表しています。

*1: https://www.amorc.jp/pdf/amorc_positio_jp_111018.pdf (日本語)。

*2: https://www.amorc.jp/pdf/manifesto2014_appellatio.pdf (日本語)。

 

これらの宣言書では、世界の進路と地球の未来について心配しているすべての人のために、熟考すべきいくつかのテーマが取り上げられています。

また、「人間の義務に関するバラ十字会の宣言」、「世界市民の憲章」、「あなたの魂の奥底に、バラ十字会は環境保護を訴えます」(*3)を当会は発表しました。これらの内容も、特定の政治的考え方が含まれていないという意味で、いずれも政治的な主張ではありません。

*3: https://www.amorc.jp/reference/material_016.html (日本語)。

 

バラ十字会AMORCのフランス語圏本部の代表として、私は社会的なテーマについてのいくつかの「公開書簡」(それらは、地球の住民、科学者の皆さん、宗教の信者、無神論者、芸術家、若い人たち、女性の皆さんに向けて書いたお手紙です)、また、「寛容の呼びかけ」、「非暴力の呼びかけ」、「脱成長の呼びかけ」なども書いています。

しかし、これらの文章の内容もまた、いかなる政治団体とも全く関連がないものであり、私の立場は「右派」、「左派」、「中道」のいずれにも分類することができません。

そもそも私は、特定の政治団体が、他の政治団体を排除して国の統治を行うのは最良の方法ではないと考えています。人種、文化、社会階級、宗教の種類に関わらずすべての国民のために、それぞれの政治団体が、国民の福祉に貢献することが望ましい方法なのではないでしょうか。

 

また、哲学(philosophy)とは、語源から言えば「聡明さ(wisdom)を愛する」ことであり、政治は、この意味の哲学と切っても切り離せない関係にあるべきだと私は考えています。

政治という分野で役割を果たしている人たちも、日々の生活において一緒に暮らしている人たちの意見を代弁する人たちも、理想的に言えば、この聡明さへの愛に満たされているべきではないでしょうか。

 

明らかに現状はそうではなく、このことが理由で、先ほど申し上げたように、政治は不寛容さがはびこる駆け引きの舞台となってしまっています。また、国の統治には、さまざまな立場の人が協力し団結していることが望ましい姿であるにも関わらず、政治が分断を助長する結果になっています。

古代の哲学者たち

 

最後に付け加えておきたいのですが、いにしえの哲学者は、政治家の最高の姿とは、自分自身を支配する達人であることであり、自己の最高の資質を発揮するという意味で、国民の手本のレベルにまで達することだと考えていました。ですから、古くから、倫理感が政治には極めて重要だとされていたことが分かります。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

この文章の最後に書かれていた、古代哲学者の考える政治家の姿が、あまりにも高い理想であることに、あらためて感慨を覚えました。

 

下記は、前回紹介したセルジュ・ツーサンの文章です。ご参考まで。

子供の教育について

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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古代出雲について

2019年1月18日



 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では、まだほんのわずかですが梅も咲き始めました。春が待ち遠しいですね。

いかがお過ごしでしょうか。

 

昨年、今まで行ったことがない場所に旅をしてみたいと思い、年末に出雲大社とその周辺を訪れてきました。

 

出雲には数多くの神話が残されています。「古事記」、「日本書紀」、「出雲国風土記」には、スサノオノミコト(素戔嗚尊)と、その子孫であるオオクニヌシノミコト(大国主命)という二柱の神にまつわる逸話が数多く登場します。

神話によれば、神々の国であるタカマガハラ(高天原)で乱暴なふるまいを繰り返したスサノオノミコトは、地上に追放され出雲に降り立ちます。

スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した話、因幡(いなば)の白ウサギをオオクニヌシノミコトが助けた話など、皆さんもご存知のことと思います。

 

かつて出雲の近辺には、古代遺跡があまり発見されていなかったことから、昭和初期には、これらの神話には何の歴史的な背景もなく、完全な作り話であり、出雲には古代史における重要性はあまりないと考えていた学者が多かったとのことです。

ところが昭和40年代に、四隅突出型墳丘墓という、特殊なピラミッド型の古墳が山陰でいくつも見つかり、昭和末期から平成にかけては、銅剣、銅矛(どうほこ)、銅鐸(どうたく)が島根県で大量に発見されました。

 

たとえば、出雲市の荒神谷遺跡で銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個、雲南市の加茂岩倉遺跡では銅鐸39個が発見されています。これらの遺物は現在、出雲大社の隣にある古代出雲歴史博物館に保管、展示されています。

加茂岩倉遺跡出土銅鐸

加茂岩倉遺跡出土銅鐸(クリックすると拡大されます)

銅鐸

(クリックすると拡大されます)

 

 

この写真のように大量の銅剣が並んでいる様子があまりにも壮観だったので、展示室の学芸員の方に、「いったい、何のためにこれほどの数の剣が埋められていたのですか」と尋ねてみました。

「ほぼ確実に分かっていることは、これらが個人の所有物ではなく集団の持ち物だったということです…。分からないこと、研究しなければならないことがたくさんあります…。正直に申し上げれば、埋められた理由ははっきりとは分かっていないと言って良いと思います」と、ていねいに答えてくださいました。

出雲市荒神谷遺跡で発見された銅剣

出雲市荒神谷遺跡で発見された銅剣(クリックすると拡大されます)

 

弥生時代の中期に、大和朝廷に先立って出雲王朝という一大勢力が存在していたと考える学者が、今では多くなっているとのことです。出雲王朝は、西日本の日本海沿岸だけでなく、近畿、四国、山陽という広い地域を支配していたようです。

今月の12日に惜しくも亡くなられた哲学者の梅原猛さんは、スサノオノミコトとは韓国から渡来した一族の首領であり、現地の人々を苦しめていた豪族ヤマタノオロチを退治して、出雲平野を中心に王国を築いたのだと考えていました。そしてその後に、南九州から勢力を広げてきた天孫(てんそん)族との戦いに敗れて、神話で語られているような国譲りを迫られたのだとしています。(梅原猛著、『葬られた王朝-古代出雲の謎を解く』、新潮文庫)

 

今回初めて知って驚いたことがあります。日本の神社には、出雲神話と深いつながりがある神社が数多くあります。

全国に25,000社ある諏訪神社は、長野県の諏訪湖にある諏訪大社が総本社であり、タケミナカタ神(建御名方神)を祭っています。この神はオオクニヌシノミコトの子供にあたります。古事記によれば、オオクニヌシノミコトが天孫族に国譲りを迫られたとき、その返答を任されたタケミナカタ神は、諏訪湖まで逃げ延びたものの、この地に追い詰められて国譲りを承諾しました。

 

東京の府中市には大國魂神社があります。名前の通りオオクニヌシノミコトを祭っている神社です。武蔵国に降り立ったオオクニヌシノミコトは、この地の野口家で一夜を過ごしたとされています。

野口家の主人の妻はそのとき妊娠していたのですが、安産だったので、オオクニヌシノミコトは安産の神でもあるとされています。

 

もう40年以上前の中学生時代のことですが、私は府中に住んでいました。大國魂神社で祭事が行われているときには、境内には、マムシの粉や爆弾あられを売る香具師(やし)や、大道詰め将棋が出現します。

懐かしく思い出します。マムシの粉売りは、マムシが入っているらしいカゴのふたを少しだけずらして、「危険があぶない!」と大声を張り上げて見物人を驚かせます。

大道詰め将棋を披露している人は、おそらくプロ級の腕前で、縁台将棋の腕自慢が、次々とお金を巻き上げられていきます。

爆弾あられとは、専用の圧力釜でお米を爆発させて作るお菓子で、景気の良い爆発音をたてて、子供を喜ばせます。

 

熊野神社も出雲神話にゆかりがあります。ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコトが熊野山で臼と杵(きね)を用いて火を起こしたのが、日本で最初の火の使用であると言い伝えられています。出雲神社を古くから司る出雲国造(くにみやっこ)は、もともとは熊野神社の宮司であり、この二社のつながりを示す「火継神事」という行事が、毎年10月15日に出雲大社で今も行われています。

 

「備後国風土記」に書かれている伝説ですが、ある旅人が一夜の宿を求めたとき、裕福な巨丹将来(こたんしょうらい)という者がそれを断り、巨丹の貧しい兄であった蘇民将来(そみんしょうらい)が、この旅人をもてなしました。すると、巨丹の一家だけが疫病で滅びてしまいます。後に旅人は自分の正体がスサノオノミコトであることを明かし、今後、茅(チガヤ)の茎で作った輪を首にかけて蘇民将来の子孫であると唱えれば、無病息災が保証されると語ります。

関東、とくに荒川の流域には氷川神社という神社が多くありますが、この神社はスサノオノミコトを祭っています。この写真は、私たちの事務所のすぐそばにある氷川神社の石垣の北東の隅です。「蘇民将来子孫」と文字が彫られています。

東京都板橋区氷川神社の石垣(蘇民将来子孫)

東京都板橋区氷川神社の石垣

 

茅(チガヤ)は、ススキに似たイネ科の植物ですが、湿地帯に育つこの種の植物と古代出雲の人々には深いつながりがあったようです。

オオクニヌシノミコトが因幡(いなば)の白ウサギを助けたときに用いたのは、イネ科の植物のガマの穂の花粉でした。

出雲大社の神楽殿のしめ縄

出雲大社の神楽殿のしめ縄(クリックすると拡大されます)

出雲大社の神楽殿のしめ縄(写真)は、重さが1,100キロもある巨大さで有名です。宮司さんに教えていただいたのですが、この神社のもっとも中心に位置する特別に神聖な場所(八足門の内側)では、しめ縄は稲わらや麻わらではなく、マコモの茎で作られるとのことです。マコモには神の威力が宿るとされ、出雲大社にはマコモを用いる神事がいくつかあります。

 

 

これも宮司さんにうかがった話ですが、「オオクニヌシ」という名前は、もともとは固有名詞ではなく、おそらく「国を治める人」という地位を意味していました。そして、インドのシバ神の化身である大黒天と同一視されたり縁結びの神とされたりしたのは比較的後年のことであり、本来は明らかに農業神であるとのことでした。

 

ちょうど年末の寒波が襲来しているときに、私は車で出雲に向かっていました。厚い雲を通して日の光が地平線に少しだけ射していました。ああ、あそこが雲出ずる国なのだと思いました。到着したときには固い雪が降り始め、顔にあたると痛いほどでした。山陰の冬の厳しさの一端を味わうことができ、古代の人々に思いを馳せることのできた不思議な日々でした。

ここまで読んでくださった皆さんにも、少しでも雰囲気を味わっていただくことができたなら嬉しく思います。

 

では、今日はこの辺りで

また、お付き合いください。

 

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夢のお告げ

2019年1月11日



 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。今年もよろしくお付き合いください。

 

寒い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

今回は、山形県にお住まいの友人の山下さんから寄稿いただいた、ジャズにまつわるお話をご紹介させていただきます。

 

▽ ▽ ▽

 

記事:『夢のお告げ』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

 

私の住んでいる地域でも昨今の過疎化のあおりを受け、本屋さんが次々と姿を消しています。今は我が家から一番近い本屋さんでも車で20分といった距離です。さらに私たちの地方では本の発売日が1日、時には2日ぐらい遅れるのが常となっています。そんなことで私は、発売日の3日後ごろに買いに行くことにしています。

 

今回もそのつもりでした。ところが2日目のお昼頃、『行け、買いに行くんだ!!』と私を急かす声が聞こえた様な…気が。そこで『う~ん…直感には従うべきか…』。ということで、すぐに本屋さんに向かいました。

本屋さんに行きますと、まずは音楽雑誌のコーナーに直行です。これが私の毎度の習慣となっています。今回も、ざっと見渡すと『お~っと、お宝発見!!』。私の大好きなジャズ・ミュージシャン、エリック・ドルフィー(1964年に36歳で夭折)の特集記事が載った雑誌を見つけました。

サクソフォンと五線紙

実はこの本、数年前までは毎号購入していたのですが、ある時、出版社の事情で編集内容が変わってしまい、以来買うことが無かったのです。しかし今回は『買わねばならぬ…!!』です(笑)。当日に購入予定の本と一緒に即購入。

 

それから3日目の朝のことです。不思議な夢を見ました。私が夢の中でエリック・ドルフィーの記事を読もうとページをめくっています。すると突然、目の前に二枚の五線紙が現れました。一枚には#が、もう一枚には♭が記入されています。すると次の瞬間、右側から、すっと手が現れ#と♭の箇所を指差したのです。さらに『ほら、ここを見て…』と誰かが私に声をかけてきたのです。

次の瞬間、突然にひらめきました。つい前日までは苦手意識が先行、まったく理解しようとせずに丸暗記で対応していた音楽理論を(基本的なことでしたが…)、一瞬にして理解することができたのです。

ガバッと飛び起きました、次に寝ぼけまなこをこすりながら頭の中で整理して見ました。間違いありません。その通りです。わかって見れば簡単なことでした。ちょっと視点を変えれば簡単に理解できたことでした。それなのに、もう歳だからなどと自分に言い訳をして理解しようとする努力を怠っていたのです。

ピアノの内部

 

それにしても、あの夢は何だったのでしょうか。もしかすると、エリック・ドルフィーが『おいおい、こんなことも分からないのかい、困った“オッサン”だね~(笑)』などと言って出張講義に来てくれたのかも……(感謝)。

 

△ △ △

再び本庄です。

ジャズにまつわる私の一番の思い出はといえば、キース・ジャレットです。高校時代に親友に彼の『ケルン・コンサート』のカセットテープをプレゼントしてもらい、彼の即興のピアノ・ソロを、何度も繰り返し聴いていました。

その頃は私もピアノを少しだけ習っていたのですが、こんなふうに弾けたらどんな気持ちがするのだろうかと、ありえない想像を膨らましていました。

 

下記は前回の山下さんの記事です。

参考記事:『原爆のない世界を願って

 

では、今日はこの辺りで

また、お付き合いください。

 

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