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自分を認めること

2019年5月10日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

今週の5月6日は立夏だったそうです。とうとう初夏ですね。

連休は、いかがお過ごしだったでしょうか。

 

私ごとですが、18歳のときにバドミントンを始め、趣味としてずっと取り組んでいます。奥の深いスポーツで、40年以上も続けているにもかかわらず、練習のたびに新しい発見があります。

 

たとえば、今までとは違うやり方でラケットを握り、こんな風に打ったらどうなるだろうかなどと試してみたりします。

 

最近、面白い実験をしています。

新しいことを試しているときには、「ちょっと練習すれば、できそうだな」と感じる場合と、「これは難しくてできそうもないな」と感じる場合があります。

当然のことですが、難しい(と自分で思っている)ことをやっているときには、「できそうもないな」と感じます。しかしその場合でも、無理やり自分に言い聞かせて、「できそうだな」と思い込み、自信たっぷりのふりをしながら取り組みます。

 

すると、もちろんすべての場合にうまくいくわけではありませんが、結構、できなかったことがすぐにできたりします。

私だけかもしれませんが、自分の思い込みで限界を作ってしまっていることが、意外に多いのかもしれません。

 

バラ十字会の通信講座で学んでいる方々は、「自己暗示の活用」とか、「視覚化(ビジュアリゼーション)と思念体」とか、「自己評価」という、関連する用語を思い起こされることでしょう。

 

当会のフランス代表が自身の人気のブログに、自己評価についての文章を書いていますので、今回はその翻訳をご紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

『自分を認めることについて』

“A propos de l’estime de soi”

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

例外はありますが、家族、友人、同僚、世間一般の人たちなど、他の人から好ましい評価を受けることを誰もが望んでいます。このような評価は、その人の親切さ、誠実さ、勇気、聡明さ、謙虚さ、独創性などの資質にまつわる場合が多いことでしょう。

しかし、人が誰かを高く評価するとき、ほとんどの場合は、その人が完璧であると考えているわけではなく、短所や性格上の欠点があったとしても、その人を認め、あるがままのその人を愛するということを意味しています。

試合を待つ女性ボクサー

 

「例外はありますが」と言ったのは、どんな他人のことも尊重せず、他人の評価など気にもかけないという人が、ごく少数ですがいるからです。

このような態度に対して容赦のない批判を加えることが私の意図ではありませんが、通常そのような人は、自己中心的であったり、うぬぼれ屋であったり、例外なく他を批判する傾向に陥っていたりします。

このような態度は優越意識と結びついていることもあり、時としてそのような優越意識は劣等感の裏返しです。

 

他の人を高く評価するのは好ましいことですが、忘れずに述べておかなければならないのは、自分自身を肯定的に認めることも重要だということです。

どんな人にも、さまざまな長所や美点があるということは事実です。ですから、自分には明らかに短所や性格上の欠点があるけれども、さまざまな長所や美点もあるということもまた事実であり、それを良く承知していることが重要です。

あまりにも多くの人が、望ましくないと感じる自分の性質と欠点ばかりを気にしすぎていて、罪悪感さえ持つ場合もあります。

そういうときには、あまり幸せを感じることができず、さまざまな点で自分に不利益しかもたらさないような心の状態になってしまいます。

 

幸せであるために必要な条件は何かということに、多くの人が心を悩ませています。

健康であること、誰かを愛し、誰かに愛されていること、情熱を傾けられる仕事をしていて、そこから快適な生活をする収入が得られていることなど、もちろんさまざまな条件があることでしょう。

しかしその中でも絶対に必要であり、しかもほとんど指摘されることがない条件は、自分自身のことを好ましく感じているということではないでしょうか。

それは、自分を肯定していなければできません。つまり、自分の長所や短所、美点や欠点、ひとことで言えば「自分の個性」を、あるがままに愛していなければできません。

鏡の中の自分の姿を見つめる男の赤ちゃん

 

当然のことですが、この場合、自分自身を愛するということは、自分自身だけを愛することではありません。もし自分自身だけを愛するならば、先ほど述べたような、他の誰のことも尊重しない人になってしまうことでしょう。

また自分自身を愛することは、自分の短所や欠点をそのままにしておくことでもありません。それは個人として自分を高める必要があるということを否定することになります。

そうではなく、自分を愛するとは、自分を肯定したうえで、自身の判断や振る舞いをより良くしていく努力を怠らないようにすることです。

そのような努力を行う気力は、自分自身を肯定することによってもたらされ、その努力は、新しい内的満足がもたらされる源泉になります。

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

再び本庄です。

 

昔通っていた小学校の標語を思い出しました。

それは、「人にやさしく、じぶんにきびしく、よく考える子」でした。

この文章を読んで、改めてこの標語について考えさせられています。

 

下記は、セルジュ・ツーサンの前回の文章です。

エソテリックとは

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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もう一度会いたい

2019年4月26日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋は昨日から雨が降り続いていて、今日はやや肌寒い日になっています。

明日から連休ですね。どのようなご予定でしょうか。

 

今回は、山形県にお住まいの友人の山下さんから届いた、思い出についての話をご紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

記事:『もう一度会いたい』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

ちょっと昔のことになります。私の住む町の国道沿いに屋台のラーメン屋さんが営業を始めました。某銀行の前のちょっとした空きスペースを借りての営業でした。

近くに住む友人に聞けば、店主は最近この町内に移住してきた夫婦で、近くの借家に住み、日中は自家製の麺を作り、夜に屋台の店を開くのだとか。

 

その時、私は正直言って『こんな小さな田舎町でやっていけるのだろうか?』と思いました。ところが、時代が後押ししてくれました。

その頃の日本は高度成長の真っ盛りでした。そして、その頃の我が町は、高速道路はおろか市街地を迂廻するバイパス道路もありませんでした。当然のこと、すべての長距離トラックは街中を通っていました。コンビニ等といった便利な店など名称もなかった時代です。

すぐにトラックドライバーの間で『あの屋台のラーメンは美味い!!』と評判になり、さらに飲み屋帰りの人たちや近所の人たちの間でも評判となり、屋台の主人は常連客から親しみを込めて『オヤジ・オヤジ…』と呼ばれる様になり、まずまずの繁盛となりました(営業努力もあったことと思います)。

屋台ラーメンの光景

 

ところがバイパス道路の延伸に伴いトラックの往来もなくなってしまいました。するとオヤジさん、心機一転、住居を兼ねた店舗を新築、夜から昼の営業にと再出発したのです。最初は苦労されていたようでしたが、次第に常連客も増え軌道に乗ってきました。

そんな時です、ちょっとした事件が起きました。ある日のこと、屋台ラーメンの頃の常連客が来店、注文したラーメンを一口すすって、こう言ったのだそうです。『オヤジ~!!店を持つ様になったらラーメンの味、落ちたね~!!』。

するとオヤジさん烈火の如く怒りだし、こう言ったのだそうです。『ドンブリとハシ持って表に出ろ!!』。さらに続けて『さあ、ここで喰ってみろ!!味も腕も落ちちゃいね~(怒)』。

オヤジさんが亡くなってからもう何年過ぎたでしょうか。今でもこの話はオヤジさんを知る人の間では語り草となっています。

醤油ラーメン

 

他にも楽しい思い出があります。ある時、医師と家族から煙草を止められました。すると、近くの行き付けの二輪ショップ(店主は私の古くからの友人)に煙草を隠して預かってもらい、時々カミさんの目を盗んでは店を抜け出し、二輪ショップの店主を相手に世間話をしながら、美味そうにプカリ・プカリ。

これには店主が『ボトルキープならぬスモークキープってか? あきれたオヤジさんだよ(笑)。カミさんにはとっくにバレてると思うけどね…(笑)』。

 

頑固な反面、茶目っ気もたっぷりで、誰にでも気軽に話しかける気の良いオヤジさんでした。私も色んな楽しい話しを聞いた記憶があります。

しかし、なぜか昔のことはまったく話そうとしませんでした。私もあえて聞きませんでしたが。それでも、チラッと一言『昔、山伏修行をやった経験があるんだよ…』と口にしたことがありました。

私はそのうちゆっくり聞かせて貰おうかなと思っていました。ところがその機会がないまま平成に入って数年後に旅立ってしまいました。『まだまだこれから』と張り切っていた矢先のことでした。

今では、もう叶わぬことですが……、もう一度会って話がしたいです。

 

『お~い。オヤジさ~ん。そっちの世界でも相変わらず頑固に明るくやってますか~?。まだまだ先のことですけど、私がそっちの世界に行きましたら話し聞かせて下さいね~』

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

この文章を読んで、たくさんの思い出がありながら疎遠になっている方々のこと、昔友人と通った、目黒通りの屋台ラーメンのことを思い出しました。

懐かしい思い出は、何か、手の届かない棚に置かれている宝石箱のようですね。

 

下記は前回の山下さんの記事です。

記事:『AIが暴走?

 

では、今日はこのあたりで。

 

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秘密の花園-文芸作品を神秘学的に読み解く15

2019年4月19日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。東京板橋では朝晩の寒さも緩み、春から初夏へと移りかけているような陽気です。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

札幌で当会のインストラクターをされている私の友人から、小説『秘密の花園』についての文章を寄稿いただきました。登場人物たちの心の機微を巧みに描いた、世界文学の古典的名作です。

▽ ▽ ▽

『秘密の花園』 (The Secret Garden)-フランシス・ホジソン・バーネット著

文芸作品を神秘学的に読み解く(15)

森和久のポートレート

森 和久

 

『秘密の花園』、この魅力的なタイトルの作品を誰でも一度は手に取ったり、手に取ろうと思ったことがあるのではないでしょうか。インドで両親に顧みられることなく放任されて、勝手で気難しく孤独に暮らしていたメアリーですが、流行り病のせいで両親も使用人も亡くなってしまいます。

その時、彼女は10歳でした。そこでイギリスに住む義理の伯父に引き取られることになります。伯父の大邸宅は荒涼とした田舎にあり、周りは湿原が広がっている地です。主(あるじ)の伯父は世界中を旅してまわってほとんど留守にしています。

わがまま放題に育ったメアリーは誰からも毛嫌いされ、誰とも関りを持とうとしない生き方をしてきました。イギリスにやって来てもそのような性格のままでしたが、世話係のマーサやその弟のディコンと打ち解けるようになり、さらに庭の草花やコマドリ、庭師のベンとふれあうことで、心穏やかで快活な少女へと変化していきます。

バラの庭と石組みの入り口:秘密の花園

 

そんな時、メアリーは庭の一角に四方を壁に囲まれ、入り口も閉ざされた庭園の存在に気付き、あることがきっかけで入り口の鍵を手に入れます。期待を持ってこの秘密の庭園の中に入ってみると、そこは枯れた植物がいっぱいでした。しかし、まだ完全には死に絶えていないことを知り、この庭園を再生させようとします。

庭師やディコンの手を借りて、庭園の手入れが順調に進む中、メアリーは伯父の屋敷に幽閉されている伯父の息子に出会います。コリンという名のこの少年はメアリーと同い年で、病弱のため立ち上がることもなく、わがままな上、癇癪持ちの手に余る子どもで、腫れ物に触るように扱われていました。

両親の愛情を知らずに育ったその性格は以前のメアリーのようでした。しかし、メアリーはコリンを特別扱いせず、心を解きほぐして、ついには一緒に秘密の庭園を蘇らせます。

 

メアリーが自分の性格のすさんでいたことに気付いた後、「私はディコンが好きだわ、まだ会ったことがないけど。でも彼は私のことを好きにならないわ、誰も私を好きになってくれないもの」と、ディコンの姉、マーサに言います。

マーサはマンチェスター訛りで聞きます、「あんたは自分のことを好きなのかい?」。「全然、ちっとも好きじゃないわ」とたじろぎながらメアリーは答えます。「でも、そんなこと考えたこともなかったわ」とメアリーは付け加えます。(第7章)

嫌いなことばかりを探していたら、世の中嫌なことでいっぱいになりますし、自分が好きになれない自分を他の人が好きになるわけもありませんね。

The Secret Garden book cover - Project Gutenberg eText 17396

『秘密の花園』 (The Secret Garden)の1911年版の表紙
http://www.gutenberg.org/etext/17396 [Public domain]

 

「この世に生きていて不思議なことの一つ、それは人が永遠にいつまでもずっといつまでも生きるだろうと確信する時があるということ」と本文で著者は述べています。「たとえば、穏やかで厳粛な夜明けの頃合い、太陽が昇り始めその荘厳な光を放つとき。また、日が沈む時分の森の中にたたずみ、木々の枝を通して神秘的で深い黄金の静寂を感じるとき。」(第21章)

引きこもって死ぬことばかり考えていたコリンが秘密の庭園を生き返らせた後に感じたことも、このことだと述べられています。

 

「人々が新しい世紀(19世紀)になり発見したものの一つが、思考―まさに単なる思考―はバッテリーのような力があり、太陽の光と同じぐらい良いものとなるほど強力である。しかし毒薬と同じほど害悪ともなり得るということ。悲しい思考や邪悪な思考をあなたの心に入り込ませることは、猩紅熱の病原菌をあなたの体に入らせるのと同じくらい危険である。もしそのような思考をあなたの中に入り込んだままにしておくと、一生回復できなくなるだろう。」(第27章)

これはまさに神秘学の思想そのものです。

Frances Burnett

フランシス・ホジソン・バーネット
part of a photograph by Herbert Rose Barraud (1845-1896) [Public domain]

 

コリンは他人と自分を比較してみる機会がありませんでした。作中では「哀れな子」と表現されています。メアリーもまたよく似た子どもでしたが、だんだんと気づくようになりました。そしてコリンにも教えようとしました。幸福の連鎖と言っていいでしょう。元気になって走れるまでになったコリンは「秘密の庭園には魔法がかかっている。それは奇跡を起こす魔法だ」と言っています。どんな魔法かは本文を読んでみてください。

コリンはこうも述べています、「魔法の第一歩は『きっと良いことが起こる』と口に出して言ってみること」。

メアリーの義理の伯父、つまりコリンの父親は、世捨て人のように孤独な旅を続けています。健康になったコリンの力強い『思考』は、チロル地方を旅していた父親にも届き、息子に再会せずにはいられないという想いを引き起こします。メアリーからコリンへ。そしてコリンから父親へと幸せを繋いでいく物語です。

 

個人的には『秘密の花園』といえば唐十郎の演劇作品で、それも緑魔子主演のものでした。それがあって、このフランシス・ホジソン・バーネットの1911年に書かれた作品が目に留まりました。数十年前のことです。

もちろん内容は全く無関係ですが、「秘密」+「花園」という言葉の魔力を多くの人は感じることでしょう。この作品の原題は「The Secret Garden」なので特に「花園」ではないのですが、バラ十字会員としては心惹かれるタイトルです。

作中、コリンがディコンの母親に問います「あなたは魔法を信じますか?」。ディコンの母親は答えます、「信じるともさ。そういう名前でというわけじゃないがね。名前はどうでもいいのさ。太陽が植物を芽吹かせるようにあんたを健康にしたもの、それは善きものなのさ。その『大いなる善』がわしらの世界のようなたくさんの世界を作るのさ。なんと呼ぶかは問題ではないのさ。いつでもこの『大いなる善』を信じていることだ、『大いなる善』がこの世界には満ち溢れていることを忘れちゃならないんだよ。」(第26章)

 

BGMはThe Lovin’ Spoonfulの『魔法を信じるかい?』(Do You Believe In Magic)をぜひ、おすすめします!

 

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

調べてみたところ、この小説は舞台化も映画化もされています。ブロードウェイのミュージカルだけでなく、日本語のミュージカルもあります。映画としては、フランシス・コッポラが制作総指揮をした1993年の作品が名高いようです。

 

下記は、森さんの前回の記事です。

忘れ草と紫苑-文芸作品を神秘学的に読み解く14

 

では、今日はこのあたりで。

 

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奇妙な生きものたち

2019年4月12日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

昨日は、長野と群馬で季節外れの大雪でしたが、東京も冷たい雨の降る寒い一日でした。今日は日射しが戻ってきて、少しほっとしています。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

今週は宇宙についての大きなニュースが2つありました。ひとつは探査機はやぶさ2が、岩石試料の採取のために、小惑星リュウグウに弾丸を衝突させて人工クレーターを作ったというニュースでした。

もうひとつは、イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)と呼ばれる国際プロジェクトが、M87銀河の中心にあるブラックホールの影の撮影に成功したというニュースでした。

どちらも、見ていて心躍らせた方も多かったのではないでしょうか。

 

イギリス出身のSF作家アーサー・C・クラークをご存知でしょうか。小説『2001年宇宙の旅』は映画化されてとても有名になりました。その他の代表作には『地球幼年期の終わり』、『海底牧場』などがあり、中学生のときに夢中になって読んだ覚えがあります。

『地球幼年期の終わり』は、地球外生命体(宇宙人)と人類の最初の出会い(ファースト・コンタクト)を描いた作品で、『海底牧場』は、未来の人類と海の関わり合いについての話です。

ダイオウグソクムシ

深さ200~1000メートルの海底に生息するダイオウグソクムシ

 

世界の大陸のほとんどすべての地が踏破された今、人類にはフロンティア(未開拓の最前線)が2つ残されていると言われることがあります。宇宙と深海です。

世界中の科学者の協力で、宇宙と深海の研究が盛んに進んでいますが、興味深いことに、この2つの研究では、いずれも「生命」がキーワードになっています。

 

昔、こう教わったことがないでしょうか。生きものは、大きく動物と植物に分けることができます。

いいえ。もしあなたのお子さんがよく勉強している小学生だとしたら、そのようなことを言えば、すぐに反論されることでしょう。お父さん、じゃあ乳酸菌は動物なの、植物なの?

 

動物と植物という分類を考案したのは、ギリシャの哲学者アリストテレスだとされています。彼は自然を4つの界(kingdom)というカテゴリーに分けました。鉱物界と、動かない生きものからなる植物界、動くことができる生きものからなる動物界、理性を持つ生きものからなる人間界です。

16世紀末にオランダで顕微鏡が発明されるまでは、乳酸菌などの小さい生物は知られていなかったので、生物の分類に含まれていませんでした。

動物と人間はあまり変わらないのでまとめられて、古い時代の生物学では、生物全体は植物界、動物界の2つに分けられていました(2界説)。

 

19世紀には、細菌や藻類が、詳しく研究されるようになりました。これらは動物界とも植物界とも違う、原生生物界の生きものだとされるようになりました(3界説)。

20世紀になり、遺伝子が細かく解析されるようになると、生物の分類は大きく様変わりしました。

現在主流の考えでは、生物は、真核生物と細菌とアーキアという3つのドメイン(domain:領域)に分けられています(3ドメイン説)。

 

この分類では、私たち動物も植物も、真核生物という大きなドメインにまとめられています。遺伝子解析による研究が進んだ今、生物全体という大きな視点から見ると、動物も植物も大して変わらないからです。

真核生物とは、その細胞に核があるという特徴を持つ生物で、細胞核の中には遺伝子(の大部分)が蓄えられています。

 

細菌というドメインに属するのは、乳酸菌とか酵母菌とか納豆菌とか、私たちの周囲にいる身近な細菌です。

「アーキア」(archaea)は耳慣れない言葉ではないでしょうか。別名「古細菌」とも呼ばれ、極限状態でも生きることのできる特殊な菌です。

 

食中毒を防ぐひとつの方法は、食べ物を加熱することですが、それは、細菌が75度以上の温度では生きられないからです。ところが、好熱菌という温泉や深海などに生息しているアーキアの中には、100気圧120度という高圧高温の水の中でも平気で生活できる種類のものがいます。

脱酸素剤を使うのも食品を細菌から守る方法です。それは通常の細菌は酸素がなければ生きていけないからです。ところが、沼地や深海や油田や人間の腸に住むメタン菌というアーキアは、酸素がなくても、酢酸と水素によって生きることができます。

ほとんどの細菌は濃い塩水に漬けると死んでしまうので、塩漬けにすることによって食品を保存することができますが、塩湖に住んでいる高度好塩菌というアーキアはそのような環境に耐えます。

 

遺伝子解析の結果、真核生物、つまり私たち動物や植物は、細菌よりもアーキアに近いことが分かっています。

ですからごく大ざっぱに言えば、私たち人間の遠い祖先は、極限状態でも生きることのできるアーキアに似た生きものであったと考えることができます。

 

深海には、生命の活動に必要なエネルギーを供給している太陽の光が届きません。また、深海は高圧であり酸素もあまりありません。そのため、深海には生物はほとんどいないだろうと考えられていた時期がありました。

ところが、高圧に耐えられる探査船による調査で分かったのですが、深海の海底には、重金属と硫化水素を大量に含む熱水が噴出している場所がところどころにあり、その周囲には、今までに知られていなかった多くの種類の生きものが集まるように暮らしています。

 

その中には数々の奇妙な生きものがいます。たとえば、インド洋の深海で見つかったのですが、ウロコフネタマガイという二枚貝の貝殻は、硫化鉄という金属で覆われているので、磁石で釣り上げることができます。

 Three populations of Chrysomallon squamiferum

ウロコフネタマガイ Chong Chen [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)]

 

深海では、細菌よりもアーキアが数多く活動していて、他の生きものたちが生きるのに必要なエネルギーと物質を作り出していることが知られています。

深海の熱水噴出孔は、地球で生命が最初に誕生した場所ではないかと考える研究者もいます。

 

木星の衛星エウロパは、月よりも少し小さい程度の星です。ギリシャ神話の主神ゼウスが恋に落ちた人間、都市国家テュロスの王女エウローペーにちなんで名が付けられています。

1995年から2003年まで観測を行ったNASAの探査機ガリレオによって、エウロパには、氷で覆われた液体の水の海があることがほぼ確実になりました。

その後、ハップル宇宙望遠鏡の観測によって、エウロパの南極付近の氷からは、間欠泉のように水蒸気が噴出していることが発見されました。

エウロパは、木星の重力(潮汐力)の影響で地質活動が活発であり、しかも海の底は地球の深海に似た環境ではないかと考えられています。

 

 

地球の深海の熱水噴出孔のような極端な環境にも生きものが住んでいることから、エウロパの海は太陽系内で、地球外生命がいる可能性が最も高い場所ではないかと考えている科学者が多数います。

最初に紹介したSF作家のアーサー・C・クラークは、小説『2010年宇宙の旅』に、エウロパ人という宇宙人を登場させています。まだエウロパに生命がいるかどうかは分かっていませんが、一流のSF作家の取材力と直観には驚かされます。

Europa-moon 

木星の衛星エウロパ NASA/JPL/DLR [Public domain]

 

今までにご紹介してきたように、極端に過酷な環境でも生きようとする生物の能力というか、執念にも似た本能は、すさまじいほどのものです。ですから、この広い宇宙の中には、地球以外にも生物が住んでいる星が、きっとたくさんあるのではないかと私は思っています。

そして、私たち人間を含む地球の生きものが、大宇宙の中で孤独ではないということが、なるべく早く分かると良いなと思っています。

宇宙という壮大なシステムのそこここで、生命が育まれ進歩し続けているということが、もし事実であり、そのありさまを人類が知ることになれば、地球上で取るに足らない理由から、人間同士が互いに争っていることの馬鹿馬鹿しさを、誰もがはっきりと感じるのではないかと思うからです。

 

では、今日は、この辺りで。

少しでも興味深い点があったと感じていただけたなら嬉しく思います。

また、お付き合いください。

 

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ニコライ・リョーリフと世界平和

2019年4月5日

 

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では、ソメイヨシノが満開になりました。花冷えという言葉の通り、まだまだ寒い日があり、自転車のハンドルを握る手が凍えます。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、ニコライ・リョーリフ(ニコライ・レーリッヒ)というロシアの画家の方をご存知でしょうか。彼はバラ十字会員でした。

澄んだ青空や雪に覆われた山々などが特徴的なチベットの風景を、静寂を感じさせる色合いで描いた、世界的に有名な数々のテンペラ画を残しています。

参考記事:『芸術と人間

 

当会のフランス代表が、自身の人気のブログに、世界平和とニコライ・リョーリフの平和への取り組みについて書いています。今回はそれをご紹介させていただきます。

ニコライ・リョーリフの絵画とともにお楽しみください。

 

▽ ▽ ▽

『世界平和について』

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

 

「平和に暮らすこと」はおそらく、私たち人間の大多数が、最も強く望んでいることではないでしょうか。戦争は、大量殺人、虐殺、レイプ、略奪、破壊、そして言語を絶する恐怖とほとんど同義語だからです。

私たちは、戦争を実際に体験したことがなくても、ドキュメンタリー番組やさまざまな本によって、戦争の残虐さを十分に知ることができます。戦争によって数十万人規模の人が殺されることは珍しくなく、それと同程度の人数の大人と子供が、悲嘆の極みへと投げ込まれます。

第二次世界大戦(1939-1945)のことを思い起こしてみましょう。この戦争では6000万人が亡くなり、そのうちの600万人はナチズムの犠牲になったユダヤ人でした。

平和祈念像(長崎)

平和祈念像(長崎)

 

戦争からは、このように悲惨な不幸が結果として生じることを誰もが知っているのに、なぜ人類は戦争を止めないのでしょう。

戦争は通常、何人かの個人によって引き起こされますが、ほとんどの場合、政治や経済や戦略上の理由からです。さまざまな宗教も、神の名のもとに多くの戦争を引き起こしてきましたし、今も引き起こしています。

時限装置付きの兵器が用いられるようになると、一般市民の多くが戦争に巻き込まれるようになりました。

軍人は、生き残りたいという本能と復讐心と憎しみが入り交じると、人間性をかなぐり捨てて、自らを「殺人マシーン」に変えてしまうところにまで行き着き、人の性質の最悪の部分がさらけ出されます。ご存知のように、どんな動物も、どれほど凶暴な種類であっても、人間ほどの残酷さやサディズムや凶悪さを示すことはありません。

"Krishna (Spring in Kulu)" by Nicholas Roerich, 1930

“Krishna (Spring in Kulu)” by Nicholas Roerich, 1930 クリックすると拡大されます(public domain, WikiArt)

 

誰もが知っていることですが、戦争は国家間にだけ起るのではありません。同じ国の住民同士が戦う「内戦」(civil war)もあります。このような紛争によって生じる恐怖もまた悲惨なもので、この場合には、家族や隣人や同僚の一部が敵になるという特徴があります。

内戦の原因は通常、政治やイデオロギーの対立であり、人権侵害や、社会的な不平等や他の不平等が引き金になることもあります。

内戦が起った国は、ほとんどの場合に武力を行使して秩序を回復することが強いられ、憎悪という火に憎悪という油が注がれることになります。歴史が証明していることですが、どのような国もこのような悲惨な事態に直面する可能性があり、民主主義国家といえどもその例外ではありません。

"Mongolia (Campaign of Genghis Khan)" by Nicholas Roerich, c1937

“Mongolia (Campaign of Genghis Khan)” by Nicholas Roerich, c1937 クリックすると拡大されます(public domain, WikiArt)

 

内戦であっても国家間の戦争であっても、戦争を避けるためには何をすれば良いのでしょうか。残念なことに、このことに対しては「奇跡の処方箋」は存在せず、そのため人類は、血塗られた歴史を歩んできました。

結局のところ、解決策は個人のレベルに求めるしかないのではないかと私は思います。理想論に聞こえてしまうかもしれませんが、より具体的に言えば、統治者個人というレベルにおいても、ひとりひとりの国民というレベルにおいても、すべての人が自身の責任において平和を育み、暴力行為に関わり合うことを拒絶し、結果として暴力を生じさせてしまうような行動をしないことが解決策なのではないかと私は考えます。

それは広く言えば、争いという行為を自分自身に禁じ、争いそのものも禁止することにあたります。そのためには、私たち人間には自身の内面に3つの長所を目覚めさせる努力をすることが求められます。相手の気持ちをおもんばかる能力と、暴力を絶対的に拒絶する態度と、他の人を尊重する態度です。

"Mount of five treasures (Two worlds)" by Nicholas Roerich, 1933

“Mount of five treasures (Two worlds)” by Nicholas Roerich, 1933 クリックすると拡大されます(public domain, WikiArt)

 

 個人が自身の内面に平和を育むことに加えて、家庭と学校も、人の内面に平和を育むという役割を担わなければなければなりません。残念なことに、そのような取り組みはほとんど行われていません。

戦争の恐ろしさを子供に教えることを、その子が小さい頃から始めて、腕力や威圧やいかなる暴力によっても、他の人を決して傷つけないことを心の底から望む思いが一生続くようにするべきです。

 

 20世紀の初めに活躍した国際的に有名な画家であり、著作家で哲学者のニコライ・リョーリフ(Nicolas Roerich)は、芸術と文化の保全のための「パックス・クルトゥーラ」(Pax Cultura:文化を通した平和)という平和団体を結成しました。この団体の旗には、円に囲まれた3つの円からなる、有名な平和の象徴が描かれています。

"Madonna Oriflamma" by Nicholas Roerich, 1932

“Madonna Oriflamma” by Nicholas Roerich, 1932 クリックすると拡大されます(public domain, WikiArt)

(掲げられているのが「パックス・クルトゥーラ」にも用いられた平和の旗)

 

残念なことに彼は当時の権力者たちから期待していた支持を得ることができず、彼のプロジェクトも計画通りの成果を挙げることはできませんでした。彼はバラ十字会AMORCの会員でした。

バラ十字会AMORCフランス本部代表
セルジュ・ツーサン

 

著者セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

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再び本庄です。

ニコライ・リョーリフとともに、ユネスコ精神の生みの親と言われるチェコの思想家ヤン・アーモス・コメンスキー(ヨハネス・アモス・コメニウス)もその実例ですが、バラ十字会に深く関わっていた歴史上の人物が、戦争の惨禍に心を痛め、世界平和のために奮闘していたことを、私はとても誇らしく思います。

参考記事:『マララ・ユスフザイさんとコメニウス

 

下記は、前回紹介したセルジュ・ツーサンの文章です。ご参考まで。

人を許すことについて

 

では、今日はこの辺で。

また、お付き合いください。

 

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