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満月と新月と生きもの

2021年6月25日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

いかがお過ごしでしょか。

昨晩は満月でした。東京板橋では雲がかかっていて、残念ながら見ることができませんでした。6月の満月は、北米の先住民が野生のイチゴを採集する時期であることから、ストロベリームーンと名づけられているそうです。

満月と植物についてのこの話から、思い出したことがあります。昭和の初めに生まれた、長年畑仕事をしている親族のことです。その方の家に行くと、満月と新月の日が記されているカレンダーが壁に貼ってあり、筆ペンの赤い字で予定が書き込まれています。

直接聞いたことはないので想像でしかないのですが、農作業のいくつかはおそらく、満月と新月の日を目安にして予定を立てているのでしょう。

私は小さいころ、引っ越しを何度か経験しています。東京の中でも小平、小金井、府中など、割と農家の多いところに住んでいたのですが、記憶の片隅をたどると、近所の農家では、満月と新月の日が記されたカレンダーを見ることが多かったように思います。

今回、インターネットで調べてみたのですが、月の周期を畑仕事の目安にしている方が現在も多数います。

 

たとえば種まきに適するのは満月の数日前、植え替えに適するのは新月の数日前だそうです。

また、害虫が産卵孵化するのは満月と新月の時なので、その数日後に防除するとのことです。

肥料も種類によって、与えるのに適した時期があるようです。

 

このように、植物の生育に月の満ち欠けが影響を与えているのは確かなことに思われますが、それはどのようなメカニズムを通してなのでしょう。

夜間の月光が影響するのでしょうか。それとも月の引力(潮汐力)が影響するのでしょうか。いずれにしても不思議なことです。

 

私の祖父の一人は大正生まれで、若いころに北海道で林業をしていました。友人にカニ漁をしている人がいて、その人の話によると、満月に捕ったカニは身が少なく、おいしくないと言っていたことを思い出します。

月の光に照らされて海底に映る自分の影を見ておびえるので身がやせるという言い伝えがあるそうです。実際には、カニの脱皮の周期と月の満ち欠けの周期に関係があるのでしょう。

オーストラリアではクモガニというカニが満月のときに数万匹も大行進して、一斉に脱皮と繁殖をし、それを見るために世界中からダイバーが集まるそうです。

 

月の満ち欠けは、海の潮の満ち干に直接関係しているので、海に住む生きもの、特に浅瀬に住む生きものの生態が月の周期に強く影響されるのは、とても納得のいくことです。

紅海のサンゴと魚

紅海のサンゴと魚

 

以前にこのブログでも取り上げたことがありますが、縄文人はこれらについて深い知識を持ち、月のことを生命、再生をつかさどる神だと考えていました。

参考記事:『月とヘビとウサギ

 

これもオーストラリアの例ですが、グレートバリアリーフのサンゴは、初夏の満月の当日から7日ほど後のいずれかの夜に一斉に産卵します。

暗い夜の海中を無数に多くの卵がただよい、満天の星空のような神秘的な光景になるので、やはり多くの写真家やダイバーが集まります。

同じサンゴでも、小笠原のサンゴの一斉放卵は、初夏の半月(月齢7.5)の前後数日だそうです。

サンゴの一斉産卵(マグネチック島)

サンゴの一斉産卵(マグネチック島)

 

一昨日上野動物園で、パンダのシンシンに双子が生まれたことが報じられていました。このことと昨日の満月は関係するでしょうか。

この図は当会が出版した『ライフ・マップ』という電子書籍に掲載されている図です。

月の長周期

 

月の満ち欠けの周期、つまり満月から満月までの日数は平均すると29.53日で、朔望月と呼ばれています。この周期を4分割するとおよそ7日になりますが、それをこの本では「月の長周期」と呼んでいます。

図に示されているのは満月前後の月の長周期で、そのうち満月前の3.5日は「陽」(positive)の期間であり、生きものが活動するのに適しているとされます。満月後の3.5日は「陰」(negative)の期間であり、生きものが休息するのに適しています。

ですからシンシンの出産は、とても望ましい時期に起ったことになります。今は、授乳をしながら体を休めていることでしょう。

 

電子書籍『ライフ・マップ』の10章には、月の周期と病気や性の関係が詳しく説明されています。また別の章には、一日を7つに分割した3時間25分の期間など、他ではまったく知られていない情報が掲載されています。

かなり以前に翻訳された本なので訳文がやや古いのですが、ご興味のある方はお読みください。

電子書籍『ライフ・マップ』

電子書籍『ライフ・マップ』

 

月の満ち欠けは動植物だけでなく人間にも影響しています。たとえば、人間の受胎期間の平均は266日であり、これはちょうど9朔望月に一致します。

書籍『ライフ・マップ』によれば、人間の出産は、満潮より以前の3.5時間には比較的順調に進むことが多いことが知られています。

先ほどご紹介した月の長周期は、古代バビロニアでも知られていたようで、一週間が7日間に定められた理由であった可能性があります。

しかし、曜日としてそれに5つの惑星(木星、火星、土星、金星、水星)と月と太陽(日)がなぜ現在の順番で割り当てられたのでしょうか。

きっと深い意味があることでしょう。いずれ調べてみたいと思っています。良い情報をご存知の方は教えてください。

 

では、今回はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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神秘学のクイズ

2021年6月11日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋ではこの数日、暑い日が続きました。梅雨がまだ来ていないにもかかわらず、本格的な夏が少し顔を見せたかのようです。

いかがお過ごしでしょうか。

 

このブログでは、当会のフランス代表が自身の人気のブログに掲載した記事を、折々に翻訳して紹介させていただいていますが、今回はちょっと趣向を変えて、このブログに載っていた神秘学(mysticism:神秘哲学)と秘伝思想(esotericism)についてのクイズをご紹介しようと思います。

全部で20問あります。解答を後ろに付け加えました。フランスのブログの読者の今までの平均では、正答率は61%だとのことです。

どうぞ、お楽しみください。

 

▽ ▽ ▽

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン

1. 古代ギリシャの哲学者で、アトランティスについて本に書いているのは誰でしょう

   A:プラトン B:アナクサゴラス C:ヘラクレイトス

アテナイの学堂

 

2.錬金術に特に関連の深い元素はどれでしょう

   A:酸素 B:水銀 C:ケイ素

バラ十字錬金術博物展から

 

3.テンプル騎士団の創設者は誰でしょう

   A:ジャック・ド・モレー B:ユーグ・ド・パイヤン C:クレルヴォーのベルナルドゥス

4.次の哲学者のうち、バラ十字会員であったという推測があるのは誰でしょう

   A:イマヌエル・カント B:フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ C:ルネ・デカルト

5.〈生命の樹〉で胸に対応するとされているのは、どのセフィロトでしょう。

   A:ケセド B:ティファレト C:ビナー

生命の樹(カバラの樹)

生命の樹(カバラの樹)

6.エッセネ派の人たちが住んでいたのは、どの国でしょう

   A:アラビア B:インド C:イスラエル

7.『新しい人間』という本を書いたのは誰でしょう

   A:ルイ・クロード・ド・サンマルタン B:ヤーコプ・ベーメ C:フランシス・ベーコン

8.アトランティス大陸の一部であったという言い伝えがある群島はどれでしょう

   A:モルディブ B:アゾレス諸島 C:ソシエテ諸島

9.薔薇十字団が最初に宣言書(マニフェスト)を発行したのはいつでしょう

   A:1714年 B:1614年 C:1514年

10.エジプトで最も高いピラミッドは誰のものとされているでしょうか

   A:メンカウラー王 B:カフラー王 C:クフ王

スフィンクスとピラミッド

 

11.錬金術で赤を意味するラテン語はどれでしょう

   A:ルベド B:アルベド C:ニグレド

12.テンプル騎士団の旗に用いられていた印はどれでしょう

   A:末広十字 B:ラテン十字 C:バラ十字

13.リュケイオンの学園を創設したのは誰でしょう

   A:ミレトスのタレス B:アリストテレス C:ソクラテス

14.「バラ十字団のファンファーレ」を作曲したのは誰でしょう

   A:クロード・ドビュッシー B:エリック・サティ C:ガブリエル・フォーレ

15.バフォメットを崇拝しているとされた人々はどれでしょう

   A:テンプル騎士団 B:テラペウタイ派 C:エッセネ派

16.女性ファラオとして古代エジプトを統治したのは誰でしょう

   A:ハトシェプスト B:ネフェルティティ C:ネフェルタリ

17.古代エジプトで知恵を司る神とされたのはどれでしょう

   A:オシリス B:トート C:ハピ

18.ピタゴラスの師であったのは誰でしょう

   A:ソクラテス B:ミレトスのタレス C:プラトン

19.二人の騎士が一頭の馬に乗る紋章を用いていた騎士団はどれでしょう

   A:マルタ騎士団 B:テンプル騎士団 C:ドイツ騎士団

二人の騎士が一頭の馬に乗る紋章

二人の騎士が一頭の馬に乗る紋章

 

20.カタリ派最後の砦はどこにあったでしょう

   A:モンセギュール B:シュノンソー C:シャンボール

* * *

答え

1-A.古代ギリシャの哲学者プラトンが、アトランティスについて本に書いています

2-B.水銀は錬金術に特に関連の深い元素です

3―B.ユーグ・ド・パイヤンがテンプル騎士団を創設しました

4―C.ルネ・デカルトにはバラ十字会員であったという推測があります

5―B.〈生命の樹〉(カバラの樹)で、胸に対応するとされているセフィロトはティファレト(Tipheret)です

6―C.エッセネ派の人たちは、イスラエルに住んでいたことがあります

7-A.『新しい人間』を書いたのはルイ・クロード・ド・サンマルタンです

8―B.アゾレス諸島には、アトランティス大陸の一部であったという言い伝えがあります

9―B.薔薇十字団は、1614年に最初に宣言書を発行しました

10―C.エジプトで最も高いピラミッドはクフ王(Cheops)のものとされています

11-A.錬金術で赤を意味するラテン語は「ルベド」(rubedo)です。

12-A.テンプル騎士団の旗には末広十字(cross pattee:クロスパティー)が用いられていました。

13―B.リュケイオンの学園はアリストテレスによって創設されました

14―B.「バラ十字団のファンファーレ」はエリック・サティによって作曲されました

15-A.テンプル騎士団の人々は、バフォメットを崇拝しているという説がありました

16-A.ハトシェプストは女性ファラオとして古代エジプトを統治しました

17―B.古代エジプトでトートは知恵を司る神とされました

18―B.ミレトスのタレスがピタゴラスの師でした

19―B.テンプル騎士団は二人の騎士が一頭の馬に乗る紋章を用いていました

20-A.カタリ派最後の砦はモンセギュールにありました

 

著者(出題者)セルジュ・ツーサンについて

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。

多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

△ △ △

ふたたび本庄です。

いかがでしたでしょうか。クイズはこのブログで初めての試みでした。楽しんでいただけましたら、フェイスブックやツイッターの投稿へのコメントなど、何らかの方法でお知らせくだされば嬉しく思います。

多くの方々に楽しんでいただけたようであれば、第2集、第3集がありますので、いずれご紹介させていただきたいと思います。

 

このクイズの問いの多くは、当会の通信講座の本科課程や専門課程で扱われている内容の一部に関連しています。

興味を感じられたいくつかの事柄について、インターネットで検索なさってはみてはいかがでしょうか。神秘学と秘伝思想が、世界の歴史のあらゆる時代に関わっていることが感じられると思います。

 

下記は、前回のセルジュ・ツーサンの記事です

知を求める人たちへの公開書簡」(その3)

 

では、今日はこのあたりで。

また、よろしくお付き合いください。

 

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車の話あれこれ

2021年6月4日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

東京板橋では今日の朝早くから、細かい雨が降り始めました。もう梅雨入りが近いのかもしれません。

そちらはいかがでしょうか。

 

山形県にお住まいで、三度の飯よりもお祭りと音楽が好きな私の友人から、寄稿が届きました。

▽ ▽ ▽

記事:『車の話あれこれ』

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下勝悦

バラ十字会日本本部AMORC 理事 山下 勝悦

 

昨今の自動車の技術開発には目を見張るものがあります。

私が自動車関連の仕事に就いたのが昭和41年、マイカーブームと言われるようになる少し前の時でした。その頃は今のような時代が来るとは誰もが想像することも夢に見ることもありませんでした。

今は、操作性、乗り心地、安全性に関しては世界中のどのメーカーも素晴らしい車を生産してくれています。

しかし、それと引き換えに、これは私の個人的な思いですが、最近の車は個性(遊び心?)が薄くなってしまったように思えてならないのです。

そんなことはないよと言われる方もおられることと思いますが。もしよろしければ、少しの間、私の思い出話にお付き合いください。

草原と青空とクラシックカー

 

マイカーブームの到来とともに外国製の車も次第に増えてきたころのことです。

各国の自動車の個性を見事に表現した文章を自動車雑誌で目にしました。以下、その時に読んだ内容です。

『ドイツの車は頑固職人が造る』、『フランスの車は芸術家が造る』、『英国の車は貴族が造る』、『イタリアの車はスピード狂が造る』、『アメリカの車はカウボーイが造る』、『日本の車はエコノミックアニマルが造る』。

『日本の車』に関しては言葉通りの解釈はなさらないでくださるようにお願いします。後ほど説明しますので少々お待ちください。

それでは一ヶ国ごとに解説して行きましょう、私自身のことや私の友人たちの経験談(笑い話?)も交えながらに……(笑)。

ドイツの車といえば数年前に生産終了となってしまいましたがワーゲン・ビートルがあります。ワーゲン・ビートルを讃えたこんな言葉があります。『20世紀に世界を制覇した三種の品物が存在する。一つ目はワーゲン・ビートル、二つ目はコカ・コーラ、三つ目がホンダのスーパーカブ。世界中のどこにでも人のいる所に必ず存在する』と。

フォルクスワーゲン・ザ・ビートル(東京モーターショー2011年)

フォルクスワーゲン・ザ・ビートル(東京モーターショー2011年)Morio, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

ところで、ワーゲン・ビートルは水に浮くということをご存知でしょうか? 車体が完全に密閉された構造となっているので水の上に浮くことができるのです(というより浮いてしまうのです)。

昔、私の友人が当時でもレア物(いわゆるビンテージカー)のワーゲン・ビートルに乗っていた時がありました(格安で手に入れたと言ってました)。

その友人がこの車に乗って自宅近くのアンダーパスに差しかかったときのことです。

少し前に降った雨で水溜まり状態になっていたのだそうです。さて行けるだろうか(?)一瞬迷ったものの、この位の水量だったらビートルの車高は高いから大丈夫だろうと判断。そのまま前進したのだそうです、すると次の瞬間、車がふわりと持ち上げられたようになりハンドルが軽くなってしまったのだそうです。つまり水に浮いてしまったのです。うわ~しまったと思ったものの時すでに遅しです。すると次の瞬間、スーっと流されて向こう岸(?)に到着。無事に通過することができたのだそうです(笑)。

その後、経済的にどうしても持ちこたえられなくなり(国産車をもう一台所有)手放してしまったのです。しばらくして分かったことなのですが、実はこのビートル、相当なお値打品だったことが判明したのです。

このビートルは日本に正式に輸入が開始された年の翌年に輸入された非常に珍しい車だったのです。

友人は『しまった~、ナンバーを切って(いわゆる“廃車”の業界用語)でも保管しとけば良かった~』と残念がることしきり。

でも、本当に残念に思ったのは私たちの方でした。その後も所有してくれていれば『時々貸してもらえてたのに~』です(笑)。

次に行きましょう。フランスは流石に芸術の国です。どの車もユニークなデザインでした。さらにデザインだけでなく内容もユニークでした。中でもシトロエン社の2CVと云う車は別格でした。

シトロエン・2CV(1955年)

シトロエン・2CV(1955年)PLawrence99cx, Public domain, via Wikimedia Commons

 

生産計画が発足し、会社が設計部所に提示した内容が『廉価な国民車であること。悪路を走行してもバスケットいっぱいに入れた生卵が割れないこと』といった設計屋泣かせの要求だったのだそうです。

設計開発は並みの苦労でなかったそうです。そういった困難の末に誕生した国民車2CVは小排気量・低馬力のエンジンを積み、屋根は質素なキャンバス地、ボディーは薄い鉄板を継ぎ接ぎしたような一見抽象画を想わせるようなデザインとなりました(流石に芸術の国フランスです)。そういったことで付いた愛称が『2馬力、ブリキ細工、タイヤの付いたコウモリ傘、等』。

ちなみに屋根のキャンバス地を丸めて畳むことによりしゃれた感じのオープンカーになるのですが、実は車内にこもるエンジン音を外に逃がすために採用された苦肉の策と言われています(これってホントらしいです)。

その後、このユニークなデザインがマニアの間で末長く愛されることとなり、今でも元気に走り廻っている姿を街中で見かけることができます。

友人が一時期シトロエンDSという名の車を所有していたことがあります。整備を頼まれ一度だけ運転したことがありましたが、あの乗り心地はまさに芸術品の域でした(乗り心地の良さはシトロエン社のお家芸でもあります)。

この乗り心地を自動車評論家の言葉を借りて言えば『雲の上に乗ったような』となるんだそうです。

すると、口の悪い友人が言いました『雲の上に乗ったことのある人っているのかい?』笑わせてもらいました……。

次に英国車の話にいきましょう。英国車といえば真っ先に頭に浮かぶのがロールスロイスではないでしょうか、実は日本の大衆車クラス位の大きさのベビー・ロールスと呼ばれている車も存在するのです。

正式名称はバンデンプラス・プリンセス。通称バンデンプラ、あるいはバンプラと呼ばれています。

ベントレー4.5リッター バンデン・プラ・トゥアラー(1930年)

ベントレー4.5リッター バンデン・プラ・トゥアラー(1930年)Ramgeis, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

 

英国の一流ホテルではメルセデス・ベンツとバン・プラが同時に入って来たとき、ベル・ボーイは真っ先にバン・プラに駆け寄るのだそうです。

お分かりでしょうか、バン・プラは貴族階級の方たちがプライベートで使っている車なのです。

私も一度だけ間近で見たことがありますが近寄り難い一種独特な雰囲気を醸し出す車でした。

英国の車はオースチン・ミニを仕事で運転したことがあります。運転するのがすごく楽しい車でした。その時は小型の大衆車とはいえなぜか無意識の内に背筋がピンと伸びていたような気が……。

次はイタリアの車です。

イタリア車と云えば皆さん、高級スポーツカーのフェラーリを思い浮かべられるのではないでしょうか。私の場合は赤いサソリのマークのアバルトです。今はフィアット社の傘下となっていますが、以前はフィアット社で製作する小型車をベースにしてエンジン・ブレーキ・サスペンションを徹底的に改造し全く別物のスポーツカーに仕立て上げるメーカーだったのです。レースでは倍以上の排気量を持つ他社のレーシングカーを相手に負け知らずの快進撃を成し遂げたのです。真っ赤なボディーのアバルトがトップでチェッカー・フラッグを受けると観客が総立ちになり『スコルピオーネ・スコルピオーネ』の大歓声が起きたのだそうです。ちなみにスコルピオーネとはイタリア語で蠍(さそり)の意味です(創業者のカルロ・アバルトが蠍座の産まれがマークの由来となってます)。

フィアット・アバルト500

フィアット・アバルト500, Späth Chr.User ChiemseeMan on de.wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons

 

アバルトに関しては様々な逸話が有りますが、私が一番に好きなのは『アバルトは走りっぷりも一流だが、壊れっぷりも一流だ』です。これに加えて『走行中にエンジンが破裂した!!』等といった話もあるのですが。これらの話はラテン系のノリのイタリア人のジョークのようです(笑)。

こういった話を友人たちとするたびに『イタリアに産まれたかったね~』。

次はアメリカの車、通称アメ車の話です。アメリカ合衆国はご存知の様に広大です。移動にはどうしても大型のゆったりした乗り物が必要となります、更にアメリカはガソリン価格が安い、といった好条件も重なり大型車の文化が定着したと言われています(他の説もあります)。

アメ車に関して友人から聞いた話です。大型のアメ車を購入したユーザーが『ブレーキを踏むたびにドアの中から変な音が聞こえる』と言ってディーラーに持ち込んだのだそうです。そこでサービスマンがドアの内張りを外して中をのぞいてビックリ仰天。ドアの中に酒の空瓶が入っていたのだそうです(!?)。

手に取って良く見るとラベルに英語で何やら走り書きが。そこで英語に堪能な方に読んでもらったところ『チェッ残念。見つかっちまったよ!!』と書かれていたのだそうです(笑)。

その後、その酒瓶はどうなったのかは聞きそびれてしまいました(残念)。

最後に日本の車です。

『日本の車はエコノミックアニマルが造る』これは誤解のないように願います。日本の自動車産業はヨーロッパやアメリカに比べて出遅れてのスタートでした。そこで各メーカーは外国車を徹底的に研究。さらに、日本の気候・風土・道路事情・日本人の体型・等々を総合的に考え抜いて日本独自の車を造り上げたという意味なのです。

最後は私の経験談(ほとんど笑い話ですが)で閉めましょう。

私が某ディーラーに勤務していたときのことです。

ある日、営業マンから『下取り車両の引き取りに行ってもらえないだろうか』と頼まれました。工場長には話を通してあるからとのことでした。

そこで先輩のFさんと二人で出掛けることに。

ところが、教えてもらった通りの道順に来たはずなのですがユーザー宅が見つかりません。

散々迷った末にやっと見つけました。来る時に営業マンから聞いてきた話では『ボディー・カラーは茶色・オート三輪・ユーザー宅は全員が留守・キーは付けておくので構わず持って行ってもらって構わない』。それでも一応声をかけてみました、やっぱり留守でした。

さあ、それでは持って行きましょう。ところがバッテリー上がりの状態でエンジンはウンともスンとも言いません。それではと牽引ロープを使いサービスカーで引っ張ることにしました、いわゆる押し掛けです。

すぐにエンジンは始動したので早速に帰ることにしました。ところがその後にとんでもないことに。

帰り道に解体作業中の家の前を通りかかったその時です、屋根の上で作業中の男性がしきりに手を振ってます。そこでFさん『○□さんですね、車もらっていきますから~』

 

ここから先は録音中継と行きましょう(笑)

Fさんが声を掛けると。『つがう~オレ○□なんなえ~△□だあ~。おらえんな車どごさ持てんぐどこだぁ~』。一瞬にして事情を察したFさんと私。転げ落ちる様に車から降り『もうし訳ございません、私どもの勘違いでした』と平謝り。すると『ところでよ。今日の朝バッテリー上がてエンジンかがらねくて困ってたんだけげんともよ。どだえしてエンジン掛けたもんだや~。まんずありがどさま~。車はもどんどごさおいででもらてええがら~。よろすぐたのむちぁ~』。そこで私とFさん、遠慮しながらも『ところで○□さん宅は何処でしょうか?』すると『あ~。○□さんのえーだったら、ああえって、こうえって』。聞けば全くの方向違いでした。

教えて貰った通りに行ってみると全く同じ色と形のオート三輪がありました。今度は表札と車検証で間違いないことを確認。

やっとの思いで会社に帰ってきました。するとサービス工場の同僚全員が仕事の手を休め『おもしゃい事やらかしたんだってなぁ~。あっはっは~』

大笑いされました。どこからどうやって伝わったものやら、私らが帰る前に会社には情報が届いていました。

もう大分前のことなのですが、今でもつい昨日のことのように思い出します。

 

一部難解な会話部分がありましたので翻訳文を付け加えます。

 

『違う、私は○□ではありません、△□です。我が家の車をどこに持って行くつもりですか。

ところで、今日の朝方バッテリー上がりでエンジンが掛からなくて困ってたのですが、どうやってエンジンを掛けたんですか?

まずは、ありがとう。車は元の場所に置いててもらえれば良いですから、それじゃたのみますよ』。

大体こんなものです。

以上、録音中継を終了致します。

ご清聴・ご精読、ありがとうございました(感謝)。

△ △ △

ふたたび本庄です。

 

私が大学を卒業して企業に就職したのは40年ほど前のことですが、その当時の男性の多くは、意中の人とドライブすることが目的で、お金を稼いで自分の車を手に入れることを大きな目標にしていました。

最近の若い人たちの事情には詳しくないのですが、どうやら様子が変わっているようですね。

 

話は変わりますが、私たちの事務所の前には中山道と首都高速道路が通っていて、昼夜を問わず車がひっきりなしに通っています。その車の何割かは軽油で走る大型トラックで、その輸送がさまざまな産業を支えています。

しかし、脱炭素化の動きがあり、きっと5年後、10年後には、この状況も大きく変わっていることでしょう。

 

下記は前回の山下さんの記事です。

記事:『時間よ止まれ

 

では、今日はこのあたりで

また、お付き合いください。

 

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直観のみなもと

2021年5月28日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

一昨日はスーパームーンの皆既月食でしたが、東京板橋では残念ながら、雲に隠れていたのか、見ることができませんでした。

 

いかがお過ごしでしょうか。

 

私の友人で作編曲家をしている渡辺さんから「直観」についての寄稿が届きましたので、紹介させていただきます。

▽ ▽ ▽

「直観の源泉」(1)

渡辺篤紀

渡辺篤紀

 

皆さんは、「直観」と言われるものを感じたことはありますか? 恐らく、様々な場面で、自身の直観に助けられたことも多いのではないでしょうか?

なぜか、いつもと違う道を通り、数分後に起こる危険を回避したり、ふと思い立って買った宝くじが当たったり…。

日本では「虫の知らせ」という表現もあり、昔から日常的に「直観」のようなものの存在が認められていたことが推察できます。

しかし、そもそも「直観」とは、どこから来るのか、不思議に思ったことはありませんか? 今回は、「直観」と言われるものについて考察してみたいと思います。

 

■直観

ウィキペディアによれば、「直観(Intuition)とは、知識の持ち主が熟知している知の領域で持つ、推論、類推など論理操作を差し挾まない直接的かつ即時的な認識の形式である。」(一部編集)と、少し難しい表現ですがこのように説明されています。

そして、「付け加えるならば直観を前提として具体的な問題を正しく説明したり解決に導くためには多くの経験と知識、理解が必要でもある。」とも説明されています。

これは、「直観」で何かを感じたとしても、それを理解するためには、経験や知識が必要であり、例えば、生まれたばかりの子供では、「直観」を感じたとしても、それをどう処理すべきなのかが分からない、ということでもあります。

さて、この辺りにも「直観」というものを理解する鍵がありそうなので、もう少し掘り下げてみましょう。

直観と論理の対立

 

■直観の形

たとえば、「直観」とは「言語」で意識に訴えかけられるものでしょうか? それとも「イメージ」のようなもので意識に訴えかけられるものでしょうか?

私は経験的にも、真の「直観」とは、「イメージ」を通して非言語的に意識に投げかけられるものではないかと考えています。

ですので、その「イメージ」を理解するためには、上記のように知識や経験が必要であり、自分でその意味を理解できなければ、その「直観」に対してどのように対処すべきか、考えることさえもできません。

これは、易やタロットなどにも共通することかもしれません。易の「卦」やタロットの「カード」は、いわゆる「直観」と同種のもので、これをどのように解釈するか、ということに知識や経験が必要となります。

 

■インスピレーション

直観に似たものとして、「インスピレーション」というものがあります。

たとえば、「ある問題などに直面していて、ふと、そのことを考えることをやめた瞬間に解決方法を思いつく」、「物事や風景などに芸術作品の着想を得る」などのようなものです。

ですので、インスピレーションというものは、何かを求めているときに「突然現れるもの」であり、日本語で言うと「ひらめき」「思いつき」などと言うことができます。

そして、「直観」を理解するには知識や経験が必要であることとは対照的に、「インスピレーション」は、突然、「空からすべてが降ってくる」という感じです。

丸められた色紙と電球(インスピレーションのイメージ)

 

■啓示(illumination)

これは、「直観」や「インスピレーション」をさらに超越したものとして、一瞬にして全ての物事を、自身の知識や経験を超越して理解する、というものです。

例えば、仏教でいう「悟り」であり、モーセやイエス、ムハンマドなどが得た「天啓」のようなものであるとも言えます。

例えば、「自身が理解している範疇をはるかに超えた真理の体得が瞬時に起こる」というようなものです。

枯山水を見ている女性のシルエット

 

■「感覚は欺(あざむ)かない、判断が欺くのだ」

これはゲーテの言葉ですが、「目ではなく心で見分ける」という意味です。

そして、このときの「感覚」というのは、いわゆる「直観」と同じものではないかと思います。

言い換えれば、「直観は間違わないが、その解釈を間違える」と言えそうです。

△ △ △

ふたたび本庄です。

辞書で調べたところ、「インスピレーション」(inspiration)の語源は、「息を吹きかける」、「息を吹き込む」を意味するラテン語の「インスピラーレ」(inspirare)でした。

そこで思い出したことがひとつあります。

この図は『16世紀と17世紀のバラ十字会員の秘密の象徴』という本の挿絵のひとつです。

ヘルメス哲学(錬金術哲学)についての説明図で、右上の天使(?)が、ヒマワリのように見える花に息を吹きかけています。

 

錬金術哲学についての挿絵

 

この図については、私もまだ研究中なのですが、いずれこのブログでお話をさせていただきたいと考えています。

以前、話題にしましたが、この本にはエメラルド・タブレットの図も掲載されています。

参考記事:『エメラルド・タブレットとは

 

下記は前回の渡辺さんの文章です。

『ゼロと無』(数とは何か?その6)

 

それでは、今日はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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エルの物語

2021年5月21日

こんにちは。バラ十字会の本庄です。

バラ十字会日本本部代表、本庄のポートレイト

 

東京板橋では3日ほど雨が続いています。梅雨入りの前に、初夏のさわやかな陽気がもう一度戻ってくることを願っています。

いかがお過ごしでしょか。

 

さて、3日ほど前から「エルの物語」について調べています。ある文書を翻訳していてこの物語のことを知ったのですが、興味深い点が数々あります。

「エルの物語」は、『国家』という古代ギリシャの哲学者プラトンの著作(対話篇)に出てくる逸話です。『国家』は10巻にわたる大作なのですが、その10巻の締めくくりになっているのがこの物語で、プラトンがこの話をどれだけ重要だと考えていたかが分かります。

アテネアカデミーのプラトンとアテナの像

アテネアカデミーのプラトンとアテナの像

 

こう書かれています。当時ギリシャにエルという名前の勇敢な戦士がいました。彼は戦場で命を落とし、家まで運んで連れて帰られ野辺送りにされようとしていたのですが、薪(たきぎ)の上で生き返って、あの世で見てきたことを語ります。

彼の体験によれば、魂になった自分が体から離れると、数多くの他の魂と一緒になり、道を進んで牧場のように見える不思議な場所に着いたのだそうです。

この牧場の地面には2つの穴が空いています。ひとつは生前に悪行を行った魂が、罰を受けるために地下に行くための穴で、もうひとつはそこから帰ってくるための穴です。

牧場の上方の空にも2つの穴が空いています。ひとつは生前に善行を行った魂が、報酬として幸せな生活を過ごす天上に行くための穴で、もうひとつはそこから帰ってくるための穴です。

 

天の穴と地の穴の間には裁判官たちが座っていて、やってくる魂をつぎつぎに裁いて、地下に行くか天上にいくかを決めます。

エルの物語には、これらの穴を行き来する魂についての話が生き生きと描かれています。

古代エジプトのマアトと天秤による審判、閻魔という仏教説話など、さまざまな文化にこれと類似の話があるのは興味深いことです。

 

さて、地上から到着した魂と、2つの穴から帰ってきた魂は、牧場に到着して7日が経つと旅に出発します。そして4日後に、天と地を光が貫いている場所に到着します。

この光は天空を縛る綱の役割を果している光で、光の上方は「女神アナンケの紡錘(ぼうすい)」と呼ばれるものにつながっています。

ご存知の方も多いと思いますが、紡錘とはこの写真に見られるような細長いコマの形をした道具で、生糸に縒(よ)りをかけて一本の糸にする作業のために使われます。

糸を縒るのに用いられる紡錘

糸を縒るのに用いられる紡錘

 

紡錘の中央に取り付けられている車ははずみ車とよばれますが、巨大な「アナンケの紡錘」のはずみ車は8つの天球からなり、その中心に地球があります。

外側から順に、恒星天、土星天、木星天、火星天、水星天、金星天、太陽天、月天であり、この天球が別々の速さで回転することによってそれぞれの星が天空を巡ります。

つまり、ここで説明されているのは古代の宇宙理論(天動説)です。

 

それぞれの天球にはセイレーンが座っていて、それぞれの音の高さで歌を歌っています。セイレーンとは歌声で聞くものの心を惑わせる妖女たちです。セイレーンの歌声によって、天の音楽が奏でられています。人間の中でも心の最も澄んだものにしか、この音楽は聞くことができません。

これは『国家』のある版に載せられている「アナンケの紡錘」の挿絵です。上方にいるのがアナンケで、下方にいる3人はモイラと呼ばれる運命の女神たちです。3人のそれぞれの名前はラケシス(過去)、クロト(現在)、アトロポス(未来)です。

『国家』のアナンケの紡錘の挿絵

『国家』のアナンケの紡錘の挿絵、Plato, Public domain, via Wikimedia Commons

 

さて、旅をして女神たちのところにたどりついた魂たちは、そこにいる神官の指示に従って、まず、順番を決めるくじを引きます。そして、くじで決まった順番に、ラケシスの膝の上に置かれたさまざまな「生涯の見本」の中から次の自分の人生を選びます。

神官はこのように言います。「最後に選びにやって来る者でも、よく心して選ぶならば、彼が真剣に努力して生きるかぎり、満足のできる、けっして悪くない生涯が残されている。最初に選ぶ者も、おろそかに選んではならぬ。最後に選ぶ者も、気を落してはならぬ」(プラトン『国家』(下)、岩波文庫)

 

この直後には面白いことが書かれています。天上からやってきた魂は、苦悩によって教えられることが少ないので、自分の次の生涯を軽率に選ぶ傾向があり、地下からやってきたものは、自分もさんざん苦しんできたし、他の人の苦しみも目の当たりにしてきたので、次の生涯を慎重に選ぶ傾向があるというのです。

そのため人間には、良い生涯と悪い生涯を入れ替わりに過ごすことが多いと書かれています。

 

魂たちが人生を選び終えると、それは、クロトとアトロポスによって変更ができないものにされます。そして魂は旅を続け、忘却(レーテ)の野にある放念(アメレース)の河の水を飲み、前世とあの世でのできごとを忘れます。

そして、雷鳴とともに、新たな誕生のために地上に流星のように運ばれていくことになります。

 

以上の話を皆さんは、どう読み解くでしょうか。

 

天体の運行を定めている「女神アナンケの紡錘」について考えてみましょう。アナンケはギリシャ語で「必然」を意味する語です。またアナンケの別名はアドラステイアで、この名は「逃れることができない」を意味します。

このことから考えると、アナンケは〈法則〉を設定するものを表しています。〈法則〉とは、定義から言って、何ものも逃れることができない事柄を意味しています。

 

皆さんは〈法則〉という言葉から何を連想するでしょうか。ひとつは万有引力の法則などの物理学の法則ではないでしょうか。

現代人の私たちは、天体の運行が、何ものも逃れることのできない物理学の法則によって定められていることを知っていますが、これと対応するかのようにアナンケの紡錘は、古代人が考えていた天体の運行の法則を表しています。

 

ところで、〈法則〉には、物理学の法則のような物質の法則だけではなく、非物質的な法則があります。現代の神秘学と同様に古代の神秘学でもそう考えられていました。

そのような非物質的な法則のひとつに「カルマの法則」と言われるものがあります。この法則は、善を行ったものには幸せがもたらされ、悪を行ったものには不幸がもたらされるということを意味しています。

日本では「因果応報」と表現されることもありますが、皆さんは、カルマの法則というものが、実際に存在すると考えるでしょうか。それとも、善行を促すために誰かが考えた作り話だと考えるでしょうか。

 

上の話の例では、前世で善行を行った魂は裁判官によって天上に送られ、悪行を行った魂は地下に送られるという形でこのことが表現されていました。

正直に申し上げれば、「エルの物語」というこの素晴らしい逸話の中で、この個所だけは、かなり誤解を招きやすい部分ではないかと私は感じています。

 

具体的に説明しましょう。たとえば私が誰かを思いやる優しい言葉をかけたとします。

これは、ささやかですが善の一例と言えることでしょう。そして、それに対応する幸せは、死後天国に行けることではありません。対応する幸せは、笑顔が帰ってくることで、この世に現れます。

もちろん別の例では、幸せは即座に現れることもありますし、後になって遅れて現れることもあります。

しかし、天国や地獄とは、実際にどこかに存在する特別な場所ではなく、天国も地獄も、目の前のこの世に人間が時々刻々と作り出している状態だと考えることができます。

 

「エルの物語」のような非物質的な世界の話は、言葉では本来語れないものを語ることになるので、必然的に比喩的なものにしかなりません。

この逸話に登場する天国や地獄と裁判官は、とても生き生きとした比喩ですが、それがこの世とは別のどこか特別な場所だと考えたり、裁判官のような存在が実際にいると考えたりすることからは、さまざまな問題が生じる可能性があります。

ラファエロのアテナイの学童(部分)

ラファエロのアテナイの学童(部分、中央左がプラトン)

 

次のような大雑把なまとめは、プラトンの研究家には怒られるかもしれませんが、彼が『国家』で語ったことは、国家は哲学者によって統治されるべきだということであり、広く言えば、人はすべて哲学者であるべきだということでした。

そしてプラトンにとって哲学者とは、心が善に目覚めた人を意味していました。

そのため『国家』では、人が善に目覚めるためには、どのような教育が行われるべきかということが熱心に議論されています。

ですから、偉大な哲学者プラトンのこの大作が、善を行うことと聡明に生きることの大切さを生き生きと描いたこの「エルの物語」という逸話で締めくくられているのは、とても自然なことだと私には思えます。

 

私たちは永遠なる魂であり、魂は生まれ変わりを繰り返して、善に目覚めるための道を歩み続けている。そして、善を行ったものには幸せがもたらされ、悪を行ったものには不幸がもたらされるということが法則である。聡明に生き、善を知り、善を行いなさい。

このことが「エルの物語」に込められている教訓だと私は考えます。何と実践的な哲学でしょうか!

 

エルの物語はこう締めくくられています。

「もしわれわれがこの物語を信じるならば、それはまた、われわれを救うことになるだろう…。つねに向上の道をはずれることなく、あらゆる努力をつくして正義と思慮にいそしむようになるだろう…。そしてこの世においても、われわれが物語ったかの千年の旅路においても、われわれは幸せであることができるだろう」(プラトン『国家』(下)、岩波文庫)

 

では、今回はこの辺りで。

またお付き合いください。

 

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