日々の暮らしを一皮むけば － 畏敬の体験

ジュリー・スコット（Julie Scott、バラ十字会世界総本部秘書役、北中南米担当英語圏本部主宰）

「世界は魔法に満ちている。そして、我々の感覚が研ぎ澄まされるのを辛抱強く待っている。」（ウィリアム・バトラー・イェイツ、1865-1939）

日々の暮らしを一皮むけば、そこには驚嘆すべき事柄が満ちています。畏敬の念を覚える機会が次から次へと訪れます。戸外を歩いていて、驚きのあまりポカンと口が空いてしまうような場面に遭遇したことが一度もない人がいるとしたら、それこそ驚きです。

スーフィー（イスラム教の神秘家）であるルーミー（Rumi, 1207-1273）は、『神は自身の姿を絶えず目にしているのに、どうして目が眩まずにいられるのか』という題の詩を書きましたが、それは素晴らしい問いかけです。

畏敬の念とは、偉大で特別でユニークな何かに対する、圧倒されるほどの驚きの感情です。その力は絶大で、私たちの人生を変えてしまうことさえあります。

畏敬の念の根底には２つの要因が存在していることが、さまざまな研究によって明らかにされています。

１． 思考の幅を広げるような壮大な何かに直接関わったとき

たとえば次のようなものです。

物理的な大きさ：満天の星、グランドキャニオン、地上で最大の生物であるシロナガスクジラ。

悠久の昔：２億４千万年から６千５百万年前に生息していた恐竜、スペインのアルタミラ（Altamira）にある洞窟の入り口に残された２万年前の女性シャーマン（訳注）の手形、祭祀に用いられた最古の建築物があるトルコのギョベクリ・テペ（Gobeki Tepe）の１万年前の遺跡。

（訳注：シャーマン（shaman）：シャーマニズムと呼ばれる原始宗教で、トランス状態になって神意を示したり、予言をしたり、病気を治す方法を伝えたりする人。）

細部にわたる精密さ：人間の体の自己治癒力、航空の管制システム、アリの群れに自然に構成される素晴らしい組織。

個人に備わる技能：ミケランジェロ、Ｊ．Ｓ．バッハ、セリーナ・ウィリアムズ（注：米国の女子テニスプレーヤー）。

世界に与える影響力：モーセ、ブッダ、イエス、ムハマンド、ガリレオ、アブラハム・リンカーン、スーザン・Ｂ・アンソニー（注：アメリカの公民権運動の指導者、米国における女性参政権獲得に尽力した）、マリー・キュリー、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師。

このように、畏敬の念を抱かせる性質には次のものがあります。

・ 物理的な大きさ
・ 悠久の昔
・ 細部にわたる精密さ
・ 個人に備わる技能
・ 世界に与える影響力

2. 新たな適応が求められる状況にあるとき

これは、私たちが普段抱いている世界観が脅かされ、世界を理解するために使っている概念を構築しなおす必要に迫られた場合です。

人類史上６人目に月面を歩いたエドガー・ミッチェル博士（Dr. Edgar Mitchell）が地球へ帰還するときのことです。彼は、宇宙の広大な闇の中を通過しつつ、視線をしっかりと地球に据えていました。地球に近づきつつあるときに彼は、宇宙のすべてと自分が結びついているという深遠な感覚に包まれました。

彼はこう記しています。「私は気づいたのです。さなざまな学問や宇宙論や宗教が語ってきた私たち自身の物語が不完全であり、欠陥だらけであることを。私が理解したのは、宇宙にあるのは、隔てられて独立した別々のものだという観念が、完全に正しい説明ではないということです。必要とされていたのは、私たちが何者であり、何になることができるのかという新しい物語だったのです」。

多くの宇宙飛行士が彼と似たような体験をしたことを報告しています。バラ十字会員の多くは、新しい物語を探してそこにたどり着いたのかもしれません。

私たちの誰にも、畏敬の念を抱いた体験があります。たとえば、広大な星空を眺めていると、自分という存在の小ささを理解することがあります。自分の小ささを感じることはネガティブなできごとではありません。それは謙虚さにあふれる感覚であり、自分の考え方を見直して修正し、あらゆるものが相互に関連している宇宙という実情に合わせることができます。私たち人間は、何か壮大なものの一部なのです。

欧米人、おそらく特に米国人は、個人を重視し、自分がより重要な人物になることに価値を感じます。しかし、自由の女神が象徴するものが何かを考えることで、自分の小ささを感じることの真価を理解できるかもしれません。

この巨大な像の高さは、15階建てのビルに相当します。今までに、何百万という数の移民が、エリス島に第一歩を踏み入れるときに自由の女神に目を凝らしました。彼らにとって、あるいはもしかしたらあなたもその一人だったかも知れませんが、この像が何を象徴していたのかを考えてみてください。それは「解放」であり、開かれたチャンスという将来の可能性であったことでしょう。

それはまさに、自分の小ささを感じるということの一例ではないでしょうか。

あるいは、子供を産んだとき、あるいは、新たな命の誕生に立ち会ったときに、畏敬の念を感じたことがあるのではないでしょうか。その時のことを思い出してみてください。今の今までこの世に影も形もなかった人が、次の瞬間には目の前にいるなんて！。それだけで、ポカンと開いた口が一生塞がらないほどです。

さらに、そのちいちゃな人が初めて笑顔を見せた瞬間、寝返りを打った瞬間、よちよち歩きを覚えた瞬間……。どのようにして、こんなことが起こるのだろうかと、その一つひとつに畏敬の念を抱かずにはいられません。

畏敬の念を抱かせるものは、他にもたくさんあります。

宇宙

Outer Space

日食：日食は、地球と太陽の間に月が入り、月が地球に影を落とすことで起こります。2017年8月21日にアメリカ人の88％（2億6100万人）が、畏敬の念を抱かせるこの出来事をじっくりと目に焼き付けました。何百人ものバラ十字会員が、近所の人たちと一緒にバラ十字公園に集まり、この感動の瞬間を分かち合いました。

オーロラ（北極光）：『第23サイクル：大荒れの恒星とともに暮らすことを学ぶ』（The 23rd Cycle: Learning to Live with a Stormy Star）の著者で米国の天文学者のステン・オーデンヴァルトが、オーロラ発生の仕組みを解説しています。

「コロナとは、陽子と電子のプラズマからなる、太陽の最も外側にある大気のことです。太陽の外部に、突発的にこのプラズマの塊が放出されることがあり、コロナ質量放出と呼ばれています。このプラズマが地球の磁場に衝突すると、地球磁気圏内の磁気尾部領域（注：太陽と反対側に伸びた部分）で、さまざまな複雑な変化が起こります。その変化によって荷電粒子の流れが生成され、それが磁力線に沿って地球の北極と南極に流れ込みます。これらの粒子のエネルギーは、地球の上層大気で大きくなり、大気中の酸素原子や窒素原子と衝突して、まばゆいばかりのオーロラ光が生じます。」

地球の出：この写真は、アポロ８号の乗組員のビル・アンダース（Bill Anders）飛行士が、1968年のクリスマス・イヴに撮影したものです。この写真を目にして、皆さんの心にどんな感情が湧いてくるでしょうか？

もっと身近な自然の中にも、畏敬の念が湧いてくるような機会が数多くあります。

人間に勝る者たち

More than Humans

チーターは地球上で最速のランナーです。彼らは時速130キロ以上で走ることができます。少し想像力を働かせて、あなたが運転する車の速さと比較してみてください。中には、時速149キロという正式記録を持つ並外れた走力のチーターもいます。この驚異的な動物の優雅さと力強さを捉えた映像を、次のサイトでご覧になることができます。

https://youtu.be/THA_5cqAfCQ（提供：National Geographic）

ミツバチはゼロの概念を理解できることが実証されました。科学者たちは、ミツバチに図形の数を数える訓練を行い、４個まで数えられることが確かめられた後に、この発見に至りました。一つの巣箱のミツバチが、１ポンド（約454グラム）の蜂蜜を作るために飛行する距離は、延べ８万８千キロを越え、１年で100ポンドの蜂蜜を作ることができます。私たち人類の食料の３分の１は、ミツバチが花粉を運んでくれなければ実ることができません。

クマも数を数えられます。そのうえ道具も使います。さらに、問題を解決したり、種類の異なるクマ同士でコミュニケーションをとったり、感情を表現したりすることができます。オスのグリズリーベア（灰色熊）は体重が約360キロ、身長は約３メートルにもなります。そして、噛む力はボーリングの玉を砕いてしまうほどです。

植物には触覚も視覚も嗅覚もあり、記憶力も持っています。世界最大の木は、カリフォルニア州のレッドウッド国立公園にあるジャイアント・セコイアです。高さは30階建のビルに匹敵し、幹の周囲は25メートルにも及びます。

カリフォルニア州は、現存する樹木の最高樹齢記録も持っています。同州のブリストルコーン・パイン（米国南西部産のマツの一種）とジャイアナント・セコイアの中には、推定樹齢が４千年から５千年の木があります。

１本のきのこの下には、何平方キロにもわたる広大なネットワークが広がっています。それは菌糸と呼ばれる細い糸から出来ていて、森の中のさまざまな植物同士をつないでいます。科学者たちは、植物の根、菌類、バクテリアからなる地下の生態系を「森の広域通信網」（Wood Wide Web）と呼んでいます（訳注）。

（訳注：インターネットは世界広域通信網（W3：World Wide Web）と呼ばれる。）

人類

Human Beings

私たちの体内では、毎秒２千５百万個もの新しい細胞が作られています。ＤＮＡには、生物が成長し、生存し、繁殖するために必要な指令が書かれています。私たち人間のＤＮＡの寿命は数万年に及びます。神経細胞は、時速241キロ以上の速度で脳に情報を送っています。脳には約１千億個の神経細胞があります。一千億という数には、１の後に０が11個続きます！ 人間の脳は、生後１年で３倍にも成長します。

畏敬の念を抱かせる芸術作品

Awe-inspiring Art

チベットの砂曼荼羅（砂絵のマンダラ）は、仏教の僧侶たちが、色とりどりの小さな砂粒を小さな筒に入れ、その先から砂粒を少しずつ落としながら、精魂を込めて描く絵画です。完成した絵はきれいに掃き払われますが、それは、物質的な生活のはかなさを象徴する古代からの儀式の一部として行われます。

アルゼンチンにある手の洞窟（Cueva de las Manos）は、洞窟の壁面にある何百個もの手形が理由でそう呼ばれています。この手形は、洞窟の壁面に手を置き、その周りに塗料を吹き付けて描かれたものです。この芸術作品は１万３千年～９千５百年前に描かれたと推測されています。

人類愛の旅（The Journey of Humanity）は、テニスコート10面分の大きさがある世界最大のキャンバス画です。世界的なコロナ禍の中で、子供たちが創作した絵を元にして制作され、最近７千８百万ドルで落札されました。

畏敬の念を抱かせる建造物

Awe-inspiring Architecture

神秘哲学

Mysticism

意識は、間違いなく畏敬の念を抱かせる対象です。神秘哲学は、バラ十字会へ多くの人を引きつけている要素だと私は思っています。

ここで『バラ十字会の存在論』、（存在の性質に関する声明）の最初の３項目を列挙しましょう。

・ 〈創造主／神〉は普遍的な知性であり、万物を考案し出現させ、変化することのない完璧な法則に従って活動するようにした。
・ 万物は普遍的ソウル（Universal Soul：宇宙の魂）に満たされており、それ自体の性質が完全になるように進化している。
・ 宇宙や地球に現れている生命は、宇宙全体の進歩のための手段である。

バラ十字会の論文教本（訳注）には、私たちは誰もがある種の鏡であり、〈創造主／神〉はこの鏡の中に、自体の像と自体の壮麗さを見つめているという説明が紹介されています。この説明によれば、〈創造主／神〉は私たちという生命を通して、自体の存在を体験していることになります。

（訳注：論文教本（monographs：モノグラフ）：通信講座の教材として、会員に送付される冊子。）

さて、もしそれが事実だとすれば、畏敬の念が湧き上がるのではないでしょうか？！

私たちは、自身の気づきを拡大することで、普遍的な意識（宇宙の意識）の進化に貢献していることになります。

バラ十字会AMORCの世界総本部代表であった故Ｈ・スペンサー・ルイス博士は次のように書いています。

「心の内面を進歩させることほど、心が躍り、平安や幸せ、理想的な健全さ、そして喜びと満足に満ちている行いはありません。」

畏敬の念の効用

Benefits of Awe

・ 畏敬の念はストレスを減らします。特に、自然の中で畏敬の念を感じるとその効果が増します。自然の中や、緑色が多い場所で過ごすことを指示する医師も現れるようになりました。日本では、非営利法人が森林浴に適した森を65カ所認定しています。

・ 畏敬の念は、寛大さと親切心を増進させます。『人格心理学と社会心理学』誌（Journal of Personality and Social Psychology）に掲載されたある研究では、被験者に10枚の宝くじを渡し、券を持っていない別の参加者がいたら、何枚譲ってあげるかを尋ねました。すると、畏敬の念を抱いた体験の有無と、譲るチケットの枚数との間に、強い相関があることが分かりました。そこで研究者たちは、畏敬の念が人間のエゴや自分本位な心を低減させ、より親切で寛大で社交的であることを促すという仮説を立てました。

畏敬の念について調査している心理学者のジョナ・パケット（Jonah Paquette）は、これらの研究が、畏敬の念が人間の中に徐々に生じてきた理由を解き明かす一助になるのではないかと考えています。畏敬の念を抱くと、困っている人を助けたいという気持ちが強まり、その結果、他者との連帯感が増します。皆に気を配り、自分の欲求よりも集団のニーズを優先させることで、集団レベルでの生存の可能性が高まるのです。

・ 畏敬の念を抱く体験は、幸福度や人生に対する満足度を高め、気分にも影響を与えます。その効果は、そのときに幸せを感じるだけでなく、持続性があり、幸福感が数週間続くこともあります。

・ 畏敬の念は、新しい観点につながります。畏敬の念を抱いた後に、多くの人が、人類全体や世界全体が一体であると強く感じるようになります。

・ 畏敬の念を抱く体験によって、時間の主観的な捉え方も変化します。スタンフォード大学ビジネススクールが行った調査では、畏敬の念を抱いている間やその後には、時間に「豊かさ」を感じるという報告がしばしばなされました。まるで時間が止まってしまったかのような感覚であることもあります。

畏敬の念をもっと頻繁に味わうために

How to Experience More Awe

前出のジョナ・パケット氏は、著書『畏敬の念に打たれる－驚嘆の念が幸福と健康を増し、つながりの心を育む』（Awestruck: How Embracing Wonder Can Make You Happier, Healthier, and More Connected）で、次の提案をしています。

・ 持続させる：畏敬の念を感じたら、その感情をできるだけ長く持続させましょう。
・ ゆったりと過ごす：より快適な時間を日々送りましょう。
・ 五感を澄ます：色、質感、香り、味、触覚、音に注意を向けましょう。
・ コンピューターから離れる：一日のうち何時間かは、コンピューターやスマートフォンに触れない時間を設けるか、週末は使わないようにしてみましょう。
・ 日記に記す：些細な驚きからこの上なく感動的なものまで、畏敬の念を覚えた体験を日記に書き留めましょう。
・ 音楽を聴く：畏敬の念が湧くような音楽を楽しみましょう。そして、音楽なしでその気持ちを甦らせる練習をしましょう。
・ 他の人と一緒に過ごす：子供やペットと一緒に過ごしたり、野生の動物たちを観察したりしてみましょう。
・ 日々の仕事を見直す：一息ついて、私たちの日常の活動の多くがいかに驚嘆に値するものであるかを振り返ってみましょう。
・ 畏敬の念を感じる散歩をする：ゆっくりと自然の中を歩き、植物や動物、風景の特徴、そこに働いている力と心を通わせてみましょう。

ルーミーはこう問いかけました。神は自身の姿を絶えず目にしているのに、どうして目が眩まずにいられるのか。

『神はどうして、目が眩まずにいられるのか。』
小川の中のあの岩を、水が越えて流れる。その驚くべきありさまだけで、世界はこれで良し。
馬の尾の素早い一振りに、私はまたも驚きょうがく愕する。すべての動きを支配する、目に見えぬ
神の雄大さに。
私は時として掌てのひらで、まばゆさから両目を遮さえぎりたくなる。愛しい人よ、あなたがそこにい
るから。
あなたは、美しい顔を前にして息を呑の んだことがあるだろうか。
あなたの答えを待っている、驚くべき疑問がある。それは、神と私の疑問でもある。
互いに見つめ合っているとき、私たちは、どうして目が眩まずにいられるのか。
まことに、
神は自身の姿を絶えず目にしているのに、どうして目が眩まずにいられるのか。
光が小川のように流れ、天にいる無数に多くの者たちが讃えているというのに。