
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

西洋の「宇宙観」(注1)に対して、日本古来の「宇宙観」とはどのようなものだったのでしょうか?
注1:ここでいう「宇宙観」とは、現代天文学のような「宇宙の物理構造」ではなく、人間・神・死者・方位・暦・星の関係をどう理解するかという、宗教的・文化的な世界像のことを言います。
縄文時代や弥生時代などに関しては、出土物から類推するしかないため、まず、文字として残っているものから比較してみようと思います。
創世記との比較
聖書と日本書紀、古事記を見比べてみると、その始まり、いわゆる世界がどのように始まったのかという記述が大きく異なっていることがわかります。
キリスト教神学では「世界は神によって創造された」ものと理解されますが、創世記の叙述自体は、混沌とした状態に神の言葉が秩序を与えていく物語として読むこともできます。
一方、日本書紀では、「天地未分の渾沌から世界が分かれていく」という、中国的な天地開闢(かいびゃく)論に近い形で語られます。
対して、古事記では、すぐに神々が出現します。
これは、日本書紀が対外的に日本の歴史を示す性格を持っていたため、当時の最先端であった中国風の天地開闢論を取り入れて形を整えたのに対し、古事記は国内向け・内廷的な性格を持つ神話・歴史書であったため、神々の登場から始まる方が自然だったのかもしれません。
ただし、聖書や日本書紀の記述は、現代的な意味での体系的な「宇宙論」というよりも、世界の始まりを「宗教的・神話的」に語るものであり、聖書の宇宙観は、「外にある神が世界を創った」ことから始まり、日本の宇宙観は、「すでにある世界の中に神々や国土が発生した」ことから始まります。
神道・古神道の宇宙観
古代神道・記紀神話の宇宙観では、この世界は、キリスト教的な「無からの創造」ではなく、天地が分かれ、そこに神々が現れるという形を取ります。
空間構造としては、かなり素朴に言えば、上に「高天原(神々が住む世界)」、中央に「葦原中国(人間の住む世界)」、下に「黄泉・根の国(死者の住む世界)」がある三層構造となっています。
ここで大事なのは、古代日本の「宇宙」は現代の天文学的な宇宙の意味ではなく、「天下」「日本の国土」に近いニュアンスであったことです。
つまり古代日本の宇宙観は、天体の構造論よりも、神・自然・国土・祖先・王権の配置図であり、星そのものよりも、「この土地に神が宿る」、「山・川・岩・樹木に神性がある」、「天と地と黄泉がつながっている」という感覚が中心となっていました。
そして、これらが書かれた日本書紀は720年に完成しましたが、今の私たちにとって身近な暦・方位・吉凶などの感覚は、実はその後の陰陽道・仏教導入後の思想(宇宙観)が軸となっています。

宇宙は、「読めるもの」、儀式によって「働きかけられるもの」に変化
仏教と中国思想が日本に入ると、日本の宇宙観は一気に複雑なものになります。
まず「陰陽道」がありますが、これは中国由来の「陰陽五行」をもとにしながら、日本で独自に発展した体系で、律令制では陰陽寮が占い・天文・暦・時刻管理などを担いました。
その後、賀茂氏・安倍氏などによって、10世紀ごろから呪術・儀礼を含む「陰陽道」として形成されていきます。
そして、ここで語られる宇宙は、単なる神話空間ではなく、「方位・時刻・暦・星・季節・吉凶」が連動する秩序となります。
たとえば、「この方角は凶」、「この日は避ける」、「星や天変は政治的な兆候である」というように、宇宙は「読めるもの」、儀式によって「働きかけられるもの」になり、これはたいへん大きな変化となりました。
一方、仏教は、「須弥山世界・六道輪廻・業・浄土・地獄」という、道徳的で多層的な宇宙観を持ち込みました。
「須弥山」を中心に海や山脈、四大洲(古代インドの宇宙観による4つの大陸)が広がるという仏教的宇宙論では、人間の世界は宇宙の一部であり、死後も業によって六道をめぐるとされています。
さらに密教、とくに真言密教では、宇宙は単なる場所ではなく、「仏の身体・曼荼羅として可視化された秩序」となります。
両界曼荼羅は「胎蔵界」と「金剛界」という密教的な宇宙観を描くものとされ、空海の時代からの重要な視覚体系でした。
この時代以降、日本では、
・神道の土地の神々
・陰陽道の方位・暦・星の秩序
・仏教の輪廻・須弥山・浄土・地獄
が重なっていき、神仏習合をはじめとする、日本独自の文化が作られていきます。
簡単に言うと、中世日本の宇宙観は、「上に天国、下に地獄」というような単純な構造ではなく、神も仏も鬼も祖霊も方位神も同時に存在する多層世界となり、私個人としては、この神道・陰陽道・仏教・密教が重なり合う複雑さこそが、日本の宗教文化らしい特徴であり、非常に興味深い点であると思っています。
密教的な宇宙観
密教は9世紀初頭に日本で本格的に展開され、インド・中国から入ってきた占星術や天文暦学を取り込み、星を、七曜・九曜・十二宮・二十八宿などの体系で理解していきました。
特に宿曜道では、七曜・十二宮・二十七宿または二十八宿などを用いて、吉凶や運命を判断する体系が平安中期以降に広まったとされています。
宿曜は、「神の住所」または「神そのもの」とされて胎蔵曼荼羅の最外院や北斗曼荼羅に描かれ、二十八宿は菩薩形、十二宮・九曜は人や動物の姿で図像化されました。
つまり密教では、星は「天文学的対象」であると同時に、「神格・仏尊・霊的作用の可視化」でもあり、星空そのものを仏の秩序へと組み替えていきました。

北斗七星の信仰
密教の星信仰では、特に北斗七星が重要で、北斗七星は、寿命・災厄・運命と関係するものと考えられ、北斗法や星供(ほしく)の中心となりました。
現代の寺院行事としても、星供・星まつりでは、北斗七星、九曜星、二十八宿などを供養し、災難除け・福徳増進・健康長寿を祈るとされています。
ちなみに、神社でも「星まつり」のような行事がありますが、それは神仏習合における密教の名残であると思われます。
そして、これらは陰陽道とも混ざり合い、北斗、北極星、方位、寿命、王権、災厄除けへとつながっていきます。
七曜・十二宮・二十八宿で吉凶を見る
密教の宇宙観や星信仰には、いわば「仏教版の占星術」のような側面があり、代表的なものが宿曜道です。
宿曜道では、七曜、十二宮(黄道十二宮)、二十七宿または二十八宿などを用いて、人の運勢や日々の吉凶を判断しました。『宿曜経』では、これらの星や暦の関係によって、人生の運命や日々の吉凶を知ることができると説かれています。
一方、九曜は、密教の星信仰や星供において重要な尊格・星神として扱われ、災厄除けや延命、運命への祈りと深く関わっていきました。

七曜とは?
私たちの生活は、日曜日に休み、月曜日から仕事などを始めるという一週間のサイクルで回っています。
一週間を生活の単位として日曜日を休日とする制度は、西洋の文化を取り入れることによって浸透しましたが、実は、「日・月・火・水・木・金・土」という並びは、七曜の「太陽・月・火星・水星・木星・金星・土星」に由来しています。
今日では、日曜日とキリスト教の安息日思想とが重なり、一週間そのものが西洋由来のようにも感じられますが、日本語の曜日名や暦注としての「七曜」は、キリスト教から直接導入されたものではありません。
古代の西アジア・地中海世界で成立した惑星曜日が東へと伝播し、「インド・中国の仏教占星術」→「宿曜経」→「日本の密教・宿曜道」→「日本語の曜日名」という流れで、今日に至っています。
一方で、日曜日を休日とする一週間の生活制度は、明治の太陽暦採用と週休制の導入によって社会に定着していきました。
つまり、私たちがあたりまえのように使っている「曜日」には、西洋近代の生活制度と、仏教・密教を経由した古い星の思想とが重なっています。
かつての人々が太陽や月、惑星の運行に宇宙の秩序や吉凶を読み取ろうとした感覚は、今も曜日という形で、私たちの暮らしの中に残っています。
日々のカレンダーの中には、近代と古代、西洋と東洋、制度と信仰が、静かに同居しているのです。

※上記の文章は、バラ十字会日本本部が発行しているメルマガ「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の記事のひとつです。このメルマガの購読をこちらから登録すると、毎週、配信記事が読めるほか、季刊雑誌「バラのこころ」(神秘・科学・芸術)のPDFファイルを年に4回入手することができます。
体験教材を無料で進呈中!
バラ十字会の神秘学通信講座を
オンラインで1ヵ月間
体験できます
無料でお読みいただける3冊の教本には以下の内容が含まれています

第1号:内面の進歩を加速する神秘学とは、人生の神秘を実感する5つの実習
第2号:人間にある2つの性質とバラ十字の象徴、あなたに伝えられる知識はどのように蓄積されたか
第3号:学習の4つの課程とその詳細な内容、古代の神秘学派、当会の研究陣について
執筆者プロフィール
渡辺 篤紀
1972年9月30日生まれ。バラ十字会AMORC日本本部下部組織(大阪)役員。ベーシスト。 TV番組のBGM、ゲーム音楽の作編曲のほか、関西を中心にゴスペルやライブハウスでの演奏活動を行っている。





