ルーシー・E・キャロル
ヨハネス・ケルピウスは、初めてアメリカに渡ったバラ十字会員たちの指導者であったことが知られています。現在、フィラデルフィアのフェアマウント公園となっている土地の一角を流れるウィサヒコン水路沿いに、彼は共同体を設立しました。この共同体が従っていた規範と生活上の原則は、『バラ十字友愛組織の声明』(Fama Fraternitatis)という、素晴らしい16世紀バラ十字文書に定められていたものでした。ケルピウスの設立したこの共同体には、薬草を栽培する庭園や、天文学のための望遠鏡も備わっていました。また、この共同体の人々は学校を建て、治療を行ない、さらには周囲に暮らす人々も参加することのできる集会や、そうではない秘密の集会も開いていました。
彼らが残したものの中に、注目すべき一冊の本があります。この本の中にはドイツ語原文と英訳文と楽譜が含まれており、『彼女が、悲嘆と孤独とともに横たわり、数限りない敵に虐げられていたときの、密かな愛の嘆きの声』という題が付けられています。この書物を、初期の研究家たちは誤って「讃美歌集」に分類してしまったのですが、実際に含まれているのは讃美歌ではなく詩です。聖書に関連するテーマの詩もありますが、大部分の詩は哲学と神秘学の研究に関わるものです。それらは、クリスティアーナ・ワーマー(Christiana Warmer)という女性が、ケルピウスの教えを詩の形式にしたものであることにほぼ間違いはありません。彼女のサインが本のタイトルページに書かれています。ドイツ語の原文には、向かい合わせのページに英語訳がついています。英文の著者はおそらく、共同体の他の一員であったクリストファー・ウィット(Christopher Witt)であると思われます(出典1)。
これらの素晴らしい作品には、比喩と象徴と神秘学上の真理が満ちています。中でももっとも注目すべきものは8番目の詩です。英語のタイトルは『世界を征服する愛の力 - 罪と死 - 哀歌 1705年作』です(出典2)。136節からなる詩で、筋は入り組んでおり、詩風もまちまちである上に、調子も定まっていません。中には「話し口調」であることを匂わすような箇所もあります。つまり、この作品は賛美歌ではないのです。
「左の書物は、ヨハネス・ケルピウスの現存するわずかな遺品のうちの一点である。横12.7cm×縦17.8cmほどの大きさの賛美歌集で、おそらくケルピウスの親友であった J・G・シーリッヒ(Seelig)が1705年に製本したものと思われる。この珍しい書物について、歴史家のユリウス・ザックス氏は、次のように述べている。『70ページにわたるこの独特な本には、12の賛美歌と楽譜が含まれています。この本が、それに似た手書きの本を手作業で複写したものであるか、ばらばらな原稿を製本したものであることは明らかです。そこには、聖所での日々の式典で、一般的に用いられていたような賛美歌が書かれています。見開きの左ページには、ドイツ語で書かれた賛美歌が見られ、右ページにはそれを英語の韻律詩に翻訳した試みが見られます。賛美歌と同じように楽譜もまた、すべてケルピウスの独特な筆跡で書かれています。この本は、彼の日記と並んで、彼の宗教に対する情熱の深さを私たちに教えてくれています。』」
http://www.middletonbooks.com/html/witw/witw_hymn.html より。
15年にわたって念入りに調査研究を行った末に私がたどり着いた結論は、この『愛の力』が神秘学的な音楽劇であるというものです。この考えが正しいとすると、ある驚くべき事実が明らかになります。この物語と、その86年後の1791年に、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが歌劇『魔笛』(Die Zauberfl?te)で用いた物語との間には、著しく似たところがあるのです。
どちらの物語も象徴的な叙事詩であり、ある王女(魂を象徴する女性原理)が登場します。この王女は、裁判にかけられた果てに投獄され、誘拐され、そして最後には〈王〉と出会って結ばれます。ケルピウス作の物語では、宗教的な表現と神秘学的な表現が互いに絡み合っています。この〈王〉は、最終的には十字架上のイエス・キリストであることが明らかになります。モーツァルトの歌劇でもケルピウスのバラ十字音楽劇でも、光の力と闇の力が、物語の重要な要素になっています。試練、もしくは火による浄化というテーマが、どちらの作品からも読み取れます。両作品とも、愛する人から略奪される王女(魂の象徴)と王女を略奪する邪悪な登場人物が存在しますし、「心の中の殿堂」(inner temple)と儀式用のローブが登場します。
この2つの物語が似ているのは、偶然の一致などではありません。バラ十字会という伝統組織は、フリーメーソンが設立される以前から存在していました。『魔笛』という物語は、「フリーメーソン的作品」に分類されていますが、実際には、それよりはるかに古いバラ十字音楽劇に磨きをかけた改作なのです。
『愛の力』に含まれている曲は、讃美歌のスタイルをしてはいますが、楽聖モーツァルトの有名なオペラの足元にも及びません。しかし、物語に関して言えば、オリジナル版の方に綿密に調べてみる価値があります。『愛の力』は様々な視点から読むことが可能であり、光と闇、善と悪、キリストと悪魔、知恵と無知がテーマとなっています。物語に繰り返し現れるテーマのひとつは、自然の持つ二元的な性質であり、それはグノーシス派の教義にまでさかのぼることのできる概念です。この概念のことが、「左側の麻痺」(Left side weakness)というような、さまざまな奇妙な言葉で表されています。
もう一つのテーマは、王冠に先立つ十字架、つまり報酬の前の苦しみです。第7節と第8節には次のように書かれています。
「〈王〉はその場で王女に次のように告げた。わが王国において、あなたは我と同等に、尊敬と賞賛を得るべきである。そして、〈王〉は、近づきつつある十字架の試練についても彼女に告げたが、彼女はそのことには注意を払わなかった。しかし〈王〉は、彼女の喜びが取り戻されつつあることも告げた。彼女は、〈王〉の力が常に外に及ぶことを望み、自分には、最高の名誉の座を求めた。」(出典3)
モーツァルトの歌劇は、若い恋人たちがくぐり抜けなければならない試練に満ちていますが、ケルピウスの文書にあるのは、別れと火による試練です。その代償として、地上の愛ではなく永遠の愛が与えられます。〈王〉の魂は、幽閉され、孤独の中にいる彼女を見つけます。彼女の手にはランタン(知恵の象徴)とハンマー(強さの象徴)が握られています。彼女はハンマーを用いて足かせを叩き壊し、また、打ち付けたときに出る火花でランタンに灯をともします。第84節と第85節には、こう書かれています。
「すると彼女は、ためらうことなく両手でハンマーをつかむと、いっそう強まった自信とともに振り下ろした。〈神〉は彼女の悲惨で困難なありさまをご覧になった。彼女がハンマーを堅い岩に叩きつけると、その一撃で火花が飛んだ。ランプに灯がともり、昼の明るさが四方に広がった。彼女が一撃を加えると、足かせは粉々に砕け散った。まさしく、懸命の努力と、正しく起きた奇跡である。それが済むと、彼女は手にしていたランプで牢獄に火を放ち、炎を通り抜けて足早に立ち去った。」(出典4)
「炎を通り抜けて」と書かれていることに注目してください。火とは、入門儀式としてソウルが体験しなければならない浄化の式典のことを表しています。私たちにとって、火は象徴的な意味を持ちます。物語全体を通して、〈魂〉を象徴する〈王女〉は、心の備えが足りず性格に弱点があることから、その責任を負うことになります。しかし、第122節は私たちに次のような警告を与えてくれています。
「背く者を、ふさわしい時に至る前に裁くことなかれ。また、性急に裁くことなかれ。おお、慈悲をもって王女を遇し、咎めの中にも哀れみを含めたまえ。おお、真実で正しき〈愛〉を、汝の中であるがままにせよ。しかし、その〈愛〉の真価を判断せよ。さもなくば汝は、親しきその光を、反対の闇に変えてしまうであろう。」
美しい結びの節は、多くのイメージと知恵に富み、私たちに教訓と希望を与えてくれます。
「おお、さらに深く汝自身を恐れよ。それと同時に、勇気とともに堅実に前へと進み、心に浮かぶ聖なる恐れを尊重せよ。この上なく明るい昼が暗黒の夜を飲み込むように、闇に閉ざされた汝の夜もその力を潜める。日々の務めの重さに耐え続けているがゆえに、ただ我々にできることは、夜の昼への交代を見つめ比べること。しかし、この世の人生の最期に〈愛〉が立ち現れる時、何よりもまず、〈王〉の安息日が我々の中で始まる。」
1986年の夏、堂々たるこの作品が、フィラデルフィアで復刻上演されました。ケルピウス協会(現在廃止)がスポンサーとなり、バラ十字会AMORCのベンジャミン・フランクリン・ロッジが監修にあたりました。このインスピレーションに満ちた作品が、いつの日か再演されることが望まれています。モーツァルトの偉大な音楽である『魔笛』を、今度聴く機会があったときには、それがさらに以前の作品を発展させたものであることを思い出してください。そしてその作品とは、1705年にフィラデルフィア近郊のウィサヒコン水路沿いで、共同体の代表をしていたヨハネス・ケルピウスと〈バラ十字〉の導きによって生まれたものです。
出典:
1. See “Christopher Witt: Rosicrucian Wonder Worker of the Wissahickon,” Rosicrucian Digest, Feb. 1986.1.
2. See “The Lamenting Voice”, manuscript, pp.34-56.Ms. Ac 189, Historical Society of Pennsylvania.2.
3. From translation and edition copyright L E Carroll, 1986.3.
4. Ibid.
5. Ibid.
6. Ibid., verses 135 – 136.
参考文献
Sachse, Julius Friedrich, German Pietists of Provincial Pennsylvania, Philadelphia: 1895.
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