以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

音楽とサイキックな自己
Music and the Psychic Self
クリス・R・ワーンケン
By Chris R Warnken

サイキックな嵐
A PSYCHIC STORM
「サイキックな嵐」とは、随筆家で評論家であるポール・エルマー・モア(Paul Elmer More, 1864-1937)が作った、「偉大な音楽」の定義です。ウォルター・リップマン(Walter Lippmann)はモアについてこのように書いています。「彼の著作を読むことは、厳粛で気高い観念の領域に入ることを意味し、彼というひとりの人間を知ることを意味する。この人は、表向きは評論家であるが、人間のあらゆる体験に、隅から隅まで深く関わっていた。」この見方は、モアのエッセイのひとつで確認することができます。この文章で彼は、心の深奥の秘密を覆っているベールを見破ったことをそれとなくほのめかしています。モアは次のように書いています。
「偉大な音楽は、心の内側にある測り知れない深みに、過去の神秘をかきたて目覚めさせるサイキックな嵐である。あるいは、驚異的な呪文であると言ってもよい。若さと喜びと優しさの亡霊のすべてを呼び出す音楽。滅び去った情熱の幻想の痛みのすべてを呼び覚ます音楽。威厳、夜、そして栄光の命を失った感覚のすべて、息絶えた歓喜のすべて、忘れ去られた寛大さのすべてを蘇らせる音楽がある。しかし、己の命が始まってから、まだ百年も経っていないと、いわれなく夢想している人にとっては、音楽の影響は不可解に思えるであろう。真実を知る方法を伝授された人は、次のことを知っている。メロディーのさざ波のすべてと、ハーモニーの大波のすべてには、心の内部にある、〈死と誕生が生じる海〉からの反応があり、この海の一部には、計り知れないほど遠い古代の喜びと苦しみが渦巻いている。」
参入者だけが参入者を完全に理解できるように、参入者だけが上の言葉の真実を実際に確かめることができるように思われます。実際のところ、数学的に、すなわち理論的には完成していたとしても、また、メロディーとハーモニーと音色が美しく聞こえたとしても、魂に訴える力のない音楽があります。楽しく聴くことができる作品に出会ったとき、その作曲家の技巧に驚嘆することがあります。早いテンポで演奏されたり、エキゾチックなリズムで演奏されると、もしかしたら、感覚が快く刺激されることさえあるかもしれません。しかし、美学理論が基になっているような賞賛は、現代の建築を見たときの私たちの賞賛と似ていることでしょう。そのような満足は、単に知的な満足なのです。その場合私たちは、舞台のからくり装置、あるいはマジシャンの鮮やかな技を楽しむように音楽家の作品を楽しみます。そのような作品がどれほど驚くべきものであり、素晴らしいものであったとしても、そこには、内的な反応というものが完全に欠けています。というのも、そのような作品と私たち自身を、関連づけたり同一視することが十分にできないからです。
主情的な音楽
Emotional Music
しかしながら、別のタイプの音楽作品が存在し、そのような音楽は異なる方法で生み出されると私たちは考えます。このような音楽が生み出されるときには、作曲家が経路としての役割を果たし、サイキックな世界に永遠に存在している音色や主題が現実化されるのであると、私たちは確信しています。モアが言ったように、そのような音楽は、悠久の昔から存在する人類に、「昔日の亡霊を呼び出す」力があります。繊細な和音と主題と、その絶妙な進行があり、それらの振動は、人の心の中にある下意識のかすかな記憶に共鳴し、そこから反応が生じます。この種の音楽は、数学的に言えば完全ではないかもしれませんし、さらに言えば、必ずしも耳に心地よいものではないかもしれません。しかし、そのような音楽に対する反応と、高い評価は消えることなく持続します。これが「主情的な音楽」です。
(訳注:主情的とは、理性や意志でなく、感情や情緒などを中心とする性質のことです。)
音楽そのものや、音楽の受け取られ方が、完全に主観的なものであることを、私たちは、はるか昔から知っています。2人の人が、ある音楽に対して同じように反応する必要はありません。ある人には感動的な音楽であっても、他の人にとっては、わずらわしい音楽であるというのは、とてもよくあることです。いずれにも、もう一方に勝る証拠があるわけではないのに、どちらが正しくてどちらが間違っていると、誰が言えるというのでしょうか。音楽の影響は、脳の中央部にある、情報の伝達を中継する中枢である視床と、その近くにある聴覚神経を経由して伝達され、知性を司る部分を全く通らないという説が出されています。ある種の精神病の患者は、規則正しく体を揺すらなければ他の人と話をすることができず、その行為は「視床反射」と呼ばれることがあります。このような行動と、その他のいくつかの行動を観察することが、音楽療法という技法の開発につながりました。この治療法は、心の健康の問題にかかわる人たちの間で幅広く実施されています。そして、時として驚くべき成果が得られています。

音楽療法
Music Therapy
劇作家のウィリアム・コングリーヴ(William Congreve)は、1697年に発表した戯曲『喪に服する花嫁』(The Mourning Bride)の中で、次のように書いています。
「残忍な心情をなだめ、石を柔らかくし、節くれだった樫の木を曲げるほどの魅力が音楽にはある。こう聞いたことがある。魔法のような曲と説得力に満ちた音によって、命のないものさえ感動し、生ける魂が与えられる。」
音楽療法に関する初期の実験によって、ある種のタイプやある種のジャンルの音楽だけが、人を落ち着かせることができるということが確実に見いだされています。また、奇妙なことに、人を落ち着かせることができる音楽は、必ずしも、「落ち着くような音楽」だと多くの人が考える音楽ではありませんでした。興奮している人や、取り乱している人、激怒している人の心に“届く”のは、同じように刺激的で騒々しく、型破りの音楽作品であることがあります。
腹を立てていたり、失望してしまったり、まぎれもなく「不愉快な」気分になっている自分に気づいたときには、たとえば、次のような扇情的で刺激的な音楽を聞いてみてください。チャイコフスキーの幻想曲『フランチェスカ・ダ・リミニ』(Francesca da Rimini)や、スクリャービンの『プロメテ―火の詩』(Poem of Fire)と『法悦の詩』(Poem of Ecstasy)、また、ストラヴィンスキーの『春の祭典』(Le Sacré du Printemps)でさえ役に立つかもしれません。これらの曲のいずれかを聴くと、浄化作用を感じて、あなたの不快な気分が完全に解消される可能性があります。
このような音楽の刺激的で強烈な音階は、私たちの気分と一致して、怒りや興奮といった性質を吸収してくれるようです。そしてその後に、心の静けさや、重荷が取り除かれた感じを残してくれます。もしもあなたが悲しみを感じていて、他の人に悟られないように感情を抑制しようとしているときには、チャイコフスキーの交響曲第6番『悲愴』(Sixth Symphony, the Pathétique)の最初と最後の楽章や、シベリウスの『悲しきワルツ』(Valse Triste)を聴いてみてください。そうすると、さらに涙があふれるかもしれませんが、悲しみが取り除かれる効果をお感じになられることでしょう。精神の高次の領域に昇りたいと感じたときには、リヒャルト・シュトラウスの『英雄の生涯』(Ein Heldenleben)か、シェーンベルクの『浄められた夜』(Verklärte Nacht)を試してみてください。個人的なことを言えば、セザール・フランク(César Franck)のオルガン曲のほとんどすべてに私は感動します。
優れた音楽を聴くことを好む人たちは、多くの場合、2つのグループに分類することができます。ひとつのグループは、楽曲が技巧的に優れている点や、主題の展開部の広がりや巧みさ、そしてそれ以外の技巧的な考察を楽しむ人たちです。フランクの音楽は、半音階を基にした旋律があまりにも多く、また変調を多用しているために、調性(長調、短調の各調のこと)が不安定となり、音楽的な面白味が損なわれていると批判する人たちがいますが、これらの人々は第一のグループに属します。
もうひとつのグループは、音楽の技巧についての知識を全く持っていない人や、持っていても全く気にかけない人々です。そのような人たちは、どんなときでも、魅力的で心に響く音楽を聞くことが、ただ純粋に好きなのです。このような人たちにとって、楽曲がどのように構成されているかとか、なぜそのように創作されたかなどは重要ではありません。これらの人々は、説明をまったく必要としない世界共通の言語によって、音楽が自分たちに話しかけているということだけを知っています。そして、壮大な絵画や景観と同じように、その美しさを楽しみます。
普遍的な魅力
Universal Appeal
先に挙げた最初のグループは知的な音楽を好みますが、2つめのグループは主情的な音楽を好みます。しかし、ほとんどすべての人から求められ、高く評価されている種類の音楽もあるというのは重要な点です。最も原始的な文化から最も洗練された文化に至るまで、すべての文化には特有の音楽の形式というものがあります。かすむほど遠い過去から、あらゆる時代に、その文化に特有の音楽形式が存在していました。
それゆえに、はるか昔から続いてきた人類の下意識には、とびきり優れた瞬間の印象的な記憶が残されていて、それらの記憶は、世界中の偉大な音楽に込められ、そのような音楽によって表現されています。時間と空間、誕生と死という地図のない海へと、そしてその海の向こう側へと、そのような音楽は私たちを運んでくれます。そして、太古から継続していて、永遠に続いていく自身の生命が見た場面を、再び目撃します。あるいは、少なくとも、目撃し体験した事柄に含まれていた感情が呼び起こされます。心の深奥の神秘への入門を幸運にも体験することができた人々は、永遠の今(now)と私たちを結びつけている音楽の力を、特に高く評価します。幸せな瞬間、悲しみの時、素晴らしい教訓、不吉な恐怖、甘くて穏やかな幕間、そして精神の高揚に満たされている偉大な音楽を経験することは、まさにサイキックな嵐なのです。
※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。
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