
山下 勝悦
さて、火縄銃と漢字には共通点があります。それは、どちらも外国から伝わって来たということです。
もし火縄銃が日本に伝わっていなかったら……日本は平和だったでしょうか?
もし日本に漢字が伝わっていなかったならば、私ら日本人はどの様な文字を使っていたでしょうか、どの様な言葉を使っていたでしょうか……?
さて、日本に火縄銃が伝わったのは天保12年(1543年)にポルトガル人が種子島に持ち込んだのが最初といわれていますが時を同じくして別のルート(東アジア経由?)からも入って来ていたという説も有力になっているのだそうです。

当時、火縄銃の製作は刀鍛冶が携わることになりました。
最初の頃は試行錯誤の連続だったそうですが、日本古来の刀剣造りの技術を駆使して、本家をも超える高性能・高耐久性を持つ火縄銃を造り上げることに成功したのだそうです。
そして、その命中率たるや世界屈指の性能を誇ったのだとか。
その後、戦国の世が終わり、戦いのない時代になってからも基本構造はそのままに江戸末期まで火縄銃作りは続きました。
その頃から、武器としての性能を高度に維持しながらも象嵌(ぞうがん)や蒔絵などの装飾が施される様になり、美術品としての価値が付加されるようになったのです。
侍が腰に指す刀剣(武士の魂)と同じ様な扱いとなったのでしょうね。
ここで余談になりますが、火縄銃の製造も歴史を重ねてきますと、火縄銃を扱う名手も数多く現れてきたのだそうです。
中には通常の倍の量の火薬を装填して超遠距離射撃を行うといった、劇画家さいとう・たかお氏の描くゴルゴ13の様な強者狙撃手も現れたのだそうです。
日本の火縄銃鍛冶職人の極め付きの技術あってこその出来た技だったと何かの本で読んだ記憶があります。
日本人の物作りの技術はこの頃から素晴らしかったのですね。
そして年号も令和となった今現在、火縄銃は美術骨董品としての価値を得ています。
続いて漢字の話に移ります。
私たちが日本語として使っている漢字もその昔は中国から日本に伝わって来た文化ですよね。

昔の文化人はその漢字を簡略化することによって平仮名や片仮名と呼ぶ文字を作り出してくれました。
その甲斐あって、現代の私達は漢字をうっかりど忘れしたとしても平仮名や片仮名で代用することが可能となっています。
たとえば、南瓜はカボチャ、西瓜はスイカ、胡瓜はキュウリと、でもこの三つは今では片仮名書きが標準となっていますよね。
では中国の方が漢字をど忘れした場合、どう対処しているのでしょうか?
すると、ローマ字で代用する、スマホやパソコンで調べる、同音異義語で代用する、といった方法で対処するのだそうです。
そして極め付きは「周りにいる人に聞く」だそうです。

おまけの話です。
昔、日本語から漢字を全て抹消して平仮名だけにしたらどうだろうか、といった上申書を今でいう文部科学省に提出した方がいたのだそうです。日本語を平仮名だけにすれば学校で漢字の授業を無くすことができる、そうすれば学習の効率化と時間の節約を図れるのではないかと。
ところがこの上申書、漢字だらけの文章だったとか……

※上記の文章は、バラ十字会日本本部が発行しているメルマガ「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の記事のひとつです。このメルマガの購読をこちらから登録すると、毎週、配信記事が読めるほか、季刊雑誌「バラのこころ」(神秘・科学・芸術)のPDFファイルを年に4回入手することができます。
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執筆者プロフィール
山下 勝悦
1947年11月22日生まれ。山形県村山市在住。バラ十字会日本本部AMORC理事。 おやじバンドでの演奏と地元のお祭りをこよなく愛し、日常生活の視点から、肩ひじの張らない神秘学(mysticism:神秘哲学)の紹介を行っている。





