以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。
※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

プラトンのイデア論
Plato’s Doctrine of Ideas
ビル・ファーリー
By Bill Farle

宇宙との同調を通して、人は「未入門者」(uninitiated)と実在の世界を隔てているベールをくぐり抜けることができる
認識力と思考力を持つ存在である人間は、振動するエネルギーの塊です。そしてこのエネルギー、すなわち人間の心を満たしているのは、周囲の環境、宇宙の中での自身の立ち位置、そして究極の実在、すなわち大いなる第一原因に関する、知覚表象(訳注)と概念です。この「精神エネルギー」は、意識的であるか無意識的であるかにかかわらず、常にものごとを評価し、比較し、判断しています。そしてこれらの判断が、人間の意志とその結果としてなされる行動に関する決断を左右します。
(訳注:知覚表象(percept):知覚によって生じる意識内の内容。概念を形成するときの基本的な構成要素になる。)
哲学者イマヌエル・カントは次のように記しています。
五感の対象は、私たちにその見かけが知覚されるのであり。実際にそれが何であるかが知覚されるのではない。同様に、私たちの統覚(訳注)を超える対象は、理性的知識の対象にならない。理性をもって超越的なものを理解しようとする試みは、断じて放棄すべきである。不可知論は、理性(のみ)をもって超越的な真実に到達する可能性を否定している。
(訳注:統覚(apperception):個々の知覚内容を統合する精神の働き。)
ではどうすれば超越的なもの、超物質的なもの、実在(訳注)、物質世界という変化し続ける現象の背後にあるものや、それを超越するものに到達できるのでしょうか。どうすれば、物質の世界に現れている多くのものの背後にあるヌーメノン(訳注)を知覚できるのでしょうか。ソクラテス、プラトン、ヤコブ・ベーメのような先進的な思想家や神秘家(mystic:神秘哲学の実践者)にとって、実在認識は直接的なものです。宇宙との同調を通して、人は「未体験者」と実在の世界を隔てているベールをくぐり抜けることができます。
(訳注:実在(actuality):感覚で把握された現実(reality)ではなく、感覚とは無関係にそれ自体として存在するもの。物それ自体。実在は存在しない、もしくは実在を議論することは無意味であると主張する哲学学派もある。)
(訳注:ヌーメノン(noumenon):あるものの知覚を通して知る知的概念でなく、物それ自体についての知的概念。)
ベーメは究極の啓示を得た後に、次のように記しています。
15分ほどの間に、大学で何年も学んだよりも多くのことを私は見て知った。というのも、万物の存在、底知れぬ深淵(Abyss)と表層(Byss)[原文のまま]を見て知ったからである。そのため、驚きだけでなく極めて大きな喜びも味わった。
ブッダの場合は、次のように伝えられています。
ブッダは、五感によって明らかになる現象の背後にある法則を直接の認識によって知った。彼は、秩序ある宇宙を認識し、極めて小さな動きが明確に引き起こされ、それ自体が活動の原因であり、それらが理解されると、必然的に力が伴うことをブッダは認識した。

生成
Becoming
神秘家が高度な解釈に達すると、それまでは単調で生気のないように見えたさまざまな現実が、驚嘆と達成という輝きを帯びて、生き生きとした現実になります。ヘーゲルが有名な「生成論」(doctrine of Becoming)の中で見事に示したように、思考は生気に満ちた進歩的なものであり、途切れることのない判断の連続、つまり新しい知識や経験に照らされた絶え間ない破壊と構築から成り立っています。あらゆる科学分野は、知ることのできる宇宙という大きな円のほんの一部分に過ぎません。世界中の科学者が知識という隠された秘宝を明らかにするために献身的な努力を続けています。この知識は、宇宙を支えている法則そのものだと神秘家たちが考えるものであり、根本的で究極の「第一原因」から生じる法則です。哲学者バールーフ・スピノザは次のように記しています。
逆二乗の法則(訳注)を目で見ることはできないが、それはあらゆる所に存在する。あらゆるものが始まる前からこの法則はそこにあり、事物の世界すべてが過去の物語になったときにも存続する。
(訳注:逆二乗の法則(inverse square law):ある量が他の量の2乗に反比例する関係にあること。たとえば、スクリーンに映る像の明るさは光源からの距離の2乗に反比例する。)
また次は、フランスの偉大な哲学者アンリ・ベルクソンの言葉です。
現実は根本的に、崇高な精神の活動である。
内面の崇高な精神を発見することに努力を傾けている人たちは、この定義をどの程度適切に理解しているでしょうか。プラトンの言葉を借用すると、この定義は「値段がつけられないほど貴重な哲学の真珠」です。思考という単なる精神の働きとは対照的に、神秘家による実在の直接認識は、インスピレーションと啓示に満ちています。作家のクリフォード・バックスは、こう記しています。
神秘家の目的は、これまでに存在した目的の中で最も偉大で最も神聖なものである。なぜなら、あらゆる神秘家にとって最重要の目標は、孤立した個人という状態から離れて、創造者の意識そのものへと上昇することだからである。
啓示という高みに向かう旅には、多くの道しるべがあります。この通り道に沿って旅をしようと努力している私たちは、今までは隠されており想像さえされていなかったサイキック現象の多くの驚くべき現れを認識しています。超物質的な現象を知覚できるようになった人は、少なくともこの道をいくらかは進んだことを理解します。そしてこの理解は、いかに些細なものであっても、さらに進もうという動機になり、無限の可能性へと続く扉が開き、神の足載せ台へと導かれることでしょう。

宇宙との同調
Cosmic Attunement
プラトンは、人間が到達できる最高の状態、つまり現代の神秘家がまさしく「宇宙意識」であると理解している状態に達したと言われています。プラトンにとってイデアは実在であり、バラ十字会の神秘学の学習に取り組んできた人の多くは、プラトンの「イデア論」(Doctrine of Ideas)が説得力を持つものだと認識しています。今まで、私たちの大部分にとってイデア論は、興味深い仮説あるいは証明されていない理論に過ぎなかったかもしれません。しかし、経験がある種の知識であると考えるならば、バラ十字の道に最初の一歩を踏み出したという経験によって、長年にわたる書物の研究や哲学的な思索以上に、プラトンが伝えようとした概念をより明確に把握できることでしょう。
宇宙との同調を通じて、体内の敏感な神経中枢にさまざまな繊細な影響が作用を及ぼし、客観的意識と主観的意識を隔てるベールの向こう側にある領域についての、多種多様なイメージをもたらします。たとえば、「宇宙の庭園」(Cosmic Garden)に入る機会に恵まれたことがある人なら、宇宙の庭園が物質世界に存在するあらゆる庭園の原型であることに疑いを抱くことがあり得るでしょうか。光輝くその庭園では、まるで荘厳な建築のようでプリズムのような調和がみなぎり、「草花の鮮やかな光が広がり、静かな空に喜びがあふれ、穏やかな風が近くでささやき」、宇宙という偉大な宇宙精神の神聖な計画の一端を人は感じ取ります。
宇宙との同調によって、私たちはこのベールを通り抜けることができ、実際に現れているもの、つまり物質世界の客観的現象である現実とは対照的な理想世界を認識することができます。至高の精神のイデアには創造を引き起こす性質があり、物質を超越した領域に思念体(thought-form)、もしくはプラトンの呼び方ではイデアとしてまず現れ、その後に物質世界に、自然の外面的表現である客観的現象として現れます。

宇宙精神
The Cosmic Mind
プラトンのイデアは、永遠であり、理想であり、普遍的であり、原型であり、ヌーメノンであり、そして、あらゆる物理現象は一時的なものであり、個別のものに過ぎません。「上にあるものは下にあるものに似ている」(As above, so below.)という言葉が表しているように、思考は創造的です。人間の精神が持つ創造力の具体例として、肖像画を取り上げてみましょう。肖像画の背後にある力は何でしょう?それは間違いなく、顔料でもキャンバスでも筆でもありません。これらは、描かれる人の個性に加えて、色彩、形状、比率、調和に関する画家のイデアを現実化することを手助けする道具でしかありません。
善、正義、節制、美、真理など、抽象的な性質から構成される領域、つまりソウル(soul:魂)が活動する領域には、不可視のものを見る能力がある人の見解では、人間の精神に内在し普遍的精神に由来する規範、すなわちひな形が存在します。普遍的精神に逆らうと同時に協力して、人間はこれらの性質が個々の事物に現れていることを判別します。
これらの超越的な実在、すなわちイデアは、宇宙精神の中にある永遠の概念です。そして、弁証法を用いて取り込んだり排除したりする明確化の絶え間ないプロセスによって、理解を洗練していくことによってのみ、イデアについての近似的な理解に達するのを期待することができます。この内なる弁証法は、すべての個人が持つ生まれながらの権利であり、この内なる弁証法の代弁者は受容と拒絶という2種類の内なる声です。この声は、決して沈黙することなく、創造者の精神によって人間に授けられた理性という能力によって、絶えず定義、分析、評価、判断を行います。

人間の精神
The Human Mind
人間は誰もが、創造者の火から放たれている閃光なのではないでしょうか。人間は、オーバーソウルという宇宙の偉大な魂に依存し、そこからインスピレーションを引き出している個々のソウルなのではないでしょうか。そして、恋い焦がれて探し求めることによって、その言語を絶する知恵の一部を分かち合い、完璧な正義、完璧な真実、そして他の美徳という知性界の美に心の中で近づけるのではないでしょうか?
『対話篇』の中でプラトンは、最愛の師ソクラテスのことを、「魂を誕生に導く、うるさくつきまとう年老いたハエ」と呼んでいます。すなわち自分と対話する人が話題にした抽象的な性質の定義を、すべてこき下ろし判定する審判です。ソクラテスにとって、人間の精神と理性は、私たちを取り巻く物質の世界よりもはるかに研究する価値があるものです。このことは有名な格言「汝自身を知れ」に表されています。ソクラテスは自身について、何も知らないが、ただ知恵を愛すると告白しています。そしてソクラテスは、永遠の真実に、知的抽象概念であるイデアに心をとらわれていました。イデアはプラトンの対話篇のテーマを構成しています。プラトンにとってもソクラテスにとっても至高のイデアとは絶対善のイデア、すなわち創造者のイデアであり、すべての「存在する」ものは、多様性の中の本質的統一にあたります。

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。
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