資料室

錬金術師たちとその象徴

The Alchemists and their Symbolism

セルジュ・ユタン

by Serge Hutin

10 番目の鍵。バシリウス・ヴァレンティヌス著『12 の鍵』(1559 年刊)より。

 中世において錬金術師たちは、本物と偽物とを問わず入り乱れて、奇妙な親交を結んでいました。そこは、貴族と平民、聖職者と一般の人、キリスト教徒とユダヤ教徒、教養ある人と無学な人、学者、純然たる職人、医者、“魔術師”が混在する、いわば“階級混淆”社会でした。ドイツ、フランス、イギリス、イタリアには、家を持たない錬金術師たちが溢れていました。彼らは、放浪し、あてもなくさ迷う生活を送り、自らの名前を変えることもよくありました。しかし、卑金属を貴金属に変成することにひとたび成功すると、そのときたまたま自分がどこにいたとしても、その場を去り、その後、あらゆる予防措置を講じて身元が分からないようにするのが常でした。錬金術師たちは確かに、国に縛られない"世界市民"でしたが、さまざまな秘密の団体を作り、それを通して互いに緊密に連絡を取り合っていました。このような団体は、いくつかの点でギルドに似ていました。彼らは合言葉を用いていたので、新たなメンバー同士でも互いに仲間であることを知ることができました。彼らがどうして長旅を続けることができたのかが、このことから説明されます。彼らは、どこに行っても歓迎してくれる人がいることを確信することができたのです。しかも中世では、世界中を見聞することがわずかな費用で可能でした。錬金術師が交通手段や宿泊場所を確保する際には、巡礼者の一行や、時にはジプシーの一群に加わることさえ珍しくありませんでした。パリやプラハといった町々には、錬金術師の実験室や集会場が、どの通りにもたくさんありました。

 錬金術師たちの権威は高いものでしたが、このことには恐怖が大きな役割を果たしていました。聖職者や大聖堂建設職人の組合にまぎれ込んだり、時には王族の庇護を受けたりしながら、彼らは謎めいた社会的影響力、もしくはそう思われるような威信を得ていました。錬金術は、当時の学者から自然科学と見なされており、大学のスコラ哲学の教えとは反対に、人々を駆り立てて実験に夢中にさせました。錬金術はさらに、多少なりとも異端である数多くの教えを広める手段になりました。それらの教えは、教会には知られないようにしておく必要があるものでした。

錬金術と教会

Alchemy and the Church

フランス国王シャルル7世が抱えていた「銀細工の巨匠」と呼ばれたジャック・クール(1395-1456)の彫像。彼は〈賢者の石〉を発見したと言われている。フランスのブールジュにあるジャック・クールの館の一部(AMORC 主催のツアーにて撮影)

 こうした警戒すべき展開に直面した教会側は、それを黙って見過ごしていたわけではありません。ローマ教皇筋は、錬金術を何度も非難しています。当時のローマ教皇ヨハネス22世(在位1316~1334年)は、錬金術を行った者はすべて破門にするという教皇令を出しました。ところが興味深いことに、ある言い伝えの主張によると、彼自身も錬金術の擁護者でした。宗教裁判によって十字架上で火刑に処された錬金術師は相当数に上り、また、一般の裁判で絞首刑に処された錬金術師もいました。しかし、こうした迫害(断続的にしか行われていませんでした)にもかかわらず錬金術は流行して、熟練した錬金術師が、時として政界の大立者になることもありました。そうした人物の一人に、フランス国王シャルル7世が抱えていた、「銀細工の巨匠」と呼ばれたジャック・クール(Jacques Coeur)がいます。彼は賢者の石を発見したと言われています。

錬金術師の訓練

The Training of the Alchemist

 どのようにすれば錬金術師になれたのでしょうか。錬金術の達人たちは、自分たちの仕事を、途方もなく高尚なものだと考えていました。『賢者の群れ』(Turba Philosophorum)という名で知られる著作には、次のような一節があります。「我々の書物を食い入るように読み、我々の技法に信頼を寄せる者は誰であれ、浅薄な思想によって正道を踏み外すことはない。神に信頼を寄せるものは誰であれ、天国を見いだし、天国は死によってしか見失われることがないのであるから」。錬金術師たちの主張によれば、錬金術師になるためには、高度な道徳的長所を備えているとともに、啓示という形で神からの支援を受けることが不可欠でした。この考え方は、「国王の技法」(訳注)の達人たちの間で一層強調され、『マタイによる福音書』の第22章に書かれている客についてのエピソードがよく引き合いに出されました。婚礼の席でその客が礼服を着用していなかったことが、「大いなる作業」(訳注)に取り掛かる前に、自身の道徳面を清める準備をしていなかったことのたとえとされたのでした。

訳注:国王の技法(Royal Art):14世紀以降に使われた、錬金術の別名。

大いなる作業(Ars Magna、アルス・マグナ):主に15世紀と16世紀に用いられた錬金術の別名。

 「錬金術師たちの最も著しい特徴は忍耐力であった」とホーファー(Hoefer)は書いています。「錬金術師が失敗によって思いとどまることは決してなかった。不慮の死によって自身の研究を終えなければならなかった錬金術師は、しばしば息子に未完成の実験という財産を残した。父親からかつて学んだ未完成の実験に、その息子が自分の意志で携わるようになるのは、ごく普通のことであった」。錬金術師を志す者は、「読んで、読んで、読み返すのだ。祈り、作業せよ。そうすれば見いだすであろう」という教訓に従わなければなりませんでした。彼らは多くの書物を読まなければならない一方で、書物だけから知識を得るようになってしまわないように警戒しなくてはなりませんでした。そこで錬金術師たちは、自前の道具、炉やフラスコや蒸留器を揃えたのでした。

 しかし、錬金術の主な指導方法は口伝でした。初心者は熟練者の見習いとなるのが一般的で、必要であれば、良き師匠を求めてヨーロッパ中を探しました。それは、当時の学問の研究者の多くが、最も名高い教師のもとで学ぼうと、遠く離れた大学に通っていたのと良く似ています。育成の方法としては、一冊か数冊の写本を研究することもありましたが、問答を繰り返して、その内容を暗記する方が一般的でした。

偉大なる入門者たち

The "Great Initiates"

星形の黄色い記号が記されている暗黒の混合物質。『真理の鏡』(Speculum Veritatis)より、作者不詳、バチカン図書館所蔵、写本番号7286

 時代が下ると、大いなる作業を行う熟練者たちは、入門儀式(訳注)という神秘学派の方式を採用するようになります。バラ十字会員であったロバート・フラッド(1574-1637)によると、錬金術に入門した人たちは「秘密の団体」を結成していました。この団体は、時代によって姿を変えていました。一般の人たちに気づかれることも知られることもなく、高度な能力を身につける方法を授与された彼らは、伝統知識を保持し継承し、保護する者になりました。後にこのような知識から、並外れた成功がもたらされることになります。18世紀には、サンジェルマン伯爵とカリオストロ伯爵が、「著名な異邦人」(illustirious stranger)と必ず呼ばれるほどの成功を収めました。この呼び名は今日でも、秘伝思想(訳注)にまつわる著作の中に見受けられます。

訳注:入門儀式(initiation):西洋の神秘学派の多くは、神秘学を探究することを望む志願者に対して、儀式の中で、秘伝についての秘密を守るという誓約を行わせるとともに、道徳的資質や志の強さを確かめる試験を行ない、それに合格したものだけを受け入れた。この儀式を入門儀式という。

秘伝思想(esotericism):直接の意味は、一部の人だけに伝授される知識。その語源には心の深奥へと向かうという意味が含まれており、神秘体験を重視する神秘思想(mysticism:神秘学)とほぼ同じ意味にも用いられる。

錬金術の文献

Alchemical Literature

 錬金術師たちは、自分たちの秘伝哲学も、自分たちの偉大な作業についても、部外者にはできる限り秘密にしていました。その理由は何なのでしょう。これまで繰り返し言われてきたことは、安全上の理由でした。錬金術師たちの秘伝的な知識は、実際に、一般の人が知るべきではないと考えられた事柄を扱っており、慎重に一般の人々の目から隠されていました。ロジャー・ベーコンは、自身の『第三著作』(Opus Tertium)の中で、次のように述べています。「秘伝は明かされると、その効力が減少する。人々は、秘伝について何も理解しない。それを明かされたとしても、平凡な用い方しかされず、その価値はすっかり失われるであろう。ロバにレタスを与えるのは愚かなことだ、ロバにはアザミで十分満足なのだ。悪意ある者がもし秘伝を知れば、誤った用い方をして世界を破滅させるであろう。私は、神の意志に逆らうことはできないし、学問にとって最も有益なことを妨げることもできない。ゆえに私は、誰もが理解しうる形で秘伝を書き記すことはしない。」

 詮索好きな人たちの気を削ぐためには、あらゆる手段を講じなければなりませんでした。「実験室の入り口には常に、ギラギラと光る剣を持った番兵を立たせ、訪れた人はすべて尋問して、入ることを認められるに値しない者たちを追い返さなければならない」。錬金術師のエイレナエウス・フィラレテス(Eirenaeus Philalethes)の言葉を借りれば、「閉ざされし王宮」に入るのにふさわしい人は、錬金術の達人を含めても、数えるほどしかいませんでした。そこで、彼らの意図する事柄は、謎めいた象徴的な記号によって覆い隠さなければなりませんでした。この点において、錬金術師たちは大成功を収めました。錬金術の専門書を理解することは、主要な象徴的記号に関する理論と解読法を知らなくては、まったく不可能です。

 さて、これから、現代と中世の錬金術の著作の一覧表を作っていくことにしましょう。17世紀末以前に、極めて多数の著作が出現しました。そして、それ以降にも、いくつかの著作があります。

錬金術の著作

The Written Works

 現代まで伝えられている錬金術の書物は極めて多く、一ヵ所に集めれば、それだけで広大な図書館を埋め尽くしてしまうことでしょう。この豊富な作品群は、2つのグループに分けることができます。ひとつは、アラビア語の文章をラテン語に翻訳したもので、11世紀頃に西洋に現れました。これらの多くは内容が混乱しており、ギリシャの錬金術師たちの文章が直接引用された箇所やページで溢れています。もうひとつのグループは、西洋の錬金術師が書いた著作です。これらは、まずラテン語で公表され、その後に日常の言葉で公表されました(13世紀以降は、日常語の著作がますます増えていきました)。これらの文章には、散文で書かれた著作もあれば、詩の形式で書かれたものもあります。錬金術の哲学は、詩の世界にかなりの影響を与えています。

 膨大な数の著作が失われはしましたが、現存する作品だけでも、私たちが錬金術について知るためには十分すぎるほどです。最も代表的な著作は、一部の学者によって収集されていましたが、ヨーロッパのさまざまな図書館には、ほとんど知られていない写本が多数眠っていて、そのほとんどはいまだ公表されていません。こうした作品の中で、言葉による説明がかなり多いものであっても、難解であることには変わりなく、見慣れない記号や謎めいた指示が随所に見られます。たとえば「今は固体である〈石〉を昇華することによって、気体にしなければならない。さらに、その気体を固体にし、その固体を溶液にし、そして、その溶液をふたたび気体にし、そしてその気体をふたたび固体にする。やがてそれは流動し、太陽的なものと月的なものに変化し、ある完成が得られる」といった具合です。内容をさらに理解しにくくするために、順序がバラバラにされていることもしばしばあります。また、これらの著作の大部分は、実践的な面だけではなく、錬金術の教えのあらゆる側面を取り上げています。神への祈願で始まる著作も多数あります。たとえば、アルナルドゥス・デ・ヴィラ・ノヴァ(Arnaldus de Villa Nova)の書いた『哲学者のバラ園』(Rosarium Philosophorum)には次のような一節があります。「神のもとに戻るまで、我々の心が休まることはありません。諸々の元素の優れた本質は、星々より上方にある〈火〉へと昇って行くのですから。そして我々、神から生まれた者は、すべてのものの唯一の源である神のもとに戻ることを心から願います」。本文には挿絵が施されて補助の役割を果たします。器具や装置の詳細な図の横には、両性具有のような象徴が描かれますが、これは男性的な原理と女性的な原理の合一を表しています。15世紀以降、これらの図版はますます数が増えて複雑なものになり、ついには呪術的な護符を思わせるものになります。しかしこれらは、極めて多様な数多くの要素をひとつの図版に含めて作られた、錬金術の理論全体の要約なのです。好奇心をそそるこうした挿絵は、芸術的に高い価値があるだけでなく、多くの場合、本文を理解する上で役立ちます。バシリウス・ヴァレンティヌス(Basilius Valentinus)の書いた『12の鍵』や、ハインリッヒ・クンラート(H.Khunrath)の書いた『永遠なる英知の円形劇場』(Amphitheatrum Sapientiae Aeternae)のほか、ミヒャエル・マイヤーやロバート・フラッドの作品には、こうした挿絵が満載されています。

錬金術の絵画

The Allegoric Drawings

 書籍によっては、象徴的な図柄しか描かれていない本もあります。『沈黙の書』(Mutus Liber)はその一つで、〈大いなる作業〉のさまざまな段階を説明した版画が、解説なしに順番に配置されています。そのような書には他にも、ニコラ・フラメル(Nicolas Flamel)が後に解説を加えた『ユダヤ人アブラハムの象形寓意図の書』(Hieroglyphic Drawings of Abraham the Jew)、『ロザリウス・マグヌス』(Rosarius Magnus)があります。

 これらの仲間に、有名なタロットカードを加えないわけにはいきません。タロットカードは、中近東の秘伝思想に関連する品物の中でも、とても興味深いもののひとつです。

タロット

The Tarot

J.D.ミューリウス著『改革された哲学』(フランクフルト1622 年刊)の中の図版。炎に包まれたトカゲ(salamander、サラマンダー)、空中の鳥、2つの山のふもとの水辺が描かれている。この版画が象徴しているのは、頂点が下向きの三角形であり、その中心に地球がある。

 ボヘミア人(ジプシーたち)が西ヨーロッパに到着したのは、14世紀の末であろうと考えられています。彼らの秘伝思想に含まれていたのは、透視や魔術を用いる予知の方法や、インド発祥と思われる神話の体系でした。しかし、最も重要なことは、そこにヘルメス思想(訳注)の伝統が組み込まれていたという点です。それは象徴的で寓意的な図柄の集まりであるタロット(トートの書とも呼ばれます)に凝縮して表されています。タロットは単なる占いの手段ではなく、ヘルメス哲学の要約の一種です。タロットカードは78枚からなり、22枚の大アルカナと56枚の小アルカナに分類されます。描かれている絵柄は15世紀頃に立案されたようです。22枚の大アルカナを特定の順序に並べると、ヘルメス思想の説く宇宙創生の原理がすべて把握できます。混沌、創造の火、単一の原初の物質から4大元素への分離などです。また、太陽神信仰、啓示(悟り)によってもたらされる知識(これは女教皇のカードで象徴されています)、共感と反感、性的二元論、悪と人間の堕落といった要素も、タロットカードには含まれています。これらの興味深い絵柄に関しては、その起源こそが最大の謎なのですが、現代の神秘学の研究家の中には、このカードが、〈大いなる作業〉の各段階を表したものだと主張している人もいます。

訳注:ヘルメス思想(Hermetic tradi-tion):ギリシャ文化の影響を受けたアレクサンドリアなどで、西暦1~3世紀に成立したとされる『ヘルメス文書』によって広まった思想。それ以降の錬金術の基礎になった。新プラトン主義の影響を強く受けているが、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の神秘思想も反映している。

錬金術の彫刻

Alchemical Sculptures

 錬金術師はまた、自分たちの知識と実践を表すために、造形芸術も利用しました。ブールジュ(Bourges)にあるジャック・クール(Jacques Coeur)の館のような多くの建物や、ニコラ・フラメル(Nicolas Flamel)が建てたパリのサン・ジャックの塔のような宗教建築には、とても興味深い、錬金術の象徴の彫刻が多数配置されています。

錬金術の記号

Alchemical Symbols

サン・ジャックの塔は、ニコラ・フラメル通りの突き当り、リヴォリ通り沿いにあるサン・ジャック・ドゥ・ラ・ブシェリー教会の唯一残っている建物である(教会そのものはフランス革命中に破壊された)。その昔、この教会と目印となる塔(鐘楼)は、トゥール(Tours:フランス中部の都市)を経由して、巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(現在はスペイン北西端部ガリシア州の州都)に至る巡礼路the way of St James)に足を踏み出す多くの巡礼者たちを温かく見送った。錬金術師として有名なニコラ・フラメルは、この教会を財政的に支援し、遺体は教会の下に埋葬された。(AMORC 主催のツアーにて撮影)

 部外者から秘密の知識を隠すために、中世の錬金術師たちは、記号の体系的なシステムを作り、近代の初期まで使い続けていました。個々の錬金術師が自由に記号を考案していたとする先入観に基づいた最近の学説とは矛盾していますが、この記号のシステムは、何世紀にもわたって変わることなく使われ続けました。

 古代エジプトのヒエログリフに似たスタイルをしたさまざまな記号が、ギリシャの錬金術師たちにすでに知られており、中世の錬金術師たちとその後継者に、そのままの形で伝えられました。

 クンラート(Khunrath)著の『混合物の物質変成についてのカトリック教徒の告白』(Confessio de chao-Physico chimicorum Catholico)のように、ほぼ記号だけで書かれた論文もあります。ジョン・ディー(John Dee)は、著書『聖刻モナド』(Monas Hieroglyphica)において、こうした錬金術の記号に関する、形而上学の完全な体系を構築しようとしました。たとえば、太陽の記号は、モナド(Monad:単一体)を表すひとつの点を、世界を表す円が囲んでいると解釈します。

 錬金術師たちは、自分たちの思想を隠すために、語句のつづりの順序を変えたり、謎かけを用いたり、縦に読んだり語頭の文字を順に読んだりすると意味が現れるような文章を用いました。たとえば、水銀(Azoth)は、哲学者の石(Philosopher's Stone、賢者の石)を表します。この単語の1文字目には、あらゆる言語のアルファベットで最初の文字である「A」があり、その後ろに、ラテン語とギリシャ語とヘブライ語のアルファベットの最後の文字である「Z」が続くので、この石がすべての物質の始まりと終わりであることを示しています。

寓話と神話

Allegories and Myths

 錬金術師たちはまた、自分たちが行っている実験を隠すために神話を利用しました。(その反対もまた可能であると考えられ、ホメーロスやオウィディウスやウェルギリウスの詩を錬金術的に解釈する著者までいました)。広く使われた神話のひとつに、焼死した自身の灰からよみがえるという不死鳥の話があります。しかし、錬金術師たちは、自身で寓話を作ることも熱心に行いました。そのひとつである『貧しい小作人の小箱』(The Little Peasant's Casket)というドイツ語の著作は、〈大いなる作業〉で物質が帯びる様々な色を象徴しています。「これから旅に出ようとしているとき、私は2つの山の間にいた。そこから私は、野原に立つ一人の男をまじまじと見つめた。彼の姿は厳粛で慎み深く、グレーのコートに身を包み、帽子には黒い細布、首には白いスカーフ、腰には黄色の革のベルトが巻かれていた。そして、彼は赤いブーツを履いていた。」

暗号

Cryptography

 錬金術師たちは暗号を多用しました。ラモン・リュイ(Raymond Lully)は文字の暗号を用い、トリトハイム(Tritheim)は文字と数字を組み合せた暗号や、鏡に写した文字や、奇妙な記号だけで構成されたアルファベットを用いました。また、音楽を用いる著作家もいて、彼らは物質の反応と音を対応させました。彼らの中でも、バラ十字会員であったミヒャエル・マイヤーは特に有名です。また、フランスの作家シラノ・ド・ベルジュラックは『別世界又は月世界諸国諸帝国』(Histoire comique des etats et empires de la lune)で同じことを試みました。

錬金術と宗教

Alchemy and Religion

錬金術の暗号化された記号(筆者不詳。 16 世紀筆。ライデン大学所蔵)

 錬金術の大家たちは、錬金術と宗教の間にある多くの類似点を指摘し、既存の啓示宗教の中に、自然崇拝の一種が要素として含まれていることを見いだしました。リュイ(Lull)は、自説について説明した文章で次のように述べています。「自然は、受胎と妊娠と出産の時を定めた。そうであるならば、錬金術師は、物質を受胎させた後に出生を待たなければならない。〈石〉が生まれたら、食事を与えて、子供であるかのように養わなければならない。その石が、灼熱に耐えられるようになるまでは」。「一粒の小麦が地に落ちて死ななければ、多くの実が生じることはない」という福音書の一節を、錬金術師たちは、何度も何度も取り上げています。彼らはこの一節を、小麦が大地で分解されなければならないように、〈石〉も腐敗という過程を経なければならないという意味で捉えました。このように、錬金術は宗教と密接に結びついていました。ジョージ・リプリー(George Ripley)やドゥ・ニュイズマン(De Nuysement)のように、聖書を錬金術の立場から解釈した著作家までいます。リプリーは、『12の門』(The Twelve Gates)という著書の中で次のように述べています。「世界も〈石〉も、ともに形の定まらない塊から生じた。大天使ルシファーの堕落は、原罪のようなものであり、卑金属の腐敗を象徴する」。キリスト教徒の錬金術師たちは、自分たちの知識と技法から、通常のキリスト教より優れた、一種の秘伝的宗教を作りだそうと試みました。彼らは躊躇なく〈哲学者の石〉のことをキリストになぞらえ、また、神の言葉のような宇宙の究極の原因になぞらえました。宇宙の究極の原因は、それ自体を再生させ、受胎させ、産み落とすことができると考えられたからです。大いなる作業、すなわち錬金術は、「キリストの受難」と対比され意味を補われると、まさにグノーシス思想(訳注)と類似の実践になります。

 次の機会には、錬金術の起源について調べてみることにしましょう。

訳注:グノーシス思想(Gnosticism):グノーシス(gnosis)はギリシャ語の「知識」であるが、特に啓示体験によって得られる完全無欠な英知を指している。グノーシス思想では、この英知によって人間は地上界から解放されると考えられた。この思想は、もともとはキリスト教以前のヘレニズム文化期に起こった宗教運動であったが、それを受け継いだキリスト教の分派が1世紀に起こり、2~3世紀に発展し、キリスト教会から異端とされた。キリスト教グノーシス派は、イエス・キリストのもたらすグノーシスによって人間が救済されるとした。

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筆者について

 セルジュ・ユタン(1927-1997)はフランスの秘伝思想の重要な研究家であり文学博士でした。高等研究実習院(Ecole pratique des Hautes Etudes)を卒業し、フランス国立科学研究センター(CNRS)の客員研究員を勤めました。また、バラ十字会員として、多数の記事と40冊ほどの本を長年にわたり執筆し、バラ十字会の常勤インストラクターも勤めていました。彼の遺志によって、彼の著作物はすべて当会に寄贈されました。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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