資料室

デシデラータ 〜あなたへの切なる願い

Desiderata

マックス・アーマンをご存知でしょうか?

スーザン・アイルズ

By Susan Ayles

 「デシデラータ」という心温まる詩をよく知っている読者の方も多いことと思います。グリーティング・カードやポスターや著名人の引用などで広く知られるようになり、知恵や慰めの言葉を必要としている人に贈るためによく使われています。この詩は長い間、何百年も前に書かれたものであるという通説が広まっていました。確かに、この詩には時代を超越した性質があり、今も昔の日々と変わらないように思われる静寂の深遠さにあふれているかのようです。しかし、1640年代以前の無名の作家のものとされていたのは間違いでした。

 しばしば繰り返される誤りは、メリーランド州ボルチモア市のアメリカンタウンにある聖パウロ教会の牧師であったレブ・フレデリック・ケイツという人の作とされることでした。1956年に、善意あふれるこの教区牧師は、自分の教会で用いるために集めた礼拝集にデシデラータを含めました。ウィキペディアによると、その礼拝集には次のような教会設立の日付が記載されていました。「古の聖パウロ教会、西暦1692年、ボルチモア」。こうした経緯で、この詩が作られたのは教会が設立された1692年であると広く間違って伝えられることになり、今もそう思っている人もいます。(*1)

 古い作品だというこの誤った逸話は、その後またたく間に広がって行きました。この詩がずっと昔に書かれたものだと考えると、特別な魅力と感動がさらに加わったからでしょう。その後ますます多くの人々がデシデラータに魅了され、数十年の間、人々の関心の的になりました。デシデラータという言葉は「望まれるもの」や「望まれていること」を表すラテン語であり、訳語にも多くのバリエーションがあります。レブ牧師の印刷物は200部ほどしか配布されなかったと考えられていますが、文学や精神性や神秘学に特に興味を持っていない普通の人たちに、最もよく知られている作品の一つになりました。

 実際のところ、賢明な助言であるこの詩は、1920年代にアメリカ人の作家であるマックス・アーマンによって書かれました。彼は、バイエルンからの移民である両親の5人の子供のうちの末子として、1872年9月16日にインディアナ州ビーゴ郡のテレホート市で生まれ、1945年9月に亡くなりました。アーマンの感受性に富んだ賢明な言葉は、法律家は心を持たないと思っている人に、それはまちがいであることを示しています。なぜなら彼は法律家だったからです。彼は、インディアナ州のデポー大学で英語の学位を取り、その後ハーバード大学で法律と哲学を学んだ後、1890年代に自身の故郷で法律の仕事に就きました。

 彼は2年間インディアナ州ビーゴ郡で州検事を務め、それから家族の事業である精肉会社と仕事着の製造会社に、40歳になるまで10年間勤めました。その後彼は全生涯を執筆に捧げ、多くの作品を書き、テレホートの桂冠詩人と呼ばれるようになりました。デシデラータ・コム(desiderata.com)というサイトにはこうあります。「晩年に、あるインタビューで彼はこのように述べている。『私はデポーで決して振り払うことのできない病にかかりました。その病とは理想主義でした。私は理想主義とともにハーバードに行き、そこで哲学を学びました。そのため、私は人生で自分がやりたいことをしてきました。書くということです。』」(*2)

 そのサイトの文章はこう続いています。「生涯をかけて、マックス・アーマンは我々の文学的な語彙に、言葉の魔法や知恵や彼の価値ある観察を混ぜ合わせることにより、大いなる思索を与えてくれた。社会問題に対する彼の深く変わることのない関心は、彼の多くの作品の中に映し出されている。1918年に書かれた『ひとりよがりの女性たち』(Complacent Women)、1924年に書かれたオイルスキャンダルについての『ワシントンD.C.』(Washington, D.C.)は当時と同様、今でも意義ある作品である。彼は絶えず心の安らぎを求め、『都市の喧騒と彼方』(The Noise of the City and Away)によく表れているように、いつも自然に目を向けていた。彼の哲学的な作品は、社会の真実と平安を追い求める、決して色あせることのないメッセージである。」

 彼は1927年に「騒々しく、あわただしいときでも、心穏やかに進みなさい」という一文で始まるデシデラータの著作権を得ました。この言葉は多くの人たちの心の琴線に触れることになり、英語の中で最もよく知られたフレーズの一つになりました。この詩はアシーナ(訳注)のポスターに使われ、思慮深い人々の人気を集めました。その後、戦争ではなく愛への志向を示した、1960年代のフラワーパワー世代の人々の間で人気になりました。歌手のレス・クレーンは、1971年にこの詩を自身の音楽に取り入れ、グラミー賞の最優秀スポークン・ワード賞を受賞したときに、著作権の問題にぶつかりました(*3)。彼は初めてその詩をポスターで見た時に、パブリック・ドメインつまり著作権の保護の対象とならない状態であると思い込み、妥当な防衛策を講じていなかったらしく、彼は人気レコードの収益を配分しなければならなかったようです。(*4)

訳注:アシーナ(Athena):アシーナ・リプロダクションズ。ロンドンのオックスフォード通りにある絵画、ポスターの複製専門店。

 また1971年には、アーマンの家族の許可を得ることなくこの詩が出版され、出版社に対して訴訟が起こされました。第7巡回控訴裁判所は、1976年に判決を下し、この詩は1940年代に著作権の告知なしに出版の権利が与えられたものであるので、著作権は喪失していること、したがってこの詩はパブリック・ドメインの状態にあることが言い渡されました。そのため、自由に出版、再出版ができることになりました。(*5)

ビル・ウォルフによるアーマンのブロンズ像

 多くの著名人が自分自身の目的のために、このインスピレーションに満ちた詩を用いたことが知られています。人気SF映画『スター・トレック』のミスター・スポック役で有名なレナード・ニモイは、1968年の自身のアルバム『レナード・ニモイの表と裏』(Two Sides of Leonard Nimoy)でこの詩を朗読しています。カナダのピエール・トルドー元首相は1972年の選挙で過半数を失ったとき、「あるべきとおりに宇宙は展開していく」という一文を引用して、国民を安心させました。民主党のアメリカ大統領候補であったアドレー・スティーブンソンは1965年に亡くなりましたが、クリスマスカードに印刷するためにデシデラータに印をつけていたのが見つかっています(*5)。アメリカ陸軍の精神科医であったメリル・ムーアは1942年に、患者に治療をするときにデシデラータの詩を用いていることをアーマンに書き送っています。また1944年には手紙で、この詩をビン詰めにして「アーマン博士の魔法の心の薬」として売り出すことを勧めました。(*6)

 2010年に、テレホート市はこの文学の巨匠を讃えるために、芸術家のビル・ウォルフに依頼して、ベンチに座りノートを手にした等身大の彼のブロンズ像を創りました。このブロンズ像はセブンス・ストリートとウォバシュ・アベニューの交差点に置かれています。この場所はハイウエイの40号線と41号線が交わる付近であり、それぞれが東西と南北に走る幹線道路であることから、「アメリカの十字路」と呼ばれています。この場所には、デシデラータが書かれた飾り板が歩道に埋め込まれており、詩の全体が表示されています(*7)。以上が、デシデラータの歴史についての手短なご紹介です。ここで、静かな知恵とともに再び印刷されたアーマンの美しい詩を読んでください。

 もしすべての人が、あるがままに自分と他者を受け入れるための、このヒューマニストの助言に従うことができさえすれば、人類とすべての世界は、どれほどの平安を経験することができるでしょうか。私の知る限り、マックス・アーマンはバラ十字会員ではありませんでしたが、以下のような彼の感情の表現から、彼がバラ十字友愛組織を良く知っていたことを私は確信しています。では、マックス・アーマンの有名な「デシデラータ」と「祈り」という、心が洗われる2つの詩を読んでみましょう。

デシデラータ 〜あなたへの切なる願い
Desiderata

マックス・アーマン
By Max Ehrmann

騒がしく、あわただしいときでも、心穏やかに進みなさい。静寂の中にどれほどの平安があるのかを忘れずにいなさい。できるかぎり、媚びへつらうことなく、出会ったすべての人と仲良くしなさい。

自分を偽らずに、静かにはっきりと話し、他の人たちの話を聞きなさい。その人が無学、無知の者であっても。彼らにもまた自身の人生の物語があるのですから。

大きな声の攻撃的な人たちを避けなさい。そのような人たちは心をいらだたせます。もし自分を他の人と比べたとしたら、うぬぼれたり、苦々しい思いをしたりするかもしれません。常に、あなたより優れた人も劣った人もいるからです。

未来の計画だけでなく、自分がなし遂げたことも楽しみなさい。ささやかな仕事であったとしても、自分自身の仕事に関心を持ち続けなさい。それは時間という変化する運命の中にある、ほんとうの所有物です。

ビジネスに関しては用心を働かせなさい。世間にはたくさんの罠があります。しかし、だからといって、そこにどれほどの徳があるかに目を閉ざしてはなりません。多くの人々が高い理想を追求し、そこかしこで、人生は勇敢な行いに満ちています。

自分の心に正直でいなさい。特に、愛情を装ってはいけません。愛を冷笑してもいけません。無味乾燥と落胆の中に今いるとしても、愛は草のように、絶えず繰り返し茂るからです。

年齢から得られる分別を快く受け入れ、若さゆえに持っているものを、いさぎよく手放しなさい。

思いがけない不運に対して備えるために、精神の力を養っておきなさい。しかし暗い想像をめぐらして、苦悩してはいけません。多くの恐れは、疲労や孤独から生じます。

健全な規律だけでなく、自分に優しくありなさい。あなたは木々や星々と同じように、宇宙の子どもであり、ここにいる権利があります。たとえ、はっきりとあなたに分からなくても、あるべきとおりに宇宙が展開していくことに、疑いはありません。

ですから、あなたが神のことをどのようなものだと考えているとしても、神と仲良くしなさい。そしてあなたの苦労や望みがどのようなものであっても、人生の騒々しい混乱の中で、心を穏やかに保ちなさい。たくさんの見せかけ、つらい仕事、かなわぬ夢があるけれども、なおも人生は美しい世界なのです。

元気を出して。幸せになる努力をしましょう。

祈り
A Prayer

マックス・アーマン
By Max Ehrmann

私の務めを日々行わせてください。そして絶望という暗い時が私を打ちのめしたとしても、かつて悲しみにあった時に慰めてくれた強さを、私が忘れないようにしてください。

子どもの頃、静かな丘の上を歩き、静かな川のほとりで夢を見ていた明るい時間を、私が忘れないでいられますように。そのとき、私の中に光が輝き、歳月の変化という嵐の中にあっても勇気を持ち続けることを、私は子どもの頃の神に誓ったのです。

辛さや、無防備な時の激しい感情から私を守ってください。乏しさや豊かさは、心にしかないものであることを、私が忘れませんように。

世界が私のことを知らなくても、私の考えや行いが、自分自身に優しくあり続けることができるようにしてください。

私の目を地上から上に向かせ、星々を道しるべとして用いることを、私が忘れることがないようにしてください。私が自分自身を非難することにならないように、私が他の人を裁くことを禁じてください。

私が世間のやかましさに従うことなく、自身の道を静かに歩むようにしてください。

私のありのままを愛してくれる何人かの友人を私に与えてください。そして私の流浪の歩みの前方に、優しい希望の光が常に灯っているようにしてください。

そして加齢と病気が私を襲ったとしても、自身の夢の城の光景の中に入ることなく、なおも人生や、優しく素晴らしい昔の思い出に感謝することを私に教えてください。そして夕暮れの薄明かりが、優しく私を見つけてくれますように。(*8)

参照ウェブサイト

1. http://en.wikipedia.org/wiki/Desiderata
2. http://www.desiderata.com/max-ehrmann.html
3. http://en.wikipedia.aorg/wiki/Desiderata
4. http://www.businessballs.com/desideratapoem.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Les_Crane
5. www.businessballs.com/desideratapoem.htm
6. http://www.fleurdelis.com/desidera.htm
7. http://en.wikipedia.org/wiki/Max_Ehrmann
http://www.desiderata.com/max-ehrmann.html
8. http://allpoetry.com/

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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