資料室

バラ十字古代エジプト博物館のコレクションから 〜蛇のミイラと棺〜

Treasures from Rosicrucian Egyptian Museum 
〜 A Mummified Snake and Its Sarcophagus - RC 602 〜

古代エジプト末期王朝、木製の箱、蛇、
10×17cm

 バラ十字古代エジプト博物館の保管室には、まだ展示されていない多くの遺物があります。これはそのうちのひとつですが、とても珍しい、麻の布で包まれた蛇のミイラと、その棺である小さな木の箱です。棺の蓋の上には首をもたげているコブラの彫刻が取り付けられていますが、鎌首は弓状に曲がり、その下の首は真っ直ぐに立ち、攻撃の態勢が整っています。このコブラの彫刻は外気にさらされて色あせていますが、塗料のかすかな痕跡が、喉と鎌首の部分に白い縞模様に残っていることが、まだ見て取れます。

 この蛇の棺はグレコ=ローマン時代(訳注)にさかのぼります。この時代は、さまざまなエジプトの神々に結び付けられた動物の崇拝が盛んでした。いくつかの神殿では、そこを巡礼した人たちが、鷹、猫、ワニといったさまざまな種類の動物のミイラを奉納しました。崇拝する人たちに助けを与えてくれるとされる神を讃えるために、祈願を込めた供物を奉納していたのです。蛇は多くの神に結び付けられていましたが、王家の谷を見下ろす山頂に住むコブラの女神、メレセゲル(Meretseger:沈黙を愛する女神)や、子供の養育と作物の保護を司る女神レネヌテト(Renenutet)もそうでした。収穫の女神であるレネヌテトは蛇の頭部を持ち、ネズミをむさぼり食うとされていました。ネズミは、エジプトの人々の最も重要な食糧であった穀物に害を与える動物でした。グレコ=ローマン時代に、レネヌテトは女神イシスと同一視されるようになり、その人気がさらに高まりました。イシスは、オシリスへ献身的な愛を注いだことと息子のホルスを守ったことで知られる、多くの人に信仰された女神です。

訳注:グレコ=ローマン時代(Greco-Roman period):古代ギリシャがローマに制圧されて属領となっていた時代。紀元前1世紀中期~西暦4世紀初期。

内部のレントゲン写真から、2匹の子供のコブラのミイラが納められていることが判明した。

 この蛇の棺は、エジプト学者チャールズ・エドワード・モルデンケ(1860-1935)の遺産のひとつであり、寄付としてバラ十字古代エジプト博物館に届けられました。東プロイセン生まれのモルデンケはアメリカ(コロンビア大学)とヨーロッパ(ハレ大学とストラスブール大学)の両方で教育を受けました。彼はエジプト学を専攻し、1884年に博士号を取得しました。エジプトへの調査旅行を重ね、数百もの古代遺物のコレクションを所有していました。それらの遺物は、晩年に彼が住んだニュージャージーの自宅に飾られていました。

 モルデンケの死後、彼の息子がこのコレクションをバラ十字古代エジプト博物館に寄贈することを決めました。ブルックリン美術館のエジプト学の学芸員であったジョン・クーニーは、モルデンケのコレクションを見るために、ニュージャージーの彼の家族の家を訪れました。彼は、バラ十字会AMORCの当時の統領(代表)であったラルフ・M・ルイスに宛てた1940年8月30日付けの手紙で、このコレクションについて書いています。クーニー学芸員はこう記しています。「モルデンケ博士のコレクションは(中略)およそ300から400ほどの品からなります。(中略)彼の家の一部屋を取り囲む壁全体の書棚に展示されています。一番大きいものは石棺の破片で、そこには死者の書(Book of the Dead)から引用された文が書かれています。」

 モルデンケ博士のコレクションの多くが、現在、古代エジプト博物館のギャラリーに展示されています。その中にはお守り、文字が記された陶器、スカラベの形の鋳物、身をかがめた2頭のジャッカル神、王位につくアモン・ラーが描かれた葬儀用の石碑などがあります。これらの遺物の種類の範囲の広さには、バラ十字古代エジプト博物館に我が家を見いだしたこのコレクションの持ち主であった学者の、幅広い興味が反映されています。

デイビッド・ピノー博士
サンタクララ大学 宗教研究学部准教授 (2001年執筆当時)

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