資料室

シンクロニシティ(共時性)について

Synchronicity

ケネス・U・イディオディ
バラ十字会西アフリカ英語圏担当統括管理役

By Kenneth U Idiodi

 私たちは誕生から転化(死去)までの一生涯を通して、意識的な学習と無意識の学習の両方から知識を常に得ています。今では私たち人間は、知識という恐るべき富を築き上げ、それによって多くの点で、地球上の他の動物たちよりもはるかに上位に立つことになりました。人間の知識は増大し続けていますが、それでもまだ知られていないことの方が、私たちが知っていることよりもずっと多いと主張する人もいます。そして人生では、通常知られている以上の何かがあることを明確に示す特別な体験をすることがあります。これから紹介する話はそのような体験の例です。以下の奇妙な話は、名前などを架空のものに変えていますが、実際の人生でのできごとから採られています。また、関連する基本的な原理を理解しやすく、そして説明しやすくするために単純化しています。事実は小説よりも奇なりとよく言われることがあります。

繰り返される数字

A Recurrent Number

 3人の子供の母親であるテレサが、買い物リストを作り終え、外出しようとしていた時のことでした。携帯電話に500001で終わる番号から電話がかかってきました。誰からかと不思議に思いながら彼女は立ち止まり、電話に出ましたが、知らない人からの間違い電話であることがわかりました。相手が謝り、通話は終わりました。テレサが玄関から出ようとしていると、再びその番号から電話がかかってきました。もう一度彼女は立ち止まり電話に出ましたが、またもや同じ人からで、相手はすぐにもう一度、間違えたことを謝りました。電話のせいで注意がそがれたことに少し苛立ちながら、テレサは急いで車に乗り込みました。しかし車を発進させようとしたとき、また同じ番号の電話がかかってきました。彼女は怒りが湧き上がってくるのを感じましたが、素早く深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、電話に出ました。今度は相手は一言も発することなく、すぐに電話を切りました。ショッピングモールまで車を走らせている間、知らない相手の電話番号の末尾の500001という数がテレサの心をずっと占めていました。駐車場に車を止めると、彼女はきびきびと歩いてショッピングモールの中に入っていきました。

 何とも驚いたことに、テレサがショッピングモールの入り口を通り過ぎるいなや、スタッフに大きなファンファーレで迎えられました。彼らは興奮気味に、彼女がそのモールに来店した500001人目のお客であることを告げました。モールの経営者は、お客が50万人を超えたときに、高額のお金に相当する無料の商品券を贈ってお祝いをしようと決めていたのでした。そのできごとのあまりにも大きな驚きが収まってきたとき、テレサは突然、数の偶然の一致に衝撃を受けました。そして彼女は、人生には何か深い意味があるという奇妙な感覚に包まれました。

象徴的な関連性

Symbolical Connection

 以下は、不思議な体験の別の例です。ジョージという名の若者が、日曜の午後、いつものように祖母の家に向かって歩いていました。彼はいつもこの訪問を楽しみにしていました。というのも、彼のおばあちゃんは100歳近かったのですが常に元気いっぱいで、一緒に過ごすのがとても楽しかったからです。道の途中で、彼は木の枝に止まっている鳥に突然注意を惹かれました。まるで彼をじっと見下ろしているように思えたからです。その鳥の羽は、青とオレンジと白という珍しい印象的な色の組み合わせでした。

 彼はほとんど立ち止まるようにして、その鳥を見上げました。すると、まるでスローモーションの映像のように、鳥は翼を広げ、太陽に向かって上昇するように飛び立ちました。ジョージはその鳥が太陽に中に消えていくまで、ずっと見つめていました。それから彼は元気に歩き出しました。祖母の家に着いた時、ジョージは祖母がベッドで横になっているのを見て驚きました。祖母はまさにその日の朝に具合が悪くなったと聞かされました。祖母はジョージを見て微笑みました。ジョージはベッドの脇に座り、祖母の手を取りました。するとまったく思いがけないことに、彼女は静かに顔をジョージの方に向け、しばらくの間彼の目を真っすぐにじっとのぞき込みました。不思議なことに、枝の上に止まっていた先ほどの鳥のイメージが彼の心に浮かびました。それから祖母は顔を傾け、最後の息をつきました。彼女の転化(死去)は穏やかで優雅でした。彼女の最後を看取ったとき、ジョージは太陽に向かって鳥が飛んで行った様子を自然に思い出しました。そして、人生には何か深い意味があるという不思議な感覚が訪れました。

 この2つの例は、シンクロニシティ(synchronicity:共時性)という現象に関して、ある洞察を与えてくれます。シンクロニシティとは、関連がないはずの2つかそれ以上のできごとが意味を持ち関連するようになる現象です。最初の例では、女性の意識に印象を与えた電話番号の末尾の数が、まったく異なる状況のもとで、彼女に偶然の幸運をもたらした数と、まったく同じであることが判明しました。第2の例では、鳥が飛ぶというできごとが、実際のところ関連がないはずの別のできごとに当てはめることができる、説得力のある象徴になりました。シンクロニシティは、外面的には独立した2つ以上のできごとの間にある内在的な関連性が、自ずから知られるようになることであると定義することができるのかもしれません。

カール・ユングの定義

Carl Jung’s Definitions

分析心理学者 カール・ユング

 シンクロニシティ(共時性)は、分析心理学者のカール・ユングによって作られた用語です。彼は、異常な偶然の一致と呼ばれるものをシンクロニシティという分類に含めました。彼は「意味のある偶然の一致」という言葉を用いることもありました。このようなできごとは、意味付けをすることによってだけ関連付けられるできごとであり、それ以外には実質的に関連性を見いだすことができません。ユングは長い研究生活において、シンクロニシティを定義するためにさまざまな言葉を用いています。そしてそれぞれの用語は、シンクロニシティという原理に対して、特定の洞察を提供しています。彼がシンクロニシティを定義した方法のひとつに、「非因果的連関の原理」(acausal connecting principle)があります。この原理は文字通り、片方のできごとがもう一方の原因となってはいない、つまり因果関係がない2つのできごとが関連するということを意味しています。彼が用いた別の用語に、「非因果的並行性」(acausal parallelism)というものがあります。これは、一方が他方と類似していたり対応しているという意味で同じ性質を示しているけれども、実質的な原因でもなければ関連もない2つ以上の個別のできごとを指しています。

 複数のできごとの関連が、ある観察者にとって主観的に意味があるだけだとしても、そのような関連は、因果関係の法則に基づく関連とまったく同様に確実に存在するものであるとユングは主張しています。

シンクロニシティと迷信

Synchronicity and Superstition

 あるできごとに対する意味付けや解釈は完全に主観的な問題であるため、2つの別のできごとの間の実際の関連性を定義する基礎として、そうした意味付けや解釈を用いるのは科学的ではないと、多くの人が主張しています。2つ以上の別のできごとを結びつけるために、根拠のない理由を思いついたときには迷信というものが生じるため、この意見にはある程度の妥当性があります。では迷信とシンクロニシティはどのようにしたら区別できるでしょうか。典型的な迷信を調べることが、迷信とシンクロニシティとの相違を明らかにするのに役立ちます。

 世界のいくつかの地域には、歩いているときに左足を石にぶつけたら、それは不運が起きる予兆であるという迷信があります。そして、引き返したり、石を蹴った時に心を占めていた意図を変えたりすれば不運を避けられると言われています。

 この迷信を信じている男性が、左足を石にぶつけたけれども、何らかの理由から、それが予告していることを無視することを選び、何ごともなかったかのように前に歩いているという状況を想像してみましょう。もしその直後に次の角を曲がったとき、ならず者たちに言いがかりをつけられたとしたら、彼は当然ながらこの不運との遭遇を、左足を石にぶつけたことと関連付けることでしょう。このケースは迷信でしょうか、それともシンクロニシティでしょうか。

 先ほど示したシンクロニシティの2つの例では、当の本人たちは、最初に起きたできごとに伴って起きることになるその後のできごとを、予期もしていなければ期待もしていませんでした。2つのできごとが起こった後で、シンクロニシティが注目されました。そして2つのできごとの間に不思議な関連があるという感覚は、下意識精神(subconscious mind:潜在意識の心)の奥深くから、日常自覚している精神(conscious mind:顕在意識の心)に、意図することなく湧き上がってきたものでした。根拠のない信念に基づいて、できごとの間の関連性を意図的に探すと、迷信の世界に陥ることになります。私たちは自らの選択によって迷信を信じることもできれば、意志の働きによって迷信を捨て去ることもできます。一方で、シンクロニシティは私たちの意志による選択を超えています。それはただ起こるのです。

より高い次元

Higher Dimensions

 シンクロニシティを経験すると、下意識(subconscious:潜在意識)の知性の活動に気づくことになります。そして、私たちの人生のいくつかの側面が特定の結果に向かって、潜在意識の知性によって、知らず知らずのうちに導かれていることが理解されます。このことは、私たち人間という存在に、自分が意識していないいくつかの次元があるということを意味しています。空間の3つの次元(長さ、幅、高さ/深さ)と時間という次元が、人間が自分の周囲の世界に存在するすべてのものを知覚する基礎になっています。3つの次元によって、宇宙の静止した姿を知覚することができ、運動を知覚するためには時間という次元が必要になります。しかし、現代物理学の「ひも理論」は、他に最大6つまでの次元が存在し、合計で10の次元があると主張しています。そしてこれらの10の次元が実在することは、数学の法則によって支持されています。

 私たちの認識を超えた6つの次元のいずれかに基づいているできごとには、日常生活の持つ性質の範囲内では説明することができない特徴を持つことでしょう。そのようなできごとを説明するためには、関連するけれども観察できない他の次元について、少なくともある程度は理解している必要があります。他の次元を知ることができないことで及ぼされる影響について、より良く理解するために、長さと幅という2つの次元でしか人生を体験できないと想像してみましょう。もし私たちが2次元の存在であり、3次元の物体に出くわしたとしたら、同時に知ることができるのは、その物体の広がりのうちの2つの次元だけです。底面が正方形をしたピラミッドのような形の3次元の物体は、横から見ればただの三角形のように見え、下から見ればただの正方形のように見えます。

 2次元の存在にとっては、この場合の三角形と正方形は完全に異なる2つのものです。もし正方形の底面を含むピラミッドのすべての面に、固有の識別番号が刻まれているとしたら、2次元の存在の人も、正方形の識別番号が三角形の識別番号と同じであることに気がつくでしょう。このことは戸惑いを生じさせるに違いありません。なぜなら、2次元という世界の解釈では、2つの異なる物体が同じものとして識別されることが正しい理由を、まったく説明することができないからです。その三角形と正方形が実際には同じ物体であること、すなわち底面が正方形のピラミッドであるということを理解するためには、第3の次元(高さや深さ)についての知識が必要になります。

 同じように、2つの関連のないできごとが不思議なことに同じ特徴を共有しているというシンクロニシティの体験は、実際には1つのできごとの別の側面を見ているというケースだということがあり得ます。このような場合、そのできごとには当人が知覚できるよりも多くの次元が関与しています。そのため、そのできごとを一つのものとして見るのではなく、そのできごとの限られた次元だけを見ているために、それぞれの光景が、異なるできごととして現れるように思われるのです。しかし、より高い次元、より多くの次元を持つレベルから見れば、さまざまな光景が、まったく同一のできごとであることを理解することができます。そしてこの高い次元での見え方の一部が、ある意味を持った観念として、私たちの意識の中に降りてくることがあり得ます。

宇宙との同調

Cosmic Attunement

 シンクロニシティにおいては、できごとの間の意味のある関連性が直観的に感じられます。直観は、下意識精神の働きのひとつです。下意識精神は日常自覚している精神とは異なり、推論のプロセスや論理を経ることなく自発的に働きます。人間が日常自覚している精神は、長さ、幅、高さ、時間という4つの次元だけを認識しています。一方で下意識精神は、存在のすべての次元を認識しています。バラ十字会の哲学では、下意識精神のことを、人間の中に存在する創造主の精神と呼んでいるのはこのことが理由です。

 もちろん、日常自覚している精神と下意識精神との間には情報伝達のための経路が存在しています。残念なことに、多くの人は意志の力の誤った使い方のせいで、2つの精神の間の情報の自由な行き来を知らず知らずのうちに妨げています。このために、私たちは宇宙との同調から外れ、このことが、あらゆる種類の不調を経験する原因になります。病気、貧困、不安、不運、その他の苦悩など、人が遭遇する広範囲の問題が、宇宙との同調から外れていることから生じる結果です。

 したがって、健康や幸福、平安を享受するためには、常に宇宙と同調した状態でいることを心から望まなければなりません。これが「人生を支配する」ということです。バラ十字会の学習は、会員の方々が「自分自身で人生を支配すること」をなし遂げる支援をすることが目的であり、常に宇宙との同調を保つことがその内容に含まれています。会員は、身体面や精神面、サイキック面で進歩していくにつれて、直観的な印象を受け取ることが増えてきます。これは内的な意識と外的な意識との間のコミュニケーションの経路から障害となるものが取り除かれ、スムーズな情報交換が行われるようになったことを示しています。そして、進歩していくにつれて、シンクロニシティをより頻繁に体験する傾向があります。言い換えれば、シンクロニシティが起きたことに気づく回数が増えたならば、サイキック能力や、さらに心の深奥の能力が、ある種の進歩を遂げた表れだと解釈することができます。

 もし、シンクロニシティを起こしている2つかそれ以上のできごとの背後にある根本的なパターンや傾向を識別できたとすれば、そのパターンが継続している限り、自身を優位な立場に置く決断をすることができるでしょう。たとえば、シンクロニシティを起こしているできごとによって示されている根本的な傾向が望ましいものであれば、つまり、”流れが来ている”と感じるならば、そのときあなたが何らかの提案を行えば、他の人によって広く受け入れられることになります。またたとえばそのような時期には、家族や友人や知人の間に、長引く何らかの争いがあったとしたら、それを解決するために時間を費やすことをあなたは望むことでしょう。というのも他の人たちは、あなたの提案を快く受け入れてくれるので、あなたがそのことに成功する可能性が高くなるからです。一方で、もし拒絶のパターンが現れている場合、つまり”流れが来ていない”ときには、何らかの変化が感じられるまでは、さしあたり、他の人にいかなる提案を行うのも延期することができます。

 私たちがときおり見抜くことができる人生のパターンの根本にある基礎は、存在するすべてのものの統一性です。この統一性のため、すべてのものは他のすべてのものに、ある程度関連しています。存在の統一性という観点から考えると、シンクロニシティという観念は自明の理になります。シンクロニシティとは単に、2つ以上の外面的には独立しているできごとの間に内在する統一性を理解することだからです。

 存在するすべてのものの統一性は、宇宙意識もしくは啓示(悟り)の体験の特徴のひとつであると理解することができます。宇宙意識や啓示の体験が起ったときには、すべてのものが互いに関連していることが感じられます。これはある意味で、究極のシンクロニシティであると言えます。

 しかし私たちは、人生のさまざまなできごとの間に、隠れた関連性を見つけ出そうと探しまわるべきではありません。なぜならそのようにすると、実際には何ひとつ存在しないところに人工的な関連性を知らず知らずのうちに作り出してしまうからです。それは、多かれ少なかれ、一種の迷信を作ることになってしまいます。しかし、もし日常生活を過ごしていく中で、自然にシンクロニシティを経験することがあれば、私たちはそれを、人生の素晴らしい統一性と、人生には目に見える以上のものが常にあるという事実を思い起こさせてくれる、特別な贈り物であると考えるべきです。

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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