資料室

神秘学の庭師

The Mystic Gardener

アフェクタートル

By Affectator

 心の崇高な進歩を実現しようとする者として、私たちは、自身の内的な完全さとの統合を追求しています。この完全さをバラ十字会員は〈内なる師〉(Master Within)と呼んでいますが、〈内なる師〉とは、すべての人の心の中にすでに存在し、完成している、完全さの規範です。

 中国の伝統的な宗教である道教の賢者たちは、真実に最も近い生業は農民であると繰り返し述べていました。少なくともある意味では、私たちの誰もが庭師であると言うことができます。すべてのものには崇高な精神性が存在するという自身の感覚を耕し育む、神秘学の庭師です。これは言葉の遊びなどではなく、極めて深遠な事実です。なぜなら、私たちの優れた部分を成長させることは、園芸という古代からの技法にとてもよく似ているからです。

 最初に、土の準備をしなくてはなりません。これは、学びたいという意欲を持ち教師の教えに素直に従うことに似ています。次に、種は用意された土に適したものでなければなりません。言い換えれば、土に植えられて芽を出す種は、カルマという面から見て理解する準備ができている人を表しており、発芽が始まる以前に失敗することが定められている人であってはなりません。

 特に重要なのは、忍耐と根気強さがなくては、善いことも永続する価値のあることも、ひとつも達成されないということを心得ておくことです。これは、内面の開花に通じるすべての真の道の核心をなす教訓です。自分が満足できる速さで進歩していないと感じている人は、種を蒔いてほんの数日しか経っていないのに、まったく芽が出ないとイライラをつのらせている未熟な庭師のようなものです。ラテン語の「ゆっくり急げ」(Festina Lente:フェスティナ・レンテ)という古いことわざを心に留めておきましょう。

 あなたが、内なる土を適切に準備して、心の進歩に適した内なる種を植えたとき、本物の体験と理解をもたらす、失敗することのない唯一の方法は、適切な等級で適切な配合の「肥料」を、ちょうど良い量だけ使用することです。あなたの人生のための肥料とは、善い思考と善い発言と善い行動を意図的に行って、知恵と体験というあなたの内なる苗を、毎日少しずつ少しずつ育んでいくことです。このようにしていけば、あなたは、あなたの内なる苗が肥料負けを起こしてしまうことも、それが育っている土をだめにしてしまうこともありません。

 言い換えればあなたは、自身の知的な部分だけでなく全ての部分で、複雑で深淵な神秘学の生き方の原理を、少しずつ吸収して自分のものにしていくのです。注意深く選ばれた種が、準備が整ったときに初めて、それ自体にとって最良のタイミングで芽を出すように、あなたが求めている内的な目覚めも、それ自体にとって最良の時に、あなたの中に生じます。進歩を急ぎすぎると、すべてを台無しにしてしまう危険があります。あまりにも早く成長してしまった植物は、ひょろひょろとして弱々しく力がありません。

 もしあなたが内面の進歩の近道を探しているのであれば、そのような道に入っていくことの代償は、大きな苦難と苦悩であることを知っていてください。もちろん、せっかちな人も最終的には内面の進歩をなし遂げることができるのですが、そのためには、何と法外な代償が必要とされることでしょうか。確かなことですが、それは支払う価値のない代償です。内面の進歩という心の中の種が、自然が意図したペースで速すぎも遅すぎもせず芽を出し育つように、自然にゆだねることができれば、私たちの人生は心地よく幸せに、穏やかに導かれていきます。

すべての種は、侵すことのできない自然の法則に完全に従っている。必ず、種が発芽し、成長し、繁殖するのに最も良い時期があり、植物がそのようにするありさまは自然の法則の一部であり、DNAに書き込まれている。すべてのものが最高の表現に向かって進歩し、ある程度近い範囲にある他の生きものとの調和のとれた相互作用が実現される。

 あなたの内なる進歩のペースを無理に早めることで、得られるものはほとんどありません。また、わざと遅らせる必要もありません。もちろん、知性面での進歩というものはあります。知的な面で成長をなし遂げるのはそう難しいことではありませんが、それを、サイキックやスピリチュアルな性質の、心の深奥の本来の進歩と混同してはなりません。心の深奥の進歩に必要とされるのは、真の内的な努力であり、それは、何年にもわたる試練を乗り越える、長く厳しい個人の努力に相当します。内面の進歩を熱望する人たちから構成される団体の一員であることそれ自体から、知恵の扉が大きく開かれることがもたらされるわけではありません。周囲の他の人たちが何をしているかとは関係なく、厳しい個人的な内面の努力が必要とされるからです。

 心の中の庭師というたとえに戻りましょう。すべての種は、侵すことのできない自然の法則に完全に従っており、ほんのわずかな程度にでさえ、自然の法則から逸脱しようとすることはありません。必ず、種が発芽するのに最も良い時期があり、苗が土から顔を出して太陽の方に向くのにも最良の時期があります。そして、苗が十分に成熟するのにも最適な時期があり、花を咲かせるのにも、花が落ちて種を残すのにも理想的な時期があります。

 心の崇高な進歩を実現しようとする者として、私たちは、自身の内的な完全さとの統合を追求しています。この完全さをバラ十字会員は〈内なる師〉(Master Within)と呼んでいますが、〈内なる師〉とは、すべての人の心の中にすでに存在し、完成している、完全さの規範です。この偉大な実現は、心の崇高な完全さを引き出して、日々の通常の生活の小さなできごとや大きなできごとの中に、それを表す方法を学ぶことにあたります。

 全能の内なる導き手である〈心の中の師〉を通してだけ、私たちは、この真に崇高な達成の道を歩み続けることができます。そして〈心の中の師〉と共に進むことによってのみ、普遍的な力との正しい関係を、最終的に築くことができると期待することができます。この普遍的な力こそが、私たちの人生を導き、たとえかすかではあっても、創造主の計画を垣間見ることができるようにしてくれる力です。

壁の割れ目に咲く花よ、
私はあなたをそこから引き抜き、
あなたはここにある、
根も葉もすべて、この手の中に。
小さな花よ、しかしあなたは何者なのか、
根も葉もすべて、
そして、あなたの全体を理解できるなら、
私は、神と人間が何であるかを知るであろう。

アルフレッド・ロード・テニソン 『壁の割れ目に咲く花』
Alfred Lord Tennyson, 1809-1892 ”Flower in the Crannied Wall”

 ※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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