資料室

フローレンス・ナイチンゲール ~ その内面とエジプト

Florence Nightingale: Spirituality and Egypt

コニー・ジェームス

By Connie James

エジプトのルクソール近郊にあるハトシェプスト女王葬祭殿

 フローレンス・ナイチンゲールは、1820年5月12日に、イギリスの上流階級に属する有名な親戚が多い豊かな家庭に生まれました。生誕地がイタリアのフィレンツェだったため、彼女の名前はそれにちなんでフローレンスと名付けられました。彼女は、現代看護学の祖、公衆衛生分野の改革者、さらに、統計学を活用した先駆者としてよく知られており、「ランプを持つ貴婦人」(訳注)と呼ばれていました。

訳注:ランプを持つ貴婦人(Lady with the Lamp):ナイチンゲールは夜ランプを手に病院を見回っていたことから、こう呼ばれるようになった。

思索のための提案

Suggestions for Thought

 しかし、フローレンスが当時の宗教、哲学、科学思想の最前線にいたことはあまり知られていません。『思考のための示唆』(Suggestions for Thought)という3巻からなる彼女の著作は、出版にこそ至りませんでしたが、この中で彼女は心の世界に関する全く新しい見方を示しています。それは、従来の宗教に背を向けている人たちに対して、無神論に代わる別の考え方を提供したいという強い願望に突き動かされたからでした。この記事を通して皆さんに知っていただきたいと私が考えているのは、心の深奥に関するフローレンスの哲学の本質がどのようなものであり、それがどこから生じてきたのかということです。

 著書『思考のための示唆』には、彼女のあまり知られていない性格の一端が表れており、彼女の活動の指針となった様々な思想も明かされています。それは価値の高い歴史的資料でもあり、宗教に関する数々の問題が、19世紀後半に激しい議論を世に巻き起こしたことを示しています。800ページに及ぶこの著作は、学者や研究者だけでなく一般の人たちにも、心の深奥に関する彼女の哲学の本質が理解できるように書かれています。

 人類は現在も、理性と信仰を両立させようと努力し続けており、この本のほとんどの部分には、多くの意味で驚くほど深い現代的な意義があります。この本を読むと、近代の歴史の中でも特に偉大で実際的な人物が、人間という存在に関する深遠な問題に取り組んでいる様子を目の当たりにすることができます。人間存在に関する基本的な問題は、普遍的で時代を超越したものであるため、彼女の言葉は、百年以上前と同じように私たちの心を直接揺り動かします。

「人間に意志が与えられ、個性と主体的な自由が与えられているにもかかわらず、人間の意志は自発的に〈創造主/神〉の意志と一体になるように定められているということは、人間の実存に関わる重大問題である。〈創造主/神〉の意志は、完璧な愛と英知の意志であるため、完璧な幸せへと人を導くことができる唯一の意志である。それゆえに、幸せを得るためには、人間の意志は〈創造主/神〉の意志と一致していなければならない」

エジプトの旅

Travels in Egypt

 フローレンスがエジプトとギリシャを訪れていたことはあまり知られていません。彼女のエジプトについての記録には、彼女の知識の豊かさと文章力の高さ、彼女自身の人生哲学が特によく表れています。ナイル川を船で上ってアブ・シンベル村を訪れた彼女は、アブ・シンベル神殿について次のように書き記しています。

「最も気高き姿で表現された知性美の極致、その知性には努力も苦痛も見られない。(中略)一体の像は破壊されているが全体として、私に想像することのできるいかなるものよりも印象的な心の崇高さを表している。その印象は、どれほど屈強な人間でさえも打ち負かすと言われる熱情もしくは熱狂によって、一人残らず結びつけられた幾千もの人が一斉に発した声に作り出されたかのようである」

 彼女がエジプトで書いた手紙からは、非凡な文才を窺い知ることができます。テーベ(現在のルクソール)では、「神の前に呼び出されて」と書いている一方で、一週間後にカイロ近郊で書いた日記にはこう述べられています。「神は私に声をかけ(中略)こう質問した。お前は名声ではなく、ただ神のために善を行うことができるか」。

エジプトのカルナック神殿

 『思考のための示唆』より前の著作ですが、彼女はナイル川に沿って旅をした後に『神殿の幻』(Vision of Temples)を書いています(脚注1)。彼女より以前あるいは以後にここを訪れた多くの人と同じように、フローレンスもこの土地とそこにある謎に包まれた遺跡群に、心の奥に響く何かを見いだしました。そして、『神殿の幻』は、書簡集(『エジプトからの手紙』、1854年)に付録として加えられました。この著作では、デル・エル・バハリ(訳注)のハトシェプスト女王葬祭殿、ルクソール神殿、霊安室の神殿があるクルナ村、カルナック神殿とアメン神殿、ラメセウム(ラムセス2世の葬祭殿)、メディネット・ハブ(ラムセス3世の葬祭殿)などのエジプトの主要な神殿の起源が、事実と創作を織り交ぜながら解説されています。『神殿の幻』では、次の2つの主要なテーマが扱われています。

・ 神についての私たちの観念は不完全である。

・ 神の性質についての理解は、意識の進化を通して深まる。

訳注:デル・エル・バハリ(Deir el-Bahri):ナイル川の西岸、エジプトのルクソールの対岸にある遺跡。王家の谷と山を隔てる窪地に位置する。

 この2つのテーマは、後の『思考のための示唆』でさらに深く探究されました。『思考のための示唆』の最初の草稿を、彼女はエジプトから戻ってから2年と経たないうちに書き上げています。『神殿の幻』の中で彼女は、慈悲深き神が存在して、この神が創造した世界は、さまざまな普遍的な法則に従って活動しているという考え方を示しました。そしてこれらの法則を通じて、私たち人間は意識の進化を遂げ、神と一体になると主張しました。

 古代エジプトの歴史に関する当時の知識は、現在の私たちの知識と比べると、かなり初歩的なものでした。『神殿の幻』は先ほど挙げた神殿の紹介で始まり、次に、第18王朝のファラオ、即位名がメン・クヘペル・ラー(訳注)であるトトメス3世が解説されています。次に、アクナトンの父でツタンカーメンの祖父であるアメンホテップ3世が登場します。さらに、第19王朝のラムセス1世とその息子セティ1世について語られます。しかし、フローレンスの最大の敬意と称賛はラムセス2世に捧げられています。そしてこの著作は、第20王朝のラムセス3世についての文章で締めくくられています。

訳注:メン・クヘペル・ラー(Men-Kheper-Re):「成りつつあるラー神は堅固である」を意味する。本誌の各右ページに配置されているカルトゥーシュ(楕円形の図案)の中のヒエログリフはこの文言を表現している。

フローレンス・ナイチンゲール

 ファラオたちが自身の功績を見るために何世紀もの後に地上に戻って来る場面を描いていることから、フローレンスが生まれ変わりを信じていたことは明らかです。彼女がファラオたちをこのように描いた理由は、神の観念がどのように進歩したかを具体的に示すためでした。ラムセス2世はエジプトで唯一の生ける神として描かれていますが、それは単に、永遠なるものを知りたいという古代人の強いあこがれの表現です。この描写は、もちろん事実に基づいたものではなく、ファラオたちを記念する遺跡から受け取った彼女の印象に基づいたものです。彼女はその印象を、思考、言葉、文章へと発展させていったのでしょう。プラトンの著作を読んだ後にフローレンスが輪廻転生をあり得ることだと考えたことが、彼女がいとこに宛てた手紙からはっきりと分かります。彼女はヘルメス哲学の要素を『神殿の幻』に付け加えるために、ヘルメス文書の『ヘルメス・トリスメギストスの聖なるポイマンドレス』から、長い文章ではなく次の一節だけを引用しています。

「夜は万物の起源であり、原初の闇は世界の母である。闇は光より古いのであり、昼は夜から生まれた」

 人には、一見しただけでは知ることができない多くの点がありますが、フローレンス・ナイチンゲールはその好例です。今日では彼女は主に、クリミア戦争中に働いていた看護師として知られています。しかしここまで見てきたように、彼女の本質にはより深く、より神秘学的な側面があり、それがより完全な方法で自己表現できる場を求めてもがいていました。実際のところ、すべての人の内面も同じであり、ただ、その側面が意識の表面に浮かび上がるきっかけを与えてあげさえすればよいのです。

(脚注)

1."Florence Nightingale in Egypt and Greece", by Michael Calabria ISBN: 9-7807-91431160.

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