投稿日: 2026/05/15

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

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記事『責任について』(À propos de la responsabilité)

バラ十字会AMORCフランス語圏本部代表セルジュ・ツーサン
バラ十字会フランス本部代表セルジュ・トゥーサン

語源の観点から

語源から言うと「責任」(responsabilité)という語は、「~について答える」という意味のラテン語の「レスポンデレ」(respondere)に由来し、自らの行動の結果を引き受けるということを意味します。社会的な観点からいうと、軽微な違反、軽犯罪、あるいは重罪で有罪とされた人は誰であれ、罰金や刑務所への収監や、一部の国では死刑にいたるまでの刑罰を受ける可能性があります。原則として、状況にかかわらず、法律違反という案件に対して判断を下すことは裁判官の責任です。しかし誰もが知っているように、司法は人類そのものと同様に不完全であり、無実の人が有罪判決を受けたり、罪のある人が無罪になったりすることが時として起こります。残念なことですが、不当な判決を受けて悲嘆に苦しむ人が、おそらく今後も生じることでしょう。

飼い主に食べ物を要求している犬(動物への責任のイメージ)

「責任はあるが有罪ではない」

おそらく皆さんも、「責任はあるが、有罪ではない」という言葉をご存じでしょう。
一般に、自分が関係している状況においてこの言葉を用いる人は、自らの決定の結果、たとえば企業のトップがその企業の不祥事の責任から逃れるためにそう述べます。時としてそれは、何らかの争いにおいて自らの責任を認めながらも、法的には有罪であることを拒絶するための手段です。言い換えれば、この言葉を用いている人は、良心では責任を感じているが、法律という観点では罪はないと思っていることになります。こうしたことは実際にたびたび起こっています。一方で「有罪であるが責任はない」という言葉は無意味です。なぜなら民事であれ刑事であれ、その人の責任が立証されて初めて、法的に有罪であるという判決が下されるからです。

責任感

法的な枠組みから離れるならば、責任という概念は「責任感」のことを意味します。これは2つのレベルで理解することができます。第1に、上司や雇用主に対して、仕事を行い、役割を果たするという責任です。第2に、人間として、そして国民や市民としての責任を果たすことです。第1のケースの責任感は、自分に任されその対価として報酬が支払われている仕事に、自分の能力を発揮し遂行することを意味します。第2のケースでは、周囲の人たち、愛する人たち、社会全般に対して、私たちが負っている義務を可能な限り果たすことを意味します。どちらの場合でも、それは肯定的で有益な取り組みです。それと反対の態度は「責任を逃れること」であり、それは常に自分自身と他の人に否定的な結果をもたらします。極端な場合、社会的に軽んじられることや、社会的孤立につながることもあり、それに伴うあらゆる不利益が生じます。

赤ちゃんを抱っこしながら料理をしている女性(育児の責任のイメージ)

普遍的正義

人間が行う正義、つまり司法制度が誤りを犯すことがある一方で、決して誤ることがない別の正義が存在します。それは、普遍的な正義、より具体的に言えばカルマの法則です。過去のあらゆる賢人(イエスだけではありません)が述べているように、この法則に従えば、「個々の人は、自らが(思考、発言、行動によって)蒔いたものを刈り取る」ことになります。その目的は私たちを非難したり罰することではなく、自身の判断や振る舞いの誤りに気づかせ、それを認めて修正するように促すことです。言い換えれば、カルマの目的は私たちを裁くことでなく、ましてや糾弾することでもなく、自らの責任に直面させ、それに応じて行動させることです。そのようにして、カルマは私たちの内面の進歩に貢献し、幾度もの人生を通して「聡明さが完成された状態」へと私たちを導きます。この状態はバラ十字会の伝統で「バラ十字の状態」(état de Rose-CroÎx)と呼ばれています。

芝生に置かれた地球儀と人類の責任を表すアイコン

「すべての人間は、自分の運命の大部分に責任を負っている」

バラ十字会の観点から言えば、すべての人間は自分の運命の大部分に責任を負っています。なぜなら、私たちが日々行う選択が、私たちの未来の大部分を決定するからです。私が「大部分」と言うのは、他の人もまた自由意志を持っており、それを私たちの不利になるように行使することがあるからです。しかし全般的に言えば、自分の人生に起こることは、自分の行動からカルマの法則によって生じる結果です。このことを知れば、できるかぎり自身の責任を引き受け、良心を最良の導き手だと考え、それに従うように人は促されます。そして、もしあなたが、良心は魂と一体である(それゆえに「私たちの魂と良心において」(en notre âme et conscience)という言葉がフランス語にはあります)ということを認めるならば、責任感を大切にする生き方をするということは、周囲の人に対して望ましい振る舞いをするように努力することだけでなく、自身を進歩させ完成させたいという願いを心の奥から引き出すことでもあるということを理解することになります。

コーヒーとペンと人生の目的
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※上記の文章は、バラ十字会日本本部が発行しているメルマガ「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の記事のひとつです。このメルマガの購読をこちらから登録すると、毎週、配信記事が読めるほか、季刊雑誌「バラのこころ」(神秘・科学・芸術)のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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執筆者プロフィール

セルジュ・トゥーサン

1956年8月3日生まれ。ノルマンディー出身。バラ十字会AMORCフランス本部代表。 多数の本と月間2万人の読者がいる人気ブログ(www.blog-rose-croix.fr)の著者であり、環境保護、動物愛護、人間尊重の精神の普及に力を尽している。

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