投稿日: 2026/03/17

以下の記事は、バラ十字会日本本部の季刊雑誌『バラのこころ』の記事を、インターネット上に再掲載したものです。

※ バラ十字会は、宗教や政治のいかなる組織からも独立した歴史ある会員制の哲学団体です。

区切り
シモン・ステュディオンの『ナオメトリア』より
シモン・ステュディオンの『ナオメトリア』より

聖霊の時代 (The Age of the Holy Spirit)

 この間にドイツは疫病と、さらには不運な気候上の原因による飢饉と戦っていた。1604年から1605年にかけての彗星の出現は、人々の想像力をかきたて、至福千年期到来の気運に拍車をかけた。実際、数え切れないほどの予言がその当時の時代の終わりを発表していた。フローリスのヨアキム(Joachim of Floris) の予言は、とりわけ人気があった。この12世紀の修道士は、世界の歴史は三つの時代として展開したとの学説を発展させていた。第一は、「父の時代」で、アダムから始まった。これはイエス・キリストによって始められた「息子の時代」に続き、第三は「聖霊の時代」で、これは時の終わりによって示されるのだった。ヨアキムによると、この最後の時代は1260年に始まり、新たな教会の出現によって特徴づけられ、ぺテロによって始められた教会に取ってかわることになる。また、この新しい宗教は、修道会的本質になり、ボニ・エレミタエ(Boni Eremitae) の組織によって指導されるとされていた。1215年、第四次ラテラン評議会が開催された時にイノセント3世はヨアキムの考えを非難したが、しかしそれでもなお、この三つの時代の学説は現存し続けていた。16世紀には、これらの概念は広く行き渡っており、多くの人々が聖霊の時代が近いと考えていた。この学説はバラ十字宣言書の中でも触れられていた。

『ナオメトリア』(1604)の表紙
『ナオメトリア』(1604)の表紙

シモン・ステュディオン (Simon Studion)

 1604年に、シモン・ステュディオンは『ナオメトリア』(殿堂を計る方法、(The Art of Measuring the Temple) )を書き上げていた。この著作は、ヘンリー4世とイングランドのジェームズ1世とヴュルテンベルクのフレデリックに献呈されていて、約2000ページから成っていた。これにはヤコブ・レダレイン(Jakob Lederlein) による装飾画が施されており、その中の一つはフローリスのヨアキム著の Vaticinia seu praedictiones の中に見られる挿し絵から転載されたものてあった。『ナオメトリア』の中で、シモン・ステュディオンは未来の出来事について予言していた。ヨハネの黙示録とフローリスのヨアキムからインスピレーションを得て、彼の著作は黙示録的見解を提示し、エリヤに先んじてキリストが再来すると説いた。

 シモン・ステュディオンは、ケプラーの師であるミカエル・メストリン(Michael Mestlin) と極めて近しい、数学者で天文学者のサミュエル・ハイランド(Samuel Heyland)の下で神秘的算術を学習していた。ステュディオンはそれぞれ30年間で終わるフローリスのヨアキムの42の世代の概念を踏襲し、最後の30年は1560年から1590年の間に到来したのだと考えていた。この期間は世界の歴史の最後の時代~聖霊の時代~の幕開けとして記されていた。ステュディオンは、改革はクルース・シグナティ(Cruce Signati) の特定の啓示を受けた人々によって導かれると告知した。彼は聖霊の時代の千年に先んじていた三人の証人について(直接名を挙げることなしに)話していた。一人目の人物は1483年(ルターの生まれた年)に生まれ、二人目は1543年(ステュディオン自身の生まれた年)に生まれたと述べた。ステュディオンは三人目の人物はその出現がまだ期待されているとだけ述べた。彼の著作はある企画を扱っていた~それは1586年リューネブルグで組織された一連の組織化に準じた新しい「ミリシア (Militia)」の大会を招集するプロジェクトに関するものであった。この大会は、改革評議会としてコンスタンス地方で組織され、キリストが再来すると期待されていた1621年の神聖な審判について準備がなされるのだった。

 A.E.ウェイト(A.E.Waite) はその著書、『バラ十字会員の真の歴史』(The Real History of the Rosicrucians,1887) の中でバラ十字思想は Militia Crucifera Evangelica (ミリシア・クルシフェラ・エバンジェリカ)に続くものだと述べた。しかしすぐその後に、彼はこの仮説を放棄した。ある人々は、『ナオメトリア』の271ページの挿し絵の中にバラ十字を見たのだと信じていた。このことから、ステュディオンがバラ十字会員の先駆者であったことが推測された。しかしながら、このことは注意深く検討する必要がある。この絵を綿密に調べてみると、中心にある円が小さい十字を取り囲んでおり、一連の同心円とそれらの日付に関連する腕木が浮かび上がってくる。しかし『ナオメトリア』はドイツのテュービンゲンのバラ十字会員たちのグループに相当大きな影響を与えていたことに注目されねばならない。 同時代にユリウス・スペーバー(Julius Sperber)による『魔術』(De Magia)という題の稿本が出回っていた。1596年に、この著者は新時代を宣言する任務を与えられたのだと夢見た。彼はパラケルスス、ルター、ペトルス・ラムス(Petrus Ramus)、ギョーム・ポステル(Guillaume Postel)らの著作の中に、革新の始まりの印を見た。スペーバーはフローリスのヨアキムの三つの時代の学説を取り上げ、聖霊の時代は差し迫ってきており、エリヤが黄金時代を設立するために再来するであろうと主張した。彼はまた、全ての言語の元型を発見した、そして新しい世界を組織するための適切な秘法を知っているので、彼の呼びかけに応える全ての人々が彼のところに集まるように招待した。スペーバーの思想の一部は、バラ十字宣言書の中に明らかにされているテーマの中にいくらかが反映されている。

シモン・ステュディオン
シモン・ステュディオン

エリヤの予言 (The Prophecy of Elijah)

 プロテスタントの世界は、そのような至福千年期到来論者たちの概念をとりわけ受け入れやすかった。ルターですら、その著作 Supputatio annorum mundi(1540) の中でタルマッド(Talmud, ユダヤの法典)の中に基づくもので、ルネッサンス期のカバラ研究者達によって一般的流行に再び取り入れられたエリヤの予言を思い起こしていた。この予言は、宇宙は6000年続き、時の終りに千年期が続くであろうと言っていた。ルターにとっては、1532年は世界が創造されてから5640年目に相当した。彼は従って、時の終りは極めて近いと考えていた。コンフェシオ・フラテルニタティスの第四章もこの予言について触れていて、「次の第6の大キャンドルに光が灯される」と述べられており、言い換えれば、6000年が終りに近くなっている事実を述べていた。再洗礼主義者のメルキオール・ホフマン (Melchior Hoffman)もまた、1533年が世界の終末を示す千年期の始まりであると予見した。その前の世紀に、ギョーム・ポステルは1543年に始まって世界の終末は差し迫ってきていると信じていたし、ピコ・デラ・ミランドラもまた、エリヤの予言を使い、1583年がパントクラティックの年 (Pantocratic Year)になると主張していた。

北のライオン (The Lion of the Septentrion)

 1614年に出されたファーマ・フラテルニタティスでは、大公マクリミリアン(Archduke Maxmilian)の公証人アダム・ハスルマイアー(Adam Haselmeyer) によって彼らに書かれた手紙を著者たちは転載している。このパラケルスス主義者は、1613年を終末の時として確信しており、彼が発表した1614年の最後の審判の使者たちがすぐにも出現すると確信していた。ここで我々にとって興味深いのは、この著者は当時ヨーロッパで極めて一般的だった予言~「セプテントリオン(北)のライオンの予言」~に触れていたことである。それは誤ってパラケルススの著作であると見なされていたが、それは、「エリヤの術 (Elias Artista) 」という名がパラケルスス著の『鉱物の書(De Mineralibus)』の中でも触れられていることによるものに疑いない。実際、その原本は1605年前後に出回っていた。この予言は、三つの莫大な財宝がイタリアとババリア、そしてスペインとフランスの間に位置した場所で発見された後で、宗教世界と政治の両方での大変革が差し迫っていると予言していた。それらの宝を発見した人々は、その富を人道主義の目的のために使うであろう。そしてそれらの宝の中にはパラケルスス主義の手順に従った〈偉大な仕事〉の秘密が書いてある書物などが含まれていた。その予言は反キリストに対する戦いを人々の心の中に出現させ、ファーマ・フラテルニタティスの始めの部分の中で批判されたアリストテレスとガレノスの二人や詭弁者達を攻撃していた。なおその上、エリヤあるいは、「大いなる術」(Ars Magna) の先生の一人の「エリヤの術」が再来すると発表していた。

 この予言が成功した理由は疑うべくもなく、喜びの時代を打ち立てる前に、黄色いライオンが北からやってきて、鷲と戦うという時代を発表したことにあった。この予言は時として錬金術的文献として読むこともできた。(ライオンと鷲は錬金術の図解の中で硫黄と水銀を結合させる過程を象徴する時に使用された。)そして別の時には、政治的にも読むことができた(鷲のハプスブルグ家とフレデリック2世のライオンの戦いとして)。コンフェシオ・フラテルニタティスの第6章では、この予言に触れている。

『ナオメトリア』より北のライオン
『ナオメトリア』より北のライオン

バラ色の血の予言 (Rose-coloured drops of blood)

 一つの最後の予言は注目に値する~すなわち、パラケルススがその著作 Aurora Philosophorum の中で発表したものである。この本の中で彼は、終末の時にはキリストが人類を救済するために到来したのと同じように、ある清浄な人物がバラ色の血のしずくをにじみ出させることによって、万物を浄化し開放して、世界は「堕落」から救われるということを示していた。

三重の火 (Jupiter and Saturn in trine)

 1603年に、木星と土星が三角形をとり、(占星術ではこの2つの星の間の角度が120度であるのは、たいへん能動的な角度である)三重の火(牡羊座、獅子座、射手座)の位置にあった。多くの人々はこれについては幸先のよい時代が来る前兆であると認めていた。次の年には、新星あるいは超新星が同じ三角形の中に出現した。ヨハネス・ケプラーは、De Stella nova et coincidente principio Trigoni ignei (1606,Prague) の中でこの天の宮の中に差し迫った政治的そして宗教的な変革の兆候を見ていた。彼はこの新星の出現と新しい宗教運動の扇動者となる人物の誕生との類似性を見ていた。この人物の使命は、キリスト教に敵対する兄弟達を和解させて「穏当な改革」をもたらすことであった。コンフェシオ・フラテルニタティスは、この新しい段階に触れて、我々が天空のヘビ座とハクチョウ座の星座の中に見ることのできる証拠を〈創造主〉が示したのだと言及していた。またここで、1604年にクリスチャン・ローゼンクロイツの墓が発見されたことも忘れるべきではない。

 この概説はバラ十字思想が誕生した時代の複雑性~科学の新発見の数々と宗教界を悩ませている敵愾心の両方による~を明示している。我々は、これらの要素は終末論的風潮が優勢であったことに加えて、16世紀末に生きていた人々を攻撃していた多くの恐怖を垣間見せてくれているのである。この難局から彼らを解き放つには、どのような解決策が出現するのだろうか?この時にこそ、「バラ十字のこだま」が鳴り響いてきたのであったが、このシリーズの次の記事にそれを見出だすことができる。

キリストから計り竿を受け取るヨハネ、『フランドルの黙示録』より
キリストから計り竿を受け取るヨハネ、『フランドルの黙示録』より

次の記事へ:バラ十字のこだま|バラ十字会の歴史と神秘(第5章)

※上記の文章は、バラ十字会が会員の方々に年に4回ご提供している神秘・科学・芸術に関する雑誌「バラのこころ」の記事のひとつです。バラ十字会の公式メールマガジン「神秘学が伝える人生を変えるヒント」の購読をこちらから登録すると、この雑誌のPDFファイルを年に4回入手することができます。

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